「ねえ……テルトちゃんって、人を疑った事ってある?」 「そりゃあ、まあ……、 でも、出来るだけ、疑うよりも信じたいです」 「結果として、騙されても? それって、考える事を放棄してる事にならない?」 「……そういうものですか?」 「疑うより、信じる方が楽だもの」 「は、はあ……」 「まず疑え、さらに疑え、最後にもう一度、疑え……、 冒険者なら、そのくらいの気構えは持ちなさい」 「――無理です」 「即答かいっ!?」 ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第8話 『戦闘』 ―――――――――――――― 「……円卓の騎士ってさ?」 「ん〜、なに?」 「変わり者が多かったのかしら? 普通、こんな所に、温泉なんか造らないわよ?」 「……だよねぇ」  湯煙が漂う中――  広い浴槽に、素足を浸しつつ、 ジェシカは、現実の、あまりの不条理さを感じていた。 「……私達、何してたんだっけ?」  足から伝わってくる程良い温もりが、 疲れた体に心地良く、どうしても、意識が緩みそうになる。  それを何とか繋ぎ留めるようと、ジェシカは、自分に言い聞かせるように呟く。 「遺跡探索でしょ?」  キアーラから、分かり切った答えが返ってきた。  彼女は、肩まで湯に浸かり、すっかり、リラックスしている。  そんなキアーラに、ジト目を向けつつ、ジェシカは、さらに問う。 「じゃあ、何で、私達は、温泉に入ってるわけ?」  正確には、湯に浸かっているのは、 マイナとキアーラだけで、ジェシカは、足浴に止めているのだが……、  ともかく、どうしても、現状が納得できず、 ジェシカは、少し苛立ち紛れに、浸していた足で湯面を叩く。 「ここに、温泉があったからです」 「OK、その事実は認めるわ。 正直、認めたくないけど、現実は直視しなきゃね」  ――この子、温泉が絡むと、性格変わるのかしら?  頬を紅潮させ、うっとりとした表情で、 温泉を堪能するマイナが、かなり見当違いな事を言う。 「根本的な疑問から解決していくわよ?」  と、ジェシカは、改めて周囲を見回す。  中央には大きな浴槽――  鏡が添え付けられた洗い場――  片隅には手桶までが積み上げられ――  この部屋は“遺跡の中”と言うよりは、 地下の大浴場と称しても遜色無い程、充実した設備が整えられていた。 「何で、遺跡の中に、温泉が用意されてるわけ?」  遺跡の中の温泉施設――  あまりにも場違いが過ぎる空間だ。  ジェシカの疑問は、至極、尤もな意見である。 「……馬鹿にされてるとしか思えないわ」  と、忌々しげに上を仰ぎ見れば、 ご丁寧にも、天井に設置された、照明の明かりが目に入る。  ジェシカは、色んな意味で目が眩み、キアーラ達に視線を戻した。 「ま〜、良いんじゃない? 特に、罠が仕掛けられてる様子も無いし?」 「そーゆー問題じゃないでしょ?」  ――こんな無駄に手の込んだ罠があってたまるか。  内心で呟きつつ、ジェシカは、 再び、湯面を蹴り、キアーラに飛沫を飛ばす。 「案外、遺跡を造ってたら、 偶々、温泉を掘り当てちゃっただけなんじゃないの?」  湯飛沫を軽く避け、キアーラは言葉を続ける。  その際、一瞬だけ、慎ましい胸が露わになるが、 見られて困るような相手は、この場には、一人しかいない為、問題は無い。 「……テルトちゃんは、どう思う?」 「はい……?」  その問題の人物であるテルトは、入浴中の女性陣に背を向けて座っていた。  一応、見張りをしているのだろう。  彼の視線は、温泉部屋の入口に向けられている。  だが、唐突に、話を振られ、 つい、後ろを振り向いてしまいそうに―― 「こ、こっちを向いちゃダメです!」 「――っ!! すみません!」  湯に体を沈めるマイナの声に、テルトは、慌てて、視線を逸らす。  今回は、事故には至らなかったようだ。  マイナは、キアーラと同様に、慎ましい胸を撫で降ろす。 「今更、別に良いんじゃない? マイナに限って言えば、もう“全部”見られてるんだし?」  ……だが、即座に爆弾が投下された。  いや、小声で呟いただけなので、 ジェシカに、そういう意図は無かったのかもしれないが……、 「何それ? 詳しく聞きた〜い」  キアーラの鋭い聴覚は、それを聞き逃さなかった。  興味津々と、瞳を輝かせ、 湯を掻き分けて、ジェシカへと寄って行く。 「詳しく、って言われても……、 単に、テルトちゃんがラッキースケベなだけよ?」 「……あー、なるほど」  端的な説明に、キアーラは納得する。  偶然なのか――  そういう星の下にいるのか――  さっきのパンツ御開帳事件の時みたいに、 いつも、決まって、マイナんが対象になっちゃうわけね。 「あう〜……」  キアーラに生暖かい目を向けられ、 マイナは、恥ずかしさのあまり、頭の先まで湯に潜ってしまう。  と、その拍子に、浴槽の底に、気になるモノを発見した。 「……?」  ザバッと顔を出し、足で探りながら、その場所へと近寄る。  ちょうど、浴槽の中央付近に、 まるで、取っ手のような僅かな凹みがあった。  さらに、足で探ると、取っ手の傍に、 極細の溝があり、それが大きな四角を描いている事が分かる。 「蓋……と言うか、栓?」  ――大きさからして、扉かも?  と、試しに、取っ手を掴み、軽く引いてみる。  だが、浴槽に溜まった湯の圧力で、栓はビクともしない。 「……どったの?」  マイナの様子が気になり、キアーラもやって来た。  取り敢えず、一旦、ジェシカのところまで戻り、マイナは、事情を説明する。 「つまり、この湯を抜かないとダメなのね」  話を聞き終えたジェシカは、 早速、それらしい仕掛けが無いか、周囲を調べ始めた。  マイナとキアーラも、服を着ると、調査に加わる。 「あっ、テルトさん、もう良いですよ」 「アタシらが調べておくから、 その間に、テルト君も、お風呂に入っちゃったら?」 「……遠慮しておきます」  テルトは、キアーラの提案に、 正直、心惹かれたが、その光景を想像して、自重する。  そして、テルトも加わり、全員で、浴室を調べたが……、 「怪しい箇所は無いねぇ」  結局、浴槽の湯を抜く為の仕掛けは見つからず、 一旦、浴槽の底の扉(推定)については、諦める事となった。 「この部屋の向かいに、 まだ、探索していない部屋がありましたよね?」 「もしかしたら、そっちにあるのかもね」  と、テルトの言葉に頷き、 すぐさま、キアーラは、次の部屋に向かおうとする。  だが、そんな彼女を、マイナが呼び止めた。 「気持ちは分かりますけど、 そろそろ、食事を摂った方が良いです」 「うっ、言われてみれば……」  マイナの指摘に、キアーラは、腹を押さえて呻く。  遺跡の探索を初めて、もう随分と時間が経っている。  途中、何度か休憩を入れて、 お茶を飲んだりはしたが、食事は、全く摂っていない。  空腹など、今まで気にしていなかったが、 自覚してしまうと、途端に、体から力が抜けてしまった。 「……テルト君、お腹空いた〜」 「はい、今、準備しますね」  その場に座り込み、食事を催促するキアーラに、 テルトは苦笑しつつも、保存食を取り出し、準備を始める。 「じゃあ、私も、お手伝いを――」 「「お願いだから止めて」」 「しくしくしく……」(泣)  どうやら、食事係は、完全に、テルトで定着したようだ。  部屋の片隅で、膝を抱え、 啜の泣くマイナの姿が、少し痛々しかった。      ・      ・      ・ 「さあ、お腹一杯、気力も充実! 張り切って、探索の続き、いってみよーかっ!」 「相変わらず、テンション高いわねぇ」  軽い食事を終え――  充分に気力と体力を回復し、 テルト達は、円卓の遺跡の探索を再開した。  緊張感を維持してきた為、皆、自覚は無かったらしい。  今に至るまで、数々の罠を、 突破しており、かなり疲労が溜まっていた。  それ故に、温泉と食事での休憩は、良いタイミングであったと言える。  現に、意気揚々と、先頭を歩くキアーラを始め、 彼女の後に続く、全員の足取りは、とても軽くなっていた。 「……じゃあ、開けますよ?」  温泉部屋の正面――  まだ、未探索の部屋――  探索を続ける間に、すっかり、この手順が定着したようだ。  罠の有無を、キアーラが確認し、 万が一に備えて、テルトが、慎重に扉を開ける。  そして、盾を構えて、ゆっくりと足を踏み入れ……、 「――皆さん、気を付けて下さい!」  次の瞬間、テルトは、即座に剣を抜き、戦闘態勢に入った。 「ガードゴーレムか……、 なるほど、分かり易くて良いわね」  テルトに続き、仲間達も、部屋に飛び込む。  そして、部屋の中を一瞥すると、ジェシカは、不敵に笑って見せた。 「確かに、単純で良いよねぇ」  腰に差した二振りの短剣を、跳ね上げるように抜き、 クルクルと宙を舞う得物を掴んで、逆手に構えつつ、キアーラも同意する。  部屋の中には、十数体の人型のストーンゴーレムが配置されていた。  そのゴーレム達の後ろには、怪しげな台座がある。  恐らく、あの台座に、温泉の湯を抜く為の仕掛けが施されているのだろう。  つまり、あの台座に近付くには、 立ち塞がる石人形を排除しなければならない、というわけだ。 「テルトちゃんとキアーラで戦線を維持! 敵の数が多い! マイナも、一応、前に出て、防御と回復の準備!」  杖を突き出し、魔術回路を起動させつつ、ジェシカが戦術を支持する。 「悪いけど、私は――」 「後ろで、支援をお願いします! ジェシカさんには、絶対に、近寄らせません!」 「……ちゃんと守ってよね?」  皆まで言わずとも、自分のやるべき事は分かっているようだ。  そんなテルトと、仲間達の背中を、 頼もしく思う自分に、ジェシカは自嘲めいた笑みを浮かべる。 「さ〜て、どう攻めよっか?」  魔術の構築を始めるジェシカを、 テルト、キアーラ、マイナが三方から囲む型で陣形を組む。  そんな彼らに、ジリジリと迫る石人形達……、  ――数は多いけど、雑魚ばかり。  ――でも、厄介そうなのが1体いる。  と、目の動きだけで、前衛の三人が意思を交わす。  確かに、彼らの推測は正しく、 殆どの石人形は、動きは鈍く、容易に破壊できそうであった。  ただ、そんな雑魚の中に、1体だけ、 他の石人形よりも大きく、頑丈そうなモノがいた。  全員で闘えば、勝てない相手ではないが……、  雑魚共と闘いながらでは、少々、骨が折れそうでもある。  ――どうしたものか?  ――ああいう、堅そうな相手は苦手なんだよねぇ。  と、敵の動きを警戒しつつ、キアーラが思案していると……、 「キアーラさん……、 少しだけ、あの大物の足止め、出来ますか?」 「足止め程度なら余裕だけど……?」  ――何か、考えでもあんの?  そんな疑問を含んだ目を向けると、 テルトは、何時に無く自信に満ちた表情で言い切った。 「雑魚は――ボクが片付けますっ!」  止める間も無く、テルトが、石人形の群れの真っ只中へと飛び出した。  後になって判明した事だが、 意外にも、パーティー内で、一番素早いのはテルトであった。  その素早さを最大限に発揮して、 テルトは、一気に、石人形の群れへと肉薄する。 「――せいっ!!」  駆ける勢いのまま、横殴りの一閃が、1体の石人形を斬り砕いた。 「ちょっ……ああ、もうっ!」  返事も待たず、テルトが飛び出してしまった為、 仕方無く、キアーラは、大石人形に向かって、短剣を投げる。  無論、その程度の攻撃が通用する訳が無く、短剣は弾かれてしまう。  だが、相手の気を引く事は出来た。  弾かれた短剣を空中で掴み、キアーラは、大石人形の対峙する。  そして、何度か攻撃を加え、大石人形を、 敵陣の中から誘い出しつつ、雑魚と闘うテルトの様子を一瞥し……、 「へぇ〜……」 「凄いです、テルトさん!」 「なかなか、やるじゃない。 少しはマシになった、ってトコかしら?」  キアーラだけでなく、ジェシカとマイナも、 テルトの闘い振りを見て、思わず、感歎の息を漏らした。 「はっ! せいっ! てやあっ!」  少年の剣が閃く度に、次々と、石人形が倒れる。  振るう剣の勢いを殺す事無く――  踏み込んだ足を軸として体を回転させ――  風に揺れる花のように……、  軽やかなステップとターンで、 戦場という名の舞台の上を、縦横無尽に駆け巡る。  その闘う様は、まるで―― 「……踊ってるみたいです」 「まさに『剣の舞』ってやつ? ちょっと、無駄な動きが多いような気もするけど」  ――そう。  まさに、剣舞であった。  キアーラの言う通り、とても実践的とは言えない、無駄の多い闘い方だ。  だが、精練すれば、あるいは……、  そう思わずにはいられない“何か”も感じられた。  実際、10体以上の石人形を、テルト1人で相手しているのだ。  数で攻めて来る格下が相手なら、 この『剣の舞』は、充分に有効な戦法、と言えるだろう。 「――マイナ、キアーラ、離れてっ!」  テルトの闘い振りに、見惚れそうになっていた二人は、ジェシカの声で、我に返った。  慌てて、その場から跳び退き、 ジェシカが魔術を放つ為の射線を開ける。 「我が『構築』するは――形無き『熱量』ッ!」  呪文詠唱が終わると同時に、 ジェシカの杖の先から、熱閃が放たれた。  熱閃は、相手の胸部に命中し、 あまりの高熱に、着弾点が赤く染まっていく。  次の瞬間、熱閃は、大石人形の表面を溶かし、装甲を焼き貫いた。  その一撃で、大石人形は動きを止め、 ガラガラと音を立てて崩れ落ち、ただの瓦礫と化す。  同時に、テルトの剣が、 雑魚人形の、最後の1体を斬り裂いた。 「……ふうっ」  剣を鞘に納め、テルトは、軽く息を吐く。  そんなテルトに、ジェシカは、 無言で歩み寄り、彼の頭に、全力で杖を振り降ろした。 「――痛っ!?」  いきなり殴られたテルトは、頭を抱えて蹲る。 「戦線を維持しろ、って言ったでしょ? 何の打ち合せも無しに、いきなり飛び出すんじゃないの!」 「す、すみません……」 「まあ、今のは闘い振りは、なかなか良かったわ。 次からは、当てにさせて貰うわよ」 「は、はい……」 「特訓の成果、あったみたいね」 「ありがとうございます、ジェシカさん」  厳しく叱責され、正座するテルトの頭を、 今度は、ポカポカと軽く小突きながら、ジェシカは説教を続ける。  だが、叱った後で、 褒めるべきところは褒めており……、  飴と鞭を使い分けた、見事な調教……いや、教育であった。 「ねぇねぇ……どんな特訓したの?」  そんなテルト達の様子を尻目に、 キアーラは、体に着いた土埃を払い落しつつ、マイナに訊ねる。 「……『日高 舞』って知ってます?」 「聞き覚えがあるような……、 そうそう、確か、伝説的な歌姫だっけ?」  ――何の関係があるの?  あまりに無関係な名前だった為、 思い出すのに、少し時間が掛かってしまった。  だが、やはり、関連性が掴めず、キアーラは首を傾げる。 「つい先日、テルトさんは、 その舞さんに、アイドルの特訓をして貰ったんですよ」 「……はい?」  想定の斜め上の答えに、一瞬、思考が停止した。  ――かなりの有名人である。  ――凄い人物ではある事も理解している。  だが、言い方は悪いが、 所詮は、引退した、ただのアイドルだ。  そんな相手を、何故、冒険者であるテルトが師事しているのか?  訳が分からない……、  分からない……けど……、 「いやはや、面白い子ねぇ」  ……俄然、興味か湧いてきた。  出会って、まだ、数日だが……、  テルトの事を知る度に、もっと知りたくなる。  彼自身の事を――  彼を取り巻く環境を――  そして、これから、彼が進む先を―― 「……さて、お仕事お仕事♪」  マイナとの話を、適当に切り上げ、 キアーラは、石人形達が守っていた仕掛けを調べる。  ……だが、どうにも集中できない。  作業しながらも、ついつい、考えてしまうのだ。  テルト、ジェシカ、マイナ……、  この3人と、ずっと、仲間でいられたら、と……、  きっと、楽しいだろう。  きっと、退屈しないだろう。  ――でも、それは夢想でしかない。  何故なら、彼女には、借金がある。  返済できない程ではないが、駆け出しの冒険者にとっては、かなりの金額だ。  彼らを、それに巻き込むわけにはいかない。  もちろん、この遺跡での収穫によっては、完済できる可能性はある。  だが、収入が山分けになる以上、 キアーラの取り分は、4分の1にしかならない。  借金の総額は、25000G……、  つまり、ここで、10万Gの収穫が必要となる。  この遺跡の規模は、かなりのモノだが、 果たして、そこまで高額の収入が得られるのだろうか?  もし、得られなければ……、  おそらく、彼らとは、もう二度と……、 「……っと、集中集中」  作業に集中できていない事に気付き、キアーラは、一旦、手を止めた。  パンパンッと、頬を手で叩き、 気持ちを引き締めてから、作業を再開する。  そして、罠が無いのを確信し……、 「ここまで来たら、なるようにしかならないよね」  と、小さく呟きながら……、  ガチャンッと、レバーを引き降ろした。 「意外と、あっさり開いたわね?」  さらに奥深くへと続く、地下への階段を、 慎重に覗き込みながら、ジェシカは、拍子抜けした様子で呟いた。 「いい加減、ネタ切れなんじゃない?」  と、お気楽に言うキアーラも、少々、腑に落ちない、といった表情である。  ここに至るまで、幾つか扉を開けてきており、 その殆どに、狡猾で殺意の高い罠が仕掛けられていたのだ。  この、如何にも怪しそうな扉にも、 当然、何か仕掛けられていると思っていたのだが……、 「こうして、開けるだけでも、 充分、大掛かりな仕掛けでしたからね」  持ち上げた扉が落ちないよう支えながら、テルトは苦笑する。  ――果たして、先の部屋の仕掛けは、予想通りのモノであった。  テルト達が戻ってみると、浴槽の湯は、 抜け切っており、例の浴槽の底の蓋も姿を露わにしていた。  邪魔な湯も無くなり、蓋を持ち上げると、 文字通り、蓋で塞がれていた、新たな階段が姿を見せたのだ。 「取り敢えず、この蓋を……っと?」  いつまでも、蓋を支えてもいられないので、 完全に開け切ってしまおうと、テルトは、腕に力を込める。  が、ある程度、持ち上がったところで、 ガチッと硬い音がして、それ以上、蓋が動かないように固定された。 「親切な構造ですね」 「何処が? いっそ、開き切ってくた方が良いっての」  マイナの言葉に、キアーラが反論する。  こんな中途半端に開いた状態では、 いつ固定が外れて、蓋が落ちてしまうか分からない。  もし、この先が行き止まりだったら?  そして、蓋が落ちて、退路を断たれてしまったら?  ……想像するだけで、寒気がする。 「じゃあ、こうしましょう」  誰もが、階段を下りるのに尻込みする中、テルトが、突然、予備の長剣を抜いた。  そして、階段の段差の隙間に、 剣を突き刺し、グラつかないよう、しっかりと固定する。  突き立てた剣を、つっかえ棒の代わりしよう、と言うのだ。 「念の為、もう1本っと」  さらに、あろうことか、主武装である、 魔法銀の剣までも、つっかえ棒にしてしまった。  確かに、魔法銀の剣の強度は、鉄製の長剣とは比較にならない。  万全を期するなら、彼の判断は正しいのだが……、 「アンタ、何を考えてるの? 剣も無しに、どうやって闘うつもりよ?」 「ボクには、まだ“これ”がありますから」  と、呆れるジェシカに、テルトはマナブレードを抜いて見せる。  淡い光を放つ魔力刃……、  これなら、魔法銀の剣に遜色ないだろう。  とはいえ、大切な剣を、躊躇なく置いて行けるなんて……、  馬鹿なのか……、  それとも、大物なのか……、 「……アンタ、それでも剣士なの?」 「ボクは“冒険者”ですから」 「……あっそ」  苦笑しつつも、ハッキリと答えるテルトに、 ジェシカは、呆れを通り越し、感心すらも乗り越え……、  ……グルッと一周回って、心底、呆れた。  殺意の高い危険な罠も――  死と隣り合わせの激しい闘いも――  そして、宝具かもしれない貴重な剣すらも――  彼にとっては、冒険の過程であり、 冒険をする為の手段の1つでしかないのだ。 「やれやれ……」  ようするに、コイツは……、  筋金入りの冒険バカ、ってことね。  あまりの馬鹿さ加減に、深く溜息を吐く。  思えば、テルトと出会ってから、 こんな溜息ばかり吐いているような気がする。  危なっかしいにも程がある。  そんな在り方では、命が幾つあっても足りやしない。  ――まったく、つくづく放っておけない子ねぇ。  彼の故郷で出会った、あの馬鹿姉が危惧していた通りだ。  誰かが、ちゃんと手綱を握っておかなければ、 知らず知らずの内に、手が届かない場所まで、歩いて行ってしまう。  手を離してしまったら……、  目を離してしまったら……、   のたれ死ぬか、道を違えるか……、  とにかく、あっと言う間に、手遅れになってしまうだろう。  まあ、その“誰か”が、自分である必要は無いのだが……、 「――それじゃあ、行きましょうか」  ふと、テルトの声で我に返った。  見れば、彼は、地下へと続く階段へと、一歩踏み出している。 「「「あ――」」」  次の瞬間――  3人が同時に、テルトの服の裾を掴んでいた。  咄嗟に、手が出てしまったのだろう。  全く同じ行動をとった三人は、思わず、顔を見合わせる。  ――そして、悟った。  3人とも、同じ事を考え、湧き上がった、 漠然とした不安から、無意識に、手を伸ばしてしまったのだ、と……、 「……?」  突然、仲間達に服を掴まれ、 振り返ったテルトは、不思議そうに首を傾げる。 「テルト君が先頭に立っちゃダメでしょ?」 「逸る気持ちは分かりますが、慎重に行きましょう」   「ランタンの代わりになるから、 その魔力刃、ずっと出しておきなさいよ」  我に返った3人は、パッと手を離すと、 誤魔化すように、それらしい理由をでっち上げた。 「――あ、そうですね」  どうやら、誤魔化す事は出来たようだ。  テルトは、素直に頷き、キアーラに道を譲ると、 再度、マナブレードを起動させて、その魔力刃の光で、階段を照らす。 「キアーラさん、お願いします」 「ほいほい、っと♪」  テルトに促され、先頭に立ったキアーラは、 今までと同じように、探知棒で、罠の有無を確認しつつ、階段を降りる。  仲間達が、その後に続き、最後尾のマイナが、後方を警戒する。  遺跡探索を続けている内に、 すっかり、役割分担が定着したようだ。  もう、今の彼らは、即席パーティーなどではない。  立派、とまでは言い難いが……、  間違いなく“冒険者”のパーティーであり……、  互いの力を認め合い……、  信頼し合う、1つチームであった。 <続く>