矢島から貰った餞別を速攻で売っ払い、
その金で必要な道具を買い込んだ後、
俺とさくらとあかねは城下町の門をくぐった。
情報によれば、魔人は城下町から少し離れたところにある
宮廷魔術師である芹香の別荘に立て篭もっているらしい。
「まーくん、気をつけてね。
街から一歩外に出たら、そこはモンスターの巣窟なんだから」
「わかってるって」
モンスターの襲撃を警戒しながら、
俺達は目的地へと慎重に進んで行く。
そして、その別荘があるという森の入り口に差し掛かった時……、
ガサッ！！
「「「っ！！」」」
側の茂みから、黒い影が飛び出してきた。
――モンスターだっ！！
俺達は咄嗟に武器を構え、敵を迎え撃つ態勢を整える。
と、同時にＢＧＭが緊張感のあるアップテンポのものへと変わる。
さあっ！！ 戦闘シーンだぜっ！！
オーガー『坂下』が現れたっ！
どうする？
――たたかう。
「でやぁぁぁぁぁーーっ！！」
俺は愛用のロングソードを振るい、坂下に斬りかかる。
「甘いわっ！」
しかし、俺の渾身の一閃は、坂下に軽々とかわされてしまった。
そして、攻撃をミスした俺の隙を突き、坂下は俺の腹部に拳を放つ。
「おわっと！」
俺はそれを何とかかわし、バックステップで距離を取った。
……チッ……こいつ、強いぜ。
あんな強烈なパンチくらったら、一撃でおだぶつだな。
相手の実力はかなりのものだ。
もしかしたら、俺ではかなわないかもしれない。
……こりゃ、迂闊には近付けないな。
となれば……、
「さくらっ！ 魔法で援護を頼む！
あかねはいざという時の為に、回復魔法に集中していてくれ！」
「はい！」
「うん！ わかった！」
俺の指示に頷き、あかねは回復魔法の呪文を唱え始める。
そして、さくらは攻撃呪文を……、
カイザード・アルザード・キ・スク・ハンセ・グロス・シルク
灰燼と化せ、冥界の賢者
七つの鍵をもて開け地獄の門……
「ちょ、ちょっと待て！！ さくら、その呪文はぁぁぁーーーーーっ！！」
さくらが唱える呪文の正体に気付いた俺は、
慌ててさくらを止めに入る。
しかし、それはもう遅かった。
ハ ー ロ ・ ○ ー ン
「七鍵守○神ッ！！」
『七鍵○護神』――
かつて暗黒の魔術師と呼ばれた『ダー○・シュナイダー』が
得意としていた呪文の一つである。
魔界の七つ門を同時に開き、術者の体を中心に膨大な魔力を集積し、
掌を破壊方向に示して全エネルギーを放出する呪文。
物理的に言うと粒子加速器に似た作用を起こす呪文だ。
まあ、分かり易く言うと、第五使徒『ラミエル』の加粒子砲と同じなわけで……、
ドパシューーーーーッ！！
「あーーーーれーーーーっ！」
で、それを超近距離でブッ放されたわけで……、
ひゅ〜〜〜〜……ぺちっ
そんなモンくらったら、さすがの坂下もなす術もなく……、
――オーガー坂下を倒した。
あまりにもあっけなく、戦闘は終了したのだった。
さくら……それは援護攻撃じゃねーよ。
それに、ンなマニアックな呪文使わんでもいいだろが。
俺は剣を鞘におさめながら、内心呟く。
そういや、前のモンスター大量発生事件の時も、
こいつが某金髪魔王の呪文使って、９割方やっつけたんだったよな。
「さあ、まーくん……行きましょう」
「あ、ああ……そうだな」
あんな物騒な呪文を使ったにも関わらず、しれっとしているさくらに、
俺は引きつった笑みを返しつつ、森の中へと足を踏み入れたのだった。
「きゃーーーーーーっ！！ 助けてーーーーーーっ！！」
森に入ってしばらく歩いていると、
どこからか助けを呼ぶ女の子の声が聞こえてきた。
「まーくんっ！」
「ああっ！ いくぞっ！」
悲鳴が聞こえた方へ、俺達は走る。
うっそうとした茂みを掻き分け……、
邪魔な枝を剣で薙ぎ払い……、
「まーくん！ 女の子がモンスターに襲われてる！」
先を行く身軽なあかねの声に、俺は前方に注意を向けた。
そこには、モンスターに押し倒された女の子の姿がっ！！
「ちょっと……いい加減に止めなさいよ！」
「へっへっへっ……何言ってんだよ。
あんたもこうなることが分かってて、この森に入ったんだろ？」
「あたしはそんなつもりは全然ないのよっ！」
女の子に迫るモンスター。
それに必死に抵抗する女の子。
その光景を見て、俺達は……、
「何だ、あいつか……さくら、あかね、先を急ぐぞ」
「はい」「うん」
……あっさりと見捨てることにした。
俺の言葉にさくらあかねも同時に頷き、
俺達はその場を通り過ぎようとする。
「ちょっとっ！ あんた達、待ちなさいよーっ！！」
「……ちっ、気付かれたか」
襲われている女に声をかけられ、俺は舌打ちをする。
「あのなー、志保……俺達は今、とーっても急いでるんだけどな」
そう……その女とは、遊び人の『志保』であった。
「志保ちゃん情報だよ〜」と、信憑性の無いデマ情報を言いふらす
この大陸一のトラブルメーカーだ。
この女に関わるとロクな事がないから、
あまり関わり合いになりたくないのだが……、
「そんなこと言わないでさ〜……お願いだから助けてよぉ〜」
「う〜〜〜〜ん……でもなぁ……」
「なによーっ！ そんなこと言うと、後であんた達の評判悪くするような事、
あることないこと言いふらすわよっ！」
俺とあかねはともかく、一国の姫様であるさくらの悪口言いふらしたりしたら、
どういう目に遭うか分かってんのか、こいつは？
まあ、ここで見捨てるのも、後々目覚めが悪くなりそうだし……、
「しょーがねーなー……助けてやるか」
と、俺はスラリと剣を抜いた。
ゴブリン『橋本』が現れたっ！
どうする？
――たたかう。
ズバッ！！
「ぐはっ！！」
――ゴブリン『橋本』を倒した。
「……って、弱いぞ！ おいっ！」
「まあ、所詮は雑魚ですし」（笑）
「……そうだな……雑魚だもんなぁ」（笑）
「いやー、ありがとねー。おかげて助かったわ。
もう少しでお嫁に行けないカラダにされるところだったものねー」
というわけで、自分達の意に反して、
志保を助けることになってしまった俺達。
で、この森を一人で帰すのは危険だということで、
俺達はあかねの魔法を使って、志保を安全な場所に転移させることにした。
「ながれ〜だしたひとごみ〜の〜、じどおかいさつを〜〜♪
たのしげにわら〜って〜すぎる〜〜〜、せいふくたち〜〜♪」
てなわけで、今、あかねは転移魔法の呪文を唱えている。
それにしても……いつもながらヘンな呪文だよな。
「お礼と言っちゃなんだけど、最新の志保ちゃん情報を提供して……」
「いらん」
志保の言葉を遮り、俺はキッパリと言い放つ。
「そう言わないで聞きなさいよ。あんた達にとっては有益な情報の筈よ。
この先にある芹香さんの別荘に行くんでしょ？」
「…………まあ、話だけは聞いてやるよ」
「そうこなくっちゃ！ あのね、芹香さんの別荘に入るには、
『セバスチャンの鍵』が必要なのよ」
「『セバスチャンの鍵』？」
「そうよ。それが無かったら、行くだけ無駄足よ」
「なるほどねー」
その話を聞き、俺はちょっと考える。
もし志保の話が本当なら、
このまま別荘に向かっても意味が無い。
しかし、志保の言っていることが本当だとは限らない。
日頃の行いがアレだからな。
まあ、とりあえず、一応、このまま向かってみるか。
それで中に入れなかったら、志保の話が本当だったと思えばいい。
「分かった……その情報、ありがたく頂いとくよ。ありがとな」
「どういたしまして」
と、そこまで話をしたところで、あかねの呪文が唱え終わった。
「まーくん、準備できたよー」
「おう。じゃあ、志保、気をつけて帰れよ」
「はいは〜い。助けてくれてありがとねー」
と、手を振る志保の体が光に包まれる。
「転移魔法『シュイン』！！」
そして、あかねが魔法を発動させると同時に、
光に包まれた志保は、空の彼方へと飛んでいった。
なんとなく、それを見送る俺達。
「あっ！！ 大変っ！！」
と、突然、あかねが大声を上げた。
「どうした？」
「トゥーハートの街に送るつもりだったのに、間違えて別の場所に送っちゃった」
「……どこなんだ？」
「うん。『アリス大陸』にいる鬼畜王って人のお家に飛ばしちゃったの」
「…………」
そりゃ、この森よりも確実に危険な場所だな……別の意味で。
でも、別に命に危険に無いだろうし……、
「………………ま、問題無いな」
そう自分を納得させて、俺達は再び森の奥へと進んでいった。
それから、しばらく歩いていると、森の出口が見えてきた。
いや、正確には、森の中にポッカリと出来た平地への入り口なのだか。
まあ、とにかく、これでやっと薄暗い森の中から出られるわけだ。
「まーくん！ さくらちゃん！ 早く早く！」
先に走っていったあかねが、俺とさくらを手招きする。
「おうっ！ すぐ行くよ！」
「はいはい。待っててくださいね」
俺とさくらもあかねを追って駆け出す。
そして、光が視界いっぱいに広がった。
「うっ……」
森の薄暗さに目が慣れてしまっていたから、
この明るさはちょっちキツイぜ。
俺は手で太陽の光を遮りつつ、前を見据える。
そこには、大きな屋敷があった。
ここが、宮廷魔術師芹香の別荘。
そして、今や魔人の居城だ。
「ここに……魔人に攫われた女の子達がいるんだな」
「うん……早く助けてあげないと」
「そうですね……ヒドイ目に遭っているに違いありませんから」
さくらの『ヒドイ目』という言葉に、
俺は想像力を働かせる。
どんなヒドイ目に遭ってるんだろう？
聞いた話では、とんでもなくスケベな魔人らしいからな。
きっと、ジャンル違いになるくらい凄い目に遭ってるんだろうなぁ。
陵辱系とか触手系だったらヤダなぁ。
俺、そういうの嫌いだから……。
「まーくん……何を考えてるんですか？」
「あ？ ああ、いや……何でもない。
さあ、サッサと行こうぜっ！」
頭の中を飛び交う様々な妄想を振り払いつつ、
俺は屋敷の玄関へと向かう。
と、その時……、
「ふふふふ……待っていたよ、誠君」
最も恐れていた敵が、俺達の前に立ち塞がった。
＜つづく＞