「あの……テルトさんは、 英雄になりたいと思った事はありますか?」 「う〜ん、特に無いかもしれません」 「えっ、どうして……、 冒険者なら、誰もが憧れるモノじゃないですか?」 「世界を救いたい、とか……、 偉業を成し遂げたい、とか……、 そういうのを、強く意識した事は無いです」 「…………」 「ただ……ワクワクするような冒険がしたいだけです」 「――汝の為すべき事を為すが良い」 「はい……?」 「教典の中の一文です。 テルトさんは、まだ、貴方自身が、 為すべき事を見つけていないだけなんですよ」 「……ボクは、為したいように為しているだけです」 「テルトさん……」 「我侭で、自分勝手で……、 そんなボクが、英雄になんてなれませんよ」 「……じゃあ、貴方は、何を目指すんですか?」 「ボクは、ただの冒険者です。 それ以上にも、それ以下にもなるつもりはありません」 ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第7話 『探険』 ―――――――――――――― 「内部は、そんなに寒くないみたいですね」 「うん……こりゃ、助かるわ」  深い暗闇の中――  テルト達は、ランタンの光を頼りに、 最善の注意を以って、慎重に、階段を下りていく。  遺跡の中は、静寂に包まれており……、  聞こえるのは、彼らの足音と、 キアーラが持つ探知棒が、床を叩く音のみ……、 「これなら、暖房薬も必要なさそうですね」  遺跡内の、意外な暖かさに、マイナは、暖房薬が節約できる事を、素直に喜ぶ。  長い間、閉ざされていたにも関わらず、 遺跡の中には、湿っぽさや、カビ臭さは無かった。  元々、寒地であった故か、 それとも、魔術的な処置が施されているのか……、  遺跡内部は、とても快適で、 これなら、探索中も、集中力が、環境に左右される事は無いだろう。 「〜♪ 〜♪」  それ故か、逆に僅かな油断が生じた。  軽く鼻歌を唄いつつ、探知棒を片手に、 先頭を進んでいたキアーラの体が、ほんの少し傾いだ。 「あ……」  思わず、足元を見れば、 石造りの階段の1ブロックが凹んでいる。  どうやら、前以って、探知棒で叩いて、 安全を確認した場所とは、別の場所を踏んでしまったらしい。  そして、運が悪い事に、そこが、罠のスイッチであったようだ。 「ヤバ――」  キアーラが、警戒を促そうと、後ろを振り向く。  それと同時に、後ろから……、  即ち、階段の上方から、ガコンッと、何か重い物が落ちた音がした。  ――ゴロゴロゴロッ!  ――ガリガリ、ドスンドスンッ!   そして、物騒な音が、 凄まじい勢いで、テルト達に迫ってくる。 「は、ははは……走れぇぇぇぇぇっ!!」 「お約束、キタァァァァッ!?」  激しい音と共に、姿を見せたのは、道幅一杯の、巨大な石柱だ。  巨大な岩の塊が、その重量で、 テルト達を轢き潰そうと、階段を転がり落ちてくる。  遺跡内の罠と言えば、あまりに定番な罠であった。  そして、定番であるが故に、 そのトラップが齎す、迫力と効果と威力は絶大である。  対処法は、ひたすら逃げるしかなく、逃げ切れなければ、即死は免れない。  行く先に横道でもがあれば、 そこに飛び込け事で、回避できるのだが……、 「まー、アタシだったら、そんなの造らない――っと?」  先頭を走るキアーラは、 全力疾走しつつも、割と冷静に、状況を打破する方法を考える。  そんな彼女の目が、階段の終点を捉えた。  先に続く通路は、階段の終点と同時に、 左右と正面の三方向に分岐しており、鋭角な十字路となっていた。  ――右? 左?  ――どっちに跳び込む?  おそらく、どちらかが安全な道で、 どちらかに追撃の罠が仕掛けられているのだろう。  当然、正面の道は論外だ。  真っ直ぐ進んでも、迫り来る岩塊からは逃れられない。  ――さあ、どっちが正解だ?!  先頭を走るのは、キアーラだ。  後ろを走るの三人には、道の先は確認できない。  つまり、パーティーの生死は、キアーラの判断に委ねられた。  不謹慎だけど……、  たまらないわね、この緊張感っ!  本当に、不謹慎極まりない事を考えつつ……、  どちらの通路に進むべきか……、  何か判断材料を求め、キアーラは、分岐点を観察する。 「……?」  ――ある違和感を覚えた。  直感にも近い。  確信など無い。  だが、あまりに不自然……、  左右の通路の対称が、綺麗過ぎる。 「テルトくん、ランタン貸して!」 「――はい!」  走りながら、後ろ手に、ランタンを要求すると、 テルトは、一瞬の躊躇も無く、キアーラに、それを渡した。  迷いも、疑問も無し、って……、  信用してくれてるの?  それとも、何も考えてないだけ?  嬉しさ半分、呆れ半分――  テルトの迷いの無さに、複雑な苦笑を浮かべつつ、 キアーラは、受け取ったランタンを、分岐路の中央に投げる。  狙い違わず、ランタンは、分岐中央に落ち、その衝撃で割れてしまった。  割れた拍子に、油が飛び散り、 炎が僅かに燃え広がり、十字路を照らし出す。  だが、投げたランタンは、1つだなのに、その光源は2つあった。  分岐の中央に1つ……、  そして、もう1つは、左の通路に……、  ――やっぱり、鏡かっ!  それを見た瞬間、キアーラの直感が、確信に変わった。  左の通路には、鏡が張ってあり、それに、右の通路が映っていたのだ。  左の通路は、鏡によるフェイク――  つまり、最初から存在しない通路であり――  進むべき道は―― 「階段が終わると同時に十字路! 右に跳ぶよ!」  後ろの3人に、簡潔に指示を出す。  あとは、この指示に、素直に従ってくれる事を願うしかない。 「アタシよりワンテンポ遅れて跳んでよ! タイミング! カウント! 3、2、1――GO!」  掛け声と共に、キアーラは、右の通路に跳び込んだ。  床を転がり、受け身を取り、即座に起き上がると、周囲を警戒する。  追撃のトラップが発動する気配はない。  どうやら、キアーラは、見事に正解を引き当てたようだ。 「皆はっ……?」  ――ゴゴゴゴゴゴッ!  ――ガガァァァンッ!!  キアーラが、仲間の安否を確認しようと、 後ろを振り返ると同時に、岩塊が、地響きと共に、目の前を横切っていく。  岩塊は、分岐点を直進して、 間も無く、轟音を立てて、その動きを止めた。  直進した先は、すぐに行き止まりになっていたらしい。  正面の通路は、実際には通路ではなく、 侵入者を押し潰すと同時に、役目を終えた岩塊を収納する為の場所だったのだ。 「初っ端から、殺る気満々ねぇ」  仕掛けられた罠の殺意の高さに、若干引き攣った笑みを浮かべつつ、 キアーラは、改めて、仲間達に目を向ける。 「え〜っと……大丈夫?」 「「「な、なんとか……」」」  三人とも、キアーラの指示通り、 右の通路に跳び込み、無事、トラップを回避出来たようだ。  だが、キアーラのように、上手く受け身は取れなかったらしい。  三人は、下から、テルト、ジェシカ、マイナの順で、綺麗に積み重なっていた。 「は、早く降りてください……重い……」  ジェシカとマイナの下敷きになったテルトが、苦しげに呻く。 「……女性に対して“重い”なんて、失礼じゃない?」  常識的に、二人分の体重に加え、 彼女達の防具の重量は、充分な負荷なのだが……、  そんな正論が、女性に通用するわけがなく……、  体を起こしたジェシカは、 無体な言葉と共に、容赦無く、テルトの背中を踏み付ける。 「え〜っと……皆、怪我は無いですか?」  鎧の部分を蹴っているのが、彼女なりの優しさなのだろう。  と、甘んじて、責めを受けつつ、テルトは、仲間の状態を確認する。 「はい、大丈夫です」  テルトの問いに頷きつつ、 マイナが、荷物から、小さな薬箱を取り出す。  大きな怪我は無い、とは言え、全員、掠り傷くらいはあるだろう。  この場は、安全な様子なので、 休憩も兼ねて、軽く手当てをしてしまおう、と言うのだ。 「……次は気を付けてよね?」  ジェシカは、蹴るのを止めると、 当然、未だ倒れたままのテルトの背中に腰を下ろす。  文字通り、尻に敷かれているわけだが、それすらも、テルトは、甘んじて受ける。  マイナは、何も言わない。  キアーラも、何も言わない。  何故なら、先程、三人が積み重なっていた時に、 テルトの頭が、ジェシカの胸の谷間に、すっぽりと収まっていたからだ。  無論、偶然である。  彼には、何の落ち度もない。  だが、そんな正論が、女性に通用するわけが無いのだ。 「あたしに言ってる……んだよね?」  ジェシカの視線が、尻に敷いたラッキースケベではなく、 自分に向けられている事に気付き、キアーラは、誤魔化し笑いを浮かべる。  罠が発動したのは、自分の不注意だ。  仲間を危険に晒したのだから、責められて当然である。 「……ゴメンなさい」  だから、素直に謝る。  そして、改めて、痛感する。  遺跡などの、罠が存在する場所では、 エージェントの存在は、まさに、パーティーの命綱である事を……、 「謝る必要は無いですよ」  少し落ち込むキアーラに、テルトが優しく……、  いや、まるで、それが当たり前の事の様に、アッサリと言う。  見れば、彼は、ジェシカから解放され、マイナの手当を受けていた。  消毒薬が傷口に滲み、軽く顔を顰めつつ、 テルトは、訝しげな顔のキアーラに言葉を続ける。 「罠なんて、発動するのが当たり前で、 事前に発見できる事の方が少ないと思うんです」  罠とは、文字通り、相手を罠に嵌める為のモノである。  巧妙に仕掛けられた“それ”を、 瞬時に察知するのは、熟練のエージェントでも、困難極まる。  故に、罠というモノは、発動する前に発見し、解除できれば儲けモノであり……、  もし、発動させてしまっても、 即座に対処し、自身と仲間を守るのも、エージェントの役目なのだ。 「キアーラさんがいたから、 ボク達は、こうして、無事に、罠を突破できたんですよ」  ――そうてすよね?  と、テルトに、目で同意を求められ、 マイナは笑顔で、ジェシカは、憮然とした顔で頷く。 「まあ、結果オーライってやつ? だからって、甘えないで、しっかりやってよね」  と、そっぽを向くジェシカに、テルトは苦笑する。  そして、思い出したように、 ポンッと手を打ち、キアーラに向き直ると……、 「あと、今後、失敗しても、謝るのは無しです」  エージェントは、役割上、その技能を発揮する場面が多い。  当然、その分、致命的なミスをしてしまう可能性も高い。  ……その度に、謝罪していては、キリが無い。  無論、反省は必要だし、ジェシカの言う通り、甘えてはいけない。  それを踏まえて、テルトは、パーティーは、 一蓮托生なのだから、謝罪は必要ない、と言っているのだ。 「あ〜……うん」  唖然とした顔で、黙って聞いていたキアーラは、少し遅れて頷く。 「何となく、分かったような気がする」  ――何故、リーダーがテルトなのか?   頼りないし、弱腰だし……、  剣士としての覇気なんて、まるで無い。  でも、そんな彼だからこそ、 ここぞという時の、その発言には、誰もが耳を傾ける。  そして、彼の言葉は、とても心に染み入るのだ。  深く、優しく、暖かく――  春の小鳥の囀りのように――  夏の猛暑に吹くそよ風のように――  秋の朱く萌える木々の彩りのように――  冬の穏やかな暖炉の炎のぬくもりように―― 「分かった、って……何がです?」 「何でも無い、ただの独り言よ」  キョトンとした、少し間抜けな顔で、 小首を傾げるテルトの言葉に、キアーラは我に返った。  随分と、らしくない……、  恥ずかしい事を考えてしまっていた。  それを悟られまいと、 誤魔化すように、キアーラは、テルトの背中を叩く。 「さあ、休憩は、これくらいにして、先に進もうかっ!」 「そうですねっ! 次は、何が起こるか楽しみです!」 「うんうん、さっきのも、死ぬほど楽しかったしね!」  無類の冒険好きのテルト――  並外れた好奇心の持ち主のキアーラ――  根本的に似た者同士であるが故に、 この状況で、二人が、意気投合するのは、とても早かった。 「アレの後で“楽しい”って感想が出るなんて……」 「呆れるほど冒険バカね」  いそいそと歩き出す2人に、 ジェシカとマイナは、呆れを通り越して、感心したように呟く。  そして、お互いに、顔を見合わせると……、 「……どう思う?」 「多分、ジェシカさんと同じです」  と、謎のやり取りと共に、 肩を竦めつつ、テルト達の後を追い駆けた。    ・    ・    ・ 「今後は、予備のランタン……、 最低でも、松明くらいはを用意しておくべきね 「――“ランタンは壊れる為にある”」 「それ、誰の格言?」 「誰かは忘れましたけど……、 多分、それなりに偉い人だったと思います」 「内容からして、偉い人じゃなくて、偉そうな人なんじゃない?」  軽口を叩きつつも――  適度な緊張感を保ちながら――  唯一のランタンが壊れてしまった為、 ジェシカの魔術の光を頼りに、テルト達は、地下遺跡の通路を進む。  改めて観察すると、地下遺跡は、 天然の地下空洞を利用して造られていた。  足元は、石畳で綺麗に整備されているが、壁や天井には、岩肌が覗いている。  新たな罠に注意しつつ、 通路を進むと、道は右に曲がっていた。 「ちよっと待ってて」  キアーラが先行し、曲がり角の手前で、 身を潜めるように立ち止まると、手鏡を使って、曲がり角の先を確認する。  そして、腰のポーチを手で探り、布袋を取り出すと……、 「――ほい、っと」  布袋の中から、小さな光石を取り出し、それを通路の先に放り投げた。  カツンカツンと、乾いた音を立てて、光石が転がり、 その淡い光が、暗闇に包まれた通路の先を、僅かに照らし出す。 「…………」  息を潜めて、しぱらく様子を見る。  ――万が一の時の為に、ハンドサインを決めておくできかな?  まあ、別に必要無いか?  そんな長い付き合いになるわけじゃないし?  と、そんな事を考えつつ、 安全を確認すると、手招きで、後方のテルト達を呼ぶ。 「何かあったんですか?」 「ううん、何も……って――?」  不意に、間近で声がして、キアーラは絶句した。  何故なら、テルトは、中腰の彼女の背中に、 乗り掛かるような姿勢で、通路の先を覗き込んでいたのだ。  突然の急接近に、流石のキアーラも、相手を意識し、狼狽えてしまう。 「あ、あの……テルト君?」 「……何ですか?」  だが、この鈍感極まりない少年は、 キアーラが戸惑う理由を、全く分かっていないようだ。  そんな彼の態度に、少しイラッと来たので、軽く蹴り飛ばしてやろうかと―― 「――ていっ」 「おうわっ!?」  キアーラが動くよりも早く、後ろから足が伸びて来た。  ジェシカに足蹴にされ、テルトが、 まだ、罠の有無を確認していない通路の先へと放り出される。 「……OK、何も起こらないわね」  安全確認を終えたジェシカは、 悠々と、床に倒れたテルトに歩み寄り、手を差し伸べる。 「は〜い、ご苦労様♪ 見事な『漢探知』だったわよ、テルトちゃん♪」 「人を探知棒の代わりにするなんて、危ないじゃないですか」  受け身を取る間も無く、顔面から倒れた為、床にぶつけたのだろう。  少し赤くなった鼻を擦りつつ、 テルトは、情けない声と共に、自力で立ち上がる。 「……『漢探知』?」  耳慣れぬ言葉に、マイナが首を傾げる。 「とある有名な魔剣使いが得意とした立派な罠発見法よ」 「…………」  ジェシカは、得意げに説明するが、 流石に、マイナも、それが冗談だと分かったようだ。  ――そういえば、以前、ミシェルさんから聞いた事があります。  賢者というモノは、 たまに、ホラ吹きになる事がある、と……、  ジェシカさんも、その多分に洩れないのかもしれませんね、  マイナは、やれやれと肩を竦めると、 テルトに歩み寄り、彼の鼻に軟膏を塗り始める。  と、そこへ――  少し離れた場所から―― 「ねえ、ちょっと来て〜」  ――キアーラの呼び声が聞こえて来た。  ふと、周囲を見れば、 いつの間にか、キアーラの姿が無い。  どうやら、彼女は、一足先に、通路の奥の様子を見に行っているようだ。  呼ばれるまま、テルト達が、 現場に駆け付けると、そこには、頑丈そうな鉄の扉があり……、 「む〜、むむむ……」  その扉を、キアーラが、慣れた手つきで調べていた。  足元に、トラップツールを広げ、 ドアノブや、蝶番などに、不審な点が無いか確認している。  今、彼女が手にしているのは、細い針金だ。  可能な限り、直接、手を触れないようにする為である。 「ふむふむ、ほほ〜」  時折り洩れる声は、お気楽なモノだが、 その軽い口調とは裏腹に、キアーラの眼差しは真剣そのものだ。  細やかな作業と、凄まじい緊張感……、  それを維持する彼女の集中力に、テルト達は息を呑む。 「初めて見ましたけど……、 エージェントの技術って、繊細なんですね」 「経験と勘がモノを云う職業、とは聞きますけど……」 「頭で考えるのは得意だけど、 ああいう、細かいのは、イライラするから苦手だわ」  キアーラの邪魔をしないように、テルト達は、小声で囁き合う。 「……ん〜、なるほど」  不意に、キアーラが作業を止め、立ち上がった。  扉から離れ、すぐ右側の壁に歩み寄ると、何かを探るように、軽く手を這わせる。  そして、マイナに手を差し伸べると―― 「マイナん、マイナん♪ ちょっち、その戦棍、貸してくんない?」 「マイナん、って……?」  愛称なのだろうか……、  おかしな呼ばれ方に、眉を顰めつつ、マイナは、戦棍を渡す。 「ありがと――ていっ!」  戦棍を受け取ったキアーラは、それで壁を殴り付けた。  意外にアッサリと、壁の一部が砕け、 そこから、設置型のクロスボウが姿を見せる。  キアーラは、もう一度、メイスを振るい、それも破壊する。 「これでOKっと……ありがと、マイナん♪」 「……どんな罠だったんです?」  クロスボウが、完全に機能を失った事を確認し、 キアーラは、戦棍をマイナに返した。  それを受け取り、腰のホルダーに納めつつ、マイナは、キアーラに訊ねる。 「扉の開閉と、このクロスボウが連動してたの」 「つまり、扉が開いたと同時に、 開けた本人の真横からズドン、ってわけね」   「しかも、罠の位置からして、相手の腹を狙ってるし――」  ――ホント、殺意高いよねぇ。    と、端的にまとめるジェシカの言葉に、 軽く愚痴りつつ、キアーラは、トラップツールを片付ける。 「じゃあ、開けますよ?」  それが終わるのを待ち、テルトが扉を開けようと、ドアノブに手を伸ばす。  身構える仲間達――  剣士は、ゆっくりとドアを開け―― 「……あれ?」  ドアノブを回し、開けようとしたところで、テルトが固まった。 「どったの?」 「……手が離れません」  訝しがるキアーラに、 テルトは、困ったように苦笑いを浮かべる。  どうやら、ドアノブに接着剤が塗られており、テルトの手が癒着してしまったらしい。  罠を調べる際は、可能な限り、 調査対象に触れないようにするのが基本だ。  それを逆手に取った、巧妙な罠であった。 「まあ、グローブを脱いでしまえば良いんですけど……」 「でも、その一瞬が命取り……、 罠が解除されて無かったら、確実に、回避が遅れてた」 「なんて、地味な……」 「効果的で、厭らしい罠ねぇ」  改めて、遺跡の罠の殺意の高さに、 呆れにも似た戦慄を覚えつつ、テルト達は、扉の先へと足を踏み入れた。 「これは……?」  扉の向こうは、広い空間……、  いや、寧ろ、部屋と言うべきだろう。  そこは、四方の壁に鏡が張られた、正方形の部屋であった。  部屋の中央には、竜の首を摸した石像があり、 その石像の瞳が、部屋に入ったテルト達を見据えている。 「どうやら、この遺跡の製作者は、よっぽど、鏡が好きみたいね?」 「そうみたいねぇ……、 さて、取り敢えず、アレを調べよっか?」  油断無く、周囲に注意を払いつつ、テルト達は、鏡部屋の中に入った。  そして、キアーラが、部屋の中で、 一番怪しく見える竜の石像を調べようと、慎重に歩み寄る。 「さてさて、どんな仕掛けが――っ!?」  ――石像の目が輝いた。  悪寒を覚えたキアーラは、 咄嗟に、身を低くして、横に飛び退く。  次の瞬間――  鋭い光線が放たれ―― 「ちょっ……っ!?」 「うわあっ!?」 「あっ……熱っ!?」  ――それで終わりではなかった。  竜の石像の瞳から放たれた光線は、 マイナの腕を掠め、その熱で、僅かに焼き切った。  さらに、そのまま直進し、壁の鏡で乱反射して、再び、テルト達に襲い掛かってきたのだ。  しかも、光線は1発だけではなく……、  石像は、その場で回転しながら、光線を連射した。  それが鏡で反射して、 幾重もの光線が、部屋中を縦横無尽に駆け回る。 「目がチカチカする〜!」 「皆さん、一旦、部屋から出ましょう!」 「無理っ! 閉じ込められた!」  乱舞する光線を、なんとか避けつつ、退避を試みるが、 いつの間にか、入口は鉄格子によって閉ざされてしまっていた。  退路を断たれては、光線から、完全に逃れる術は無い。  竜の石像は、尚も、光線を放ち続けている。  威力は、それほど強くはないが、このままでは、嬲り殺しにされるのを待つだけだ。 「こうなったら――」  一か八か、捨て身で、石像に接近し、破壊するしかない。  覚悟を決めたテルトは、剣と盾を持つ手に力を込める。  だが、彼が飛び出すよりも早く……、 「――全員、そこに集まれ!」  ジェシカが、部屋の一角を指差した。  疑問に思う時間すら惜しみ、全員が、彼女の指示に従う。 「テルトちゃん、前に立って、盾を構える!」 「わかしりましたっ!!」  ジェシカの言う通り、テルトは、盾を正面に構える。  すると、部屋を飛び交う光線が、一切、彼らに届かなくなった。  たまに、正面から飛来した光線が、 テルトの盾に当たるが、それ以外の方向から、光線は襲って来ない。 「……ここが、安全地帯よ」  光線によって負った火傷の痛みに、顔を顰めつつ、ジェシカが説明する。  なんと、彼女は、あの短時間で、光線の照射角度と、 鏡による反射角度を計算して、このポイントを割り出してみせたのだ。 「ジェシカさん、凄いです」 「高速思考ってやつ? さっすが〜」  マイナとキアーラに賞賛され、 ジェシカは、照れ隠しなのか、プイッとそっぽを向く。  そして、盾で光線を受け止め続けるテルトを見て……、 「一先ず、これで落ち着けたけど、 あまり長くは、テルトちゃんの“盾”が耐えられない」  ……わざと“盾”を強調して、そう言った。  光線を受け続ければ、当然、鉄製の盾は熱せられる。  そして、その熱は、いずれ、盾を持つテルトの手を焼くだろう。  グローブを着けていれば、少しはマシになるのだろうが……、  先程の罠で、それは失われ、 今、盾を持つ彼の手には、グローブは無いのだ。 「さて、どうするか……」  現状を打開する為、ジェシカは思案する。  あの石像を破壊するのが、一番、手っ取り早いの方法なのだが、 光線の網を掻い潜って、石像に接近するのは、至難の業だ。  となれば、遠距離攻撃しか無いのだが、 残念ながら、ジェシカの魔力では、石像を破壊する程の威力は期待できない。  やはり、危険を承知の上で、接近して、直接、叩き壊すしかない。  捨て身で挑めば可能であろう。  しかし、その役目を担った者は、無事では済まない。  そして、このメンバーで、それを行うのは―― 「あの、すみませ――」 「突貫する、って言うなら却下よ」  皆まで言わせず、ジェシカは、テルトの言葉を一蹴する。 「そうです。他に、何か方法がある筈です」 「安全地帯があるなら、 絶対、安全なルートだってあるって」  マイナとキアーラも、同意見らしい。  テトルの提案には、耳を貸さない姿勢を見せる。  だが、それは、彼女達の早とちりだったようだ。 「いえ、そうじゃなくて……、 ボクの荷物から、クロスボウを出して貰えますか?」 「「……は?」」  想定外の言葉に、一瞬、ジェシカとマイナの思考が止まる。 「なるほど、そういうことね!」  キアーラだけが、彼の意図を察したようだ。  すぐに、テルトの荷物を漁り、クロスボウの準備を始める。 「そんなの、どうするのよ? いくらなんでも、それで石像なんて壊せないわ」 「石像は壊せなくても、鏡くらいは割れるでしょ?」  と、言いつつ、キアーラは、クロスボウに矢を番え、狙いを確かめる。  ――そう。  狙うのは、石像ではなく鏡だ。  石像への接近を困難にしているのは、 鏡の反射によって、光線が死角から飛来するからである。  ならば、鏡を割ってしまえば、 直進しか出来ない光線など、回避するのは容易い。  回転する石像の向きにさえ注意すれば良いのだ。 「ではでは――」  キアーラが、連続で矢を放つ。  クロスボウを撃った経験はあまり無いが、鏡を割るくらいなら造作も無い。  乾いた音を立てて、次々と鏡が割られていく。 「マイナさん、ボクの後ろに!」 「は、はいっ!!」  反射の為の鏡を失った事で、 見る見るうちに、光線の乱舞が消えていく。  同時に、盾を持ったテルトが走り、 彼のすぐ後ろを、戦棍を構えたマイナが続く。  何発かの光線が、盾を焼くが、2人の足を止めるには至らない。  そして、攻撃か届く範囲に踏み込んだ瞬間、 戦棍を振り上げたマイナが、テルトの後ろから飛び出す。 「てやぁぁぁぁっ!!」  気合い一閃――  走る勢いと、全体重を乗せた、 横殴りの一撃が、見事に、石像を粉砕した。  だが、全力を乗せ過ぎた為に、勢い余って、マイナは、床を転がってしまう。  無様な姿を晒してしまったが、 そうしなければ、石像を壊し切れなかったかもしれない。  だが、何事にも、不可抗力というモノはあるわけで……、 「マイナさん、大丈夫で――」  壁にもたれる様な姿で、 逆さまに倒れているマイナに、テルトが駆け寄る。  そして、マイナを助け起こそうと、手を伸ばし……固まった。 「……?」  テルトの様子の変化に、 マイナは、逆さまのまま、器用に首を傾げる。  そんなマイナに、キアーラが、とても言い難そうに……、 「あ〜、マイナん?」 「……はい?」 「パンツ、丸見え」  キアーラに指摘され、マイナは、改めて、自分の恰好を見た。  逆さまで床に転がり――  スカートは捲れ上がり――  トドメとばかりに大股開き――  そして、目の前にいるテルトの視線は―― 「きゃあああああああっ!!」  次の瞬間――  甲高い悲鳴と共に……、  マイナの蹴りが、テルトの顔面にめり込んだ。      ・      ・      ・ 「――さて、どうする?」 「行き詰まっちゃったねぇ〜。 この部屋で、行き止まりっぽいし?」  取り敢えず、少し休憩しようと――  部屋の中央で、車座に腰を降ろし、 落ち着いたところで、ジェシカが、話を切り出す。  ちなみに、お茶を淹れ、皆に振舞うのは、テルトの役目だ。 「特に怪しい箇所は、もう無いのよね〜」  ジェシカの問いに、キアーラは、 お茶を啜りつつ、確認するように、部屋全体を見回した。  壁一面に張られていた鏡は、全て割られている。  クロウボスの矢を回収する際、鏡の後ろに、 僅かなスペースがあったので、試しに全て割ってみたのだ。 「まさか、ここが終点ってことは……」 「流石に、それは無いでしょ? 一応“円卓”の名を冠する遺跡なんだし……」 「これだけ大袈裟なモノを造っておいて、 賞品が、この程度ってのはねぇ〜」  と、キアーラは、手に入れたばかりの、数々の宝飾品の内の1つを眺める。  鏡の後ろの空間には、幾つかの、 宝箱が隠されており、その中に収められていたのだ。  全ての宝飾品を、捨て値で売ったとしても、かなりの額になるだろう。  しかし、遺跡の規模と比較すると、 あまりにもお粗末な結果と、思わざるを得ない。  それに、収入を山分けすると、 キアーラの取り分では、借金は返済できないのだ。  故に、まだ、道が隠されている事を期待し、 部屋の中を、隅々まで、色々と調べてみたのだが……、  ――隠し扉も無かった。  ――隠し階段も無かった。  確信を持って言い切れる。  この部屋には、もう何も無い。  つまり、この部屋が……遺跡の終着点だ。  現に、隠しスペースには、出入り口を、 塞いでいた鉄格子を開ける為の仕掛けも施されていたし……、 「勘弁してよ〜……、 期待外れも良いトコじゃな〜い」 「……まだ、見落としがあるのかもしれませんよ?」  完全に緊張の糸が途切れたようだ。  キアーラは、不貞腐れたように、その場に寝転がる。  それに反して、テルトは、まだ諦めるつもりは無いようだ。  全員分のお茶を淹れ終えると、自分のお茶を、 コップに注ぎつつ、キョロキョロと、部屋を見回している。 「そこそこの収穫もあったし、 この辺で引き上げるのもアリなんじゃない?」  そんな2人に、ジェシカが妥協案を出す。  確かに、当面の資金は得られたのだ。  これ以上、危険を冒す必要は無い。 「そうですね。一旦、街に戻るのも――」  マイナも、ジェシカに賛同し、 何気無く、進んで来たばかりの道に目を向ける。  ――ふと、その言葉をが途切れた。  数秒、黙したまま考え込み……、  唐突に立ち上がると、部屋の出口へと走り出す。 「マイナさん、どうしたんてすか!?」 「ちょ――なになにっ?!」  慌てて、マイナを、追い駆けると、 彼女は、階段の傍の分岐路まで戻って来ていた。 「まだ、鏡を割っていない場所がありました!」  マイナが、興奮気味に示したのは、分岐路にあった大きな鏡だ。  テルト達の到着を待たず、 マイナは、思い切り、大鏡に戦棍を振り降ろす。  予想以上に、分厚い鏡だったようだ。  一撃では割れなかったが、何度か戦棍を振るうと、鏡は砕かれる。  そして、割れた鏡の向こうには―― 「――ビンゴです!」  遺跡の奥へと続く……、  隠された、新たな通路があった。 「マイナんってば、やる〜♪」  パチンッと指を鳴らし、キアーラは、マイナを賞賛する。 「あの宝箱は、囮だったのね」  発見した隠し通路を前に、 ジェシカは、腕を組んで、納得した顔で頷く。  ――そう。  まさに、囮であり、隠れ蓑だ。  仮の終着点と収穫を用意する事で、 さらに奥にある“本当の終着点”の存在を隠したのである。 「巧妙と言うか、根性が悪いと言うか……」  これで、もう何度目だろうか……、  遺跡の設計者に対し、呆れ混じりの溜息を吐く。  ……そして、心の底から思う。  もう帰りたい――  充分、儲かったんだし――  だが、そんなジェシカとは逆に、 俄然、やる気を出しているのが、約2名いるわけで……、  そして、その内の1人を、放っておくわけにもいかないわけで……、 「じゃあ、行きましょうか?」 「――はいっ!」  意気揚々と、テルトは、先へと進み始める。  そんな冒険バカの様子に、 今日一番の、深い溜息を吐きながら……、  ……ジェシカも、隠し通路へと足を踏み入れるのだった。 「やれやれ、ね……、 私も、丸くなったもんだわ……」 <続く>