「……何故だっ!?
何故、誰も俺の魅力に気付いてくれないんだ!?」

 ここは学校の屋上――

 金網越しに、沈んでいく夕日を見つめながら、
俺は力の限り叫んでいた。

 ナンパをすると決意し、半日の間、俺は何人もの女の子達に声を掛けた。

 しかし、誰一人として、まともに俺の相手をしようとはしなかった。
 それどころか、自分の彼氏とのらぶらぶな関係を見せ付けられ、
思い切りからかわれ、蹴られ殴られ……、

 結果は、まさに散々たるものだった。
 それはもう、玉砕という言葉が生易しく思えるくらいに……、

 何故だっ!?
 どうしてなんだ?!

 ……俺って、そんなにカッコ悪いか?
 自分で言うのもなんだが、ルックスはそこそこだし、背だって高い。
 女の子にモテる要素は、標準よりも上のはずだ。

 なのに……、
 なのに、何故、藤田や藤井やテンカワばかりがモテるんだ?

 藤田はハッキリ言って目つき悪くてぐーたらだし……、
 藤井は何処となくオタクちっくだし……、
 テンカワはやたらと優柔不断だし……、

 俺って、そんなにあいつらよりも劣っているのか?

 ちくしょう……ちくしょう……、
 絶対に世の中間違ってやがる……、

「くそぉ……」

 あまりの悔しさに、何だか力が抜けてしまった俺は、
へなへなと膝をつき、金網に身体を預ける。

 そして、何となく……、
 眼下に広がる街の景色を見下ろした。

 なんか……疲れたな。
 ここから飛び降りたら、楽になれるかな?

 ……なんて事を考えてしまう自分に、俺は思わず苦笑してしまう。

 いよいよ、俺もヤキが回ってきたかな?
 たかが、自分に彼女がいないってだけで、ここまで落ち込むなんてな。

 でもさ、たった半日であれだけ散々な目に遭うと、
さすがに自分の存在に疑問を持っちまうってもんだぜ。

 ああ……俺の人生って、このままずっとピエロなのかな?
 もしそうなら、いっそのこと……、

「女にフラれ続けたくらいで、馬鹿なこと考えるんじゃないわよ」

「――え?」

 不意に、すぐ隣で声がして、俺はバッと顔を上げた。

 そこには、水色の髪をツインテールにした女の子……、
 クラスメートの岡田がいた。

 いつの間に、俺の側まで来ていたのだろうか、
岡田は金網にもたれて、ジト目で俺を睨んでいる。

「……な、何か用かよ?」

 もともと目つきがキツイ岡田に、さらに鋭い視線を向けられ、
ちょっとたじろいでしまう俺。

 それでも、何とかそれだけ言うと、
岡田は、そんな俺に対して小馬鹿にしたような笑みを見せた。

「わたしね……今日一日、ずっ〜と見てたんだから……」

「な、なに……?」

「可愛い女の子なら誰彼構わず声を掛けちゃってさ……、
情け無いったらありゃしなかったわね」

 そう言って、昼間の俺の姿を思い出したのだろう。
 ハッと鼻で笑ってから、大袈裟に肩を竦める。

「うるせぇな……岡田には関係無いことだろう?」

 と、岡田の態度にさすがにカチンときた俺は、ゆっくりと立ち上がり、
吐き捨てるようにそう言うと、岡田から視線を逸らした。

「そうね……関係無いわよね」

 ――ん?

 ……気のせいだろうか?
 今、一瞬だけ、岡田が凄く寂しそうな顔をしたような……、

「じゃあ、関係無いまでも、一言だけ忠告しておこうかしら。
今の矢島君……ハッキリ言って、思いっ切りカッコ悪いわよ」

「……どういうことだよ?」

「そんなこと自分で考えなさいよ」

 と、腕を組んで俺をジッと見つめる岡田。

 そんな岡田の視線を真っ直ぐに受け止めながら、
俺は岡田が言ったことの意味を考えてみた。

 ……カッコ悪い? 俺が?

 どういうことなんだ?
 俺の何処がカッコ悪いって言うんだ?

「……わからないならそれでもいいわ。ただね、焦る気持ちは分からないでもないけど、
もう少し余裕を持って自分の周りを見てみたら?」

「……自分の、周り?」

「そうよ。もしかしたら、矢島君のことを、
いつも離れて見ている子がいるかもしれないわよ。例えば……」

「例えば?」

 そこで、何故か、言葉を途切れらせてしまう岡田。

 そんな岡田に、俺が言葉の続きを促すと、
どういうわけか、岡田は顔を赤くしてプイッとそっぽを向いてしまった。

 そして……、

「例えば…………わたし、とか」(ポッ☆)

「…………」

 一瞬、岡田の言葉の意味が理解できなかった。

 ……え? なに?
 今、岡田は何て言ったんだ?

 もっと周りを見ろって……?
 もっと自分を見て欲しいって……?

 これって、もしかして……、








 ――告白ってやつなのか?








「岡田……お前……」

 岡田の突然の告白に、俺は驚きのあまり呆然としてしまう。

「な、何よ……わたしが人を好きになっちゃダメなわけ?」

 多分、照れ隠しだろうか。
 俺のそんな反応を見て、不機嫌な態度を見せる岡田が、何だか可愛く思えた。

 そうかぁ……、
 あの岡田が俺のことを……、

 今まで、こんな経験は無かったので、物凄く嬉しかった。

 あの気が強い、高飛車な性格の岡田のことだ。
 この告白は、相当、勇気のいるものだったに違いない……、

 いや、もしかしたら、フラれ続けて落ち込んでいた俺を、
自分の気持ちを伝えることで慰めるという意味もあったのかもしれない。

 ならば、その勇気に応えるのが、漢ってものだろう。

「岡田……こんな俺でいいのか?」

「……矢島君」

 俺の言葉に、岡田はハッとした表情になり、すぐにその顔は喜びでいっぱいになった。
 岡田潤んだ瞳が俺を見つめ、そっと俺の胸に手を添える。

「岡田……」

「矢島君……」

 そして、夕日に照らされ伸びた影が一つに……、
















「ちょっと待ったぁーっ!!」


「抜け駆けは許さないわよっ!」
















「う゛っ! 松本と吉井……いつの間に……」

 むちゃくちゃ間の悪いタイミングで現れた二人の姿を見て、
岡田は顔を引きつらせる。

 俺も声がした方に視線を向けると、
そこには額に血管を浮き上がらせた二人の女生徒がいた。

 松本と吉井――

 二人とも、岡田と同様、俺のクラスメートだ。
 そして、岡田と常に行動を共にしている女の子達でもある。

 ようするに、ナントカ三人娘揃い踏みってやつだな。

 ……しかし、何でまた、あの二人はあんなに怒ってるんだ?

「岡田〜……あなた、いつの間にか姿が見えなくなったと思ったら……」

「こんなところで、矢島君を誘惑してたのね〜」

 恨みがましい目つきで岡田を睨む松本と吉井。
 その迫力に圧倒されて、思わず後ずさる岡田。

 ――その瞬間だった。

 俺と岡田が離れたところへ松本が割って入り、
そして、素早く俺の腕に自分の絡めると、強引に自分の側に引き寄せた。

「い〜い、岡田。言っとくけど、矢島君とつき合うのはあたしなんだからねっ!」

 ――なぬっ?!

 こ、これは……まさか……、
 松本も、俺のことを……?

 岡田の思わぬ行動と発言に、俺は自分の耳を疑った。

 さらに……、

「何言ってるのっ! 矢島君に相応しいのは、この私なのよっ!」

 今度は、吉井までもが、俺の腕に抱きつき、
松本に対抗するようにグイッと俺を引っ張る。

 ――おおうっ!?
 まさか、吉井までもがっ!?

「ちょっとあんた達っ!! こういうのは早い者勝ちだのよっ!!
もう、矢島君の彼女はわたしってことに決まったのよっ!」

 さっきまで良い雰囲気だったのを邪魔されたせいだろう。
 岡田は凄い剣幕で、俺の両サイドを固める松本と吉井に食って掛かる。








「何が早い者勝ちよっ! 岡田みたいに根性の悪い女は、
矢島君にはふさわしいくないのよっ!」


「そうそう♪ 矢島君には、あたしみたいな元気で明るい子がピッタリなのよ♪」

「な〜にが『元気で明るい』よっ! この尻軽アーパー女っ!」

「吉井っ! 誰が尻軽ですって?! この根暗ムッツリ女っ!」

「そんなことどうでもいいから、
あんた達、サッサとわたしの矢島君から離れなさぁぁぁーーーいっ!!」









「…………」(大汗)


 事態のあまりの急展開に、ただただ戸惑うばかりの俺。
 そんな俺を取り囲んで、三人は凄まじい口喧嘩を繰り広げている。

 それはもう、今にも取っ組み合いになりそうなくらいに激しくて……、

 ……何、これ?
 どうなってるんだ?

 まさかとは思うけど……、

 ――もしかして、この俺を取り合ってる?


 ………………。

 …………。

 ……。


 は、はは……、
 なんだよ……なんだよ、ちくしょう……、

 こんなところにいたんじゃねーか。
 こんなにすぐ側にいたんじゃねーか。

 俺のことを見てくれていた女の子が……それも三人もっ!!

 俺って奴は、なんて最低な男なんだっ!

 こんなにすぐ近くに、俺のことを想ってくれている女の子達がいたのに、
それに気付かず、他の女に手を出そうとしていただなんて……、

 しかし、まだ間に合うっ!
 まだ、遅くはないはずだっ!

 今こそ、この子達の想いに、俺は応えなければならないっ!!

 と、俺が意を決したところで、
ちょうど上手い具合に口喧嘩は一段落ついたようだ。

 三人が俺の正面に立ち、真っ直ぐな眼差しで俺を見つめる。

「いつまでも、こうして口喧嘩してても埒が開かないわ」

「ここは手っ取り早く、矢島君に決めてもらおうよ」

「というわけで、矢島君……」





「そ、それは……」

 三人で同時に詰め寄られ、俺はちょっと後ずさる。

 い、いきなり、誰を選ぶかなんて聞かれてもな……、

 と、少々戸惑いつつ、俺はゆっくりと三人を眺めた。

 う〜ん……どうしよう?

 さっきのこともあるから、ここは当然、岡田を選ぶべきなのだろうが……、
 しかし、あの時は、松本と吉井にも好かれているなんて知らなかったわけだし……、

 うむ……、
 取り敢えず、三人を比較してみることにしよう。
 (↑作者談 こういう事を考えてしまうところがモテない原因ではないだろうか)

 ――はて?
 今、何か聞こえたような……気のせいか?

 ま、それはともかく……、

 岡田は気が強くて性格悪いけど、時々見せる『女の子』な部分が可愛いし――
 松本はかなり能天気だけど、その分、底抜けに明るくて前向きなのが魅力だし――
 吉井はちょっと目立たないところもあるけど、それは奥ゆかしいとも言えるし――

 うぬぬぬぬぬぬぬ……、
 三人とも甲乙つけがたいな……、

 ……ダメだ。
 俺には、三人のうち、誰か一人を選ぶなんて出来ない。

 誰か一人を選ぶってことは、残された二人を悲しませるということになるし……、
 それに、残った二人を手放すなんて、あまりに惜しい。(←作者談 コイツ最低)

 …………そうだっ!
 こういう時は、先人に習ってみることにしよう。

 ここで言う先人とは、当然、藤井のことだ。
 あいつは園村さんと河合さんという二人の恋人を同時に持っているからな。

 ああ……藤井 誠よ……、
 今こそ、俺はお前の気持ちを理解したぞ。(←作者談 全然、理解していません)

 そして、俺もまた、お前のように最低男のレッテルを遭えて被ろうじゃないかっ!

「さあ、矢島君……答えて!」

「あたし達のうち……」

「……誰を選ぶのっ!?」

 いつまでも黙ったままの俺に待ち切れなくなったのか、
三人はもう一度、同じ質問を俺にぶつけてくる。

 そして、俺は、そんな三人に、自分の正直な気持ちを……、
















「いっそのこと、三人とも、っていうのはどうかな?」
















 さあ、三人とも……、
 遠慮なく、この俺の胸に飛び込んでおいで♪

 と、俺は三人を迎えるべく、大きく両腕を広げる。

 しかし……、
















「あ……」

「――あ?」

「あ……」

「――あ?」

「あ……」

「――あ?」



















 ドカバキグジャァァァーーッ!!


「ぎぃえぇぇぇぇぇーーーっ!!」
















 ……俺に向かってきたのは、三人の身体ではなく、三人の拳であった。
















「まったく、あんな最低の奴だとは思わなかったわ」

「そうだねぇ。見損なっちゃったよねぇ」

「やっぱり、男は見かけだけで選んじゃダメね」

「あ〜あ、あんなのを好きになってたなんて、わたしも馬鹿よね}

「あぶなかったよねー……もうちょっとで早まったことするとこだったもんねー」

「岡田、私達に感謝しなさいよ」
















「う……うぐぐぐぐぐ……」

 三人のトリプルパンチを食らって、バッタリと倒れる俺。

 そんな俺の耳に、口々に俺を罵る三人の言葉が聞こえた。

 そして、足早に立ち去っていく足音と、
乱暴に屋上出入り口の扉が閉められる音……、

 その音を朦朧とする意識の中で耳にしながら……、

「何故だ……何故なんだ?
どうして、藤井なら良くて……俺じゃダメなんだ……」

 ……と、呟きつつ、俺の意識はゆっくりと暗転していった。
























「――あれ? 浩之ちゃん、あそこに誰か倒れてるよ」

「ん? あれって矢島じゃねーか。屋上なんかで何してるんだ?」

「きゃっ! 田島君……だっけ? とにかく、あの人、怪我してるよ!」

「そうみたいだな……なんか一方的に殴られたって感じだな?」

「かわいそう……浩之ちゃん、保健室に運んであげなきゃ」

「……そうだな。むちゃくちゃ面倒だけど、このまま見捨てたら寝覚め悪いしな」

「うふふ♪ とかなんとか言って、本当は放っておけないんでしょ?
やっぱり、浩之ちゃんは優しいね♪」


「……はいはい」
















 ――何だろう?

 これは幻聴だろうか?
 ……神岸さんの声が聞こえる。

 いや……これは幻聴なんかじゃない。

 きっと神岸さんが、愛の力で、俺が傷付き倒れたことを察して、
俺を助ける為にわざわざ来てくれたに違いない。

 約一名、余計な奴の声が聞こえたような気もするが、それは無視だ。

 そうだ……それこそ幻聴だ。
 俺を助けに来てくれたのは、神岸さんだけだっ!
 絶対に、そうに決まっているっ!

 そうだ! そうだともっ!
 ここに藤田の奴なんかいないんだっ!!








「矢沢君……大丈夫かな?」

「さあな……まあ、身体だけは無駄に丈夫な奴だから問題無いだろ?」








 聞こえないっ! 聞こえないぞっ!!
 藤田の声なんか、俺には聞こえないっ!!

 俺に優しく声を掛けてくれているのは神岸さんだけだっ!!
 だから、今、俺を背負っているのも神岸さんなんだっ!!

 ちょっと肩幅が広いような気がするけど……これは神岸さんなんだっ!!








「浩之ちゃん? 重くない? 交代する?」

「いやっ! 全っっっ然大丈夫だっ!」

「そう? なら良いけど……でも、疲れたら言ってね」

「ああ……でも、お前の手を煩わせるわけにはいかねーよ」

「うふふ♪ ありがと、浩之ちゃん♪」








 ……それにしても、神岸さんは優しいなぁ。
 その声を聞くだけで、痛みが引いていくようだ。

 まさに天使だ……、
 そう……俺だけの天使。

 その天使の微笑と優しい言葉が向けられているのは、
今、この瞬間だけは、この世界で俺だけなんだ。

 ああ……、
 俺って、幸せ者だぜ……、

 と、ハッキリとしない意識の中で、そんな事を考えながら、
俺は『神岸さん』に背負われて、保健室へと運ばれていったのであった。








 ――ああ、神岸さん。
 やっぱり、俺にはあなたしかいないよ。








<おわり>
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