1 カレイドスコープ 2 黒猫魔法店 3 奇跡の石 4 魔法店の仕事 5 アイドルコンテスト
6 滅びの予兆 7 守るための剣 8 闇の魔術師 9 未来への道 10 花の都




 ――夢を見た。



 上も下も、左も右も――
 時間の概念すら無い場所――

 平行世界の狭間――

 万色に包まれた空間を、
漂いながら、俺は、不思議な夢を見ていた。

 ……病室、だろうか?

 清潔感のある真っ白な部屋……、
 その中央にあるベッドに、一人の少年が寝ている。

 彼の傍には、寄り添うように、二人の少女がいた。

 一人は、少年と楽しげに話をして――
 もう一人は、慣れた手付きで、リンゴの皮を剥いて――

 そんな少年達の姿は、
見ているだけで、胸が温かくなってくる。

『――こんにちは、誠』

 と、三人の視線が、こちらに集まった。

 会ったことは無い筈なのに……、
 少年達は、俺の事を、よく知っているらしい。

『リンゴ、食べる? 剥いてあげるよ?』

『もう、優季さんってば……、
ボクが、お兄ちゃんの為に持ってきたのに〜』

『そんな事で拗ねるなよ、歩……』

 むくれる妹を諌めながら、
兄である少年が、俺に、リンゴを投げ渡す。

 それを受け取った俺は……、
 当たり前のように“その名前”を呼んでいた。



「ありがとう、浩治……」



 ――その瞬間、俺は悟った。

 これは夢ではなく……、
 紛れも無い、現実なのだ、と……、

 “俺”が知らない場所――
 “俺”が知らない時間――
 “俺”が知らない世界――

 無限に存在する平行世界――

 そこにいる“俺”を介して、
俺は、彼らの未来を見ているのだ、と……、

 想いを信じ続けた少女と――
 風の届く限り、追い駆けた少女と――
 運命という波に翻弄されてきた少年と――

 もう、彼らを縛るモノは、何も無い。
 もう、彼らの幸せの妨げとなるモノは、何も無い。

 彼らは、運命から解放された。
 彼らは、再会する事を許された。





 ――そう。

 約束は、果たされたのだ。






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『廃都フロルエルモス 〜ハートフルメモリーズ〜

その10 花の都







「――お目覚めですか?」

「パル……フェ……?」





 意識を取り戻し――

 俺が、最初に感じたのは……、
 全てを癒すような、心地良い花の香りだった。

「うっ……く……」

 鼻腔を擽る花の香りに、誘われるように……、

 俺は、未だ、朦朧とする中、
微かに目を開け、日差しの眩しさに、顔を顰める。

「――お目覚めですか?」

 と、その光を遮るように、
目の前には、俺を見下ろす、少女の影があった。

「パル……フェ……?」

「ブ〜、残念でした……、
パルフェちゃんの方が良かったですか?」

 一瞬、パルフェかと思ったのだが……、

 どうやら、彼女ではないらしく、
人影は、やや拗ねたように、不満の声を上げる。

 その聞き覚えある声に……、

 俺は、少女の正体に気付き……、
 それと同時に、ハッキリと、意識が覚醒した。

「フローレ……?」

「ピンポ〜ン、正解です♪
でも、もう少しだけ、横になっていてくだいね」

 俺の答えを聞き、フローレが微笑む。

 そんな彼女と、ちゃんと向き合う為に、
俺は体を起こすが、やんわりと、止められてしまった。

 フローレの手で、再び、俺は寝かされる。

 今頃になって気付いたが……、
 彼女は、ずっと、膝枕をしてくれていたようだ。

「では、改めまして……お久しぶりです」

「……何だって?」

 俺の髪を、手で梳きながら……、
 フローレが、優しい口調で、おかしな事を言う。

 その違和感に、俺は、
ようやく、状況が一変している事に気が付いた。

「そうだ……俺は……」

 ――俺は、闘っていたはずだ。

 フロルエルモスを守る為に……、
 つい、先程まで、ドーバンと闘っていたのだ。

 パルフェ達の力を借りて――
 その結晶である、二つの宝具を用いて――

 限界ギリギリの中で、
壮絶な闘いを繰り広げていた筈なのに……、

「どうして、俺は、こんな所に……?」

 周囲を見回せば、一面の花畑――

 しかし、よく観察すれば、
そこが、クラベル滝の付近であることが分かる。

 浩治とパルフェが、始めて出会った場所――
 俺とパルフェが、始めて出会った場所――

 でも、この場所って……、
 こんなにも、沢山の花が咲いていただろうか?

「何があったんだ……フローレ?」

 気を失う前と比べて、状況が違い過ぎている。

 そのことに、不安を覚える俺を、
フローレは、穏やかな顔で見下ろしながら……、

「マコトさんが寝ている間に……、
先に目覚めたミレイユちゃんは、お散歩に行ってしまいました」

「……フローレ?」

「あの子が戻って来るまで……、
少し、長いお話を聞いて頂けますか?」

 まるで、遥か昔を懐かしむような……、
 何処か憂いのある表情で、フローレは、ゆっくりと語り出す。

「さっき、私は、マコさんに、
“お久しぶりです”と言いましたよね?」

「あ、ああ……」

 彼女の妙な態度に、俺は、戸惑いを隠せない。

 そんな俺にとって――
 フローレが語ってくれた話は――



「あれから、もう……、
何百年もの、時が過ぎているんですよ」



 あまりにも――

 衝撃的なモノであった。

     ・
     ・
     ・










 ――マコトさんは、敗北しました。

 虹色の光を放つ宝具……、
 その一撃を受けてなお、闇の魔術師は健在でした。

 暗雲を吹き払うほどの、
まるで、太陽の如き、光の奔流――

 その光が消えた時、マコトさんの姿は無く……、

 全身、血塗れになった……、
 闇の魔術師だけが、佇んでいました。

 倒すまでには至らずとも、マコトさんは、
闇の魔術師に、瀕死の重傷を負わせる事が出来たのです。

 宝具の攻撃を受けた、闇の魔術は、弱り切っていました。

 闘う力など、一欠片も無く……、
 おそらく、パルフェちゃんだけでも、倒せていたでしょう。

 実際に、パルフェちゃんは、
敵を封印する為、再び、セントプリフィアを使ったのですが……、

 魔法が発動する寸前で、
闇の魔術師には、逃げられてしまいました。

 闇の脅威は去り……、
 フロルエルモスは守られました。

 ですが、いくら探しても、街の為に、
命懸けで闘ったマコトとミレイユちゃんは見つからず……、

 残っていたのは……、

 光の剣と、花の盾……、
 マコトさんの、二つの宝具だけでした。

 おそらく、ゼルレッチという魔法使いによって、
マコトさん達は、未来に帰ったのだろう、と大魔術師様は言っていました。

 それから、半年後――
 世界は、激動の嵐を迎えます――

 ――ガディム大戦勃発。

 魔王率いる闇の軍勢と……、
 英雄達との、壮絶な戦いが始まったのです。

 魔王軍との闘いは、長きに渡り……、

 徐々に、英雄達は、劣勢へと追いやられていきました。

 何故なら、この時、世界には……、
 世界の支えとなるべき、二柱の女神が不在だったのです。

 ……“世界”は、女神を選びます。

 フォルラータの王女『ルティル=エル=サーレ』――
 オルフェス王家の血筋である『パルフェ=シュクレール』――

 二柱の女神の誕生は……、
 同時に、聖剣の勇者の誕生を意味していました。

 『世界を担う勇者の聖剣』ブランニューハート――
 聖剣の担い手、勇者『アナスタシア』――

 女神と勇者が誕生した事で、闘いの優劣は、逆転しました。

 そして、魔王は倒され――

 光と闇の闘いは……、
 英雄達の勝利で、幕を閉じました。

 その後、女神となった二人は……、

 天寿を全うするまで……、
 世界を支え、見守り続けたのです。

     ・
     ・
     ・










「じゃあ、ここは……?」

「はい、貴方の未来です……、
マコトさんは、帰って来られたんですよ」



 長い話しを聞き終え――

 フローレが語った話の内容の、
あまりのスケールの大きさに、俺は唖然としてしまう。。

 ――俺は、帰って来た。
 ――未来に戻ることが出来た。

 その喜びよりも……、
 驚愕の方が、遥かに大きかった。

 確かに、古代魔法王国時代の、
女神の名は、歴史書などにも、記されていなかったが……、

 まさか、二柱の女神が……、
 パルフェとルティルだったなんて……、

 つまり、俺は、女神の一人と、一緒に生活していたわけだ。

 感慨深いと言うか……、
 なんか、歴史を感じてしまう話である。

「――って、ちょっと待て」

 と、そこまで考え……、
 俺は、ふと、ある矛盾に気が付いた。

「ここは、俺がいた未来なんだよな?」

「正確には、マコトさんが、
過去へと跳んでから、二時間後です」

 ――ゼルレッチというお爺さんが教えてくれました。

 と、確認する俺に、フローレは、アッサリと頷く。

 彼女の、あまりに自然な態度に、
俺の方が間違っているのでは、と気後れしてまう。

 しかも、ツッコミ所が増えたし――

 彼女に発言の中にあった、
不穏な名前が、かなり気にはなったが……、

 取り敢えず、それは置いておき、
俺は、単刀直入に、フローレに疑問を切り出す。

「どうして……フローレがいるんだ?」

 ――そう。
 フローレこそが矛盾だ。

 ここが、未来なら……、
 今、この場に、フローレがいるのはおかしい。

 彼女の話が、全て事実だと言うなら、
フローレは、数百年もの間、生き続けた、という事になる。

 しかも、全く年老いること無く……、

「……分かりませんか?」

 訊ねる俺に、クスッと微笑むと……、
 フローレは、俺の目の前に、両手を差し出した。

 何かを包むように、握られた両手――

 彼女の可憐な手が開かれると、
まるで、手品のように、溢れ出るように、たくさんの花が現れた。

「花の……精霊?」

「正確には、花の精霊王です」

 彼女の言葉に、驚きつつ……、
 告げられた真相に、俺は、妙に納得してしまう。

 確かに、フローレは、花が大好きで、
俺も、彼女のことを、花の精霊に例えた事もあったが……、

 まさか、本当に……、
 しかも、精霊王になっているなんて……、

「マコトさんの体も、私が癒したんですよ」

「ああ……どうりで……」

 試しに、右腕を動かしてみて……、

 体が全快している事を知り、
俺は、フローレの精霊王としての力を実感する。

 ドーバンとの闘いで、俺は、かなり無茶をした。

 特に、二つの宝具の使用による反動は、
俺の肉体と魔術回路を、容赦無く、痛めつけていた。

 体の傷はともかく……、
 魔術回路の回復など、容易な事ではない。

 それを、ほんの数時間で、完治させたのだ。

 花の精霊王だ、と言う、フローレの言葉に、間違いは無いだろう。

 もしかしたら、こうして、膝枕をしながら、
今もなお、治癒を施してくれているのかもしれない。

「……もう、大丈夫だ」

「えっ? でも……」

 いつまでも、甘えているわけにはいかない、と……、

 フローレの制止を聞かず、
俺は、体を起こすと、その勢いのまま、立ち上がった。

「ほら……な?」

 瞬間、全身に鈍い痛みが走るが……、

 我慢出来ない程でもないので、
その場で、クルクルと回って、全快した事を主張する。

「……もう、マコトさんったら」

 やせ我慢をする俺を見て、フローレは、困ったような笑みを浮かべる。

 止めても無駄、と思ったのだろう。
 フローレもまた、俺に続き、ゆっくりと立ち上がる。

 と、そこへ――

「マコト〜! フローレ〜!!」

 散歩していたミレイユが、
元気良く、羽をはばたかせて戻ってきた。

 薬の効果も切れているようで……、
 すっかり、元の翼猫のような姿に戻っている。

「――では、行きましょうか?」

「何処に行くんだ?」

 ミレイユが、いつもの定位置……、

 俺の頭の上に乗ったのを確認すると、
フローレは、俺を手招きしながら、ゆったりと歩き出す。

 慌てて、その背中を追い……、
 フローレの横に並びつつ、俺は首を傾げた。

 彼女は、そんな俺の手を、
まるで、急かすように、ギュッと強く握ると……、



「パルフェちゃん達のところへ……」

「えっ……?」



 そして、俺達は――
 フローレに導かれるまま――

 ――再会の地へと向かった。

     ・
     ・
     ・










「――足元が滑るので、気を付けてくださいね」

「それは、こっちのセリフだ……、
折角だし、いつかのように、抱っこしようか?」

「ふふっ……大丈夫ですよ」



 クラベル滝――

 フローレが向かった先は、
その滝の裏にある、小さな滝壺だった。

 激しく流れ落ち、飛沫を上げる滝……、

 フローレが、そこに手を翳すと、
水流が二つに割れ、奥に隠れた洞窟が姿を現したのだ。

「この奥です……」

 先を歩く、フローレに案内され、
俺は、滑る足元に注意しながら、洞窟の奥へと進む。

 進むにつれ、日の光は遮られ……、
 徐々に、洞窟の中は、薄暗くなり、歩き難くなっていく。

 そんな暗闇の中を歩く、
俺達の光源は、全身から、淡い光を放つ、フローレ自身だ。

 ――本当に、精霊王になったんだな。

 光に包まれたフローレの姿に、
俺は、改めて、彼女が精霊王なのだ、と実感する。

「…………」

 自分とフローレとの距離に、
寂しさを感じつつ、俺は、黙って、フローレの後を歩く。

 そして、洞窟の最奥へと到着し――

「……ここです」

「――っ!!」

 その光景を見て――

 俺は、言葉を失い……、
 崩れ落ちるように、地に膝を付いた。

 そこにあったのは、二体の石像――

 パルフェとルティル――
 世界を支えた、二柱の女神像だった――

 彼女達が生きた、という――
 この世に残された、唯一の証――

「うっ…ううう……」

 ――涙が零れる。

 唇を噛み締め……、
 泣き叫びたくなるのを、必死に堪える。

 生きる世界の違い――
 生きる時間の違い――

 ――今更になって、それを実感したのだ。

 心の何処かで、俺は甘えていた。
 また、いつか、出会えるかもしれないと、楽観していた。

 だが、時とは、あまりに残酷で――

「俺……まだ、お別れすらも、言ってないのに……」

 ――もう、会えない。
 ――もう、彼女達はいない。

 突き付けられた現実を前に、
無力な俺には、ただ、彼女達との別れを、悲しむ事しか出来ない。

「マコトさん……泣かないで……」

 小さな子供をあやすように……、
 フローレが、声を殺して泣く俺に、手を差し伸べる。

「私は、ずっと待っていました。
マコトさんが、帰って来るのを、待っていました」

 ……俺は、フローレの手を握った。

 フローレの瞳も涙で潤み……、
 それでも、彼女は、微笑を浮かべて、俺を助け起こしてくれた。

「永い時を……ずっと待っていたんです」

 花の精霊となって――
 皆の想いを、未来に届ける為に――

「いつまでも、マコトさんが泣いていたら、
“ありがとう”も、“さよなら”も、あなたに伝えられません」

「うん、そうだよな……」

 立ち上がった俺は、服の袖で、涙を拭う。

 そして、もう大丈夫、と……、
 俺は、フローレに、力強く、頷いて見せた。

「……泣いてなんて、いられないよな」

 ああ、そうだ……、
 俺に、泣くことは許されない。

 ――それは、彼女達への冒涜だ。

 永い永い時を経て――
 俺達の為に、未来を繋いでくれた者達への――

 だから、俺も、伝えなきゃいけない。

 未来をくれた皆に、“ありがとう”と……、
 ずっと待ってくれていた皆に、“さよなら”と……、

「……まずは、マコトさんに、お返ししたい物があります」

 フローレもまた、涙を拭き……、
 握ったままの俺の手を、“それ”へと導いた。

「古代魔法王国時代……、
フロルエルモスを救った、英雄の宝具……」

 女神パルフェの石像が……、
 まるで、祈りを捧げるように、両手で持っている。

 “それ”は、一振りの剣――
 何の変哲もない、ロングソード――

「マコトさん……あなたの剣です」

 ――そう。
 それは、俺の剣であった。

 過去の世界で、俺が使っていた剣……、

 精霊剣となり、宝具となり……、
 最後の最後まで、俺と共に闘ってくれた剣だ。

 だが、今や、その剣は、宝具としての力を失い、普通の剣に戻ってしまっている。

 おそらくは、俺が、石像から抜けば、
再び、この剣は、宝具としての力を取り戻すだろう。

 何故なら、宝具の力の源である、
八つの精霊石は、未だ、俺の魔術回路と融合しているのだから……、

「本当は、光翼蘭の盾も、お返ししたかったのですが……」

 と言って、フローレは残念そうに、ルティルの石像を見た。

 どうやら、花の盾は、ルティルの像が持っていたようで……、
 確かに、ルティルの像の両手は、何かを抱えていたかのように見える。

 だが、その両手には……、
 本来、そこにあった筈の物は無い。

 訊けば、ガディム大戦の最中に、
光翼蘭の盾は、『アイアス』という女英雄に託されたらしい。

「さあ、その剣を抜いてください。
私達に、マコトさんの理想を叶える、お手伝いをさせてください」

 フローレに促され、俺は、パルフェの像の前に立つ。

 そして、剣を抜こうと――
 ゆっくりと、両手を伸ばして――



「……いや、ダメだ」



 ――その直前で、思い止まった。

「どうして、ダメなのですか……、
その剣は、あなたが持つべき物なのに……」

 剣を抜こうとしない俺を、
フローレは、悲しげな瞳で見つめる。

 無理もないだろう……、

 彼女は、これを、俺に渡す為に、
長い年月を、ずっと待ち続けていたのだから……、

 ――彼女の気持ちは、痛いほど分かる。
 ――その想いに応えられず、申し訳ないと思う。

 だが、それでも……、
 例え、彼女を傷付ける事になっても……、

「この剣は、抜けない……、
俺は、この剣を、抜いちゃいけないんだ」

 パルフェの像の前から、一歩だけ、後ろに下がる。

 目前にある、強大な力……、
 それへの未練を、振り払うように、距離を取る。

 ――そうだ。
 俺には、この剣は必要無い。

 ――この剣は、俺なんかには、過ぎた宝具だ。

 確かに、この剣があれば、
俺が目指す理想へと、大きく前進する事が出来るだろう。

 もしかしたら、英雄にだってなれるかもしれない。

 だが、この剣の力は、精霊石が……、
 パルフェ達に託された力があってこそのモノだ。

 そんな借り物の力では、理想へは届かない。

 俺が目指す理想は、
俺自身の力で、辿り着かなければならない。

 何故なら、俺が、理想を目指す理由は……、

 何よりも大切な……、
 愛しい“彼女達”の為なのだから……、

 だと言うのに、他の女の子の力を、
借りてたりしたら、それでは、本末転倒である。

 そんな、裏切るような真似をしたら……、
 旅に出る俺を、笑顔で見送ってくれた“彼女達”に会わせる顔が無い。

 ってゆ〜か、もし、この剣を、
故郷に持ち帰ったりしたら、お仕置き確定だ。

 正直なところを言うと……、

 お仕置きが怖い、というのも、
剣を抜かない理由の半分くらいは占めているわけで……、

「ゴメン、フローレ……、
全部、俺の勝手な我侭なんだ……」

 長い時を待ち続けたフローレ――

 そんな彼女の好意を、俺は、
自分の都合だけで、全て無駄にしてしまった。

 深く謝罪する俺に、フローレは、呆れたように溜息を吐く。

「本当に、勝手ですね……、
これでは、私は、何の為に、待ち続けていたのか……」

「……ゴメン」

「まあ、良いです……、
マコトさんへのお仕置きは、もう済んでいますから」

 ――何も言わずに、帰ってしまった事も含めてね。

 と、何やら気になる事を呟きつつ……、

 フローレは、何処からか、
小さな鍵を取り出すと、女神像へと歩み寄る。

 いや、正確には……、
 彼女が向かったのは、女神像ではなく……、

「パルフェちゃんからの贈り物です。
こればっかりは、絶対に、受け取って頂きますからね」

 二体の女神像の間に――
 まるで、守られるように鎮座する、小さな台座――

 その台座の上にあるのは、
ひと抱えほど大きさの、細やかな装飾が施された宝箱だ。

「パルフェからの……?」

「そうですよ……ほらね♪」

 訊ねる俺に、フローレが頷きながら、宝箱の正面を示す。

 そこには、黒猫魔法店のトレードマークがあり……、
 間違いなく、それが、パルフェからの贈り物である事を証明していた。

 どうやら、その黒猫のマークが、
鍵穴となっているらしく、フローレは、そこに鍵を入れる。

 その光景を、ボンヤリと眺めながら……、

 俺は、あの時の……、
 パルフェの言葉を思い出していた。



 ――必ず、帰ってきてね。

 その時に、マコトに渡したいモノがあるから。



 黒猫魔法店を出る時に――

 闇の魔術師との闘いに、
赴こうとする俺に、パルフェは、そう言ったのだ。

 結局、あの闘いの直後に……、

 俺は、未来に帰って来てしまい……、
 パルフェとの約束は、果たされなかったのだが……、

 もしかして、パルフェは、――
 あの約束を、この宝箱の中に残して――

「さあ……どうぞ」

 フローレによって、宝箱が開かれる。

 長い年月が過ぎているにも関らず、
宝箱は、音も無く、すんなりと、その封印を解かれた。

 彼女は、一体……、
 俺に、何を渡そうとしていたのだろう?

「…………」

 高鳴る鼓動を抑えつつ……、
 俺は、ゆっくりと、宝箱の中を覗き込む。

 そして、俺は――
 宝箱の中にあったモノを見て――



「は、ははは……」



 嬉しさのあまり――

 泣き笑いを浮かべながら……、
 パルフェからの贈り物を、力一杯抱きしめた。

 まったく、パルフェの奴……、
 “あれ”が、よっぽど、羨ましかったみたいだな。

 あんな他愛の無い――
 小さな約束を、ちゃんと覚えていたなんて――



『私も、マコトの演奏で唄ってみたかったな……』

『また、今度……、
機会があったら、弾いてやるよ』

『わっ、ホント♪ 絶対だよっ♪』

     ・
     ・
     ・



「ったく、しょうがね〜な〜……」

 ゴメンな、パルフェ……、
 随分と、長い間、待たせちゃったみたいだ。

 涙で震える声で、俺は呟き……、

 そして、パルフェからの贈り物……、
 “新品のフォルテール”を抱えたまま、フローレ達に向き直る。

「フローレ……ミレイユ……」

 俺の気持ちが伝わったのだろう。
 フローレ達は、俺の呼び掛けに、最高の笑顔で応えてくれた。

 だから、俺も――

 溢れる涙を堪えて――
 懸命に、心からの微笑を浮かべて――



「約束を……果たしに行こう」



 ――さあ、始めよう。

 かつて、世界を救った――
 未来を紡いだ、優しき少女達の演奏会を――










やっと、見つけた鍵で、トビラ開けて

行こう、明日へ

希望を連れて





――歌声が響き渡る。

街を見下ろす、大木のある丘の上に。





こぼれていく、思い出たちを

胸の奥、秘めて





もう、そこに廃墟は無く……、

水と花と緑と……、
光ある未来に満ちた美しい街がある。





ここでな届いて、私達の願い

かけがえのない、奇跡の声

奏でる音が囁いてる

歩んで行こう、光の射す方へ





愛しき街を臨みながら……、

少年の拙い演奏に合わせ、
少女達は、優しい旋律を紡いでいく。





ひらり、ひらひら、頬に伝い落ちる

涙みたいな、言葉のしずく





音を奏でる少年の周りには――

幾つもの精霊石と――
もう二度と会えぬ、懐かしき少女達の姿――





手のひらに、強く握って

踏み出そう、一歩





一人、また一人と……、

少女達は、歌声にのせて、
少年への感謝の想いと、別れを伝え……、

……精霊石と共に、消えていく。





ここから始まる物語

創っていくの、二人の手で

何かが待っている予感が

教えてくれる、二人の未来を





ついに、最後の一人……、

桃色の髪の少女は……、
何も語らず、ただ、笑顔だけを残して……、





届いて、私達の願い

かけがえのない、奇跡の声

奏でる音が囁いてる

歩んで行こう、光の射す方へ





そして、少年は――

少女達に言えなかった言葉を――















「さよなら……それと、ありがとう」















 花園都市フロルエルモス――

 カノン王国の南にある、内海の孤島にあり……、
 水と花に恵まれた、世界で一二を争う程の美しい都市である。

 街の周囲は、豊かな森や、美しい湖に恵まれており……、

 それ故に、魔法薬の調合に使われる、
材料が豊富に採取され、薬の生産は、世界一を誇っている。

 また、古代魔法王国より続く、とても歴史の深い街でもあり、
ガディム大戦中、この街を救った英雄の伝説が、細々と語り継がれている。

 その英雄の詳細は分かっておらず……、

 ごく一部の文献の中には、
『光の剣を持つ戦士』とのみ記されているが……、





 真実を知るモノは――

 今も尚、咲き誇り――
 街を彩る、美しい花達だけである――















―― おまけ ――


「まったく、散歩とか言いながら……、
実は、俺を放ったらかして、街の見物に行ってたなんて……」

「え、えへへ〜……」

「ミレイユの、好奇心の旺盛さは、困りモノだな」

「だって、我慢出来なかったんだもん。
それに、フローレの邪魔しちゃ悪いかな〜、って……」

「……何だって?」

「ううん、何でもな〜い♪
ところで、自分が救った街を見た感想は?」

「俺だけの力で、街を救ったわけじゃないぞ」

「いいから、いいから♪」

「そうだな、何百年も経っちゃうと……、
やっぱり、街の風景も、昔とは違っちゃうんだな」

「でも、変わってない場所もあるよ」

「黒猫魔法店は……?」

「うん……お店は、ちゃんと残ってたよ」

「……後で、見に行ってみようかな」

「あのね、マコト……、
その前に、見せたい物があるんたけど……」

「……見せたい物?」

「街の中央広場に、英雄の像があったの!」

「ああ、あれか――って、何ですと?!」

「ほらっ、見て見て、マコト〜!!
あの石像って、マコトにそっくりだよね〜♪」

「確かに、俺みたいだが……」

「すごく、嬉しいよね〜♪
きっと、パルフェ達が、マコトの為に、作ってくれたんだよ!」

「そ、そうだな……、
確かに、嬉しくはあるけど……」

「――けど?」










「なんで、この石像は、
女装してる時の姿なんだぁぁぁっ!!」











 ううっ、フローレさん……、

 “お仕置き”って……、
 もしかして、コレのことだったんですか?





<おわり>
<戻る>


あとがき

 一年間の長きに渡る長編SSが、これで、ようやく完結しました。

 そして、この話を以って、
誠の漫遊記も終わりを迎える事になります。

 まあ、番外編としてなら、まだまだネタもありますが……、

 この後、誠は故郷へと帰り……、
 『リーフ島決戦』にて、員数外の英雄となるわけです。

 しかし、この話を書いている間、
LQ企画も、随分と停滞してしまいました。

 今後は、少しペースを上げて、執筆していきたいところです。

 それでは、長い間、
お付き合い頂き、ありがとうございました。