「……ねぇねぇ、アタシのカードは?」 「あのカードなら、夜中に、 焚き火に放り込んで、燃やしたわよ」 「も、燃やしたぁ!?」 「別に問題無いでしょ? あんなの“素人”でも分かるんだし?」 「だからって、燃やさなくても……」 「今後、ウチの“ド素人”の前では使わないでよね」 「……まあ、気持ちは分からなくもないけどさ?」 「何よ……?」 「ちょっと過保護すぎない?」 「――うるさい」 ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第6話 『遺跡』 ―――――――――――――― 「これが……円卓の遺跡?」 「大層な名前の割には、 随分と、こじんまりとしてるわね?」  翌朝――  身を切るような、朝の寒さの中を進み、 テルト達は、ようやく、目的地である遺跡に到着した。 「完全に、名前負けしてない?」  昨夜、見張りを、早めに交代した為に、寝不足なのだろう。  ジェシカは、欠伸を噛み殺しつつ、 目の前にある遺跡に対して、率直な感想を述べる。  ……それも、無理はない。  『円卓』という言葉を聞けば、 誰もが、あの有名な英雄達の名を連想するのだ。  『円卓の騎士』――  古代魔法王国時代に栄えし、 フィルスノーン王国の騎士王に仕えた、最強の騎士団である。  その名を冠する遺跡であれば、 さぞかし立派なのだろう、と、誰もが想像する筈だ。  ……しかし、現実は違っていた。  今、テルト達の前にある遺跡は、 山小屋程度の大きさの、小さな石造り祠でしかなかったのだ。 「ホントに、ここで、間違い無いんですか?」  あまりの期待外れっぷりに、流石に、疑問に思ったのだろう。  マイナは、凍えて冷たくなった手に、 息を吐き掛けながら、地図を持つキアーラに確認する。 「間違い無いわよ……ほら?」  自分でも確認した後、キアーラは、皆にも地図を見せた。  その地図には、確かに、今、自分達がいる場所に、しっかりと印が記されている。 「騙された、とか……?」 「それだけは、絶対に無いわ。 盗賊ギルトの情報に、嘘も間違いも無い」 「……でしょうね」  マイナの疑念に対して、 確信を持って言い切るキアーラに、ジェシカも同意する。  盗賊ギルドにとって、情報は、最大の『商品』である。  それは、『存在そのもの』と言っても過言では無い。  故に、盗賊ギルドが提供する情報に、 虚偽が混ざっている事は、決して許されないのだ。 「それに、期待外れって事もなさそうよ?」  と、キアーラは、地図をしまいながら、 足元に降り積もった雪を、大雑把に、足で払いのける。  すると、雪の下から、丁寧に敷き詰められた石畳が姿を見せた。 「あの祠は入口にすぎない。 本命は、この地下にある、ってことですか?」 「そ〜ゆ〜こと♪」  理解の早いテルトに、ウインクを返しつつ、 キアーラは、例の『鍵』を、ポーチから取り出すと、祠の扉に歩み寄る。  そして、遺跡の扉を開けようと……、 「……おや?」  ひとしきり、扉を調べると、 小首を傾げた格好のまま、固まってしまった。 「ねえ、サッサと開けてくれない?」 「このまま、ジッとしてると、凍えてしまいます〜」  冷たい風に晒され、身を震わせながら、 テルト達は、キアーラの作業が終わるのを待つ。  だが、いつまで経っても、扉を開けようとしないキアーラに、溜まらず、声を掛けた。  そんなテルト達に、キアーラは、 振り返ると、困ったような乾いた笑みを浮かべ―― 「開け方が……わかんない」 「――ちょっ!?」  あまりにも潔く、キッパリと言い切られ、 流石に、テルト達は、声を荒げて、キアーラに詰め寄る。 「ちょっと……ここまで来て、それは無いでしょ?!」 「もっと、良く調べてみて下さい!」 「何か見落としがあるのかも! 皆で、もう一度、調べてみましょうっ!」  キアーラの答えも待たず、 テルト達は、手分けして、扉を調べ始める。  堅固な造りの重い石扉――  並大抵の力では、動かす事も、 ましてや、破壊する事も、困難極まりないだろう。  何か意味があるのだろうか……、  扉の表面には、醜く凶暴な巨人のレリーフが刻まれている。  だが、それ以上に、テルト達の目を引いたのは―― 「何よ……それっぽいのがあるじゃない?」  如何にも怪しげな――  扉に開けられた小さな穴――  素人目にも、これが鍵穴なのだろう、と察しは付く。  おそらく、というか間違いなく、 例の『鍵』を、この穴に刺し込めば良いのだろう。 「ダメダメ……大きさが違うもん」  首を横に振りながら、キアーラは、『鍵』の先端を、その穴に押し当てる。  確かに、彼女の言う通り、『鍵』は、穴に刺さらなかった。  『鍵』の方が、鍵穴(?)よりも、僅かに大きいのだ。 「鍵の方に仕掛けがあるんじゃない?」 「携帯式10フィート棒みたいに、 伸縮する構造なら、先端が、少しずつ細くなりますよね?」 「あたしも、そう思ったんだけど……」  と、キアーラは『鍵』を、 ブンブンと振ってみるが、先端が伸びる様子はない。  そもそも、そんな仕掛けがあるなら、すぐに気付く。 「この巨人のレリーフは、何なんでしよう?」 「……『スプリガン』ね」  恐る恐る、扉に触れながら、マイナが呟く。  それに答えたのは、一番の博識であるジェシカだ。 「古代の遺跡を守る妖精よ。 差し詰め、この遺跡の守護者ってトコかしら?」  ――巨人のレリーフの左胸に穴が開いてる、ってのが暗示的よね。  と、話を締め括り、ジェシカは肩を竦める。 「まさしく、アタシらは、 コイツを倒さなきゃ、遺跡の中に入れないわけだ」  無駄に凝り性な製作者に毒付きつつ、キアーラは、扉を蹴り付ける。 「――ん?」  ふと、テルトの姿が無い事に気が付いた。  周囲を見回すと、先程、キアーラが、 積雪から露出させた石畳の辺りで、しゃがみ込み、何やら作業をしている。  どうやら、さらに雪を掻き分け、石畳の露出範囲を広げているらしい。 「……テルトくん、何してるの?」 「ちょっと、テルトちゃん……、 雪遊びなんかしてないで、アンタも、少しは考えなさいよ」 「そんな事してると、手が冷たくなってしまいますよ」  ジェシカ達は、首を傾げながら、 テルトの謎の行動を止めようと、彼に歩み寄る。  そして、彼の手元を見て、目を見張った。 「これは……盲点だったわね」  ――“それ”は、積雪の下に隠されていた。  キアーラが露出させた“それ”は、 遺跡への道を舗装する、ただの石畳だと思っていた。  だが“それ”は、実は、大きなレリーフの一部に過ぎなかったのだ。  テルトが、さらに積雪を掻き分け、 露出範囲を広げた事に寄り、その全貌が露わになったのである。 「テルトくん、お手柄っ! こんなの、良く気が付いたねっ!?」 「ぐ、偶然ですよ……、 ちょっと、気になったから、確かめてみただけで……」  キアーラが、その功績を称えるように、テルトの背中を、パンパンと叩く。  手荒い賛辞に、照れ笑いを浮かべつつ、 テルトは、改めて、新たに発見したレリーフに視線を落とす。  ――そこには、剣士の姿が刻まれていた。  レリーフの中の剣士は、 光り輝く剣を、真っ直ぐに、天に掲げている。 「このレリーフを見る限り……、 やっぱり『鍵』は、守護者を倒す剣なんですね」  レリーフを観察しつつ、テルトは、何気なく、キアーラに手を差し出した。  キアーラも、また、何気なく、 差し出されたテルトの手に、例の『鍵』をのせる。 「確かに、これは、剣の柄っぽいけど……、 もしかして、刀身にあたる部分を探す必要がある、ってこと?」 「じゃあ、街に戻って、情報収集ですか?」 「それは……勘弁して欲しいわねぇ」  ――殆ど、振り出しに戻る事になるじゃない。  と、ここまでの道程が無駄に終わった事と、 これから掛かるであろう手間の事を考え、女性陣は、深い溜息を吐く。  そんな彼女達を他所に、テルトは、 受け取った『鍵』を手に、レリーフの上に立った。  そして、レリーフの剣士を真似て、『鍵』を剣に見立てて、天に掲げる。  意味があったわけじゃない。  確信があったわけでもない。  ただ、本当に……、  何となく、そうしてみただけ……、  その、何気ない行動が……道を開いた。 「「「「――っ!?」」」」  あまりに唐突の事に、テルト達は言葉を失った。  ただ、呆然と……、  少年の手にある“それ”を見上げる。  ――光り輝く剣。  テルトが持つ『鍵』の先端から、光の刃が出現し……、  まさに、それは、レリーフの中の剣士が持つモノと同じ剣であった。 「ちょ、ちょっと貸して……っ!」  我に返ったキアーラが、テルトから『鍵』を奪い取る。  その瞬間、光の刃は消滅したが、 構わず、キアーラは、テルトのように、レリーフの上で『鍵』を掲げてみた。  だが、『鍵』は沈黙したまま、光の刃が出現する気配は無い。 「まさか、テルトちゃんじゃないと、ダメとか?」 「……そうみたいです」  テルトが、再度、『鍵』を握ると、 今度は、レリーフの上でなくとも、光の刃が出現した。  しかも、彼の意思で、自由に、出したり消したり出来るようだ。  テルトは、試しに、光の刃を、明滅させて見せる。 「魔力刃の剣……マナブレードだったのね」  『マナブレード』――  所持者の精神力を吸収、増幅し、 魔力の刃へと変換する、古代魔法王国時代の魔道具である。  ジェシカは、時計塔にいた頃に読んだ書物に、そんな記述があった事を思い出す。 「……どうして、テルトくんにしか反応しないわけ?」 「きっと、テルトさんは、 この光の剣に選ばれたんですよ!」  瞳をキラキラと輝かせ、 夢見る乙女全開のマイナが、一人で盛り上がる。  ――流石は、私の勇者様♪  まさしく、彼女の瞳は、熱く、そう語っていた。  そんな彼女の反応を見て、 ジェシカとキアーラは、やや呆れ顔だ。  珍しい物ではあるが、マナブレードは、魔道具でしかない。  これが、宝具ならともかく、 魔道具が担い手を選ぶなど、有り得ないのだ。  おそらく、何らかの条件が設定されており、偶々、テルトが、それに合致したのだろう。  今まで、誰にも使えなかった事から、 推察すると、かなり厳しい条件ではあったのだろうが……、  所詮は、その程度の事であり、 決して、テルトが“特別”というわけではないのだ。  それを分かってはいたが、二人とも、敢えて口にはしなかった。  神官であるマイナにとって、 テルトは、自分が仕えると決めた“勇者様”である。  そんな彼が“特別”なら、マイナにとって、大変喜ばしい事である。  無論、それは幻想でしかなく……、  テルトは、何処にでもいる、平凡な……、  ……寧ろ、それ以下の剣士でしかない。  いずれ、彼女は、それを思い知る時が来るだろう。  だが、それは、今である必要はない、  今、敢えて、そんな野暮な真似をする必要は無い。  ――いや、違う。  そんな気を遣う必要が、何処にある?  事実なのだから、ハッキリと言うべきではないか?  これは『偶然』であって『必然』ではない。  でも、それを言い切る事が出来ない。  彼が“特別”ではない、と否定しきる事が出来ない。  現実主義者であるジェシカも……、  テルトと知り合ったばかりのキアーラですら……、  もしかしたら――  彼なら、あるいは――  ――という考えが、頭の隅から離れないのだ。  だというのに……、  この能天気な少年は……、 「偶然ですよ、偶然」  ……自分の可能性を、アッサリと否定してしまった。  テルトの、そんな良く悪くも、 謙虚な態度に、女性陣は、盛大に溜息を吐く。 「そうですよね……偶然ですよね……」 「確か、テルトちゃんの剣って、 真偽はともかく、アロンダイトって銘だっけ?」 「“円卓”とは関わりか深いし、 案外、その辺が、発動した理由なのかもねぇ」 「……?」  テンションが下がり気味の女性陣の様子に、テルトは小首を傾げる。  そんなテルトに、ジェシカは、 ヒラヒラと手を振って、遺跡の扉へと促す。 「とにかく、その魔力刃を、扉の穴に差し込めば、開くはずよ」 「は、はい……」  ジェシカの言葉に従い、テルトは、緊張の面持ちで、 マナブレードの刃を、扉の穴に、ゆっくりと刺し込んでいく。  そして、光刃が、根元まで挿入されると……、  カチリ――  軽い手応えと共に……、  何処からか、人の声が聞こえて来た。  ――騎士の資格を持つ者よ。  ――再び、我らが王の元へ集え。 「な、何……今の声?」 「騎士……我らが王……?」  突然、呼び掛けられた事と、 その意味深な内容に、テルト達は驚き、戸惑う。  そんな彼らを他所に、重い扉が、低い音を響かせて、開き始めた。  長い年月、閉ざされていた封印が解かれ……、  まるで、止まっていた時間を、 取り戻すのかように、冷たい外気が、遺跡内部へと吸い込まれていく。  その流れは、地下へと伸びる階段に沿って……、  深い深い、闇の中へと……、 「やっぱり、地下に続いてるみたいね」 「そうみたいですね」  キアーラが、地下へと続く、 長い階段を覗き込み、自分の読みが正しかった事を確認する。  そんな彼女の言葉に、同意しつつ、テルトは、マナブレードをポーチにしまう。  2人の瞳は、抑え切れない好奇心で、 爛々と輝いており、今にも、遺跡内部に飛び込んでしまいそうな勢いだ。 「じゃあ、隊列だけど……キアーラ、先頭を頼める?」 「ん、オッケ〜」  ジェシカは、テルト達の意識を、 自分に向けようと、パンパンと軽く手を叩き、指示を出す。  その言葉に従い、キアーラは、ポーチから、 伸縮式の10フィート棒を取り出し、さらに、ランタンの準備をする。  そして、火を灯したランタンを、テルトに渡した。 「テルト君は、それを持って、アタシの後ろから付いて来て。 余計なモノは、絶対に、触っちゃダメだからね」 「で、その次が、わたしで……、 悪いけど、マイナは、最後尾で良いわよね?」 「はい、それが妥当な隊列です。 念の為、私も、ランタンを準備しておきますね」  意外に、アッサリと隊列も決まり、各々が、 自分の役割を理解した上で、遺跡探索の準備を進めていく。 「うんうん、即席パーティーの割には、良い感じじゃない?」 「そ、そうですね……」  皆の手際の良さに、キアーラは、満足気に、テルトの肩を叩く。  だが、テルトは、苦笑いを浮かべるのみ……、  こんな時、剣を振る事しか出来ない自分には、何も出来ない。  それが、とても歯痒く、情けないのだ。 「気にしない、気にしない。 リーダーは、ド〜ンと構えていれば良いのよ」 「その分、戦闘になったら、 わたし達の盾として、キッチリと働いて貰うけどね」  励ますキアーラの言葉に、ジェシカが、冷静に付け加える。  どうやら、準備が整ったようだ。  自然と、仲間達の視線が、テルトに集まる。  リーダーである、彼の言葉を待っているのだ。 「そ、それじゃあ――」  テルトは、軽く咳払いをして、 一同を見回すと、パーティーのリーダーとして号令を出す。 「円卓の遺跡探検に出発〜!」 「……遠足じゃないっての」  気の抜ける号令に 、膝が折れる思いをしつつも……、  キアーラを先頭に、事前に決めた通りの隊列で、階段を下りて行く。  不安、恐怖、期待、高揚――  様々な想いを胸に……、  謎と危険に満ちた未踏の遺跡へ……、 「円卓の遺跡、か……」  慎重に階段を下りながら、ジェシカは、先程の謎のメッセージを思い返していた。  ――騎士の資格?  ――我らが王の元へ?  そういえば、騎士王アーサーって、 大昔のガディム大戦で、突如、行方不明になった、って話よね?  で、世界が危機に瀕した時、 再び、彼の者は現れる、なんて予言もあったとか?  それらを踏まえると――  もしかして、この遺跡って――  ある仮定に思い至り、 ジェシカは、あらゆる意味で身震いする。  この遺跡は、想像以上に、歴史的価値があるのではないか?  それに比例して、かなり危険性が高いのではないか?  何故なら、この遺跡は……、  仕える王を失った円卓の騎士達が……、  後世に現れる騎士王と、それに仕えるべき、 円卓の騎士の後継者達の為に遺したモノかもしれないから……、  無論、これは、あくまでも、仮定でしかないのだが……、  あの無駄に大掛かりな仕掛けが施された、 入口の造りの規模からしても、その可能性は濃厚かもしれない。 「大丈夫かしら……?」  そんな危険な遺跡に、 即席パーティーで挑む羽目になるなんて……、  しかも、要となるエージェントが、飛び入り参加だなんて……、 「……ま、為るようにしか為らない、か」 <続く>