<E.ホシノ・ルリの場合>





 グゥゥゥ〜〜〜……


「ぬう……」

 可愛い女の子を求め、商店街を歩き回っていると、
突然、俺の腹の虫が鳴った。

 う〜む……、
 こんな時でも、ちゃんと腹は減るモンなんだな。

 と、苦笑しつつ、俺は腹を押さえる。

 ……まあ、これも俺が健康な証拠か。

 よしっ! 腹は減っては戦は出来ぬとも言うし、まずは腹ごしらえをするかっ!

 それに、口説いてる途中で腹が鳴ったりしたらカッコ悪いし……、

 そうと決まれば、何処に行くかな?

 う〜む……別にヤックでも良いんだが・・…、
 ここはナンパの途中でもあるし、ファミレスの『ブルースカイ』にでも行くか。

 あそこの制服って、胸が強調されてて、非常にそそろられるものがあるし、
もしかしたら、そこで運命的な出会いがあるかもしれん。

 そういえば……、
 確か、宮内さんがあそこでバイトしてるって噂を聞いた事が……、

「…………あ」

 噂という言葉で、俺はあることを思い出した。

 バスケ部の連中が話していたのを小耳に挟んだ程度の情報でしかないのだが、
何でも、この近くに大衆食堂が新しく出来たらしい。

 で、その食堂に絶世の美少女がいるとかいないとか……、

「……行ってみるか?」

 もしかしたら、単なるデマなのかもしれないが、
俺はその『絶世の美少女』という単語に心惹かれた。

 絶世の美少女――
 陳腐ではあるが、だからこそ、その形容が似合う美少女は少ない。

 しかし、そんな形容が似合う少女、この近くにいる。
 それは、是非ともひと目見てみたいものだ。

 いや、もしかしたら、それこそ運命の出会いであるかもしれない。
 その少女は、寂れた大衆食堂で、俺が現れるのを待っているのかもしれない。

 そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。

「よっしゃあっ!! 今いくぜっ! 俺の可愛い子猫ちゃんっ!!」

 思い立ったら即行動っ! それが俺の良いところっ!

 と、いうわけで、俺は一声吼えると、
その噂の食堂へ向かって、全力で走ったのだった。
















 で、数分後――

 例の食堂、その名も天河食堂へとやって来た俺は、
噂の絶世の美少女と出会うべく、意気揚々と出入り口の戸を開けた。


 ――ガラッ!


「いらっしゃ〜いっ!」

 俺が店内に入った途端、
厨房の方から威勢の良い男の声が飛んで来た。

「お客さん、何にします?」

 さっきまで客がいたのだろう。
 厨房の中の男は、洗い終わった食器を乾いたタオルで拭きながら、
俺にそう訊ねて……って、コイツはっ!?

 店内に入った俺は、その男を見て驚愕した。

 見覚えのある顔だった。
 確か……そう、学校の学食で、だ。

 男子生徒の間で『ホイメイガールズ』と呼ばれている美人揃いの学食スタッフ。
 その中で、唯一の男性コックだった男だ。

 ――は?
 何故、この俺が男の顔なんぞをイチイチ覚えているのか、って?

 それはだな……、
 この男が『藤田 浩之』と『藤井 誠』に次ぐ、俺の第三の敵だからだっ!!

 その憎々しい名前は……『テンカワ・アキト』っ!!

 この男、一見、人畜無害そうな平凡な男だが、実はとんでもない女たらしなのだ。

 どのくらいとんでもないのかと言うとだな……、

 まず、哀れにもこの男に陥落してしまった女性の筆頭に上げられるのが、
なんと、我らが憧れのミスマル・ユリカ先生だ。

 ミスマル先生が奴のことを『王子様』と呼んでいるという悲しい事実は、
俺達の学校の生徒で知らない奴はほとんどいない。
 そのくらいに、ミスマル先生は、この男に落ちてしまっている。

 さらに、ミスマル先生だけではない。

 大人の魅力満載な保健室のフレサンジュ先生も、
結構、この男のことを気に入っているようだし、
ホウメイガールズも全員が、この男に落ちてしまっている。

 さらにさらにっ!
 奴の魔の手は、教職員だけではなく、女生徒達にまで伸びているっ!

 聞いた話では、我が学校に在籍する女生徒の約七割から八割が、
この男に多かれ少なかれ、好意を寄せているというのだ。

 ハッキリ言って、世界中の彼女がいない男にとっての敵と言っても過言ではないっ!
 そんな男なのだ、コイツはっ!

 ……そうか。
 新学期に入ってから急に姿を見せなくなったと思ったら、
こんなところで食堂を経営してやがったのか……、

 まあ、それはともかく、店内を見たところ、この店にいるのはこの男しかいない。
 どうやら、絶対の美少女がいるという噂はデマだったようだ。

 となれば、こんなところに長居は無用だ。
 腹は減っているが、こんな男の作った料理なんて餓死寸前であっても食いたくは無い。

 俺はクルリと踵を返し、サッサと店から出ようとした。

 が、その時……、



「きゃっ!」

「おっと」



 ……俺は、店内に入って来ようとしていた少女と鉢合わせになってしまった。

「ああ、悪い悪い……っ!?」

 ぶつかりそうになってしまった少女に謝ろうと、俺は視線を落す。
 そして、その少女の姿を見た瞬間、俺は絶句した。

 ツインテールに纏められた銀色の長く綺麗な髪――
 髪の色とは対照的な金色に輝く大きな瞳――

 そして、透き通る程に白い肌――

 まさに、絶対の美少女だった。
 まるで、美の女神が丹精込めて作り上げた芸術品のような……、

「あ、お客さんですか。いらっしゃいませ……、
それとも、ありがとうございました、でしょうか?」

 と、俺を見上げて、その少女は小首を傾げる。

「あ、ああ……いらっしゃいませでいいんだ。
今、ちょうど来たところだから……」

「そうですか? それではお席に座ってください。すぐに用意しますので。
ラピス、お客さんにお水とおしぼりをお出ししてください」

「……うん」

 その少女の美しさに呆けつつ、
俺は少女に言われるまま席に腰を下ろした。

 すると、少女と一緒にいた桃色の髪の幼女が、俺の前に水とおしぼりを置く。
 状況から察するに、どうやら、この子がラピスという子らしい。

 あの少女の妹なのだろうか?
 ラピスちゃんの瞳は、少女と同じ金色だ。

 この子も、かなり可愛いな。
 まあ、ちょっと幼いから、俺の恋人候補にはなれないけどな。

 そんな事を考えつつ、俺は厨房に入っていったあの少女を目で追う。

「アキトさん、ただいまです」

「おかえり、ルリちゃん。出前ご苦労様」

 と、あの男と何やら親しげに話をする少女。

 俺はそんな二人の会話から、
少女の名前がルリちゃんということなしいことを聞き取った。

 年齢は……いくつなんだろう?

 見たところ、14、5歳くらいだが……、
 でも、河合さんっていう例もあるし、微妙なところだ。

 もしかしたら、結構、俺の守備範囲に入っている歳かもしれないな。

 出前に行ってたってことは、この食堂で働いているってことだし、
それに何より、あんなに落ち着いたも雰囲気を出すのは、多分、中学生では無理だ。

 と、持っていたおかもちを片付けるルリちゃんの姿を眺めながら、
俺はラピスちゃんが用意してくれた水を一口飲む。

 そこへ……、

「……何にするの?」

 可愛らしいエプロンをつけたラピスちゃんが、
伝票と鉛筆を持って、俺のところへやって来た。

「えっと……じゃあ、ラーメンを一つ」

「……わかった」

 ラピスちゃんは、言葉少なげに俺から注文を聞くと、
まるで俺から逃げるように厨房に引っ込んでしまう。

 なんだなんだ?
 随分と愛想の無い子だな?

 あ……もしかして、俺のあまりのカッコ良さに幼いながらも照れているのか?
 それとも、ただ単に人見知りするタイプなのか?

 ……うむ。
 間違い無く前者だな。

 フッ……あんな子供まで虜にしてしまうとは、俺も罪な男だ。

 と、自分の魅力がもたらした効果に満足しつつ、待つこと数分――

「……お待ちどう」

 あの男が作ったラーメンが、俺の前に置かれた。

「ありがとう、ラピスちゃん」

 と、ラーメンを持ってきてくれたラピスちゃんに、
俺は爽やかな笑顔でお礼を言う。

 すると、ラピスちゃんは大きく目を見開き、
顔を真っ青にして、物凄い速さで厨房へと戻ってしまった。

 やれやれ……、
 恥ずかしがりやさんだなぁ。

 と、そんなラピスちゃんの可愛い行動に苦笑しつつ、
俺は割り箸を手に取ると、ラーメンを食べ始める。

 本当は、あの男が作ったものなんて食べたくないが、
状況が状況なだけに仕方が無い。

 できるだけ味に意識がいかないように、
俺はこの後、どうやってルリちゃんに接近するかを考えながら、麺を啜った。

 ……そうだな。
 多分、ドンブリを片付ける時は、ルリちゃんが来るはずだ。

 なにせ、ラピスちゃんは、完全に恥ずかしがってしまっているからな。
 もう、俺の顔はまともに見れないだろう。

 う〜む……俺の笑顔は幼女には刺激が強すぎたな。

 で、片付けはルリちゃんがすることになる筈だから、
その時に、ドンブリを渡すフリをして、彼女の手を握ってみるか?

 古典的な手法だが、かなりの効果が見込めるはずだ。

 そして、偶然、俺に手を握られてドギマギしているところへ、
さりげなく食事にでも誘って…………ん?

 食べたくも無いラーメンを食べつつ、綿密な計画を立てる俺。

 と、ふいに、俺はルリちゃんとラピスちゃんが、
こちらを見て何やらヒソヒソと話してい
る事に気がついた。

 フッ……いやいや、まいったな。
 きっと、俺がいかにカッコ良いかを二人で話しているに違いない。

 ……さて、一体、どんな事を話しているのかな?

 俺はラーメンを食べる手を休めぬまま、二人の会話に耳を傾けた。
















「ねえ、ルリ……アレ、さっきからあたし達のことジロジロ見てる」

「そうみたいですね……」

「……なんか、目つきがいやらしい」

「もしかして、北辰と同じタイプの人でしょうか?」

「あたし、もうアレに名前覚えられちゃってる……凄く怖い」

「大丈夫ですよ。もし、私達に言い寄ってくるようでしたら、容赦しませんから?」

「……やっつけるの?」

「暴力に訴えるのはダメです。直接手を下すなんて愚策です」

「じゃあ、どうするの?」

「そうですね……あの人の着ている制服から見て、間違いなく東鳩高校の生徒でしょう。
となれば、ミナトさん達に頼めば、ある程度の情報は教えてもらえます。
それを元にすれば、完璧な個人情報を入手することなど、
私とオモイカネに掛かれば造作も無いことです」

「……そんなことしてどうするの?」

「ラピス……世の中は、全て情報によって出来ているんです。
そして、個人情報を手に入れてしまえば……」

「……しまえば?」








「――相手を社会的に抹殺することなど簡単です」(クスッ♪)








「……ちょっとやりすぎじゃない?」

「問題ありません。私達とアキトさんの幸せな生活を邪魔する者は、
誰であろうと即排除です。そもそも変質者に存在する価値はありません」

「それもそうだね」

「というわけですから、ラピス、二階からデジカメを持って来てください。
あの人の写真を撮っておいて、明日にでもミナトさんに調べてもらいましょう」

「……わかった」
















 ――ガタッ!!


「ご、ご馳走様っ!! 勘定はここに置いとくからっ!!」

 二人の会話を聞いた瞬間、俺は椅子を蹴って立ち上がった。
 そして、慌てて金をテーブルの上に置くと、即行で店から飛び出した。

 全力で天河食堂から遠ざかりながら、俺はさっき背筋にはしった恐怖を思い出す。

 あの二人が話していた内容……、
 俺を社会的に抹殺すると言った時のあの笑み……、

 いくらなんでも、普通ならそんな事は簡単にできることではない。

 しかし、何故か、確信が持てた。
 俺の中で、警戒音が、けたたましく鳴り響いた。





 ――彼女達なら、絶対にやる。





 ……と。

 とにかく、今は、逃げるだけだっ!
 少しでも、あの食堂から離れるだけだっ!

 俺は迫り来る恐怖からり逃れる為に、ただただ、ひたすら逃げる。
















 そして、体力の限界を越えるまで走りつつ、俺は……、



 ――あの食堂には二度と近付くまい。



 ……と、固く心に誓ったのだった。








<ホシノ・ルリ編 おわり>
















 ――さあ、この後、どうする?


まだまだぁ! この程度では諦めんっ!!
ダメだ……もう立ち直れない。



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