陣九朗のバイト 2ndエディション







「リーナさん、できました?」

 チキは、一緒に台所に入り、すぐ後ろでジャガイモの皮向きをしていたリーナに話しかけた。

「うんっ……まぁまぁかな」

 なんだか対照的な言葉を同時に放ち、
手に持っていた皮のむかれたジャガイモを差し出す。

「大丈夫ですよ。上手にむけてます。ただ、ちゃんと芽も取りましょうね。
ジャガイモの芽は体に悪いですから」

「りょーかい!」

 元気に包丁を振り回し、チキに小突かれるのはご愛嬌。

「……ねぇ、チキちゃん」

 皮剥きの手を止め、チキに向き直るリーナ。

 人数が減って、自然と作る回数も減り、今日久しぶりのカレー。
 リーナの大好物の一つだが、リーナは、それを楽しみにしている表情には見えない。

 チキも、ニンジンを刻む手を止めた。

「もうすぐ半年だね……」

 つぶやくようなリーナの言葉に、少しさみしそうな顔でうなづくチキ。

 何が、とは聞かない。
 お互い、良く分かっていることだから。
 忘れない、忘れられないことだから。

「陣九朗様……」




 せかんど 「心と手紙と約束と」




「いらっしゃいませ〜……あら、誠さん、こんにちわ」

 ここは陣九朗の経営『していた』コンビニ………のすぐ裏手。

 以前は駐車場だったが、今は紅茶専門店へと姿を変えている。

 陣九朗が去り際、チキに残したものだ。

 コンビニ経営を始めた当初から、
利用率の低い駐車場を気にしていたのだが、これが一応の答えらしい。

 ちなみに、名義はチキの物だし、
経営上チキに負担になるような物(借金等)は一切なかった。

 オープンしてからまだ三カ月程度だが、
学生や若い女性を中心に、客足は上々だ。

「調子はどうです?」

 誠は手近なカウンター席にかけつつ、中にいるチキに声をかける。
 誠もまた、この店の常連であった。

「はい、お蔭様でたくさんお客様も来てくだいますし、とても楽しくやれています」

「お蔭様って……俺は何もやってないぜ?
あ、ダージリンとクッキーのセット、お願いしますね」

 とぼけたように、据え付けのメニューに目を向けたまま注文を告げる誠。

「はい、ありがとうございます♪」

 心からの笑顔で笑いかけると、用意をするために厨房の方へと戻る。

 言葉に出さない分、気持ちを込めて。

 本通りから少しはずれたこの場所で、ほとんど何の宣伝もせずに、
初日から大勢のお客が来てくれるわけはない。

 それは、誠たちが口コミで宣伝を広げてくれたからに他ならない。

 誰に聞いたわけでもないが、チキはそのことを分かっていた、
 だからこその笑顔だ。

「アレイさん、クッキー焼けました?」

 厨房に戻り、オーブンの前にいる少女――アレイに声をかけるチキ。

 アレイも、今はこの店のレギュラーメンバーに入っていた。

 といっても、現在、ルミラ経営、元陣九朗のコンビニのバイト主任であり、
実質上の店長(名義上の店長はルミラ)でもあるため、入りっぱなしというわけではないのだが。

「ちょうど今、焼き上がりました」

 アレイがオーブンを開けると、甘く香ばしいかおりが店内を泳ぎ始める。

 チキ特製のハーブクッキー。
 どの紅茶にもよく合い、たいていのお客はセットメニューで頼む。

 カロリー控えめなのも、人気の理由かも。

「ひとつ味見していただけます?」

 アレイは、焼き上がったばかりのクッキーをチキに差し出す。

「それでは――」

 差し出されたクッキーをひとつつまみ、口に持って行くチキ。
 アレイがチキにレシピを教えてもらい、作り始めたのが二カ月ほど前。

「……うん、おいしく焼き上がってますね」

 最近早くも、店に出せるほどの出来栄えを見せるようになった。

(すごいですね。ゼロから始めて、短期間でこれ程……)

 内心で舌を巻くチキ。

 もともと努力家――というよりは、頑張り屋のアレイ。
 頑張るその分、上達も速いらしい。

「それじゃ、お客様にお出ししますね」

「はい、あ、カウンター席にいる誠さんにです」

「わかりました」

 小さな浅いバスケットにクッキーを並べ、それをトレイに乗せて運んで行くアレイ。
 厨房からカウンターへの短距離でも、トレイに乗せるあたり丁寧さが良く分かる。

「お待たせしました、誠さん」

 カウンター席で軽く頬杖をついていた誠の前に、焼きたてのクッキーを差し出す。

「ありがと、アレイさん」

「ダージリンティー、お待たせしました」

 すぐ後に、チキが紅茶を持って来る。

「チキさんも、ありがと」

 受け取った紅茶とクッキーを、ゆっくりと味わいながら食べる誠。

「今日はあかねさん達は一緒じゃないんですか?」

 いつもなら一緒にいる誠の恋人たちの姿が見えないので、少し気になり聞いてみるチキ。

「ああ、もう家に帰って、今頃、家で夕食の準備をしてくれてるんじゃないか?
今日は『すき焼き』らしいからな♪♪」

 心なしか、声も弾む誠。
 余程、すき焼きが楽しみらしい。

「なるほど、準備の間はすることがないので外に出ているわけですね?」

 誠のカップに紅茶のお代わりを注ぎつつそう言うチキ。
 紅茶のお代わりは自由らしい。

「ありがと……んで、半分あたりで半分はずれ」

「え? じゃあどうしてですか?」

「う〜ん、よくわからないんだが、今日は特別メニューらしくて、俺は手伝っちゃいけないらしい。
でなけりゃ、今頃、俺もすき焼きの準備してるよ」

 チキは直感的に、さくらたちが何かを企んでいるのではないかと感じたが、
誠はすき焼きに目が眩み、気付いていないようだが……、

「ちーっす」

「浩之ちゃん、行儀悪いよ」

 入り口のドア鈴を連れ、浩之とあかりが入って来る。

「お、誠も来てたのか」

 カウンター席にいる誠に気づくと、そのすぐ隣に腰掛ける。
 あかりはもちろん、浩之の隣だ。

「珍しいな、あんまり来ないんじゃないか、ここ?」

「ああ、チキには悪いが、ちょっと一人じゃ来にくいからな、ここ」

 店内を見回し、そういう浩之。
 なるほど、客の大半が女性のこの店、男一人では来にくいらしい。

「――ってことは、今日はあかりさんのお供か?」

「そんなところだな。それにしても、誠は躊躇なしに常連してるよな」

「別にいつも一人で来てる訳じゃねーよ。
……まぁ、確かに一人じゃ来にくいかもしれないけど、
チキさんの紅茶もクッキーも絶品だからな。それを食う為ならこのくらい」

「……お前らしいな」

 苦笑してから、チキへと向き直る浩之。

「誠とおんなじやつ頼むわ」

「あ、私も」

 浩之は、誠の手元にあるものを見ながら、チキに注文を出す。
 あかりも軽く挙手して、一緒にオーダーする。

「はい、少しお待ちくださいね」



 それからしばらくは、談笑が続いた。
 おいしいお茶と菓子は、会話の潤滑剤に最適らしい。

 チキとアレイは、店のこともあるので、あまり会話には加わらなかったが。



 ―――



「……大丈夫そうだよな。正直、心配してたんだけど」

 店からの帰り、誠は一緒に歩いていた浩之に声をかけた。
 声をかけた、と言うよりは、個人的な確認を声に出した感じだ。

「何がだ?」

「チキさんとアレイさんのことだよ。
陣九朗がいなくなって、何か衝突するかなって、少し思ってたんだけどさ」

 誠も浩之も、あの二人の想い人が陣九朗だということは知っている。
 と言うか、関係者内で既に知らない人を捜す方が難しい。

 尤も、関係がどこまで進んでいるのかは、未だ闇の中だが……、

「二人とも、互いに嫉妬とかするような人じゃないとは思ってたけど」

「――二人とも人じゃないけどな」

「……浩之、そういうボケはいいんだよ」

 ジト目で浩之を見る誠。

「ちょっとしたジョークだろうが……でも、それはどうだろうな」

「え? どういうことだ?」

 意外な答えに、浩之の方を見る誠。
 浩之はいつもとは違い、真剣な顔で、何やら考える素振りを見せていた。

「――ま、思い過ごしならそれでいいんだけどさ」

 考えがまとまらなかったのか、関わるべきことではないと判断したのか、
それとも別の何かなのか、わからないが、とにかく次の瞬間にはすでに、いつもの浩之に戻っていた。



 ―――



「ただいま帰りました」

 家に戻ったチキは、玄関先でふぅと息をつき、家へあがる。

「んあ、チキちゃんお帰り〜」

 あがってすぐ、口に煎餅をくわえたままのリーナが、リビングから顔をだし出迎える。

「お疲れ様、今、カレーあっためてくるね〜」

 そのままトタトタとキッチンへと向かう。
 しばらくして、コンロに火がつく音が、僅かながら聞こえてくる。

 チキは自室に戻り、家での普段着に着替える。

 一瞬、後はお風呂に入って寝るだけなんだから、このままの服でもいいかな、とも思ったが、
やはり気持ちを切り替える意味でも、着替えることにした。

 着替え終わり、机の上の時計を見る。
 20時ちょうど。店の閉店が19時でも、閉店作業などをしてから帰ると大体この時間になる。

(――あ)

 机の上、時計のすぐ傍にある写真立てが目に入る。

 中に入っている写真は、真中に陣九朗、その両脇にチキ、リーナが立っている写真。
 この町に来てしばらくたち、落ち着いてきたころ、記念に撮った写真だ。

「…………」

 つつ、と、写真の中で照れくさそうに笑う陣九朗を指でなぞるチキ。

 そうすると、少し近くにいるような気がして、でも、少し寂しくて……、

「チキちゃ〜ん、着替え終わった〜?」

 キッチンからリーナの呼ぶ声が聞こえる。

 チキはこつんと自分の頭を小突き、暗い考えを振り払ってからキッチンへと向かった。



「明日はお休みなんだよね?」

 二杯目のカレーをぱくつきながら、チキに問い掛けるリーナ。

「ええ、明日は定休日ですから。
それに、ひと月に一度の、我が家の大掃除ですからね」

 カレンダーについた『大掃除です♪』の赤丸をちらりと見るチキ。

 そのまま、まだ半分ほどしか減っていないカレー皿にスプーンをおき、
リーナのコップに水を継ぎ足す。

「ありがと。そう言えばそうだね〜。
……ねえ、チキちゃん、今度もやっぱり……?」

 こちらも手をいったん止め、チキの表情を伺うリーナ。

「陣九朗さんのお部屋、ですか。
帰ってこられるまで、そのままにしておきたかったんですが、さすがに半年もおいておくと……、
――うん、明日は陣九朗さんの部屋も掃除しましょう」

「みゃはは♪ 陣ちゃんのお部屋に入るの久しぶりだよ〜〜」

 喜びとともに(なにが嬉しいのかは不明だが)、カレーをかき込んでいくリーナ。
 すこし行儀が悪い。


 ぴたっ――


 ――と、カレーをかき込む手が突然止まる。

「ああああああああああ!!!」
「ど、どうしたんですか!?」

 突然、雄たけびを上げるリーナに驚くチキ。
 その拍子に、手にもっていたスプーンを落としてしまう。

「忘れてた、明日ルミラさんたちが遊びに来るっていってたよ〜」

「ルミラさん達が、ですか? 困りましたね……」

 落ちたスプーンを流し台におき、
新しいスプーンを水屋(食器棚)から取り出しながらそう言うチキ。

 また食費が…とか、そういうことではなく、
純粋に、掃除が出来なくなることに対しての『困る』なので、あしからず。

 壁にかかった時計を見る。
 針は20時30分を指していた。正確には35分。

 この時間だと、まだ眠ってはいないですよね、とチキは頭でつぶやき、
玄関先にある電話へと向かった。

 そのまま電話のすぐ横に置いてある、
アドレス帳(といっても、数件しか書かれていないのだが)に手を伸ばす。

 目当てのページを開くと、指で番号をなぞりながらダイヤルを回す。
 余談だが、津岡家の電話はアンティーク調のダイヤル式のものだ。

 幾度かの呼び出し音の後、騒音と共に応答がある。

「もしもし、デュラルだけど(こら馬鹿猫! それはあたいのだろうが!!)」

「あ、イビルさんですか? お久しぶりです、チキですが」

 チキが名乗ると、受話器の向こうの空気が若干和らいだ。
 騒音(おそらく晩飯中なのだろう)は、やむことはなかったが。

「おお、チキか、久しぶり……と言うほどでもないだろ。
つい二週間ぐらい前にあったばかりじゃねーか」

「十分ですよ。えと……ルミラさんかメイフィアさん、いらっしゃいますか?」

「おう、ちょっと待って――こんの馬鹿猫!!」

 ガチャッガツンと激しい音を立てた後、受話器から聞こえてきたのは、
「イビルがトロイからにゃ」だとか、「消し炭になりやがれ!」だとか、
あとは何かを破滅的威力でドツキ倒したかのような音が二つだった。

「はいはいお待たせ、どしたのチキ?」

 そう言って受話器に出たのはメイフィアだった。

「こんばんわ、えっと……背後で何かものすごい音がしませんでしたか?」

「まぁ、言ってみれば平和的武力鎮圧ね。いつものことだから気にしなくていいわよ」

「はぁ……」

 生返事と共に、「いまだに生活厳しいのでしょうか」などと考えるチキ。

「あの、明日のことなんですが――」

「ああ、悪いわね〜。なんだかわかんないんだけど、明日に限って家のメンバー暇なのよ。
まぁ、エビルは芳晴のところに行くらしいけど」

「そうなんですか……、
あの、実はですね、明日はお家の大掃除をしようと思ってたんですよ」

「あら、そうなの?」

 全然意外そうでもない声で答えるメイフィア。

「ですから、明日は少しドタバタするでしょうし、できれば――」

「遊びに来るのは遠慮してほしいってわけね。
ま、大掃除するんじゃ仕方ないわよね」

 チキの言葉を先読みして、少し残念そうな声で答えるメイフィア。

「すいません……」

「ん、気にしなくていいからね。わざわざ連絡してくれてありがと」

「いえ、そんな……それでは失礼します」

「は〜い、また明日ね〜」

 リン、と音を立て電話がきれる。

(――? 何か最後に言っていたような気がしますが……)

 最後の方のセリフを聞き取ることの出来なかったチキは、
しばしその場で頭を捻った。

 尤も、すぐ後に聞こえてきたリーナの声で、そのことは有耶無耶になってしまったが。



 ――翌日。



「……ん」

 チキは布団の中から手を伸ばし、枕元の目覚し時計を手に取る。

 針は8時ちょうどを指していた。

 一度枕にくてっと顔を押し付けた後、眠気を振り払うため、体に力を込める。
 チキはいわゆる低血圧なため、睡眠時間は十分なのに相変わらず朝は苦手らしい。

 それでもがんばって体をベッドから起こし、クローゼットから普段着を取り出し……、

 少し考えた後、取り出した服を戻し、
陣九朗がいる時によく着ていたメイド服のほうを取り出して着替える。

 今日は大掃除。
 なので、(外見からはとても判断できないが)動きやすく機能的なこちらを選んだ。

「さ、今日もがんばりましょう」

 クローゼットの扉裏についた姿見に写った自分に、そう言って笑いかけるチキ。

 姿見に表情があれば、彼(彼女?)は少し表情を落としたかもしれない。
 その笑顔は、いつか見た笑顔にはとてもかなわないものだから。

 少し……寂しいものだったから。



「さて、それじゃあ張り切って――」


 ――ぴんぽーん


 朝食も取り、リーナとともに準備を終えたとき、不意に玄関からチャイムの音が響いた。

「――? 誰でしょうか?」

 玄関を開けた先には――

「こんにちわ」
「やっほー」
「よっ」
「にゃ!」
「おはようございます」

 ルミラ、メイフィア、イビル、たま、それにアレイが立っていた。

「あ、あれ? どうしたんですか?
昨日メイフィアさんに、今日は大掃除ですって言ったはずですが……」

「だから、手伝いに来たんじゃない。
どっちみち暇なんだし、それにこの屋敷は、将来的には私たちの元に帰ってくる予定だしね〜」

「いつになるかはわかんねーけど」

「イ〜ビ〜ル〜? あんたがまともにバイトしてりゃあ、
ちょっとは目処も立つってもんなんだけどねぇ〜〜」

「ル、ルミラ様、ストップ!!」

 思わずイビルのこめかみに拳骨を押し当てつつ、
にこやかに暗黒魔法なんぞ使いかけるルミラを、体をはって止めるアレイ。

 良くも悪くも、いつもの光景である。

「そーいうわけなんで、あがらせてもらうわよ〜」

「あ、の、ちょっと、メイフィアさん?」

 チキの静止も聞かず、屋敷へとあがっていくデュラル家一同。



「よいしょっと……あれ〜? メイフィアさん?」

 一足先に、廊下に磨きをかけていたリーナは、入ってきたデュラル家一同を見て手を止めた。

「やっほー、お掃除手伝いにきたわよ〜」

「そうなの〜? みゃはは!」

 うれ楽しそうに笑うリーナ。

「でも珍しいね、掃除なんてめんどくさがると思ってたよ〜。
特にイビルさんとかは〜」

「まぁ、昼飯がついて(ばごっ)」

 背後に立っていたルミラに、ぐーで殴り倒されるイビル。

「おほほほほ、普段いろいろお世話になってるからね〜♪
ぜ〜んぜん気にしなくていいわよ〜♪」

「……お昼ご飯、作るの手伝ってね〜」

 リーナは少しあきれながらも、笑顔でそう言った。



 作業人数が一気に増えたので、手分けして掃除に当たることにした。
 始めは遠慮していたチキも、すぐに諦めて作業場所の分担を始める。

 ちなみに、ルミラの提案で『安全上の理由』から、
イビルとたまは買出し部隊に回っている。

「ふう、ここはこれでいいですよね?」

「ん、いいんじゃない?」

 チキは、一緒に掃除をして回っているメイフィアに同意を求めた。
 文字通り、塵一つ無く見事に掃除された部屋を見回し、メイフィアも頷く。

「さて、それでは……」

 今まで掃除していた部屋の扉を閉め、次の部屋に目を向ける。
 その部屋は……、

「陣九朗の部屋、ね」

「はい……」

 心持ちゆっくりと扉を開けるチキ。

 毎日、換気だけはしているが、それ以外の用事で入るのは陣九朗が旅立った日以来、
およそ半年振りとなる。

「あらら、随分と埃がたまってるわね?」

 メイフィアは机に指を滑らせ、付いた誇りに軽く顔をしかめる。

「はい、今までなるべくさわらないようにしていましたから。
しかし、いつまでもそのままにしておくわけにもいきませんので……」

 メイフィアの方は見ず、てきぱきとした動作で掃除機をセットしていくチキ。

「ふぅん……――?」

 何とはなしに部屋を見回していたメイフィアは、ある一点に目を留める。

 本棚の上から二段目、ハードカバーの本が並んでいる間に、
白いものがほんの少しはみ出している。

 メイフィアは本棚まで歩みより、それを抜き取る。

「メイフィアさん?」

 メイフィアの様子に気付いたチキが、作業の手を一時止め、歩み寄る。

「なんか、ここに挟まってたんだけどね」

 抜き取ったものを手に持ち、ひらひらさせるメイフィア。
 それは封筒だった。

「あなたにだって」

 封筒の表を見たメイフィアが、そう言ってチキに渡す。

 受け取ったチキは封筒に書かれた『チキへ』の文字に目を留める。
 裏返すと、右下隅に小さく『陣』の一文字があった。

「陣九朗様?」

 チキは一瞬ためらった後、封を切った。
 中に入っていたのは……一枚の便箋。

「……もうお昼ね。イビル達に昼御飯の買出し頼んでくるわ」

 そう言って部屋を出て行くメイフィア。
 彼女なりの気の使い方だろう。

 チキは便箋を広げ、読み始める。

 便箋には、これが旅立つ直前に書かれたものだということ……、
 これから誠と会うこと……、

 留守中なにかあった時の対処法等が書かれていた。

(心配性ですね)

 記憶の中の陣九朗が、ぽりぽりと耳の後ろを掻いていた。

 チキも知らずほほ笑みながら読み進めていたが、ある一文で表情が固まる。

 そこには、旅立つ前にアレイに会うこと、
そして自分なりの結論を出すということが書かれていた。

 そのまま読み進め、最後に『陣』の一文字でくくられた全文を読み終わると、
チキは静かに便箋から目を離した。

(あの日……陣九朗様はアレイさんと会っていた?)








 To be continued...


「作者より」

 続きます。しかも後半の方が長いです。
 よろしければ、もうしばしのお付き合いを……、

<後編へ>