<C.美坂 栞の場合>
「そういう事いう人嫌いですっ!」
「――ん?」
我が恋人となるに相応しい女の子を探して、商店街を歩く俺。
その途中、数人の女の子に声を掛けたのだが、
どいういわけか、まったく相手にされず、結局、未だナンパは成功していない。
う〜む……、
もしかして、今日は日が悪いかな?
丸半日、商店街を歩き回り――
女の子に無視され続け――
時計の針が三時を回ったあたりで、今日のところは退散しようと、
俺は、拠点としているホテルへと足を向けた。
と、その時……、
何処からか聞こえてきたのが、冒頭のセリフである。
「何だ何だ?」
その声が妙に気になった俺は、声が聞こえてきた方へと向かう。
正直なところ、面倒な事に首を突っ込むのは気が引けるのだが、
俺の中にあるセンサーがびんびんに反応しているのだ。
この声の主は美少女だ、と――
ふっふっふっふっ……、
何があったのかは知らないが、あわよくば……、
と、不適な笑みを浮かべつつ、現場の間近へと到着した俺は、
隠れるのに最適な位置にある電柱に身を潜め、様子を伺う。
――そして、俺は見た。
雪のように白くて艶のある肌――
思わず守って上げたくなるような愛らしい顔立ち――
抱き締めたら折れてしまいそうな小柄で華奢な体つき――
そこにいたのは……、
……見紛うことなき、美少女だった。
「もうっ! 祐一さんなんて知りません! 約束を破る人なんて嫌いです!」
「お、おいっ! 栞……」
どうやら、彼女は、目の前にいる『祐一』という男と口喧嘩でもしていたらしい。
……一体、どんな理由で喧嘩なんかしていたのだろう?
気になった俺は、二人の会話を聞こうと、耳を澄ませる。
だが、その男に『栞』と呼ばれた彼女は、ちょうど言いたい事を全て言い終えてしまっていたようで、
男に責めるような視線を向けた後、プイッとそっぽを向き、そのまま立ち去ってしまった。
「…………」
スタスタと立ち去るその足取りからも、栞ちゃんの不機嫌な様子が良く分かる。
そんな栞ちゃんの後姿を、男は困ったようにポリポリと頭を掻きながら、
ただ見送ることしか出来ないようだった。
やれやれ……、
あの男は、一体、何をやっているんだか……、
あんな可愛い子を怒らせたりして、
しかも『嫌い』だなんて、ハッキリと言われるまでに嫌われちまうなんて……、
まあ、あの子は、怒った顔も可愛かったからな。
だから、ついついからかって怒らせるような真似をしちまったのかもしれないが、
それで嫌われてたら本末転倒ってやつだ。
まったく、馬鹿な男である。
せっかく、あんな可愛い子と親しい仲だ、っていうのに……、
……おっと、そんなフラれ男の事なんか、どうでも良いんだよっ!
今は、一刻も早く、栞ちゃんの後を追わねばっ!
と、俺は踵を返し、別ルートで栞ちゃんが向かった先へと先回りをする為、走り出す。
分かれたばかりの女の子はガードが緩いって言うからなっ!
ふはははははははっ!!
このチャンス……存分に利用させてもらうぜっ!
「やあやあ、何やら随分とご機嫌斜めのようだね?」
「――はい?」
突然、後ろから呼び掛けられ驚いたのだろう。
栞ちゃんは、ちょっと目を見開いて、
自分を呼び止めた人物、即ち、俺の方を振り向いた。
「……どうして、そんな事が分かるんです?」
「そりゃあ、眉間にシワを寄せて歩いていれば、誰にだって分かるよ。
さしずめ、彼氏と喧嘩別れでもして来たばかり、って、ところかな?」
「――っ!!」
初対面の人間に、いきなり自分の心理状態を言い当てられ、
栞ちゃんは、驚きを隠せない様子だ。
そして……、
「……そんな、祐一さんが彼氏だなんて」(ポッ☆)
……よく聞こえなかったが、何やら小声でブツブツと呟き、白い頬を朱に染める。
ふっふっふっふっ……、
突然、現れた、このナイスガイを見て、照れてるんだな。
と、そんな栞ちゃんの反応を見て、自分の魅力が生み出した結果に酔いしれつつ、
俺は内心でほくそ笑んだ。
よしよし……、
取り敢えず、第一次接触は成功だ。
理由は何であれ、まずは相手に興味を抱かせないといけないからな。
まあ、今回の場合、興味どころか、気味悪がられる危険性もあるのだが……、
それはともかく……、
栞ちゃんが、こちらに興味を持っている間に、話を進めよう。
「あのさ……」
「は、はい……何ですか?」
「もし良かったら、俺に話してみなよ。愚痴くらいなら、いくらでも聞いて上げるからさ」
「は、はあ……」
俺の誘いに、少し戸惑う栞ちゃん。
まあ、無理もないだろう。
なにせ、お互いに初対面だからな。
でも、今までのように即答で断られる事はなさそうだ。
栞ちゃんは口元に指を当てて、どうしようか迷っている。
ふっ……、
わかる……わかるぞ……、
栞ちゃんの想いが、手に取るようにわかる。
今、きっと、彼女の中では……、
初対面の男を警戒する気持ちと――
目の前にいるカッコイイ男性と、もっと話をしたい、という気持ちと――
……この二つの想いが、攻めぎ合っているに違いない。
いやはや、まったく……、
こんなにも女の子を悩ませてしまうとは、俺も罪な男だな。
でも、栞ちゃん……、
何も、そんなに悩む必要は無いだろう?
キミが出す答えは、もう決まっているのだから……、
と、内心、苦笑しつつ、俺は栞ちゃんの答えを待つ。
そして……、
「あの、実は……」
俺の予想通り、栞ちゃんは後者を選んだようだ。
目を伏せ……、
羽織っているストールの端を、その可愛い小さな手でキュッと掴み……、
……栞ちゃんは、相沢との喧嘩の理由を、訥々と話し始めた。
で……、
栞ちゃんの話の内容を要約すると、こうだ。
どうやら、栞ちゃんは、今日、あの『相沢 祐一』という男の奢りで、
アイス屋巡りをする約束をしていたらしい。
だが、とある理由から、相沢は、その約束を守ることが出来なくなってしまった。
その理由というのは、至って簡単。
単に金が無いだけ、である。
その話を聞いて、俺は……、
アイスすら買うことも出来ないとは、なんて貧しい奴――
……と、思ったのだが、相沢の金欠には、これまた理由があるという。
なんでも、相沢は、どういうわけか、栞ちゃん以外の女性にも、
色々と奢ったりしている事が多いらしい。
たい焼きだったり、イチゴサンデーだったり、肉まんだったり、牛丼だったり……、
で、ここ最近、そういう事が特に多かったようで、
その結果、栞ちゃんとの約束を果たそうにも、金が無くて出来なかった、というわけだ。
「――とまあ、こういうわけなんです」
「な、なるほどね……」(汗)
取り敢えず、立ち話を続けるのもアレなので、
俺達は商店街の近くにある公園へとやって来ていた。
で、そこにあるベンチに腰掛け、俺は栞ちゃんの話を聞き終えたのだが……、
う〜む……、
それで相沢を怒るのは、ちょっと可哀想なんじゃないか?
……と、ジト汗を浮かべつつ、俺は思う。
ほとんど毎日のように、誰かに何かを奢っている相沢。
自分が望んだ形にせよ、望まぬ形にせよ、
日に日に財布の中身が減っていくというのは、悩みのタネであろう。
まあ、栞ちゃんの話を聞く限りでは、
相沢本人は、相手の喜ぶ姿を見て、それを楽しんでいるようだが……、
それでも、限られた貴重な小遣いである。
自分の個人的な事に使いたい時だってあるはずだ。
だが、そうなると、どうしても、相手のお願いを断らなければならなくなったり、
今回の件のように、約束を破る羽目になってしまう。
もしかしたら……、
相沢の小遣いは、全て奢り代で消えているのかもしれない。
……そう考えると、相沢に少し同情してしまう。
まあ、その奢らされている相手が、
全て可愛い女の子ばかり、というのが、何やら許せないところではあるがな……、
……だって、そうだろう?
多分、彼女達が相沢に奢って貰っているのは、別にたかっているわけではなく、
相沢への好意の現れなのだろうから……、
ぬう〜……、
しかし、そんなにたくさんの女性に好意を寄せられているのは……、
やっぱり、同情の余地なんて無かったかな?
っと、それはともかく……、
「あのさ、栞ちゃん……」
「――はい?」
俺は、栞ちゃんのの間違いを指摘しようと、物思いから我に返り、彼女に向き直った。
「何ですか?」(にっこり)
「うっ……」(汗)
ひとしきり愚痴ってスッキリしたのだろう。
隣に座る栞ちゃんは、俺にとても良い笑顔を見せてくれた。
そんな栞ちゃんの笑顔に、一瞬、決心を鈍らす俺。
だが、これも栞ちゃんの為だ、と、自分に言い聞かせ、
俺は、今、思った事を、そのまま栞ちゃんに伝えた。
おそらく……、
いや、間違いなく……、
そうしなければ……、
いつか、栞ちゃんは後悔する事になるだろうから……、
こんなつまらない理由で……、
いつまでも好きな奴と喧嘩してるなんて……、
……なんだか、寂しいだろ?
「……俺が何を言いたいか、分かってくれたかな?」
「…………」
俺の言葉に、黙ったまま、神妙に頷く栞ちゃん。
「まあ、ようするに、だ……、
奢られてばかりじゃなくて、少しは相手の懐具合も考えてやれ、って事だな」
「…………はい」
「それに、たまには妥協してやるところを見せてやれば、
他のライバル達に、ちょっとは差がつけられるかもしれないぜ」
「そ、そうですね……」(ポッ☆)
と、冗談半分で言った俺の言葉を真に受けたのか、栞ちゃんは頬を赤く染める。
多分、自分は、他の子達と比べ、かなり不利な立場にいると思っていたんだろうな。
だからこそ、アイスを奢ってもらうという、自分と相沢の接点に、やたらと拘っていたのだろう。
その拘りがもたらした結果が……今回の一件だ。
その為、彼女は、もう少しで、くだらない理由で喧嘩を続けてしまうところだった。
最悪、そのまま喧嘩別れしてしまうところだった。
だが……、
これからは、もう、そんな事にはならないだろう。
何故なら……、
「分かったんなら、サッサと行けよ。ほら、お迎えが来たみたいだぜ?」
「――えっ?」
と、俺が指差した方向に視線を向ける栞ちゃん。
そこには、息を切らせてこちらに……、
栞ちゃんに向かって走って来る、相沢の姿があった。
「ゆ、祐一さんっ!?」
その姿を見て、栞ちゃんは大声を上げて立ち上がる。
「ほら、早く謝ってこいよ……で、、もうつまらない理由で喧嘩なんかするんじゃないぞ」
「は、はいっ!!」
俺の言葉に力強く頷き、栞ちゃんは、トテトテと相沢へと駆け寄って行く。
そして……、
ここからでは聞こえないが、二人は何やら言葉を交わし……、
はっはっはっはっ!
二人で頭を下げ合ってる姿ってのは、なんだか微笑ましいものがあるな。
それから、お互いの謝罪が終わったところで、
相沢は、照れくさそうにそっぽを向きながら、何かを言う。
多分、相沢は、栞ちゃんとの約束を果たす為に、どうにかして、金を工面してきたのだろう。
まあ、妥当なところで……、
親に頭を下げて、小遣いを前借りしてきた、ってところか。
……相沢は、その事を、栞ちゃんに伝えたのだ。
それを聞いて、ぱあっと表情を輝かせる栞ちゃん。
そんな栞ちゃんを見て、相沢は恥ずかしそうに頬を赤くして苦笑すると、
彼女の頭をポンポンと叩いて、歩き始める。
それを慌てて追い駆ける栞ちゃん。
だが、途中で立ち止まると、こちらを振り返り、ペコリと頭を下げた。
まったく、律儀な子だな……、
いいから、早く行けっての。
置いてかれちまっても知らねいぞ。
と、俺は片手を軽く振ってそう応えると、もう一度、相沢を指差す。
それに栞ちゃんは頷き、今度こそ、相沢を追って、駆けて行った。
仲睦まじく肩を並べ――
楽しそうに微笑み合いながら――
もう、二度と振り返ることもなく、相沢と一緒に去って行く栞ちゃん。
そんな二人を……、
その姿が見えなくなるまで……、
俺は、あたたかい気持ちで見送った。
「やれやれ……まったく、世話がやける奴らだぜ」
と、二人を見送った後、俺は軽く溜息をつき、ベンチにもたれる。
そして、なんとも清々しい気分で、空を見上げた。
人の悩みを聞いたり……、
愚痴を聞いてやったり……、
……慣れないことをしたせいか、少し疲れたな。
でも……、
なんだか気持ちの良い疲労感だ。
例えるならば、勝ち負けはともかく、
バスケの試合で全力でプレイが出来た後のような感じだな。
まあ、なんだ……、
ようするに、良いことをした後は気分が良い、ってやつかな?
「さて、と……そろそろ帰るか」
と、上機嫌な俺は、ヒョイッと軽快に立ち上がる。
そして、自分の宿泊しているホテルへと……、
……って、ちょっと待て。
何か……、
大事なことを……、
忘れて……、
…………。
――ああっ!!
「何やってんだ
俺はぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
本来の目的を思い出し、絶叫する俺。
おいおいおいおい……、
本当に、何やってんだよ、俺は……、
当初の予定では、あの相沢って男と栞ちゃんを仲違いさせて、
その隙に栞ちゃんをゲットするって事だったじゃねーか。
それなのに……、
仲違いさせるどころか、仲直りさせちまうなんて……、
俺って……もしかして、バカ?
「あ、あははははははは……」(壊)
自分のあまりの馬鹿さ加減に、
俺はその場に呆然と立ち尽くし、乾いた笑い声を上げる。
そんな俺に、北国の風は……、
……やっぱり冷たかった。(泣)
――おまけ
「さて、と……栞、まずは何処に行くんだ?」
「そうですね……取り敢えず、商店街でも歩きませんか?」
「……今日はアイス屋巡りするんじゃなかったのか?」
「良いんです。祐一さんには、いつも奢って貰ってばかりですから……、
何でしたら、今日は私が奢りましょうか?」
「あのな……それじゃあ、俺が秋子さんに頭下げてきた意味が……」
「祐一さん……私、別にアイスなんか奢って貰わなくても良いんです。
ただ、こうして、祐一さんと一緒にいられるだけで……」
「栞……」
「祐一さん……」
「…………」
「…………」
「あ〜っ♪ 祐一〜♪」
「きゃあっ!!」
「うおっ!! な、名雪かっ!?」
「どうしたの? 二人して、そんなに驚いて」
「な、何でもないぞっ! と、ところで、お前こそどうしたんだ?
今日は部活だったんじゃないのか?」
「うん♪ 今日は午前中だけだったんだよ〜♪
だから、今から一緒にイチゴサンデー食べに行こうよ♪」
「だからって……お前、それは理由になってないぞ」
「そうですっ! 今日は、祐一さんは私と約束してるんですっ!
それに、名雪さんは、いつも祐一さんに奢って貰ってるじゃないですかっ!
少しは祐一さんの懐具合も考えて上げてくださいっ!」
「う〜、祐一が今月ピンチなのは、ちゃんと分かってるもん。
だから、今日はわたしが祐一の分もお金出すよ♪」
「名雪、お前……」
「そうねぇ〜……なんだかんだで、相沢君には色々とお世話になってるものね。
そのお礼も兼ねて、って、ところからしね?」
「お、お姉ちゃんっ!?」
「あう〜……肉まん、最後の一個だけど、祐一に上げる」
「相沢さん……懐が寂しいのなら、遠慮無く言ってくださって良いんですよ。
内助の功という言葉もあるんですから」
「あははー、その言葉は聞き捨てなりませんね〜」
「『内助の功』……夫が外で充分な働きが出来るように、
妻が家庭内で夫を助け協力すること。または、その功績」
「うおっ!! 真琴に天野?! それに舞や佐祐里さんまでっ!!」
「じゃ、じゃあ……ボクも、たい焼き……」
「あゆ……また食い逃げして来たやつじゃないだろうな?」
「うぐぅ……今日はちゃんとお金払ったもん」
「さあさあ♪ そんなことは、この際どうでも良いですよ♪
せっかく、こうして集まったわけですし、今日は皆さんで祐一さんに接待しましょうね〜♪」
「……はちみつくまさん」
「うぐぅ〜……そんな事って……」
「ま、たまにはこういうのも良いわよね」
「食事だけではなく、どうせですから夜の接待の方も……」(ポッ☆)
「あう〜……待ってよ〜」
「祐一〜♪ 早く行くお〜♪」
「だああああああーーーーーっ!! おいっ!! ちょっと待てっ!!
気持ちは嬉しいが、俺の話を聞けぇぇぇぇぇーーーーっ!!
ずりずりずりずり……
「…………」
「えぅ〜……今日、祐一さんとデートするのは私だったのに〜」(泣)
「サッサと相沢君を連れて行かなかったあなたが悪いのよ」
「そういう事いう人、嫌いですーーーーーーーっ!!」(大泣)
――ちゃんちゃん♪
<美坂 栞編 おわり>
――さあ、この後、どうする?