陣九朗のバイト IN Heart
to Heart
第一弾
「チキ、ほんとにここか?」
そう言って、俺は目の前の建物に眼をやった。
「住所は間違ってないはずですけど…」
「大きいねえ」
チキとリーナも俺と同様にその建物を見上げている。
「こりゃ、なんかあるってのも本当らしいな」
ある日のお引越し 前編
さかのぼること二日前。時はいわゆる朝食の時間。
「まずい……」
「すいません。お塩加減、多かったですか?」
チキが申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んでいる。
「あ、いやいや。味噌汁のことじゃなくてな。その…」
そういって視線を横(台所の壁)に向ける。
そこには見事に穴があいていた。
もともと相当古そうな土壁が、ものの見事に崩れてしまっている。
昨日、俺が不用意に手をついた成果である。
「…そろそろ限界がきてるかもな」
「とっくに限界って気もするけどね」
「うっ!」
前の席でのんきに緑茶をすすっていたリーナが突っ込みを入れてきた。
しかも俺の秘蔵品、神戸銘菓『瓦せんべい』を勝手に食べてるし。
「いいかげん引っ越そうよ。いくら家賃が安いからって、
隙間風どころか直に風が肌で感じられるような居住環境はどうかと思うよ?」
「確かに…これからの季節きついものがあるな」
リーナのせりふに俺は迷わず同意した。
血のせいか、寒いところに長時間いると極度に眠くなってしまうのも原因の一つだが。
「あの、陣九朗さん。実は昨日こんなものをいただいてきたのですが…」
「ん〜〜、と。賃貸のチラシか。でもな…」
「そこの、まるでかこっている所を見てください」
「なになに……これは」
『今だけのチャンス!豪邸がたったの30万で一年間あなたのものに!』
「ほう、おいしい話だな」
「もちろん裏があります」
チキの言葉に、文を読み進めていく。
『ただし、一年間の期間契約とさせていただきます。
一年以内にお引越しをなされる場合、申し込まれたお金はキャンセル料としていただきます』
『連続して三年間契約され、なおかつ契約期間を終了なされた方は、
格安にてこの『豪邸』をお譲りします』
「やっぱりおいしい話にしか見えないけど?」
横から見ていたリーナが不思議そうに首をかしげている。
おいおい、いくらなんでも怪しすぎるだろ。
「まず、『この豪邸』とか書いてるのに、肝心の豪邸の写真が載ってない。
契約期間と家賃がつりあってない」
「さらに、このチラシを配ってた不動産屋のおにーさんに聞いたんですが…
『もって三日、はやくて五分』だそうです」
「……………」
E C M
「んで、来てみたものの…」
俺は、みたび目の前の豪邸…いや、屋敷に目をやった。
なんとなくだが、この建物にはそっちの呼称のほうがあっているような気がしたからだ。
壁を覆うツタ。かなり年季の入った門。しかし全体を覆うのは『高貴なる気』
……ちょっと廃れてるような気もするが。
「やっぱり、なんかあるなこりゃ。これで一年30万ってのは」
「そうだね〜」
「あれ、チキは?」
「ん、あっち」
リーナが指差す方向、近所のおばちゃんと思われる人と話しているチキの姿が見えた。
なにやら驚いた様子でこちらに向かってくる。
「陣九朗さん。あの人の話ですと、やっぱりここには『出る』そうです」
「出るって…もしかして、『あれ』か?」
「はい、『あれ』です」
う〜む、『あれ』、すなわち幽霊とかお化けとか、そういったものの類。
「『そういったもの』なら、全然問題ないな、チキ」
「はい、お掃除しちゃいます」
「あたしらもじゅーぶん『あれ』だからね〜」
「しかもこの立地条件。周りに住宅はまばらにしかなく、高台にあって眺めも良い」
「駅前の商店街まで少し時間がかかりますけど…」
「大丈夫、陣ちゃんがバイト帰りに買い物してくれるって」
「リーナ、言ってないぞ!? ま、いいけど」
そう言って頷きあう俺たち。決まりだな。
E C M
「あ、そ〜う。ついに引っ越すか」
「まあ、とりあえず仮入居ってことなんですが」
バイト先のコンビニ。昼時だというのに相変わらずお客の気配は無い。
んでもって、することも無いため店長と雑談中の俺。こんなんでいいのか?
「いいの。すること無いんだから」
「…心を読まないでください。それでですね、前の部屋よりもここに近くなったんで、
もう少しバイト時間に幅をとってもいいですよ」
実際、前の部屋に比べ、片道30分は短縮されている。
他のバイト先から来る分にはあまり関係ないのだが。
「う〜ん。別に今まで通りでかまわないよ? 見てのとおり、あんまり流行ってないからねえ」
「店長がそんなこと言ってどうすんですか。でも、まあ…今まで通りですか」
「なに? 時間増やして欲しいの? そんなに人件費出せないよ、貧乏だから」
「それもそうですね」
………おや、なぜかジト目をされているような。なんか言ったかな、俺。
ぺこぺこ〜〜ん
お、お客さんか。って店長、いずこへ??
「ん、タバコ吸ってくる。あとよろしく〜〜」
「はい…ってまたですか」
見れば、例によって中華まんがすかすかの状態だった。
店長、もしや中華まんを足すのが嫌で……んなわけないか。
ま、とりあえず足しましょうか。
「あの、すいません」
「あ、はいはい、何でしょうか?」
先ほど入ってきたお客さんがおずおずと(いった感じで)こちらに声をかけてきた。
紫がかった髪を(少し長めに)ショートカットにした、17,8歳ぐらいのおとなしそうな女の子だ。
「あのですね…」
「はい……?」
見るとなにやら手のなかでお金を数えて悩んでいる。
「あの!」
「ちわ〜〜。昼の分の納品で〜す」
「…………」
あ〜あ、海崎パンの納品か、タイミング悪し。
女の子、完全に固まってるし。
「はいはいはいはい、ちょっと通りますよ〜〜」
って、おい! そんなに積んで、しかも進行方向には固まった女の子が!
そのとき、高く詰まれた納品の山がぐらりと傾いた。しかも前に。
「危ない!」
「…え?」
はっし!
「………ふう」
とりあえず間に合った。回り込むひまが無かったからレジの上を跳んでしまったが。
女の子の方には怪我はなさそうだ。ま、かすりもしてないから当然か。
「えと…あれ?」
「すいません!! 大丈夫ですか!?」
「だいじょうぶですか、やと?」
俺の中で少しだけ獣が目覚める。
「な〜にが、だいじょうぶですか、じゃ! おんどれお客さんに怪我でもさせてみい。
どたまかち割って脳味噌のかわりにまっずいクリーム詰めたろか。
それとも冬の大阪湾をコンクリ抱いて遠泳でもするか、あ?」
「!!!!!!!!」
「!!!!」
…………う、いかん。地が出てしまった。最近上手くいってたのに。
ああ! 女の子の方まで引いてるし!
「と、とにかく、量が多いなら、分けるとかしてください。お願いしますよ?」
「は、はいぃ。失礼しました!!」
ダッシュで(逃げ)戻っていくパン屋のにーちゃん。
……完全にやりすぎたな。
ええと、なんだっけ? 何してたっけ?
「あ、あの、すいません」
「はい…ああ、そうそう」
そういえば、何か言うのを待ってたんだっけか。
「はい?」
「あ、気にしないでください。それで、何でしょう」
「あの…あんまん一個ください!」
「わ、わかりました」
なんなんだろう、あの気迫は。あんまん一個で……ん? あんまん?
そういえば在庫がなかったような……あ、やっぱない。
「すいません、今あんまん切らしてるんですよ、『超! あんまん』ならあるんですが」
「はい? 『超! あんまん』ですか? ええと、どう違うんでしょう?」
「超がついてます」
「…………」
あ、うけない。あたりまえか。
「えっとですね、普通のあんまんより『高級なあん』を『ふんだん』に使ってるらしいです」
「……ごきゅ」
う〜む。なぜか『高級』と『ふんだん』という言葉に反応していたようだが?
「どうします? こっちにしますか?
あ、値段のほうは普通のやつより30円ほど高くなってしまいますが」
「 !!!!!!! やっぱり、いいです」
あからさまに驚き、がっかりした感じが見て取れる。
ふむ。これはやはり…、
仕方ない、先ほどのこともあるし、ここはひとつ。
「ああっと!! 忘れていました。
そういえば今日の昼から中華まん全品半額キャンペーンが始まるのでした。
しかも、ある商品を最初に買ってくれたお客様には、もれなくホットドリンクのおまけ付!
ああ、しかしその商品は今一個しかない!」
かなりわざとらしかったかもしれないが、こういうのは考えるひまを与えないことが肝心なのだ。
「え? え? ええと…」
そういいつつ中華まんの入っているスチーム機のほうに眼をやる女の子。
当然だが、今一個しかない商品、それは…
「あ、あの! 『超! あんまん』ください!!」
「はい! 毎度ありがとうございます。
お客さんラッキー! ほっとドリンク一本プレゼント! 何にしますか?」
「あ、ええと、『うお〜いお茶』をお願いします」
俺は商品を手早く袋に入れ、女の子の前に差し出した。
「はい、キャンペーン中で63円になります」
「すいませんが、これでお願いします」
そういって彼女が出したのは…五円玉と一円玉の山だった。
生活苦しいのかな?
「ひーふーみーの…はい、63円確かに。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
そう言って丁寧に頭まで下げてから出口のほうへ向かう彼女。
だが、なぜか途中で足を止めた。
彼女の目線を追っていくと、その先にはさきほどの海崎パンの納品の山。
どうしたのかと思い見ていると、トコトコとこちらのほうに戻ってきた。
「あの、見たところ御一人のようですが、あちら、全部並べるのですか?」
そう言って納品の山のほうを指差した。
「そうですけど? ま、いつものことですし(極まれに店長もいるが)」
「お手伝いします!」
「遠慮します」
「………………」
予想できただけに反応も早かったな。
厚意はうれしいが、お客さんに手伝わせるわけには…、
「お手伝いします!」
手伝わせるわけには……、
「お手伝いさせてください!」
ええっと…、
「いいですよね、お手伝い」
仕方ない、少し酷だが…
「はい。じゃあ、あの山をパン売り場の前まで移動だけさせてください。それで十分ですから」
「はい!」
ああ、言ってしまった。
パンの山、分けて運ぶには多すぎるし、かといって女の子がまとめて持てる重さでもない。
あきらめてくれるといいが。
……しかし、
ひょい。
「!!!!!!!!!!!!!」
あろう事か、彼女は山の一番下を持ち、全部まとめて持ち上げてしまった。
「ええと、どこに置くんでしたでしょうか?」
「あ、ああ、そこの角で、うん、そこでいいです。どうも」
がこっ
「はい、では、わたくしはこれで失礼します」
「どうも、ありがとうございました。あ、あんまんは熱いうちにどうぞ」
………、
……………、
世の中にはいろんな人がいる。丁寧な子だったな。礼儀正しくて…怪力で。
「お〜い、じんくろ〜〜」
…………、
「お〜〜〜い! お客だぞ〜〜」
「はっ! あれ…誠じゃないか。いつの間に来たんだ?」
いつの間にやら、目の前に誠が立って俺の目の前で手をひらひらさせていた。
「第一声がそれかい! いや、そんなことよりもここに女の子がきてなかったか?」
「女の子?」
なにやら少し慌てた様子だ。
女の子……つい先ほどの子の事だろうか?
「ええと、14,5歳ぐらいの金髪で…例えるならフランス人形のような子なんだが」
どうやら違うらしい。あの子の髪は薄紫って感じだったし。
「いや、きてないと思うが。別のおんなの子なら来てたけど」
「別の? なんかあったのか?」
俺は先ほどのことを要約して(都合のいい部分だけ)誠に話した。
「はあ、相変わらずお人好しだな。陣九朗は」
「仕方ないだろ。性分なんだから」
俺はそういいながら、自分財布から300円取り出しレジの中へ入れた。
これで計算は合っているはずだ。
「でもその子、どっかで聞いたような…?」
なにやら考えるそぶりを見せる誠。
ま、こいつならどんな知り合いがいても不思議じゃないと、このごろ知ったがな。
「……あ、それはそうと、俺、引っ越したから。前の部屋にきてもなんも無いぞ」
「あ、そうなのか? で、どこに引っ越したんだ?」
「ああ、あのな」
・・・・・・・・・・(場所の説明中)
「……………」
「? どうかしたか、誠」
聞いたとたん、なにやら誠が固まってしまった。どうしたんだろう。
そして、我に返ると俺の肩に手を置き、
「陣九朗、悪いことは言わないからそこはやめとけ」
いや、そんな真剣に目を見て言われても…
「なんでだ? お化けが出るからとか言う理由は俺には通用しないぞ」
「う〜〜ん、どう言っていいものか。とにかく、警告はしたぜ。今日の晩あたり…気をつけろよ?」
???よくはわからないが、あそこはヤバイらしい。
しかし、前金で5万払ってしまったし。
「ま、せいぜい気をつけるわ。なんかわからんけど」
中編に続くかも。(いや、続けろよ)
あとがきチックなもの。
やってしまいました。後半のネタ、ばればれですね。
ああ、チキとリーナが出てこないよう。もっと出したいのに。
ところで私はフランソワーズ大好きです。
でも、ナイトライターやってないのでおっきい版(笑)は見たこと無いです。
LF97のちっこい人形版しか(エビルが持ってるやつね)。
フランソワーズよりすきなのは…、
続きは近いうちに必ず。出せたらいいな……、
感想はこちらまで。>tuoka@hi-net.zaq.ne.jp
<コメント>
フラン 「誠様ったら、『フランス人形の様な』だなんて……お戯れを(ポッ☆)」(*・・*)
誠 「あのな……お前の場合、ある意味例えじゃねーだろが」(−−;;
フラン 「フランス人形の様に可愛い、だなんて……ああ、誠様(ポッ☆)」(* ̄▽ ̄*)
誠 「そこまでは言って…………ま、いいか……事実だし(ぼそっ)」(−−ゞ
なでなでなでなで……
フラン 「……あ(ポポッ☆)」