異世界フォーセリア――

 人間、エルフ、ドワーフなど――
 数多くの種族が生きる『剣』と『魔法』の世界――

 この世界には、様々な冒険に満ちており……、

 『冒険者』と呼ばれる者達が……、
 血湧き胸躍る冒険を求め、旅を続けている。








 この物語は……、

 そんな冒険者達の中の……、
 とある一組のパーティーの冒険の記録である。









ソードワールドTRPG SS

『ロマールに眠る影』










「危ない、危ない……、
観戦に夢中になって、時間を忘れるところだった」



 ――ロマールという国がある。

 アレクラスト大陸中原南部にあり……、
 “旅人達の王国”と呼ばれる、歴史ある都市国家だ。

 その国にある、世界一と名高い闘技場から、黒髪の少年が姿を現した。

 まだ真新しい鎧を身に纏い……、
 腰に剣を下げた姿には、何処か、初々しさがある。

 彼の名は『テルト=ウィンチェスタ』――

 オーファンの王都ファンの付近にある農村の出身で……、
 冒険者に憧れ、家出同然に、村を飛び出してきた新米冒険者だ。

 その出で立ちから、剣士だと分かるが……、
 正直なところ、その職業が、彼に向いているようには見えない。

 15歳という、育ち盛りの割りには、背丈は並より少し下くらい。
 手足も、やや細い方で、あまり力があるようにも見えない。

 なにより、女の子とも思える、彼の童顔は、剣士としての迫力に欠けている。

 ただ、笑うと愛嬌があり……、
 その純粋で真っ直ぐな瞳は、妙に印象的であった。

「待ち合わせ場所は……確か、表通りの喫茶店、だったよな?」

 と、少し慌てた様子で、呟きながら……、
 闘技場から出て来たテルトは、道を走る足を速める。

 賭け事は、あまり好きではないが……、

 闘技場の剣闘士の闘いぶりは、
見ているだけでも、新米冒険者として、とても参考になる。

 で、夢中になって観戦しているうちに、仲間との待ち合わせ時間が迫り……、

 ギリギリの時間になって、ようやく、
その事に気付いた彼は、慌てて、闘技場を飛び出して来たのだ。

「うう……また、ジェシカさんにイジメられる」

 遅刻をした事に対する言葉責め……、
 その光景を思い浮かべ、テルトは身震いする。

 彼の仲間である魔術師の少女……、
 『ジェシカ』は、元傭兵故か、とても口が悪いのである。

 でも、優しいところもある……、
 と言うのは、基本的に人の良いテルトの談……、

 実際、ジェシカは、パーティーの大切さを良く知っているし……、
 なんだかんだと言いつつも、世間知らずのテルトを、いつも助けてくれているのだ。

 尤も、それを言うと、ジェシカ本人は、全力で否定するであろうが……、

「急がないと、急がないと……」

 とはいえ、彼女にイジメられるのは、真っ平御免である。

 テルトは、意外な機敏さを発揮し、
道行く人々の間を縫うように、表通りを駆け抜ける。

 と、その途中……、

「――んっ?」

 あるモノに気付き……、
 不思議に思ったテルトは、足を止めた。

 彼の視線の先にあるのは、壁に貼られた一枚の張り紙……、

 いや、一枚どころではない。
 よく見れば、似たような張り紙が、至る所に張られている。

「そういえば……闘技場の方にもあったような……?」

 何気なく、張り紙を手に取り、
テルトは、その内容をしげしげと眺める。

 そこには……、



――【探しています】―――――――――――――――――
 イリス=マウリア 年齢18才
 数日前に魔法学院からの帰り道で行方不明になった模様。
 情報を待っています。
――――――――――――――――――――――――――



「行方不明者……?
しかも、妙にハーフエルフが多い……」

 張り紙に書かれた内容を読み、テルトは顔を顰める。

 見れば、周囲にある、他の張り紙にも、同じ内容が……、
 しかも、探し人として、書かれているは、全ての別の名前である。

「こんなに、たくさん……、
まさか、人攫いが、流行ってるのか?」

 張り紙を持つ、テルトの手が、わなわなと震える。

 冒険者に憧れるあまり、冒険譚を読み漁っていたテルト……、

 特に好きなのが『ファリスの猛女』で……、
 その影響の所為か、人一倍、正義感は強かったりする。

 尤も、農村にある実家は、
豊穣の神であるマーファ信者なのだが……、

「――こうしちゃいられないっ!」

 張り紙を握り締め、テルトは、再び走り出す。

 そして、待ち合わせ場所である喫茶店に、
到着すると、そのままの勢いで、店内へと入り、仲間の姿を探した。

「ジェシカさん達は……っと、いたいた」

 店の奥のテーブルに、突っ伏すように寝ている女エルフと……、
 そんな彼女の顔に、羽ペンで落書きをしている女魔術師を見つけ、テルトは、彼女達に歩み寄る。

「ジェシカさん、リーオさん! 大変ですっ!」

 周囲の目も憚らず……、
 テルトが、大声で、二人に呼び掛ける。

「どうしたの、テルトちゃん?」

「う〜、どうしたの〜?」

 そんなテルトの様子に、青髪の少女ジェシカは、
さり気なく羽ペンをしまいつつ、面倒臭そうに首を傾げた。

 そして、寝ていた女エルフ……、
 『リーオ』と呼ばれた女性も、寝惚け眼のまま、重そうに体を起こす。

 その彼女の目の周りには、大きく『丸』が描かれており……、

「…………」(汗)

 リーオの間抜けぶりを目の当たりにし、
テルトは、内心で、彼女と知り合ってから、もう何度目かの溜息をつく。

 彼が冒険譚で呼んだエルフは、皆、綺麗で、聡明で、気品があって……、

 とにかく、テルトにとって、
エルフは、とてもカッコ良い存在であった。

 だが、リーオに会ってからと言うもの、
彼の中のエルフ像は、毎日のように、ガラガラと音をたてて崩れ続けている。

 まあ、英雄譚の中には、やたらと生活臭い、赤貧ハーフエルフもいたりしたが……、

「え〜っと、カルさんは……?」

「盗賊ギルドに行ってるわ……、
それより、テル君、一体、どうしたの?」

 リーオの顔にある落書きに、
テルトは、思わず、笑い声を上げてしまいそうになる。

 それを堪えつつ、例の件を切り出そうと、持っていた張り紙をテーブルに置いた。

 と、そこへ――
 ガチャガチャと鎧を揺らしながら――

「皆さん、儲け話です! お金がザクザクですよっ!」

 店内に駆け込んできたのは……、
 花柄の装飾が施された鎧を着たドワーフ少女だ。

 ドワーフ少女は、その両手一杯に、例の張り紙の束を抱えており……、

 それをリーオ達の前に置き、彼女は、
詳しい話もしないまま、一番高い報酬が提示されているモノを探し始める。

「ゼルナさん、不謹慎ですよっ!
お金よりも、攫われた人達の方が大事ですっ!」

 報酬に目が眩んでいるドワーフ少女……、
 『ゼルナ』の態度に、テルトが、やや呆れ顔で力説する。

 この人は、普段は良い人なのに、
どうして、お金が絡むと、こう性格が一変するのだろう?

 まあ、チャ・ザ神官である以上、そういう面を否定するつもりは無いが……、

 と、そんな彼の想いを、表情から読み取ったのか……、
 ゼルナは、パチパチと目を瞬かせ、我に返ると、申し訳無さそうに俯いてしまった。

「テルトさんも見付けたのですか?
そ、そうですよね……人を攫うというのは、良くない事で……」

 モジモジと、張り紙を手で弄びながら、ゼルナが呟く。

 ジェシカは、そんな彼女から、
張り紙を引ったくると、それを軽く一瞥し……、

「ああ、この張り紙ですか……、
それは目に留めるなというのが難しいですわね……」

 彼女も、張り紙の存在には気付いていたようだ。

 だが、自分には関係無い、とでも言うように……、
 ジェシカは、つまらなそうに、張り紙を、テーブルの上に放る。

 そして、何やら悟ったように、ゼルナの肩を叩くと……、

「それとね、ゼルナちゃん……、
欲望に忠実に生きるのは、別に悪いことではないのよ?」

「そ、そうなのですか……?
でも、皆さんが不幸になるのは、駄目です」

「そうだよね〜……、
それに、お金に煩すぎる女はモテないよ、ゼルナ姉」

「はう〜……」

 先程の発言をツッコまれ、ゼルナの頬が朱に染まる。

 さらに、いつの間に戻ってきたのか……、
 盗賊ギルドへ挨拶に行っていた、グラスランナーの少年が混ぜっ返す。

 彼の名は『カル=ティル』――

 愛用のウサギ型リュック……、
 “しとらす君”がトレードマークの盗賊である。

「それも欲望……エゴ、というべきかな?」

「恋とお金、どっちをとるのかしらね〜?」

「えと、えと……うう〜……」

 リーオまでもが加わり……、
 三人掛りでからかわれ、ゼルナの顔が、どんどん顔が赤くなっていく。

「ああ、もう……まったく……」

 どうして、このパーティーは、
こんなに、濃いメンツばかりが揃っているのだろう。

 そんな事を考えつつ……、
 テルトは、そろそろ、ゼルナを助けようと、皆の前に進み出る。

 と、そこへ――


「――っ!?」


 店の裏手の方から……、
 何やら、騒がしい音が聞こえてきた。

 その中には、人の悲鳴や怒声もあり……、

「わ〜いっ! 何か騒いでる〜っ♪」

 その騒ぎを知り、真っ先に動いたのは、カルであった。

 持ち前の機敏さと好奇心を発揮し、
仲間達を置いて、あっと言う間に、騒ぎの元へと走っていく。

「ボク達も、いきましょうっ!!」

「あ〜もう、仕方ないわねぇ〜」

 そんな彼を追って、テルトも、
後先考えずに、店の裏口へと向かってしまった。

 世間知らずで、お人好し――
 憧れだけで冒険者になったお子様――

 そんなところも、彼の良い所ではあるが……、
 このロマールでは、そういう人間は、恰好の餌食だ。

 流石に、放っておくわけにもいかず、
ジェシカ達も、やや面倒臭そうに、テルトの後に続く。

 そして――
 裏路地に出た瞬間――

「事情は知らないけど、
女の子相手に、二人掛かりなんて……っ!!」

「ちっちゃい子、いぢめると怒られるんだぞ!」

「うるせえっ! テメェ等、そのガキを寄越せ!!」

 女性陣が見たのは……、
 チンピラ風の、二人のガラの悪い男と……、

 そんな相手と対峙する、テルトとカルの姿であった。

 見れば、5歳くらいの幼女が、
怯えた様子で、テルトの後ろに隠れている。

 おそらく、チンピラ達の目的は、その幼女なのだろう。

「……?」

 その半端に尖った耳から、
その幼女が、ハーフエルフだと分かる。

 だが、幼女の褐色の肌を見て、ジェシカとゼルナが首を傾げた。

 ――ダークエルフ?
 いや、そのハーフとは、随分と珍しい。

 ダークエルフの、一般的な認識は“悪”である。
 それを考慮すると、この幼女は、捕まえるべきなのかもしれない。

 しかし、ハーフとなると、少し判断に迷うわけで……、

「……どうするべきかしら?」

 と、稀有な存在を前に、顎に手を当て、考え込むジェシカ。

 ちなみに、ゼルナは、既に思考を放棄している。
 何故なら、チンピラ達が、ダガーを抜いて、襲い掛かって来たのだ。

「――この子は渡さないっ!」

「ズンバラリンと、いっちゃいますよ!」

 テルトが剣を、ゼルナが大斧を構え、敵を迎え撃つ。

 と、その瞬間……、
 テルトの背後に隠れた幼女が……、

「大地の精霊よ……アイツをすっころばしちゃえっ!」

 幼女の口から、呪文が紡がれる。
 相手を転倒させる、大地の精霊魔法『スネア』だ。

 その効果によって、見事、チンピラの一人が転倒する。

「――隙ありっ!」

 幼女が魔法を使った事には驚いたが……、
 今は、目の前の敵を倒す事が先決と、テルトは勢い良く剣を振るう。

 その攻撃を受けようと、チンピラは、ダガーを片手に身構え……、

「万物の根源たるマナよ――」

 ……剣戟が鳴り響く事は無かった。

 後ろから呪文詠唱の声が聞こえたかと思うと……、
 次の瞬間には、テルトもカルもチンピラも、パタッと倒れてしまったのだ。

「かるかるさんっ、テルトさんっ!?」

 突然の出来事に驚き、
ゼルナが、慌てて仲間に駆け寄る。

 だが、良く見れば、二人は眠っているだけで……、

「スリープクラウド……?」

 眠りをもたらす古代語魔法……、
 それが使われた事に気付き、ゼルナが後ろを振り返る。

 と、そこには、戦闘の騒がしさに、
考え事を邪魔されて、イライラしたのだろう。

 やる気の無さそうに、魔術師の杖を構えたジェシカの姿があった。

「……もう少し静かになさってくれません?」

     ・
     ・
     ・








「取り敢えず……、
落ち着ける場所に移動しましょう」

「そうね、ここだと目立っちゃうし……」



 魔法を使った反動の所為か……、
 幼女は、騒ぎが治まると同時に気を失ってしまった。

 その彼女を、リーオが抱き、
冒険者達は、拠点としている冒険者の店へと向かっている。

 何故、彼らが、幼女を保護する事になってしまったのか……、

 その原因は、今もなお、
嬉々として幼女を抱き上げている、リーオにあったりする。

 眠らせたチンピラ達をロープで縛り……、

 騒ぎを聞きつけ、現場に現れた、
官憲に、冒険者達は、それを引き渡す事にした。

 本当なら、その際に、
例の幼女も預けるべきだったのかもしれない。

 だが、子供好きのリーオが……、

「実は、この子、私の知り合いなのよ」

 などと、官憲に言って、
殆ど強引に、幼女を引き取ってしまったのだ。

「リーオさん、代わりましょうか?」

「――イヤ♪」

 子供とはいえ、非力なエルフには、少々、ツラいだろう。

 代わりに抱っこする、と言う、
テルトの提案を、リーオは、キッパリと断った。

 その表情は、本当に幸せそうで……、
 どうやら、彼女の“子供好き”は筋金入りらしい。

 尤も、それ以外にも、リーオが、
幼女を手放さない理由があったりするのだが……、

「それにしても……随分と、立派な首飾りね?」

 リーオの隣を歩く、ジェシカが、
興味深そうに幼女の胸元を見て、首を傾げている。

 ……幼女は、金の首飾りを身に着けていた。

 子供には不釣合いな程に、
大きく、綺麗な装飾が施された金の首飾りである。

 それが何なのか、誰にも分からなかったが……、

 精霊使いとしての力を持つリーオだけが、
その首飾りに、火の精霊『サラマンダー』の力を感じ取っていた。

 チンピラに追われていた幼女――
 その幼女が持つ、不思議な首飾り――

 ――明らかに、この幼女は普通じゃない。

 もしかしたら……、
 例の行方不明事件と、何か関係があるのかも……、

「まあ、所詮は推測なんだけど……」

「……リーオ姉、何か言った?」

「ううん、何でもない……」

 ポツリと洩らした呟きが聞こえたらしい。
 訊ねるカルに、リーオは、平静を装いつつ、首を横に振る。

 確信は持てない……、
 まだ、話すべきでは無いだろう。

 ……とはいえ、急に不安になってきた。

 道行く人々の視線が気になる。
 何処かで、この幼女を監視しているように思える。

 そもそも、リーオの綺麗なライトパープルの髪は、良く目立つのだ。

「ちょっと急ぎましょう、お腹空いちゃった」

 リーオは、その不安から、
逃れるように、冒険者の店へと向かう足を速めた。

     ・
     ・
     ・








「あっ、テルト……さん、お帰りなさい♪」

「え〜っと……ただいま?」



 冒険者の店に到着したテルト達――

 彼らを出迎えたのは、一人の少女……、
 この冒険者の店の看板娘である『アイリ』だった。

「……どうしたんですか、その娘?」

 接客の仕事を放り出し……、
 ポニーテールを振りながら、アイリはテルトに駆け寄る。

 早速、リーオが抱く幼女に目を止めたようだ。
 アイリは、気を失っている幼女の顔を覗き込みつつ、首を傾げる。

「――私達の子供なの♪」

「僕の妹なんだよ〜、似てるでしょ?」

「えっ……?!」

 咄嗟に法螺を吹くリーオとカル……、

 カルの場合は、ただの悪戯発言だったのだろうが……、
 リーオには、人目のある場所で、事実を話すわけにはいかない、という考えもあった。

 尤も、今回は、冗談の度合いの方が強かったりするのだが……、

 テルトに対するアイリの態度といい――
 “いらっしゃい”ではなく“お帰りなさい”と出迎えた事といい――

 端から見ていても、アイリが、
テルトに好意を抱いている事は明らかだ。

 それに気付いていないのは、当の本人であるテルトくらいである。

 現に今も……、
 狼狽するアイリを他所に……、

「二人とも、妙な嘘はやめてくださいね」

「リーオさん、かるかるさん……、
それでは、テルトさんとリーオさんの息子が、かるかるさんになってしまいます」

 二人の冗談は慣れたもの、と……、
 テルトは、ゼルナと一緒になって、溜息を吐いている。

「……報われないわねぇ」

「アイリちゃんってば、可哀想に……」

 そんな天然のテルトを見て、
ジェシカとリーオは、同じ女として、アイリに同情する。

 ……と、その油断がいけなかった。

 二人が、顔を見合わせている間に……、
 テルトが、バカ正直に、アイリに事情を話してしまったのだ。

「えーっと、そこで悪っぽい人達に、
追い駆けられてたから、助けたんだけど……」

「誘拐されかけてたんだ……ですね。
だったら、早く、その娘を休ませてあげましょう!」

「そ、そうですね……」

 テルトの話を聞き、アイリは、ドサクサ紛れに彼の手を握る。

 普段なら、それだけで、顔を赤くしてしまうテルト……、

 だが、そんな初心なテルトが、
手を握られたにも関わらず、少し複雑な表情を浮かべていた。

 自分と、それ以外――
 アイリが見せる態度の差――

 テルトも、それには気付いており……、

 そして……、
 とても残念に思っていた。

 この店には、クレスポという盗賊が出入りしている。

 女好きで、いつも、アイリに言い寄っているクレスポ――
 そんな彼を、手加減しつつも、容赦なく、お盆で張り倒すアイリ――

 クレスポと話す時のアイリには、
テルトに見せるような、余所余所しさなど、何処にも無い。

 テルトは、そんな彼が羨ましく……、
 自分にも、そんな自然体で接して貰いたいのだ。

 ああ、でも……、
 それは無理なのかもしれない。

 アイリが、素の自分を見せるのは……、
 きっと、あの盗賊の少年だけなのだろう……、

 となると、自分の願いは……、
 あまりにも贅沢なモノなのではないだろうか?

 ちなみに、この件に関しては、以前、ジェシカに相談した事があったりする。

 相談を持ち掛けられたジェシカは、
もちろん、アイリの想いにも、テルトの勘違いにも気付いていた。

 それを指摘しても良かったのだが……、

「あのね、テルトちゃん……、
もう少し、乙女心を理解する努力をしなさいな」

 結局、何も教えず……、
 テルトには、それだけを言うに止めた。

 理由は簡単――
 そのままの方が面白いから――

 どんな時でも……、
 ジェシカの性格の悪さは健在である。

「それじゃあ、アイリさん、部屋を借りますね」

「あ……はい! じゃあ、私も一緒にっ!」

 幼女を休ませる為、テルト達は、宿となっている二階へと向かう。

 介抱するのを手伝うつもりか……、
 アイリも、接客の仕事を放棄して、彼らの後に付いて来た。

「いえ、仕事の邪魔しちゃ悪いし、
リーオさんや、ジェシカさんもいますから、大丈夫ですよ」

「は、はい……」

 自分達の都合で、迷惑は掛けられない……、
 テルトは、手伝おうとするアイリの言葉を、やんわりと断る。

 そう言われては、アイリは、引き下がるしかない。

 悔しげに歯噛みしつつ……、
 アイリは、肩を落とし、仕事へと戻る。

 と、そんな彼女に……、

「キミ、済まないけど……、
ここらへんで、やたら色黒なハーフエルフを見なかったかい?」

「え、え〜と……」

 どうやら、この店では新顔の客のようだ。
 見覚えの無い、鎧を着た男に訊ねられ、アイリは、一瞬、対応に迷ってしまう。

「色黒の――」

「――ハーフエルフ?」

 階段の上で、そのやり取りを耳にした、
テルト達の視線が、一斉に、例の幼女に集まった。

 そして、さり気なく、アイリと男の会話に聞き耳をたてる。

「いえ、ハーフエルフの方はいらっしゃいますけど……」

「そうか……済まないな」

 男は人を探しているらしい。
 アイリの返答を聞き、男は残念そうに溜息を吐いた。

 掲示板に、張り紙を残し、男は、疲れた足取りで、店を出て行く。

「……気になりますね?」

 あの鎧の男も……、
 彼が貼っていった張り紙の内容も……、

 男の後ろ姿を見送り……、
 テルトは、あの男と幼女との関連性を疑う。

 そして、傍にいたゼルナに意見を求めようと、視線を落とし……、

「はいっ、気になっちゃいます♪」

「――うわっ!?」

 両目がハートマークになっている、
ゼルナを見て、テルトは、思わず、一歩退いてしまった。

 『ゼルナ=ベギー』は、恋する乙女――

 夢は一攫千金と、素敵なお婿さんを見つけること――
 好みのタイプは『私に腕相撲で勝ってくれる人』――

 確かに、先程の男は、見るからに逞しく……、

 種族の違いはあるものの……、
 ゼルナの好みの条件を満たしてはいるのだが……、

「あ、あの……待ってくださいっ!」

 どうやら、種族の違いは気にしないらしい。
 花柄の鎧を派手に揺らしながら、ゼルナは、男を追って駆けて行く。

「張り紙は、私達で見るから……カルくん?」

「おっけ〜、ジェシカ姉♪」

「じゃあ、私とテルト君は部屋にいるから、
面白い事があったら、後で、ちゃんと聞かせてね」

 ジェシカの言葉に頷き、
カルが、二人を尾行する為、店を飛び出す。

 テルトとリーオも、幼女を連れて、階段を上っていった。

「え〜っと、確か、この辺に……」

 それを見送り、ジェシカは、
掲示板へと歩み寄り、先程の男が残していった張り紙を探す。

 見れば、店の掲示板にも、捜索願の張り紙が溢れていた。

 それに、驚きつつ……、
 ジェシカは、端から端まで、掲示板を眺める。

 程無くして、それは見つかり……、



――【探しています】―――――――――――――――――
 エディフィル=ブレイウッド 年齢16才
 色黒のハーフエルフ。見付けたら連絡ください。
 在住 月夜のカラス亭:ナイトハルト
――――――――――――――――――――――――――



「16歳……には、見えないわよね?」

 二階の部屋で寝ているであろう、
例の幼女の姿を思い浮かべ、ジェシカは、独り呟く。

 どう考えても、この張り紙の人物と幼女は別人だ。
 しかし、色黒のハーフエルフが、そう何人もいるとは思えない。

 もしかして……、
 さっきの男が父親で、この女が母親?

 いや、そうなると、10歳前後で、子供を産んだ事になる。
 それとも、この年齢表記は、あくまでも、外見年齢を言っているのだろうか?

「…………?」

 そこまで考えた時、
ジェシカの脳裏に、何かが引っ掛かった。

 年齢の違い、似た容姿、誘拐、ハーフエルフ――

 幾つもの単語が、頭中でグルグルと回るが、
それらが、どうしても、上手く組み合わさってくれない。

 ……情報が多過ぎて、混乱している。

「この張り紙の束は、いつから流行りだしたんですの?」

 取り敢えず、考えるのを諦め、ジェシカは、何気なくアイリに訊ねる。

 すると意外にも……、
 彼女から、有力な情報を得る事が出来た。

「一月前くらいから……かな?
なんか、急に増えたから、おかしいなって話題になってます」

「最近、世襲した町はずれの貴族のボンボンが、
何かやってるんじゃないかって、もっぱらの噂ですけど」

「で、一月経っても未解決? なんともはや……」

 官憲の無能さに、呆れ顔のジェシカ。
 それと同時に、アイリの情報力に感心する。

 流石は、冒険者の店の看板娘、と言ったところか……、

「だって、変なんですよ……、
居なくなってるのは、年頃の女の子ばっかりなのに、
そんな女の子を連れて行く所を、誰も見てないんです」

「ふむふむ……」

「そのかわり、子供を無理矢理連れて行く所を見た、って話は沢山聞きますけど……」

 おかしな話ですよね、と首を傾げるアイリ。

 そんな彼女の話を聞きつつ、
ジェシカは、再び、幼女がいる二階を見上げる。

 確かに、おかしな話だ。
 所詮、噂話とはいえ、あまりに極端すぎる。

 しかし、ジェシカにとって、その噂には信憑性があった。

 何故なら、つい先程……、
 誘拐の現場を目撃し、子供を保護しているのだから……、

 そして、何より……、
 この情報によって、パズルのピースが、一つ繋がった。

 即ち、行方不明事件と、
例の幼女が、無関係ではない、という事が……、

 尤も、その判断を下すのは、あの子の話を聞いてから、だが……、

「……で、その怪しいボンボンと言うのは何処のどなた?」

「西の外れに居る、イリアス子爵の一人息子だと思います……多分」

 思案顔のジェシカに訊ねられ、
アイリは記憶を手繰りながら、やや自信なさげに答える。

 噂話であるにも関らず……、
 容疑者の名前までもが、明確になってるなんて……、

 となると、盗賊ギルドからなら、もっと詳しい情報が聞けるかもしれない。

「ありがとう、参考になったわ」

 お礼を言いつつ、ジェシカは、
情報料として、アイリに銀貨を数枚差し出す。

 そして、幼女の様子を見に行く為、やや急ぎ足で、二階へと向かった。

「……何となく、分かってきましたわね」

     ・
     ・
     ・








 一方、その頃――

 例の男を追ったゼルナと……、
 その彼女を尾行するカルは、と言うと……、

「待ってください、ナイトハルトさんっ!」

 店を出て、しばらく走り……、
 例の男の後姿を発見したゼルナは、彼を呼び止めた。

 自分が呼ばれている事に気付き、男は足を止める。
 その隙に、ゼルナは、男に追い付き、彼の前に回り込んだ。

「……何だい、ドワーフのお嬢さん?」

 突然、現れたドワーフ少女に、男は……、
 ナイトハルトは、やや戸惑い気味に首を傾げる。

 元々、足が速いわけでは無いゼルナ……、

 そんな彼女が、全力で走ってきた為だろう。

 肩を上下させ、息も絶え絶えなゼルナは、
訊ねるナイトハルトに、すぐに話を切り出す事が出来なかった。

「はあ、はあ……ふう〜」

「……………」

 呼吸を整えるゼルナを、
ナイトハルトは、辛抱強く待っている。

 いや、もしかしたら、ゼルナの花柄の鎧に、絶句しているのかもしれない。

 ちなみに、物陰に隠れて、
二人の様子を観察していたカルは、尾行の本来の目的も忘れ……、

(――ゼル姉の花柄のプレートメイルを素で流した?!)

 と、彼の反応の弱さに……、
 そんなも、どうでも良い事に、本気で驚いていたりした。

「あ、あのその、えっと……」

 ようやく、呼吸が落ち着いたようだ。

 意を決するように、ゼルナは、
大きく深呼吸をすると、上目遣いで、ナイトハルトを見上げる。

「わ、私は、ゼルナっていいます……、
行きずりの冒険者なのですが……その、お仕事の、依頼ですかっ?!」

「あぁ、相棒が急に居なくなっちまってね。
まぁ、大丈夫だとは思ってたんだが、三日ともなると、ちょっと心配で……」

「相棒さん、ですか……」

 両手の指を、もじもじと絡めつつ、ゼルナが、勢い込んで訊ねる。

 そんな彼女の様子に圧され、
少し後ずさりながらも、ナイトハルトは頷く。

「それは、心配ですよね……、
もしかして、貴方も冒険者の方、ですか?」

 ――そんな事は、一目瞭然だっての。

 二人の会話に聞き耳を立てていたカルが、内心でツッコむ。

 ゼルナとて、そんな事は分かっている。
 こんな話ではなく、もっと色気のある話をしたいと思っている。

 だが、分かっていても出来ないのだ。
 緊張のあまり、頭の中が混乱してしまうのだ。

 恋する乙女は、いつだって、やや暴走気味なのだ。

 尤も、協力する、というのは、
相手との関係を持つ、手っ取り早い方法ではある。

 だから、彼女の話の展開のさせ方に間違いは無いのだが……、

「まぁ、な……妹を放ったらかして家を出て来たんで、あまり威張れないけど」

「その相棒さんって、どんな方なんですか?
あの、良かったら……お力になりたいのですが!」

 それが分かっているのか、いないのか……、
 もう告白するぐらいの勢いで、ゼルナは、ナイトハルトに提案する。

 すると、彼は、少し照れ臭そうに、頭を掻きながら……、

「あぁ……えっと……色黒のハーフエルフでな、シャーマンなんだ」

「シャーマンさん……、
精霊が見えるんですよね、羨ましいです」

 彼の仕草に、ゼルナは、何やら嫌な予感を覚える。
 今までに、もう何度も経験してきた予感だ。

「それで、他には……例えば、何処で、いつ逸れたのですか?」

 どうか、気のせいでありますように……、
 と、内心で、己が崇める神に祈りつつ、ゼルナは、話を続ける。

 彼女が崇めるは幸運の神……、

 必ずや、その祈りは届き……、
 神官である自分に、幸運を齎してくれるに違いない。

 だが、しかし……、
 幸運の神にとって、色恋沙汰は畑違いだったらしく……、

「三日前に大喧嘩しちまってな……、
売り言葉に買い言葉で、二人して、別の宿取ってたんだが……、
今日、迎えに行こうと思って、向こうの宿に行ったら、
三日前、ちょっと出ると言って、出ていったきり、戻ってなかったらしくて……」

「は、はあ……」

「全く、アイツと言い、リズと言い……どれだけ迷惑かければ……」

 ナイトハルトの話が、徐々に愚痴っぽくなってきた。

 戸惑い気味のゼルナに構わず、
ナイトハルトは、ブツブツと独り言を始める。

 だが、その表情からは、心から相棒の身を案じている事が読み取れた。

「そうですか……それは気になりますよね」

 彼の心情に気付いたゼルナは、
自分の祈りが、神に届かなかった事を悟り、深く溜息を吐く。

 だが、それでも――
 恋する乙女は、僅かな望みに賭けて――

「それで……その、ええと……、
その、相棒の方って………女性です、か?」

「あぁ……女だよ」

 ――乙女の望みは潰えた。

 あっけらかんと言うナイトハルトに、
アッサリと恋破れたゼルナは、心の中で涙する。

 そして、クルリと踵を返すと……、

「ちょっと待って下さい……、
今、仲間と相談してきますので……」

 と、それだけを言い残し……、

 ナイトハルトが止める間も無く……、
 フラフラとした足取りで、その場を立ち去るのだった。

     ・
     ・
     ・








「――とまあ、そんな事があったわけ」

「なるほど、それで……」



 冒険者の店の二階――

 テルト達が待つ部屋に帰って来た、
ゼルナ達は、ナイトハルトとのやり取りを、仲間に話した。

 と言っても、話をしたのは、専ら、尾行していたカルで……、


 
――ぴぽ〜、ぺぽっぷ〜♪


 ナイトハルトと、直接、話をし……、
 恋破れたゼルナは、傷心のあまり、愛用の笛を吹いていたりする。

「また、失恋しちゃったんですね……」

 カルから事情を聞き、納得顔で頷くテルト。

 覚束無い足取りで戻り、
部屋に入るなり、隅っこで笛を吹き始めたゼルナ。

 その音色は、物悲しく……、
 恋愛に疎いテルトでも、それが悲恋の曲だと分かる。

 そんな彼女の様子に、もしや、とは思っていたが……、

 案の定と言うべきか……、
 結局、いつものパターンになってしまったようだ。 

「元気出しなよ、ゼルナ姉……いつもの事じゃん」


 
――ぴぷ〜っ、ぺぽぱぽ〜っ♪


 さり気なく、カルにトドメを刺され、
ゼルナの奏でる笛の音が、ほとんどヤケクソ気味のモノになる。

 その音色が、より一層、彼女の憐れさを引き立たせ……、

「はあ、やれやれ……」

 やはり、いつものように……、

 せめてもの慰めになれば、と考え、
テルトは、ゼルナの前に座り込み、彼女の演奏に耳を傾ける事にした。


 
――ぴぺっぽ〜♪ ぱぽっぽ〜♪


 吟遊詩人としての技能も持つゼルナ……、
 しかし、使う楽器が笛では、その曲に込められた感情は伝わり難い。

 それでも、自分の演奏を、
黙って聴いてくれるテルトの思いやりが、ゼルナには嬉しく……、

 ……と同時に、つくづく、残念にも思う。

 これで、もっと大人で……、
 もっと逞しければ、言う事は無いのに……、

 実際、過去に、カルに訊かれた事があるのだ。

 テルトではダメなのか、と……、

 ぶっちゃけ、ダメなのである。
 ゼルナの理想は“細身だけど、実は力持ち”なのだ。

 それに比べて、テルトは、あまりに頼りない。

 恋人にしたい、とか……、
 それ以前に、手の掛かる弟のようなものだ。

 ジェシカやリーオは、
彼に、よくちょっかいを出しているようだが……、

 ……あれは、多分、純朴な少年をからかっているだけだろう。

 そもそも、テルトは、
恋愛よりも、冒険の方に興味を持ってしまっている。

 そんなお子様を、男として意識出来るわけがない。

「……ご静聴、ありがとうございました」

 ひとしきり演奏し……、
 落ち着きを取り戻したゼルナは、観客に頭を下げる。

 と言っても、聴いていたのは、テルトだけで――

「すみませ〜ん、スモークサーモンのマリネくださ〜い♪」

 リーオは、お腹が空いたのか……、
 階下の酒場で働くアイリに料理を注文し……、

「カル君、お願いがあるのですけど……」

 カルから話を聞いたジェシカは……、
 彼に、盗賊ギルドへ行くよう支持していたり……、

 どうやら、ゼルナの失恋話は、
仲間達には、もう慣れたモノになってしまっているようだ。

 と、冒険者達が、そんな事をしていると――

「う……ん……?」

 ベッドに寝かされていた幼女が、呻き声を上げた。
 ようやく、意識を取り戻したらしい。

「――あっ、気が付いた?」

 テルトが、真っ先に幼女に駆け寄る。

 早く、幼女から、詳しい話を聞きたいのだろう。

 テルトは、興味津々と……、
 目を覚まそうとしている幼女の顔を覗き込む。

 そして――
 幼女は目を開けると――



「炎に宿りし者よ! 猛き矢となりて――!!」

「――えっ?!」



 次の瞬間――

 幼女の呪文詠唱と共に……、
 “何か”が、テルトの頭に直撃した。








<中編に続く>
<戻る>


なかがき

 先日、真魚さんからのお誘いで、
ソードワールドTRPGのセッションに参加させて頂きました。

 GM真魚さんを初め……、
 ボクを含めた、五人のプレイヤーでの楽しいひと時……、

 この物語は、その内容を、ノベライズしたものです。

 まあ、ノベライズといっても、
多少、脚色は加えてありますが、可能な限り、忠実に再現したつもりです。

 参加していたプレイヤーの方々から見ると、
自分のキャラの性格に、違和感を覚えるかもしれませんが……、

 そのへんは、今後、修正していくつもりなので、ご了承を……、

 追伸――

 ボクが、どのキャラを演じたのか……、
 このSSを読めば、すぐに分かっちゃいますよね……、(笑)