「――マコトって、水着持ってる?」
「さわやかな朝の会話の、
第一球にしては、随分なナックルボールだな?」
「なっくるぼーる、って……?」
「いや、何でも無い……、
で、どうして、いきなり、そんな事を?」
「毎年恒例のアイドルコンテストが、もうすぐ、開催されるの」
「それは知ってる――で?」
「参加してみない?」
「……俺は男だ」
「一応、何とかする方法はあるけど……」
「何で、そこまでして、
男の俺が、参加しなきゃならんのだっ!?」
「マコトって、可愛いし……、
もしかしたら、優勝出来るかも……」
「――出来てたまるかっ!?」
Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜
『廃都フロルエルモス 〜ハートフルメモリーズ〜』
その5 アイドルコンテスト
とまあ――
ちょうど二週間前に……、
冒頭の様な、やり取りがあったのだが……、
もちろん、俺は、コンテストに参加する訳も無く……、
それ以来、特に何事も無く……、
アイドルコンテストの開催当日が訪れた。
「まさか、パルフェが、
去年のコンテストの優勝者、とはな……」
「――意外だった?」
「いや……そんな事は無い」
街のイベント会場――
今日は、闇の日なので、
街中、何処の店も、営業は休みである。
もちろん、黒猫魔法店も、例外で無く……、
俺は、パルフェと一緒に、
アイドルコンテストの見物に来ていた。
――いや、見物というのは、正しくないな。
正確には、このアイドルコンテストに、
出場する事になった“身内”を、応援する為にやって来たのだ。
で、その身内と言うのが――
「ライナ……緊張してないかな?」
「まあ、大丈夫だろ……、
度胸もあるし、ミレイユも一緒だし……」
――そう。
今回、出場するのは……、
パルフェの妹分であるライナなのだ。
アイドルコンテストの話を聞いた時は、
てっきり、パルフェが出場する、と思っていたのだが……、
どうやら、今回、パルフェは、出場を辞退する事にしたらしい。
過去、二度の優勝を経験しているパルフェ――
そんな彼女が出場すれば、
きっと、今年も、優勝を狙えると思うのだが……、
「ライナって……人見知りが激しいでしょ?」
「ああ、そうだな……、
それに、正直なところ、愛想もあるとは言い難い」
「うん、だからね――」
「今回の、コンテストの出場が、
それを治すキッカケになるかもしれない、ってわけか?」
「――うんっ♪」
とまあ、そういう思惑もあり……、
今年は、ライナ一人が、
コンテストに出場する事になったのだが……、
「今回は、舞台の上で、暴れたりしないよね?」
「いや、俺に訊かれても……」
いずれ、ライナが立つであろう、
舞台の上を、パルフェは、不安げに見つめている。
血の繋がりは無いにも関わらず……、
彼女達が姉妹となった、詳しい経緯は知らないが……、
……パルフェの姿は、まさしく、妹を心配する姉の“それ”だ。
と言っても、心配の方向性が、
若干、違うような気がしないでもないが――
――まあ、それも無理はない。
なにせ、ライナには……、
パルフェが言う様に、前科があったりするのだ。
実は、ライナは、去年のコンテストにも出場しており……、
その時は、コンテストの趣旨を、
あまり理解しておらず、係員を相手に、大暴れしているのである。
おそらく、武闘大会か何かと勘違いしたのだろうが……、
「一応、火の精霊剣は預かってるし……、
例え、何かあっても、大事にはならないと思うぞ」
不安げに、何度も溜息を吐くパルフェ……、
そんな彼女を安心させようと、
俺は、背負った赤い刀身の大剣を見せた。
ライナが、肌身離さず持っている火の精霊剣……、
彼女の身長程もある大剣は、
コンテストの最中は、邪魔になるので、俺が預かっているのだ。
いくら、ライナとはいえ、火の精霊剣がなれば、普通の女の子……、
そもそも、彼女の強さは、
そのほとんどが、精霊剣の力によるもである。
だから、剣さえ無ければ、去年のような騒動を起すこともないはずだ。
それに、一応、お目付け役として、
控え室には、ミレイユも同行されているし……、
尤も、相手はライナだから……、
必ずしも、それで安心、とは言い難いのだが……、
「そ、そうだよね……、
今回は、事前に、ちゃんと練習もしたし……」
「……その成果を、発揮して貰わないとな」
このコンテストでは、
水着審査と、簡単な自己紹介を行い……、
……その後、歌を一曲、披露するのがルールとなっている。
その練習の為、俺は、毎日のように、
フォルテール(冬弥兄さんに基礎だけ教わった)を弾かされてきたのだ。
――あれだけ、練習に付き合ったのである。
練習相手としては、是非とも、
本番では、しっかりと実力を発揮して貰いたいところだ。
その練習の光景を……、
ライナが頑張る姿を思い出したのだろう。
「頑張ってたもんね……、
ライナなら、絶対、ちゃんと唄えるよね」
一抹の不安要素は残るものの……、
取り敢えず、パルフェは、
持ち前の明るさを取り戻したようだ。
彼女は、気を取り直し、舞台上へと視線を戻す。
見れば、いつの間にか、コンテストは始まっており――
「それでは、エントリーナンバー1の方、どうぞっ!」
早速、司会者の紹介と共に、
一番手の少女が、舞台上で、観客の視線を集め――
「――って、ココットじゃないか?!」
見覚えのある少女の姿に、俺は目を見開く。
なんと、コンテストの一番手として、
姿を見せたのは、街一番の元気娘のココットだったのだ。
「スマイル魔法店のココット=キルシュで〜す♪
みんな〜、応援よろしくね〜♪」
「「「「おおおおお〜〜〜〜っ!!」」」」
緊張した様子も無く……、
ココットは、元気一杯に、観客達に愛嬌を振り撒く。
その途端、観客から、一気に歓声が上がった。
「青い空と白い雲〜、海へと続く道〜♪」
「「「「L・O・V・E! ココットちゃ〜ん♪」」」」
観客の熱狂ぶりに、俺は、思わず耳を押さえる。
まだ、コンテストは始まったばかりなのに、
観客達は総立ちになり、テンションは、初っ端から、アクセル全開だ。
「す、凄い人気だな……」(汗)
持ち歌の『渚のハッピーバカンス』を唄うココット――
彼女の歌声に合わせるように、
観客達の熱気は、さらに盛り上がっていく。
その光景を前に、呆然とする俺……、
と、そんな俺に……、
突然、後ろから声が掛けられた。
「それは、当然よ……、
ココットは、スマイル魔法店の看板娘だもの」
「……レネット?」
振り返ると、そこには、
勝ち誇った笑みを浮かべた少女がいた。
『レネット=キルシュ』――
ココットの姉であり……、
スマイル魔法店の店主でもある魔術師だ。
「これじゃあ、勝負の結果は、見るまでもないわね」
長い髪を、片手で掻き上げながら、
レネットは、挑戦的な視線を、パルフェに向ける。
彼女の言う“勝負”とは、このコンテストの事だ。
どういうわけか……、
レネットは、パルフェをライバル視しており……、
おそらく、このアイドルコンテストを、
ライナとココットによる、自分達の代理対決と考えているのだろう。
そして、この状況を見る限り……、
自分の代理であるココットの優勢は明らか……、
そう言って、レネットは、パルフェを挑発しているのだ。
だが、パルフェは……、
そんな彼女の視線を、サラリと受け流し……、
「こんにちは、レネット♪
やっぱり、ココットちゃんは、凄い人気だね♪」
……と、ニッコリと微笑んで見せた。
「もう良いわ……、
まったく、あんたって子は……」
パルフェの屈託の無い笑顔に、
レネットは、疲れたように、深い溜息をつく。
どうやら、すっかり、毒気を抜かれてしまったようだ。
「やれやれ……」
そんな彼女達のやり取りに、俺は、思わず苦笑してしまう。
きっと、二人は、幼い頃から、
ずっと、こんな関係を続けてきたのだろう。
才能はあるが、天然のパルフェ――
才能に恵まれた、天才のレネット――
天然と天才――
まさに、水と油とも言える二人は、
幾度と無く(レネットから一方的に)衝突して……、
そして、レネットだけが、貧乏クジを引き続けてきたに違いない。
ああ、分かる……、
レネットの気持ちが、俺には、良く分かる。
なにせ、俺もまた、今まで、
天然人種には、随分と、苦労させられてきているのだ。
例えば、由綺姉とか、はるかさんとか、サーリアさんとか……、
いや、まったく……、
数え出したら、キリが無いくらいである。
「苦労してきたんだな、レネット……」
そんな同情を込めて、俺は、レネットの肩を置く。
すると、レネットは、いい加減に、
慣れているのか、肩を竦めて、苦笑して見せた。
「あっ、分かってくれる?
この子ったら、昔から、こんな調子なのよ」
「分かる……分かるとも、同士よ」
「はみゅ〜……?」
ガシッと握手をして、お互いを分かり合う、俺とレネット……、
突然、意気投合する俺達に、
蚊帳の外のパルフェは、ハテナ顔で首を傾げる。
とまあ、そんな感じで――
俺とレネットが、友好を深めていると――
「マコト、マコト〜ッ!!
大変、大変、大変だよぉぉぉ〜っ!!」
――突然、闖入者が現れた。
俺達の前に現れたのは、
ライナと一緒に、控え室にいる筈のミレイユである。
「どうした、ミレイユ?」
「もしかして、ライナに、何かあったの?」
パタパタと、激しく羽根を羽ばたかせ、
血相を変えて飛んで来たミレイユに、俺とパルフェが訊ねる。
すると、ミレイユは……、
「はあはあ……あ、あのね……」
いつものように、俺の頭の上に乗り、
乱れた息を整えながら、早口で事情を話し始めた。
余程、焦っていたのか、
ミレイユの話は、要領を得ないモノであったが……、
その内容を要約すると……、
「――あいつ、緊張してるのか?」
「うんうん、そうなんだよ〜」
同伴していたミレイユ曰く……、
自分の出番が近付くにつれ、
ライナの顔色が、どんどん悪くなっていた、とのこと。
予想外の展開に、俺とパルフェは、顔を見合わせる。
先程も述べたが、ライナは、
去年、舞台上で、大乱闘を繰り広げたほどの娘だ。
ならば、度胸は人一倍で……、
緊張とは無縁だ、と思っていたのだが……、
「まさか、気負ってる……?」
パルフェに応援されて、随分と、熱心に練習してたから……、
もしかしたら、ライナは、
期待に応えようとして、体に力が入り過ぎているのかもしれない。
となると、これは、かなりマズイ事態だ。
もし、緊張のあまり、大失敗をして、
恥を掻いてしまったら、ライナの人見知りは、余計に激しくなる可能性もある。
いや、それどころか……、
パニックに陥って、暴れ出したら、去年の二の舞だ。
最低限、それだけは、回避しないと……、
「ったく、しょうがね〜な〜……」
そう思い至り、俺は、
ライナの緊張を解きほぐす術を考える。
そして、我が相棒の口癖を呟くと……、
「パルフェ、悪いけど……、
魔法学院から、フォルテールを借りて来てくれ」
「……練習で使ってたの?」
「ああ……急いでくれ」
「別に良いけど……、
今更、フォルテールなんか、どうするの?」
「どうするって、そりゃ……」
お使いを頼む俺の言葉に、小首を傾げるパルフェ。
そんな彼女に、俺は、
ポリポリと頭を掻きながら、溜息を吐き……、
「不本意だが……、
俺も、ライナと一緒に、舞台に立つ」
・
・
・
「――ライナ、覚悟は出来たか?」
「うん……」
イベント会場の舞台裏――
俺とライナは、緊張の面持ちで、
出番が回って来るのを、静かに待ち構えていた。
舞台上からは、司会の声と、参加者の歌声……、
そして、大いに盛り上がる、
観客達の歓声が、途切れる事無く聞こえてくる。
だが、そんな騒がしさとは裏腹に……、
俺達がいる舞台裏は、重たい静寂に包まれていた。
「…………」
――かなり緊張しているのだろう。
ライナの表情は固く……、
普段の無口さが、さらに強くなっている。
そして、緊張しているのは、俺も同様であった。
気を落ち着かせようと、何度も深呼吸を、
繰り返すが、早鐘の様に高鳴る鼓動は、一向に収まらない。
よく考えれば、冬弥兄さんに、
フォルテールの基礎を、教わっているとはいえ……、
こうして、人前で弾くのは、初めてなのだ。
しかも、オマケとはいえ……、
“女”として、大勢の人の前に立たなければならない。
正直なところ……、
緊張の度合いは、ライナよりも強いかも……、
だって、バレたら身の破滅だし……、
うううう……、
いくら、ライナの緊張を解く為、とは言え……、
やっぱり、演奏者として、一緒に舞台に立つ、なんて無謀だったかも……、
「大丈夫……練習通りにやれば良いだけだ」
とはいえ、励ましに来た俺が、
緊張の素振りを見せるわけにもいかない。
ましてや、今更、ライナを置いて逃げるなんて、もってのほかだ。
俺は、落ち着いた様子を装い、
少しでも、緊張を和らげようと、ライナの頭を撫でてやる。
「うん……頑張る」
だが、ライナは、小さく頷くのみで、効果は全く無い様子……、
しかし、俺が、控え室に行った時は、
顔は血の気を失い、何を言っても、ロクに返事すら出来ない状態だったのだ。
それを考えれば、現状は、
反応があるだけ、まだマシなのだろうが……、
さてさて……、
一体、どうすれば良いのやら……、
「そういえば、その水着……」
とにかく、コンテストから、
少しでも、意識を逸らそうと、俺は、適当に話題を探す。
で、苦し紛れに、ライナの水着について話を振ってみたのだが……、
「これ、お姉ちゃんの……」
……意外と、反応が良かった。
ライナは、俺の目の前で、
クルッと回って見せると、顔を綻ばせる。
お姉ちゃん、って事は……、
これって、パルフェの“お下がり”なのか……、
それを着ているだけで、
寡黙なライナが、こんなにはしゃぐとは……、
――よっぽど、パルフェの事が好きなんだな。
と、ライナの微笑ましい姿に、
目を細めつつ、俺は、改めて、彼女の水着を見た。
紺色のワンピース……、
ようするに、スクール水着、ってヤツである。
猫耳少女に、スクール水着――
ぽけぽけしている割には、
パルフェも、なかなか、ツボを押さえた選択だな。
まあ、パルフェの事だから、
この水着の選択に、深い意図は無いのだろうけど……、
「……似合う?」
「あ、ああ……良く似合ってるよ」
訊ねるライナに、俺は、やや引き攣った笑みを浮かべる。
確かに、似合っている……、
ってゆ〜か、ぶっちゃけ、似合いすぎだ。
紺色の水着によって、醸し出される、
健康美なら、間違いなく、ココットに対抗できるだろう。
しかも、猫耳のオプション付き……、
ああ、断言しよう……、
ライナは、確実に、コアな観客層の人気を得られ――
――って、俺は、何を、熱くなってるんだ?
「マコトお姉ちゃん……どうしたの?」
「いや、何でも無い……、
それより、そろそろ、出番じゃないか?」
それを誤魔化すように、俺が、彼女から目を逸らすのと……、
舞台の方から、俺達を呼ぶ、
司会者の声が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。
「――続きまして、エントリーナンバー16の方、どうぞっ!」
俺達の登場を促す司会者の声が、
拡声器によって、イベント会場全体に響き渡る。
「よしっ……いくぞ、ライナ!!」
「――うんっ!」
さっきまでのやり取りで、少しは気が紛れたようだ。
司会者の声を合図に、フォルテールを、
背負う俺の言葉に、ライナもまた、手にマイクを持ち、力強く頷く。
そして、俺達は……、
二人同時に、舞台へと飛び出した。
「えっ、あれ……?」
「「「「「…………」」」」」
俺達が姿を見せた途端……、
さっきまでの盛り上がりが、
嘘だったかのように、会場は静寂に包まれる。
司会者も例外ではなく、
俺達の登場に、仕事も忘れ、戸惑っている様子だ。
まあ、驚くのも無理もない、か……、
本来なら、一人ずつ出てくる筈なのに、
何の前触れも無く、いきなり、二人同時に出てきたのだから……、
「え〜っと……、
16番のライナ=フォーゼルさん?」
「ん……」(コクッ)
司会者に訊ねられ、ライナが頷く。
一応、確認の為だろう……、
彼女の返事に、司会者は、メモ用紙を一瞥し……、
「それで……あなたは?」
今度は、ライナの隣で、黙々と、
フォルテールの準備をしている俺に、目を向けた。
「俺は、藤井 誠……、
演奏するだけなんで、オマケ程度に思ってくれ」
フォルテールの準備を続けながら、俺は、司会の言葉に答える。
すると、司会者は……、
もう一度、メモ用紙を見ると……、
「フジイマコト……、
ああ、なるほど、そういう事ですか」
なにやら、妙に納得顔で頷き……、
何事も無かったかのように……、
落ち着いた様子で、ライナを相手に、司会進行を再開した。
「では、改めまして、自己紹介をお願いします」
「ライナ=フォーゼル……、
お姉ちゃんと一緒に、黒猫魔法店で働いてる」
「黒猫魔法店、と言うと……、
去年の優勝者のパルフェさんのお店ですね」
「うん……」
司会者の質問に、淡々と答えるライナ。
まあ、このへんは、
練習通り言えば良いので、心配はいらない。
……問題は、この後である。
質問の内容は、決まっているわけではない。
司会者の気分次第で、どんな質問がされるのか分からないのだ。
つまり、ここから先は、アドリブ勝負――
人見知りも激しく、緊張までしているライナに、
気の利いたアドリブを求めるのは、かなり酷な話である。
もちろん、事前に、
質問を予想し、一通りの練習してきたが……、
……これじゃあ、まるで、面接試験だな。
と、そんな事を考えながら、
俺は、固唾を飲んで、司会者の、次の質問を待つ。
だが、そんな俺の心配も、杞憂に終わった。
幸運なことに、次の質問は、
何の変哲も無い、至って普通の質問だったのだ。
「じゃあ、好きなモノと、趣味を教えて貰えますか?」
「好きなのは、お姉ちゃん……、
趣味は、ご飯を食べること、それと……」
司会者の質問に、一瞬、ライナは言い淀む。
そして、何を思ったのか……、
チラッと、後ろに控える俺を一瞥すると……、
「最近は、お姉ちゃんと一緒に、
マコトお姉ちゃんを着せ替えするのも、ちょっと楽しい」
「――待て、コラ」
その問題発言に、俺は、
状況も弁えず、思わず、ツッコミを入れてしまった。
確かに、俺の服を、見繕ってくれていたのは、パルフェ達だが……、
いくら頼んでも、ジーンズのような、
カジュアルな服を用意してくれなかったのは、そういう事か……、
「――では、ライナさんに、一曲、唄って頂きましょう!」
苦悩する俺のを他所に、
司会者は、コンテストを進行していく。
そして、ついに……、
ライナの歌を披露する時がきた。
「……いくぞ、ライナ」
「うん……」
緊張の面持ちで、頷き合う俺とライナ。
今こそ、練習の成果を見せて……、
街の人達に、ライナへの認識を改めて貰うのだ。
無口で、ぶっきらぼうで――
人見知りの激しい、不器用な子だけど――
本当は、とても笑顔が可愛い女の子なんだ、ってことを――
「…………」
両手でマイクを持ち、
ライナは、真っ直ぐに観客と向き合う。
そして、心の準備を整え……、
軽く拍子を取るように、
僅かに頷き、俺に合図を送ってきた。
それに合わせ、俺は、ゆっくりと、演奏を開始する。
奏でる曲は『風のノクターン』――
夢と希望を信じて――
流れ星を待ち続ける歌――
他の出場者達が唄ったような、
元気のある曲とは対照的な、しっとりとしたパラード曲――
観客の受けは悪いかもしれないが、ライナの性格に合わせた選曲である。
Wishing on
a dream that seems far off♪(遠く星空を見上げて想いをはせるの
Hoping it
will come today♪(今日こそ叶うんじゃないかって
俺の拙い演奏に合わせ……、
ライナの透き通った歌声が……、
静まり返ったイベント会場に響き渡る。
Into the
starlit night♪(星空の輝く夜には
Foolish
dreamers turn their gaze♪(バカな夢を見て、うっとりしちゃう
Waiting on
a shooting star♪(流れ星を待ちながら
ぎこちない演奏を補って余りある――
静かで、優しく――
でも、力強いライナの歌声――
――会場中の観客は、その歌声に聞き惚れる。
そして……、
最後の戦慄が紡がれ……、
―― Is
my star to come ...♪(来てください、私だけのお星様……
唄い終えたライナは……、
微かに頬を赤らめると、
恥ずかしそうに、観客に向かって、ペコリと頭を下げた。
「「「「「…………」」」」」
――静寂が会場を包む。
だが、次の瞬間……、
観客達は、一気に総立ちになると……、
わあぁぁぁぁーーーーっ!!
パチパチパチパチッ!!
割れんばかりの歓声と……、
たくさんの拍手が……、
一生懸命頑張った、ライナに贈られた。
「頑張ったね、ライナ〜! とっても良かったよ〜!」
「マコトも、カッコイイよ〜っ!」
よく見れば、観客席にいる、
パルフェとミレイユが、俺達に向かって、大きく手を振っている。
「…………」(呆然)
観客の予想外の反応に、目を丸くするライナ。
そんな彼女の肩を叩き、俺は、グッと親指を立てて見せた。
「――やったなっ!」
「うん……♪」
俺の仕草を真似て、
ライナもまた、はにかみながら、親指を立てる。
そして、俺とライナは、観客席に向き直り……、
「「――ありがとうございました〜っ!」」
祝福してくれた街の人達と……、
応援してくれたパルフェ達に、
感謝を込めて、もう一度、大きく頭を下げた。
「さあ、パルフェ達のところに戻ろう」
いつまでも鳴り止まない拍手の嵐――
観客の賞賛を一身に受け、
出番を終えた俺達は、舞台裏へ戻ろうと背を向ける。
だが、そんな俺達を――
「ちょっと待ってください……、
あなたは、まだ、戻っちゃダメですよ」
いや、正確には――
一体、何の用があるのか……、
何故か、俺だけが、司会者が呼び止めた。
「……何です?」
司会者に肩を掴まれ、俺は振り返る。
そんな俺の手を引き、
司会者は、舞台の中央まで戻ると――
「次は、あなたの番ですよ。
エントリーナンバー17のフジイマコトさん」
――と、のたもうた。
「はあ……?」
マイクを手渡され、俺は、目を丸くする。
ちょっと待て……、
今、この人は、何て言ったんだ?
――あなたの番?
――エントリーナンバー17?
「え、え〜っと……」(汗)
いまいち、状況が掴めず……、
俺は、司会者とマイクを、交互に見比べる。
そして、ようやく、司会者の言葉の意味を理解し……、
「ちょっと待ったっ!
俺は、出場登録をした覚えは無いぞ!?」
「ですが、ここに名前が……」
狼狽える俺に、司会者が、さっきも見ていたメモ用紙を見せる。
そこには、確かに……、
出場者として、俺の名前が書かれていた。
「…………」(大汗)
有り得ない事実に、俺は、自分の目を疑う。
しかし、どんなに目を凝らしても、
メモ用紙に書かれた、自分の名前が、消えて無くなるわけもなく……、
ああ、まったく……、
これは、一体、どういう事なんだ?
何処のどいつが――
勝手に、俺の名前で出場登録を――
「――っ!!」
そう考えた瞬間……、
俺の脳裏に、二週間前の……、
コンテストに関するパルフェとの会話が蘇った。
「まさか、パルフェが……?」
……と、俺は観客席にいるパルフェにを向ける。
その視線の意味に気付いたのだろう。
パルフェは、自分じゃないと、慌てて首を横に振った。
どうやら、彼女の仕業では無いらしい。
まあ、よく考えてみれば、
パルフェは、そういう真似をするような子じゃないし……、
……だとしたら、一体、誰が?
と、思ったのも束の間……、
突然、俺の頭の上に“何か”が乗っかった。
「……ミレイユ?」
その慣れた重みから、すぐに、
“何か”の正体を察し、俺は頭上に呼び掛ける。
すると、そこには……、
「やっほ〜、マコト〜♪
レネットから、お届け物だよ〜♪」
「はあ……?」
案の定、つい先程まで、
観客席にいた、ミレイユの姿があった。
どうやら、レネットから、
何かを預り、それを持って来てくれたらしい。
ミレイユは、前足で持っていた“それ”を、俺の手の上に落とした。
「――うげっ?!」
手の中に収まる、黒い球体……、
それを目にした瞬間、俺の顔が引き攣った。
「スマイル魔法店の新製品の試作品だって」
「……新……製品?」(汗)
「コンテストに出場するなら、
ちゃんと、水着を着てなきゃダメなんでしょ?」
「水……着……だと?」(大汗)
ミレイユの言葉を聞きに、
俺は、沸々と湧き上がってくる殺意を、必死で堪える。
そうか……、
“新製品”で“試作品”なのか……、
つまり、未来においても、
ごく一部で流通していた、“これ”の発案者は……、
……なんと、あの女だったのだ。
「これが、全ての始まりか……」(涙)
積年の怨敵に出会ったような……、
そんな想いで、俺は、その憎々しい物体を握る。
――そう。
“それ”は、まさしく――
あの忌まわしき魔術アイテム――
――女装爆弾であった。
「これを、俺に使えと言うのか……?」
それは怒りか、諦めか……、
震える声で呟きつつ、俺は、観客席に目を向ける。
見れば、そこには、意地悪い笑みを浮かべるレネットの姿が……、
そんな彼女の様子を見た瞬間、
俺は、全ての首謀者が、彼女である事を悟った。
つまり、この状況を作ったのは――
勝手に、俺の名前を、
コンテストの参加者名簿に登録したのは――
「なるほど、そういう事か……」
レネットの思惑を察し、
俺は、その、あまりの姑息さに、半ば呆れる。
おそらく、彼女の目的は、ココットの勝利を……、
すなわち、コンテストでの、
スマイル魔法店の勝利を、確実なモノにする事だ。
黒猫魔法店からの参加者は、ライナのみ……、
そこに、俺を加えることで、
投票数を、二つに割らせようとしたのである。
あまりにも姑息な……、
プライドの高い、レネットらしくない手段だが……、
余程、今まで、パルフェの、
天然っぷりに、煮え湯を飲まされて来たのか――
――もはや、手段を選ぶ余裕すら、無くなってきているようだ。
「…………」
俺は、無言で、女装爆弾を見つめる。
彼女の思惑に気付いた以上……、
これは使わずに、サッサと棄権してしまえば良いのだが……、
舞台の上にいる以上、
雰囲気的に、もう、後には引けないし……、
ヘタしたら、黒猫魔法店の評判にも、関わってくるかも……、
居候の身としては……、
そんな真似は出来ないわけで……、
「まあ、考えすぎかもしれんが――」
ほとんど、ヤケクソ気味に……、
俺は、高々と、“それ”を持つ腕を振り上げる。
「――もう、どうにでもなれっ!!」
そして――
女装爆弾を……、
思い切り、足元に叩き付けた。
・
・
・
「「「「「「「「――カンパ〜イ♪」」」」」」」」
「かんぱ〜い……」
その日の夜――
黒猫魔法店に、皆が集まり、
アイドルコンテストの打ち上げか行われた。
もちろん、主役は、出場者達で……、
彼女達の前には、
たくさんの料理が飲み物が並べられている。
で、その主役の中には、当然、俺も入っているのだが……、
「どうしたの、マコト……、
主役なんだから、もっと楽しまないと……?」
「……そんな気分じゃない」
「まあ……気持ちは良く分かるぞ」
目の前に並ぶ、数々の料理――
それらに、全く手を付けようとしない、
俺の様子を見て、パルフェが首を傾げながら、飲み物を勧めてきた。
また、サケマスも、俺に、同情の眼差しを向けてくる。
「ったく、どうして……、
俺は、いつもいつも、こんな目に……」
注がれたジュースを一気に煽り……、
俺は、やや乱暴に、空になったコップを、テーブルに置いた。
その音に驚き、皆の視線が、俺に集まるが……、
構わず、俺は、手酌で、
ジュースを注ぎ足し、もう一度、それを飲み干す。
――俺は、かなり不機嫌であった。
女装爆弾の効果、とはいえ……、
公衆の面前で、あんな派手に、
水着姿(女物)を晒されたのだから、当然である。
まあ、水着といっても、短パンとTシャツ……、
割りとラフなモノだったので、
比較的、精神へのダメージは少なかったが……、
それでも、男としての尊厳を、
古傷に塩を塗り込む様に、著しく傷つけられたのだ。
この、やり場の無い憤り――
いくら、俺が食いしん坊でも……、
ご馳走くらいで、そう簡単に治められるわけが無い。
「だいたい、一番の主役は、俺じゃないだろ?」
――とはいえ、責任の無いパルフェに当たっても仕方ない。
俺は、そう言って、唐揚げを一つ、
口の中に放り込むと、隣に座るライナに目を向けた。
――そう。
今日、一番の主役は、ライナである。
優勝こそ逃したものの……、
最年少でありながら、準優勝という大健闘だったのだ。
「……ふぁに?」
嬉々とした表情で、料理を食べるライナ……、
突然、俺に話を振られ、
彼女は、口一杯に、食べ物を頬張ったまま、こちらを向く。
「いや、何でもない……、
今日は、本当に、よく頑張ったな」(なでなで)
「うん……」
俺に頭を撫でられ、ライナは、擽ったそうに微笑む。
そんな彼女の笑顔を見て、
俺は、いつまでも怒っているのが、馬鹿らしくなってしまった。
確かに、恥ずかしかったけど……、
この笑顔が見られるのなら、安いモンである。
「それにしても……、
私も、出場すれば良かったな〜」
「――なんでさ?」
「だって、皆、凄く楽しそうだったから……」
おそらく、コンテストでの一件を思い出しているのだろう。
パスタを、フォークに絡めつつ……、
心の底から、残念そうに、パルフェが呟いた。
そんな彼女の様子に、
俺もまた、例の一件を振り返ってみる。
女装爆弾を発動させ――
ほとんど、なし崩し的に……、
俺も、コンテストの出場者となったのだが……、
となれば、当然、観客の前で、歌を披露しなければならない。
しかし、ぶっつけ本番で、
唄えるほど、俺は、自分の歌に自信は無い。
そこで、俺は、フォルテールの演奏で、お茶を濁そうとしたのだが……、
と、そこへ……、
思わぬ所から、助け舟が出された。
なんと、次に出番を控えていた、
ルティルが、俺の演奏に合わせて唄う、と申し出てくれたのだ。
さらに、ココットやライナ……、
ミレイユまで、そこに乱入してきて……、
とまあ、そんな展開で……、
コンテストそっちのけで……、
突発コンサートが開かれてしまったのだ。
「私も、マコトの演奏で唄ってみたかったな……」
「また、今度……、
機会があったら、弾いてやるよ」
「わっ、ホント♪ 絶対だよっ♪」
俺との何気ない約束に、嬉しそうに微笑むパルフェ。
どうやら、パルフェには、
本気で、次の機会ってやつを期待させてしまったようだ。
……ならぱ、責任は取らねばなるまい。
じゃあ、それまでに、
もう少し、上手く演奏出来るようになってないと……、
うん、そうだな……、
明日から、露天商売のついでに、
練習がてら、街角コンサートでもやってみるか?
相棒なら、ミレイユがいるし……、
いっそのこと、ライナを歌姫にするのも悪くない。
なんか、その光景を、想像するだけで、楽しくなってくるな……、
冬弥兄さんや、カウジーさん達も、
コンサートをする時は、こんな気持ちなんだろうか……、
「うふふ……今から楽しみ♪」
余程、楽しみなのか……、
パルフェは、鼻歌交じりに、料理を食べている。
そんな俺達の会話を聞きつけたのだろう……、
「ねえ、それって……、
もちろん、ココット達も混ぜてくれるんだよね?」
突然、ココットが、俺の背中に伸し掛かってきた。
「ああ、別に良いけど……」
背中に当たる、微妙な膨らみに、
狼狽えつつ、俺は、平静を装い、彼女の言葉に頷く。
すると、自分達も混ぜろ、とばかりに――
話を聞いていた皆が、
一斉に、俺達の周りに集まってきて――
「ねえ、お姉ちゃんも一緒に歌おうよ♪」
「う〜ん、そうねぇ……、
今日みたいな、マズイ演奏でなければね」
「ボクも新曲作ろうかな〜?
フローレさんは、どんな曲が良いと思う?」
「お花さん達みたいに、可愛らしい歌が好きよ」
「ボク、知ってるよ〜♪
フローレ、いつも、お花畑で唄ってるもんね♪」
「……みんな一緒なら、もっと楽しい♪」
「はあ、やれやれ……、
あまり、羽目を外し過ぎないでくれよ……」
「ミュ〜、ミュ〜♪」
・
・
・
こうして――
コンテストの打ち上げは……、
楽しく、賑やかに、夜遅くまで続くのだった。
おまけ――
「まあ、それはともかく……、
今年は、我がスマイル魔法店の完全勝利ね♪」
「随分と、姑息な手を使ってくれたみたいだけどな?」
「うるさいわね……、
勝てば官軍、って言うでしょ?」
「でも、完全勝利ってわけでも無いんじゃないか?」
「――どうしてよ?」
「いや、だってさ……、
ほら、この投票結果を見てみろよ」
「…………?」
『アイドルコンテスト結果発表』
優 勝 ココット=キルシュ 1279票
準優勝 ライナ=フォーゼル 1153票
第三位 ルティル 691票
第四位 フジイマコト 322票
・
・
・
「俺とライナの分……、
総投票数なら、黒猫魔法店の勝ちなんだよ」
「――なっ!?」
「仮定の話だけど……、
もし、俺が出場していなかったら……」
「…………」(わなわな)
「俺の分の投票も……、
ライナに加算されていたかも……」
「こ……こ……」(プルプル)
「――こ?」
「これで勝ったと思うんじゃないわよぉぉぉぉ〜〜〜っ!!」(脱兎)
「いや、レネット……、
それって、キャラが違うから……」(汗)
――ちゃんちゃん♪
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なかがき
お待たせしました、第五話です。
今回は、原作でもあったアイドルコンテストの話です。
で、予想通り……、
女装した誠も、出場する羽目になってます。
作中で、誠がフォルテールを弾いていますが、簡単な曲なら弾けると考えました。
何故なら、フォルテールは、
ホームポジションで弾けますから……、(笑)
とまあ、それはともかく……、
ついに、女装で実績を得てしまった誠の、明日はどっちだ?(笑)
さて、この劇場版も、
そろそろ、確信に迫りたいところです。
次回、『滅びの予兆』をお楽しみに〜♪