陣九朗のバイト 2ndエディション
「あっ! このバカ猫、あたいの皿からとったな!?」
「しっらにゃっいにゃ〜ん」(むぐむぐ)
「まったく、落ち着いて食べられないの、あんたたちは?」(ひょいひょいぱくっ)
「ルミラ様、それ、たまさんのお皿――」
昼食時――
デュラル家による小戦場と化している食卓だったが、
メイフィアに言わせると「今日は大人しい」らしい。
リーナは額に汗を浮かべ、わずかに苦笑いをしていたが、
当時の自分も大差ないことに気付くことはなかった。
「――ねぇねぇ、メイフィアさん」
中華風スパゲティの肉団子を取り合っているイビルとたまを横目で見ながら、
リーナはメイフィアに声をかけた。
メイフィアは一人戦い(?)には加わらず、しかし、ちゃっかり自分の分は確保している。
「なに?」
「うん、チキちゃんのことなんだけど……」
そう言いながら、リーナは視線をチキに向けた。
最近元気を取り戻してきたと思っていたチキが、
いまでは陣九朗がいなくなった当初の様子に戻ってしまっている。
見る限り、食事にも全く手をつけていない。
「何かあったの? メイフィアさん、一緒に掃除してたんだよね?」
「う〜ん、なんとなく予想はできるんだけど」
皿の上のマカロニをフォークで突き刺し口に運び、もぐもぐごっくんと飲み込む。
それから思案しているのか、つつ、と唇に指を滑らせた。
「…………」
リーナはしばらくメイフィアの言葉を待ったが、結局何も聞くことはできなかった。
午前中に細かい部分のほこり落としなどは終わったので、
午後からの掃除は壁面の汚れ落としなど、拭き掃除中心となった。
働かざるもの食うべからず(食後だが)、とのルミラの言葉で、
午後からはイビルとたまも掃除に加わる。
もちろん、二人は別々のグループだし、それぞれに「お目付役」も付いている。
「よぉ、こんなもんでいいか?」
イビルが雑巾片手に振り返りながら「お目付役」に声をかけた。
お目付役ことメイフィアは、ひとまず手を止め、イビルが受け持っていた部分に目を向ける。
「あんたねぇ……」
一目見ただけで軽く頭を抱える。
「あんた、雑巾汚いままで拭いたでしょ? 拭き筋が思いっきり残ってるじゃない」
メイフィアの言うとおり、イビルが拭いた壁には汚れが筋になって走っていた。
……縦横無尽に。
「どうかしましたか?」
部屋の反対側を拭いていたチキが、こちらに歩いてくる。
「なんでもないわ。ちょっとてこずってるだけ」
そう言いながらメイフィアは、洗い立ての自分の雑巾と、イビルがもつ雑巾を交換する。
思った通り、イビルが使っていた雑巾は、
ぐちゃぐちゃに丸めた状態で使われていたのが見て取れた。
「それでは、私もこちらを手伝います。私の方はもう終わりましたし」
そういって、今まで掃除していた場所から、
軽量タイプのの4尺(足場用のハシゴ、)を運んでくる。
チキの身長では、背伸びして手を伸ばしても、壁の4分の3程度しか届かないからだ。
チキが掃除をしていた壁に目を向けると、
見るからに埃が落ちており、他の場所との違いがはっきりと分かる。
メイフィアは、イビルをチキに任せるつもりか、
雑巾をバケツで濯ぐとさっさと自分の持ち場に戻って行った。
「しっかし、よくこんなめんどーなこと毎月やってるよな」
新しい雑巾で、壁を拭きながらイビルがぼやく。
はっきりきっぱりズバリと言って、イビルは掃除が嫌いだし、苦手である。
ちまちま細々としたことには、性格からして向いていないんだろう。
掃除なんてものは、目に見えて汚くなってきた時にまとめてやれば良いと思っているイビルにとって、
フランソワーズやチキのように、こまめに掃除をするということは、ある意味、理解の範疇を越えている。
「そうですか? お部屋に限らず、きれいで清潔な方が気持ちが良いじゃないですか」
「そりゃまぁ、そうだけどよ。
使ってない部屋なんかは、別にしなくても良いんじゃねぇか?」
普段使ってない部屋であるこの部屋の床に、胸の辺りから指さす。
「ですから、換気だけは毎日していますが、掃除はしてないんですよ。
毎日、全室お掃除しようとすると、どうしても時間がかかってしまいますから。
ふだん使っているリビングやキッチンを優先してるんです。
今日は大掃除ですからね、毎日はできない所もきっちりと――」
「おいおい、それじゃ話が戻っちまうだろう?」
笑顔にも見える苦笑を浮かべ、イビルは掃除を再開した。
しばらく黙って掃除をしていたが、ふと、今度はチキの動きが止まる。
「イビルさん……」
「おぅ?」
声をかけられたイビルは、壁の染みと格闘したまま応じる。
「少し……お聞きしたいことがあるんですが」
「なんだ? ――くそ、落ちやしねぇ」
「……あの日、アレイさんに、何か変わった所はありませんでしたか?」
「――あの日?」
チキが言おうとしているのが、何時のことかわからなかったイビルは、
染み抜きの手を一時止め、チキに向き直った。
「あの……陣九朗さんが、お父様の新朗太さんと一緒に旅に出られた日です」
「ああ、その日か」
チキの言葉で思い出したイビルは、意識を再び壁の染みへと集中させる。
「あ〜〜、確かその日は、出先からルミラ様が帰ってきた後、すぐにメイフィアが出掛けて……、
そうそう、それからちょっとして、アレイのやつも出掛けたんだったな」
「そう……ですか。それで、お帰りになられたのは?」
「はっきりとは覚えてねーけど……そういやその次の日は赤飯だったな。
久々の贅沢品だったんで、よぉぉく覚えてる」
「…………」
頭の中で赤飯の味を反芻しながら、壁の染みをひたすら擦るイビル。
わりと器用な行動にも思える。
「イビル、そっちは終わった〜……って、あんた何やってるの?」
自分の分を手際よく終わらせたメイフィアが様子を見に来た。
そのまま怪訝そうにイビルを――正確には、イビルの手元を見やる。
「壁の染みを通り越して内壁まで磨き上げるのって楽しい?」
「なわけねーだろっ!」
雑巾をべちゃっと床に投げ付け、逆ギレするイビル。
「怪しい笑みを浮かべて、しきりに擦ってたから楽しいのかと思って」
「何なんだよ、怪しい笑みって」
自覚があるものの、決して認めたくはない事実にそう呟きながら、
床に投げ付けた雑巾を拾い上げる。
「…………」
「……その染みも、ちゃんと拭いときなさいよ」
カーペットに新たにできた染みと自分の迂闊さに、
涙なんぞ流してみるイビルだった。
「ところでチキは?」
メイフィアが視線を後ろにまわし、室内にいないことを確認しながら問う。
「あ? あたいはしらねーよ?
そういえば、なんかの話の途中だった気もするけど……」
「話って…もしかしてアレイのこと?」
「ああ、そんな感じだ」
メイフィアの胸に嫌な感覚がよぎった。
(可能性は半々、アレイのところに行ってないとしたら――)
手にもった雑巾をバケツに放り投げ、メイフィアは急ぎ足で部屋を出た。
―――
チキは暗闇の中にいた。
それはとても懐かしい、しかし、決して「それ」ではない闇。
ただ静かに、チキは闇に抱かれる。
チキが読んだ、陣九朗からの手紙。
そこにはあの日、アレイと会うこと、結論を出すということが書かれていた。
そして――先程イビルから聞いた言葉からも、アレイが陣九朗と会ったであろうことが分かる。
そして――その翌日、デュラル家では赤飯が炊かれたらしい……、
このことから導き出される事実は、少なくともチキの中では一つしかなかった。
あの日、二人は自分の気持ちを打ち明け……そして……結ばれたんだろう。
好き合う二人なら、それも自然なことだとチキも思う。
でも……それは、自分が知らないところで起きていた。
自分には、何も知らされなかった。
自分の知らないところで、陣九朗はアレイと結ばれた……、
…………自分は、捨てられた。
「そう、なんですね」
闇に小さく響く、チキの呟き。
――自分は一体なんだったんだろう?
陣九朗に出会い、自分は変われたと思っていた。
でも、本質的な部分では、あの頃と……、
存在意義を見つけられなかったあの頃と……、
すべてを流れに任せていたあの頃と……、
何も、変わってない、変われていないのではないか?
そっと、指から光をとる……、
陣九朗からもらった指輪を……、
今のチキに、それを着けていることは苦痛だったから。
闇の中に光が生まれる。
それは魔法陣。
せめて、全てを忘れる……、
忘れさせるための……、
きいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ―――――
突然、耳障りな音があたりに響く。
魔方陣の発動……ではない?
ピキッ!!
闇に亀裂が走る。
一瞬の後、ガラスに石を投げつけるように闇の一部が砕ける。
「チキ!?」
「チキちゃん!!」
「ルミラさん……メイフィアさん……リーナさん……」
「チキさん……」
「……アレイ、さん」
闇を砕いて入ってきた面々に、チキはうつろな目を向ける。
「チキ……あんた何やってんのよ!! それ、消滅陣じゃない!!」
ルミラが、チキを中心に床に描かれていく魔法陣を見て、驚愕の声をあげる。
――消滅陣。
文字通り、対象となる存在を消滅させ、
過去も含め『存在していなかった』ことにしてしまう、禁術指定の魔方陣だ。
「もう……ダメです。術は発動しました…ルミラさんでも、止めることは出来ません」
「やってみるわよ!!」
そういうとルミラの魔気が強まる……が、すぐに風船がしぼむように力が抜けていく。
「ルミラ様、無駄です。この空間全体に結界が張られています」
メイフィアが冷静に空間観察をする。
要や媒介などは目に見えないが、どうやら弱体化の類の結界らしい。
「メイフィア! あんたなんでそんな冷静なのよ? 止める方法あるの?」
ルミラが苛立ちを無理やり抑え、メイフィアに問い掛ける。
「発動してますから……外側からはもう止められません」
メイフィアの言葉に、ルミラとアレイが何かを言おうと口を開こうとする。
が、それより早くチキが口を開く。
「もう、放っておいてください。
たとえ魔方陣の発動をとめられたとしても…私はいずれ消滅します。
なら……最後ぐらい、自分の意志で――」
「あうう〜〜チキちゃん、嫌だよ〜〜!!」
リーナが顔を涙でぐしゃぐしゃにして、メイフィアにすがりつく。
体も、不安でがくがくと振るえている。
(だいじょうぶ)
メイフィアが、リーナの耳元でささやく。
(陣九朗を信じなさい)
(陣ちゃんを……?)
その間にも、ルミラがありったけの魔力を振り絞り、
アレイが魔方陣に向かってゆくが、そのどちらも目的を達成することは出来なかった。
魔力は霧散し、アレイは方向感覚を狂わされているのか、
魔方陣に近づくことが出来ないでいた。
やがて、光が収束し始める。
魔方陣の最終プロセスの発動だ。
チキは目を閉じ、その瞬間を待つ。
「チキさん!!」
アレイが叫ぶ。
光がすべてチキに収束し、まぶしく光る!
――キンッ!!
「―――――え? これは……」
光が収まったあと。
そこには変わらぬ姿で在りつづけるチキが居た。
「チキちゃ〜〜ん!!」
たまらず、リーナが駆け出し、チキに飛びつく。
魔方陣の消滅により、空間に張られていた結界も消滅したらしい。
「ど、どうして……」
チキは泣きじゃくるリーナを抱きとめながら、起きた事が信じられないという顔をしていた。
そんなチキにメイフィアが歩み寄り、
座り込んだチキのエプロンの辺りから何かを摘み上げる。
「外側から破れないなら、内側からってね。相変わらず強力ね、陣九朗の銀術具は。
禁術すら押さえ込むなんて……ま、さすがに耐え切れなかったみたいだけど」
そう言いながら、輝きを失い、真っ黒になったそれを手のひらに載せる。
「陣九朗様の……指輪」
チキがそう呟いた時、指輪は最後の力を失い、粉々に砕け掻き消えた。
「まぁ、いろいろ言いたい事はあるんだけど――」
ルミラが歩み寄り、チキの前でひざを付き、目線を合わせる。
そして、次の瞬間――
パンッ!
いきなりチキの頬を張った。
「ルミラさん!?」
「ルミラ様!?」
リーナとアレイが抗議の声をあげるが、ルミラは特に気にした風もなく立ち上がり、
「とりあえず、これで勘弁しといてあげる。後は当事者同士で話しなさい」
そういって、空間を強制解除し、部屋を出て行った。
解除された空間は、元の姿…陣九朗が篭りに使う部屋へと戻る。
「どうして……どうして放っておいてくれないんですか!?」
チキが悲痛な声で叫ぶ。
「私は存在する意義を失いました! もう、この世界に――」
「いいかげんにしてください!!」
チキの激白を止めたのは、アレイの叫びだった。
「そんなこと……言わないでください。
悲しいですよ……そんな言葉……聞きたくないです」
俯き、肩を震わせ搾り出すようにそう言うアレイ。
「あなたに……あなたに何がわかるんです!?
一番愛しい人に選ばれたあなたに!!」
「違います!!」
きっ! と顔を上げ、真正面からチキと向き合うアレイ。
「チキさん……違うんです……」
今にも泣き出しそうなアレイに、チキも言葉を詰まらせる。
と、部屋の入り口脇の壁に背を預け、
こちらをじっと伺っていたメイフィアが、不意に口を開く。
「わかってたことだけど、あなた達には誤解があるわね。
チキの方は言うまでもないことだけど」
「……どういう、ことですか?」
チキがアレイからメイフィアへと視線を移す。
「あの日、陣九朗はアレイに会う前に私と会ってたの。
陣九朗は私に頼み事をするつもりだったみたいでね。
……なんだと思う?」
チキは応えずに黙って、メイフィアの次の言葉を待つ。
「陣九朗はアレイにも指輪をあげてたの。
でもそれは、あなた達にあげたようなものじゃなく、
アレイから自分の……陣九朗の記憶を消すためのものよ」
「――っ!?」
意外なメイフィアの言葉に、チキの体がこわばる。
陣九朗がそんなことをするとは……考えにくいが、ないことでもない。
「まぁ、もちろんふざけんじゃないわよって感じだったんだけど、
わたしがそれを言う前にアレイが登場してね。そのあとは……」
メイフィアは、目線でアレイに話すように告げる。
アレイは軽く深呼吸をしたあと、メイフィアに続けて話し出す。
「あの日、確かにわたくしは陣九朗さんと会いました。
陣九朗さんとメイフィアさんが話しているのを聞いてしまい……、
陣九朗さんに、自分の事を丸ごと否定された気がして……」
一言一言、区切るように話されるアレイの言葉。
(私と……同じ?)
チキは先程の自分を思い出した。
「思わずその場を走り出して……でも、陣九朗さん追いかけてきてくれたんです。
そして、そこで……その……想いを告げました。
そして、新朗太さんのご厚意もあり、陣九朗さんと一夜をともにしました」
一番聞きたくない言葉に、思わずチキは耳をふさごうとする。
しかし、それは抱きついたリーナによって遮られる。
そして、リーナはチキの目を見つめる。
(陣ちゃんを信じて)
言葉には出さないが、チキにはリーナがそういっているのがわかった。
「確かに……確かにわたくしは陣九朗さんと一緒にいました。
でも! 陣九朗さんは……何もしてくれませんでした!!」
「………はい?」
何を言われたのか、とっさに理解できなかったチキは、気の抜けた声をもらした。
「あの日、ホテルの部屋に入って、雨に濡れた体をシャワーで温めました。
わ、わたくしは、その、ご一緒したかったんですが、陣九朗さんがどうしてもというので我慢して……、
でも、この後のことも考えて、陣九朗さんに差し上げるため、いつもよりしっかり体も洗って……、
そして、と、とっても恥ずかしかったんですけど、バスタオル一枚だけで、
陣九朗さんが待っているベッドまで行って……、
わたくし、精一杯の勇気を振り絞って、陣九朗さんの足元からお布団にもぐりこんだんですが――」
「いやあの、アレイ?」
メイフィアが額に汗を貼り付けながら、少々暴走気味のアレイに声をかけるが、
すでに『向こうの人』になりかけているアレイには届かないようだ。
「でも、陣九朗さん……布団から出た私を見た途端に……、
その、鼻血を出して気絶されてしまいまして……」
「…………」
「…………」
「…………」
「それからしばらくして気が付かれたんですが、
その時、まだ裸だったのがいけなかったのか、またしても――」
「あーー、もう良いわアレイ、十分わかったから」
メイフィアが心底疲れたような声でアレイを止める。
そうして、チキに向き直り……、
「つまりは、そういう事なわけ。
いい加減、陣九朗も、あの純情なとこ治さないとダメよね、いい年なんだし」
と、苦笑とともに告げた。
チキはしばらく黙って俯いていたが、やがてその肩が小刻みに震えだし――
「あ、あははは、あはははははははは!!」
やがてそれは気持ちの良いほどの大笑いへと変わった。
考えてみれば、その可能性は十分すぎるほどあった。
陣九朗は昔から『そういった事』に関して、異常なほどに潔癖……というか、
融通のきかない古風な考えをもっていた。
そのせいもあり、気構えしていない時に『そういった事』に出会うと、とてつもなく弱い。
はっきり言って、(新朗太に言わせれば、情けないことに)「超」が付くほどの純情なのだ。
ひとしきり笑った後、大きく深呼吸して呼吸を整える。
そうしていると、アレイがもう一言付け加えた。
「チキさん……わたくし、正直に言いますと、あの時、既成事実だけでも作ってしまうつもりでした。
でも、出来ませんでした。どうしてだか分かります?」
「……いいえ」
「その時、陣九朗さん、言ったんです。
『俺には他にも、心の底から大事にしている女の子がいる。
ここで……その、そういう事をしちまうと、その子は泣くだろう。
俺は、その子を悲しませることはしたくない』って。
誰のことか……お分かりですよね?」
チキは一瞬目を見開いたあと、瞳を潤ませて、小さく頷いた。
「正直、うらやましいですよ。
こんなにも愛されているチキさんが」
そういって、アレイはチキに笑いかけた。
チキの涙は……止まりそうになかった。
―――
「いらっしゃいませ〜♪
あら、藤井さん今日も来てくれたんですね♪」
「あら誠君、こんにちわ」
店に入った誠は、ここではあまり見ることのない面々がいることに少し驚く。
「ルミラ先生、それにメイフィアさんも」
誠は、カウンター席に座るルミラの横に、一席空けて座る。
「いつものセットでよろしいですか?」
「ああ、頼みます」
カウンターの中から笑顔で注文を取るチキに、わずかな違和感を感じる。
何なのかは分からないが、それはとても「良い」変化のように感じる。
「珍しいですね、ルミラ先生がここに来るなんて」
「そうね、そんな余裕もないのに、ね?」
「え、いや、そういう意味で言ったんじゃないんですけど――」
あわてる誠を見ながら、ルミラはくすくすと笑う。
「冗談よ。今日はチキちゃんのお・ご・り♪」
そういうルミラを、すこ〜しだけ険のこもった目で見る誠。
「……なによぅ、別に無理やり奢らせてる訳じゃないわよ?」
ちょっぴり可愛らしく、すねてみたりするルミラだった。
一応、普段の行動には自覚があるらしい。
「ふふっ、今日はお世話になっているお礼です。
あ、藤井さんも――1セットだけ、御馳走させてください♪」
個数指定をつけないと、恐ろしくてとても言えない台詞である。
「アレイさ〜ん、もう一セット追加です〜」
肩越しに厨房の方を振り返り注文を告げると、
中から「は〜い♪」と元気な声が返ってくる。
それから間もなく、トレイにセットを乗せたアレイが厨房から出てくる。
「ところで、何の話をしてたんです?」
誠はアレイから受け取ったクッキーを早速口に運びながら、
隣に座るルミラに声をかける。
ルミラも、チキの入れた紅茶を喉に入れ、
「あ〜〜、おいし♪ ああ、さっき話してたのは陣九朗君の……あれ?」
そこで言葉を止め、誠の方を見るルミラ。
いや、見ているのは誠の向こう、店の入り口の方だ。
何かと誠も振り返る。
扉の脇には採光用の窓があり、
そこでは、一羽の白い鳥がその嘴で窓をこつこつと叩いていた。
「噂をすれば、ね」
「――え?」
誠の疑問の声をおいて、ルミラは席を立つと、窓まで歩み寄りそれを開いた。
店内に入った小鳥は、数度首をかしげた後、
迷う事なくカウンターの中にいるチキへと飛んで行く。
そして、チキが差し出した指に止まった。
「――在るべき姿に」
チキが呟くと、小鳥は淡く光った後、一枚の紙へと姿を変える。
「……式神ってやつか?」
誠が鳥が紙に変わる様を見て、目を丸くしながらそう言った。
「さすが誠君ね、これは陣九朗君が連絡を取るときに良く使う式神よ。
チキちゃん、何て書いてある?」
ルミラがせかすようにチキに問いかける。
チキは、紙に書かれた文面に目を走らせ――読み終わったらしく、その手紙をそっと胸に抱いた。
「陣九朗さん、帰ってくるそうです!」
アレイに手紙を渡して、本当にうれしそうに破顔する。
「本当です! あと数週間以内に帰ると書いてあります!」
受け取った手紙を読むアレイも、そう言って手紙を胸に抱き込んだ。
それから数週間後――
月の下に影が二つ――
「父、最後の一カ所、終了だな」
「ああ、とりあえずは一段落と言ったとこだ。
塞いでも繋いでも、後から壊してくれるからこれ以上は限がない……、
新しくできた歪みは、俺がちょくちょく直していくさ」
「……いいのか? もう、手伝わなくても」
「ああ、お前には別の仕事があるからな」
「……仕事? なんのことだ?」
「ま、気にするなぃ。それよりも、早く帰ってやれ。
お前には……待ってる人がいるんだからな」
「……ああ」
影の一つが小さく揺れ――しかし、その場に留まる。
その場を動かず、背を向けたままの影に、もう一つの影が眉をひそめた。
「――? どうした?」
「俺の帰る場所は、父の帰る場所でもある」
そう言って影は、肩越しに振り返り、
「待っててやるよ。変なちょっかいかけない限りな!」
そう言って笑い、今度こそその場を駆け出した。
「……子を想わぬ親はいない――しかし、親を想う子は――」
残った影は空に浮かぶ月を見上げた。
「幸せもんだな、『俺たち』は」
……そして、笑った。
<おわり>
あとがき
はい、お久しぶりです。
いつかの約束を果たすべく発動しました2ndですが……、
何なんでしょう、このテンションは?
書いてる時はそうでもないんですが、後から読み返すとのたうちまわるほどですな。
いろいろイタイです。
それと、ギャグを期待された方は「すいませんでした」。
どうにも締めが甘いのは自覚しておりますので、石投げないでください。
さて、陣ちゃんが帰って来るまであと数週間。
このまま何事もなく、時は過ぎ行くのか?
それは誰も知らない。(作者も知らない)
<コメント>
エリア 「素晴らしいですっ!!」(*T▽T*)
アレイ 「――は、はい?」(@○@?
さくら 「その行動力、その勇気……尊敬に値しますっ!」(*T▽T*)
アレイ 「そ、そんな……尊敬だなんて……」(*^_^*)
フラン 「ご謙遜なさらなくても良いですよ。さすがはアレイさんです」(^○^)
あかね 「うんっ! あの誘惑っぷりは、もう琴音ちゃん並だねっ!」(^〜^v
アレイ 「……なんか、誉められている気がしません」(−−;
エリア 「とにかくっ! 誠さん達のような朴念仁さんには、
あれくらいの覚悟で望まなければならない、という事がハッキリしましたっ!」( ̄□ ̄)/
さくら 「はいっ! 次に外泊旅行に行った時が勝負ですっ!」( ̄□ ̄)/
フラン 「僭越ながら、ワタシもお手伝いさせて頂きます」(−o−)
あかね 「うみゃっ! アレイさんも、チキさんも、頑張ろうねっ!」( ̄□ ̄)/
アレイ 「は、はい……」(^_^;
チキ 「あ、あははははは……」(^_^;
陣九郎・誠 「「ぶえっくしっ!!」」(>
<)(> <)