1 カレイドスコープ 2 黒猫魔法店 3 奇跡の石 4 魔法店の仕事 5 アイドルコンテスト
6 滅びの予兆 7 守るための剣 8 闇の魔術師 9 未来への道 10 花の都




 ――それは、何処まで続くのか?

 ――それは、何時まで続くのか?



 邪竜神ミマナとの闘い――

 その闘いの後、少女達の前から、
姿を消した少年は、異次元の中を彷徨い続けた。

「必ず、帰って来て……」

「ボクを置いて行ったりしたら、
風が届く限り、追い駆けて行くからねっ!」

 少女達との約束を果たす為、異次元の中、少年は、足掻き続ける。

 そして、並列世界を……、
 幾つもの世界、幾つもの時間を流れ続けた。

 パルフェと再会し、自分の娘と出会う世界――
 ルティルと結ばれ、風の国の王となる世界――
 黒猫へと転生し、少女の使い魔となる世界――

 さらに、過去の世界では――

 亡くなったパルフェの母――
 シャンティ=シュクレールとの出会い――

 それから、少年は……、
 ずっと、パルフェを見守り続けて来た。

 恋人として、父親として、使い魔として……、

 転生の連鎖の中で――
 繰り返される、出会いと別れ――

 それは、まさに魂の牢獄――

 永久に回り続ける――
 輪廻という名の無限地獄――





 ならば、その鎖――

 必ず、俺が断ち切ってみせようっ!!






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『廃都フロルエルモス 〜ハートフルメモリーズ〜

その9 未来への道







 気が付くと――

 俺は、冷たい水の中にいた。





「ああ、そうか……」

 ゆっくりと、ゆっくりと……、
 深い水の底へと、俺の体が沈んでいく。

 その流れに、身を任せながら……、

 朦朧とする意識の中で、
俺は、自分の身に、何が起こったのかを悟った。

 確か、ドーバンの闇の衣を打ち破る事に成功して……、

 その直後に、魔槍に貫かれ……、
 俺は、ゴミのように、投げ捨てられたのだ。

 そのまま、街の大公園にある泉に落ちて……、

「……俺、負けたんだ」

 己が敗北した事を思い出し……、
 俺は、虚ろな眼差しで、水面を見上げたまま、力無く呟く。

 声を出すと同時に、
体から、空気が泡となって逃げていった、

 酸素を求めて、肺が悲鳴を上げている。

 しかし、体が動いてくれない。
 呼吸をする為、水面に向かおうにも、泳ぐだけの力が無い。

 俺の体を貫いた、ドーバンの魔槍……、

 何故か、身体に損傷は無いが……、
 それでも、あの魔槍は、俺から、生命力そのものを奪っていた。

「ちくしょう……ここまでなのかよ……」

 ――視界が滲む。

 悔しくて、情けなくて……、
 熱いモノが、俺の頬を伝い落ちる。

 だが、その熱さを感じたのも、ほんの一瞬のこと……、

 絶望という名の冷水は……、
 容赦無く、俺の意志と感覚を蝕んで……、



「え……っ?」



 と、その時――

 光を失いつつある瞳で……、
 俺は、信じられない光景を、目の当たりにした。

「パル……フェ……?」

 俺を追って、自らも、泉に飛び込んだのだろう。

 懸命に、水を掻き分け……、
 パルフェが、沈みゆく俺に向かって、必死に手を伸ばす。

 そんな彼女の姿を見て……、
 俺も、半ば無意識に、手を伸ばし……、

「お願いっ! しっかりして、マコト!!」

「パルフェ……どうして?」

 水中呼吸の魔術でも使ったのか……、
 泉に潜る彼女の周囲は、薄い気泡で覆われていた。

 俺の手を握ったパルフェは、
その気泡の中へと、俺の体を引っ張り入れる。

 気泡の中は狭く、パルフェは、俺を抱きしめるように、互いの姿勢を安定させた。

 この気泡には、多少の浮力もあるようだ。
 中に入った途端、俺達の体は、沈む事無く、その場に止まる。

「ゲホッ……はあ、はあ……」

 新鮮な空気を求め、俺は、激しく咳き込む。

「マコト、大丈夫……なの?」

 そんな俺を気遣いつつ、
パルフェは、恐る恐る、俺の胸に手を当て……、

 ドーバンの魔槍に貫かれたにも関らず、
俺の体が無傷な事に、安堵と驚愕が、入り混じったような表情を浮かべた。

 だが、それもすぐに緩み……、
 納得したように、優しい笑みを見せる。

「フローレが……守ってくれたんだね」

 そう言う彼女の手には、花飾りが……、
 フローレがくれた、光翼蘭が、淡い光を放っていた。

 ああ、そうか……、
 花飾りを懐に入れていたから……、

 花が持つ光の属性が、
闇の属性である、魔槍の威力を相殺してくれたのだ。

「情けないよな……俺……」

 あたたかな光翼蘭の輝き――

 フローレの想いに包まれ……、
 俺は、自分の不甲斐なさに歯噛みする。

 ――なんて、無様なんだろう。
 ――なんて、無力なんだろう。

 パルフェに、フローレに、レネットに……、

 皆に守られてばかりで……、
 なのに、俺には、何も守ることが出来ない。

 それだけじゃなく……、
 女の子に、泣き顔を見られるなんて……、

 ――今、泣いて良いのは、俺じゃない。

 恐怖を、悔しさを、哀しみを……、
 泣くことで、少しでも、洗い流す事が出来るのなら……、

 今、泣いて良いのは……、
 パルフェと、この街に住む人々なのだ。

 なのに、この少女は――
 今も尚、笑顔を絶やすことなく――

「ううん、そんなこと無いよ……、
だって、マコトの涙は、泣き虫の涙じゃない」

 ――こんな情けない男を、励ましてくれる。

「とても、優しい涙だよ……」

 パルフェの指が、俺の涙を拭う。
 そして、光翼蘭の花飾りを、俺の懐に戻した。

「パルフェ……どうして……」

 ――キミは、そんなに強いんだ?

 そう訊ねようとしたが……、
 俺は、咄嗟に、出掛かっていた言葉を呑み込む。

 それが間違いだと、気付いたから……、

 強いわけじゃない――
 彼女は、決して、諦めない――

 ――いや、諦めるわけにはいかないのだ。

 高杉 浩治との再会……、
 その大切な約束を果たすまで……、

「ああ、そうだった……」

 そして、俺もまた……、
 大切な約束と、誓いを思い出す。

 ――必ず、元の世界に帰る。

 俺には、帰るべき場所があるのだ。
 俺の帰りを、待ってくれている人達がいるのだ。

 その大切な約束を……、
 大切な誓いを果たさなきゃならないのに……、



 なんで、俺は――

 こんなところで……、
 いつまでも、泣いているんだっ!?



「まだ、終われない……、
俺達は、まだ、負けたわけじゃない」

 ――剣を握る手に、力が甦る。

 今になって気が付いたが……、
 俺は、気を失いながらも、剣を手離していなかったのだ。

「もう一度、俺と闘ってくれるか?」

 ずっと、俺を抱いてくれていたパルフェから身を離し……、

 地の精霊剣に……、
 『高杉 浩治』の剣に語りかける。

 その言葉に応えるように、
刀身の輝きが、今までよりも、強くなった。

 剣の輝きは、目が眩む程に達し……、

 突然、弾けたかと思うと……、
 光の粒子となり、俺の体内へと吸い込まれていく。

「精霊石が……?」

 俺の全身が、地の精霊石の力で満たされる。

 ――いや、それだけじゃない。

 気が付けば、俺の周りには、
六つの精霊石が出現し、淡い光を放っていた。

「これって、もしかして……」

「ルティル達の……精霊石?」

 突然、現れた、六つの精霊石は、
戸惑う俺達に構わず、次々と、俺の体の中へと入っていく。

 地の精霊石と同様に……、
 その強大な力を、俺の体に満たしていく。

「……皆も、手伝ってくれるのか?」

 託された力と意志――

 まさに、爆発的な――
 溢れんばかりの、莫大な力の奔流――

 無限に湧き出る力と……、
 それを与えてくれた、皆の想いに、俺は、身を震わせる。

「それは、違うよ……、
貴方は、最初から、一人じゃなかったもの」

「そうか……そうだったな……」

 諭すような、パルフェの言葉――
 精霊石から伝わってくる、皆の想い――

 それを理解した瞬間……、
 自分の大きな間違いに気が付いた。



「俺は、弱くて……ちっぽけな存在だったんだよな」



 ――何を思い上がっていたのか?

 こんな事は、ずっと前から……、
 冒険者になった時から、分かっていたのに……、

 この長い旅を経て……、
 ちょっと強くなったからって……、

 ……俺は、自惚れてしまっていた。

 俺の力なんて……、
 出来る事なんて、たかが知れている。

 俺は、一人では、何かを救えるような器じゃない。

 そんな当たり前の事を、
俺は、すっかり、忘れてしまっていたのだ。

 ――俺には、何かを成し遂げる力は無い。

 そんな俺なんかに……、
 この世界を救う、なんて出来る訳が無い。

 この世界は、この世界に住人のモノ――
 住人とは、世界に存在する事を許されたモノ――

 ならば、世界を救うのは――



 俺なんかじゃなく――

 この世界に住む人々以外に有り得ない――



「俺達の役目は……、
ただ、皆に、道を指し示すだけ……」

 何処か、吹っ切れたように……、
 俺は、胸に手を当て、精霊石に語り掛ける。

 ――そう。
 俺は、触媒に過ぎないのだ。

 かつて、この世界を救った――
 異世界の少年『高杉 浩治』のように――



「頼む、パルフェにも……力を貸して欲しい」

「……はい」



 ――その言葉を待っていた。

 と言うかのように……、
 真剣に頷きながらも、少女は、顔をほころばせる。

 そして、最後の精霊石……、
 パルフェの母の形見でもある……、

 ……光の精霊石の首飾りを、俺に手渡した。

「皆には、大きな借りが出来ちゃったな」

「ふふふっ、ご心配無く……、
ちゃんと、利子つけて、返してもらうから♪」

 不安と恐怖を紛らわそうと、
敢えて、軽い口調で言う俺に合わせ、パルフェは、明るく微笑む。

 そんな彼女が言ったのは……、
 闘いを生き延び、穏やかな未来を望む言葉だ。

 ――想いは、人を、ここまで強くするものなのか?

 危機の只中にあって、
なおも、希望の光を見失うことなく……、

 ……パルフェは、笑みを絶やさない。

 思えば、彼女の笑顔に……、
 俺は、今まで、何度、救われてきたことか……、

 孤独、焦燥、離別、絶望――

 見知らぬ世界にいる……、
 その不安を、パルフェは忘れさせてくれた。

 ……いつだって、俺の傍らにいてくれた。

 己自身の胸に抱く……、
 心の傷を、深く抉り、痛めながらも……、

「ゴメンな、パルフェ……」

 だから、今、ここで……、
 俺は、彼女に伝えなければならない。

 ずっと、俺の手を握ってくれていた少女に……、

 心からの感謝と……、
 それ以上の謝罪を込めて……、



俺なんかで・・・・・……ごめん」



 ――クラベル滝で、パルフェは、浩治と出会った。
 ――クラベル滝で、俺は、パルフェと出会った。

 果たして、そんな偶然があるだろうか?

 否、これは、偶然ではない。
 俺とパルフェの出会いは、必然だったのだ。

 浩治が行方不明となった、あの日から……、

 ルティルが、森の泉にいたように……、
 パルフェもまた、毎日、クラベル滝へ足を運び……、

 ずっと、浩治の帰りを……、
 再会の約束が果たされるのを、待っていたのだ。

 ――そして、二度目の出会い。

 少年は、クラベル滝に現れた――
 少年は、気を失い、重傷を負っていた――
 少年は、白竜の子供を連れていた――

 重なり合う、あらゆる運命――

 だが、残酷なことに……、
 その歯車は、たった一つだけ……、

 ……最も、大切なモノが間違っていた。

 少年の名は『高杉 浩治』ではなく……、
 『藤井 誠』という、彼女が、全く知らない名前だった。

 クラベル滝で、俺を発見した時……、

 パルフェは、歓喜した事だろう。
 そして、俺が“彼”でない事を知り、落胆した事だろう。

 ――どうして、貴方なの?!
 ――どうして、浩治じゃないの?!

 俺を責めても良かったのに……、

 それでも、パルフェは……、
 優しい笑顔で、俺を受け入れてくれた。

 ――貴方は、私の思い出を汚した!
 ――貴方は、私達の約束の地を、土足で踏み躙った!

 俺に怒りをぶつけても良かったのに……、

 それでも、パルフェは……、
 あたたかい微笑みで、俺を許してくれた。

 そして、今回も――

 いつかのように――
 パルフェは、俺の背中を抱き――



「……貴方に会えて、良かった」



 ――胸が熱くなった。

 精一杯の想いが込められた、
彼女の言葉に、拭ったばかりの涙が、再び、溢れ出す。

 その涙を悟られまいと……、
 俺は、パルフェに背を向けたまま……、



「いってきます……」

「……うん、いってらしゃい」



 ――おそらく、これが、最後になるだろう。

 この世界に来てから……、
 何度も、このやり取りを交わしてきた。

 今回もまた、いつものように、
俺は、パルフェに見送られ、気泡から飛び出し、水面を目指す。

「皆で一緒に行くんだ、未来へ……」

 そして、水を蹴りながら……、
 俺に、力を分けてくれた少女の為に、胸の中で祈る。

 ああ、女神よ……、
 世界を支える、二柱の女神よ……、

 決意、覚悟、勇気、希望、生命――

 俺の全てを捧げます。
 俺に出来る事なら、何でもします。

 だから、どうか……、

 あの、心優しき少女に……、
 希望に満ち溢れた、幸せな未来を……、










 そして、俺に……、

 皆の、未来への道を拓く力をください。










「しぶといな……、
まさに、害虫並の生命力だ……」

「…………」



 幾度の攻撃を受けながらも――

 三度、立ち上がる俺の姿に、
ドーバンは、感心と呆れの混ざった表情を浮かべる。

 だが、その真紅の眼光は……、
 対峙した時と変わらず、俺を見下し切っていた。

「その生き汚さは賞賛に値するが……」

 うんざりした口調で呟き……、
 ドーバンが、面倒臭そうに、杖を振り上げる。

「…………」

 魔法剣の力で、泉の水面の一部を凍らせ……、

 氷面の上に立った俺は、
無言のまま、攻撃態勢に入ったドーバンを見上げる。

「いい加減、貴様の顔は見飽きた……」

 冷酷に言い放つドーバン……、
 奴の杖の先に出現したのは、巨大な魔弾だ。

 大魔弾に込められた魔力は、
今までの攻撃の比ではなく、まさに、必殺の一撃であろう。

 それに対して――
 俺の手にあるのは――

 ただ一振りのルーンナイフのみ――

「……もう、逝け」

 ドーバンの杖から、大魔弾が、無造作に放たれる。

 回避する事は不可能……、
 俺の魔力では、防ぐ事も出来ない。

 襲い掛かる、絶対の脅威――

 迫り来る死を目前にしながら、
俺は、唯一の武器であるルーンナイフを、鞘に納めた。



魔法剣、起動セットアップ――」



 ――何も持たぬ両手を掲げる。

 まるで、今、その手に――
 勝利へと誘う剣が、握られているかのように――

 精霊石に導かれ……、
 俺は、魔法剣発動の呪文を詠唱する。

「――接続アクセス――構造解析アーキテクチャ・アナライズ――合成コンバート――」

 さらに、即興の呪文を追加し……、
 皆から分けて貰った力と想いを、体の中で爆発させた。

 火、氷、雷、水、風、地、光、闇――

 八つの精霊石を……、
 俺が持つ八つの魔術回路と融合させる。

 そして、魔術回路を一つに束ね……、

 己の両手の中に……、
 力の象徴としての“カタチ”を紡ぎ上げる。

「うっ、おおおおおお……」

 荒れ狂う力の激流……、
 あまりの魔力の圧力に、腕が弾けそうだ。

 暴走してしまいそうな力を、
かつて、パルフェに教わった言葉を思い出し、制御する。

 ――魔力を込めるとは、想いを込めること。

 今なら、分かる……、
 彼女の言葉が理解できる。

 何故なら、この力は――
 俺の手にある、精霊石の力は――



 清き心から生まれた――

 この街に住む人々の――
 パルフェ達の想いの結晶なのだから――










 そして――

 一つ目の奇跡が起こる。










It is a hot soul like a flame.
炎のように熱き魂――


魔物の群れから、
街の人々を守るライナの勇姿が見える。



The clear heart like ice.
氷の如き澄んだ心――

地に膝を着きながらも、
溶岩竜の攻撃を食い止める老婆が見える。



The power of rioting calls thunder.
荒ぶる力は雷を呼び――

絶体絶命の窮地の中でなお、
街の人々を勇気付けるココットの笑顔が見える。



Quiet water sways gently.
穏やかな水は優しくたゆたう――

ただひたすらに、真摯に、
友の無事を祈り続けるフローレの想いを感じる。



In order to carry a season, a wind blows.
吹きゆく風は季節を運び――

闘う人々を励まそうと、
唄い続けるルティルの歌声が聞こえる。



A life is produced from the ground like a mother.
母なる大地に命が芽吹く――

大切なモノを守りたいと……、
剣から、浩治の必死な想いが伝わってくる。



And light of a dazzling ideal ...
そして、眩き理想の光は――

そして……、
パルフェとレネットの……、










There is the future even in all darkness.
あらゆる闇にも未来を拓く――

決して諦めない、
その強い想いが、奇跡を起こす。










「な……んだ……と?」

 ――大魔弾が消滅した。

 確かに、命中したにも関らず……、
 あまりの手応えの無さに、ドーバンは、眉を顰める。

 着弾の寸前に、一体、何が起こったのか?

 先程までのような、手加減をした覚えは無い。
 あの魔弾には、確実に、敵を葬れるだけの魔力を込めた。

 大地を大きく穿つ一撃は、敵の体など、肉片も残さないはず……、

 それ程の魔力質量である。
 宝具も持たぬ人間に、防げる訳が無い。

 力の差は歴然……、
 その絶対的な事実は、変わっていない。

 ならば、何故――
 あの、ちっぽけな人間は――

「何故、倒れないっ!? 何故、立っていられるっ?!」

 現実が、信じられない……、
 いや、その事実を、認めたくないのだろう。

 大魔弾の直撃を受けてなお……、

 未だ、倒れない俺の姿を見た、
ドーバンの顔に、初めて、焦りの色が浮かぶ。

「分からないさ、お前には……、
生命の尊さを知ろうともしない、お前にはなっ!!」

 狼狽する闇の魔術師に、
俺は、その手に握った“それ”を掲げて見せた。

 パルフェ達から貰った力を――
 大魔弾を切り裂いてみせた、光輝く剣を――



「バカな……集束魔術アークインパルスだとっ?!」



 虹色の輝きを放ち――
 刀身に八つの精霊石を宿す装飾剣――

 誰の中にもある奇跡――

 その奇跡を呼び寄せるのは――
 恐怖に打ち勝ち、未来へと踏み出す力――

 “勇気”と言う名の――
 生命が紡ぐ、尊き想いの具現――










 故に、その名を――

 『未来を拓く勇気の欠片』ハートフルメモリーズ――










「あ、ありえんっ! 不可能だっ!
貴様のような虫ケタに、その魔術が、扱えるわけがないっ!」

 ――闇の魔術師は理解する。

 俺が“何”をしたのかを……、
 俺の持つ剣が“何”であるかを……、

 そして、今、この瞬間に――

 ちっぽけな存在が――
 最大の脅威になったことを――

「さっきから、黙って聞いてりゃ……、
人のことを、雑魚だの、ゴミだの、虫ケラだの……」

 再び、ミレイユの背に飛び乗り、俺は、吐き捨てるように呟く。

 ああ、そうだよ――
 まったく、お前の言う通りだよ――

 ――俺には、何の力も無い。
 ――俺だけでは、闇の魔術師には勝てない。

 だから、パルフェ達の力を借りた。
 だから、『高杉 浩治』の力を借りた。

 八つの精霊石は、皆の力……、
 それを一つに紡ぐ、集束魔術は、浩治の力……、

 ……決して、俺の強さなんかじゃない。

 この世界は、最初から、
俺に、強さなどを期待してはいなかったのだ。

 俺が、この世界に存在する意味――
 俺が、この世界に連れて来られた意味――

 ――それは、触媒だったのだ。

 かつて、浩治という少年が、
邪竜神ミマナとの闘いで成し遂げたように……、

 運命の連鎖に捕らわれた彼の代理として……、

 皆の力を紡ぎ……、
 未来への道を拓く為の……、



「決着をつけるぞ、ドーバン……、
悲しみの連鎖は、俺が、ここで終わらせるっ!!」

「小癪な、人間風情がぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」



 ――再び、闘いが始まった。

 激しい怒りを露わに……、
 闇の魔術師は、容赦無い攻撃を展開する。

 複数の属性による魔弾攻撃――

 その数も、威力も、勢いも……、
 先程までの攻撃を、数倍も上回っていた。

魔法剣、起動セットアップ――」

 襲い掛かってくる魔弾の嵐に、
俺は、多属性魔法剣の連続使用で対抗する。

 無属性である俺には、八つの属性を生み出す事は出来ない。

 その為、普段は、他者の魔術や、
魔法薬などの属性を触媒として、魔法剣に、属性を付与している。

 つまり、本来、俺には、必要に応じて、
多数の属性を使い回す、という事が出来ないのだが……、

火属性、付与ファイヤーコード・インストール――風属性、付与ウインドコード・インストール――雷属性、付与サンダーコード・インストール――」

 この宝具は……、
 不可能を、可能としてくれた。

 剣に宿る精霊石を触媒にして……、

 幾つもの属性を付与し……、
 剣に込める魔力を増幅させ……、

 ……何度も、何度も、魔法剣を振るう。

 まさに、この宝具は、
魔法剣士である俺にとって、最高の宝具であった。

「がっ……ぐっ……ああっ!」

 だが、俺は、勇者でもなければ、英雄でもない。
 所詮は、三流の冒険者でしかない。

 過ぎた宝具は、己の身をも蝕んでいく。

 ――氷槍を炎剣で溶かす。
 ――石飛礫を竜巻で弾く。
 ――水矢を雷鞭で叩き落とす。

 全身の骨が軋む――
 筋肉が悲鳴を上げる――
 魔術回路が焼き切れる――

 ――生命そのものが、俺に警告する。

 闘うのを止めろ――
    たたかうのをやめろ――
         タタカウノヲヤメロ――

 宝具を振るい続け……、
 酷使し続けた体は、もう、とっくの昔に、死に体だ。

 それでも、俺は退かない。
 俺の意思が、退く事などは許さない。

 ――まだ生きている。
 ――生きているなら、体は動く。
 ――体が動くなら、闘える。

 自分を騙せ、自分を騙せ、自分を騙せ――

 限界など、既に過ぎた……、
 その極限の中で、俺は、剣を振るい続ける。

「そこだっ……サンダーブレイドッ!!」

「うおっ……っ!?」

 そして、ついに……、
 長きに渡る闘いに、光明を見出した。

 全て属性を駆使し、敵の攻撃を相殺し続け……、

 猛攻の間隙を縫うように……、
 俺の放った雷鞭が、ドーバンの杖を絡め取る。

魔法剣、起動セットアップ――全力解放フルドライブ――」

 ――今だ、今しか無いっ!
 ――今、この時をおいて、他に無いっ!

 この刹那こそが……、
 闇を凌駕する、唯一の好機……っ!!

光属性、付与シャインコード・インストール――」

 幾度目かの、魔法剣の発動――
 付与するは、光の属性――

 光の力は、高位属性……、
 それ故に、俺には、今まで、扱えなかった。

 だが、この世界に来て、扱えるようになった。
 パルフェのおかげで、この力を会得する事が出来たのだ。

 ならば、闇の魔術師を――
 魔王の側近であるドーバンを倒せるのは――

 ――この光の剣以外に有り得ない。





「シャイン――


 最後の一撃に――
 持てる魔力の全てを込めて――

 全ては、この瞬間の為に――


                   ――ブレイドォォォォォォーーーッ!!」





 光の魔法剣が発動し――

 虹色の剣の切っ先から、
激流の如き、光の奔流が放たれた。

 その燐光は、蒼天を覆う深き闇を貫き……、
 光によって、穿たれた暗雲から、眩き輝きが差し込む。

 天から伸びる太陽の光が、
真っ直ぐに、黄金に輝く一筋の道を描き出す。

 まるで、俺を導くかのように……、

 それは、まさしく理想の輝き――

 希望に満ちた――
 未来へと続く光の道――

「確かに、俺達の力は弱い……、
でも、力を合わせ、命を束ねれば、俺達は、何処までだって羽ばたけるっ!」

 ――空へと翔ける。
 ――拓かれた道を翔け上がる。

「俺は、何処までも、駆け抜けてやるっ!」

 ――だが、目の前に、邪魔な奴がいる。

 俺達の前に立ち塞がる――
 強大であるが故に、ちっぽけな闇が――

「恐怖している、だと……、
魔王の側近である、このワタシがっ!?」

 光の奔流に呑まれ、ドーバンは、身動きが取れない。

 それでいてなお……、
 闇の魔術師は、最大級の魔弾を展開してみせた。

「消えろっ! 消え失せろっ!
貴様など、今すぐに消えてしまえぇぇぇぇぇぇっ!!」

 形振りなど、構っている余裕も無くなったのだろう。

 『水の魔石』の確保、という目的も忘れ……、
 半狂乱のドーバンは、街諸共、俺を滅ぼそうと、全力の魔弾を放つ。

 かつて無い規模の強力な魔弾――

 その威力は、間違いなく……、
 この街どころか、島すらも、この世から消し去るだろう。

「お前の負けだ、ドーバン!!」

 左手に、光翼蘭の花飾りを握り、
俺は、闇の魔術師の魔弾を、真っ向から迎え撃つ。

 ――不安も、恐怖も無い。
 ――あるのは、ただ、勝利の確信のみ。

 何故なら、奴は一人だから……、

 どんなに強い力を持っていても、
闇の魔術師は、たった一人でしかないから……、

 そんな、ちっぽけな相手に――

 街中に咲き誇る花達が――
 無数の小さな生命に込められた想いが――

「皆で守るんだ、この美しい街をっ!!」

 ――フローレの尊き祈りが、負けるわけがない。










 そして――

 二つ目の奇跡が起こる。










「■■■■■ーーーっ!!」

 咄嗟に、何を叫んだのか……、
 どんな言葉を発したのかは、分からない。

 何かの呪文だったのか――
 それとも“その宝具”の真名だったのか――

 無意識に、その言葉を発した瞬間……、

 街全体が虹色の光に包まれ……、
 無数の花々から生まれた万色の光が集束し……、

 ……俺の手には、一枚の盾が握られていた。

「うおおおおおーーーーーっ!!」

 光翼蘭の盾を中心にして、
街を覆うように、七枚の光の花びらが展開される。

 虹色に輝く光の盾――
 それは、街を守ろうとする花々の想い――

「何故、死なぬっ!? 何故、消えぬっ!?
ワタシは認めんっ! こんな馬鹿な事は有り得ぬっ!!」

 最早、ドーバンは、完全に我を失っていた。

 全力の魔弾は、光の盾に防がれ……、
 にも関らず、何度も、何度も、魔弾を放ち続ける。

 光の盾は、その悉くを弾き、消し去っていく。

 とはいえ、流石は闇の魔術師……、

 その攻撃を前に、光の盾も、
無傷とはいかず、徐々に、綻びが出始める。

 いや、違う……、
 この綻びは、俺の弱さの表れだ。

 宝具を持つ俺自身が、足手纏いになっている。

 一枚、二枚、三枚――

 ドーバンの攻撃によって、
七枚の花びらが、燃え尽きるように散っていく。

 もう少し、もう少しなのに……、

 魔弾の連打に晒されながらも、
盾に守られた俺は、少しずつ、ドーバンへと肉薄していく。

 気が付けば、敵の姿は、もう目の前にまで迫っていた。

 だが、残った花びらは一枚……、

 あと、たった一歩……、
 その一歩が、果てしなく遠い……、

「くっ、ううう……」

 歯を食い縛り、必死に、光の盾を維持する。

 だが、その奮闘も虚しく――
 最後の花びらは、明滅を始め――

 と、その時――



『よく頑張ったな……、
なかなか、楽しませてもらったぞ』



 ――聞き覚えのある声がした。

 間違いない……、
 この声は、あの時の……、



『これは褒美だ、少し繋いでやろう……』



 最初から、見ていたなら――
 もっと早く出て来やがれ、このクソジジイ――

 今頃、出て来た、魔法使い……、
 悪戯好きのジジイに、俺は悪態をつく。










 そして――

 三度、奇跡が起こる。










『『『『      』』』』



 次に聞こえたのは――

 忘れる筈が無い――
 懐かしく、愛しい人達の声――





 その瞬間――

 恐れも、不安も、悲しみも、迷いも――

 あらゆる負の感情が……、
 俺の心の中から、綺麗に消え失せた。





 黄昏から、薄明へ――

 まるで、永い夜が明けるように、
胸の奥を覆っていた暗闇が、白く晴れ渡っていく。





 ――絶対的な信頼。
 ――満たされる充実感。
 ――日溜りのような愛情。

 感じる、感じる、感じる――

 彼女達の鼓動を――
 彼女達の吐息を――
 彼女達の想いを――

 聞こえる、聞こえる、聞こえる――

 ――俺を呼んでいる。
 ――俺を待っている。
 ――俺を想っている。










 ……帰りたいっ!!

 皆のところへ……、
 大切な人達のもとへ帰りたいっ!!









「俺は目指すんだ、理想の果てをっ!

俺は帰るんだ、大切な人が待つ未来へっ!」










 ――七枚の花びらが蘇った。

 輝きを取り戻した光の盾は、
瞬時にして、闇の魔術師の魔弾を掻き消す。

 そして、剣を構えた俺は――
 七枚の花びらの中心を突き抜け――



全属性、付与アベレージワン・インストール――」



 最後の魔法剣を――

 未来を覆う闇――
 闇の魔術師の心臓へと――










――お前は邪魔だっ!!

 ――俺と未来りそうの間に立つなっ!!










 そして、世界は――

 ――再び、万色の光に包まれた。





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なかがき

 永らくお待たせしました。<(_)>

 これで、ようやく、劇場版も、最後のシメを書くだけです。

 元々は、最後のオチを書きたいが為だけに、
この話を書き始め、結局、丸一年掛かりの執筆になってしまいました。

 エピローグは、なるべく早く公開したいですね。