<作者より一言>
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<F.天野 美汐の場合>





「ふむ……取り敢えず、人通りの多いところから攻めてみるか」

 というわけで、俺は駅前に的を絞ってナンパを開始した。

 前回の手痛い失敗の経験を生かし、同じ過ちを犯してしまわぬように細心の注意を払いつつ、
俺は女の子受けする軽快なトークで、道行く女の子に話し掛けていく。

 前回はナンパなんてのは初挑戦だったからな。
 そのせいか、経験不足から、無残な失敗の連続だった。

 だが、今回は違うぞっ!!

 俺もかなりの経験値を得ているからな。
 俺の持ち前の魅力にその経験が加われば、ナンパなんてすぐに成功だぜっ!

 と、思っていたのだが……、





「何よ、あんた……サッサとあっち行ってくれない?」

「今時、ナンパ? ダッサ〜い」

「……ゴメンナサイ。わたし、もう付き合ってる人いるのよ」





 ……女の子達の冷たい言葉が、俺の胸に突き刺さる。

 ぬう……、
 何故だ? 何故、俺のこの溢れんばかりの魅力が通用しないのだ。

 さっきから、俺は一度だってミスは犯していない。
 我ながら出来過ぎだと思えるくらいに、素晴らしい話術で女の子達に話し掛けている。

 それなのに、何故、みんな、俺のことを邪険に扱うんだ?

 まさか、この街にも、藤田達のような強敵が存在しているとでも言うのか?
 そいつの存在のせいで、またしても、俺の計画は敗れ去ろうとしているのか?

「……くそっ!」

 と、俺はいるのかいないのかも分からない、姿の見えぬ敵に対して悪態をつく。

 うぬぬぬぬぬぬぬ……、
 いつの間にか、周りにはめぼしい子もいなくなってるし……、

 ……仕方ない。
 こういう時は、潔く場所を変えるとするか。

 周りに人気が無くなってきたのを感じた俺は、
次は商店街にでも行ってみようかと、駅前の広場から背を向けた。

 と、その時……、

「――ん?」

 何やら視線を感じた俺は、その視線の正体を突き止めようと、
キョロキョロと周囲を見渡す。

 そして……、

「――いた」

 すぐに、その正体を、俺は発見した。

 駅前広場の脇にある街灯の側に立ち、ジッと俺を見つめている少女が一人。

 赤っぽい紫の色の髪をした子だ。
 ちょっと影があるが、なかなか可愛い。

 でも、雰囲気が少しおばさんクサイかな?
 家庭的とも取れるが、どちらかと言うと、そう表現した方がしっくりくる。

 俺に何か用なのかな?
 もしかして、俺に声を掛けてもらうのを待っている、とか?

 う〜む……、
 その可能性は否定できないことも無いが、
ああいう表情に影のある感じの子は、あんまり趣味じゃないのだが……、

 やっぱり、俺の彼女となるべき子は、明るい性格じゃないとなっ!

 でもまあ、かなり可愛い子だし、
性格なんて、俺とつき合う事になれば、自然と変わっていくだろうし……、

 よしっ! ならば、ここは期待に応えようじゃないかっ!?

 と、俺は彼女にフレンドリーな笑みを見せながら、ゆっくりと歩み寄った。

「やあやあ……もしかして、俺に何か用かい?」

 そう言って、俺が話し掛けると、彼女は照れているのか、スッと顔を伏せてしまう。

「……そんなに酷なことはないでしょう」

「――え?」

「いえ……何でもありません」

「そ、そうかい? ところで、今、俺のことジッと見てたよね?」

 俺がそう訊ねると、彼女はコクンと頷く。

「じゃあ、俺に何か用があるんじゃないのかい?」

 と、俺が話を振って上げると、
彼女はちょっと考えた後、意を決したように話し始めた。

「実は……わたし、今、友達と待ち合わせをしているんです」

「――は?」

 ……この子は、いきなり何を言い出すんだ?

 いきなり、何の脈絡も無い話を始める彼女に、俺はちょっと眉をしかめた。
 しかし、俺のそんな表情を完全に無視して、彼女は話を続ける。

「それでですね……ただ待っているのも暇でしたので、
ずっとあなたのことを見ていたんです」

 ――やはりっ!

 彼女のその一言で、俺の中の疑問は確信に変わった。
 そして、それと同時に後悔と反省の念が湧き上がる。

 なんてこったいっ!
 こんなに可愛い子が、ずっと俺のことを見ていただなんて……、
 しかも、今まで全くそれに気付かなかっただなんて……、

 俺は何て馬鹿野郎なんだっ!!
 こんなにすぐ側に、俺の魅力の虜になってしまっていた子がいたというのに、
それに気付かず、他の女の子に目を向けてしまっていたとは……、

 きっと、この子は、俺に声を掛けてもらうのを待っていたに違いないっ!
 その小さな胸を高鳴らせて、今か今かと、
俺が自分に気付くのを待っていたに違いないっ!

 ああ……ごめん、ごめんよ。
 もうキミにつらい思いはさせないからね。
 キミのその張り裂けんばかりの想いは、この俺がしっかりと受け止めてあげよう。

 多分、この後、彼女は持てる勇気を振り絞って俺に告白をするつもりだ。
 ならば、ここは男として、キッチリと責任を取ってあげねばっ!!

 と、彼女の想いに応える決心をした俺は、彼女の次の言葉を待つ。

「それでですね……ちょっとあたなに言いたい事がありまして……」

 そして、彼女はキュッと握った手を胸に当てて、伏せていた顔をそっと上げると、
俺を上目遣いで見上げた。

 ――来たっ!! ついに告白だっ!!

 さあっ!! ドンと来なさいっ! 
 安心しなさい。その後は、全て俺に任せればいいからなっ!

 そして、彼女はおもむろに口を開き……、
















「実はですね、先程からあなたがナンパをしている光景を見て、何となく暇潰しに考えてみたんですよ。何を考えてみたのかと言いますと、あなたが声を掛ける女性の共通点と言いますか法則と言いますか……まあ、ようするに、あなたがどんな女性が趣味なのかということですね。あ、一応、言っておきますけど、決して妙な勘違いはしないでくださいね。私、別にあなたの女性の趣味が気になったわけではありませんから。当然、これは言うまでもないでしょうけど、私、あなたには一切興味はありませんよ。本当に、あなたみたいな人のことなんてどうでも良いことなんですから。あなたなんかの事に比べたら、明日のお天気の事の方が遥かに重要ですからね。これはあくまでも暇潰しです。それ以上の意味は全く皆無です。それこそ、学校帰りに何となく石ころを蹴り歩くに等しい行為です。いえ、それでは石ころさんに失礼ですね。訂正しましょう。これは石ころを蹴り歩くことよりも遥かに下の位置にランク付けされる行為ですね。まったく、何故、この私がそんなあまりに無意味なことをしてしまったのか、不思議でしょうがありませんね。まあ、一時の気の迷いだったのでしょう。というわけですので、私がこんな事を言うからと言って、私があなたに気があるなんて非現実的で馬鹿げた事を邪推したりしないでくださいね。それでは、話を元に戻しましょうか。そういうわけでですね、ほんの暇潰しに、あなたが声を掛けていた女性達の傾向を見て考えた結果なんですけど、さっきから見ている限り、あなたが声を掛けていた女性には、共通点も一定の法則も全く見出す事が出来ませんでした。あ、すみません。私としたことが一つだけ忘れていました。あなたが声を掛けていた女性達の唯一の共通点ですが、それは『普通よりも見た目が可愛い、または綺麗な女性』でした。ええ、それはもう、少なくとも見た目だけは魅力的な女性ばかりでしたよ。同じ女である私が言うんですから間違いありません。それでですね、この結果が、一体、何を意味するのか分かりますか? 分かりませんよね? ええ、分からないでしょうとも。あなたのような人では、一生考えたって分かりっこないでしょうから。言っておきますが、別に難しい事ではありませんよ。普通の人なら誰にでも分かる事です。それこそ、小さな子供でも分かることです。でも、あなたには分からないんですよね? ですから、非常に面倒な事ではありますが、仕方なので教えてあげまょう。ナンパをする際に、声を掛ける女性に綺麗だという以外の法則が無い。それはつまり、あなたには女性に対してのこだわりが無いということです。まだ、分かりませんか? では、もっと分かり易く教えてあげましょう。ようするにですね、あなたは可愛ければ誰でも良いんですよ。見た目が可愛ければ、あとはどんなに性格が悪かろうが、家事能力が無かろうが、可愛ければそれで良し、ということです。まったく、女性を見た目だけで判断するなんて、最低極まりないてせすね。そんなことですから、声を掛ける全ての女性に相手にされないんですよ。だいたい、あなたは、何故、先程からナンパが一向に成功しないのか、その理由が分かっているんですか? 分かっていないんでしょうね。もし分かっているならば、そんな無駄な事はしないでしょうからね。まったく、哀れな事です。でも、同情は一切しませんけどね。でも、いつまでもこんなところでナンパを続けられては道行く人達に迷惑ですから、この際、私がハッキリと引導を渡して、自分がいかに無駄な努力をしているのか、ということをしっかりと分からせてあげましょう。誰にでも、それこそあなたのような人にでも分かるように丁寧に教えてあげますから、それを理解したら、サッサとここから消えてくださいね。あなたみたいな人がいるだけで、私達女性には不愉快なんですから。それでは、何故、女性達が皆、あなたの相手をしようとしないのか、教えてあげましょう。あなたは、私達を何だと思ってているんです? まさか、私達が何も見ていないとでも思っているんですか? 言っておきますけど、私達はあなたがたくさんの女性に声を掛けているという事をちゃんと見ているんですよ。ちょっと可愛ければ誰彼構わず声を掛けるような人を私達が相手にするとでも思っているんですか? それとも、もしかして、もしかしてですよ……あなたは、自分がモテるんだと思っているんじゃないですか? 自分がカッコイイとでも思っているんですか? 女性はみんな自分を放っておくわけがないとでも思っているんですか? そんなことは勘違いも甚だしいですよ。でも、多分、あたなは自分のことをそう思っているんでしょうね。何故,私がそう言い切れるのか、理由を教えてあげましょうか? さっき、私が『ずっとあなたのことを見ていたんです』と言った時、あなた、一瞬、嬉しそうな顔をしましたね? どうせ、わたしが自分に惹かれて見つめていたんだ、とでも勘違いしたのでしょうね。そんな勘違いをされないように『友達をただ待っているもの暇だったので』と前もって注意しておいたにも関わらず、ですね。まったく、人の話はちゃんと聞いておいて欲しいものです。そうやって、自分を過大評価して、自分の都合の良い方向に物事を考えていたら、すぐに身を滅ぼしますよ。まあ、確かに、あなたはカッコイイと思いますよ。あ、勘違いしないでくださいね。これはあくまで世間一般の意見であり、私はあなたみたいな人はハッキリ言って趣味じゃありませんから。ただ、世間一般では、見た目だけなら標準以上なのは確かだと思いますよ。多分、黙って立っていれば、私の知り合いの男性よりも高い評価を受けると思います。まあ、私個人の意見としては、その知り合いの男性……相沢さんっていうんですけど、その相沢さんの方があなたなんかよりもずっと素敵だと……って、私ったら何を言っているんでしょう。(ポッ☆)今、言った事は誰にも言わないでくださいね。えっと、何処まで話したのでしたっけ? そうそう、あなたが世間一般では見た目だけなら標準以上だというところまででしたね。そういうわけですので、あなたはもっと自分の内面を見つめなおした方が良いと思いますよ。これは親切で言ってあげているんですからね。例えば、そうですね、相沢さんを例に上げてみましょう。相沢さんという人はとても変わり者で、強引で、すくに人をからかって……とまあ、どちらかと言うと欠点の方が多い人なんですけど、何故か一緒にいると安心できて、いざという時には頼りになって、気が付くといつも何かを期待してしまう、そんな人なんです。例えばですね、以前、こんな事が……」























「美汐ーっ! 美汐ーっ!」

「あ、真琴ですか? どうしたんです? 随分、遅かったみたいですけど?」

「あぅ〜……ごめんなさい。実はね、祐一がね……」

「はいはい。遅れた理由は肉まんでも食べながら聞きますから、早く行きましょう」

「う、うん……ねえ、ところでさ、美汐?」

「……何です?」

「…………コレ、何? なんか真っ白になってるけど」

「コレですか……気にしなくて良いですよ。ただのゴミですから」

「ゴミなの? こんなところにゴミを捨てたらダメだよ」

「そうですね。真琴は偉いわね。でも、このままで大丈夫ですよ。
明日は生ゴミの日ですから、業者の人が持っていってくれますから」

「あぅ〜、そうなんだ。じゃあ、早く行こっ!
今度こそ、祐一をギャフンと言わせてやるんだからーっ!」

「はいはい……頑張りましょうね」
















 しばらくして――

 唐突に意識を取り戻した俺は、
自分の身に何があったのか、ハッキリと覚えていなかった。

 確か、人通りの多い駅前でナンパをしていて……、
 でも、いつの間にか、俺の周りには誰もいなくて……、

 ただ覚えていたことは……、

 ……北国の風は、とても冷たかった、ということだけだった。








<天野 美汐編 おわり>
















 ――さあ、この後、どうする?


まだまだぁ! この程度では諦めんっ!!
ダメだ……もう立ち直れない。



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