「マイナん、ってさ〜……」 「あの、その呼び方は、ちょっと……」 「まあまあ、良いじゃない? で、マイナんに、ちょっち訊きたいんだけど?」 「は、はあ……何です?」 「何で、冒険者やってんの? 神官って、大抵は、教会で、お勤めしてるモンでしょ?」 「そ、それは……」(チラッ) 「あ〜、なるほど……、 神官って、そういう面もあったっけ?」 「あ、あう……」(赤面) 「……素質、あると思う?」 「はい、もちろんです。 それを導くのも、神官の務めです」 「言い切るね〜……でもさ……」 「……?」 「本人に、その意志が無かったら?」 「…………」 ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第9話 『信頼』 ――――――――――――――  ――騎士の資格を持つ者よ。  ――汝に問う。  ――“正義”とは何だ?  円卓の遺跡の最奥――  ついに、遺跡の終点へと辿り着いた、 テルト達を待っていたのは、全身鎧を纏った騎士の像であった。  剣を地に突き立て……、  真っ直ぐに、前だけを見据えた騎士……、  その立ち姿からは、 石像とは思えぬ程の威圧感と……、  それ以上の、凛々しさと誇り高さが感じられる。  ――この先へは、何人たりとも通さない。  ただ、そこに在るだけで、 騎士の像に込められた想いが伝わってきた。  騎士の像の後ろには、大きな扉があり、 おそらくは、遺跡の最深部に続いているのだろうが……、  そこに向かおうとすれば、間違いなく、騎士の像が行く手を阻むだろう。 「……正義とは、ねぇ」  騎士の像が、投げ掛けてきた問いに、 腕を組んだジェシカは、ウンザリした様子で呟く。  なにせ、自分とは対極にあるような言葉だ。  当然、そんなモノの意味など、 考えた事も無いし、考えるつもりも無い。 「いかにも“騎士”って感じの質問よねぇ」  他人事のように言いつつ、 キアーラは、先の展開を予想し、部屋の四方に光石を投げる。  万が一に備え、光源を確保する為だ。 「何て答えれば良いのでしょう?」 「こういうのは、寧ろ、マイナが得意なんじゃないの?」 「教義としての答えならあります。 でも、これは、そういうのを求めているわけじゃないですよね?」  単純であるが故に、難解な問い――  答えを出せず、マイナは、 助けを求めるように、チラリと、テルトに視線を向ける。  いや、マイナだけではない。  自然と、その場にいる全員の視線が、彼に集まっていた。 「……はい?」  部屋の片隅に荷物を置き、鎧の具合を、 確認していたテルトは、彼女達の視線に気付き、小首を傾げる。 「ここは、テルトちゃんに任せたわ」 「ド〜ンッと、リーダーらしいトコを見せてよね」 「お願いします、テルトさん」  ――丸投げであった。  とはいえ、彼女達の言い分は正しい。  これは、明確な答えが無い質問だ。  それに答えるべきなのは、リーダーであるテルト以外に有り得ない。 「……わかりました」  仲間達の期待を背に受け、テルトは、騎士像の前に立つ。  ――騎士の資格を持つ者よ。  ――汝に問う。  ――“正義”とは何だ?  騎士像が、再び問い掛ける。  それに対し、テルトは、困ったように、 ポリポリと頭を掻くと、迷う事無く、アッサリと言い切った。 「その問いに答える資格は、ボクにはありません」 「「「……は?」」」  テルトの答えに、ジェシカ達の目が点になった。  もし、騎士像に意思があるなら、 間違い無く、彼女達と同じ反応を示しただろう。  それ程までに、彼の答えは、斜め上のモノだったのだ。 「ボクは、冒険者です。騎士ではありません。 そして、騎士になるつもりもありません」 『…………』  テルトの言葉に、騎士像が困惑する。  いや、石像なのだから、 そんな事は、決して有り得ないのだが……、  ……それでも、そのように見えた。  なにせ、質問の大前提から、完全否定されたのだ。  想定外にも程がある答えである。  しかし、騎士像は、そんな予想外の返答にも対応してみせた。  ――翼を持つ者よ。  ――再度、問う。  ――汝にとっての“正義”とは何だ?  今度の問いは“テルト”へのものだった。  “騎士の資格者”ではなく……、  “冒険者テルト”自身への問い掛け……、  さすがに、こう言われては、 テルトも、真剣に、質問を受け止めざるをえない。  瞳を閉じ、腕を組んで、テルトは考え込む。  ――だが、悩んでいる様子は無い。  むしろ、答えは既にあるのだが、 どう言葉にすれば良いのか分からないようだ。 「“正義”とは――」  しばらく考え、答えが纏まったようだ。  テルトは、瞳を開き、騎士像を、真っ直ぐ見据える。  そして、質問への答えを―― 「――カッコイイことですっ!」 「アホかぁぁぁぁぁっ!!」  ――鈍い音が鳴った。  同時に、テルトが倒れ伏し、 その後ろには、杖を振り下ろしたジェシカの姿がある。  馬鹿極まりないテルトの脳天を、 手加減無しで、思い切りブン殴ったのだ。 「アンタって子は……、 ちょっとでも期待した私が馬鹿だったわっ!」  どうやら、テルトの答えが気に入らなかったようだ。  テルトを殴り倒したジェシカは、 さらに、彼の頭をグリグリと、靴の踵で踏み付ける。 「ま、まあまあ……、 ジェシカ姐、ちょっち落ち着いて……」(汗)  憤慨するジェシカを、キアーラが宥める。  だが、そんな彼女の表情も、若干、引き攣っていた。  テルトの出した答えに呆れたのではない。  自覚しているのだろうか?  多分、全く、自覚などしていないのだろう。  テルトを責め続けるジェシカの表情は、あまりにも……、  うわぁ、この人――  凄く楽しそうな顔してるし――  と、内心で、キアーラは思ったが、 口に出さなかったのは、賢明だったのかもしれない。 「まったく、ここまで馬鹿とは……」  ようやく、満足したのか……、  ジェシカは、テルトの頭から足を退けた。  それを待っていたかのように、騎士像が声を発する。  ――もう良いか? 「……待ってたんですね」 「ただの石像のクセに、随分と融通がきくわねぇ」  テルト達が落ち着くまで、 騎士像は、解答への判定を待ってくれていた。  そんな律儀な騎士像に、冒険者達は、改めて向き直る。  無論、警戒の度合いは、最大限まで上げ、 いつでも、戦闘が始められるよう、武器に手を掛ける。  テルトには悪いが、あの解答が正しいとは、とても思えないからだ。  だが、温泉部屋で、ジェシカが呟いたように……、  どうやら、円卓の騎士には、 本当に、変わり者が多かったらしい。  ――翼を持つ者よ。  ――汝の“正義”を認めよう。 「「「――アレで良いのっ!?」」」  色んな意味で斜め上の反応に、 テルトを除く全員が、総ツッコミを入れる。 「どういう事よ……テルトちゃん?」  正解したのだから、何の問題も無いし、 正義の定義云々に関しては、一切興味は無いのだが……、  あまりに腑に落ちない展開に、 ジェシカは、詳しい説明を求めようと、テルトに詰め寄る。 「正直、ボクも、驚いてるんですけど――」  彼自身も、上手く説明出来ないのだろう。  ジェシカの剣幕に、少し脅えつつ、 テルトは、言葉を選びながら、たどたどしく語り始めた。  ――“正義”の意味は、人の数だけ存在する。  故に、騎士像の問いに、正解は無い。  だが、それでも……、  敢えて“正義”の意味を問うのなら……、   誰かの為に、強くなれる事――  自分が正しいと、胸を張れる事――  例え、泣いても――  例え、転んでも――  精一杯、歯を食いしばって――  また、立ち上がれる事――  また、笑う事が出来る事――  その姿は、きっと―― 「――凄く、カッコイイと思うんですよ」  青臭い事を言っている自覚はあるのだろう。  不器用ながらも、最後まで、 語り終えたテルトは、照れ笑いを浮かべる。 「だったら、なんで、 最初から、そう言わないのよ?」 「簡潔に言おうと思ったら、ああなったんです」 「アンタって子は……」  何と言って良いのか分からず、ジェシカは、 眉間に寄ったシワを揉み解しながら、言葉を思案する。  だが、どんなに考えても“これ”しか思い浮かばず……、 「……本当に、馬鹿ね」 「そんな、しみじみと言わなくても……」 「よくも、まあ、あんな直球なのか、 変化球なのか、分かり難い解答を理解できたわね?」  テルトの抗議を無視し、 ジェシカは、騎士像に視線を戻す。  無論、相手は、ただの石像……、  返事なんて期待してはいなかったのだが……、  ――かつて、多くの騎士がいた。  ――皆、英雄と称されるに値する騎士達であった。  ――そんな彼らでさえ“正義”の意味は、それぞれ違っていた。  ――翼を持つ者よ。  ――汝の答えは、その内の1つに合致した。  ――それだけの事だ。 「なるほどね……」  騎士像の言葉に、ジェシカは納得する。  騎士像が言う『騎士達』とは、 おそらく、かつて、円卓に名を連ねた騎士達の事なのだろう。  この遺跡の建造者は、事前に、彼らに、 同じ質問をし、その全ての答えを、問題の正解として登録しておいたのだ。  そして、その内の1つが、 テルトの答と同じだった、というわけだ。 「円卓の騎士の一人……、 誰の解答と同じだったんでしょうね?」  マイナが、興味津々といった様子で呟く。  テルトと同じ答えを出した円卓の騎士――  それが、一体、誰なのか……、  勇者に仕える神官としては、やはり、気になるようだ。  ――サー・ランスロットだ。 「「「あ〜……」」」  ――酷く納得した。  と、何とも言い難い、 微妙な表情で、ジェシカ達は、ウンウンと頷く。 「流石は、テルトちゃん……、 よりにもよって“あの”ランスロットと同じとはねぇ」 「納得の理由だよねぇ」 「溜飲が下がる、とは、こういう事を言うのでしょうか?」  彼女達の、蔑んだ眼差し向けられ、 鈍感なテルトも、愚弄されている事に気付いたようだ。 「……凄く、複雑です」  完璧の騎士――  サー・ランスロット――  その実力は、円卓の騎士の中でも、 随一であり、サー・ガヴェインと並び、双璧と呼ばれた英雄である。  だが、そんな彼には、もう一つ、異名があった。  『英雄、色を好む』とは言うが……、  彼は、その言葉を体現したかの如き、稀代の女好きだったのだ。  そんな彼と同列に並べられては、流石に、素直に喜べるわけがない。  テルトを擁護するならば……、  別に、彼は、女好きというわけではないのだ。  単に、無自覚に、フラグを立てるだけである。  そして、これまた無自覚に、フラグを圧し折るだけである。  ……ある意味、余計に性質が悪い、とも言えた。 「と、とにかく、これで、 私達は、先に進んでも良いのですよね?」  軽く咳払いをして、気を取り直し、マイナは、騎士像に訊ねる。  何であれ、テルトの言葉は、 ここを守護する騎士像に認められたのだ。  遺跡の奥へと進む資格は得られたはず……、  と、奥の扉に目を向けるが、それが開く気配は無い。  代わりに、今まで、微動だにしなかった、 騎士像が、ギシギシと軋み音を上げて動き出し、剣を構える。  ――“正義”無き“力”は無力だ。  ――そして“正義”無き“力”も、また無力だ。  ――翼を持つ者よ。  ――汝は、汝の“正義”を示した。  ならば、次は――  ――汝の“力”を示せ。 「……結局、こ〜ゆ〜展開なわけね」  騎士像が宣言を終えると同時に、 幾つもの魔方陣が展開され、十数体の石人形が召喚された。  次の瞬間、全員が、即座に、戦闘配置に着く。  ジェシカは、後ろに下がり、攻撃魔術の準備に入り――  マイナは、いつでも障壁を張れるよう、敵の攻撃に備え――  キアーラは、短剣を抜き放ち、前線で敵を牽制し――  そして、テルトは、剣と盾を構え、騎士像と―― 「――アンタの仕事は雑魚の始末よ」  騎士像と対峙しようとしたテルトを、ジェシカが呼び留めた。  そして、魔術の構成を組み上げつつ、前線に立つキアーラにも指示を飛ばす。 「キアーラは、アレの相手をして。 まず、鬱陶しい雑魚から一掃するわよ」 「おっけ〜、なるべく早く片付けてよね」  石人形と闘った時と同じ戦術だ。  それを理解したキアーラは、即座に、騎士像の前に躍り出る。  だが、テルトは、納得しかねるようで―― 「で、でも……“ボク”に力を示せ、って……」 「テルトちゃん、アンタは騎士じゃない」  ジェシカは、彼の言葉を一蹴した。  そして、組み上げた魔術構成を集束させながら、話を続ける。 「ましてや、英雄でも無い」  その口調は、まるで諭すように……、  いつものように、彼を小馬鹿にするように……、  でも、珍しく、とても優しい……、 「――ただの冒険者でしょ?」 「あ……」  ジェシカの言葉に、テルトは、ハッと息を呑んだ。  そして、呑み込んだモノを、もう一度、 しっかりと呑み下すように、ゆっくりと深呼吸をすると……、 「……そうでした」  そこには、肩の力を抜いた……、  普段と変わらない、自然体のテルトの姿があった。  ――これで良い。  人には、分相応というモノがあるのだ。  正義とか、騎士とか、英雄とか……、  そんなモノは、彼が背負うには相応しくない。  彼が背負うべきなのは……、  彼の小さな背中に、一番似合うのは……、  目的地を示す地図――  進むべき方角を教えるコンパス――  闇夜に包まれた道を、明るく照らすランタン――  そして、尽きる事の無い冒険心――  ……それらを詰め込んだリュックだけなのだ。 「ボクは……ボク達は、冒険者です」  テルトは、剣の向ける先を、騎士像から石人形達へと変える。 「だから、こんな試練に、 まともに付き合う必要なんてありません」  冒険者にとっての敗北とは、死ぬ事だ。  闘いに負けても良い。  冒険に失敗しても良い。  最後に、生きてさえいれば、冒険者にとっては、敗北ではないのだ。  どんなに負けても、失敗しても、 生きてさえいれば、また挑む事が出来るのだから……、  転んでも良い。  また、立ち上がれば良い。  泣いても良い。  また、笑えれば良い。  テルト=ウィンチェスタにとって――  冒険者である事が―― 「ボク達の冒険を阻むのなら……、 ボク達なりのやり方で、そこを退いて貰いますっ!」  その宣言を切っ掛けに、戦闘が開始された。 「――我らが武器に女神の加護をっ!」  マイナの支援魔術によって、 仲間達の武器が、まるで羽のように軽くなる。  次の瞬間、騎士像の剣が、キアーラに振り下ろされるが……、 「――遅いよっ!」  斬撃を紙一重でかわすと、キアーラは、 騎士像の懐に、素早く潜り込み、短剣でのカウンターを放った。  だが、先の石巨人の時と同様に、 キアーラの攻撃では、表面に、僅かに傷を付ける事しか出来ない。 「ちっ……」  騎士像の、予想以上の頑丈さに、キアーラは舌打ちする。  一番、脆そうな、腕の関節部を、 狙ったにも関わらず、短剣が刃毀れを起こしてしまったのだ。  物理的な攻撃での破壊は絶望的と考えて良いだろう。  ならば、決定打となるのは、 ジェシカの魔術と、テルトが持つマナブレードのみ……、 「テルト君! ジェシカ姐!」  ――なるべく、早く加勢してっ!  騎士像の攻撃を受け流す度に、 どんどん、短剣の刃毀れが深刻になっていく。  このままでは、攻撃に耐えきれず、いずれ、折れてしまうだろう。 「もう少し――」 「――待ってくださいっ!」  悲鳴交じりの、キアーラの呼び掛けに、 テルトとジェシカが返したのは、全く同じ答であった。  テルトは、何体もの石人形を相手に、 奮闘しており、ジェシカは、2発目の魔術構成を始めている。  マイナは、そんな2人の援護で手一杯だ。  雑魚の石人形が片付くまで、 仲間達の加勢は、期待できそうにない。 「正直、かなり厳しいんだけどっ!?」 「あと10秒くらい堪えなさい! ありったけの魔力を込めて、一撃で決めるわ!」  やはり、先の戦闘と同様に、一撃必殺による短期決戦を狙うようだ。  ジェシカが突き出した杖の先端に、 魔力が集まり、視認できる程に圧縮された熱が渦巻いている。  ――あと10秒?  ――ギリギリってトコかな?  と、内心で呟きつつ、キアーラは、 横薙ぎの斬撃を、バックステップで避け、騎士像と距離を取る。  実際、短剣を犠牲にする事が前提なら、 10秒以上、騎士像の斬撃を回避し続ける自信はあった。  ――あと、9秒。  振り下ろされた剣を、短剣で斜めに受け、威力を受け流す。  だが、その攻撃で、左の短剣は砕け散った。  ――あと、7秒。  返す刀で、斬り上げられた刃を、 体を後ろに逸らしてかわし、柄だけとなった得物を投げ付ける。  ――あと、5秒。  一瞬だけ、気を削ぐ事が出来た。  その刹那に、相手の足元を転がり、背後を取る。  ――あと、3秒。  騎士像が、攻撃のパターンを変えてきた。  剣を振り回していては、 キアーラの動きに対処出来ないと、悟ったようだ。  斬撃から刺撃……、  面の攻撃から、点の攻撃へと……、  ――あと、1秒。  唐突な変化に、対応が追い付かない。  神速の如き連続突きを避けきれず、右の短剣が弾き飛ばされてしまった。  ――あと、0秒。  丸腰にされたキアーラに、追撃が迫る。  短剣を弾かれた衝撃で、体勢も崩れてしまっている。  回避は――不可能―― 「「――キアーラさんっ!!」」  突然、飛来した『それ』が、 騎士像の剣に当たり、刺撃の軌道が、僅かに逸れた。  石人形達との乱戦の中でありながら、、 キアーラの危機を察したテルトが、盾を投げたのだ。  さらに、マイナの展開した聖障壁が、 攻撃の威力と勢いを殺し、キアーラの回避を間に合わせる。  そして、次の瞬間―― 「我が『構築』するは――形無き『熱量』ッ!」  ジェシカの全魔力を込めた、 最大出力の熱閃が、騎士像へと放たれる。  その密度と熱量は、今まで見てきたモノの比では無い。  騎士像に命中した瞬間、その熱で、空気中の水分が蒸発し、 敵の姿が見えなくなる程の水蒸気を上げている事からも、その威力の高さは明白だ。 「――やったか?」  激しい水蒸気を間近で浴び、顔を顰めつつ、キアーラが呟く。  彼女以外の者も、その渾身の一撃で、 先の石巨人と同様に、騎士像が破壊される光景を想像した。  だが―― 「ちょっ……?」 「……マジ?」  ――その考えは、甘かったらしい。  水蒸気が晴れ……、  徐々に、視界が戻ると……、  そこには、盾を構え……、  傷一つ無い騎士像の姿があった。 「ダメージは0、って……冗談でしょ?」  全力の一撃を、完全に防ぎ切られ、ジェシカの表情にも焦りが浮かぶ。  間違いなく、今の攻撃は、 現状の、このパーティーでの最大火力だ。  それを受けて、無傷となると、勝算は無いに等しい。  攻撃が通用しなかったわけではない。  現に、騎士像の盾は、今の一撃で、ボロボロに崩れ、もう使い物にならないだろう。  故に、同じ攻撃を、もう一度、 放つ事が出来れば、騎士像を倒せるかもしれない。  ――それは無理だ。  文字通り、全力だったのだ。  ジェシカの魔力は、ほとんど残っていない。 「なんて無様……」  ジェシカは、致命的な作戦ミスをしてしまった事に歯噛みする。  勝負に出るのが早すぎたのだ。  まずは、魔術の効果範囲を拡大し、 テルトと協力して、少しでも早く、雑魚を一掃するべきだった。  そうしていれば、こんな乱戦にはならず、全員で、騎士像と対峙できた。  万が一の為に、退路を確保する事もできた。  ――後悔など役に立たない。  ――悔やんでも、結果は覆らない。  分かってはいるが……、  浅はかだった自分を、悔やまずにはいられなかった。 「ど、どうすれば――」  拳を握り、歯を食いしばり、 後悔に縛られそうになる自分を奮い立たせる。  現状を打破する最善手を探し、思考をフル回転させる。  魔力が尽きた自分には、 もう、思考を巡らせる事しかないのだ。  ――どうすれば良い?  ――何が出来る?  ――考えろ、考えろ、考えろ。 「キアーラさん、コレを……っ!!」  ジェシカの思考よりも早く、テルトが動いた。  なんと、盾に続き、マナブレードすらも手放したのだ。 「な、何を考えてんのよっ!?」  テルトが投げたマナブレードを、キアーラは、咄嗟に受け取る。  確かに、丸腰では、騎士像の相手なんて出来ない。  だが、このマナブレードは、テルトにしか扱えないモノなのだ。  こんなモノを渡されても、どうしようも―― 「頼みますっ!」 「――っ!!」  マイナから戦鎚を借り……、  慣れない武器で、石人形と闘いながら……、  ……テルトが、ただ一言、そう叫んだ。  なんて、重い言葉だろう。  なんて、嬉しい言葉だろう。  その、たった一言に込められていたのは……、  ――信頼。 「あ〜、もうっっっっ!!」  刃の出ないマナプレードを構え、キアーラが、自棄気味に叫ぶ。  ――なんて、馬鹿!  ――なんて、お人好し!  普通、会って間もない相手を、そこまで信頼する?!  唯一の武器を渡してまで、命を預けたりできる?!  こんな子は初めてだっ!  こんな奴は初めてだっ!  こんな男は初めてだっ!  そんなに信頼されちゃったら――  そんなに期待されちゃったら―― 「応えてあげたくなるじゃないのっ!!」    ――マナブレードが光を発した。  歓喜にも似た、彼女の叫びに呼応するかのように、 テルトにしか反応しなかったマナブレードから、魔力刃が出現したのだ。 「とおりゃぁぁぁぁぁっ!!」  魔力刃を、地面スレスレに奔らせるように、低い姿勢で、キアーラが駆ける。 「邪魔を――」 「――しないで下さいっ!」  彼女の前に、2体の石人形が立ちはだかるが、 テルトとマイナが割って入り、敵を押し退け、道を開く。  二人の間をすり抜け、騎士像へと走る。  だが、そんかキアーラに、 騎士像の剣が容赦なく振り下ろされる。  ――直撃コース?  ――どうする?  横に跳んで回避する?  ――安全だ。  でも、攻撃のチャンスを逃してしまう。  走る速度を緩め、空振りさせる?  ――安全だ。  でも、攻撃のチャンスを逃してしまう。  テルトとマイナの援護は、間に合わない。  ならば、今――  唯一、動けるのは―― 「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!」  この間、僅かに0.1秒――  意を決したキアーラは、 敵の攻撃を無視して、迷う事無く地面を蹴った。      ・      ・      ・ 「ったく、どいつもコイツも……っ!!」  騎士像に突撃するキアーラ――  その、あまりの無茶っぷりに、 ジェシカは、吐き捨てるように毒吐いた。  だが、その表情には、不敵な笑みが浮かんでいる。  ――魔力が必要だ。  ――ほんの少しで良い。  瞬時に、自分のやるべき事を悟り、 ジェシカは、魔力を求めて、周囲に視線を巡らせる。  そして、部屋の片隅に置かれた、テルトの荷袋を見つけ……、  ――アレだっ!!  求めるモノを見つけたジェシカは、 その荷袋を逆さにして、乱暴に、中身をブチ撒ける。  拾い上げたのは、水筒……、  ディアリースターズから貰った、 火の魔導石が仕込まれた、特別製の水筒だ。  それを地面に叩き付け、粉砕すると、破片の中から、火の魔導石を穿り出す。  魔導石とは、魔力の器だ。  さらに、火属性は、ジェシカの属性でもある。 「グッ……」  魔導石を口に放り込む。  奥歯で、強引に噛み砕く。  破片で、口の中が切れた。  口の中で血の味が広がるが、 構わず、その血と一緒に、石の破片を呑み下す。  ――きたっ!  ――これならっ!  ほんの僅かに……、  雀の涙ほどの魔力が湧いてきた。  即座に、魔術を構成する。  構築するのは、いつもの熱閃ではなく火球だ。  必要なのは、貫通力ではない。  ごく僅かでも良い……、  二次的な効果の強い爆発力だ。  そういえば――  あの時、テルトちゃんに――  魔術構成を組みながら、ジェシカは、ふと、思い出す。  それは、いつだったか……、  ジェシカは、テルトに言った事かある。  疑うよりも、信じる方が楽だ、と――  疑わず、信じる事は、 単に、思考を放棄しているだけだから……、  ――だが、本当は違った。  信じるよりも、疑う方が、ずっと楽だった。  疑わず、迷わず……、  信じる事が、なんと難しい事か……、   それを、テルトは、事も無げにやってのける。  彼の、先程の行動が、まさに“それ”だ。  一瞬の躊躇も無かった。  迷う事無く、唯一の武器を、キアーラに託した。  ――そう。  テルトは、キアーラを信じたのだ。  そして、キアーラは――  テルトの信頼に応える為に―― 「……どうかしてるわ」  ――本当に、どうかしている。  今まで、誰かを、無条件で信じた事なんて無い。  そもそも、自分自身すら、 ロクに信じられないのに、自分以外を信じられるわけがない。  でも、あの馬鹿だけは信じられる。  そして、あの馬鹿が……、  テルトが信じた、と言うのなら……、 「頼むわよ――」  そんな事を想ってしまうなんて――  本当に――  どうかしてる―― 「――キアーラ!!」  ――火球が放たれる。  それは、あまりに弱々しく、 とても、騎士像に通じるとは思えないモノだ。  だが、キアーラを援護するには、それで充分であった。  軽い炸裂音と同時に、その衝撃で、 今、まさに、振り下ろされようとしていた騎士像の剣が流れる。 「おぁぁぁぁーーーーっ!!」  爆煙を貫くように、キアーラが跳躍した。  最初から、騎士像の攻撃が、 不発する事が分かっていたかのような……、  そうでなければ、不可能な、絶妙なタイミングであった。  ――キアーラは、ジェシカを信じたのだ。  必ず、騎士像の攻撃を防ぎ、 反撃のチャンスを作ってくれる、と……、  テルトが武器を与え、道を拓いた。  マイナが敵の攻撃を防ぎ、道を踏み固めた。  ジェシカが活路を見い出し、道を指し示した。  言葉は必要無かった。  全員が為すべき事を理解した。  ――だから、キアーラは、全力で駆け抜ける。 「いっっっっ――  テルトが、ジェシカが、マイナが――  仲間が繋げた――  『信頼』という名の――  未来への道を――                 ――っっっけぇぇぇぇっ!!」  閃光が奔る――  天高く跳躍したキアーラが、 全体重をのせて、騎士像に魔力刃を振り下ろした。  甲高い音と共に、騎士像の脳天に、魔力刃が喰い込む。  だが、想像以上に、騎士像は頑丈で、 魔力刃は、騎士像の頭部の半分まで達したところで止まってしまった。  ……それでも、手応えは充分だ。  キアーラは、即座に、騎士像の顔面を蹴り、 その勢いで、魔力刃を抜くと、軽く宙返りをしつつ、着地する。  でも、華麗に、とはいかなかった。  今の一撃に、全身全霊を込めた為だろう。  着地すると同時に、フラつき、膝を付いてしまう。 「はあ、はあ……」    肩で息をしながら、キアーラは、緊張を解く。  ――勝った。  ――騎士像を倒した。  その瞬間、今までの疲労が、 一気に、全身を襲い、力が抜けてしまった。  床に手を付き、呼吸を整えようと、深く息を吸う。 「――っ!?」  キアーラの視界に、影が刺した。  その意味を察し、吸い込んだ息を、喉に詰まらせる。  ――冗談でしょっ?!  ――まだ、動けるって言うのっ!?  キアーラの渾身の一撃を受けて、なお、騎士像は健在であった。  ……いや、確実にダメージは受けているようだ。  騎士像は、今、まさに、彼女を斬り伏せようと、 剣を振り上げるが、ダメージの為か、その動きは緩慢である。  だが、それでも、体力が尽き、 一歩も動けない、今のキアーラにとっては脅威だ。  ――回避できないっ?!  ――このままじゃ、やられるっ!?  顔を上げる事すら出来ず、 観念したキアーラは、思わず目を閉じる。 「――キアーラさんっ!!」 「……っ!」  その声を耳にして――  諦めとか、死の恐怖とか……、  あらゆる悲観が、アッサリと消え失せた。  そして、僅かだが、力が甦ってくるのを感じた。 「そうよね――」  キアーラは、その僅かな力で、 マナブレードを、自分の真上に放り投げる。 「やっぱり、最後に決めのは――」  “誰か”が、跳んだのが分かった。  その“誰か”が、動けない自分を跳び越え、 宙を舞うマナブレードを片手で受け止めるのが分かった。 「――リーダーの役目よねっ!!」  キアーラが、力強く顔を上げる。  そこには、光り輝く剣を持ち……、  最後の一撃を放つ、少年の凛々しい姿があった。 「てやぁぁぁぁぁぁっ!!」  テルトが光刃を振り下ろす。  狙うは、ただ一点……、  キアーラの攻撃によって、損傷した頭部だ。  寸分違わず、光刃が、騎士像の頭部の亀裂に吸い込まれる。  まるで、バターにナイフを入れるように……、  テルトの光刃が、騎士像の頭を、体を、斬り裂いていく。  光り輝く剣を振り切ったテルトが、 着地すると同時に、騎士像の体に、真一文字の光の剣閃が奔る。  ――見事。  ――翼を持つ者よ。  ――汝の“力”を認めよう。 「やめてください……、 ボクだけの力じゃありません」  体が崩壊していく騎士像に、テルトは、静かに言い放つ。  ――そうだな、訂正する。  ――翼を持つ者よ。  ――翼を支えし者よ。  ――汝らの“力”を認めよう。  過去の英雄の残滓を宿す騎士像が……、  そして、テルトが持つ魔力剣も、 役目を終えたかのように、ゆっくりと崩れ落ちていく。 「勝っ……た?」 「そ、そうみたいですね」 「…………」  緊張の糸が切れたのか……、  それとも、まだ、勝利の実感が湧かないのか……、  ただの砂山と成り果てた騎士像を、 ボンヤリと眺めながら、キアーラとマイナは、その場にヘタり込む。  ジェシカは、先程の無茶が祟り、 口の中の痛みで、喋る事が出来ないようだ。  だが、そのウンザリとした表情からは、疲労が色濃く窺える。  テルトは、そんな仲間達に振り向き、 いつもと変わらぬ、穏やかな笑みを浮かべて見せると……、 「最後まで、油断は出来ません。 傷の手当てをしてから、先に進みましょう」  そう言って、騎士像が守っていた扉を示す。  最後の扉は、開け放たれ……、  資格を得た者達が来るのを待ち侘びているかのようだ。  すぐにでも、最奥へと進みたい気持ちを抑え、テルト達は、万全の準備を整える。  そして、改めて……、  冒険者達は、扉の前に立ち……、 「――さあ、行きましょう」  円卓の遺跡――  その最奥へと足を踏み入れた。 <続く>