<E.沢渡 真琴の場合>





「ちくしょう……夕日が目に染みやがるぜ」

 夕方――

 街を一望に見渡せる丘の上に立ち、
俺は西の空へと沈んでいく夕日を、ただジッと見つめていた。

 もう五月だというのに、いまだ降り積もった雪で白く染まっている街――
 今日、この俺に、さんざん苦汁を飲ませてくれやがった街――

 ……その白い街が、夕日の赤で染まっていく。

 その光景を見つめながら、俺は止めど無く涙を流していた。

 い、言っておくが、今日一日、散々フラレ続けて、それで悲しくて泣いてるわけじゃないぞ。
 これは、夕日の光が眩しくて、涙が出ているだけだ。

 ――よえするに、青春の汗ってやつだな。

 うん、そうだ……そうに決まっているっ!
 このナイスガイな俺様が、女にフラレたくらいで泣くわけないじゃないかっ!








 うううう……どちくしょう。(泣)
 何で、誰も俺を相手にしようともしないんだよう……、








 だいたい、この街の女達は、皆、男の趣味が悪いぞっ!
 いや、それとも美的センスが欠片も無いのか?

 こんなイイ男が、わざわざこっちから歩み寄っているというのに、それを無視するなんて……、
 まったく、自信過剰もたいがいにしろってんだっ!(作者談 自信過剰はお前の方だ)

 ……まあ、そんな事を言っても仕方が無いか。

 この街の女達は、皆、自分の趣味の悪さに気付いていないんだから、
俺がどんなにイイ男でも、そればっかりはどうしようもないもんな。

 ここは、ナンパ場所に、こんな街を選んでしまった自分が悪かったのだと、
潔く納得してやることにしよう。

 ああ……、
 俺って何て寛大なんだろう。

 やっぱり、イイ男ってのは懐が深くなくっちゃなっ!

 さて、そうと決まれば、こんな街に長居は無用だ。
 今日のところはホテルに戻って、明日になったら、サッサと出ていくことにしよう。

 と、俺が眼下に広がる街並みに背を向けると……、





「あう〜」

「…………へ?」





 俺の目の前に、見知らぬ女の子がいた。

 少しクセのある栗色の長い髪――
 その髪を二つに結ぶ赤いリボン――
 活動的なデニムのジャンパーとミニスカート――

 何と言うか、ちょっと幼い感じはするものの、なかなか可愛い子だ。

 こんな所に見知らぬ人が、つまり、この俺がいる事に、彼女は疑問を抱いているようだ。
 その大きな瞳を、さらに大きく見開いて、彼女はポカンとした顔をしている。

 それはこっちだって同じだった。
 俺もまた、彼女の存在を不思議に思う。

 何故、こんな人気の無い場所に、こんな可愛い子がいるんだ?
 しかも、こんな遅い時間に……、

 と、俺がそんな事を考えていると、彼女は唐突に話し掛けてきた。

「なによ……あんた、もかして泣いてたの?」

「――え?」

 彼女の言葉に、俺はハッと自分の頬に手をやる。

 あ……、
 さっきまでの涙の後が残ってるし……、

 うぬぬ……なんてこったい!
 俺としたことが、女の子の前でこんな醜態を晒してしまうとはっ!

 と、取り敢えず適当に誤魔化さなくては……、

「こ、これは泣いてたんじゃない! 青春の汗だっ!」

「せいしゅんのあせ? あう〜……」

 拳を握り締めて力説する俺を前に、彼女は何故か涙目になって俯いてしまう。

 もしかして、青春の汗の意味が分からなかった、とか?

 いやいや、そんな事はないだろう。
 きっと、俺の言葉に感動して涙しているのだ。

 ふっ……、
 たったひと言ふた言で、女の子を感動させてしまうとは、俺も罪な男だぜ。

 うむ……そうだな、
 ここで出会ったのも、もしかしたら運命というものなのかもしれん。
 いや、間違い無く、これは運命だろう。

 少し幼い気もするが、ここはこの子を俺の恋人候補に加える為に、
お近付きになっておくべきだな。

 ってゆーか、多分、彼女はそれを望んでこんな場所にやって来たに決まっている。
 うむ……そう考えると、自然全ての辻褄が合うな。

 というわけで……、

「あのさ……キミ、今は暇かな?」

「え? まあ、暇と言えば暇だけど……」

 突然、話を切り出した俺に、彼女はちょっと戸惑う素振りを見せる。

 そして、彼女は持っていた紙袋の中から肉まんを一つ取り出し、
それを一口食べ、少し考えてから頷いた。

「そうかそうか。じゃあ、ちょっと俺とお話でもしないかい?」

「んー? まあ、黙って肉まん食べててもつまらないし……別に良いよ」

 そう言うと、彼女は生い茂る草の上に腰を下ろす。
 そして、足を伸ばして、その上に肉まんの入った紙袋を置いた。

 彼女に続き、俺もその隣に腰を下ろす。
 もちろん、馴れ馴れしいと思われないように少し離れて、
でも、手を伸ばせばいつでも彼女の肩を抱ける、という微妙な距離を開けてだ。

「さてと……じゃあ、何から話そうかな?」
















「……とまあ、そんな最低な男達が世の中にはいるわけだ」

「ふ〜ん……よく分かんないけど、ヒドイ奴がいるんだね」

 彼女の名前は『沢渡 真琴』というらしかった。

 うーむ……、
 藤井の野郎と同じ名前なのに、女の子の名前だと思うと全然響きが違うな。

 まあ、それはともかく……、

 取り敢えず、お互いに自己紹介を済ませると、
真琴ちゃんは俺に肉まんを一つ差し出してくれた。

 それをありがたく受け取ると、俺は肉まんを食べながら、色々なことを、とりとめもなく話した。

 だが、次第に、その話題は、藤田や藤井達への恨み事へと変わっていく。
 どうしても、そこに行き着いてしまうのは、それだけ奴らへの恨みが大きいからだろう。

 でも、だからと言って、こんな話は、女の子と一緒にいる時にする話じゃない。

 その事に気付いたのは、肉まんを食べ終えた真琴ちゃんが、
俺の話に退屈そうな相槌を打っているのを見た時だった。

 うむむむ……なんてこった!
 この子に愚痴なんかこぼしたって意味無いじゃないかっ!

 しまったな……俺らしくない失態だ。
 肝心な場面で、こんなヘマを……、

 ああ、でも……、
 俺自身、実は相当まいっていたのかもしれない。

 藤田や藤井に愛する女の子達を奪われ……、
 趣味の悪い女達にさんざん弄ばれ……、

 ……俺の心は、知らない間に深く傷付いてしまっていたのかもしれない。

 だから、真琴ちゃんから貰った肉まんの暖かさが、まるで彼女の心のようで……、
 そのぬくもりに、冷たく凍っていた俺の心は溶かされて……、

 それで、ついつい彼女に甘えしまったのかもしれない。

「……悪い。こんな話、つまらなかったよね」

 取り敢えず、素直に謝ることにする。
 俺にどんな事情があろうと、真琴ちゃんに退屈な思いをさせてしまったのは確かだからな。

「うん。すっごくつまらなかった。だから、今度はあたしの話に付き合ってよね?
あたしも今、とっても愚痴りたい気分だから」

「ああ、いいよ。いくらでも付き合うよ」

 俺は真琴ちゃんの言葉にすぐに頷く。
 それで彼女の気が済むなら、安いモンだからな。

 それに、その愚痴を聞いてるうちに、名誉挽回のチャンスも得られるかもしれないし……、

 と、俺が内心つぶやいている中、
真琴ちゃんは頬を可愛く膨らませつつ、話を始めた……、








「あのね……実はね、あたしの知り合いに祐一っていうのがいるんだけど……」








 なぬっ!! 祐一っ!?
 その名前には聞き覚えがあるぞっ!?

 確か、昼間にナンパした女の子達の何人かがその名前を口にしていたような……、

 ……もしかして、同一人物か?!








「そいつがねっ! それはもう、すっごくイジワルな奴なの!」








 むむむっ!!
 こんな可愛い子をイジメるとは、なんて奴だっ!!

 だが、これは名誉挽回のネタになるかもしれないな。
 よしよし……ならば、この俺様がそいつをやっつけてやろうではないかっ!








「この間なんかね、あたしの口に無理矢理コンニャク突っ込んできたり、
あたしがお風呂に入ってる時に、いきなり入って来たりしたんだよっ!」









 な、ななな、なんとっ!!
 コンニャク云々はともかく、女性が風呂に入っている時に乱入するなど、
なんて羨ま……いや、なんていやらしい奴だ。

 これはもう、同じ男として制裁を与える必要があるなっ!








「それにね、あたしが漫画を読んでると、
『食っちゃ寝ばかりしてないで少しは働けっ!』って怒るし……」









 ぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!
 なるほどっ! 彼女を働かせて、自分は楽をしようという魂胆かっ!!
 いわゆるジゴロというやつだなっ!

 そうかっ!! 分かったぞ、真琴ちゃんっ!!
 キミは最初から、これが言いたかったんだなっ!!

 気付くのが遅くなってゴメンよ……、
 キミは、俺に助けを求めていたんだなっ!

 よしっ!! 後は、この俺様に全部任せなさいっ!

 俺が、そんな男の風上にも置けない最低な奴から、キミを救ってあげようっ!!
 だから、安心して、この胸に飛び込んで……、








「でもね……」








 ……ん?
 でも……?








「……あたしね、その時、何となく分かったの。
それはね、祐一はあたしのことを想って言ってくれてるんだって」









 変だな? 何か……おかしいぞ?
 真琴ちゃんの表情が、急に穏やかになって……、








「だからね……あたし、保育園でバイトすることにしたの。
そしたらね、祐一ね……あたしのこと『よしよし。えらいえらい』って誉めてくれたの♪」(ポッ☆)









 あの〜……真琴ちゃん?
 何で、いきなり頬を赤らめたりしてるかな?

 何か、話の方向性が180度ズレてきているような……、








「それでね、それでね♪ 祐一がね、ご褒美に肉まん買ってくれてね……♪」








 …………あれ?








「あとね、その帰りに二人でプリクラ撮ってぇ〜……♪」








 これって……、








「その時にね♪ 祐一ったらね……♪」








 もしかして……、








「あう〜♪ これ以上は、恥ずかしくて言えないよぉ〜♪」(ポッ☆)
















 ……俺、惚気られてる?(汗)
















「それにね、良く考えたら、男の子って好きな女の子についイジワルしちゃうものなんだよね?
ということは〜、祐一はあたしをことを……あう〜♪」(ポッ☆)



「真琴が本読んでってお願いすると、嫌そうな顔してもちゃんと読んでくれるし〜♪
その時、後ろから抱っこしてもらえてぇ〜……祐一って、とってもあったかいんだよ♪」



「お風呂の時だって、いきなり入って来たりしたから驚いて怒鳴っちゃったけど、
ちゃんと前もって言ってくれれば、あたしは別に……」(ポポッ☆)



「あとね、祐一ったらね♪ あたしと一緒に寝ると、最初は背中向けてるクセに、
あたしが起きると、いつの間にか、あたしのことギュッて抱きしめててね……♪」



「あう〜……ゆういち〜♪」
















 それから、延々と……、
 西の空に夕日が沈み、周囲が暗くなるまで、俺は惚気話を聞かされ続けた。

 独り身にはあまりに酷過ぎるその話の内容に、俺の意識は徐々に磨り減っていく。








 そして、次に気が付いた時には、真琴ちゃんの姿は何処にも無く、
ただ真っ白になった俺だけが、その場に取り残されていたのだった。








 うう……、
 北国の夜風は身に染みるぜ……、(泣)








<沢渡 真琴編 おわり>
















 ――さあ、この後、どうする?


まだまだぁ! この程度では諦めんっ!!
ダメだ……もう立ち直れない。



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