1 カレイドスコープ 2 黒猫魔法店 3 奇跡の石 4 魔法店の仕事 5 アイドルコンテスト
6 滅びの予兆 7 守るための剣 8 闇の魔術師 9 未来への道 10 花の都




「――お邪魔します」

「おお、マコトか……、
そろそろ、来る頃と思っていたところじゃ」

「さすが、大魔術師……話が早い」

「……先程の、地震の件じゃな?」

「はい……」

「あれは、噴火の兆しじゃ……、
すぐに、ワシが氷の精霊石の力で止めてやるわい」

「――それなんです」

「む……?」

「イストール山の噴火……、
それが、運命の日の始まりなんですよ」

「なっ!? も、もしや――」





「はい、そうです……、
もうすぐ、フロルエルモスは滅びます」






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『廃都フロルエルモス 〜ハートフルメモリーズ〜

その6 滅びの予兆







魔法剣、起動セットアップ――」





 闇の日の昼時――

 街の一角にある公園で、
俺は、魔法剣の練習に励んでいた。

「――光 属 性 付 与シャインコード・インストール

 付与する属性は『光』――

 八属性の中でも、高位にあり……、
 『闇』に並び、最も制御が難しい属性である。

「くっ……うう……」

 魔法剣のイメージを維持しようと……、

 両手で剣を握り締め、
懸命に、刀身に魔力を集中させる。

 しかし、どんなに魔術回路を、
活性化させても、俺のイメージは、魔法剣として具現してくれず……、

「ダ、ダメ……か……」

 結局、集中が保てず……、

 剣に付与しようとしていた、
光属性は、固定化しないまま、霧散してしまった。

「また、失敗か……」

 もう、何度目だろうか……、
 度重なる失敗に、俺は、落胆の溜息を吐く。

 そして、少し休憩しよう、と、
公園の中央に聳える大木の根元に、腰を下ろした。

「一体、何が足りないんだろう?」

 光属性の付与……、
 今まで、幾度と無く、それを試みてきた。

 だが、未だ、一度も、光の魔法剣の発動に成功した事は無い。

 『光』は高位属性……、
 単純に、俺の魔力が足りないのだろうか?

 と、魔法剣が発動しない原因を考えつつ……、

 俺は、水筒のお茶を一口飲むと、
何気なく、自分の手を、ゆっくりと、空に翳した。

 枝の隙間から射し込む光――

 木漏れ日の眩しさに、
目を細めつつ、俺は、先生の言葉を思い出す。

 俺の魔術の先生……、
 ルミラ=ディ=デュラル、曰く……、

 俺の体には、八つの魔術回路があり……、

 火、氷、雷、水、地、風、光、闇……、
 それぞれの回路が、八属性に対応している、という。

 それが確かなら、理論上、
俺は、光の魔法剣を発動させられる筈なのだが……、

「何度やっても、成功しいなんだよな〜」

 ――自分に才能が無いのは分かっている。

 でも、これだけやっているのに、
全く発動の兆しが無い、というのも変な話だ。

 実際、光と闇以外の属性なら、ちゃんと扱えるわけだし……、

「流石は高位属性……、
まだまだ、俺の努力が足りない、って事か……」

 結局、毎度の如く……、
 同じ結論に落ち着き、俺は考えるの止める。

 そして、練習を再開しようと、立ち上がり……、



「――頑張ってるね、マコト♪」

「ああ、パルフェか……」



 再び、剣を構えた所で……、

 駆けて来るパルフェの姿に、
俺は、構えたばかりの剣を、鞘に戻した。

「お疲れ様……調子はどう?」

 小走りで、駆け寄ってきたパルフェ……、

 彼女から、タオルを受け取り、
それで汗を拭きながら、俺は、首を横に振る。

「いや、サッパリだ……、
なかなか、属性が固定化してくれなくて……」

「そうじゃなくて……身体の方」

「ああ、そっちか……、
体の方は、すっかり良くなってるよ」

 パルフェの言葉の意味を、
誤解した俺は、慌てて、腕をグルグルと回して見せた。

 ――過去の世界に来てから、もう、随分と経つ。

 あの時、負っていたケガは、
既に完治しており、逆に、以前より、調子が良いくらいだ。

「これなら、また、いつでも冒険が出来るよ」

「そうだね……元気になって、良かったね」

 それを誇示して見せると、
パルフェは、何処か寂しげに、微笑む。

「マコトは……冒険者なんだよね?」

「あ、ああ……」

 何の脈絡も無く……、
 唐突に、パルフェが、俺に話を振ってきた。

 何を今更、と首を傾げつつ、俺は、彼女の言葉に頷く。

 すると、パルフェは……、
 俺の服の胸の辺りを、キュッと握り……、

「いずれは……この街を出て行くんだよね?」

「…………」

 絞り出すような、パルフェの声……、
 その声に込められた感情に、俺は、深い罪悪感を覚えた。

 ――パルフェは理解している。

 身体は、もう完治したから――
 俺が、この街に留まる理由が無くなった事を――

 いつか、別れの時が来る事を――

 そして、その時は――
 もう、間近まで迫っている事を――

「ああ、そうだな……」

 俺の胸に、額を押し当て……、
 パルフェは、顔を伏せたまま、俺と目を合わせようとしない。

 そんな彼女の頭を撫でながら、俺は、迷わずに頷いた。

 冒険者ってのは……、
 例えるなら、渡り鳥のようなモノである。

 風の向くまま、気の向くまま……、

 一つの場所に留まる事無く……、、
 未踏の地を求め、世界を渡り歩く旅人……、

 お気に入りの宿木はあっても、
いつまでも、そこに留まり続ける事は無い。

 少し羽根を休めたら、また、そこから飛び立っていくのだ。

 ――何故、そんな生き方をするのか?

 そう問われても、おそらく、
誰にも、明確な答えは出せないだろう。

 冒険者ってのは、ある意味、病人みたいなモノなのだ。

 “好奇心”と言う名の……、
 決して抗えない病魔に捕われた……、

 まあ、俺や浩之のような、
地元密着型の冒険者も、世の中には多いのだが……、

「……いずれ、俺は、この街を出る」

 この街で、新たに知り合えた友人――

 その筆頭であるパルフェに、
こんな冷たい事を言うのは、本当に心苦しい。

 でも、これだけは、今の内に、ハッキリと言っておかなければならない。

「俺には……“帰る場所”があるからな

 ――そう。
 俺には“帰る場所”がある。

 俺は、未来の人間で――
 ここは、俺にとっては、過去の世界で――

 ――決して、俺の居場所ではないのだ。

「…………」

 何も言わないパルフェ……、

 俺の服を掴んだまま、
彼女は、小刻みに、肩を震わせている。

 だが、すぐに、俺から身を離し……、
 顔を上げた時には、もう、パルフェは微笑んでいた。

「……お昼ご飯、まだでしょう?」

「あ、ああ……」

「サンドイッチ作ったから、一緒に食べよ」

 わざわざ、持って来てくれたようだ。
 見れば、パルフェの足元には、バスケットが置かれている。

 それを見た瞬間――


 ぎゅ〜るるるる……


 それはもう盛大に……、

 自己主張するように……、
 俺の胃袋が、大きな音をたてた。

「なんか、前にも、こんな事があったな?」

「ふふっ、そうだね……♪」

 その気の抜けた音に
さっきまでの、マジな雰囲気は何処へやら……、

 お互い苦笑し合うと、二人、並んで腰を下ろす。

「――はい、召し上がれ」

「うん、いただきます」

 パルフェが、バスケットの蓋を開ける。
 俺は、サンドイッチを取り出し、早速、一口頬張った。

 ツナとレタスの、サッパリした味が、疲れた体を癒してくれる。

「……魔法剣の練習をしてたの?」

「光属性が、どうしても、上手く、具現化出来なくてさ……」

 他愛のない話をしつつ、
一緒に、昼食を食べる、俺とパルフェ……、

 そして、話題は……、
 いつしか、俺の魔法剣の話に……、

「どうすれば、上手くいくのやら……?」

「う〜ん、そうねぇ……、
私は、魔法薬専門だから、よく分からないけど……」

 藁にも縋る、と言うべきか……、

 お門違いとし知りつつも、
俺は、パルフェに、アドバイスを求める。

 すると、パルフェは、小首を傾げ、少し考えると……、

「前にも言ったよね……、
魔力を込める事は、想いを込める事……」

「……うん」

「私も、お母さんに教わったの。
属性には、それぞれに、司る“想い”がある、って……」

「想いを……込める……」

 パルフェの言葉に頷き、
俺は、座ったまま、剣を抜き、それを正眼に構えた。

 そして、今一度、光の魔法剣の発動を試みる。

魔法剣、起動セットアップ……光 属 性 付 与シャインコード・インストール

 呪文詠唱しつつ……、
 俺は、パルフェの言葉の意味を考える。

 魔力を込める事は、想いを込める事――

 そんな事を言われても、
一体、どんな想いを込めれば良いのだろう?

 喜び、怒り、哀しみ、楽しい……、
 色々と考えてみるが、イマイチ、ピンとこない。

「マコト……目を閉じて……」

 と、そんな俺の迷いを感じ取ったのだろう。

 あの時と同じように……、
 俺が、魔法薬の調合に挑戦した時のように……、

「……ねえ、マコトの夢って、何かな?」

 そう言って、剣を握り締める、
俺の手の上に、そっと、自分の手を添えた。

「目を閉じて……思い浮かべてみて……」

「俺の……夢……」

 パルフェに言われるまま、俺は、目を閉じる。

 俺が胸に抱く夢――
 俺が目指し続けるモノ――

 ――それは、遥か理想の果てにある。

 そこに見えるのは……、
 よく知っている、一人の男の後姿だ。

 遥か遠くにある理想……、

 どんなに走っても……、
 懸命に手を伸ばしても、未だ届かぬ背中……、

 それでも、俺は――
 いつか届く、いつか届くと――

 今も、走り続けて――

「……目を開けて」

 どうやら、集中し過ぎていたようだ。
 パルフェの言葉に、俺は、ハッと我に返る。

 そして、ゆっくりと目を開け――


「……で、出来た?」


 淡い銀色の光を放つ剣――

 その輝きは、弱々しく、
何の属性効果も、期待は出来ないが……、

 それでも、魔法剣は発動しており……、

 俺の手には……、
 確かに、光の剣が握られていた。

「は、はは……やった」

 集中が途切れたせいだろう。
 刀身を包んでいた光は、ゆっくりと、その輝きを失っていく。

 呆然と、その光景を眺め……、

 俺は、剣を落とし……、
 歓喜に震える手を、ジッと見つめる。

 それは、とても小さくて――

 ほんの僅かな――
 でも、理想へと近付く、確かな前進――


「やった……出来たぞ、パルフェッ!!」

「――きゃっ!?」


 あまりの嬉しさに……、

 俺は、パルフェの手を握り、
ブンブンと、力一杯、振り回してしまう。

 突然の事に、目を白黒させるパルフェ……、

 その様子に気付き、
俺は、慌てて、彼女の手を離した。

「っと、ゴメン……嬉しくて、つい……」

「ううん、気にしないで……、
私なんかでも、少しは、マコトの役に立てたかな?」

「うん、ありがとう……」

 これで、また一歩……、
 俺は、理想に近付く事が出来た。

 背中を押してくれたパルフェに、俺は、心から感謝する。

「何か、お礼をしなきゃな……」

 過去の世界に来てからというもの……、
 俺は、ずっと、パルフェの世話になりっぱなしだ。

 良い機会だし……、
 ここは、一つ、恩返しがしたい……、

 ……と、俺は、パルフェに申し出る。

 すると、パルフェは……、
 申し訳なさそうに、はにかむと……、

「それじゃあ……お仕事をお願いしても良い?」

「おう、何でも言ってくれ!
それで、俺は、一体、何をすれば良いんだ?」

 勢い込んで訊ねる俺……、

 そんな俺の張り切り振りに……、
 何が可笑しいのか、パルフェは、軽く微笑むと……、

「――私達の護衛、かな?」

     ・
     ・
     ・











「――ねぇ、マコトは一緒に入らないの〜?」

「俺の仕事は護衛だっ!
丸腰で、風呂になんか入れるかっ!」



 タリムの森の奥――

 パルフェ達に連れられ……、
 俺は、そこにある温泉へとやって来た。

 何故、いきなり、こんな場所に来たのか、と言うと……、

 体の弱いフローレの為に、
こうして、定期的に、湯治に来ているらしい。

 とはいえ、女の子だけで、森の奥にある温泉に行くのは危険である。

 なにせ、ルティルは、王女様だし……、
 フローレは、目が見えず、魔術も使えないので、尚更だ。

 しかも、最近、世界中で、
魔物の動きが活発になっている、という噂もあるし……、

 とまあ、そういうわけで――

 冒険者である俺が、
護衛として、同行する事になったのだ。

 ちなみに、ミレイユ達……、
 使い魔組は、黒猫魔法店で留守番である。

「しかし、よく考えると……パルフェ達に、護衛なんて必要なのか?」

 温泉を堪能する少女達――

 そんな彼女達から、背を向けように、
温泉を囲む岩に、体を預けた俺は、ふと、疑問に思う。

 いくら、戦闘経験が乏しい、とは言え……、

 パルフェ、レネット、ココットは……、
 ルティルだって、精霊石を持っている以上、一流の魔術師だ。

 ライナに至っては、火の精霊剣の使い手である。

 ぶっちゃけ、俺なんかよりも、遥かに強いに違いない。

 だったら、別に……、
 俺が、護衛する必要なんて無いのでは?

 尤も、仮に、パルフェ達が、
自分達だけで行く、なんて言い出したら……、

 ……俺は、意地でも同行しただろうけどさ。

 いや、もちろん……、
 覗く為じゃなくて、パルフェ達が心配だからだぞ。

「マコト〜、何か言った〜?」

 さっきの俺の呟きが耳に入ったのか……、
 背を預ける岩の向こうから、ルティルの声が聞こえてきた。

「いや、何でもない……、
ところで、フローレは大丈夫か?」

 思わず、岩の向こうの光景を想像してしまい……、

 その妄想を打ち消そうと、
何度も頭を振りつつ、俺は、フローレの様子を訊ねる。

 すると、今度は、ココットの…、
 何やら、不満そうな声が聞こえてきた。

「マコトお姉ちゃんってば、
さっきから、フローレお姉ちゃんのことばっかり……」

「当たり前だろ……怪我人なんだから」

「もしかして……、
フローレお姉ちゃんのこと……?」

「ちょっ、ココットちゃん……!?」

「そういえば、フローレを、
お姫様抱っこする姿も、結構、様になってたわよね〜」

「もう、レネットちゃんまで……っ!」

「あれれ〜、フローレさんってば、顔が赤いよ〜?」

 妙な勘繰りをするココット……、
 そんな彼女の言葉に、何故か、フローレが慌てる。

 さらに、そこへ、レネットとルティルまでもが加わり……、

 姦しい少女達の会話は、
止まる事無く、白熱し、盛り上がっていく。

「……はあ〜」

 その喧騒の中……、
 蚊帳の外の俺は、深々と溜息を吐た。

 ――あれは、失敗だったかな?

 ここまでの道のりを思い出し、
俺は、自分の軽率な行動を、少し後悔する。

 確かに、ココットの言う通り……、
 俺は、フローレを、お姫様抱っこして連れてきた。

 でも、それは、ここへ来る途中、
彼女が、木の根に躓き、足を軽く捻ってしまったからで……、

 全く、これっぽっちも……、
 ココットが言う様な他意は無いのだが……、



「むむむむ〜……、
やっぱり、胸の大きさなのかな〜?」

「ココットってば、去年と、ほとんど変わってないものね」

「う〜、せめて……、
せめて、ルティルくらいは欲しいよ〜」

「――ちょっと、それって、どういう意味!?」

「きぉははははっ♪
くすぐったいよ、ルティル〜♪」

     ・
     ・
     ・



「…………」(汗)

 耳を澄ませば――

 未だに、少女達の……、
 “女の子同士の会話”は、続いている様だ。

 しかも、その内容は、かなり際どく……、

 互いに、じゃれ合っていのるだろう……、
 バシャバシャと、湯面を叩く音すらも聞こえてくる。

「…………」(大汗)

 まあ、何だ……、
 俺だって、健全な男である。

 そんな声や音を聞いていれば、
当然、想像力を逞しくしてしまうわけで……、

 こんな状況が、いつまでも続くと、さすがに、精神衛生上よろしくない。

「煩悩退散、煩悩退散……、
何も考えるな〜、仕事に集中するんだ〜」

 俺は、両手で耳を塞ぎ……、
 必死に、理性を保て、と自分に言い聞かせる。

 しかし、どんなに頑張っても……、

 彼女達の声は……、
 しっかりと、耳に入ってしまい……、

「…………」(滝汗)

 ああ〜、もう……っ!
 頼むから、少し静かにしてくれ〜っ!

 何で、女の子ってのは、
こんなに、恋愛談義をするのが好きなん――

「―って、ちょっと待て?」

 よく考えれば……、
 俺は“女”って事になってる筈だ。

 その真実を知っているのは、
この場にいるメンツでは、パルフェ、ライナ、フローレだけである。

 じゃあ、何故……、
 話題が、こんな展開に……、



「女同士なのに……、
何で、色恋沙汰の話になるんだ?」

「「「「「「…………」」」」」」



 ふと、湧き上がった疑問――

 何気なく、それを呟いた瞬間、
姦しい少女達の話し声が、ピタッと止まった。

 え〜っと……、
 この沈黙は、一体、何かな?

 なんとも気まずい静寂に、
生暖かい汗が、俺の頬をつたい落ちる。

 と、そこへ――
 レネットが、重い口調で――

「ねえ、マコト……“女同士”って、どう思う?」

「――ぶっ?!」

 予想外の言葉に、俺は絶句してしまった。

「ま、まさか……」

 深く考えてはいけない……、
 と、思いつつも、俺は言葉の意味を理解してしまう。

 そして、脳裏に浮かぶ“同姓愛”の文字――

 同時に“奴”の姿も浮かび……、
 俺は、すぐさま、そこから逃げ出そうと、腰を浮かせた。

「いや、待て……落ち着け、落ち着け」

 だが、“女同士”という事を、
思い出し、俺は、何とか、その場に踏み止まる。

「え、え〜っと……、
もしかして、パルフェ達って……?」

「――ち、違うよぉ〜っ!!」

 震える声で訊ねる、
俺の言葉を、パルフェが、慌てて否定する。

 しかも、余程、気が動転しているのか……、

「違うったら、違うのっ!
だいたい、好きな人なら、ちゃんと――」

 ……アッサリと爆弾投下。

 で、その大ポカに気付いたのだろう。
 慌てて、自分の口を塞ぐ、パルフェの姿が目に浮かぶようだ。

 やれやれ……、
 これで、話の矛先が変わったな。

 きっと、次の瞬間には、パルフェに、
絨毯爆撃のような質問攻めが、浴びせられるに違いない。

 と、思っていたのだが――

「「「「「「…………」」」」」」

「……?」

 その場を支配したのは――

 先程のよりも……、
 さらに重く、深い沈黙であった。

「…………」

 周囲は、しんと静まり返り……、
 耳に聞こえてくるのは、風に揺れる木々の音のみ……、

 ――この重苦しい雰囲気には覚えがある。

 パルフェ達と話していて、不意に、
“浩治”という名前が出ると、いつも、少女達は、押し黙ってしまうのだ。

 “浩治”とは、一体、誰なのか?

 今までにも、何度か、
彼女達に、訊ねてみようと、思ったことはある。

 しかし、ルティルとの約束もあり……、
 どうしても、訊ねることが出来なかったのだが……、

 でも、今日こそは――

「あ、あのさ……」

 “浩治”の件を訊ねようと……、
 意を決した俺は、パルフェ達に声を掛ける。

 と、その瞬間――


 ゴゴゴゴゴゴッ……


 何の前触れも無く……、
 突然、大きな揺れが、俺達を襲った。

「――きゃあぁぁぁっ!?」

「わっ、わっ! なになになに〜っ!!」

 温泉の中で、パルフェ達が悲鳴を上げる。

 地面の揺れは、すぐに収まったが……、
 未だ、動揺している彼女達に、俺は、素早く呼び掛ける。

「落ち着け、ただの地震だっ!」

「そ、そうみたいね……、
でも、随分と、大きな揺れだったわ」

 最初に、冷静になったのは、レネットだった。

 彼女は、皆にバスタオルを渡すと、
自分もまた、それを体に巻き、俺が身を隠す岩の傍へとやって来る。

「レネット……皆を集めてくれ」

「え、ええ……?
みんな、こっちに集まって……」

 静かに剣を抜き、俺は、周囲に視線を巡らせる。

 そんな俺の様子に、首を傾げつつも、
レネットは、パルフェ達を、岩の傍へと集めてくれた。

 それを確認した俺は、
岩の上に立ち、広い視界を確保する。

 ――確かに、聞こえた。

 さっきの地震の揺れと……、
 パルフェ達の悲鳴で、場所までは特定出来なかったが……、

 間違いなく……、
 俺の耳は、魔物の声を捉えていた。

「マコト、どうし――」

「――静かに」

 不安そうな少女達を手で制し、
俺は、温泉の周囲に広がる森の奥へと意識を集中する。

 藪の中に一匹……木の上に三匹……、

 ハッキリとは分からないが……、
 確実に、四匹以上の魔物の気配が、俺達を包囲していた。

「……多いな」

 温泉を囲む魔物の数と……、

 こんなに接近するまで、
魔物の気配に気付けなかった自分に、舌打ちをする。

 しかし、いつまでも、失敗を悔やんではいられない。

 とにかく、今は――
 如何にして、この場を切り抜けるか――

「来る……っ!!」

 ――と、作戦を考えている暇も無かった。

 藪の中にいた中型の魔獣が、二匹同時に飛び出し……、

 それを合図にするかのように、
三匹の小型の魔猿も、木の上から飛び降りてきた。

「コイツらは、俺が殺るっ!
パルフェ達は、身を守る事だけ考えろっ!」

 簡潔に指示を出し、俺は、一気に飛び出す。

 狙うは、藪の中にいた魔獣……、
 温泉を飛び越すように、襲い掛かって来た一匹……、

「――強 化アップデート!!」

 魔力で足を強化し、俺は、足場だった岩を蹴った。
 そこへ、魔獣が、鋭い爪を突き出し、正面から向かってくる。

「うおおおぉぉぉーーーっ!!」

 ――俺と魔獣が、空中で交差した。

 その瞬間に、風の魔法剣を一閃……、
 すり抜けざまに、魔獣の体を、真っ二つの開きにする。

「まず、一匹……っ!!」

 空中で剣を振り、体勢が崩れる。
 それに構わず、俺は、次の目標に目を向けた。

 見れば、二匹目の魔獣は、牙を剥き出して、俺を待ち構えている。

 着地点に立つ魔獣……、
 空中にいる俺に、回避する術は……、

「――起 動セットアップ!!」

 湯面に向かって、攻撃魔術を放つ。
 水飛沫が上がり、その衝撃で、俺の体が舞い上がった。

「いけえっ、ウインドブレイドッ!!」

 突然、水飛沫が上がり……、
 それに驚いた魔獣が、俺の姿を見失う。

 その隙を見逃さず、俺は、再び、
剣に風の魔力を込め、魔獣に向かって投擲した。

「グギャ……ッ!?」

 風の力による高速の飛剣――

 それは見事に、敵の首を、
刺し貫き、一撃で、魔獣を絶命させた。

「これで……二匹目っ!!」

 魔獣を串刺しにした剣を、
抜く暇も惜しみ、着地した俺は、パルフェ達へと目を向ける。

 残りの相手は、猿型の魔物が三匹――

 目を離していたのは数秒……、
 何とか、持ち堪えていれば良いけど……、

「ええいっ、グラン・マグナスッ!」

「――マグナス!!」

「うえぇ〜んっ!!
全然、魔術が当たらないよぉ〜っ!!」

 見れば、パルフェ達は、岩を背にして、
ルティルとフローレを守るような陣形をとっていた。

 次々と放たれる攻撃魔術……、
 その威力は凄まじく、当たれば一撃必殺なのだろうが……、

 魔術の狙いが甘いのか……、
 それとも、魔猿の動きが素早すぎるのか……、

 周囲を飛び跳ねる魔猿に、パルフェ達の攻撃は、一発も当たらない。

「風よ、鋭き吹き荒び、敵を討ち払う剣となれ――」

 魔術の弾幕を掻い潜り、
爪を振り上げた魔猿が、パルフェ達に迫る。

「――ヴィントシュトース!!」

 それを迎え撃とうと、ルティルが風の高位魔術を放った。

 しかし、その強力な風刃すらも、
魔猿は、紙一重でかわし、前に立つパルフェに襲い掛かる。

「素早い敵を相手に、
大砲ばかり、ブッ放してどうするんだよっ!」

「――ギギャッ!?」

 咄嗟に、俺は、無属性の攻撃魔術を放った。

 横からの不意打ちに、
魔猿が、短い悲鳴を上げて弾き飛ばされる。

「倒そう、なんて考えるなっ! 足止めだけで良いっ!」

 突き立った剣をそのままに、俺は、
再度、足に魔力を込め、パルフェ達の傍へと跳躍した。

 さらに、別の魔猿に向かって、腰のルーンナイフを投げ放つ。

「ギギギャ……ッ?!」

 軽く飛び上がり、魔猿は、アッサリと、ナイフを避ける。

 しかし、ルーンナイフは……、
 狙い通り、地面に映る魔猿の影を捕らえた。

「今だっ! 撃てっ!」

「――バイ・マグナス〜!!」

 ナイフに付与された『影縛り』シャドウスナップ――

 その力に、動きを封じられた魔猿に、
俺の声に反応したココットが、素早く魔術を放つ。

 攻撃が直撃し、息絶える魔猿……、

 その横を、転がるように着地した俺は、
地面に刺さったナイフを抜くと、即座に、パルフェ達に駆け寄った。

「――ケガは無いか?」

 勢い良く、温泉の中に飛び込み……、

 湯を掻き分け、パルフェ達を、
守るように、前に出た俺は、ナイフを逆手に構える。

 機会を伺っているのか……、
 魔猿は、俺達の周囲を跳ね回っている。

 その姿から目を離さぬまま、俺は、パルフェ達の様子を窺った。

「う、うん……今のところは……」

 訊ねる俺に、パルフェが怯えた声で頷く。

 おそらく、魔物との戦闘経験は皆無なのだろう。
 見れば、ステッキを持つ少女達の手は、小刻みに震えていた。

「ゴメンなさい……火の精霊剣、持ってない……」

 フローレの腕に抱かれ、
ライナが、申し訳なさそうに。猫耳を伏せる。

 ――確かに、ライナは手ぶらだ。

 多分、彼女の火の精霊剣は、
脱いだ服の傍に、置きっぱなしになっているのだろう。

「どうりで、静かなわけだ……」

 ライナが、武器さえ持っていれば……、
 この程度の相手は、瞬時に焼き払っている筈だもんな。

 と、この場の最大戦力に、
ちょっとだけ期待していた俺は、軽く嘆息する。

 ……まあ、無いモノは仕方がない。

 ここは、やはり……、
 護衛である俺が、踏ん張らないとな。

「とはいえ……」

 俺は、手持ちの武器を一瞥し、内心で、舌打ちする。

 敵の数は二匹……、
 その動きは、目で追うのが限界……、

 そんな相手と、ナイフ一本で闘うなんて……、

 さらに、足場も最悪だ。
 湯の抵抗で、ロクに身動きが取れない。

 せめて、剣があれば――

 俺は、半ば無意識に、
先程、置き去りにした、自分の剣に目を向ける。

 その軽率な行為と……、
 僅かな弱気が、隙となってしまった。

「ギシャアアァァァーーーッ!!」

「ぐあ……っ?!」

 瞬きする間ほどの隙を突き……、
 二匹の魔猿が、一瞬にして、俺の懐に飛び込む。

 その動きに、何とか反応は出来たが……、

 やはり、湯中に没した足では、
思うように動けず、魔猿達の牙が、俺の体に喰い込んだ。

 一匹は、俺の左足――
 もう一匹は、ナイフを持つ、俺の右手――

「――マ、マコト!!」

「構うなっ! ジッとしてろっ!」

 俺を助けようと言うのか……、
 パルフェが、悲鳴を上げながら、足を踏み出す。

 それを怒鳴り声で制し、俺は、
体が倒れぬよう、残った右足で踏ん張った。

 決して落とすまいと、必死に痛みを堪え、ナイフを持つ右手に、力を込める。

「てめぇらも……そこから動くなよ」

 ガッチリと、肉に喰い込む牙――

 流れ落ちる俺の血が、
乳白色の温泉を、赤黒く染めていく。

 その壮絶な光景と、鈍い痛みに、全身から、血の気が引くのが分かった。

 だが、この好機を逃さぬ為、俺は、
落ちそうになる意識を、歯を食いしばって、何とか繋ぎ止める。

 ――そう。
 これは、好機なのだ。

 おそらく、俺の実力では、
こいつらの素早い動きにはついていけない。

 剣も、魔術も、軽々と避けられてしまうだろう。

 しかし、今の状況なら……、
 俺に喰らい付き、動きが止まった、今なら……、

「ぐっ……おお……」

 ゆっくりと、ゆっくりと……、
 緩慢な動きで、ナイフを左手へと持ち替える。

 そして、それを大きく振り上げると……、

「ギャアアアアアァァァァァーーーーッ!!」

 躊躇する事無く……、
 足に噛み付く魔猿の頭に突き刺した。

 激痛のあまり、魔猿は、
俺の足から牙を抜き、周囲をのた打ち回る。

 そして、しばらく痙攣した後、魔猿は、ピクリとも動かなくなった。

「あとは、コイツだけ……だな」

 さらに、残りの一匹も、
仕留めようと、俺は、再び、ナイフを振るう。

 しかし、流石に、同じ手が通用するほど、相手は愚かではなかった。

 魔猿に飛び退かれ、
俺の振るったルーンナイフは、虚しく空を斬る。

「ギャッ……ギャギャッ!!」

 三度ほど飛び跳ね、俺から距離を取る魔猿……、

 警戒しているのだろう……、
 全身の毛を逆立て、魔猿は低い唸り声を上げている。

「……治 癒リカバリィ

 その隙に、俺は、ナイフを右手に、
持ち替え、空いた手で、傷付いた足に治癒魔術を施す。

 もちろん、敵から目は離さない。

 いつでも、魔猿の動きに、
対応出来るように、無理矢理、呼吸を整える。

 だが、しかし、魔猿は、唸るばかりで、一向に動く気配を見せない。

 いや、ちょっと待て――
 攻撃を仕掛けてくるどころか――


「ギッ……グルルル……」

「……?」



 ――様子がおかしい。

 低い唸り声を上げる魔猿……、
 その様子は、何処か、苦しそうにも見える。

 両目は、カッと見開かれ――
 ダラダラと、涎を垂らす口は半開き――
 総毛立ちの体は、小刻みに痙攣を続け――


 ――ボコッ!!


「なんですと……っ!?」

 次の瞬間、俺は、自分の目を疑った。

 突然、魔猿の右腕の筋肉が、
まるで、風船の様に、大きく盛り上がったのである。

 ……いや、右腕だけではない。

 左腕も、両足も、胴体も……、
 魔猿の全身が、一気に肥大化したのだ。

「う、嘘だろ……おい……」

 目の前に聳えるのは――
 熊の如き、巨大化した魔猿の姿――

 ――信じられない事態に、俺は言葉を失ってしまう。

 まさか、こんな事が……、
 いきなり、魔物が巨大化するなんて……、

 今まで、色んな魔物と、
闘ってきたが、こんなケースを見るのは初めてだ。

 もちろん、変身していたり、
全く別の姿に擬態している奴は、たくさんいる。

 でも、こんな劇的に……、
 しかも、何の前兆も無く変異するなんて……、

 ……って、そんな事を、ノンキに考えてる場合じゃないな。

「グオアアァァァァァーーーーッ!!」

「くっ……!」

 魔猿の咆哮に、ビリビリと大気が震えた。

 その迫力に圧されそうになり……、
 懸命に踏み止まりながら、俺は、打開策を考える。

 ――さて、どうしたものか?

 魔物が巨大化した、という事は、
おそらくは、俺達を相手に本気になった、と考えるべきだ。

 筋肉の肥大量から見て……、
 単純に、敵の力は、2〜3倍になったはず……、

 もしも、再び、喰い付かれたりしたら……、

 次こそは、確実に、俺の四肢は、
あの大きな顎に、食い千切られてしまうだろう。

 鋭く伸びた爪も、たった一振りで、俺の体を両断するに違いない。

 しかし、その恐るべき筋力が、
逆に、俺にとっての勝機に繋がる可能性もある。

 あれだけ、筋肉が肥大化しているのだ。

 その分、魔猿のスピードは、
間違いなく、巨大化する前よりも落ち――



「うっ……!?」



 ――寒気がした。

 その嫌な予感に従い、
俺は、すぐさま、後ろに飛び退く。

 と、次の瞬間……、

 魔猿の横殴りの一撃……、
 その鋭い爪が、俺の喉元を掠めていった。

 あと一瞬、反応が遅かったら、
間違いなく、俺の首は跳ね飛ばされていただろう。

「勘弁してくれよ……」

 どうやら、俺の予想とは裏腹に、
巨大化した魔猿は、スピードすらも、数段、上がっているようだ。

 ……まさに、手詰まりだ。

 剣でも、魔術でも……、
 今の俺には、奴に攻撃する術が無い。

 パルフェ達の攻撃魔術なら、致命傷を与えられるかもしれないが……、

 変身前でさえ、命中させられなかったのだ。
 もう、まぐれ当たりすらも、期待は出来ないだろう。

 せめて、このナイフで……、
 『影縛り』を発動出来れば、勝機を見出せるのだが……、

 足元を満たす湯は、俺の動きを、容赦無く制限し……、

 その勝機への道を……、
 たった一歩の距離を、遥か遠くへと……、

「……それでも、やるしか無いよな」

 俺は、不敵な笑みを浮かべ、ナイフに魔力を込める。

 力の差は歴然……、
 だが、恐れていては何も出来ない。

「――魔法剣、起動セットアップ

 必要なのは、僅かな勇気……、

 自分を信じて……、
 ただ、前に一歩踏み出すのみっ!

「ウインドブレイドッ!!」

 ――魔法剣を発動。

 風を纏わせたナイフを、
湯面へと突き立て、全力で、魔力を解放する。

 次の瞬間――

「うおおおおぉぉぉーーーーっ!!」

 強風が吹き荒れ……、
 足元の湯面を、一気に弾き飛ばした。

 それは、風の障壁――

 風の魔力によって、発生した風圧で、
俺の足を浸す湯を、瞬間的に、完全に遮断したのだ。

「――今だっ!!」

 突然の水飛沫に、魔猿は、一瞬、俺の姿を見失う。

 その隙を突き、足枷の無くなった、
俺は、思い切り地を蹴ると、魔猿の懐へと飛び込んだ。

 そして、ルーンナイフを使い――
 『影縛り』で、魔猿の動きを封じようと――

「な……にっ!?」

 ――俺の右腕が、魔猿に掴まれた。

 魔猿は、そのまま、腕を上げ……、
 俺の体は、奴の目の前まで持ち上げられてしまう。

「くそっ……甘かったか」

 先程の噛み傷の上から握られ、俺は、その痛みに顔を顰める。

 それでも、手に持ったナイフは、
決して離さぬまま、俺は、自分の考えの甘さに舌打ちをした。

 ――確かに、俺は、魔猿の虚を突いた。

 『影縛り』を使おうと、
ルーンナイフで、敵の影を狙った。

 だが、それでも尚……、
 魔猿は、俺の攻撃に、悠々と反応して見せたのだ。

 いや、もしかしたら……、
 俺の行動は、読まれていたのかも……、

 何故なら、俺は、すでに、奴の前で『影縛り』を使っているのだ。

 ならば、警戒されるのは当たり前。
 にも関わらず、俺は、安易な手段に頼ってしまったのだ。

 ――なんて、迂闊な。

 戦闘で、同じ手を、二度も使うなんて……、
 所詮は、ただの魔物と、敵を侮ってしまうなんて……、

 相手を侮れるほど、強くもないクセに……、

「ぎゃあああああーーーーっ!!」

 魔猿が、腕に力を込めた。
 握られた俺の右腕が、メキメキと軋む。

 その痛みには、さすがに堪えられなかった。

 俺の手からナイフが落ち……、
 唯一、残された武器が、湯の底へと沈む。

 この猿野郎……、
 俺を、いたぶり殺すつもりか……、

 その気になれば、俺の腕なんて、簡単に引き千切れるクセに……、

「マコト……今、助けるからっ!!」

「マコトお姉ちゃんを離せっ!」

 悲鳴を上げるパルフェ達……、

 それでも、俺を助ける為、
攻撃魔術を放とうと、魔猿に向かって、ステッキを向ける。

 隙を突いて、回収したのだろう。
 ライナも、燃え盛る火の精霊剣を構えていた。

 だが、俺自身が邪魔になり、攻撃する事が出来ない。

 ちくしょう……、
 守るどころか、足手纏いかよ……、

「……なんて、無様」

 自分の情けなさに歯噛みする。

 それでも、せめて、パルフェ達だけでも、
魔猿から逃がす為、俺は、左腕に、ありったけの魔力を込めた。

 ――まだ、諦めるな。
 ――逆転のチャンスは、必ず来る。

 コイツは、油断しきっている。

 サッサと、俺を殺さず……、
 いたぶっているのが、その証拠だ。

「がっ……はあ……!!」

 魔猿の拳が、俺の腹にメリ込む。

 体がくの字に折れ、吐血しつつも、
俺は、意地で、意識を保ち、左手に込めた魔力を維持し続ける。

「グッ……あうっ……ゴフッ……!!」

 パルフェ達の目の前で……、
 何度も、何度も、魔猿は、俺を殴りつける。

 まるで、彼女達に、見せ付けるかのように……、

 そして、魔猿は――
 ひとしきり、俺を嬲り続けると――

「グルルルル……」

 ――ようやく、それに飽きたようだ。

 最後のトドメとばかりに……、
 俺を喰らうつもりか、大きく口を開けた。

「…………」

 俺の体を喰らおうと、魔猿の牙が迫る。

 力尽きたように……、
 項垂れた俺は、動く気配を見せない。

 そして、魔猿の牙が、目前まで迫り――

 一際、大きく――
 その顎を開いた瞬間――



「そんなに喰いたきゃ――


 ……拳を振り上げる。

 全ての魔力を込めて……、
 深々と、敵の口の中に、拳を撃つ。


               ――たっぷり喰らいなっ!!」










 ――起 動セットアップ!!










「グギャアアアァァァァーーーーッ!!」

 魔術の零距離攻撃――

 俺の捨て身の攻撃に、
魔猿は、口から血を撒き散らしながら、悲鳴を上げる。

 ――そう。
 まさに、捨て身の攻撃。

 魔猿が大口を開けた瞬間、
俺は、腕を突っ込み、無属性魔術を発動させたのだ。

 もちろん、俺の腕も無事では済まない。
 間近で起こった爆発に、かなりヤバイ事になっているだろう。

 ――だが、それだけの犠牲で、状況は一転する。

「今よっ……一斉攻撃っ!!」

 激痛のあまり……、
 魔猿が、掴んでいた俺を投げ捨てる。

 己にとって、唯一の盾であった俺を……、

 そして、その好機を……、
 パルフェ達は、見逃したりはしなかった。

「――テラ・マグナス!!」

「フラッシュ・ピストン・マグナスッ!!」

「痺れちゃえっ、ジオスソードッ!!」

「シュトゥルムヴィントッ!!」

「火の精霊剣よっ! 焼き尽くせっ!!」

 雨霰と降り注ぐ攻撃魔術――

 巨大化しているとはいえ……、
 さすがに、高位魔術の集中砲火に、耐えられるわけがない。

「ギ――ッ!!」

 断末魔の叫びを上げる余裕も無く、
最後の魔猿が、炎の中で、灰となり、消滅していく。

 それで、ようやく……、
 タリムの森は、静寂を取り戻した。

「終わった……か」

 闘いの緊張が抜けた俺は、
温泉に体を沈めるように、その場にヘタリ込む。

 服が濡れてしまうが……まあ、今更だ。

 しかし、折角の天然温泉が、
俺の血や、魔物の血で、すっかり汚れちまったな。

 あとで、パルフェ達に浄化して貰わないと……、

 そんな事を考えつつ……、
 俺は、先程、落としたナイフを探そうと、湯の底で手を彷徨わせる。

 と、そこへ――



「――マコトさんっ!!」



 ほとんど泣きそうな顔で――

 血相を変えたパルフェ達が、
湯を掻き分けて、俺の傍へと集まってきた。

「なんて、無茶なことを……」

 精霊達から、俺の状態を聞いたのか……、
 真っ先にやって来たフローレが、傷だらけになった俺の隣に座り込む。

 そして、止血する為に、
特に重傷の左腕を、手近の布で包み――

「――って、おいっ!!」

 フローレの行動に、俺は、慌てて、彼女から目を逸らす。

 すっかり忘れてたけど……、

 戦闘が始まる前まで、
俺以外は、皆、温泉に入っていたのだ。

 つまり、女の子達は、ずっと、バスタオル一枚の姿なわけで……、

 ようするに……、
 フローレの“手近の布”と言えば……、

「ば、ばば、馬鹿っ! 少しは隠せっ!!」

 曝け出された白い肌――

 幸い、温泉の湯は乳白色なので、
彼女の体は、ほとんど隠れて見えないのだが……、

 とは言え、裸の女の子が、目の前にいる事に変わりは無い。

 俺は、理性を総動員し、
真っ赤になった顔を、明後日の方へと向ける。

 だが、視線を逸らしても、俺の周囲には、
フローレだけじゃなく、バスタオル姿のパルフェ達もいるわけで……、

 ライナなんか、タオルで隠そうともしてないし……、

 あっちを見ても、こっちを見ても――
 目に飛び込んでくるのは、半裸の少女の姿――

 ――ハッキリ言って、目のやり場に困る。

「そんなことより……、
パルフェちゃん、早く、ヒールズを……っ!」

「わかってる! レネット達も手伝って!」

 と、困り切っている俺に構わず、
少女達は、恥かしげも無く、さらに、俺の傍へと寄ってくる。

 そして、パルフェ達は、ヒールズの呪文を唱え始め……、

 三人掛りの治癒で、
俺の傷は、あっという間に治ってしまった。

 尤も、完治というわけにはいかず……、
 特に、重傷の左腕だけは、まだ時間が掛かりそうだが……、

「ありがとう……、
もう良いから、早く服を着てくれ」

 治癒呪文を唱え続けようとする、
パルフェ達を静止し、俺は、急いで、温泉から上がるように促す。

「でも、まだ……ちゃんと治さないと……」

「いつまでも、ここにはいられない。」
血の匂いに誘われて、別の魔物が来るかもしれないんだ」

「……わかりました」

 治療を続けようと主張するフローレ……、

 だが、俺の言葉に、渋々ながらも納得し、
服を着る為、レネット達に連れられて、温泉を出て行った。

「ほら、パルフェも……」

「私は、着替えるの早いから、もう少しだけ……」

「俺は、男なんだし……、
その格好を、少しは恥らってくれよ」

「恥ずかしいけど……そんな事を言ってる場合じゃないでしょ?」

 一人残り、俺の治癒を続けるパルフェ……、

 そして、バスタオルが巻かれた、
俺の左腕に、そっと手を添え、悲しそうに呟く。

「いつも……こんな無茶してるの?」

「ああ、俺は弱いからな……」

「こんなに傷付いてまで……、
どうして、冒険を続ける必要があるの?」

「それは……」

 涙ながらに訴えるパルフェに、俺は、一瞬、言葉に詰まる。

 冒険を続ける理由――

 危険と知りつつ、傷付きながらも、
歩き続ける理由を、言葉で説明するのは難しい。

 ――ただ、目指す夢がある。
 ――ただ、目指す理想がある。

 それに届く為には、守られてばかりじゃダメだ、と思った。

 いつまでも“あいつ”の後ろで……、
 “あいつ”の背中を見ているわけにはいかない、と思った。

 強くなりたいと……、
 男として、強くなりたいと……、

 だから、俺は、冒険へと……、
 まだ見ぬ世界へと、飛び出してきたのだ。

「男の子って……皆、そうなのかな?」

「……さあな」

 慎重に、言葉を選びながら……、
 たどたどしく話す俺に、パルフェが苦笑する。

 そんな彼女の反応に、
俺は、何だか気恥ずかしくなり、そっぽを向いた。

 よく考えたら、自分の理想を、誰かに話すのは初めてかも……、

「ところで、一つ訊くけど……、
今まで、ああいう魔物は、見たことあるか?」

「ううん、あんなの見たこと無い……」

 照れクサさに堪え切れず、
俺は、話題を変えようと、先程の魔物の件を持ち出す。

 すると、パルフェは、硬い表情で、首を横に振った。

 パルフェ曰く、元々、このイアル島……、
 フロルエルモス周辺には、あまり魔物は生息していないらしい。

 先程、闘った、魔獣と魔猿も、
姿を見た事はあるが、あんなに強くはなく……、

 ……結界薬を使用すれば、近寄れない程度の力しか無い、とのこと。

 ましてや、あの魔猿のように、
いきなり巨大化する事など、今まで無かったそうだ。

「魔物が活性化してる、って噂も聞くけど……」

「ああ、おそらく……、
それが関係しているんだろうな」

 ――もう一つ、気になる事がある。

 と、これは口には出さず……、
 パルフェには聞こえないように、俺は、内心で呟く。

 そして、ここからは見えないが……、

 この島唯一の山……、
 イストール火山のある方角へと目を向けた。

 さっきの地震――
 かなり、大きかったけど――

 もしかしたら、あれが――

「あのさ、パルフェ……、
森から出れば、あとは安全なんだよな?」

「う、うん……」

 突然、問い掛ける俺に、
パルフェは、戸惑いながらも、コクコクと頷く。

 その答えに、俺は、少し考えると……、

「じゃあ、森の外までは送っていくから、
そこからは、パルフェ達だけで、街まで戻ってくれるか?」

「良いけど……マコトはどうするの?」

 怪我してるのに、と言いだけなパルフェ……、

 そんな彼女を安心させるように、
俺は、すっかり完治した左手で、地に刺したままの剣を抜いてみせる。

 そして……、
 森の、さらに奥を示すと……、

「――ちょっと、寄っていく所が出来た」

     ・
     ・
     ・










「なるほど……そういう事かい」

「はい、それが……、
俺が知っている未来の顛末です」



 大魔術師の家――

 パルフェ達を、森の外まで送り……、
 再び、森へと戻った俺は、婆さんの家へとやって来た。

 目的は、ただ一つ……、
 大魔術師の婆さんに、全てを伝えること……、

 すでに予知していたのだろう。

 突然の来訪に、婆さんは、
驚きもせず、お茶まで用意して、俺を迎え入れた。

 ……そして、俺は、全てを話する。

 未来に起こる悲劇――
 滅びの歯車が回り始めてしまったことを――

「破壊神ガディム……、
その臣下である闇の魔術師ドーバン、か……」

 両手で湯呑みを包み込み、
それを見つめながら、婆さんは、忌むべき者の名を呟く。

 第一次ガディム大戦の勃発……、

 歴史書では、それと同時期に、
フロルエルモスは滅ぼされた、と記されている。

 業に満ちた存在――
 魔に堕ちた邪悪な者――

 ――その名を『闇の魔術師ドーバン』。

「……何が目的なんだろう?」

 ドーバンが、フロルエルモスを狙う理由……、

 それが分からず、俺が首を傾げていると、
婆さんが、確信めいた口調で、ハッキリと言い切った。

「おそらくは……『水の魔石』じゃな」

 婆さんの言葉に、俺は納得する。

 『水の魔石』――

 フロルエルモスの中央に聳える、
城の地下に鎮座し、無限の水を生み続ける神秘の石である。

 街の水路を流れ、生活を支る水は、全て、この石から生まれているのだ。

 魔石の力は強大で……、
 精霊石すらも凌駕する力を秘めているらしい。

 ちなみに、ルティルの国……、
 フォルラータには、風の魔石があり……、

 他にも、オルフェス、ボルカディア、グランディーヌ、ベランニード……、

 さらに、伝説の妖精郷や、
カノン王国にも、その国を司る魔石があるそうな。

 なるほど……、
 確かに、それなら動機は充分だ。

 間違いなく、ドーバンの狙いは『水の魔石』で……、

 奴は、その力を利用して、
今後の闘いを、有利に進めるつもりなのだ。

「クッ……」

 湯呑みを持つ俺の手が、怒りに震える。

 何故なら、俺は、もう結果を知っているから……、

 フロルエルモスは滅び……、
 水の魔石は、ドーバンの手に渡る事が分かっているから……、

「ところで、話は変わるがの……」

「――えっ?」

 突然、話を振られ、俺は、ハッと我に返った。

「未来より訪れし者よ……、
おぬしが、未来に帰る方法についてじゃが……」

 俺の湯呑みに、お茶を注ぎ出しつつ、婆さんは話を続ける。

「時間を越える魔術……、
やはり、そんな真似は、ワシには無理だねぇ」

「そう……ですか」

「だが、別の方法……、
おぬしの時間を止める事ならば可能じゃ」

「俺の……時間を止める?」

 訊ね返す俺に、婆さんが、ゆっくりと頷く。

 大魔術師が考えた方法……、
 それは、まさに、逆転の発想であった。

 婆さんの説明を要約すると――

 まず、氷の精霊石の力で、
俺を氷付けにし、完全な仮死状態にする。

 これで、俺の時間は止まり……、
 老化する事無く、長い年月を越える事となる。

 あとは、氷の彫像となった俺を、厳重に保管し続け……、

 俺がいた時代になったら、
施された氷の封印を解けば良い、とのこと。

 確かに、それなら、理屈の上では、俺は未来に帰る事が出来る。

 だが、しかし……、
 この方法には、大きな欠点があった。

「……誰が、俺の封印を解くんです?」

「それは分からぬ……、
おぬしの事を、代々、語り継いでいくしかないのぅ」

「そんな不確実な……」

 茶を啜る婆さんの絶望的な言葉に、俺は、途方に暮れる。

 ――そう。
 あまりにも不確実なのだ。

 俺が意識を取り戻すには、
誰かが、氷の封印を解かなければならない。

 しかし、数百年も先の未来で、
一体、誰が、その役目を果たすと言うのか……、

 方法としては、婆さんの言う通り……、
 誰かに、子々孫々、語り継いで貰うしかない。

 婆さんは、パルフェが妥当と考えているようだが……、

 いつ、途絶えるかも分からない……、
 そんな不確実なモノに、俺は、命を託さなければならないのだ。

 いや、それ以前に……、
 封印された俺の事を語り継ごうにも……、

「……フロルエルモスは、滅ぶんですよ?」

「そうじゃな……」

「語り継げる者がいるかどうかも分からない」。
封印された俺が、未来まで、無事でいられるかどうかも分からない」

「うむ、そうじゃな……」

 俺の言葉に、律儀に頷く婆さん……、

 その淡々とした様子に……、
 俺は、逃れようも無い現実を実感させられた。

 すなわち――
 俺が、未来に帰るには――



 ――フロルエルモスを守るしかない。



「それが、俺の……、
未来を知る俺の役目、ってことか?」

「そうかもしれぬ……、
そうではないのかもしれぬ……」

 決めるのは、自分自身だ……、
 と、そう言って、婆さんは、俺に決断を迫る。

 ドーバンと闘い、街を守り――
 不確実な方法に頼り、未来へと戻るか――

 この街を見捨てて――
 未来へ戻る、別の手段を探し続けるか――





 もしくは――
 未来へ戻るのを諦め――

 この過去の世界で、生き続けるか――





「そんなこと……」





 ――俺は、未来の人間だ。

 ここは、過去の世界で……、
 俺にとっては、何の関係も無い世界だ。

 すでに、運命は決まっていて……、

 その運命を覆せば、
未来に、どんな影響を与えるか分からない。

 ――でも、それがどうしたっ!

 俺は、もう、関わってしまった。
 俺は、もう、出会ってしまった。

 フロルエルモスに……、
 街に住む、たくさんの人々に……、

 パルフェに、ルティルに、フローレに、ライナに……、

 それは、もう……、
 過ぎ去った幻なんかじゃない。

 全て、目の前の現実だ。
 今、ここに、確かにある現実だ。





「……最初から、決まっている」





 ――未来の光景が、脳裏に浮かぶ。

 無残な姿を晒す……、
 廃墟となったフロルエルモス……、

 この美しくて、優しい街を、そんな姿にはしたくない。

 俺は、もう……、
 この世界とは、無関係ではいられない。

 ……ならば、何を迷う事がある。

 答えは、決まっている。
 最初から、答えは、決まっている。





 ――だから、踏み出そう。

 例え、どんなに危険でも……、
 例え、どんなに困難な道のりでも……、

 その歩みが……、
 己の理想へ続くと信じて……、





「――俺は、この世界フロルエルモスを守ります」





<その7へ>
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なかがき

 冒頭のやり取りが、まるで某MMR――(笑)

 まあ、それはともかく……、
 今回の話を書いてて、思ったことは……、

 ……多数同士の戦闘は、一人称では書き難い。(泣)

 視点が固定される以上、場面を描き切れず、
結局、パルフェ達は、ただの砲台役になってしまいました。

 しかも、ダラダラと長くなっちゃった気もします。

 物語も、そろそろ佳境だし、
次は、そうならないようにしたいですね。