「ふふふふ……待っていたよ、誠君」
俺達の前に立ち塞がった敵。
それは、インキュバス『雅史』だった。
『インキュバス』――
その耽美な容貌で女をたぶらかし、
性行為によってその女の生気を啜るというモンスターだ。
……そのはずなのだが、この雅史の場合、ちょっと違う。
雅史は変わった性癖の持ち主で、
男の生気……いや、精気……もしかしたら性器かも……を好むのだ。
で、俺は以前、この雅史と対峙したことがあり、
それ以来、すっかりコイツに気に入られてしまったのだ。
……ハッキリ言って、この上なく迷惑な話だ。
「ふふふ……ここにいれば、必ず君が来ると思ってたんだ」
と、雅史は不敵な笑みを浮かべると、掌に魔力球を作り出す。
「今日こそは君を手に入れてみせるよ」
そして、足元に球を放ると……、
「さあっ! 僕の愛を受け止めてもらうよ!
ドライブシュートッ!!」
俺に向かって、思い切り球を蹴り放った。
ぎゅるるるるるるるっ!!
ドライブ回転のかかった球が、俺に迫り来る。
「甘いぜっ!! これが来るのはお見通しだっ!!」
俺は、そう叫ぶと、高々と剣を振り上げた。
そして……、
ズバッ!!
雅史の魔力球を真っ二つに切り裂き、球を消滅させた。
「さすがだね、誠君。
ここはやっぱり、僕の得意な接近戦に持ち込むしかないね」
「接近戦」という言葉を妙に強調しつつ、
雅史は手をわきわきと動かしながら、俺ににじり寄って来る。
ううっ……お前、怖すぎるぞ。
雅史の不気味な迫力に押され、俺は後ずさる。
と、その時……、
「まーくん……あたしに任せて」
と、あかねがズイッと前に出た。
「あかね……どうするつもりだ?」
「最近、覚えたばかりの召喚魔法を使ってみるよ」
召喚魔法だって!?
こいつ、いつの間にそんな大技を!?
「……わかった。頼むぞ」
俺の言葉に、あかねは力強く頷き、呪文を唱え始めた。
「ぐ・う・ぜ・んが〜、い〜く〜つも〜、かさな〜り〜あ〜〜って〜♪
あ〜な〜たと〜、で〜あ〜〜って〜、こ〜〜いにおち〜〜た〜♪」
……相変わらず妙な呪文だし。
と、内心、思いつつ、あかねの呪文を邪魔させない為に、
俺は剣で雅史を牽制する。
そして、あかねが呪文を発動させる。
「召喚魔法『ピース・オブ・ハート』ッ!!」
あかねが両腕を振り上げ叫ぶ。
しかし……、
シーーーーーーーン……
……何も起きない。
もしかして、失敗か?
と、思った、その時……、
ドドドドドドドド……
「…………くーん!」
どこか遠くから、地響きが聞こえてきた。
と、それと一緒に誰かの声が……。
ドドドドドドドド……
「…………しくーん!」
地響きと声の主は、物凄いスピードでこちらに向かってくる。
ドドドドドドドドォォォーーッ!!
「まっさっしくーーーーんっ!!」
「う、げぇっ! サ、サッキュバスッ!!」
地響きとともに現れた女性モンスターを見て、
雅史が露骨に呻く。
そう。あかねによって召喚されたそのモンスターは、
サッキュバス『圭子』だったのだ。
なるほどっ!
相手がインキュバスなら、それと相反するサッキュバスを召喚して、
相殺してしまえばいいってわけだ。
「雅史くぅぅぅぅぅーんっ♪ もう離さないんだからぁぁぁぁぁっ♪」
雅史に跳びついた圭子は、そのまま雅史にキスの嵐を降らせる。
「か、勘弁してよぉぉぉぉぉぉーーーっ!!
女の子に興味は無いんだよぉぉぉぉぉーーーっ!!」
圭子の猛烈なアタックに必死に抵抗する雅史。
おいおい……男だったら、その状況は泣いて喜ぶべきだぞ。
まあ、雅史にゃ無理な話かもしれんが。
「んふふふふふ……♪ さあ、雅史君、あの茂みの中で
アタシ達の愛を確かめ合いましょうね〜♪」
「そんなものは無いよぉぉぉぉぉーーーっ!!」
何とか逃れようと雅史は暴れるが、
当然のことながら、圭子は離してくれない。
そして、雅史はズルズルと茂みの中に
引き摺り込まれていく。
「…………」
「…………」
「…………」
なんか、耳を澄ますと色っぽい声が聞こえてくるんですけど……、
「うわー……すごーい……(ポッ☆)」
「やだ……あんなことまで……(ポポッ☆)」
まあ、そんな事は取り敢えず無視しておいて、
サッサと屋敷の中に……って、
「こらっ! そこっ! 見学しないっ!!」
で、結局……、
三人して雅史と圭子の愛の営み(?)を充分に見学した後(笑)、
俺達は屋敷の中に入ることにした。
「よし……行くぞ」
俺は、緊張の面持ちで、玄関のドアノブに手をかける。
しかし……、
「……やっぱり、ダメか」
玄関には、鍵がかかっていた。
どうやら、今回ばかりは志保の情報は正しかったみたいだ。
「しゃーない。まずはセバスチャンの鍵とやらを探すとするか」
と、俺が肩を竦めていると……、
「ねえねえ、まーくん」
あかねが、俺の袖をクイクイと引っ張った。
「ん? 何だ?」
「あのね、こんなのが落ちてたの」
と、あかねは俺に妙な鍵を見せた。
多分、雅史が持っていたものなのだろう。
で、圭子と色々やってるうちに落としたに違いない。
俺はその鍵を受け取り、しげしげと見つめる。
ホントに、妙な鍵だ。
いや……不気味といった方が良いだろう。
何故なら、柄のところに、
馬ヅラの爺さんの顔がついているのだから。
「それが……セバスチャンの鍵でしょうか?」
「多分、そうだろうな」
……いや、間違い無くそうだろう。(笑)
「んじゃ、早速……」
俺はその鍵を玄関の鍵穴に刺し込んだ。
……カチャ
喝っ!!
「うおっ!!」
鍵についた顔が、いきなり叫び声を上げると同時に……、
ギギィィィィィー……
と、扉が音をたてて開いた。
「……悪趣味な」
そう呟きつつ、俺達は屋敷の中に足を踏み入れた。
「…………誰も、いませんね」
さくらの呟きに、俺は頷く。
確かに、玄関ホールには誰もいなかった。
モンスターが襲ってきてもいいはずなんだかなぁ……。
と、俺達がちょっと拍子抜けしていると……、
「…………っ!!」
どこからか、声が聞こえてきた。
それも一人じゃない……沢山の女の子達の声だ。
まさか、魔人にいぢめられているのかっ!?
「まーくん! 急ぎましょう!」
「あっちだよっ!」
声が聞こえてくる方をあかねが指差し、俺達はそちらへと走る。
そして、その部屋の扉の前へと辿り着いた。
屋敷の構造から推測すると、多分、食事をとる為の部屋だ。
「ここだな」
「……うん」
「そうですね」
その扉を前に、俺達は頷き合う。
ついに魔人との最後の決戦だ。
俺達は、戦闘に備えて、今のうちに強化系の呪文を自分達にかけておく。
そして、俺は静かに、ドアノブに手をかけた。
「…………いくぜっ!!」
一気に扉を開け放ち、俺達は部屋の中へとなだれ込む。
そこで、俺達が見た光景は……、
「……はい、あーんして♪」
「ダメですよ、あかりさん。次は私の番です」
「…………(こくこく)」
「いくら第一婦人でも、順番は守らなあかんで」
「そうだよねー」
「琴音ちゃん、そっちにあるソース取って」
「はい。いきますよー(ふわふわ)」
「あ、わたしお茶とってきますぅ」
「ワタシはさらにケチップをかけるネ」
「あなた、よくそんなんで食べれるわね」
俺が予想していたのとは違い、
何ともほんわかとした平和な団欒風景であった。
攫われたはずの女の子達は、幸せそうに和気藹々と食事をしている。
そして、その女の子達の中心に、一人の男がいた。
その男とは……、
「ひ、浩之っ?!」
そう……そこにいたのは、俺が良く知る親友だった。
勇者『浩之』――
このリーフ大陸で、いや、この世界で彼の名前を知らない者はいない。
かつて、この世界に魔王『ガディム』という強大な悪の化身が異世界より降臨した。
その圧倒的な力に、人々はなす術もなく、世界は魔族に支配されつつあった。
しかし、そこに一筋の光明が刺した。
それが聖剣『ブランニューハート』を携えた浩之だった。
聖剣『ブランニューハート』……それは別名『愛の剣』とも呼ばれている。
その由来は、剣が持つその不思議な力からくる。
聖剣『ブランニューハート』には、その使い手を愛する女の子の想いを
力に変換する特殊な力が込められているのだ。
その力は、まさに無限大。
女の子が使い手を想えば想うほど、剣の力は増大していくのだから。
その無限の力には、さすがのガディムも苦戦を強いられた。
そして、浩之は、鬼戦士『耕一』、電波使い『祐介』、
吟遊詩人『冬弥』、魔法画家『和樹』という四人の仲間とともに、
激戦の末、見事、ガディムを滅ぼしたのだ。
その戦いから後、浩之は人々から『勇者』と呼ばれるようになった。
ちなみに、浩之は俺の家の隣りに住んでいて、
あの戦い以来は、ごく平凡な生活を送っているはずだ。
その浩之が……、
「何でこんなところにいるんだよ?!」
「そりゃこっちのセリフだ。どうしたんだ、誠? そんな物騒な恰好して」
剣と鎧で完全装備した俺達を見て、浩之が訊ねてくる。
「いや、実はな……」
俺達は、あかりさんが用意してくれた料理を食べながら、
事の経緯をみんなに話した。
「なにそれっ! あたし達は浩之に攫われてきたんじゃないわよっ!」
「私達は自分の意志で浩之さんのもとに来たのです」
「…………(こくこく)」
「そうですぅ。みなさん、浩之さんが大好きなんですよぉ」
「それにハーレムだなんて……それを考えていたのはあの王様なんだよ」
「そうです! 許せません!」
「あの王様……滅殺ですね」
「それにても、浩之ちゃんが魔人だなんて……酷いよ」
「まあ、ある意味間違っちゃおらんがなぁ」
「……性欲魔人ネ」
俺の話を聞き、女性陣が憤慨している。
……まあ、無理もないわな。
「つまりだ、矢島の奴は、何も知らないお前を利用して、
自分のハーレム計画の邪魔になる俺を始末しようとしてたわけだ」
「そういうことになるな。済まねぇ、知らなかったとは言え、
お前に剣を向けようとしちまった」
「すみませんでした」
「ごめんなさい」
俺達は浩之に深々と頭を下げる。
「いいっていいって、気にするなよ。
ところでさ、お前ら、せっかくウチに来たんだから、
いっそのこと、ここで一緒に暮らさねーか?」
「「「はい?」」」
突然の浩之の提案に、俺達は間の抜けた返事をしてしまう。
「だからさ、国の政治とかそういう面倒なのはあのお山の大将に全部任せてさ、
俺達はここで楽しくのんびりと平和に暮らそうぜ」
むぅ……それは確かに良い申し出だけど……、
「でも……お前らの邪魔にならねぇか?」
「そんなことは全然無いって」
と、迷う俺に、浩之は気さくな笑みで言ってくれる。
「さくら、あかね……お前らはどうする?」
「わたし達は、どこにいてもまーくんと一緒です。ね? あかねちゃん」
「うん! ずっと一緒だよ」
そう言って、さくらとあかねは俺に抱き着いてくる。
「そっか……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうかな」
「おう! そうしろそうしろ!
よしっ! みんな、今日は誠達の歓迎会だ!! 盛大にやるぞっ!!」
『おーーーーーーーっ!!』
こうして、俺達は、浩之達と一緒に、
末永く、幸せに暮らすことになったのだった。
めでたしめでたし。
その頃、お城では――
「どうして誰も
戻ってこないんだぁーーっ!!」
王座に座った矢島が、一人ぼっちで叫んでいた。
ちなみに、これは余談だか、矢島は一生独身だったという。
ちゃんちゃん。
<おわり>