<I.来栖川 綾香の場合>
まず、大切なのはこの俺に見合うだけの子を見つけることだな。
俺みたいなかっこいいやつに話し掛けられて、
釣り合いが取れないと思わせて恐縮させるのは、レディーに対して失礼というものだ。
ふっ、罪な男だな。俺は。
さて、観察するか……、
んっ? あれは、寺女の制服だな。
寺女といえば、お嬢さま学校だからな。
うまくいけば、俺につりあうだけの美女も見つかるかもしれない。
ただ、相手が集団だと俺の取り合いになってしまうというのが、難点だ。
……まったく、もてる男はつらいぜ。
おっ、あの子は……、
長く、癖のないストレートでさらさらの髪。
少し釣り目がちで、気の強そうな容貌。
文句のつけようも無いルックス。
そしてなにより……美人だ。
そこらへんにいる子とは明らかにランクが違う。
「じゃーね、綾香。またね」
彼女と歩いていた、同じ寺女の子が、そう言って別の道へと入っていく。
……そうか、綾香さんっていうのか
ちょうど、さっきの子と別れたことで、綾香さんは一人になっていた。
まさに、絶好のチャンス到来だ。
しかし、綾香さんってどこかで見たことがあるような気がするんだが……、
もちろん、あんな美人なんだ。以前逢っていたら、この俺が忘れるわけが無い。
にもかかわらず、俺の記憶ははっきりしない。
一体、どういうことなんだ?
……。
…………。
………………。
はっ!! まさかっ!!
そうか……きっとそうだったんだ。俺は悟ったぞ。
きっと、俺と彼女は、前世からの因縁があるんだ。
そう、つまり、神によって俺と彼女が結ばれることは運命付けられており、
さしずめ、俺たちはアダムとイブ、ということだったんだな。
今まで俺のような完璧な男に彼女ができなかったのも、そのためだったんだ。
なるほどな……さすがに、神には逆らえないということか。
だが、俺は神に文句を言うつもりなど無い。
幸せなばら色の生活は、これから始まるんだからな。
なにしろ、運命によって定められた二人だ。
気の強い彼女は、俺の前でだけ従順となり、俺の言うことなら何でもきく。
そんな彼女に、俺はあんなことや、こんなことを……、
こほんっ……、
とにかく、運命に従い、彼女に声をかけなくちゃな。
「やあ、こんにちは。良い天気だね」
俺はさりげなく声をかけた。
いくら運命の相手とはいえ、相手がそれに気づいているかどうかは謎だからな。
「――? そうね」
彼女は怪訝そうな顔をして言う。
まだ気づいていないみたいだな……、
彼女の様子から、俺はそう判断した。
「ところで、何の用?」
「ああ、せっかく逢ったのだから、お茶でもしないか?」
警戒心を与えないために、さわやかな笑顔でそう言う。
「……ナンパ?」
しかし、彼女はそう言って鬱陶しそうな顔をしてしまった。
……これではいけないな。
「いや、ナンパではないさ。俺にはもっと崇高な目的がある」
そう、ついさっきまではナンパだったが、今の俺は自分の使命を思い出している。
「なに? それは?」
彼女が先ほどと同じような表情をしたまま、そう言った。
このままではいけない。
早く、彼女にも思い出してもらわなくてはいけないのだ。
そのためには、どうするべきか……、
そうか、スキンシップだ。
ふれあいがあれば、きっと彼女も思い出すに違いない。
「あ、右肩のところにゴミクズがついてるぞ」
そう言って俺は右手を伸ばした。
このまま右手を首の後ろに回し、彼女を抱き寄せる。
彼女は驚きつつも抵抗はせず、俺に抱き寄せられる。
二人が見つめ合う中、彼女はすべてを思い出す……と、こんな感じだ。
そして、右手を彼女の首に回そうとした瞬間……、
……すっ、と彼女の体がかききえた。
「へっ?」
思わず呆然としてしまう俺。
「なにっ」
ドガッ!!
「しようと」
バキッ!!
「してんのよっ」
グシャッ!!
「この変態っ!!」
ドガァァァァァーーーーンッ!!!
「うわぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
――俺はそのまま吹っ飛び、意識を失ってしまった。
「ようっ、綾香。どうしたんだ?」
「あっ、浩之。なんかいきなりこいつがあたしに触ろうとしてきたのよ」
「……命知らずな奴もいたもんだな。って、こいつ矢島じゃねーか?」
「知り合い?」
「ああ、同じクラスのやつだ」
「まったく、あたしだからよかったものの、姉さんとかだったら大変だったわ」
「そうだな……その辺はちゃんと注意しておかねーとな」
「ところで、浩之、これから暇? だったら、ちょっと付き合って欲しいんだけど」
「それはいいけど、このまま放っておいて良いのか?」
「だいじょうぶよ。手加減しておいたから。大した怪我にはなってないわ」
「そっか。んじゃ、付き合うよ」
……はっ!! こ、ここはどこだ?
俺は一体……、
確か、ナンパしようと決めて、それで……、
……だめだ、思い出せない。
まあ、思い出せないってことは、重要じゃないってことだな。
さて、それよりもナンパだナンパ。
……頭がちょっと痛いが、気のせいさ。きっと。
<来栖川 綾香編 おわり>
作者 DILM
――さあ、この後、どうする?