「炎に宿りし者よ! 猛き矢となりて――!!」
「――えっ?!」
幼女が勢い良く、起き上がる。
だが、彼女が詠唱した、
呪文の効果が、発揮される事はなかった。
何故なら――
身を起こした幼女の頭が――
――ごちっ!!
テルトの顔面に――
彼女の顔を覗き込み……、
目の前にあった少年の顔に直撃したのだ。
「おおおおっ!!」
あまりの不意打ちに、避ける間もなかったテルト。
下から打ち上げるような、
見事な頭突きを、鼻っ柱にくらい、ゴロゴロと床をのたうち回る。
「――テルトさんっ!?」
「あらら……テルトちゃん、大丈夫?」
テルトを気遣い、彼に駆け寄るゼルナ。
その様子を見て、クスクスと笑いつつ……、
ジェシカは、テルトの介抱をゼルナに任せると、幼女に目を向ける。
「目が覚めた〜? おはよ〜、何か食べる〜?」
そこには、テルトの事など、完璧に無視し、
意識を取り戻した幼女の頭を撫でる、リーオの姿があった。
「えっと……あれ?」
状況が理解出来ていないのだろう。
幼女は、リーオにされるがまま、キョトンとした顔をしている。
まあ、それも無理はない……、
悪漢達に追われ、意識を失い……、
気が付けば、見知らぬ者達に囲まれていたのだから……、
ちなみに、頭突きによるダメージは無いようだ。
おそらく、骨の中でも、一番硬い額で打った為だろう。
「……もしかして、さっきの人達?」
まだ、記憶がハッキリしないのか……、
幼女は、冒険者一同を見回し、やや自信無さげに、小首を傾げる。
すると、ベッドの端から、顔だけ覗かせたカルが……、
「うん、さっきの人達〜♪
そこで、のたうちまわってるお兄ちゃんもね」
「あ……」
と言って、未だに、床で転がっているテルトを指差す。
テルトの事が、一番印象に残っていたのか……、
痛みで泣きたいのを堪えている、
テルトの姿を見た瞬間、幼女の記憶が鮮明に甦った。
「……えっと、助けてくれてありがとうございます」
自分が、彼らに助けられた事を知り、幼女は頭を下げる。
そんな彼女の肩に……、
ジェシカは、ポンッと軽く手を置くと……、
「猿じゃあるまいし……、
反射的に呪文を唱えるのは、どうかと思うわよ?」
「いきなり、頭突きかますのもね〜」
「すみません……私ったら、また……」
幼女が相手でも、一切、手加減無し。
容赦無いジェシカのツッコミに、幼女は、何度も謝罪する。
もしかしたら、カルが指摘した頭突きに対してかもしれないが……、
“また”と言うことは……、
過去にも、同じ事をしているのだろうか?
「と、ところで……キミ、名前は?」
先程から、謝ってばかりの幼女に、
このままでは埒が明かない、と思ったのか……、
一歩間違えば、火の矢が直撃していたにも関らず……、
それを気にした様子も無く、
痛みから回復したテルトが、幼女に訊ねた。
すると、またしても、ジェシカが……、
「テルトちゃん……、
そういう時は、まず、自分から名乗るべきでしょう?」
「……ごめんなさい」
ポカポカと、杖で頭を叩かれ、素直に謝るテルト。
このパーティーでの彼の扱い……、
と言うか、女性陣の強さを、如実に表す光景である。
「ボクは、冒険者のテルト……キミのお名前は?」
幼女に向き直り、テルトは、
今度は、ちゃんと名乗ってから、再び、幼女に訊ねる。
「私の名は、エディフィル……と言います」
「…………」
ジェシカに頭が上がらない、
テルトの情けない姿に、クスクスと微笑む幼女……、
そんな彼女が口にした名前を聞き、一同は、顔を見合わせる。
『エディフィル=ブレイウッド』――
その名は、あの貼り紙に記載され……、
ナイトハルトの相棒であるハーフエルフの名前でもあった。
「ねえ、エディちゃん……、
唐突で悪いんだけど、ナイトハルトって知ってる?」
「――ナイトハルトが来ていたんですかっ!?」
ダメで元々と、訊ねるリーオに、
エディフィルと名乗った幼女が、凄い勢いで食いつく。
その反応こそが、全てを物語っていた。
即ち、彼女こそが――
ナイトハルトの相棒であり――
おそらくは、それ以上の――
「こんなちっちゃい子と……、
ああっ、そんな事は考えたくありません、チャ・ザ様!!」
一体、何を想像したのか……、
今度は、ゼルナが、床をゴロゴロと、のたうち回り始める。
それを気持ち良いくらいに、綺麗サッパリと無視し……、
「まあ、彼の事も含めて……、
貴方に、お訊ねしたい事があるのですけど……」
そう言って、ジェシカは、
ナイトハルトが残していった張り紙を、エディフィルに見せた。
「これは……貴女で間違い無いのね?」
「……はい」
訊ねるジェシカに、エディフィルは、素直に頷く。
そして、自分の身に起きた、
出来事を、思い出しながら、ゆっくりと語り始めた。
――事の起こりは、三日前に遡る。
その日、冒険者のエディフィルは、
相棒であるナイトハルトと、仲違いをしてしまった。
今、思い返せば、切っ掛けは、つまらない口論である。
しかし、売り言葉に買い言葉もあり……、
次第に、言い争いは激しくなり、お互いに、引っ込みが付かなくなってしまった。
そして、大喧嘩の末――
別々の宿に止まる事になってしまい――
――気晴らしに、酒場に繰り出したのが失敗であった。
喧嘩した後で、イライラしていた所為もあり……、
つい、うっかり、慣れない酒を飲み過ぎてしまい……、
警戒心が薄れたエディフィルは、
見知らぬ相手に勧められた酒を飲んでしまったのだ。
その酒を飲んだ後……、
彼女の意識は、急速に失われていき……、
「……気付けば、こんな体になっていました」
事の顛末を話し終え、エディフェルは、
小さくなってしまった自分の体を見下ろし、溜息を吐く。
「じゃあ、さっき、チンピラに追われてたのは……?」
「犯人のアジト、だと思います……、
目覚めた私は、精霊魔法を駆使して、何とか……」
「何処から逃げて来たの?」
「夜中で真っ暗でしたし……、
逃げるのに、必死だったから……」
「分からない、か……、
犯人の拠点が分かれば、手っ取り早かったのにね」
「無事に、逃げて来られただけでも、良かった、と考えるべきですよ」
エディフィルの話を聞き、
口々に、彼女の奮闘を労うテルト達。
「なるほど、カラクリとしては、単純ね……」
そんな中、彼女の話を黙って聞いていたジェシカも、納得顔で頷いていた。
どうやら、彼女の頭の中で、
断片的だった情報が、綺麗に一つに繋がったらしい。
「方法は分からないけど……、
身体を幼くして連行、パッと見は、事件とは無関係な誘拐ってわけ」
まあ、どちらにしても、
目立つ事に変わりは無いから、愚策ではあるわね。
と、まだ見ぬ犯人を小馬鹿にするように、ジェシカは、肩を竦めて見せる。
「体を幼くするなんて……そんな事が出来るんですか?」
「方法は分からないって言ったでしょ。
でも、それと似た話を、聞いた事があるような気がするわ」
訊ねるテルトに、ジェシカは記憶を手繰る。
だが、何処で聞いたのか、
どうしても、思い出す事が出来ず……、
「取り敢えず、魔術師ギルドで調べて来るわ。
その間に、カルさんには、盗賊ギルドに行ってください」
「おっけ〜、例の件だね♪」
「……僕達は、どうすれば?」
「テルトちゃん達は……、
ここで待機して、彼女を守ってあげて」
「――了解」
エディフィルを追っていた男達が、
ああもアッサリと、彼女を諦めるとは、到底、思えない。
犯人達の目的が、何なのかは知らないが……、
エディフィルは、街を騒がす、
行方不明事件の、行き証人であり、手掛かりでもあるのだ。
おそらくは、今も、彼女を、
確保しようと、躍起になって探しているに違いない。
いや、もしかしたら……、
既に、この場所も、犯人達に察知されているかも……、
と、そんなジェシカの考えが分かったのだろう。
皆まで言われずとも、テルトは、
即座に頷き、早速、襲撃に備える為、窓際へと移動する。
エディフィルはリーオに、部屋の入り口はゼルナに任せ……、
テルトは、残った襲撃経路である、
この窓から、外を警戒しよう、というわけだ。
「よしよし……」
テルトの素早い行動に、ジェシカは満足げに頷く。
世間知らずで、バカ正直だが……、
決して愚かではない、彼の素直さは、嫌いではない。
寧ろ、半端に賢い者よりも、ずっと良い。
思い返せば、そんな彼が放っておけず、
面倒を見ている内に、いつの間にか、パーティーを組んでいた。
おそらくは、他の仲間も、
多かれ少なかれ、そういう想いを抱いている筈だ。
尤も、それ以上に……、
からかうと面白い、という理由もあるのだが……、
「じゃあ、行ってくるわね……テ・ル・ト・ちゃん♪」(なでなで)
「……また、そうやって子供扱いする」
「あら? 行ってきますのキスの方が良かった?」
「あうあうあう……」(真っ赤)
出掛ける前に、ジェシカに、
頭を撫でられ、その扱いに憮然とするテルト。
そんなテルトを、さらにからかい……、
ジェシカは、顔を真っ赤にする、
少年を尻目に、カルと一緒に、部屋を出て行った。
「……ジェシカさん達も、気をつけて」
「はいはい……」
見送るテルトの言葉に、
面倒臭そうに、杖を振り返しながら……、
・
・
・
「まったく、何処も彼処も……」
「……ご、ご機嫌斜めですね?」
で、小一時間後――
魔術師ギルドから戻った、
ジェシカは、蹴るようにドアを開け、部屋に入って来た。
あちらで、何か腹の立つ事でもあったのか……、
吐き捨てるように呟く、
彼女の表情は、明らかに不機嫌だ。
そんな彼女に、少し怯えつつ、テルトが、何があったのかを訊ねる。
すると、ジェシカは、杖の先で、
苛立たしげに、床をコンコンと小突きながら……、
「――ロマールの学院は、腐っていますわ」
と、前置いをしつつ……、
魔術師ギルドで得た情報を、皆に話し始めた。
ジェシカの話を要約すると……、、
どうやら、今回の行方不明事件は、
魔術師ギルドの一部の導師にも、原因があったらしい。
聞けば、先日、特殊な薬品類が、大量に買い取られた、とのこと。
その薬品類の一つに……、
『エターナルチャイルド』という魔法薬があった。
簡単に言うと、服用者を、
幼い子供の姿にしてしまう効果を持つ薬である。
取引き相手は、盗賊ギルドと“某”貴族……、
それ以上、詳しく知る事は出来なかったが……、
危険な薬品が、裏取引によって、ギルドから流布したのは明白だ。
ロマールには、闇市なども存在する。
それ故に、こういった裏取引などは、
割と頻繁に行われており、それは、魔術師ギルドも、ご多分に漏れない。
ジェシカとて、その程度の事は理解している。
ただ、ここで問題なのは……、
そんな、学院の信用を貶めるような話が、
一番初めに話しかけた、受付嬢から聞けてしまった、という事だ。
大きな組織である以上、汚い部分があるのは認めよう。
だが、しかし……、
この情報管理の杜撰さは、どうだ?
これでは、ギルド崩壊も、時間の問題である。
「まったく、学院の一員として、情けない限りですわ」
「なるほど、なるほど……、
妙に帰りが早かったのは、そういう理由だったのね」
ジェシカ達が出掛けている間に、
先程、注文したスモークサーモンのマリネが届いていたらしい。
エディフィルを膝の上に座らせ、
リーオは、それを食べながら、ケラケラと笑っている。
「煩いですわね……、
それで、カルさんの方は、どうでしたの?」
食いしん坊エルフの態度に顔を顰め、ジェシカは、カルに話を振る。
すると、ベッドに座ったカルは、
床に届かない足を、プラプラと揺らしながら……、
「イリアス子爵のダメ息子……当たりかもね」
「そう考えた理由は?」
「だって、ダメ息子を話題にしたら、
いきなり、ドレックノールの名前が出て来たんだもん」
「……ドレックノール?」
聞き慣れない街の名に、テルトが首を傾げる。
その説明をふまえ、カルは、
盗賊ギルドで得て来た情報を話し始めた。
『ドレッグノール』――
西部諸国の一国で、事実上、
盗賊ギルドが、その支配権を握る都市国家である。
実は、この街には、奴隷キャラバンが出入りしており……、
ここ、ロマールは、奴隷商にとって、
混沌の国ファンドリアとの中継点でもあるのだ。
街を騒がす行方不明事件――
容疑者と奴隷キャラバンとの関係――
さらには、最近、非正規な、
奴隷キャラバンが、ロマールに出入りしている、という情報もある。
「……これだけ言えば、分かるよね?」
「確かに、怪しいですね」
カルの説明に、納得するテルト。
そんなテルトの鼻先に、
突然、ジェシカは、杖を突きつけると……、
「――で、どうするの?」
「ど、どうするって……、
もちろん、今すぐにでも、犯人を捕まえに……」
「タダ働きは、嫌だからね」
ジェシカが言おうとしていた事を、リーオが、先立って述べる。
彼女らしい、現実的な意見に、
テルトは、何も言い返せなくなってしまった。
冒険者は、決して慈善事業ではない。
仲間達は、成功報酬が無い以上、
ここから先に、首を突っ込むつもりは無い、と言うのだ。
もちろん、だからと言って、
エディフィルを見捨てるつもりは無いし……、
……行方不明事件を放置するつもりも無い。
ただ、仲間達は、無知なテルトに、
冒険者としての、正しい在り方を教えているのだ。
――この馬鹿は、ちゃんと教育しないと、三日で野垂れ死ぬ。
それが、テルトに対する……、
冒険者仲間全員のの共通の見解である。
「えっと、じゃあ……その……」
仲間達の言葉に、困り果てるテルト。
犯人は捕まえたい――
エディフィルを放ってはおけない――
――でも、自分一人では、何も出来ない。
己の無力さに、情けなさに……、
自身への怒りに、少年は、握り締めた拳を震わせる。
「まったく、仕方ないですわね……」
これ以上、イジメるのも可哀想か、と……、
苦笑するジェシカは、テルトに突きつけたままの杖を下ろした。
そして、わざとらしく、肩を竦めて見せると……、
少年へと歩み寄り……、
取り敢えず、頭でも撫でてやろうかと……、
「もしも〜し……、
ゼルナさんに、お客さんが来てますよ〜?」
「あっ、はい……今、開けます」
――唐突に、ドアがノックされた。
やって来たのは、アイリのようだ。
彼女を出迎えようと、テルトが、ドアへと向かう。
「…………」
その所為で、上げた手のやり場を失ってしまうジェシカ……、
しばらく、手を彷徨わせ……、
それを誤魔化すように、手櫛で枝毛を探し始めた。
「あれれ? お客さんは?」
テルトに招かれ、アイリが部屋に入ってくる。
だが、ゼルナへの客の姿が無いことに、カルが首を傾げた。
すると、アイリは、自分を出迎えた、
テルトから、視線を外さぬまま、階下を指差し……、
「下で待って貰ってます。
ナイトハルトって、名乗ってましたけど……」
「「――っ!?」」
アイリが口にした名前を耳にし、ゼルナとエディフィルの表情が強張る。
そんな二人の様子を……、
特に、エディフィルの反応を、リーオは見逃さなかった。
「もしかして……まだ、会いたくない?」
「…………」(コクコク)
耳元で囁くリーオに、エディフィルは、小さく頷く。
喧嘩別れした事を根に持っているのか……、
それとも、こんな幼い体になっては、彼に会わせる顔が無いのか……、
リーオの膝の上に座るエディフィルは、
ギュッと握った小さな手を、微かに震わせている。
「ふ〜ん……」
エディフィルの心情を察し、
リーオは、無言で、カルに目配せをした。
その視線の意味を理解し、
カルもまた、何も言わずに頷くと、愛用の荷袋をリーオに渡す。
「リーオさんは、行かないんですか?」
「私は、まだ食事中〜……、
面倒な話は、テルト君達が聞いておいて〜」
皆で、ナイトハルトに会いに行くつもりなのだろう。
動こうとしないリーオを、テルト達が、部屋の入り口で待っている。
そんな彼らに、リーオは、気の無い返事をすると、食事を再開した。
相変わらずの、グータラぶりに、
やれやれと、肩を竦めつつ、テルト達が部屋を出て行く。
そして、部屋には――
リーオとエディフェルだけが残され――
「――さて、始めますか♪」
頃合いを見計らい――
リーオは、ベッドの上に、
カルの荷袋の中身を、盛大にブチ撒けた。
そして、その中から、衣服を数枚選び出すと……、
「は〜い、脱ぎ脱ぎしましょうね〜♪」
「あっ、うん……」
それはもう、楽しそうな表情で、
リーオは、エディフィルの衣服を剥ぎ取っていく。
ナイトハルトと出くわしても、バレないようにする為、変装させるつもりらしい。
幸い、グラスランナーである、
カルの服なら、エディフィルとサイズが合うのだ。
「……ところで、コレって、何なの?」
似合いそうな服を探しながら、
リーオは、ふと、以前から、気になっていた事を訊いてみる。
今も、エディフィルの胸元に揺れている首飾りの事だ。
「これは、『ブリージンガメン』と言って、
中央にある宝石の中に、火の精霊を封印しておける魔道具なの」
「へえ〜……」
『コントロール・スピリット』みたいなものか……、
どうりで、街中であるにも関らず、
大地と火の精霊、その両方を使役できるわけだ。
納得したリーオは、選び出した服を渡そうと、エディフィルに向き直る。
と、その時……、
彼女は“それ”を見てしまった。
「あなた……それって……」
幼い少女の白い肌――
その肩にある、禍々しい奴隷の焼印を――
「……っ!?」
リーオに指摘され、エディフィルは、
慌てて、渡された服を掻き寄せ、焼印を隠す。
気が付けば、そんな幼女の体を、リーオは、優しく抱きしめていた。
「あの……この事は……」
誰にも知られたくない……、
と、エディフィルは、不安げに、リーオを見上げる。
「わかってる……誰にも言わないわ」
特に、あのお人好しの少年には……、
心の中で呟きながら、
リーオは、エディフィルの頭を撫で続ける。
焼印の痕は、あまりに痛々しく……、
この焼印の事を知れば
きっと、あの子は、我が事のように悲しむだろう。
そして、事件の犯人を……、
こんな酷い真似をした相手を、強く恨むだろう。
……それは、ダメだ。
この世界は、決して、優しくはない。
一歩、脇道に逸れれば、至る所に汚い部分は存在する。
あの子も、いずれは、
その事を、身を以って知る時が来るだろう。
……だが、それは、今ではない。
あの少年の心は……、
もう少しの間だけ、綺麗なままで……、
「……リーオさん、どうしたの?」
「ううん、何でもない……、
皆が戻る前に、サッサと着替えちゃいましょう」
急に思案顔になったリーオに、エディフィルが呼び掛ける。
その声に、我に返ったリーオは、
誤魔化すように、彼女に、帽子を目深に被らせた。
・
・
・
一方、その頃――
酒場へと降りたテルト達は……、
ナイトハルトから、仕事の依頼を受けていた。
「俺の相棒らしいハーフエルフが、
連れて行かれた場所の目星がついたんだが……」
その内容は、例の行方不明事件の、
犯行グループの確保と、誘拐された彼の相棒の救出……、
……その協力をする事である。
どうやら、ナイトハルトは、
相棒を探す中で、決定的な情報を掴む事が出来たようだ。
容疑者は、噂通り……、
イリアス子爵の馬鹿息子、である。
「そこまで分かってるなら、
後は、お役人さんの仕事なんじゃないですか?」
ナイトハルトの話を聞き、テルトが不思議そうに首を傾げる。
ちなみに、エディフィルについて、
冒険者達は、まだ、ナイトハルトには話していない。
理由は分からないが……、
事前に、カルに口止めされていたのだ。
もし、その注意が無ければ、
テルトが、真っ先に、ナイトハルトに伝えていたであろう。
と、それはともかく――
確かに、彼の意見も、尤もで……、
犯人がハッキリしているなら、そこから先は、官憲の仕事だ。
だが、この件に関して、
官憲は、表立って動く事が出来ないのである。
「……物的証拠が無い、とか?」
「それもある……だが、それ以上に……」
「イリアス子爵は、ファリス信者……、
しかも、金も権力もあれば、官憲への影響力も強いでしょうね」
目一杯、皮肉を込めつつ、
ジェシカは、吐き捨てるように言葉を続ける。
「……それで、犯人の居場所は?」
「街の西の外れにある子爵の家だ。
他にも、子供が連れ去られる姿が目撃されてる」
「盗賊が言うのもアレだけど……不法侵入じゃない?」
「一応、名目はある……、
官憲からの調査依頼、という事になっている」
こういった仕事は慣れており、冒険者としての経験も豊富のようだ。
ナイトハルトは、ジェシカとカルの、
鋭いツッコミにも、戸惑う事無く、スラスラと答えていく。
「――つまり、孫依頼って事ですねっ!」
ゼルナは、依頼を受ける気満々のようだ。
すっかり、やる気一杯で、ググッと、両拳を握っている。
「最後に……報酬は?」
「依頼料は、全部あげよう……、
俺は、相棒さえ見つかれば、それで良い」
興奮するゼルナを落ち着かせようと、肩を叩きつつ……、
あまり期待はしてないけど……、
と言った態度で、ジェシカが報酬の話を切り出す。
なにせ、大元の依頼主は、ケチなお役人だ。
必要経費にもならない、安い報酬である可能性もある。
だが、そんな彼女の予想に反して……、
ナイトハルトが、提示した成功報酬は、割と納得のいく金額であった。
もしかしたら、彼自身の所持金からも出ているのかもしれない。
「ふむ、それじゃあ……」
聞くべき事は、全て聞いた……、
と、腕を組んだジェシカは、満足げに、何度も頷く。
「…………」(じ〜)
そして、隣に立つテルトに、無言で、意味有りげな視線を向けた。
「――はい?」
その意味を図りかね……、
テルトは、キョトンと、目を丸くしている。
「ホントに鈍いわね……、
どうするの、って聞いてるのよ、テルトちゃん?」
「えっ? えっ? えっ?」
察しの悪いテルトに、呆れながらも……、
さり気なく、腕を絡めたりして、
からかうように、ジェシカは、テルトを導いてみせる。
「えっと、あの、その……」(真っ赤)
ジェシカの言葉と……、
腕に当たる微妙な感触に、狼狽えるテルト。
見れば、他の仲間達も、ジェシカ同様に、彼に視線を集めていた。
尤も、彼らと一緒に、話を聞いていた、
アイリだけは、拗ねたように頬を膨らませ、テルトを睨んでいるのだが……、
「…………」
そんな視線に、寒気を覚えつつも……、
テルトは、真っ直ぐに……、
彼を見守る仲間達の視線を受け止める。
仲間達の眼差し――
その瞳に込められた想いは――
――お前が決めろ。
「うん……」
そんな彼らの想いへの……、
テルトの答えは、最初から決まっていた。
少年は、信頼する仲間達に、
背中を押されるように、ナイトハルトに向き直る。
そして――
右手を差し出すと――
「わかりました……、
その依頼、受けさせてもらいます」
<後編に続く>
<戻る>
なかがき
こうして、ノベライズしていると、
今回のシナリオは、テルトとジェシカが、主に活躍していたような気がします。
やはり、その影響が、作品にも出てくるわけで……、
前編では、テルトが……、
中編では、ジェシカが主動の展開になってますね。
後編では、ゼルナ、カル、リーオも、
もっと上手く動かせたら良いな、と思っています。
<追伸>
GMを勤めた真魚さんのサイトで、
このセッションのリプレイが公開されています。
ノベライズとリプレイを、読み比べてみるのも面白いかもしれませんよ。
・『ロマールに眠る影』リプレイ → ここから(直リン)