<D.神岸 ひかりの場合>
「なっ!! あ、あれはっ!?」
ナンパをする為、街へと繰り出した俺は、
道行く女の子達を物色しながら、いつの間にやら商店街へと来ていた。
そろそろ夕飯の支度をしなければならない時間だからだろう。
商店街は主婦の皆様で賑わっている。
当然のことながら、その中に若い女の子がいるわけがなく……、
やれやれ、何やってんだ、俺は。
こんなところに来たって、いるのはおばさんばかりだってーの。
と、俺はこのポイントに早々に見切りをつけ、サッサと立ち去ろうと踵を返す。
だが、その時……、
俺は信じられないものを見たっ!!
「……か、神岸さん?」
一瞬、俺はマジで、その女性のことを神岸さんだと思った。
神岸さんが、両手にスーパーの袋を持って、歩いているのだと、錯覚した。
しかし……違う。
似てるが、明らかに違う。
確かに、顔は神岸さんに瓜二つだが、
あの女性には落ち着いた大人の雰囲気がある。
それに、何より……、
神岸さんよりも、胸が大きいっ!!
決して巨乳とは言えない。
だが、大きすぎず、小さすぎず……まさに美乳と言えるだろうっ!
うむ……あの見事なバストラインは、
神岸さんの胸では絶対に描くことはできないな。
あ、いや……だからと言って、小さい胸を否定するわけじゃないぞ。
俺は神岸さんのような慎ましい胸も好きだし……、
……と、それはともかく、あの神岸さんそっくりの女性は一体、誰なんだ?
いくらなんでも、他人の空似ってことは無いだろう。
あまりにも似すぎている。
……もしかして、母親?
いやいや、あんなに若い母親がいてたまるか。
ってゆーか、神岸さん似の女性が、すでに人の妻だなんて考えたくもないぞ。
多分……いや、間違い無くお姉さんだ。
神岸さんに姉妹がいたなんて聞いたこと無いが、そうに違いない。
となれば、俺がするべきことはただ一つっ!
それは……、
神岸さんの姉さんとお近付きになることだっ!!
くっくっくっくっ……見ていろ藤田っ!
今から、神岸さんのお姉さんを、俺の虜にしてやるぜっ!
俺とお姉さんがつき合うことになれば、
自然と俺と神岸さんの接点も多くなるだろう。
そうすれば、神岸さんも俺の魅力に気付いて、
藤田なんかアッサリと捨ててしまうに違い無い。
そして、この俺が夢の姉妹ドンブリ……、
うおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!
燃えてきたぜぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!
「よし……行くぜっ!」
ショーウインドウのガラスで身だしなみをチェックした後、
俺は軽く気合いを入れ、お姉さんへと歩み寄った。
「ふぅ〜……ちょっと買い込みすぎちゃったかしらねぇ」
荷物が重くて疲れたのだろう。
お姉さんは道の端で立ち止まると、スーパーの袋を地面に置き、一息ついている。
「はぁ〜……こういう時、優しくて親切な子が颯爽と現れて、
家まで荷物を持って行ってくれると嬉しいんだけど。例えば、ひろ……」
ふっふっふっふっ……、
現れてあげましょうっ! 持っていってあげましょうっ!
なんてったって、俺は優しくて親切なジェントルマンだからなっ!
「お困りのようですね、おぜうさん」
「――は?」
突然、見知らぬ俺に声を掛けられ、ちょっと驚いた顔をするお姉さん。
うーむ……そんな顔も綺麗だなぁ。
……と、見惚れている場合じゃないっての。
取り敢えず、まずは自己紹介をせねばな。
「初めまして、お姉さん。俺は妹さんのクラスメートと矢島というものです」
「妹……?」
俺が名乗ると、お姉さんは一瞬だけいぶかしげな表情を浮かべた。
だが……、
「妹って……なるほど、そういうことね」
と、何やらブツブツと呟いた後、俺にニコリと微笑みかけてくれた。
でも、何か妙に妖しい笑みだったような……、
……気のせいか?
「そう、あかりのクラスメートなの。それで、わたしに何かご用?」
「いえ、荷物が重くて大変そうでしたから、お手伝いしようかと思って」
「そうなの? それは助かるわ♪ じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら?」
――よっしゃっ!!
お姉さんの返事を聞き、俺は内心ガッツポーズを取る。
よしよし……、
これでポイントは大幅アップだな♪
思惑が順調に進んでいることが嬉しくて、俺は思わず小躍りしたくなる。
その衝動を抑えつつ、俺はスーパーの袋を持ち上げると、
お姉さんと一緒に神岸宅へと向かったのだった。
それから、神岸宅へと歩きながら、俺とお姉さんは楽しくお喋りをした。
そのひと時は、俺の今までの人生の中で、
最も至福に満ちた時間であったと言っても過言ではない。
そうそう……、
その道すがら、俺はお姉さんの名前を聞き出すのに成功していた。
名前は『神岸 ひかり』というらしい。
神岸 ひかり――
神岸 あかり――
うむ……、
この語呂の良さ……間違い無く姉妹だな。
それに、向かっている方角も、神岸さんの家の方だし……、
――なに?
どうして、俺が神岸さんの家を知っているのか、って?
そりゃもちろん、神岸さんに教えてもらった……わけじゃない。
まあ、なんだ……同じ学校の生徒なわけだし、住所なんて簡単に調べられるわけで……、
……け、決して、下校する神岸さんを尾行したわけじゃないぞっ!
ほ、本当だぞっ!
そんなストーカーみたいな真似を、この俺がするわけないじゃないかっ!
はっはっはっはっ……はは……、(汗)
………………。
…………。
……。
ま、まあ、それはともかく……、
今のところ、俺のナンパは順調に進んでいる。
いい調子だ……、
怖いくらいにいい調子だ……、
これはもう、ナンパ成功間違い無しだなっ!!
あとは、今後も出会う機会を作って、少しずつポイントを増やしていけばいい。
順調にいっているからこそ、絶対に焦ってはダメだ。
『急いては事を仕損じる』と言うからな。
だが、ひかりさんが俺の手に落ちるのも時間の問題だぜ。
ふっふっふっふっふっふっ……、
「とうつき〜♪ ありがとね、矢島君♪」
「いえいえ。どういたしまして」
とかなんとか言っている内に、家に到着したようだ。
ひかりさんは俺からスーパーの袋を受け取ると、
俺にペコリと頭を下げて、家の玄関を開けた。
「それじゃあ、今日はホントにありがとね」
そして、ひかりさんはそのまま家の中へと入っていこうとする。
しかし、それを黙って見送るほど、俺は馬鹿ではない。
「あの……」
「ん? 何?」
俺が呼び止めると、ひかりさんはスーパーの袋を玄関口に置き、
家の門のところまで戻ってきてくれた。
「何? まだ何かあった?」
「い、いえ……あのですね……もし良かったら、
今度、一緒に食事でも……と思って……」
と、しどろもどろになりながらも、何とかそれだけ言うと、
ひかりさんは俺の顔をジッと見つめた後、クスッと笑った。
「やっぱりね〜♪ そういうことだと思ったわ」
「――はい?」
「矢島君……あなた、最初からそれが目的だったんでしょ?
わたしに親切にしてくれたのも、その為ね」
「うっ……」
図星を刺され、俺は言葉に詰まる。
さ、さすがは年上の女性だ。
俺の考えなんて、最初からお見通しってわけだ。
だが、ここで引き下がるような俺ではないぜっ!
少なくとも邪険に扱われない分だけ、まだ希望はあるわけだからなっ!
と、俺はひかりさんの指摘にもめげることなく、
意気込みを新たに、ひかりさんにアタックする決意をする。
しかし、俺のそんな決意も、
次のひかりさんの言葉で、あっさりと打ち砕かれてしまった。
「ごめんなさいね。矢島君の気持ちは嬉しいけど、
もうわたしには身も心も捧げちゃった人がいるから♪」(ポッ☆)
「――なっ!?」
ひかりさんのその言葉を聞き、俺は自分の耳を疑った。
そ、そんな……、
すでに相手がいただなんて……、
ちくしょうっ!
一体、何処のどいつだっ!?
ひかりさんのハートを射止めるだなんて……、
………………。
…………。
……。
まさか……、
俺の脳裏に、ある予感が浮かび上がる。
……考えたくはない。
しかし、どうしても、この可能性を否定できない。
ひかりさんと神岸さんは姉妹……、
顔も声も、こんなに似ている……、
だとしたら、男の趣味も……、
と、俺が最悪の結論を導き出そうとした、その時……、
「……ひかりさん、こんなとこで何やってんです?」
「きゃ〜♪ 浩之ちゃ〜ん♪」
「――っ!!」
……俺の目の前で、決定的な光景が展開された。
突然、何処からか現れた藤田に、
ひかりさんが、それはそれは嬉しそうに抱きついたのだ。
さらに……、
「ひ、ひかりさん……ちょっと、止めてください」
「あら、いいじゃない。ちょっとしたスキンシップよ♪」
「スキンシップって……だからって、何も抱きつかなくても……」
「照れなくてもいいわよん♪ 将来、わたし達は家族になるんだし♪」
……家族になる?
藤田と、ひかりさんが、家族に……?
しかも、藤田には神岸さんがいるわけで……、
つまり、藤田は……、
夢の姉妹ドンブリを実現して……、
そんな……、
そんな……、
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁーーーーーんっ!!」
そして、知ってはいけないことを知ってしまった俺は、
全てを忘れようとするかのように、涙を流しながら走った。
走って、走って……走り続けた。
遥か彼方に沈み行く夕日に向かって……、
「藤田の馬鹿野郎ぉーっ!!」
「……ひかりさん、矢島の奴、何かあったんですか?」
「うふふ♪ 実はね……かくかくしかじか……というわけなの♪」
「……そりゃ、妙な誤解して当然ですよ」(汗)
「あら? わたし、何も嘘はついてないわよん♪」
「そりゃまあ、確かに、ひかりさんは『旦那さんに』身も心も捧げてますけど……」
「あと、浩之ちゃんが将来『あかりと結婚して』わたし達が家族になるのも嘘じゃないわよ♪」
「そ、それは……」(ポッ☆)
「早く孫の顔がみたいわねぇ〜♪」
「は、ははははは……」(大汗)
「うふふふふふふふ♪」
<神岸 ひかり編 おわり>
――さあ、この後、どうする?