<A.水瀬 名雪の場合>





 さて……、

 ナンパというものは、とにもかくにも、
人通りの多いところに行かなければならない。

 まあ、人通りが少なくても、可愛い女子のさえいれば良いのだが、
あまり人気が無い場所では、さがに警戒されてしまうからな。

 どんなに俺がカッコイイとしても、
所詮は相手とは初対面なのだと言う事を忘れてはいけない。

 だから、可能ならば、周りにある程度は人がいる場所を選んだ方が良い。
 その方が、相手の警戒心も緩くなるというものだ。

 とまあ、そんなこんなな理由で、ナンパを場所を吟味した結果、
俺は今、商店街へとやって来ている。

 この商店街は近くにある高校の生徒達もよく利用するそうだからな。
 きっと可愛い子もたくさん通り掛るに違いない。

 というわけで、俺は商店街へと一歩を足を踏み入れたのだが……、








「……くー」








「…………」

 商店街に入った途端、いきなり妙なものを発見してしまった。

 ……あれって、寝てるんだよな?

 と、その姿を見て、さすがの俺も驚きのあまり言葉を失ってしまう。

 商店街の通りの一角にあるベンチ――

 そこで、彼女……青紫色の長い髪の美少女は、
両目を『ハ』の字にして、それはもうグッスリと眠っていた。

 この街にある高校の、あの特徴のある制服を着ているところを見ると、
間違いなく、その学校の生徒なのだろう。

 しかし、連休中だってーのに制服を着ている、ということは、
もしかして、部活帰りだろうか?

 うむ……感心感心。
 やはり、学生は勉強とスポーツに精を出さなければな。

 ――え?
 俺はバスケ部員なのに、部活に出ないでこんなトコに来ていていいのか、って?

 ……そ、そういう細かい事は気にするな。

 大丈夫、大丈夫。俺みたいなスタープレーヤーは、
数日くらい練習しなくたって問題無いさ。(作者談 いつかクビになるぞ、お前)

 まあ、それはともかく、今、気にするべきなのは、
俺の目の前に、眠っている美少女がいるという事実だ。

 部活で疲れて眠っているのか。
 それとも、ただ単に、春の陽気(?)に気持ち良くなって眠ってしまったのか。

 そのどちらにしても、五月になって、春めいてきたとはいえ、まだまだ肌寒い季節。
 しかも、ここは北国だからまだまだ寒い。

 それなのに、何で、こんなところで寝られるんだ?

 まさか、この寒さも、北国の人にとっては温かい方で、
ついうたた寝してしまう程のものでしかない、とでも言うのか?

 いや、それ以前の問題として、うら若き女性が、
しかもこんなに可愛い子が街中で一人で寝ているとは、なんて無防備なっ!
 こんなところで寝ていたりしたら、変な男に連れていかれて、
気が付いたら一糸纏わぬ姿でラブホテルの中でした、って事になりかねんぞっ!

 この街は、まだ比較的都市化が進んでいないせいだろう。
 かなりのんびりと平和な雰囲気が漂っている。

 だからと言って、女の子が外で眠っていても安全だと言い切れるものではない。

 それなのに、この子ときたら……、

「くー」

 ……それはもう、完全に熟睡しきってるし。(汗)

「う〜む……」

 眠り続ける女の子の前に立ち、俺は腕を組んで考える。

 ……さて、どうしたものか?
 何だか、関わっちゃいけないような気がしないでもないが、
かと言って、こんな危険な状態の女の子を放っておくなんて紳士な俺にできない。

 しかし、こんなに気持ち良さそうに眠っているのを、
無理矢理起こすのは、ちょっと可哀相だし……、

 となれば、ここは俺がそっと安全な場所まで運んでいってやるのがベストだな。

 あ、でも……、
 俺って、この街のこと、ほとんど知らないんだよな。

 この子の家まで送ってあげるのが一番なのだろうが、
当然、そんなの分かるわけがない。

 生徒手帳で住所を調べて……、
 いやいや、女性の持ち物を勝手に漁るなど言語道断だ。

 となると……、

 この子が、安全に眠っていられて――
 その上で、俺が知っている場所――

 頭を捻り、その条件に見合う場所を考える俺。
 そして、その答えはすぐに出た。

 そんなの、この街に滞在する期間中、
俺がチェックインしているホテルの部屋くらいしかねーじゃねーか。

 やれやれ……、
 じゃあ、仕方が無いから、俺の部屋に連れていってやろう♪(作者談 その『♪』は何だ?)

 ――は?
 俺がやろうとしているのは、れっきとした犯罪だって?

 な、何を言っているんだっ!
 俺はただ、無防備に眠っている女の子を、ホテルの自分の部屋に保護するだけだぞっ!

 決して、女の子が眠っているのをいいことに、
こっそりホテルに連れ込もうとしているわけじゃないっ!(作者談 物は言い様)

 と、とにかく、この子をホテルの俺の部屋に連れていく事は決定事項だっ!
 すぐにでも連れていって、ベッドの中で安心して眠らせてあげねばっ!

 ああっ! 俺ってばなんて優しいんだろうっ!!








「あーあ……ったく、今日は部活が午前中で終わりとか言ってたわりに、
妙に帰りが遅いから探しに来てみれば、案の状か……」

「くー」

「こんなところで完璧に熟睡しやがって……ほれ、行くぞ、名雪」

「うにゅ〜……抱っこ……」

「そんな恥ずかしい真似が出来るかっ!」

「じゃあ、おんぶ……」

「はいはい……しかし、熟睡してくクセに、なんでコミュニケーションが取れるんだ?
まあ、名雪らしいと言えば名雪らしいが……」








 そうだな……こんなところで寝ていたわけだし、
もしかしたら身体が冷えているかもしれない。

 だから、冷たくなった服は脱がしてあげなくちゃな。
 そのまま寝て、制服にシワが付くのもマズイし。

 で、冷えた身体を温めるには……やはり、人肌が一番だっ!
 というわけで、 俺が一緒にベッドに入って、温めてあげやう♪

 寒い時は、二人で身体で温め合うっ! これは基本だっ!
 ここは何と言っても北国だしなっ!(作者談 それは関係無い)








「おい、名雪……あんまり俺に世話焼かせるなよな」

「うにゅ〜……祐一は優しいんだお〜」

「……お前、イチゴサンデーの食い過ぎなんじゃねーか? ちょっと重いぞ」

「う〜……わたし、重くないぉ〜」

「…………名雪、お前、ホントは起きてるんじゃねーのか?」

「くー……けろぴー……」

「……やれやれ」








 ……ベッドの中で、抱き合って眠る俺と彼女。

 しかし、俺は、彼女には絶対に手はださない。
 寝ている女の子をどうこうするなんて、最低の行為だからな。

 だから、俺は彼女を温めながら,その寝顔を眺めるだけ。
 たまに、そっと髪を撫でるくらいは良いかな?

 俺の腕の中で、彼女はグッスリと眠って……、
 そして、目を覚ました時に、彼女は俺の優しい気遣いに感動して……、

 そして、彼女は、そのまま俺に身も心も……ムフッ♪

 ふっふっふっふっふっふっ……、
 いいぞっ! まさに完璧な展開だっ!

 というわけで、善は急げだっ!
 早速、彼女を俺の部屋に……、

「…………って、おいっ!! ちょっと待てっ!!」

 これから起こるであろう未来に想像を膨らませていた俺が我に返ると、
いつの間にか、目の前にいたはずの眠り姫の姿は無かった。

 慌てて周囲を見回す俺。

 そして、一人の男が、彼女をおぶって立ち去って行く姿を発見し、
俺はすぐさま駆け寄って、そいつの肩を掴んだ。

「――あ? 何か用か?」

 俺に呼び止められ、その男は面倒臭そうに振り返る。

 そいつは……多分、歳は俺と同じくらいの男だった。
 俺と比べれば、ごくごく平凡な顔立ちの……、

 その男の背で、彼女は未だ気持ち良さそうに寝息を立てていた。
 なんか、さっきよりも安心しきった表情なのは気のせいだろうか?

 まあ、それはともかく……、

「貴様っ! 一体、何者だっ!?」

「何者って……俺は相沢 祐一っていう一介の高校生だが……」

「その子を何処に連れていくつもりだっ!」

 と、俺が彼女を指差しながら言うと、
『相沢 祐一』と名乗った男は何でもないことの様にしれっと言い放った。

「何処にって……家に連れて帰るに決まってるじゃねーか」

「なっ!! 寝ている女の子を自分の家にお持ち帰りしようとはっ!
なんて最低な男だっ! このクサレ外道がっ!!」(作者談 お前は人のこと言えない)

 そう言って、ビシィッと男……相沢に指を突き付ける俺。
 そんな俺に、相沢は疲れたように大きく溜息をつくと……、

「何処の誰だか知らねぇけど、何か変な誤解してねぇか?
俺と名雪……こいつは従兄妹なんだよ。で、俺はこいつの家に居候してるんだ。
だから、帰る家は一緒なんだよ」

「な、なに……?」

 ――そうか、彼女の名前は名雪さんっていうのか。

 と、内心、彼女の名前をチェックしつつ、相沢の言葉に、俺は驚愕する。

 こんな可愛い子と従兄妹で、しかも、その家に居候だと?
 つまり……同居っ!!

 な、なんて羨ましい環境にっ!
 従兄妹同士なら、一応、法律的にも問題無いからなっ!

 こ、この野郎……、
 そんな萌えるシチュエーションに身を置いていやがるとは……はっ! まさかっ!

「貴様っ! 従兄妹という立場を利用して、
彼女に自分のことを『お兄ちゃん』なんて呼ばせているんじゃないだろうなっ!」

「何の脈絡も無く、いきなり馬鹿なことを聞くなっ!
ンな事するわけないだろうっ! ……でもまあ、それも面白そうではあるが

「おいっ! 今、何気に不穏なこと言わなかったか?!」

「う、うるさいっ! だいたい、お前、さっきから何なんだ?
イチイチ人のことに突っ掛かって来やがって……もしかして、名雪の知り合いか?」

「い、いや……それは……、
これから知り合いになる予定だが……」

「ほう……」

 その瞬間……、

 それまでのぬぼ〜っとした雰囲気から一変し、
俺を見つめる相沢の視線が鋭いものになった。

 それはもう、この俺が思わず後ずさってしまうほど迫力のあるものに……、

「そうか……どうも怪しい奴だと思っていたが……、
どうやら、お前の方こそ、寝ている名雪を拉致ろうとしてたみたいだな」

「ば、馬鹿を言うなっ! 俺は寝ている彼女をホテルに保護しようと……」

「それを拉致ると言うんだよ、この変質…………んぐっ!?」

 と、相沢は、ドンッと一歩踏み出しながら、俺を罵倒する。
 だが、相沢は、その言葉を最後まで言うことは出来なかった。

 何故なら……、








「う〜ん……ゆういち〜……」


 グキッ!!

 んちゅ〜〜〜〜♪


「んむむむむむむむーーーーっ!!」








 突然……、
 あまりに突然……、

 おそらく寝惚けてい目のだろう。
 相沢に背負われたままだった名雪さんが、後ろからペタッと両手で頬を押さえた。

 そして、力任せに、グキッと相沢を後ろに振り向かせると、
まるで、俺に見せつけるかのように、思い切り、相沢の唇を奪ったのだ。

 ……いや、それだけじゃない。

 名雪さんは、さらに、とんでもない爆弾発言をかましてくれた。
















「うにゅ〜……祐一〜……、
えっちの時は『今日は大丈夫?』だお〜」

















「…………」(汗)

「…………」(大汗)

 その発言の威力に、俺も相沢も、ただただ呆然と立ち尽くす。

「な、ななな、な、な……」

 いち早く我に返った相沢は、名雪さんの言葉の意味を理解したのだろう。
 顔を真っ赤にした相沢は、わなわなと声を震わせて、名雪さんを見た。

 そんな相沢に構わず、名雪さんは、相沢の背中で、
それはそれは幸せそうに眠っている。

「…………やれやれ」

 その寝顔に毒気を抜かれてしまったのだろう。
 相沢はクスッと微笑むと、何も言わずに、クルリと俺に背を向けた。

「名雪……秋子さんが昼飯作って待ってるぞ」

「う〜……わたしにんじんも食べられるお〜」

 俺の存在などすっかり忘れ、安らかに寝息をたてる名雪さんを背負って、
商店街の向こうへと消えていく相沢の姿。

「…………」

 そんな、あまりに自然な光景を、呆然と見送る俺。

 け、結局……、
 あれは一体、何だったんだ?

 ようするに……あれか?
 俺はあいつらのらぶらぶっぷりを見せつけられただけなのか?


 ……。

 …………。

 ………………。
















「うわぁぁぁぁぁーーーんっ!!
どちくしょぉぉぉーーーっ!!」
























 この時、俺に出来たこと……、

 ……それは、泣きながらその場を走り去ることだけだった。








 ちくしょぉぉぉぉーーーーっ!!

 いつか、いつか俺だって……、
 あいつらみたいに幸せになってやるぅぅぅぅぅぅーーーーーっ!!








<水瀬 名雪編 おわり>
















 ――さあ、この後、どうする?


まだまだぁ! この程度では諦めんっ!!
ダメだ……もう立ち直れない。



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