Leaf Quest
〜百の英雄伝説〜

『ノーチェ攻防戦』







―― PHASE-01 決断 ――


 ザッハークとの凄絶な決戦の後も、すぐには安らぎは来ない。

 近いうちに起こる、ガディムと、その配下の魔物達の大侵攻……、

 その進軍予測ルートの真っ只中に、今は『孤児達の街』として、
新たな復興の胎動が見え始めた街、ノーチェがあった。

 そして、ライル達は、そのノーチェにいる。

 意見の激しい対立があったわけではない。
 しかし、皆、「何を」選択すべきかで、袋小路に嵌っていた。

 街を引払うか、それとも街に立て篭もり徹底抗戦を行うか?

 両方のメリットは、そのままデメリットとなり、
選択における決定的要素がどちらにも見当たらなかった。

 そして、袋小路をさ迷った果てに、皆は最終判断をライルに委ねる事となる。

 「何故、俺に!?」

 自分が下すであろう決断が、
今後の街の皆の命運を決めるであろう事に、ライルは頭を抱える。

「それはね……キミの『若さ』だよ」

 と、コロンは言った。
 
 戦いにおいては、まず行動する事。
 それによって勢いをつけ、力のベクトルを一つの方向に向け収束し進ませる。

 それは細やかな配慮とか、長年の知恵とか慎重な熟考からではなく、
恐れをものとせぬ、無謀なまでの若さに任せた行動力が引き金となる。

 その引き金に、今、現在、一番適しているのがライルだというのだ。

「既に、熟考の果てに出た『最善の行動は』二つある。
そのどちらを選ぶにしても、皆の先頭に立って勢いを生み出すのが、ライちゃんの役目」

 そう告げると、コロンは、自分の蓄積された知識を待っているであろう場所へと旅立っていった。

 まるでライルの「意思」を察していたかのように、
街を守る為に必要な様々な資料を彼に託して……、

 悩みの果てに、ライルが下した決断は「徹底抗戦」だった。

 理由は挙げれば幾つもある。
 しかし、そのどれもが、最大の理由に対する弁明めいたものでしかなかった。

 ライルは、自分の心の奥底を覗き込む。
 自分は、何故、徹底抗戦に拘るのか、と。

「撤退案について、俺が気に食わないのは、今一度、復興する街を……、
子供達の新しい『家』を、むざむざ魔物どもの手に渡すという事だ。
俺達は、一度、ここで、街を……街の皆を守りきる事ができなかった。
だから、今度こそは、この街も、街の皆も、守りきりたい。
ただただ、破壊する事しか頭に無い奴らに、幸せの拠点をぶち壊されてたまるか!」

 それは……「意地」であった。

 二度と、この街に無慈悲な暴力を入り込ませない。

 これから始まる世界の存亡を賭けた戦いにおいて、
あまりに個人的感情に突っ走った身勝手な理由ではあったが、
ライルが、皆に決断を伝えた時、それに異議を唱える者は街の中に誰もいなかった。

 退くにしろ、ここで戦うにしろ、いずれの場合も犠牲は覚悟しなければならない。
 ならば、「自分達が守りたいもの」を守る為に戦う。

 それでいいではないか。

 ノーチェの街は絶望的でありながら、
その絶望を遥かに凌駕する強烈な意志の下に戦う準備が始まった。





―― PHASE-02 決戦「準備」 ――


 遺されたコロン=アレスタの研究資料を参考に、
ノーチェの街全体を囲む巨大なる魔法陣結界、そして、様々な物理的障害施設が構築されていった。

 殆ど、不眠不休とも言えるペースでの作業の中、
肉体労働と慣れぬ頭脳労働の果てに、とうとう、ライルは倒れこんでしまう。

 すぐに部屋に担ぎ込まれて、アロエッテの監視のもと、絶対安静を強いられるライルであったが、
気も落ち着きを取り戻した頃、ぽつりぽつりと不安と焦りを語りだした。

 自分の下した決断の重さ、そして、ケイオス……、
 アルベルトの不在の間の責任の重さ、夢にまで出てくる何千何万もの魔物の大群……、

 今だって逃げ出したい。
 しかし、逃げ出すわけにはいかない。

 ……呟くライルに、アロエッテは答える

「怖い、逃げ出したいのは私も同じ。でも、そうしないのは貴方が傍にいるから……、
貴方のそばにいるだけで、私は勇気を貰えるから……ライルは、どう?」

 ライルは振り向く。

「そりゃ、俺だって……君がいるから、何とか踏ん張っていられるんだ」

「だったら、もっと私に甘えて、弱気な自分をぶつけて来てほしいですわ。
踏ん張っているだけでは、自分の中にストレスを抱えるだけ……、
想い合うというのは、支えあうことでしょ?」

 めっ、とまるで駄々をこねる子供をしかるような目で睨んだ後、アロエッテはクスリと微笑む。

 次の瞬間、その言葉に応えるように、そして、照れくささを誤魔化すように、
ライルはむしゃぶりつくように、彼女を抱きしめ……倒れこんだ。

 その翌日から、ライルが常に先頭に立って作業を行うのは相変わらずであったが、
どこか肩の力が抜けたような雰囲気になっていた。

 一方のアロエッテと言えば、終始上機嫌。

 その表情は、少女から女のそれへと急速に変わりつつあった。
 ジェーンは即座に、それが意味するものをはっきりと察知していた。

 ライルとアロエッテが部屋で語り合っていた、ほぼ同時刻の頃……、

 タイプムーンで新しい体のリハビリを行っていたアルベルトは、
リハビリ中に無茶をしてできた怪我の手当てを綾にして貰っていた。

 面白半分に、怪我の箇所を、消毒液をたっぷりと染みらせたガーゼで、
グリグリとやる綾に必死の反撃を試みるアルベルトであったが、
ふとした拍子に、押し倒す格好となってしまう。

 お互いに流れる沈黙の時間……、

 しかし、綾からは押し返しも拒否の殴打も飛んでこない。

 思わず「……いい?」と呟いてしまうアルベルト。
 半分は冗談のつもりだったのに、綾は無言で頷いて応える。

 自分をいつもと違う瞳で見つめる綾に、
どぎまぎと十数年ぶりかの複雑な衝動を感じたアルベルト。

 その時、彼は純真な不良少年に戻っていた。

 それから、約二月、街の防護は一応完成する。
 しかし、街を守る者が「二人」足りない。

「兄者は……間に合うかな?」

 思わず呟くライルに、イルスは……、

「大丈夫、ケイオスさんに綾ちゃんだもの。
ギリギリになって『やあ、お待たせ』って、しれっと来るはずだよ」





―― PHASE-03 陸の孤島の攻防戦 ――


 それから、一ヶ月の間――

 次第に勢力を増やしてきた魔物達との戦いの日々が続き、
魔物達に村を、街を蹂躙され、拠るべきところを探しあぐねた少なくない避難民達が街に流れ着いてきた。

 それでも男達は武器を取り、自分達を受け入れてくれた街の為に戦う事を決意する。

 それは、この大きな戦いにおける、
「ノーチェ」という小さな街の「存在意義」が、確かなものとなった瞬間だった。

 とうとう「その時」がやってきた。

 魔界の門から大河の奔流のごとく押し寄せてくる魔物達。

 幾万の邪悪に満ちた影は平原を埋め尽くし、その進む先をことごとく廃墟にして、
とうとうノーチェの街を、その禍々しき牙の範囲内に捕らえた。

 しかし、魔物の群れは空しく街を取り囲み、ただただ唸り声をあげるだけであった。

 巨大魔法陣から発せられた光の奔流が魔物達の前進を強力に拒んでいた。

 奔流を体を傷だらけにしながら突破した魔物は、
ことごとく街を守る戦士達の刃と銃弾にかかっていく。

 だが、それはライル達にとって決して楽な戦いではなかった。

 数を頼みに、魔物は、数度、突入を敢行した。

 少なからずの魔物が光の奔流を抜け、防護柵を越えて街に辿り付こうとする。
 それが、ノーチェの四方八方から仕掛けられるのだ。

 それでも、ライルの炎の魔剣は唸りを上げて魔物達を薙ぎ倒し、
イルスは巧みな罠で魔物の動きを封じ込める。

 自慢の俊足を生かして、アルベルトより、遥かに先にノーチェに到着していた綾は、
伝令と治療と文字通り縦横無尽に街中を駆け巡っていた。

 タイタンの鉄壁の巨体とそこから繰り出される豪腕は、
魔物達の真っ只中で魔物をちぎっては投げちぎっては投げ、
避難民の戦士達はそんな彼らを銃と弓と剣とで支援する。

 数度の激しい攻防を経て、魔軍は突入を諦めた。

 これ以上の侵攻は、いたずらに犠牲を増やすだけと、魔物達も本能で感じていた。

 しかし、同時に察していた……、
 この忌々しき奔流が、長く続くものではないという事を……、

 それは、ライル達も同様であった。

 魔力を多大に消費するこのフィールドは、持って二日間。
 しかし、その間に、敵の動きに大きな変化は必ずあると踏んでいた。もし、

 敵の最大の目標がタイプムーンにあるのなら、このまま留まっているわけにはいかないだろう。

 二日以上の進軍の停滞は、
タイプムーンにいる勇者達にとっては、絶好の先手を打つ機会だ。

 まさか、ここで無駄に時間を浪費するほど、敵の指揮官も愚かではないだろう。





―― PHASE-04 仲間は再び ――


 予想通り、魔軍は移動を開始した。

 しかし、それは、ノーチェを諦めたわけではなく、
前衛軍を残しての主力軍の前進であった。

 魔軍としても、ここまで自分達をこけにしたノーチェを素通りするわけにはいかなかった。

 あの忌々しい光の奔流が消えた時、一気にもみ潰してやる。
 我等に手向かった愚かさを、その身に地獄に行ってからも刻んでくれる。

 残留軍を指揮するラルヴァはほくそ笑む。

『兄者は…まだかっ!?』

 そう叫びたい衝動を抑えながら、ライルは、フィールドの向こうで、
今まさに牙を剥かんとする獰猛な巨大な闇を睨み付けていた。

 すんなり素通りしてくれるとは思わなかったが、
しかし、それでも敵の勢力は大幅に削られた。

 「策」が功を奏すれば、確実に勝利への道は開けるだろう。

 だが、その勝利に至る「ピース」が一つ足りない。

 それでも、ここで泣き言を言うわけにはいかなかった。
 現時点で出来る事を最大限の力を尽くして行う。

 例え、それで命を落とそうとも……、

「まだ、死を覚悟するのは早いですよ?」

 ぽんとライルの肩を叩く綾。

 さすがに疲労の色は隠せなかったが、
しかし、それでもまだ悲壮な決意には至っていない。

『そーそー、何時も俺が言ってるだろ? この世は愉快とご都合主義で出来ているって。
あの飲んだ暮れも、まさか、あわやって瞬間を狙ってるかもしれねーぜ』

 ナーフがケラケラと笑う。

「だよねぇ……何時だってケイ……っと、アルベルトさんか……は、
僕らを冷や冷やさせながら、良いとこ持っていくんだから」

 ナーフの言葉に苦笑しながらも、イルスはそれに同意を示す。
 こんな局面でも、「ご都合主義」な展開を信じて……いや、当然の事と考えていた。

「だな……」

 「三人」の言葉に、何時しか感化されるライル。

 そうだ、何時だって自分達はこんな戦いばっかりだった。
 これはもう、偶然とかではなく、ある種の「能力」とでも言うべきものなのかも知れない。

 ならば、今度もまた「それ」を発揮すればいいだけの話ではないか。

 程なくして、光の奔流が、とうとう、その魔力を失い消滅した。

 それは、魔物達にとっては大虐殺の合図であった。

 眼前の獲物を早く喰らい尽くさんと目をぎらつかせ、
低く重い唸り声を上げながら、魔物達はノーチェ目掛けて突進する。

『防護柵に取り付いてからが……勝負!』

 焦りと、はやる気持ちを抑えながら、ライル達は「その時」を待つ。

 魔物が柵に取りつくまでの数分間は数時間にも思えた。
 しかし、それは蹂躙への恐怖からではなく、決着への渇望がそう思わせていた。

 魔物達の先頭が柵にぶつかる。

 獲物が小ざかしい悪あがきを……!

 魔物達は足元の小石程度の認識で柵を引っこ抜こうとした。

 その瞬間――



「さあ、唄おうか、絶望の……いや、希望の歌を!羽ばたけ! 混沌へと誘う黒き翼よっ!」



 丘の上から急降下してきた黒き翼は、瞬く間に魔軍の先頭を蹂躙し、
翼の主の言う通り魔物達を驚愕と恐怖の混沌に陥れる。

 突然の事態に、動きを止める魔物達。

 ノーチェを取り囲みながらも、
更に発生した予想だにしない事態に戸惑っていた。

 黒き翼は、ライル達の眼前でくるりと旋回し、ゆっくりと降下する。

 その主の姿は、「新しい体」となる前の彼と何も変わらなかった。

 ただ、違うと言えば、ライル達に見せる再会の笑みが、
以前より穏やかに、そして、どこか照れくさげな所だった。

「やあ……ちょっと遅かったかね」

 頭をぽりぽりと軽く掻きながら、アルベルトは言う。

 途端――

「冷や冷やさせやがって、もう少し早く来やがれっ!!」

 ライルの叫びを合図に、アルベルトに、
鍋やら剣やら石やらナーフやらが投げつけられる。

「ちょ……ちょっとマテ! そこはこう……、
おかえりとか、もう少し優しく――ぶるわあああっ!?
まったく、こんな時でも容赦ないねぇ」

 ナーフを頭に突き刺しながら、少し恨みがましく、ライル達を見るアルベルト。

「なんというか、格好良く決めたままでは、どうにも兄者のイメージに合わんと思ってな。
こう、びしっと決めたと思った次の瞬間にずっこけを見せるのが、
この世界における兄者の存在の絶対条件だと俺は思うのだが!」

「いやまて、それは、一体、私を常日頃どういう目で見ていたわけ!?」

「ええもう、ここで優しい顔したら負けじゃないかと思いまして」

 ふうとため息をつく綾に……、

「いや、そこはこう……だね、私と君の……こほん」

 何か言いたげだが、口を噤むアルベルト。

 一方の綾は、言葉の意味は十二分に察してはいるのだろうが、
知らない素振りで「ふふん♪」と笑っていた。

「何にしても、よく戻ってきてくれたよ。兄者」

「まあ、こんな感じに帰ってくるとは思ってたけどね」

 とりあえず、突っ込みを入れて気が済んだのか、ライルとイルスが笑顔で迎える。

「これで、ようやく全員揃ったってわけだ」

 どんな苦しい戦いも、何だかんだで切り抜けてきた仲間。
 この世界で、自分達が最も信頼する仲間。

 それがようやく……「元に戻った」。

「じゃあ、兄者……掛け声頼むわ。
さすがに、ここからは肩の荷降ろしたいんでな」

「ああ……面倒かけたな」

 パンッと、お互いの手を叩くアルベルトとライル。

「それじゃあ……唄おうか。希望と勝利への歌を!!」

 アルベルトの叫びに、皆が拳を突き上げ応える。
 そして、各々が自分の成すべき事を成す場所へと散っていく。

「さあて……それじゃあ、少し骨折ってみるかね」

 呪文薬をぐっと一呑みするアルベルト。

 何をこれから成すのかは、殆ど聞いていない。
 しかし、これから皆が何をやるかは、はっきり分かっていた。





―― PHASE-05 虹の掛け橋 ――


 ギターを手に広場に駆けるライル。
 そこには、ギターを両手に抱え、彼を待つアロエッテの姿があった。

「待たせた……いよいよ、俺達のメインの公演が始まるぜ。
皆を力づけるついでに、魔物どもを引っ掻き回してやろうぜ」

「――ええ!」

 力強く頷くアロエッテ。

「何を企てているかは知らんが、小ざかしい遊びはこれまでだ」

 重苦しい悪魔の声……、

 二人の眼前に立つ、
禍々しい闇の翼を生やした強大な悪の化身。

 その体から発散される魔力は、数メートル離れたライル達を圧倒していた。

「どうやら、貴様が下らん遊びの首謀者と見たが……」

「下らん遊びはともかく、首謀者とは光栄……っていうのかね」

 圧力に押しつぶされそうになりながらも、
アロエッテの前に立ち、盾を構え精一杯の強がりを見せるライル。

『ちくしょう、もう一息って時に、なんてバケモンが来やがったんだ!』

 そんなライルの焦りを察してか、ラルヴァは、ククク……と嘲笑する。

「勝てると思ってたのか?
哀れな……所詮、貴様等の足掻きも、我の一撃で粉にもならん」

 無造作に手を振ったその瞬間、
ラルヴァの手から強烈な熱を伴った火炎が放たれる。

 その威力が、受ければ只では済まない事は一目瞭然であった。

『アロエッテだけでも防ぎきる…っ!!』

 絶望的状況の中で、ただ、たった一つの儚い希望にかけて、
ライルは盾を構え猛り狂う火炎を受けようとしたが、火炎の前に一つの影が立ち塞がった。

「な、何いいいいっ!!?」

 先ほどの余裕綽々ぶりとは一転した、驚愕の叫びをラルヴァは上げる。

 全力を振り絞ったわけではない。
 しかし、それでも、目の前の小ざかしい小僧を、
瞬時に焼き殺すだけの威力は放ったはずなのに……、

 目の前に立つ老いぼれは、平然とその炎を受けきって、そして……笑っていた。

「ふはははははははははっ! ぬるい、ぬるいのう……貴様の炎!!
そんな炎で、我が弟子の晴れ舞台を汚せると思ったか、この愚か者があっ!!」

「お、お師匠様!?」

「ジョーおじ様!?」

「ライル、アロエッテ! こいつはわしに任せろ。
ふっ……大丈夫、こやつの焚き火などいくら受けても、暖まりもせぬわ。
それより、早くお前達の演奏を聞きたいんだがな。わしを超えた、魂の演奏を!」

「そ、その減らず口……すぐに燃やし尽くしてくれる!!」

 怒りに身を震わせ、渾身の火炎を放つラルヴァ。

 しかし、その勢い良く燃え盛る悪魔の炎は、
マスター・ジョーの体に、火傷一つ負わせることはできなかった。

「どうした、こわっぱ! 貴様の炎はそんなものか?
その程度の炎で、我が魂の鎧を燃やせると思っているのかぁっ!」

「だ、だまれえ、老いぼれのやせ我慢など、やせ我慢などおおおっ!!」

 焦りと怒りに我を忘れ、ラルヴァはこれでもかと火炎をぶつける。
 しかし、そのことごとくを哄笑で受け止めるマスター・ジョー。

「アロエッテ、始めよう。なんか、二人で唄う舞台は、いつも殺伐としていて申し訳ないが」

「いいえ、殺伐とした場所だからこそ……唄うのですわ」

 アロエッテは、眩しいくらいに明るく微笑む。

「違いない」

 ライルは、ふっと笑うと、街に唯一ある、
魔術ビジョンの送信機とマイクのスイッチを入れ、二人はギターを構える。

「1・2・1・2・3……!!」

 始まる二人の演奏。

 この時の為に、虹の楽譜を再構成して作った「勝利への希望の歌」。
 どんな時にも、どんな苦しい時にも、共に戦う友、仲間がいるという歌。

 現代に蘇った詩魔術は、眼前で魔力を振るうラルヴァを、
たちまちのうちに苦しみにのたうち回らせていた。

 それは、獰猛で愛も友情も労りも知らぬ悪魔には耐えがたい旋律だった。

「お、おのれぇっ……蛆虫がぁ……小癪なっ!!」

 頭を抑えてうめくラルヴァは、この場は不利であると察したか、よろめくように飛び去っていく。

 しかし、飛び去ったその先にも、
魔物を混乱の極みに陥れる歌が響いていた。

 ライル達の切り札……、
 ノーチェ周辺5キロ四方に埋めておいた無線スピーカーから流れる歌が平原に響き渡る。

 魔物達は街に侵攻するどころか、
彼らにとって悪夢のような歌を耐えるだけでやっとの状態だった。

 かつて、住人を家畜としていた吸血鬼が根城としていた、
街外れの洞窟には、子供達がじっと息を飲んで隠れていた。

 時折聞こえる魔物の叫びと剣と銃弾の音に、
子供達は身を震わせて、「戦い」が終わるのをじっと待つ他はなかった。

 皆が薄々ながら察していた。

 この戦いに負ければ、自分達も親達も神父達も、
大切な人達も生きてはいられない事を……、

 その子供達の中に、パナップもまた、
静かに眠るキャロルを両手に抱いて、じっと時折響く音に耳を傾けていた。

「……? にーに? アロねーね?」

 パナップが、突然、洞窟の入り口に駆け出す。

「パナップちゃん、危ないよ!」

 少年が思わず引きとめようとするも、パナップはじっと彼を見詰め……、

「にーにとアロねーね……じーじも唄ってる」

 そう呟くと、やがて街の広場でライル達が唄っている歌を口ずさみだした。

「……?」

 最初は怪訝な顔をしていた子供達であったが、
パナップの真剣な表情に、たどたどしくも合わせて唄いだし始める。

「うん、わたしたちも歌う。
にーに、アロねーね、じーじ、ぱーぱ、まーま、ねーねに力をあげる」

 街の広場では、マスター・ジョーもギターを持ち出して唄っていた。

「見事じゃ……確かに聞いたぞ……、
わしを……そして『あいつ』を超えたその唄を!
ふっ、ライルよ、まさしく、彼女は、お前にとっての無比な女神様じゃったのう。
唄も心も、わしを追い越してしまったか……、
だがしかし、超えられたからといって、わしは終わらんぞ。
弟子を追いかけて新たな発見をするのもまた人生!
ならば、命続く限り追いかけて、お前達の未来を見届けようぞ!」





―― PHASE-06 勝利の凱歌 ――


 広場から洞窟から響く歌声は、
前線で魔物と対峙する者達に、力を勇気をあらん限りに注いでいく。

 後方で治療と炊き出しを行っている者達も、手の空いている者は合わせて唄いだす。
 たちまちノーチェの街は、七色の旋律に包まれた。

『いけえ、アルベルト!『今度』はてめえの番だ!
最大パワーでてめえの『虹』をやつらに叩き込んでやれ!』

 ナーフが叫ぶ。
 鷹の視線の先には、七色の翼をはためかせた黒ずくめの男の姿が……、

「わかってるさ……この世界を、仲間を……そして『女神』を信じて、明日を切り拓く!」

 アルベルトが虹の翼を勢い良く羽ばたかせて舞い上がり、高度数十メートルの所で急降下。

 理不尽な運命を切り拓く、その七色の翼を、
魔物達の真っ只中に突っ込ませ、暗黒に染められた平原を緑色に塗り替えていく。

「ふーん、さすが、いつもはこっそりお酒を掠め飲むグータラなプーさんでも、
決める時は決めますね……わたしも負けていられませんっ!」

 飛翔するアルベルトを眩しい視線で見送った綾は、彼をサポートすべく、フォルと合体。

 同じように七色の翼を羽ばたかせると、上空で、虹の羽根を、
魔物達に雨あられのように浴びせるのだった。

 それに呼応するように、神父夫妻の操る自走ゴーレム「チーハ改」「チート」の砲が火を噴く。

 洞窟の奥に数百年眠っていた2台は、
再び世界を蹂躙しようと牙を剥く魔物に、その砲弾を浴びせる為に眠りから覚めた。

 たちまちのうちに、魔軍はその戦力を急速に喪失、
歌と翼と羽根と砲弾でズタズタにされた戦線はもはや維持も適わず……、

 いや、維持しようにも、狩人の少年と、彼の傍に寄り添うように共にいるシスターの神出鬼没の攻撃、
巨腕を振るうゴーレムの前には、もはや打つ手が見つからなかった。

 そして、ノーチェの戦士達の最後の突撃……、

 残った魔物達は櫛の歯を抜くように討ち取られ、
やがて、歌の影響が薄かった場所にいた者達だけが我先と平原の彼方……、

 ……コミパのある方角へ逃げ出しつつあった。

「ふむ、とりあえずは、片付いたってとこかね」

 魔物の消え去った平原に着地するアルベルトだが、
そのままがっくりと膝をついてしまう。

「やれやれ……弟者も妹者も『人使いが』荒いよ、まったく……」

 深く息をついて苦笑するアルベルト。
 そんな、彼の後ろ十数メートルに……、

「蛆虫が、よくもよくも……我を愚弄した報いを……っ!!」

 激烈な攻撃を命からがらに切り抜けたラルヴァが、
憤怒の炎をアルベルトにぶつけんと、震える腕をゆっくり上げた。

 ――ズバッ!!

『まったく、魔力の制御が効かんのは相変わらずだな。
いつまでたっても世話かけやがる』

 イルスの投げた斧にすっぱり切られ、
転がるラルヴァの腕に気付いたアルベルトは、鷹の悪態に……、

「いや、本当……醜態晒して申し訳ない」

 と、照れくさそうに再び苦笑するのだった。

「まあ、肝心な時に押し切れないのがアルですしねぇ」

 と、スタリと着地する綾。
 その間に、羽根を十数発ラルヴァに叩き込んでおくことも忘れない。

「ぐわああああああああっ!!」

 と、絶叫を上げるラルヴァ。

 痛みと脳の奥底をギリギリと締め上げる唄の前に、
瀕死の状態の彼が呟いたのは……、

「し、縞……」

 ――その瞬間、止めの銃弾が撃ちこまれる!

「別に見られても減るもんじゃないですが、腹は立つので」

『しれっとした顔で言うかー!?』

「構わん、私が止めを撃ち込むのが1秒遅かっただけだ」

 呆れるナーフに、これまた――

『俺の女のパンツ見るとはいい度胸だな、死んで詫びろ。
あ、面倒だから、詫びなくてもいいからさっさと死ね』

 ――な雰囲気をありありとさせてアルベルトは「表面」のほほんと言う。

『どうでもいいが、絶望的状況からの大激戦のわりには、
なんつーか……締めが今ひとつじゃね?』

「それは許容範囲、問題ナッシングだ。
何故なら、それが我々の今までの軌跡でありポリシーであり、
別に切り拓かなくても大丈夫かなー、な運命であり……はうっ!」

「はいはい、魔力大量消費して立ち眩み寸前なんですから、演説自重自重」

 彼らの周囲に、もはや動いている魔物は一体と見えない。
 命からがら逃げ出した者も、もはや平原の果てに霞みつつあった。

「勝利……でしょうかね」

 綾が、アルベルトにそっと聞く。

「まあ、『守る事』ができたのなら、我々は勝ったと言っていいんじゃないかね。
なんにしても、後は他の英雄達の仕事だ」

 どっかと腰を降ろして、酒瓶をぐいっとあおるアルベルト。

 邪悪な魔が消えた平原には、
ライルとアロエッテとジョーの歌声が朗々と響く。

「ふむ……弟者も、妹者がいれば立派な歌唱力じゃないか」

「あ、ライルさん達にも戦いが終わった事伝えないと。
そうしないと、何時までも唄ってそうだよ」

「うーん、どうしようかねぇ」

 数十秒の間、考え込む素振りを見せるアルベルト。
 そして……、

「いや、ここは弟者達の歌を肴に『戦勝祝い』をやりたい。
こんな歌を聴けるのはそうそう無いからな」

 ニヤリと、少し意地悪気な笑みを浮かべ、アルベルトは街に歩き出した。

「同感、音痴、歌唱、最高、希少」

 合体が解除されたフォルビァが、綾を急きたてる。

「ライルさんが、まともに歌うなんて滅多にない……ですね。
ここは冒険譚の締めとして、是非とも記事にしないとっ」

 皆が戦いの疲れを歌で癒そうと街に歩を進めようとした時、
タイプムーンの方角から金色の光が昇った。

 それは、この地上に訪れた最大の危機が終息を迎える証だった。

 光の柱は、広場にいるライル達もすぐに察した。

「どうやら、向こうも勝負は決したようだな」

「魔物の声も聞こえなくなりましたわ」

 演奏の手を休め、しばし光の柱に見入っていた。

「さて……どうやら、わしの役目も終わったかな」

 ジョーも演奏を止めると、近くにあった空き箱を引き寄せて、どっかと座る。

「で、二人には申し訳ないんじゃが、
老人の頼みを一つ聞いてくれんかな?」

「――え?」

 二人は怪訝な顔でジョーを見る。

「もう少し、お主達の歌を聴いていたいんじゃ……、
戦いの真っ最中で、心底聞き入るまではいかなかったからな」

「ならば、どうします? 穏やかな曲がいいですか?
それとも、こう、皆で騒げるような賑やかな方でいきますか?」

 ライルは、広場に集まってくるアルベルト達を見て言う。

「……うむ、折角の勝ち祝いじゃ。
心ゆくまで飲んで歌って騒ごうぞ!」

「って、飲みもありですかい!!?」

「当たり前だ、こっちは、お前の歌を肴に一杯やるつもりなんだからな」

 そう言って、アルベルトは、
懐から酒瓶を出すと、ぐいっとひと飲みしてジョーの隣に座る

「あーったく、それが演奏を聴くマナーかいっ!?
コンクール会場だったら速攻で退場もんだぞ、そりゃ」

「ふふっ、ライルったら、ここはコンクール会場じゃありませんことよ?
あくまでも、お祝いの場所」

「まあ、そうなんだけどな。
だったら、こっちも場所にあった演奏をさせてもらうぜ」

 ライルはジャジャジャジャンとギターをかき鳴らす。

 それは、しばし忘れていた「お祭り」の前奏だった。

 ふと、ジョーと目が合い、ジョーはにっこりと笑う。

 それは、初めて出会った祭りの日に、
「ギターを教えてください」と声をかけたライルに見せたそれと変わらない笑顔だった。

「それじゃあ、景気良くいこうかァ〜〜〜?」

 ライルが拳を突き上げ、
皆もそれに応えるように「おーっ!」と叫ぶ。





「俺達の女神様達に感謝の宴を……オー・マイ・ガッデス!!」





 ―─こうして、彼らは大切なものを守りきった。

 この戦いについては賛否両論が渦巻き、今も尚判断に迷う傾向が見られる。

 しかし、あの街で戦った者達は、
批判を受ける事は承知で、無謀ともいえる戦いに挑んでいった。

 それは、名誉や後世に、英雄として祭り上げられる為ではなく、ただ、自分達の意地の為……、

 その意地を貫き通し、大切なものを守りきった事だけが、
あの大侵攻における彼らの「誇り」なのだ。

                                   ミナモト新聞社刊 鞍馬綾著「虹色の冒険譚」より





<おわり>


後書き

 約二年半を経て、LQTRPGの第1PTのキャンペーンが完結致しました。
 参加PLの方々、そして、GMを担当されたSTEVENさん、本当にお疲れ様でした。

 今回、書いた「概要」は、キャンペーン後の後日談となります。

 あくまでも概要ですので、これにとらわれ過ぎることなく、各々の物語を紡いで、
第1PTの面々の物語を構築していただければ幸いです。

 キャンペーンは終われど、まだまだこの連中との付き合いは続きそうです。


<コメント>

GM 「……色々とあったんだねぇ〜」(−o−)
ライル 「ああ、色々とな……」(−−;
ケイオス 「うむ、色々な……」(−−;

GM・ライル・ケイオス 「…………」(−−;

GM 「そういえばさ、ケイオス……、
   キミ、早いトコ、綾に(子供を)仕込まないと、消えちゃうよ?」(・_・)
ケイオス 「はっ? 何故っ!?」(@△@?
GM 「あれから、考えてみたんだけどさ……、
   キミの存在が依存してる初音島の願い桜の木なんだけど、
   よ〜く考えてみたら、かなり早い段階で枯れちゃうんだよ。
   詳しくは、これ→
『遥かなる妖精郷』参照ね」(−o−)」
ライル 「うわっ、ホントに枯れてるっ?!」(@○@)
GM 「しかも、時間軸を考慮すると……、
   このノーチェ攻防戦をやってる時点で、もう枯れてるんだよね」(^_^;
ケイオス 「む、むう……」(−o−;
GM 「……色々、あったんだよね?」(^_^?
ケイオス 「…………」(−−;

GM 「…………」(−−)
ライル 「…………」(*−−*)
ケイオス 「…………」(*−−*)

GM 「――仕込み完了っと」( ̄ー ̄)Φ
ケイオス 「ひああああああっ!!」(* ̄△ ̄*)

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