Heart to Heart

     
第24話 「雨降る夜に」







 ザーザー……


 雨の音が聞こえる。


 カチッ……カチッ……


 時計の針の音が耳につく。

 針は、もう夜中の0時を回っていた。

「……まーくん」

 あたしはまーくん抱き枕をギュッと抱き締めた。

 眠れないよ。
 眠いのに……眠れないよ。

 目を閉じると、まーくんの顔が浮かんでくるの。

 いつもなら、それはすっごく幸せなことなのに……、

 どうして、こんなに寂しくなるの?
 どうして、こんなに不安でいっぱいになるの?

 まーくんを近くに感じられないよ。
 まーくんが遠くにいっちゃったみたいな気がするよ。

「……ま−くん」

 あたしは、もう一度まーくんの名前を呟いた。

 ……寂しいよ。
 ……不安だよ。

 まーくんの側にいたいよ。
 まーくんに触れていたいよ。
 まーくんを感じていたいよ。

 どうして、こんなふうになっちゃったの?
 今までは、こんなことなかったのに。

 胸が苦しいよ。
 心が壊れちゃいそうだよ。

 もう……ダメだよ。
 我慢、出来ないよ。

 まーくんに会いたいよ。
 まーくんに会いたいよ。
 まーくんに会いたいよ。
 まーくんに会いたいよ。

 まーくんに……。








 ザーザー……


 バシャバシャバシャバシャ……


 雨の中、カサもささずにあたしは走る。

 パジャマのまま、家を抜け出し、あたしは走る。

 服が濡れるのも構わず、水溜りを蹴って、あたしは走る。

「……まーくん……まーくん……まーくん」

 何度も何度も、まーくんの名前を呟きながら、あたしは走る。

 そして……、

「……まーくん」

 まーくんの家の玄関の前で、あたしは足を止めた。


 ピンポーン……


 あたしはインターホンを押す。

 もう寝ているかもしれない。
 出てきてくれないかもしれない。

 それでも、あたしはインターホンを押す。


 
ピンポーン……


 
ピンポーン……


 
ピンポーン……


 何度も、何度も、押す。

 これって、絶対、まーくんに迷惑かけてる。
 きっと、怒られるだろうな。


 
ピンポーン……


 
ピンポーン……


 
ピンポーン……


 それでも、あたしは押し続ける。

 怒られてもいい。
 怒鳴られてもいい。
 叩かれたっていい。

 まーくんに会いたいの。
 まーくんの声が聞きたいの。
 まーくんの顔が見たいの。


 
ピンポーン……


 
ピンポーン……


 
ピンポーン……


 何度も、何度も……、

 何度も、何度も……、

 あたしは、まーくんが出てきてくれるまで、押し続けるつもりだった。

 そして……、


 
ガチャ――


 ドアが開いた。


「……はい、どなた……あかね?」

 中から顔を出したまーくんは、あたしを不思議そうに見つめている。

 まーくんが、あたしを見つめている。
 まーくんが、あたしを見つめてくれている。

「……まーくん」

 まーくんの顔を見て、涙が溢れてきた。

「まーくん!」

 あたしは、まーくんの胸に飛び込んだ。
 そして、力一杯、まーくんを抱き締めた。

「あかね……どうしたんだ? こんな時間に……お前、びしょ濡れじゃないか!?」

 あたしの濡れた体を見て、驚くまーくん。

「まーくん、まーくん、まーくん、まーくん……」

 あたしは、何も言うこともできず、
ただただ、まーくんに抱き着いて、泣き続けた。








 まーくんは、怒ったりしなかった。

 何も聞かずに、あたしを家に入れてくれた。

 あたしが泣き止むまで、ギュッて抱き締めてくれた。
 あたしが落ち着くまで、優しく頭を撫でてくれた。

 冷えたあたしの体を温める為に、お風呂を沸かしてくれた。
 まーくんのパジャマを貸してくれた。
 あったかいココアを淹れてくれた。

 あたしはソファーに座って、ココアを一口飲む。

 ……あったかい。

 それに、このパジャマもあったかい。

 大きくて、ぶかぶかだけど、まーくんの匂いがして……、
 まるで、まーくんに包まれているみたいで……、

 あたしは、まーくんの方を見た。
 今、まーくんはあたしの家に電話をしている。

「……はい……はい、そういうことなんで……はい……わかりました。
すみません、こんな夜遅くに……はい……おやすみなさい」

 まーくんは受話器を置いて、あたしを見た。

「今夜は家に泊まっていいって」

 それだけを言うと、まーくんはリビングを出ていこうとする。

「まーくん!」

 あたしは慌てて立ち上がり、まーくんの服の裾を掴んだ。

 まーくん、どこいくの?
 どこにもいかないで!
 あたしの側にいて!

 あたしの思いをわかってくれたのか、まーくんはそっとあたしの頭を撫でる。

「どこにもいかねぇよ。もう寝る時間だろ?
戸締りして、電気を消してくるだけだ。
すぐに戻ってくるから、ちょっと待ってな」

 そう言って、まーくんはリビングを出ていった。

 次々と、家の電気が消されていく。
 そして、家の中は真っ暗になった。

「まーくん……」

 まーくん……早く戻ってきて。
 寂しいよ……。
 怖いよ……。

 早く、あたしを安心させて。

 あたしは、自分の体を抱き締めて、
ただジッとまーくんが戻ってくるのを待つ。

 そして……、

「……あかね」

「まーくん……」

 戻ってきたまーくんに、あたしは抱きつく。

 もう、何度目だろう。
 こうしてまーくんに抱きしめてもらうのは。

 もう、何度目だろう。
 こうして、まーくんに頭を撫でてもらうのは。

「……寂しかったのか?」

 まーくんの言葉に、あたしは頷く。

「そっか……ゴメンな」

 どうして、まーくんが謝るの?
 悪いのは、あたしなのに。

「あかね……」

 まーくんがあたしの頬に手を添えて、
あたしの顔を上に向ける。

 まーくんの顔が、近付いてくる。

「……まーくん」

 あたしは、そっと瞳を閉じた。

「……ん」

 唇に触れる幸せな感触。

 長い、長い、甘いキス。

 体が、心が、ぬくもりで満たされていく。

「ん……んん……ふあ」

 まーくんは、ゆっくりと唇を離す。

 そして、あたしの体を抱き上げた。

「……まーくん?」

 あたしは戸惑い、まーくんを見上げる。

 …………あ。

 まーくんは、あたしを見つめていた。
 今まで見たことがないくらい真剣な眼差しで。

 まーくんに見つめられて、
あたしの体は痺れたように動かなくなってしまう。

 あたしを抱き上げたまま、まーくんは歩き出した。

 階段を上り、まーくんの部屋へと連れていかれる。

 そして、まーくんは、あたしをベッドの上に優しく横たえた。

 胸が、ドキドキする。
 すごく、体が熱い。

 ああ……そうか。

 あたし、今から、まーくんに抱かれるんだ。
 まーくんが、あたしを抱いてくれるんだ。

 あたしを……安心させてくれるんだ。

 心も体も一つになって……、

 どんなに離れていても……、

 いつでも、まーくんを感じていられるように。

 あたしは、今、それを求めてるんだ。
 そして、まーくんはそれに応えてくれようとしてるんだ。

「……まーくん」

 あたしは、まーくんに全てを任せて、瞳を閉じた。


 
ギシ……


 ベッドが軽く軋む音。

 そして……、

「あかね……もう、お前に寂しい思いはさせない」

「まーくん……好き……」








 あたしは……、








<続く>
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