<B.月宮 あゆの場合>
俺は商店街へとやってきた。
ナンパするには、やはり人のいる所に行かなきゃいけないしな。
幸いにもこの商店街は近くの高校の通学路上にある。
と、すれば……だ。
学校帰りの娘に声をかけるには最適のポイントと言うわけだ。
それにしても……
流石、陸奥(みちのく)の地と言うべきか。
暦の上では夏も間近い5月も半ばだと言うのに、
上着を手放せないこの肌寒さは堪らない。
早いこと、ナンパを成功させて温かいお茶でも……、
そして、暖房の聞いた部屋で汗をかきあい躯を温めたいものだ。
そんなことを考えながら、ウィンドウショッピングを装いつつ、
自慢じゃないが動静何れにも抜群の性能を発揮する、
マークワン・アイボール・センサー(要するに対の目玉の事だ)を、
フルに稼動させてターゲット(笑)を物色する。
しかし……、
流石は陸奥だな。
センサーに引っかかるどの娘も肌の肌理は素晴らしいし、
何より東京のように変にすれた奴がいない。
ましてや山姥などこの当たりでは見つける方が難しいかも。
そんなことを考えながら、15分も歩いただろうか。
あれは……、
肩まで伸びた、ソバージュの掛ったややブラウンの入った黒髪。
ややつり目っぽい、勝ち気そうな瞳。
バランスの良いプロポーション。
いかにも、強気な女と言った感じだが、いいじゃないか。
ああいうタイプほど、従順になれば可愛いもんだと、昔から決まっているし。
神岸さんのようなちょっとどこかボケたところのある娘もいいが、
じゃじゃ馬慣らしも楽しいってもんだ。
そう、きっとこんな具合に……、
・
・
・
・
・
・
…………おっと、いけない。
今までだって、いざと言うところで妄想に浸って失敗したんじゃないか。
俺みたいなイイ男は、過ちは何度も繰り返さないもんだ。(自分で言うか??:作者談)
お楽しみは、これからたっぷり生で味わえばいいってもんだ。
よし、それでは早速……、
「やあ、ちょっといいか……」
「うぐぅ、どいてぇ〜〜〜〜〜」
ああいう勝ち気そうなタイプには軟弱な声のかけ方じゃ駄目だ。
ここは一番、さわやかに……などと思いつつかけた俺の声は、
横合いから聞こえた何者かの大声によって、掻き消されてしまった。
だ、誰だ!! 俺の神聖にして犯すべからざるべき労働(核爆)を邪魔しようとする奴は!!
そう思いながら、声のした方を忌々しげに振り向こうとして……、
その行為は未遂に終わってしまった。
なぜなら、俺が上体を巡らそうとするのと殆ど同時に、
俺の脇腹目掛けて何か黒い固まりが凄まじい速度で激突し、
俺は空中高く放り上げられてしまったのだから。
…………ああ、故意に相手選手を突き飛ばすのは反則行為だぜ…………
脈絡もなく、そんなことを考えながら宙を舞いながら、
俺は別のことも考えていたりした。
…………そう言えば、藤田の野郎もよく雛山さんや宮内さんに体当たりを食らっていたっけ……、
そうか、これが運命の出逢いってやつかも知れんな…………、
そんなことを考えながら、俺は……、
上昇の頂点に達し、重力の法則に従って……、
顔面から地表へと帰還した……、
…………い、痛いぞ畜生…………
着陸の際に強かに顔面をアスファルトに擦りつけ(その割にはまったく怪我をしてい
ないというのはどういう事だろう?!)た俺は、呻き声を上げながら起き上がろうとした
が、その行為は背中に加わった新たな衝撃によって阻まれてしまった。
「うぐぅ、だからどいてって
いったのに〜〜〜〜〜」
踏み。踏み。踏みっ。
豪快に背中を踏みつけて何者かが俺の上を駆け抜けていく。
「い、痛てぇじゃねぇか、この野郎……」
辛うじてそれだけを喉の奥から絞り出すと、俺は咄嗟に、
目の前に見えた黒い長靴に包まれた足を「むんず」とばかりに掴んだ。
途端に、バランスを崩して「びたーん」と言う豪快な音と共に、
顔面から地面に激突する「何か(笑)」
「うぐぅ、何てことするんだよぉ……」
「それはこっちの台詞だっ!! いきなり体当たりは食らわすわ背中は踏み付けるわ」
「だからどいてっていったじゃないか〜〜」
俺が傷む腰を摩りながら立ち上がると同時に、
強かに打ちつけて真っ赤になった鼻を摩りながら、相手も立ち上がる。
低い身長。
ぺったんな胸。
色気のかけらもないツラ。
羽嬢の飾りのついた黒いリュックサック
要するにガキである。
まぁもっとも、それなりに将来性はありそうだし、青田買いもたまにはいいかもしれない。
そう考えれば、やはりこれは運命の出逢いだ、きっとそうに違いない。
だが……、
そう、今の俺にはやらねばならないことがある!!
そう、まずはさっきのあの強気そうな女を墜とす事だ!!
そう思い直して(だが、体当たり娘の手もさり気なく握ったままで)、
あわてて両目をフル動員して、さっきの女の姿を探す。
いた。
超弩、10メートルほど先のコンビニに入っていくところ……、
ならば、様子を窺いつつ、入り口で鉢合わせを装うのもいいかな、等と考えながら、
そのコンビニに足を進めようとした時だった。
「そんなとこにぼさっと
突っ立ってんじゃないわよ、
どきなさい〜〜〜〜〜〜」
嫌な予感。
そう思って、声のした方を振り向こうとした時。
お約束通り、再び俺の体は高々と中に舞い上がっていた。
「デラックス肉まん、一日限定20個なのに、売り切れたらどうするのよ〜〜〜〜」
「んなもん知るかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
最後の「よ」をドップラー・シフトさせながら、
惣菜屋へと駆け込んでいくGジャン姿の小娘の背をぼんやりと眺めつつ、
…………俺の値打ちって肉まん以下かい……、
いやいや、俺みたいなイイ男の値打ちを理解できるのはやはりイイ女だけなんだな…………、
等と取り留めの無い事を考えながら……、
……再び、顔面から陸奥の大地へと生還した。(笑)
「ね、ねぇ……大丈夫??」
本日2度目の顔面着陸を経験し、ぴくぴくと呻く俺の背をつんつんと突きながら、
何者かが声を掛けてくる。
何者かって??
ああ、そうだ、さっきの体当たり娘だ。
吹っ飛ぶ寸前、握っていた手を放したのだ。
イイ男と言うのは、例えガキと言っても女の子を危険に巻き込んだりはしないものだ。
まして、怪我をさせるなどイイ男の風上にも置けないと言うものさっ。
(じゃあ、さっき足を引っ掴んで転けさせたのはなんなんだ:作者談)
「おう、これ位どうってことないぞ」
イイ男と言うものは、女の子に心配されたら、
例え実態がどうであろうと笑顔を見せるのが鉄則ってもんだ。
俺はすくっと立ち上がると、彼女に向けて白い歯を見せて微笑んでみせる。
なんとなく、今度は視界が赤く染まっているような気がするのは気のせいに違いない。
きっとそうだ、気のせいということにしておこう(笑)
「そ、それはよかったよ、え、え〜〜っと……」
そう言って、何か慌てたように周囲をキョロキョロと見渡す彼女。
そう言えば、さっきは気付かなかったが、何か急ぎの用事でもあるのか、
その足もとは忙しなく足踏みを繰り返している。
やがて、俺の背中ごしに何かを見付けたようで、
「あっ?!」と言う驚いたような表情を一瞬浮かべると、
彼女は急に真顔になって俺に向かい合った。
「え〜っと、さ、さっきは激突しちゃってごめんね。
ボ、ボクちょっと訳ありで急いでるから……」
そう言うと、今度は胸元で大事そうに抱えてる紙袋にちらりと視線を落し、
一瞬哀しげな表情を見せる。
しかし、それも一瞬の事で、意を決したように表情を引き締めると、
俺にその手の紙袋を押し付けて、続けた。
「こ、これはさっきぶつかっちゃったお詫びだから……あ、もうボク行かなきゃ……、
じゃ、じゃあ、ごめんなさい〜〜〜〜」
そう言うと、180度回れ右して、脱兎の如く駆け出す。
その様子を、半ば呆然と見送ってしまった俺だったが……、
…………そうだよな、あまりに衝撃的過ぎる出逢いだから、
きっと彼女も戸惑っちゃったんだよ、うんうん。
どうせこの街には暫くいる事だし、特徴的な娘だから又会えるさ。
うん、ああいう感じの娘に「お兄ちゃん♪」とか呼ばれて、
妹みたいに懐かれるのも悪くはないかもな…………、
などと考えると、思わず頬がにやけそうになってしまい、あわてて表情を引き締める。
そうだよ、そのまえに俺にはさっきの気の強そうな娘を墜とすっていう、
崇高な使命(笑)があるんだし。
取り敢えず、コンビニに目を向けると、さっきの彼女は道路に面した雑誌コーナーで、
何やら雑誌を物色している様子。
何種類かの雑誌をとっかえひっかえ吟味しているところを見ると、まだ暫くは時間があるだろう。
そう思って、俺は押し付けられた紙袋に視線を落す。
それは、ほんわかと暖かく、まるで体当たり娘が去り際に見せた優しさのようだ(笑)。
そんなことを思いつつ紙袋を開くと……、
……中から出てきたのは、ぎっしりと詰まった鯛焼きの山。
やはり、まだまだ色気より食い気のお年頃って事なんだな、うんうん、可愛い奴。
そう思いながら、体当たり娘の愛情(笑)の詰まった鯛焼きを一つ手に取って、徐に口に……、
……運べなかった。
何故って??
何故かは知らんが、鯛焼きを手にした俺の手を、
何者かが「がしっ」とばかりに抑えていたからだ。
やれやれ、いけないぜお嬢ちゃん……、
やっぱり、一人で食べるより二人で食べたいって気持ちは解らなくもないけどな……、
そう思いながら振り向くと、そこにあったのは…………、
「おい兄ちゃん、ちょっといいかいねぇ……」
「ヘ?!」
よく見ると、俺の手を掴んでいるのは毛むくじゃらのごっつい手。
そして、俺の目の前にあったのは……、
角刈り頭に捻り鉢巻き、角張ったサングラスに四角張った顔、
要するに全てが四角で構成された、おっさんの顔がそこにあった。
「え〜っと」
「いやなぁ……前々からおかしいとは思ったんだよ、
あんな可愛らしい嬢ちゃんが何度も何度も無銭飲食なんかやらかすわけはないだろうってなぁ。
……まさかと思っちゃあいたが、こういう事だって訳か」
そう言いながら、何やら頻りにうんうん首肯くおっさん。
どうでもいいが、首を一往復させるたび、
腕にこめる力を1ポンドずつ増加させるのはやめてくれません。
……なんか骨がみしみし言って痛いんですけど……?!
「どういう事情があるかは知らんが、いけねぇよな。
あんちゃんみたいな立派な兄ちゃんがあんな子供に泥棒じみた真似なんかさせちゃあ」
え?ええ??えええ???
泥棒?!……ですか?!
「まぁいいさ、話す時間なら十分あるんだ。
もっとも、てめぇの言い訳なんぞ聞く耳は持たんがなぁ……」
そう言いながら、俺の腕を掴んだままのっしのっしと歩き出すおっさん。
ずるずるずると引き摺られていきながら、
俺が全ての事情を理解するには……まだ暫くが必要であった。
畜生、騙されたぁ〜〜〜〜っ!!
俺の上げた絶叫は、空しく5月の北国の空に吸い込まれていくばかりであった。
その10分後
「あら、相沢君じゃない」
買い物を済ませてコンビニから外に出た美坂香里は、
店の前で偶然見知った顔を見つけた。
「おう、珍しいな、一人か??」
「そう言う相沢君こそ、名雪は一緒じゃないの??」
「ああ、名雪なら今日は部活で遅くなるからな、今日は一人だ」
肩を竦めながら祐一がそう言うと、
香里は口元にふふっと小悪魔的な笑みを浮かべて、祐一の腕に纏わり付く。
「なら丁度いいわ、折角だからお茶でも奢りなさいよ」
「なんで俺が?!」
「ふふ……いいのかなぁ……そんなこと言うと……、
あのこととか、このこととか、名雪にバラしちゃっても」
そう言って、悪戯っぽくウィンクすると、祐一は一瞬ぎょっとしたような表情を見せて、
「わ、解ったよ……有り難く奢らせて戴きます……今月、小遣いピンチなのに……」
そう言うと、半ば香里に引き摺られるようにして百花屋へと消えていったのである。
そのちょっと後
「畜生、何で俺が
こんな事やってんだ〜〜」
商店街にほど近い軽トラ改造の屋台では、
せっせと鯛焼きを焼いては売っている矢島の姿がありましたとさ。
「あいしゃるりた〜〜〜〜〜〜ん」
<月宮 あゆ編 おわり>
作者 うめ☆cyan
――さあ、この後、どうする?