1 カレイドスコープ 2 黒猫魔法店 3 奇跡の石 4 魔法店の仕事 5 アイドルコンテスト
6 滅びの予兆 7 守るための剣 8 闇の魔術師 9 未来への道 10 花の都




「……静かだな」



 黒猫魔法店――

 二階の窓の外に広がる、
街の様子を眺め、俺は、ポツリと呟く。

 誰一人として居ない街……、
 その静まり返った姿は、まるで、廃墟の様だ。

 ……いや、違う。

 そんな事にならないように……、
 この街を、守る為に、俺は、ここにいるのだ。

「マコト……準備は出来た?」

 部屋のドアがノックされ、
その向こうから、パルフェの声が聞こえてきた。

「……ああ、すぐ行く」

 ドア越しに、返事をして、
俺は、手入れをしたばかりの剣を、鞘に納める。

 可能な限りの装備――
 持ち運べるだけの道具――

 通用するかどうか分からないが……、
 それでも、準備には、万全を期したつもりだ。

「よしっ……行くぞ、ミレイユ」

「――うんっ!」

 俺の言葉に頷き……、
 ミレイユが、いつもの定位置に陣取る。

 平静を装って――
 普段通りに、振舞わないと――

 ミレイユを頭に乗せた俺は、
ドアノブを掴むと、開ける前に、軽く深呼吸をした。

 ……パルフェは、何も知らない。

 この街を襲う惨劇については、
大魔術師の婆さんと、サケマス以外には、話していない。

 だから、それを悟られないようにしなければ……、

「おまたせ、パルフェ……、
すぐに、この街から避難をし……」

 心を落ち着け……、
 俺は、ゆっくりと、ドアを開ける。

 そして、パルフェを見て……、

 彼女の手にある物に……、
 俺は、驚きのあまり、言葉を失ってしまった。

「これ、マコトの服……、
ちゃんと、洗濯して、繕っておいたから……」

 そんな俺を、真っ直ぐに見つめ……、

 パルフェは、悲しげに……、
 でも、決して、涙は流さず、俺に訊ねる。





「――闘いに行くんでしょ?」






Leaf Quest 外伝
〜誠の世界漫遊記〜

『廃都フロルエルモス 〜ハートフルメモリーズ〜

その7 守るための剣







「――闘いに行くんでしょ?」

「パルフェ……どうして……」





 イストール山の噴火――

 その災厄を回避する為、
数日前から、街では、住人の避難が始まった。

 魔術で沈静化すれば、という意見もあったが……、

 その辺は、婆さんの威光が役に立った。
 大魔術師という肩書きは、かなり影響力を持つらしい。

 そして、運命の日――

 最後まで、街に残り、全住人が、
スンデル湖へ避難したのを見届けた俺は……、

 決戦の地へ赴こうとしていたのだが……、

「どうして、その事を……?」

 ジッと、俺の顔を見つめ……、
 確信を突いてきたパルフェに、俺は狼狽えてしまう。

 彼女の眼差しの前に、
誤魔化す事も、恍ける事も出来なかった。

 確信があった。
 パルフェは、目で語っていた。

 ――私は、全て知っている、と。

「ゴメンね……全部、聞いちゃったの」

「……あの時か」

 申し訳無さそうに、パルフェが俯く。
 心当たりのある俺は、それだけで納得した。

 先日、温泉で魔物に襲われた後……、
 俺は、婆さんの家に行き、未来の悲劇の顛末を、全て話した。

 おそらく、パルフェは、
家の外で、その話を聞いていたのだろう。

「ルティル達には……?」

「皆にも、全部、話したよ……、
フローレにも、レネットにも、ココットちゃんにも……」

「そっか……ゴメン」

 皆を騙していた事を、俺は、素直に謝罪する。

 そんな俺に、パルフェは、
ゆっくりと首を横に振ると、持っていた服を差し出した。

「こ、これは……?!」

「うわ〜……!!」

 彼女から、それを受け取り、
俺とミレイユは、驚きのあまり、目を見開く。

 ――それは、俺が着ていた服だった。

 過去の世界に来てから、
俺は、ずっと、パルフェの服を借り、女装を続けていた。

 その為、俺の本来の服は、
ずっと、荷袋の中にしまわれていたのだが……、

「ど、どうかな、それ……、
レネット達と、協力して作ったんだけど……」

「す、凄い……」

 手に取っただけで分かる……、
 その凄さに、思わず、服を持つ手が震えてしまう。

 なんと、俺の服には、数多くの魔力付与が施されていたのだ。

 各属性への耐性――
 身体能力の強化と補助――
 全状態変化への完全防御――

 水上歩行、落下制御――
 物理攻撃緩和、超加速、残像発生――

 ありとあらゆる効果が……、
 この服には、惜しげもなく付与されている。

 魔力が付与された武器や防具には、
便宜的に“+1”“+2”といった具合に表したりするのだが……、

 ……もう、これは、それどころの騒ぎじゃない。

 ほとんどの付与魔術が失われた、
未来なら、間違いなく、超一級品の防具になるだろう。

 これに匹敵する防具と言えば……、

 俺の剣の師匠……、
 セイバーさんの鎧くらいしか思い浮かばない。

 さすがは、グエンディーナ時代……、

 パルフェ達の才能もあるとはいえ……、
 一介の魔法店の魔術師に、これ程の物が作れるなんて……、

「それと、御守り……これはフローレからだよ」

 思い掛けない贈り物に、俺は、言葉を失う。

 そんな俺の手の上に、
パルフェは、さらに、一輪の花飾りをのせた。

「これって……光翼蘭じゃないかっ!?」

 見覚えのある花……、

 それの正体に気付き、俺は、
思わず、その場で、卒倒してしまいそうになる。

 ――そう。
 その花は光翼蘭であった。

 かつて、光の国オルフェスに咲き誇り――
 その国が滅んだ、今となっては、あまりに貴重な花――

 フローレが丹精込めて育てた花――

 そんな大切な花を……、
 余所者でしかない俺なんかの為に……、

「……少しは、役に立てるかな?」

「うん、ありがとう……」

 少しどころか、大助かり……、
 俺には、勿体無いくらいの贈り物だ。

 はにかむパルフェにお礼を言い、
俺は、早速、それを身に着ける為、部屋に戻る。

 そして、着替えと――
 再度、武装を整えなおし――

「……それが、マコトの本当の姿なんだね」

 部屋を出た俺の姿――

 冒険者としての俺を見て……、
 パルフェは、何やら感慨深げに呟いた。

 そういえば、ずっと女装してたから、
普通の恰好をして、パルフェの前に立つのは初めてだっけ。

「……変じゃないか?」

 何となく気恥ずかしくて……、
 意味も無く、そんな事を訊いてみたりする。

 すると、パルフェは、クスッと微笑み……、

「そんなことないよ……、
そういう恰好してると、まるで男の子みたい♪」

「――元々、俺は男だっ!」

「はみゅ〜、そうだっけ?」

「そうだよ、パルフェ♪
マコトは、女の子じゃなくて、男の娘♪」

「ミレイユ……お前も殴られたいか?」

「きゃ〜、きゃ〜♪」

 パルフェにからかわれ、
俺は、腹いせに、彼女の脳天を、軽くチョップする。

 そこへ、ミレイユも加わってきて……、

 俺達は、ふざけ合い……、
 笑い合いながら、店の玄関へと階段を下りる。

 これから、決戦の地へ向かうというのに……、

 もうすぐ、壮絶な……、
 絶望的な闘いが始まるというのに……、

 今の俺達の胸中には、
そんな悲壮感など、まるで存在していなかった。

「じゃあ、もう行くよ……」

「うん……」

 良い意味で、緊張感も抜け……、
 玄関口に立った俺達は、パルフェに向き直る。

 ライナと使い魔組は、一足先に、家を出ているようだ。

 俺達を見送るのは……、
 唯一、ここにいるパルフェだけ……、

「パルフェ達も、早く避難するんだぞ」

「うん……」

「色々と、ありがとう……、
フローレ達にも、お礼を言っておいてくれ」

「うん……」

 何を言っても、頷くだけのパルフェ……、

 そんな彼女の頭を軽く撫で……、
 俺は、何かを振り切るように、パルフェに背を向ける。

 そして――
 魔法店の外へと――



「……っ!」

「パル……フェ……?」



 ――出られなかった。

 後ろから抱きしめられ、
俺は、その場から、動けなくなってしまった。

「ゴメン……ゴメンね……」

 背中から回された少女の手……、

 俺の服を掴む、その手から……、
 涙を堪え、肩を震わせるパルフェの想いが伝わってくる。

「ゴメンね、マコト……、
笑顔で見送ろう、って思ってたのに……」

 俺の背中に頬を寄せ、パルフェは、声を殺して泣く。

 俺を抱く腕にも、力が込もり……、
 闘いに赴く俺を、懸命に、引き止めていた。

「ねえ、どうして……、
どうして、あなたが闘わなきゃならないの?」

 大粒の涙を流しながら、パルフェが訴える。

 ――逃げても良いのだ、と。

 貴方は、未来の人間で……、
 過去の世界とは無関係なのだから……、

 貴方が闘う必要は無い。
 ここから逃げても、誰も、貴方を責めたりしない。

 街は失っても、また、作れば良い……、

 今は、生き延びて……、
 皆で一緒に、初めから、やり直せば良い……、

 ――それを、貴方にも手伝って欲しい。

「パルフェ……」

 パルフェの言葉に、俺の胸が熱くなる。

 とても、嬉しかった。
 彼女の気持ちが、本当に嬉しかった。

 余所者でしかない俺……、
 この世界の人間ではない俺……、

 そんな俺を、パルフェは、
街の住人として、認め、受け入れてくれたのだ。

 ――ならば、尚更、後には引けない。
 ――この街を見捨てて、逃げ出すわけにはいかない。

 今、この街は、俺の街になったのだから……、

 俺は、フロルエルモスの……、
 この街に住む者の一人となったのだから……、

「パルフェ……俺は行くよ」

 俺を抱きしめる、パルフェの手……、

 その手を握り、優しく解くと、
俺は、振り向く事無く、一歩、足を踏み出した。

「どうして……っ!?」

 パルフェの必死の叫びが、尚も、俺を引き止める。

 だが、それに構わず……、
 俺は、パルフェに背を向けたまま……、





「好きなんだ――」

「えっ……?」





「この街が、さ……」

 ――だから、守りたい。

 この美しい街を……、
 あんな無残な姿にはしたくない。

 この街には、たくさんの思い出が詰まっているのだ。

 敵の力は強大で……、
 闘って、勝てるかどうかは分からない。

 おそらく、勝算は、限りなくゼロに近いだろう。

 でも、運命に抗えるのは、俺しかいないのだ。

 この世界で、唯一の員数外イレギュラー――
 歯車とは噛み合わない、たった一つの小さな欠片――

 ほんの小さな力だけれど、
運命の歯車を崩壊させられるのは、俺だけなのだ。

 正直に言うと、怖い……、
 今だって、足の震えが止まらない。

 ――それでも、失いたくはないのだ。

 この街で過ごした日々――
 たくさんの、大切な思い出の数々――

 清楚に咲き誇るフローレの花を――
 元気で、無邪気な、ココットの笑顔を――
 美味しそうにパンを頬張る、ライナの姿を――
 吹きゆく風のように澄んだ、ルティルの歌声を――
 忙しそうに魔法店を切り盛りする、レネットの横顔を――

 そして――



「パルフェ……」



 ――俺は、少女に振り返る。

 もう、パルフェは泣いていなかった。
 涙を拭き、精一杯の笑顔を、俺に見せてくれた。

 だから、俺も、彼女に笑みを返す。

 どんなに怖くても……、
 これで、恐怖を乗り越えていける。

「――いってきます」

「必ず、帰ってきてね……、
その時に、マコトに渡したいモノがあるから……」

「わかった、楽しみにしてるよ」

 そして、俺とミレイユは……、
 パルフェの笑顔に見送られ、街を出る。

 向かう先は――
 イストール火山の頂――

 ――惨劇の始まりの地だ。










「……なんか、様子が変じゃないか?」

「え〜、何が〜?」


 火口への山道――

 その道を歩いていた俺は、
半ばまで登ったところで、異変に気が付いた。

 突然、足を止めた俺に、ミレイユが首を傾げる。

「ちょっと、おかしいぞ……、
もうすぐ噴火する、っていうのに、随分と静かだ」

「言われてみれば、そうだよね」

 大魔術師の婆さんの予言では、
イストール山は、今日中には、噴火する、とのこと……、

 なら、その予兆があってもおかしくは無いのだが……、

「静か過ぎる……、
地響きすら起きないなんて……」

「……なんか、不気味だね」

 身震いするミレイユの背中を撫でながら……、

 俺は、何気なく、懐から、
魔法薬の瓶を取り出し、それを空いた手で弄ぶ。

 『氷河のつぶて』――
 氷属性の高位攻撃魔術の発動薬――

 闇の魔術師ドーバンを倒す事も重要だが……、

 街を守る為には、
火山の活動を沈静化する必要もある。

 その為、この魔法薬を、
店から拝借してきたのだが、どうやら、無駄になりそうだ。

「いや、ちょっと待て……」

 俺は、すぐさま、その考えを改める。

 何だろう……、
 妙に、イヤな予感がする。

 もしかして、俺は、
致命的なミスを犯しているんじゃないのか?

「――急ぐぞ、ミレイユ!!」

「ほえ……!?」

 胸騒ぎを覚えた俺は、
もう一つ、別の魔法薬を取り出し、ミレイユに与えた。

 『天使の翼』――

 服用者に、飛行能力を与える薬で、
未来では、その調合法は失われている高級品だ。

「ごきゅごきゅごきゅ……」

 子供とはいえ、立派な白竜……、

 元々、飛行能力を持つ、
ミレイユが、その薬をを飲むと、どうなるか……、

「んっ……むむむむ〜っ!!」

 薬を飲み干したミレイユの体が、小刻みに震える。

 そして、強烈な光を発すると――

 次の瞬間、ミレイユの体は、
飛竜並みの大きさへと急成長していた。

「ミレイユ……大丈夫か?」

 薬による強制的な急成長――

 一時的な事とは言え、ミレイユに、
無理をさせてしまっている事に、俺は、罪悪感を覚える。

 だが、ミレイユは、何故か、嬉しそうに微笑むと……、

「全然、平気だよっ!
ほらほら、早く、ボクの背に乗って!!」

「お、おう……」

 と、そう言って、パタパタと、
翼を揺らし、俺を、自分の背中の上へと促した。

 言われるまま、俺は、ミレイユの背に飛び乗る。

 すると、ミレイユは……、
 地を蹴り、一気に、空へと舞い上がった。

「おわっ、とと……」

「しっかり掴まっててよ、マコト!」

 突然の浮遊感に、俺は、バランスを崩す。
 だが、何とか踏み止まり、体勢を整える事が出来た。

「――マコト、見てっ!!」

「あれか……っ!!」

 風を切り、空を駆け……、
 ミレイユは、火山を見下ろせる高度で停止する。

 見下ろせば、灼熱の海――

 燃え盛る赤い絨毯の上……、
 火口の中心に、小さな人影が浮かんでいた。

 深い闇の如き漆黒のローブを身に纏い――

 ここからでも感じられる程――
 禍々しいオーラに満ちた、圧倒的な存在感――

「……あれが、闇の魔術師ドーバン」

 何かの儀式の最中なのだろうか……、

 宙に浮き、不気味な呪文を詠唱する、
ドーバンの周囲には、黒い光で描かれた、魔方陣は展開されている。

「何をするつもりか知らないが……、」

 緊張の面持ちで、俺は剣を抜こうと、柄を握る。

 だが、その動きは、酷く緩慢で……、

 まるで、奴の放つ瘴気が、
俺の全身に、ネットリと絡み付いているかのよう……、

 ……いや、違う。

 これは、恐怖だ……、
 かつてない恐怖が、俺の体を蝕んでいるのだ。

 まだ、間に合う……、
 今なら、まだ、逃げるられる……



 その剣を抜けば――

 もう、後戻りは出来ないのだ、と――



「いくぞ、ドーバン――」

 恐怖に竦む自分を叱咤し……、
 震える手を、意志の力で捻じ伏せ、俺は、剣を抜き放つ。

 そして、宣言するように……、

 進むべき道は一つだ、と……、
 自分の背中を、強引に押すように……、

「――お前を、倒すっ!」

 ミレイユの背に乗った俺は、
氷の魔法剣を構え、ドーバンへと突っ込んだ。

 こちらの存在に気付いているのか……、

 それとも、所詮は雑魚と……、
 分かっていて、無視しているのか……、

 俺に背を向けたまま、
ドーバンは、未だ、呪文の詠唱を続けている。

 ――ならば、好都合だ。

 このまま、不意打ちで……、
 後ろから、その首を跳ね飛ばしてやる。

「はあぁぁぁーーーーっ!!」

 敵の後姿が、目前まで迫る。

 間合いに入った俺は、
迷う事無く、敵の首を狙いって、横殴りに、剣を振るった。

 だが――



「――うおわっ!?」



 一体、何が起こったのか……、

 俺とミレイユは、見えない力……、
 結界のようなモノで、派手に弾き飛ばされてしまった。

 クルクルと、豪快にフッ飛び……、

 それでも、何とか体勢を立て直すと、
俺は、ドーバンからの反撃に備え、慌てて身構えた。

「…………」

 しかし、敵は反撃どころか……、

 チラッと、俺達を、一瞥しただけで、
何事も無かったかのように、呪文詠唱を再開してしまう。

 ――相手にすらされていない。

 そう思い、頭に来た俺は、
すぐさま、次の攻撃をしようと、剣に魔力を込め……、

「待て……落ち着け……」

 怒りに興奮する自分を抑え、
俺は、冷静になろうと、乱れた呼吸を整える。

 ここで焦っても意味が無い――
 まず、今、何が起こったのかを考えろ――

「今の感覚……何処かで……」

 ドーバンは、俺を歯牙にも掛けていない……、

 それでも、一応、敵の動きを警戒し、
ミレイユには、周囲を旋回して貰いながら、俺は、記憶を手繰る。

 確かに、俺の剣は、奴の首を捉えていた。
 あと、ほんの数ミリ、剣が進んでいれば、その刃は届いていただろう。

 だが、俺の魔法剣は、奴に届く寸前で、阻まれた。

 それどころか、強力な障壁の、
圧力によって、大きく弾き飛ばされてしまった。

 程度の差はあるが、俺は、その手応えに覚えがある。

 でも、一体、何だ……、
 俺は、何処で、それを感じた?

 対魔力障壁アンチマジックシールドではない――
 対物理障壁アンチマテリアルシールドでもない――

 敢えて言うなら、その両方――

「――ラスト・リゾート!?」

 対物理及び魔力障壁――

 以前、俺が闘った化け物――
 ラルヴァが持っていた概念武装――

「ちっ、厄介なモノを……」

 アレとは、また、別モノなのだろうが……、
 その正体に思い至り、俺は、忌々しげに舌打ちをする。

 魔王の側近、ラスト・リゾート、闇の魔術師――

 この数え役満野郎……、
 一体、どれだけ役が乗ってやがるんだ。

「さて、どう闘う……?」

 旋回を続けながら、俺は、内心で焦っていた。

 ドーバンが、何をしているのか……、
 奴が展開している魔方陣の意味が、気になるのだ。

 このまま、迷っていて良いのか?
 敵に、時間を与えてしまって、大丈夫なのか?

 嫌な予感がする……、
 頭の中で、警報が鳴り響き、俺を急かす。

 ……とにかく、もう一度、攻撃してみるか。

 そう結論を出し――
 再度、攻撃を仕掛けようと、剣を構え――

「――っ!!」

 と、その時――

 ドーバンが、俺の方を見た。
 一瞬だが、俺と奴の視線がぶつかった。

「……煩いぞ、虫ケラ」

「あ……ぐっ?!」

 ――奴の目が妖しく光る。

 その魔眼に射竦められ、
俺の体は、全く、動かなくなってしまった。

「……ワタシに挑むつもりなら、相手になってやる」

 目深に被ったローブの奥……、
 禍々しい眼光を放ち、ドーバンは、ニタリと笑みを浮かべる。

 そして、手にした杖を、溶岩が煮え滾る火口へ向けると……、

「だが、もう少し待て……、
折角、こうして、余興を用意してやったのだからな……」

 ドーバンが、ゆっくりと、杖を振り上げる。

 すると、奴が紡いでいた魔方陣が、
クルクルと回りながら、火口の中へと吸い込まれていった。

「な、何を……?」

 おそらく、何かの儀式だったのだろう。

 ドーバンが、それを終えた途端、
さっきまで静かだった火山が、いきなり活性化し始めた。


 ゴゴゴゴゴゴ……


「答えろっ! 何をしたっ!?」

「……まあ、黙って見ていろ」

 地響きを起こしながら……、
 火山は、小規模の噴火を繰り返す。

 そして、一際大きく、溶岩が盛り上がったかと思うと……、

「――なっ!?」

「よ、溶岩の……魔竜?」

 そのおぞましい姿に……、
 ミレイユが、恐怖に震える声で呟く。

 ――そう。
 まさに、溶岩の竜であった。

 いや、それは、本当に“竜”と良いモノか……、

 まず、最初に出てきたのは“手”……、
 火口の淵に手を掛け、己の巨体を持ち上げていく。

 頭、首、肩、胴体――

 全身を、真っ赤な溶岩に覆われ――
 いや、溶岩そのもので形成された姿は、“竜”と言うよりも“巨人”――

 ああ、そうか……、
 俺の知る未来は、間違っていたんだ。

 フロルエルモスは、ドーバンによって、
引き起こされた、火山の噴火に襲われたんじゃない。

 奴が生み出した、この溶岩竜によって、焼き尽くされたのだ。

 ――致命的な判断ミスだ。

 敵は、一人だけだと思っていた。
 ドーバンさえ倒せば終わりだ、と思い込んでいた。

 まさか、こんな伏兵がいたなんて……、

 いや、奴の伏兵が、溶岩竜だけとは限らない。
 もしかしたら、住人の避難場所にも、魔物の手が伸びているかもしれない。

 なんて、迂闊な……、
 俺は、未来の知識に捕われ過ぎていた。

 必ずしも、それが正しいとは限らないのに……、

「少し早すぎたか……、
まあ、街の一つや二つ、これで充分だろう」

 施された術が、不完全だったのか……、

 己自身の形態を維持できず、
溶岩竜は、ドロドロと、全身から溶岩を垂れ流している。

 溶岩竜の状態に、やや不満げなドーバン……、

 だが、どうでも良さそうに、
簡単に納得すると、眼下に広がる景色へと目を向けた。

 その視線の先にあるのは……、

「――薙ぎ払えっ!」

 片手を振りかざし……、
 ドーバンが、フロルエルモスを指し示す。

 命じられるままに、大きく顎を開ける溶岩竜……、

 口の中に、赤い光球が発生し……、
 みるみるうちに、その光球は大きくなっていく。

「うわああああーーーーっ!!」

 悲鳴にも似た絶叫を上げ……、
 俺は、溶岩竜の攻撃を阻止しようと、飛び出した。

 服の魔力の付与のお蔭か、ドーバンの魔眼の呪縛は、もう消えている。

魔法剣、起動セットアップ! 氷属性 付与アイスコード・インストール!」

 『氷河のつぶて』を解放……、
 その属性を自分の剣に付与し、固定化する。

 だが、このままでは間に合わない。

 俺は、さらに、パルフェ達からの餞別……、
 防具に付与された魔術効果の一つを発動させた。


「間に合ってくれ……高 速 化アクセラレーション!」


 
『超加速法』アクセラレイター――

 時間加速とも呼ばれる時空系魔術の一つ。

 体内時計をクロックアップさせることにより、
超加速状態となり、術者の周囲の時間を相対的に遅くする魔術である。

 持続時間は一瞬で、魔力の消費も大きいが、その効果は絶大だ。

 例えば、白兵戦の場合、瞬時にして、
相手の死角に回り込む事が出来るので、多少の実力差なら、簡単に埋めてしまえるのだ。

 そういえば、旅の途中で会った、傭兵の浩平さんが、この能力を持っていたな。

 確か、あの時は、一瞬にして、
服を脱がされて、裸踊りを強請されたっけ……、

「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーッ!!」

 超加速の効果は、ミレイユにも及び……、

 俺達は、溶岩竜の攻撃が、
放たれるよりも早く、その巨体の正面へと躍り出た。

 それと同時に、溶岩竜が不気味な声を上げ、熱光線が照射される。

「アイスブレイドォォォーーーッ!!」

「――リウクルズッ!!」

 俺の氷の魔法剣――
 ミレイユの氷属性攻撃魔術――

 二つの氷属性の力と、溶岩竜の熱光線がぶつかり合う。

 拮抗する熱と冷気……、
 鬩ぎ合う、赤い光と白い光……、

 だが、その力の天秤は、
アッサリと、溶岩竜の方へと傾いてしまった。

 ……溶岩竜が、一歩、前へと踏み出す。

 その、たった一歩で、俺達は、
熱光線の力によって、弾き飛ばされてしまった。

「やめろぉぉぉーーーーーっ!!」

 俺達の障壁を突破し……、
 熱光線が、フロルエルモスへと伸びる。

 体勢を立て直し、俺とミレイユは、必死に熱光線の軌跡を追う。

 だが、どんなに急いでも……、
 どんなに手を伸ばしても、もう届かない。

 そして、俺達の目の前で――

 絶望と破壊の炎は――
 容赦なく、フロルエルモスへと吸い込まれ――



「な……に……?」



 ――炎が消え失せた。

 明らかに、直撃コースだった熱光線が、
突然、街を覆う様に展開された、青白い障壁に阻まれ、瞬時に消滅した。

「な、何が起こった……、
我が魔竜の攻撃を、ああも簡単に……」

 その光景を見て、漆黒のローブの奥で、ドーバンが呻く。

 奴と同様に、俺もまた、
今、起こった出来事に首を傾げた。

 あの熱光線は、確かに強力だったが、防げない程のモノではない。

 だが、それだけの強度の結界を、
前準備も無しで、街全域に展開するなんて、並の魔術師では不可能だ。

 そんな大規模な魔術を、一体、誰が……、

「今のって……氷の精霊石……?」

「氷の精霊石って……、
そうかっ、大魔術師の婆さんの仕業かっ!」

 結界を目にした、ミレイユがポツリと呟く。

 それを耳にした俺は、
あの結界が、誰の仕業なのかを悟った。

 大魔術師の婆さんは、パルフェやライナと同様に、精霊石の所持者だ。

 しかも、その属性は氷……、
 溶岩竜にとっては、まさに天敵である。

「となれば、あとは……」

「街の守りは、婆さんに任せて……、
俺達は、あいつらと闘う事に専念すれば良いっ!」

 頼もしい援軍に、俺とミレイユの士気も上がる。

 と、そこへ――
 すっかり、耳慣れた声と共に――



「大魔術師様だけじゃないよ♪」

「この天才魔術師……、
レネット様を、忘れて貰っちゃ困るわね」



 ホウキに跨る二人の少女――

 いつの間に現れたのか……、
 この戦場に、パルフェとレネットの姿があった。

「お前ら、どうして……?」

 二人は、街の住人達と……、
 フローレ達と一緒に、スンデル湖に避難している筈である。

 なのに、何故、こんな危険な場所に……、

 半ば答えを察しつつも……、
 俺は、突然、現れた二人に訊ねる。

 すると、案の定……、
 パルフェ達は、ステッキを構えながら……、

「――私達も、一緒に闘う」

「フロルエルモスは、皆の街……、
あなた一人に、任せておくわけにはいかないわ」

「だからって、サケマスまで……」

「オイラは使い魔だ……、
生きるも死ぬも、パルフェと一緒に決まってる」

 俺の隣まで飛んできて、微笑む少女達……、

 そして、パルフェのホウキの、
先端に立つ、サケマスもまた、胸を張って見せた。

 おそらく、俺を送り出す前から、闘うつもりだったのだろう。

 最初から、それを言わなかったのは、
俺に止められる事を見越して、と言ったところか……、

 正しい判断である……、

 もし、最初から知っていれば、俺は、
多少、手荒な真似をしてでも、パルフェ達を止めていたと思うから……、

「ったく、しょうがね〜な……」

 なんとか、二人を説得して、
皆のところに、戻って貰うつもりだったが……、

  ……どうやら、引き下がる気は無いらしい。

 彼女達の真剣な言葉と……、
 瞳に宿る強い意志に、俺は、諦めるしかなかった。

 二人を危険に晒すのは不本意だが……、

 正直、この状況での、
さらなる援軍は、ありがたかったりもするのだ。

 闇の魔術師と溶岩竜――

 片方だけでも厄介なのに、
さすがに、コイツらと、同時に闘って、勝つ自信は無い。

 嬉しさと、憤りと、情けなさと……、
 色々と混ざった、複雑な心境で、俺は、軽く溜息を吐く。

「……まさか、ライナ達まで来てないだろうな?」

 ライナ、ココット、ルティル……、
 彼女達の性格からして、有り得ない事じゃない。

 それを危惧した俺は、つい、周囲を見回してしまう。

 と、そんな俺の様子を見て、
パルフェ達は、対峙するドーバン達を警戒しながら……、

「もちろん、一緒に来たがったけど……」

「湖の周りに、魔物が現れてね……、
ココット達には、街の人達を守って貰っているわ」

 それを聞き、俺は、スンデル湖に目を向ける。

 視覚を魔力強化して見れば、
確かに、避難した街の人達の周囲には、数多くの魔物の姿があった。

 なんてことだ……、
 やはり、伏兵の手は、街の人達にも伸びて……、

「心配はいらない……、
あの程度の数なら、ライナだけで充分だ」

 火の精霊剣は伊達じゃないぞ、と――

 不安が顔に出ていたのだろう……、
 そう言って、珍しく、サケマスが、俺を励ましてくれた。

「守りは、皆に任せれば良い……、
オイラ達は、オイラ達にしか出来ない事をするんだ」

「ああ……そうだな」

 サケマスの言葉に頷き、俺は、剣を構える。

 迫り来る死の予感――
 未だ、恐怖に震える剣の切っ先――

 ――でも、もう迷いは無い。



「ねえ、マコト……、
あなたは、未来から来たんでしょう?」

「なら、教えて……私達の未来は、何処にあるの?」



 どんなに怖くても――
 決して、敵わぬ相手でも――

 ――貫くべき意地がある。
 ――守るべき大切な想いがある。



「俺達の未来は……」



 だから、例え、どんな過酷な運命でも――

 抗う術があるのなら――
 まだ見ぬ未来があるのなら――





「俺達の未来は……、
闇の魔術師ドーバンを倒した先にあるっ!!」





 どこまでだって――

 俺は、その道を駆け抜けてやるっ!!










「……えっ?」

「それって……まさかっ!?」










 その時――

 まさに、奇跡は起こる――










「それは……その剣は……」



 パルフェも、レネットも――

 俺自身すらも……、
 “それ”の出現に、我が目を疑った。

 現れたのは“精霊石”――

 地の属性を持つ――
 心より生まれし奇跡の石――

「浩治の……剣?」

 まるで懐かしむように……、
 必死に、涙を堪えた声で、パルフェが呟く。

 ――“それ”は彼の者の剣。
 ――パルフェが愛した少年の剣。

 間違いない……、
 彼女が言うのなら、間違いない。





 俺の手に握られているのは――

 紛れも無く――
 精霊の力を宿す剣――





 ――『地 の 精 霊 剣』たかすぎこうじのけんであった。





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なかがき

 ――ついに、最終決戦です。

 パルフェ達に貰った装備で、
誠が、大幅にパワーアップしちゃっています。

 鬼のように魔術付与された防具――

 サービスし過ぎかもしれませんが、
このくらいしないと、ドーバンとなんて闘えないと思うので……、

 まあ、ご安心を……、
 所詮、今回限りの装備ですから……、(笑)

 最後に、一つ追記――

 原作であるハトーフルメモリーズの、
主人公の名前は、デフォルトで『浩治』というのですが……、

 実は、公式に苗字は設定されていません。

 というわけで、我がサイトの恒例の法則より……、
 『高杉 浩治』という名前を、でっち上げさせて頂きました。

 原作ファンの方は、どうか御了承を――