黒猫魔法店――
花園都市『フロルエルモス』にある、
大きな黒猫の看板が目印の、小さな魔法店だ。
小さいと言っても、決して、繁盛していないわけじゃない。
大通りにある、ライバル店の、
『スマイル魔法店』にも負けないくらいに、評判も良く……、
……店内は、いつも、お客で一杯だ。
接客、販売、調合、配達――
多忙を極めた、黒猫魔法店の日常――
そんな忙しい毎日を、店主であるパルフェを筆頭に……、
使い魔のサケマスとネージュ……、
パルフェの妹分のライナで、切り盛りしており……、
もちろん、居候である、
俺もまた、彼女達の仕事を手伝っていた。
今回は、そんな俺達の……、
騒がしも、楽しい……、
退屈とは無縁な日常の話をしよう。
Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜
『廃都フロルエルモス 〜ハートフルメモリーズ〜』
その4 魔法店の仕事
――魔法店の朝は早い。
朝日が昇り始めると、
同時に目覚め、まずは、朝食の準備だ。
とはいえ、俺は料理は出来ないので、
朝食は、パルフェとライナに任せ、俺は、店の掃除をする。
で、朝食を終え……、
俺は、早速、噴水広場の市場へと向かった。
「ここに来るのも、日課になりつつあるな……」
立ち並ぶ屋台を、次々と、見て回りながら、
俺は、この街での生活に慣れ始めている自分に気付き、苦笑する。
過去の世界に来て、早二週間――
すっかり、この街にも馴染み、
市場の人達と、気軽に挨拶を交わせるくらいになった。
冒険者とはいえ……、
我ながら、自分の順応性には呆れてしまう。
まあ、それ以上に、この街の人々が、
皆、良い人ばかりだから、ってのもあるのだが……、
「とはいえ……」
改めて、自分の姿を見下ろし、俺は、深々と溜息をつく。
あの婆さんの言いつけを守り……、
相変わらず、俺は、女装を続けているのだ。
当初は、外出する度に、
周囲の目が気になったりもしたのだが……、
……そんな生活が、何日も続けば、いい加減に慣れる。
幸いと言うべきか――
ある意味、不幸と言うべきか――
「よう、マコトちゃん! 今日も可愛いねぇ〜♪」
「ど、どうも……」
「どうだい、この瑞々しさっ!」
今朝は、良いモモーナが手に入ったんだよ!」
「確かに、美味そうだ……、
じゃあ、それとレーモンを20個ください」
「あいよ、まいど〜っ!
その可愛さに免じて、少しオマケしてやるよ!」
「……ありがとうございます」
街の人達は――
女装した俺の事を、
完璧に、女の子と認識してるみたいだしな。
男としてのプライドはともかく……、
女装してても、奇異の目で見られないから、都合は良いのだが……、
「オマケとかしてもらうと、ちょっと罪悪感……」
街の人達は、皆、良い人で……、
そんな人達を、騙しているわけだしな……、
と、重い溜息を吐きつつ……、
果物が入った紙袋を受け取った俺は、
買い物リストが書かれたメモ見ながら、次の店へと向かう。
「あとは、香油と火酒か……」
そういえば、コロン系の商品と、
魅惑のチョコレートの数が少なくなってたっけ……、
と、店の在庫数を思い出し、俺は、足を早めた。
――魔法薬の材料は、街の外で採取するのが常である。
でも、必要な材料の中には、
街の市場でしか手に入らない物もあり……、
特に、香油と火酒は、いつも品薄で……、
それ故に、早く買いに行かないと、すぐに売り切れてしまうのだ。
「まだ、残っていれば良いけど……」
目指す店を発見し、俺は、小走りになる。
魔法店の経営にとって、材料の採取は基本……、
そして、材料が無ければ、
調合出来なければ、販売もままならない。
俺は、そんな重要な役目を任されたのだ。
少しでも、パルフェに恩を返す為にも、材料集めの失敗は許されない。
「すみませ〜ん、香油と火酒を――」
目的の屋台の前へと、
駆け込み、俺は、早速、店の人に声を掛ける。
だが、そんな俺よりも早く――
「おはようございま〜す♪
香油と火酒を、あるだけくださいな〜♪」
底抜けに明るい声と共に……、
一人の少女に、目的の品を、全て買い占められてしまった。
「あ……う……?」
目の前で獲物(?)を掻っ攫われ、俺は言葉を失う。
商品を買い占めた少女は、
そんな俺の様子を見て、にぱっと微笑むと……、
「おはよ〜、マコトお姉ちゃんっ!」
「……おはよう、ココット」
少女の屈託の無い笑みに、毒気を抜かれ……、
俺は、買占めという、
暴挙に対して、文句を言うのも忘れてしまった。
『ココット=キルシュ』――
スマイル魔法店の店主の妹であり、
看板娘でもある、天真爛漫、元気一杯の美少女である。
「マコトお姉ちゃんも、お買い物?」
「ああ……」
「ん〜、元気無いね?
ちゃんと朝ご飯は食べたのかな?」
「さっきまでは、元気だったんだけどな……」
力無い俺の返事に、
ココットは、小首を傾げ、俺の顔を覗き込んできた。
そんな彼女を恨めしげに睨みつつ、
俺は、ココットが持つ買い物カゴを一瞥する。
カゴの中には、先程、彼女が買い占めたばかりの商品が……、
そんな俺の視線に気付いたのか……、
ココットは、ちょっとバツの悪そうな笑みを浮かべると……、
「もしかして……これが欲しかったの?」
「まあ、仕方ないよ……、
こういうのは、早いモノ勝ちだし……」
……それに、一応、お互いの店は、ライバル関係にあるしな。
と、申し訳なさそうな
ココットに対し、俺は、軽く肩を竦める。
だが、ココットは、俺の言葉に、首を横に振ると……、
「それでも、半分、分けてあげるよ。
パルフェお姉ちゃんを困らせるのはイヤだからね」
そう言って、商品の半分を、
俺の買い物カゴの中へと、放り込み始めた。
「……良いのか?」
「OK、OK、気にしないで♪
ウチの店は、道楽でやってるようなモンだし♪」
商品の代金を渡しつつ、俺は、ココットに訊ねる。
すると、ココットは、またもや、
明るく微笑んで、Vサインをしてみせた。
しかし、道楽って……
そういう言い方をされると、
ライバル店である黒猫魔法店の立場が無いような……、
まあ、ココットだし……、
悪気があって言ってる訳じゃないんだろうけど……、
と、呆れる程の、彼女の奔放さに、俺は苦笑する。
そして――
「じゃあ、そろそろ帰るよ……、
パルフェお姉ちゃん達にも、よろしくね〜♪」
まるで、小さな台風の様に……、
ココットは、ブンブンと、
大きく手を振りながら、走り去っていった。
・
・
・
「おはようございます、マコトさん」
「おはよう、フローレ……、
相変わらず、ここは、花が一杯で綺麗だな」
市場での買い物を終え――
次に、俺がやって来たのは、
黒猫魔法店への、帰り道の途中にある、ミルフィア家だ。
ここには、パルフェの友達……、
『フローレ=ミルフィア』が住んでいて……、
俺は、調合の材料にする為、
彼女が育てている花を、分けて貰いに来たのだ。
「お邪魔します、っと……」
ヒョイッと、柵を飛び越え……、
俺は、ミルフィア家の庭に足を踏み入れる。
すると、フローレは、挨拶する俺に、不満げに首を傾げると……、
「あら、マコトさん……、
綺麗なのは、お花だけ、なんですか?」
「はいはい……フローレの方が、花よりも綺麗だよ」
「うふふふ……、
お世辞を言っても、何も出ませんよ」
「そこをなんとか――」
「――なりません♪」
俺との、冗談交じりの掛け合いで、フローレに笑顔が戻った。
そして、お互いに、一頻り笑い合うと、
改めて、挨拶を交わし、俺は、フローレの隣に腰を下ろす。
「で、悪いんだけど……、
また、フローレの花を分けてくれないか?」
「それでは、少し、お待ちくださいね」
早速、本題を切り出す俺の言葉に、
フローレは、心良く頷くと、花壇に咲く花を積み始めた。
「…………」
そんな彼女の、淀み無い手付きに、
俺は、彼女と出会ってから、もう何度目かの、感嘆の溜息を吐く。
――実は、フローレは、目が見えない。
数年前に、熱死病という病に掛かり……、
パルフェが調合した、『ヨクナール剤』という薬で、
完治したのだが、高熱による後遺症で、視力を失ってしまったらしい。
だが、今のフローレからは、そんな障害がある事など、微塵にも感じられない。
彼女曰く、目が見えなくなった代わりに、
精霊達の声が聞こえるようになり、色々と教えてくれるそうな。
見れば、今も、彼女の傍らには、一冊の本が置かれている。
おそらく、本の精霊に、
本の内容を、読んで聞かせて貰っていたのだろう。
「……精霊に愛される少女、か」
「何か仰りましたか?」
「いや、何も……」
花を摘む少女の姿を眺め……、
ポツリと、俺が洩らした呟きを耳にし、フローレの手が止まった。
そして、積み終えた花を、俺に手渡すと……、
「ところで、マコトさん……、
今日は、どんなお洋服を着てるのですか?」
「……またか?」
「ええ、もちろん……、
最近の楽しみの一つなんですもの♪」
「勘弁してくれよ……」
頬に手を当てて、フローレは、楽しそうに言う。
そんな彼女の言葉に、ゲンナリしつつ、
俺、訊かれるままに、自分の服装の説明を始めた。
何故に、フローレが、俺の服装を気にするのか……、
その理由は、パルフェの紹介で、
俺とフローレが、初めて出会った時まで遡る。
先程も述べたが……、
フローレは、目が見えず、
精霊達の声を頼りに、日々の生活を送っている。
それ故に、見た目の先入観に囚われる事無く、
彼女は、俺と初めて会った時に、一発で、女装を見破った。
その時に、事情を説明し……、
フローレには、俺の正体は秘密にしてもらっているのだが……、
……以来、フローレは、俺に出会う度に、服装を訊ねるようになってしまったのだ。
「精霊さん達のおかげで、
目が見えない事に、不自由を感じた事はありませんけど……」
俺の説明を聞き終え、フローレは肩を落とす。
「パルフェちゃんの服を着る、
マコトさんの姿が見られないのは、とても残念です」
「ほっとけ……」
心底、残念そうなフローレに、
顔を顰めつつ、俺は、カゴの中に花を入れる。
そして、サッサと立ち去ろうと、踵を返し……、
「じゃあ、そろそろ、仕事に戻――んっ?」
ふと、花壇の一角にある、
見慣れない花を発見し、俺は、思わず足を止めた。
――淡い光を放つ白い花。
パッと見は、クラベル滝付近で採取出来る、
セントランに似てるけど、二枚の花ビラが、他よりも大きい。
まるで、花が翼を広げているかのように……、
「フローレ……この花は?」
「それは『光翼蘭』と言って……、
絶滅種と言われるくらい、とっても珍しいお花なんです」
「へえ〜……」
フローレの話を聞き、俺は、まじまじと、光翼蘭を見つめる。
まさか、絶滅種とは……、
そんな珍しい花が、こんな所にあるなんて……、
いや、違うな……、
“こんな所”だからこそ、なんだ。
フローレは、花が好きだから、一生懸命に世話をして……、
そんなフローレの想いに……、
この花は、美しく咲くことで応えてみせたのだ。
「本当に、花が好きなんだな?」
「――はい♪」
フローレの愛情と努力の証――
今も、優しい光を放ち続ける、
光翼蘭を眺めながら、俺は、彼女の頑張りに感心する。
そんな俺に、クスクスと微笑むフローレ……、
その少女の姿は……、
まさしく、花の精霊のようであった。
・
・
・
買い物と用事を終え――
黒猫魔法店へと戻ると、
ちょうど、パルフェが、昼食の用意をしていた。
亡くなった両親に代わり……、
立派に、店を切り盛りするパルフェ……、
それだけでも大変なのに……、
彼女は、こうして、ちゃんと家事もこなしているのだ。
……本当に、この子は、良い働く子である。
「今日は、マツヤケご飯だよ♪」
どうやら、材料採取に出ていた、
ネージュとミレイユが、良いマツヤケを見つけて来たらしい。
働き者のパルフェに感心し……、
感謝しながら、マツヤケご飯を、美味しく頂く。
「ご馳走様、っと……」
そして、露天商売を始める為、
再び街へ出ようと、俺は、店の裏口に向かった。
と、そこへ――
「ねえ、マコト……、
魔法薬の調合、やってみない?」
唐突に、パルフェに呼ばれ、
俺は、ちょっと驚いた顔で、彼女を振り返る。
「調合なんて……俺には無理だろ?」
「大丈夫、大丈夫、簡単だよ!
魔力を込めながら、レシピ通りに作れば良いだけなんだから」
遠慮しようとする俺に、パルフェは、
お気楽に言いながら、調合用の長いサジを差し出した。
確かに、言葉にすれば簡単だが……、
だからこそ、魔法薬の調合は、素人には難しいんじゃないのか?
特に、魔力を込めながらの作業なんて……、
情けない話だが……、
そんな器用な真似を出来る自信が無い。
「いや……やっぱり、無理だって」
「そうだぞ、パルフェ……、
マコトの技量じゃ、失敗するのが目に見えてる」
逡巡する俺に、店番をしているサケマスが同意する。
何気に、失礼な言われようだが……、
俺に魔術の才能が無いのは事実なので、言い返せない。
「ん〜、でも、魔法剣だっけ?
剣に魔力を込めるのが、マコトの特技なんだよね?」
「あ……」
パルフェの指摘に、今更、俺は気付く。
彼女の言う通り、俺の魔法剣は、
武器に魔力を込める事で、一時的に、属性効果を付与する、というものだ。
理屈の上では、その手順は、魔法薬の調合と同じである。
ただ、魔力を込める対象が、
武器から、魔法薬の材料に変わるだけ……、
だったら……、
もしかしたら、俺にも……、
「――やってみようかな?」
「おいおい、本気か?
大怪我しても、責任は持てないぞ?」
「まあ、ダメで元々、ってやつだ」
「うんうん♪」
急にやる気になった俺と、
最初からノリノリのパルフェに、サケマスが顔を顰める。
だが、すぐに、何を言っても無駄、と悟ったようで……、
「……好きにしろ」
意外にアッサリと……、
サケマスは、店番へと戻っていった。
「それじゃあ……、
まずは、一番、簡単なモノからやってみよう」
――そして、魔法薬調合の初体験が始まる。
調合用の大壺の前に立ち……、
パルフェが用意したのは、一枚のハーブス……、
なるほど、まずは、
ヒールズの呪文薬を調合するわけだな。
確かに、これなら簡単だ。
何せ、ハーブスを壷に入れて、
魔力を込めてやるだけで良いのだから……、
「では、早速……」
俺は、パルフェから受け取ったハーブスを、
壷に放り込み、長い棒を使って、中身をグリグリと掻き回した。
「――魔法剣、起動(、水 属 性 付 与(」
付与する属性は水……、
商品棚から拝借した、水の魔導石を握り、
俺は、精神を集中し、魔法剣を維持しながら、調合を続ける。
と、そんな俺の様子を見て……、
唐突に、パルフェは、俺に身を寄せると……、
「……ちょっと、早すぎるかな?」
「えっ……?」
調合棒を持つ俺の手に、
自分の手を添え、一緒に掻き回し始めた。
「お母さんから教わったの……。
魔力を込める、っていうのは、想いを込める事だ、って……」
「想いを……?」
「そう、想い込めるの……、
だから、もっと、ゆっくり、丁寧に……ね?」
「あ、うん……」
吐息が掛かる程に……、
ピッタリと、俺に寄り添うパルフェ……、
シャンプーの匂いだろうか……、
彼女から漂う香りに狼狽えつつ、
俺は、意識を逸らそうと、一心不乱に、棒を握る手を動かし続ける。
――それが、マズかった。
すっかり、集中が乱れ、
維持し続けていた属性付与に、揺らぎが生じてしまったのだ。
これが戦闘中なら、それ程、大きな問題では無い。
だが、魔法薬の調合の場合、
込める魔力は、常に、一定に保たなければならならず……、
まあ、ようするに……、
サケマスが危惧していた通り、
俺は、魔法薬の調合に失敗してしまったのだ。
で、調合の失敗が……、
何を意味するのか、と言うと……、
――どっか〜んっ!!
強烈な閃光と共に……、
激しい轟音が店内に鳴り響き、
凄まじい爆発の衝撃が、俺とパルフェに襲い掛かる。
――パルフェを守らないとっ!
咄嗟に、パルフェを庇おうとするが……、
それも間に合わず、
俺は、思い切り吹き飛ばされてしまった。
「ぐは……っ!」
床をゴロゴロと転がり、
俺は、したたかに、壁に頭をぶつける。
調合の失敗は、サーリアさんの店で、
アルバイトしていた時に、何度か目撃していたが……、
まさか、それを、自分で再現する事になるとはな……、
「っ痛〜……大丈夫か、パルフェ?」
ぶつけた頭の痛みを堪えつつ、
俺は、パルフェの姿を探し、店内を見回す。
彼女は、俺の隣にいたのだ。
なら、俺と同様に、さっきの爆発が直撃しているはず……、
しかも、先程の爆発の勢いだと、ヘタしたら、大怪我をしているかも……、
だが、そんな心配は、
どうやら、俺の杞憂に過ぎなかったようだ。
「マコト、大丈夫? 怪我は無い?」
「あ、ああ……平気だけど……、」
傷一無く、ケロッとした様子で、
パルフェは、倒れたままの、俺の顔を覗き込む。
そんな彼女の様子に、安堵し……、
また、拍子抜けしつつ、俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「そっちこそも怪我は無いのか?」
「うん、私は平気……、
爆発の寸前に、『リフレク』を使ったから」
「……そりゃ良かった」
なるほど……、
魔力反射の魔術を使ったのか……、
それなら、あの爆発の中、パルフェが無傷なのも頷ける。
でも、どうせなら……、
俺にも、リフレクを掛けて欲しかったな。
まあ、失敗した俺が、
全面的に悪いのだから、文句は言えないのだが……、
「それにしても……、
無詠唱とはいえ、よく間に合ったな?」
「ちょっとした、コツがあるの♪」
「つまり、コツを掴むくらい、
頻繁に爆発を起しているわけだな?」
「はみぅ〜……」
俺のツッコミに、パルフェが、情けない声を上げる。
冗談のつもりで言ったのだが……、
どうやら、思い切り、確信を突いてしまったようだ。
無詠唱魔術が使えるのだから、
意外と秀な魔術師なのだ、と思っていたのだが……、
まあ、薄々、感じてはいたけど……、
この様子だと、彼女は、
由綺姉や、サーリアさん並みの、ドジッ娘らしい。
「ほら見ろ……やっぱり、失敗したじゃないか」
と、そんな事を考えていると、
騒ぎを聞きつけた、サケマスが、こちらに戻ってきた。
そして、周囲の惨状を見回すと、人を小馬鹿にするような態度で、俺を見上げる。
「これで懲りたよな?
今後一切、マコトは調合に手を出すんじゃないぞ」
「……了解」
正直に言うと、もう一度、挑戦してみたかったが……、
居候の身である以上……、
あまり強く逆らうわけにもいかない。
俺は、サケマスの言葉に、
素直に頷くと、午後の仕事の為の準備を始める。
そして、荷物を背負い……、
今度こそ、露天商売をする為、街へと……、
「……ごめんね、マコト」
と、そこへ……、
またしても、パルフェに呼び止められた。
振り返ると、パルフェは、
暗い表情を浮かべ、、申し訳なさそうに項垂れている。
おそらく、俺が、調合に失敗した事に……、
そして、サケマスに怒られた事に、責任を感じているのだろう。
そんな彼女に苦笑しつつ、
俺は、パルフェの頭の上に手を置くと……、
「どうして、パルフェが謝るんだ?」
「だって、私が邪魔しちゃったから……」
「全部、俺のミスだ……、
パルフェには、何の責任も無いぞ」
「でも――」
「――それじゃあ、いってきます」
ひとしきり、パルフェの頭を撫で……、
俺は、強引に話を終わらせると、クルリと踵を返した。
そして……、
「――マコト!」
「ん……?」
三度、パルフェが、俺を呼び止める。
だが、その表情には、
先程までの暗い雰囲気は、微塵も無く……、
「今夜はご馳走だから……、
寄り道しないで、早く帰って来てね♪」
「はははっ、そいつは楽しみだ」
「……いってらっしゃい」
「ああ……いってきます」
眩しいくらいの……、
パルフェの笑顔に見送られ……、
……俺は、仕事へと戻るのだった。
・
・
・
「黒猫印がトレードマーク!
今日も、黒猫魔法店の出張販売を始めるよっ!」
「いらっしゃ〜い♪
黒猫ネクターが、お買い得だよ〜♪」
噴水広場にて――
途中で合流した、ミレイユと一緒に、
午後の仕事である、露天商売を始める事にした。
市場の一角に、折り畳み式のテーブルを置き……、
その上に、商品を……、
店から見繕ってきた物を陳列する。
黒猫ネクターを始め……、
ブローチ、ほうき、ステッキ、レターセットetc……、
……持ってきたのは、黒猫魔法店のオリジナル商品ばかりだ。
普通の商品なんて、
露天で売らなくても、店で売れば良い。
だから、ここでは、店の宣伝も兼ねて、
黒猫魔法店にしかない、黒猫印の商品を売るのである。
「黒猫のレターセットを一つ下さい」
「黒猫のブローチは、まだ残ってますか?」
「いらっしゃいませ!
毎度、ご利用、ありがとうございますっ!」
元々、店の評判が良い所為か……、
客の集まりは良く、次々と、商品が売れていった。
……こういうのを、嬉しい悲鳴、と言うのだろう。
ミレイユと一緒に、客を捌き……、
時には、注文を受けたりしつつ、俺達は仕事を続ける。
そして、粗方、商品も売り切り――
そろそろ、店に帰ろうか、と、
荷物を片付けながら、ミレイユと話していると――
「ねえ、マコト……、
あそこにいるのって、ライナじゃない?」
「あっ、ホントだ……」
行き交う人ゴミの中に――
あの特徴的な猫耳を……、
大剣を背負った少女の姿を発見した。
「お〜い、ライナ、どうしたんだ?」
「……マコトお姉ちゃん」
何やら青い顔色で……、
フラフラと、覚束無い足取りで歩くライナ……、
その様子が気になり、
俺は、慌てて、彼女に駆け寄り、声を掛ける。
すると、ライナは……、
半ば虚ろな目で、俺を見上げると……、
「……お腹空いた」
「なるほど……」
本当にツラそうなライナの、
悲痛な呟きに、俺は、激しく共感する。
育ち盛り故か、それとも、生来の食いしん坊なのか……、
食欲が旺盛なライナは、
いつも、お腹を空かせているのだ。
「分かる、分かるぞ……、
空腹ってのは、地獄の苦しみだよな」
「うん……」
俺の言葉を聞き、ライナは、
同士を得た、とばかりに、微笑みを浮かべる。
だが、その直後に、お腹が鳴り、すぐに元気を失ってしまった。
そんな彼女の様子を見て、
俺は、腕時計を見つつ、どしたものか、と考える。
何か食べるにしても、もうすぐ夕飯……、
さすがに、間食するのは、ちょっと躊躇われる時間だ。
パルフェも、今夜はご馳走だ、って言ってたし……、
と、何気なく、手元を見れば、
そこには、いつの間にか、ミレイユが拾ってきた、一枚のチラシが……、
――焼き立てパン屋『こるね』か。
そうだな……、
菓子パン程度なら、夕食に影響は出ないだろう。
「一緒に、パンでも食べに行くか?」
「――うんっ♪」
というわけで……、
ライナを伴い、俺達は、パンが焼ける、
香ばしい匂いに導かれる様に、『こるね』へと向かう。
そして、意気揚々と、店に入り……、
「いらっしゃいま――あっ、マコト!?」
「ルティルじゃないか……、
お前、こんな所でバイトしてたのか?」
俺とミレイユは、意外な人物……、
先日、タリムの森の泉で出会ったルティルと再会した。
あまりに唐突な再会に、
俺も、ルティルも、驚きのあまり、目を丸くする。
身分を隠して、バイトをしている、とは聞いていたが……、
まさか、こんなカタチで……、
しかも、パン屋で再会する事になるとは……、
「――今日は、もう仕事は終わったの?」
「ああ、さっきね……、
それで、ちょっと小腹が空いてさ……」
「あははっ、なるほどね」
エプロン姿のルティルに訊ねられ、
俺は、軽く肩を竦めながら、同行者達に目を向ける。
見れば、すでに、陳列されたパンを眺め、
何を食べようか物色する、ミレイユとライナの姿が……、
その様子を見て、事情を察したのだろう。
ルティルは、軽く声を上げて笑うと、
真剣な表情でパンを選ぶライナを見て、目を細める。
「すっかり、ライナに懐かれちゃったみたいだね」
「まあ、確かに……、
何故か、猫には好かれる体質だけど……」
「……分かる気がするな」
「何が――って、ライナッ!
食べて良いのは、一個だけだぞっ!」
トレイの上に、次々と、パンを積み上げていくライナ……、
それを、俺に注意され、ライナは、
渋々といった様子で、パンを元の位置に戻していく。
「まったく――」
再び、パン選びを始めるライナ……、
その様子に、軽く溜息を吐き、
俺は、話を再開しようと、ルティルに向き直った。
「――で、何が分かるんだ?」
「だって、マコトって……、
天使様の祝福を受けてるんでしょ?」
「まあ、一応は……」
「そういう人に、悪い人はいないよ」
ルティルに言われ、俺は、
腕に巻かれたスカーフを見ながら、サフィさんの事を思い出す。
確かに、これは、熾天使から貰ったモノだけど……、
過去の時代でも、『天使のスカーフ』の力って、効果あるのかな?
カウジーさんの生い立ちから考えると、
サフィさんって、まだ、人間やってる事になるのだが……、
「それに、水の精霊にも愛されてるよね?」
「……分かるモンなのか?」
「そりゃあね……、
伊達に、精霊石持ってないし……」
「な、なるほど……」
精霊どころか、精霊王に、
唇を奪われた事は、言わない方が良いかもな……、
と、内心で冷や汗をかきつつ、
俺は、ルティルと、他愛も無い話を続ける。
すると、ようやく、ライナが、パンを選び終えたようだ。
ライナは、トレイの上に、
二つのパンを乗せて、俺達の所にやって来る。
「一個だけ、と言った筈だそ?」
「マコトお姉ちゃんの分……、
半分こにして、皆で、一緒に食べる」
「ちゃっかりしてるな〜」
ようするに、食べたいパンを、
一つに絞りきれない故の、苦肉の策ってやつだ。
「えっと、クリームパンとメロンパンね」
「あと、エクレアを一個……、
ミレイユの分も、追加しておいてくれ」
頭の上のミレイユと一緒になって、上目遣いで、俺を見るライナ……、
そんな彼女に苦笑しつつ、
俺は、ルティルに代金を渡し、パンの入った紙袋を受け取る。
そして、早速、パンを食べ始めるライナの手を引き……、
「――それじゃあ、帰るよ」
「毎度ありがとうございました〜♪
パルフェさんやサケマス達にも、よろしくね〜♪」
赤く染まる、夕焼け空の下……、
長い影を残しながら……、
俺達は、のんびりと、帰路につくのだった。
・
・
・
「――マコト、お風呂が沸いたよ」
「何度、入っても……、
この家の風呂は、変わってるよな……」
そして、夜――
パルフェが作った、ご馳走を堪能し……、
俺は、“風呂”に入って、一日の仕事の疲れを癒していた。
“調合壷”に満たされた湯に浸かり……、
入浴剤でも入っているのか……、
フローラルな香りに、俺は、全身の力を抜く。
――そう。
“風呂”と“調合壷”である。
初めて知った時は、本気で驚いたのだが……、
なんと、黒猫魔法店では……、
調合壷と風呂桶が、兼用だったりするのだ。
確かに、調合壷のサイズは、人の身長程もあり……、
風呂桶代わりにするには、
充分すぎる大きさ、ではあるのだが……、
「……なんか、ダシでも取られてる気分だ」
壷に浸かる、自分の姿を想像し……、
その、あまりの滑稽さに、
俺は、最早、恒例になりつつある、微妙な笑みを浮かべる。
と、そこへ――
「……お湯、もう少し沸かす?」
「あ〜、うん……、
もうちょっと、熱い方が気持ち良いかな」
部屋を仕切るカテーン……、
その向こうに、パルフェの姿が現れた。
カーテンに映る少女の姿に、ちょっと慌てつつ……、
俺は、肩まで湯に浸かり、
身を隠すと、湯加減を訊ねる彼女に答える。
すると、パルフェは……、
いきなり、カーテンを開け放ち……、
「じゃあ、追い炊きするから、ちよっと待っててね」
そう言って、何の迷いも無く、
俺が入っている、調合壷へと歩み寄って来た。
「お、おいおいおい……っ!?」
「――んっ、何?」
「何って……あのなぁ……」
パルフェの、あまりの無警戒さに、俺は慌てる。
だが、狼狽える俺に構わず、
彼女は、平然とした顔で、壷に近付くと……、
……壷の底にある、火の魔導石を使い、湯の温度を調節し始めた。
「え〜っと……、
このくらいで、良かったかな?」
「あ、ああ……」
作業を終え、俺を見上げるパルフェ……、
そんな彼女の無邪気な笑顔に、
すっかり毒気を抜かれ、俺は、湯船に体を預ける。
そして、濡れた手拭いを、顔に被せ――
「あ、あのさ、パルフェ……?」
「どうしたの……、
あっ、もしかして、熱かった?」
「いや、そうじゃなくて……」
もしかして、俺って……、
パルフェに、男として扱われていないのか?
――ってゆ〜か、まさか、男だってこと、忘れられてる?
と、脳裏に過ぎった、一抹の不安――
俺は、それを確かめようと、
彼女に訊ねるが、途端に、答えを聞くのが怖くなり、言葉を濁す。
そして、場を取り繕う様に、別の話題を振り……、
「で、でもさ、調合用の壷を、
風呂なんかにして、本当に大丈夫なのか?」
「この壷では、入浴剤や、コロンしか作ってないから、平気だよ」
「そういうモンか……?」
「うん、寧ろ、お肌に良いくらい。
髪も、艶々になって、纏まりも良くなるんだよ」
「なるほど、なるほど……、
だから、パルフェは、良い匂いがするん――っ!?」
そう言ってしまってから……、
俺は、自分の軽率な発言に、激しく後悔した。
ついつい、昼間の出来事を……、
魔法薬の調合中、パルフェと、
急接近した時の事を、思い出してしまったののが、マズかった。
いくら、パルフェが天然っぽい性格とはいえ……、
こんな事を言ったら……、
ヘタしたら、変態扱いされてしまうかも……、
「えっと……その……」
きっと、恥ずかしさで、
顔を真っ赤にしているに違いない。
と、俺は、恐る恐る、パルフェを見る。
だが、意外にも……、
パルフェは、キョトンとした顔で、俺を見ていた。
「ふふっ、ありがとう……、
お世辞でも、そういう風に言ってくれると嬉しいな」
そして、何を思ったのか……、
照れるどころか、楽しそうに微笑み、
昼間、自分がされたように、俺の頭を優しく撫でると……、
「でも、マコトなら……、
すぐに、私なんかよりも、綺麗になれるよ♪」
「――はあ?」
「それじゃあ、ごゆっくり〜」
気になる言葉を残し、パルフェは、部屋を出て行く。
そんな彼女の後ろ姿を、
俺は、首を傾げたまま、呆然と見送る。
え〜っと……、
今、彼女は、何て言ったんだ?
――マコトなら?
――わたしなんかより?
――すぐに、綺麗になれる?
それって、つまり……、
パルフェは、俺のことを、
女の子として扱った、って事にならないか?
ということは……、
やっぱり、パルフェは……、
俺が男だ、って事を忘れて……、
「ねえねえ、マコト〜……、
ボクも、一緒に、お風呂――って、どったの?」
「……なあ、俺って、男かな? 女かな?」(泣)
「ほえ、何を言ってるの?
マコトは、男の子に決まってるでしょ?」
「そうか……そうだよな……」(泣)
「……?」
滂沱の如く、涙を流す俺……、
パルフェと、入れ替わるようにやって来た、
ミレイユが、俺の姿を見て、不思議そうに、首を傾げる。
そんな彼女の頭を撫で……、
一緒に風呂に入り、体を洗ってあげながら……、
「女装、止めようかな……、
今更、無理かもしれないけどさ……」
店の世間体を取るか――
俺の、男としてのプライドを取るか――
風呂に逆上せる寸前まで……、
女装を続けるか、否か……、
延々と、俺は、悩み続けるのだった。
・
・
・
――こうして、俺の一日は終わる。
賑やかで、穏やかで……、
そんな毎日の生活は、とても楽しい。
でも、いつまでも、そうしてはいられない。
未来の世界に戻る方法……、
それは、大魔術師の婆さんに任せているが……、
俺もまた、探さなければならないモノがあるのだ。
何故、俺が、ここにいるのか――
何故、俺が、過去に連れて来られたのか――
――その答えは、未だ、見つからない。
でも、いずれ……、
答えが分かる時が来るのだろう。
おそらくは……、
あの“運命の日”……、
この街が、廃都として、歴史に刻まれる日に……、
それまでに、俺は、未来に帰る事が出来るのだろうか?
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なかがき
――今回は、誠とパルフェ達の日常編です。
出来るだけ、原作である『パルフェシリーズ』が未プレイでも、
ゲームの雰囲気が分かって貰える様に書いたつもりですが、いかがだったでしょうか?
ゲームの一日の流れを、
各キャラ達の紹介を含めて書いてみたわけですが……、
パルフェ、ルティル、フローレ、ココット……、
まだ、レネットが登場していませんね。
ココットの姉である彼女は、次回、登場させる予定です。
さて、次回は、アイドルコンテスト編となります。
果たして、そのコンテストで、
誠は、どんな騒動に巻き込まれてしまうのでしょうか?