Heart to Heart

    
 第25話 「大切なもの」







 一週間続いた同棲生活。

 俺と、さくらと、あかねと……、
 三人で一緒に暮らした日々。

 その生活は……、

 楽しくて……、
 賑やかで……、
 あたたかくて……、
 ドキドキして……、

 それは、とてもとても幸せな毎日だった。

 そして、それはいつしか当たり前のようになっていた。

 しかし、あっという間に日々は過ぎ去り、
再び俺達は離れ離れの生活へと戻った。

 それは、今まで通りの生活なのに……、
 ただ元に戻っただけなのに……、

 ずっと一緒にいたことによる反動で、
お互いが遠く離れてしまったように感じられて……、

 寂しくて……、
 不安で……、
 怖くて……、

 そして、あかねは……、








 雨の中……、








 泣きながら……、








 俺の元へとやってきた。








「あかね……もう、お前に寂しい思いはさせない」

「まーくん……好き……」

 俺はベッドに横たわるあかねの唇にそっとキスをした。

 何度も……何度も……。

 あかねの震えが止まるまで。
 あかねの気持ちが落ち着くまで。
 あかねの心が安心するまで。

 あかねを抱きしめて……、
 あかねの頭を撫でながら……、

 何度も、何度も、唇を重ねた。

 あかねの小さな口に、ちょっとだけ舌を入れる。

 すると、あかねはそれに応えて、舌を絡めてくる。

「……ん……ぅんん……」

「ぁん……ふにゅん……んん……」

 次第に、あかねの方から積極的に舌を動かしてきた。

 そして、少しずつ、少しずつ、あかねの体から力が抜けていく。

 俺はキスをしながら、あかねのパジャマのボタンに手をかけた。

「あ……」

 あかねが恥ずかしそうに身をよじる。

 それに構わず、俺は半ば強引にボタンを外していった。








 あかねは泣いていた。

 心が、泣いていた。

 寂しさと不安で胸をいっぱいにして、涙をこぼしていた。

 どうすればいいのだろう?
 俺に何ができるのだろう?

 どうすれば、あかねの涙を止めることができるのだろう?
 どうすれば、あかねの心を満たしてやれるのだろう?

 あかねは求めていた。

 ぬくもりを……。
 安らぎを……。

 それを求めて、俺のところに来た。








 だから……、








 俺にできることは……、








 一つしかなかった。








 ボタンを全て外し、
俺はあかねの服の中に手を滑り込ませた。

「はぁ……」

 お腹に俺の手が添えられると、
あかねは小さくタメ息をつく。

 そんなあかねを愛しく思いながら、
俺は柔らかな肌の上に手を這わせる。

 ゆっくりとその手を上の方へと滑らせていく。

 そして、俺の手があかねの胸に触れようとした、その時……、

「……まーくん」





 ……あかねが俺の手を掴んだ。





「あかね?」

 訊ねるように視線を向けると、
あかねは何度も首を横に振った。

 その瞳には、涙がいっぱいに溜まっている。

「……嫌なのか?」

 俺のその言葉に、あかねはさっきよりも激しく首を振る。

「違うの……嫌じゃないの……。
でも……でも、このままじゃ……さくらちゃんが泣いちゃうよ」

「っっ!!」

 あかねのその一言に、
俺は頭から一気に血の気が引いていくのが分かった。








 あかねは忘れてはいなかった。
 さくらの気持ちを忘れてはいなかった。

 あんなにも、寂しさと不安で胸を痛めていたのに……、
 あんなにも、ぬくもりと安らぎを求めていたのに……、

 それでも、あかねはさくらを想っていた。

 それなのに、俺は何をしようとしていた?
 あかねを抱こうとしていたのか?

 もし、今、あかねを抱いたら、さくらはどう思うだろう?
 もし、自分の知らないうちに、俺とあかねが結ばれたことを知ったら、
さくらはどんな気持ちになるのだろう?

 そんなことしたら、さくらが哀しむだけじゃないか!
 そんなことしたら、あかねが哀しむだけじゃないか!

 さくらとあかねを傷付けるだけじゃないかっ!!

 ちょっと考えれば分かることなのに……、

 それなのに、俺は……俺は……、








「あかね……」

 俺はあかねを抱きしめた。

 そして、泣いた。

 自分が情けなくて……、
 自分に腹が立って……、

 自分自身が許せなくて……、
 自分自身を嫌悪して……、

 俺は声を上げて泣いた。

「……まーくん」

 そんな俺を、あかねは優しく撫でてくれた。

「あかね……ゴメン……俺、もう少しで大切なものを失っちまうところだった」

「ううん、あたしこそ、ゴメン……まーくんにつらい思いさせて」

 あかねの腕が、俺の手に回される。

 そして、涙を流す俺を慰めるように、
そっとキスをしてくれた。

 それは、とてもあたたかくて……、
 それは、とても柔らかくて……、

 俺の心を満たしていった。

 そして、唇が離れた頃には、
もう俺の涙は止まっていた。

 ……情けねぇ。
 ホントに、情けねぇ。

 俺が支えてやるつもりだったのに、俺が支えてもらってどうすんだよ。

 と、自分を罵りながらも、俺は苦笑した。

 不思議だよな、女の子ってのは。

 こうやって誰かを包み込むような優しさは、
男の俺がどんなに頑張ってもかないそうにねぇもんな。

「ねえ……まーくん」

「ん? 何だ?」

「ゴメンね……あの……我慢できる?」

 と、あかねは恥ずかしそうに訊ねてきた。

「大丈夫だよ。今までだって、我慢してきたんだから」

 そう答えて、俺はパジャマのボタンをはめてやった。

「ほら、サッサと寝るぞ」

 そして、あかねに布団をかけた。
 俺はその隣に潜り込む。

「えへへ〜♪ まーく〜ん♪」

 嬉しそうに、あかねは俺に体を寄せてくる。

「はいはい」

 そんなあかねの頭を俺はいつものように撫でた。

 へへ……やっぱり、こういうのが俺達らしいよな。

「ねえ、まーくん」

「ん?」

「……明日、さくらちゃんに謝らなきゃね」

「ああ……一緒に謝ろうな」

「……許してくれるかな?」

「……あかねはさくらのこと、好きだろ?」

「うん! まーくんと同じくらい大好き!」

「さくらも、きっとお前と同じだよ。だから、許してくれると思う」

「……うん」

「じゃあ、そろそろ寝るぞ。寝坊しちまうからな」

「うん……ずっと、抱きしめててね」

「ああ……」








 そして、俺達はもう一度だけ、キスをした。








 おやすみのキスを……。








「おやすみなさい、まーくん」

「おやすみ、あかね」








 そして……、








 おやすみ、さくら。







<続く>
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