「あなた達は、その遺跡に行きたいのね?」 「は、はい……」 「実は、私も、そこに用があるの。 つまり、あたし達の目的は一致する、って事よね?」 「そ、そうなりますね……」 「じゃあ、テルトくん……あたしと来なさい!」  それが――  テルトとキアーラの出会いだった。 ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第5話 『集結』 ―――――――――――――― 「流石は北国……寒いわね」 「夜になると、もっと冷え込みます。 今の内に、防寒用のマントを買っておきましょう」  カノン王国――  そこは、南北を海に、東西を山に囲まれ、 常に積雪が堪えない程の極寒の地に栄える国である。  テルトの実家に、ラフィ達を預けた一同は、一旦、温泉都市タカヤマに戻った。  そこから、連絡船に乗り、 内海を北へと渡って、この雪国へとやって来たのだ。  何故、わざわざ、こんな寒い土地まで足を運んだのか、と言うと……、  近々、カノン王国で、大規模な馬車レースが開催されるらしく、 そういったお祭りがあるなら、冒険者の仕事も多いだろう、と考えたのだ。  ちなみに、その馬車レースの名前だが―― 「……『まじかる☆さゆりん杯』?」 「はい、女将さんが、そう言ってました」 「凄まじいセンスね……、 聞くだけで、激しく頭が痛くなってきたわ」  ――珍妙な名前と思ってはいけない。  何せ、カノン王国の王女の名を冠しているのだ。  国を挙げて催される、由緒正しいイベントに違いない。  精神衛生上、そうであって欲しい、と願いつつ……、  テルト達は、連絡船を降り、カノン王国の地に……、  正確には、王都の南に位置する港町『パッヘル』に降り立った。 「え〜っと、防具屋は……」  雪国の厳しい寒風に身を晒され、一同は、防寒具を求め、防具屋を探す。  前もって準備する事も出来たのだが、 まさか、ここまで寒いとは予想しておらず、現地調達すれば良いと思っていたのだ。 「――あっ、ありました!」  防具屋は、意外と、港の近くにあった。  寒さから逃げるように、一同は、マイナが見つけた店に飛び込む。  で、早速、防寒用のマントを買おうとしたのだが……、 「えっ……売り切れ?」  店主の言葉に、テルトは呆然とする。  寒地である事から、当然、店では、防寒具は、多めに売られている。  しかし、例の馬車レースを観戦しようと、 多くの観光客が集まった為、あっという間に売れてしまったのだ。  おそらく、他の店でも、似たような状態だろう、と、店主は言う。  幸い、まだ、2着だけ残っていた為、 ジェシカとマイナの分は、確保できたのだが……、 「テルトさんの分が……」 「暖房薬、って手もあるけど、 あれは使い切りだから、コストが高すぎるわね」  買ったばかりのマントを着込みながら、 ジェシカとマイナは、代わりになる物は無いか、と店内に視線を彷徨わせる。  しかし、目ぼしい物は見つからず……、 「あとは……こんなのしか無いぞ?」  と、そこへ、在庫を求めて、店の奥に行っていた店主が姿を見せた。  そして、1着のマントを、テルトに差し出す。  なんと、それは……、  猫耳フードが付いた、可愛らしいマントであった。 「うっ……」  暖かそうではあるが……、  そのファンシーなデザインに、テルトは、思わず引いてしまう。 「……どうする?」 「流石に、それは着れませんよ。 ダメで元々で、他の店に行ってみま――」  店主に、猫耳マントを返し、テルトは、店を出ようと踵を返す。 「マイナ――」 「――はいっ」  と、そんなテルトの襟首を掴み、 引き留めると、ジェシカは、マイナに手を差し出した。  彼女の意図を、瞬時に察し、マイナは、ジェシカの手にお金を乗せる。  ちょうど、マントの代金の半分だ。  それに、ジェシカは、残りの半分を追加し、店主に支払う。 「はい、テルトちゃん♪」 「……ボクに、それを着ろと?」  改めて、差し出された猫耳マントを見て、テルトの表情が固まる。  無論、彼には、拒否権はあったが……、  それを見越したジェシカは、即座に、逃げ道を塞いだ。 「私とマイナからのプレゼントよ♪ もちろん、受け取ってくれるわよね?」  完全に、退路は断たれた。  こんな言われ方をしたら、受け取らないわけにはいかない。 「喜んで、使わせて貰います〜」(泣)  嬉し泣き、という事にしておくべきか……、  テルトは、マントを受け取ると、泣きながら、それを羽織る。  ――可愛らしい猫耳剣士が誕生した。  これで、元々、乏しかった、 剣士としての貫禄は、マイナス方向に大爆進である。 「さあ、次は、宿を探すわよ?」 「は〜い……」(泣)  店を出るジェシカとマイナの後を、トボトボとテルトが続く。  マントは、防寒具としての機能を、充分に果たしており、 肌を刺すような冷たい風から、テルトを守り、温めてくれたが―― 「うっ、うううっ……、 どうして、いつも、こんな事に〜……」(涙)  ――彼の心は、すっかり凍えてしまっていた。 「ほら、早く行くわよっ! 夜になると、さらに冷え込むんだから!」 「ま、待ってくださ〜い!」  寒いが故に、足運びも早くなってしまうのだろう。  気付けば、先を行くジェシカとマイナから、テルトは、かなり離されてしまっていた。  テルトは、慌てて、人混みを掻き分けるように、二人を追い掛ける。  そんな少年の頭の上で……、  猫耳のフードが、ヒョコヒョコと揺れた。  ――まだ、彼らは知らない。  この猫耳マントが――  新たな出会いの切っ掛けになることを――  盗賊ギルド――  古代都市パルメアに本部を置き、 数多くのエージェント達を統括する組織である。  魔術師の総本山である『時計塔』が、魔術の専門であるように……、  盗賊ギルドが、主に扱うのは、金と情報だ。  しかも、表沙汰に出来ないようなモノが、極めて多い。  その性質上、盗賊ギルドには、世界各地に、 支部が存在しており、その場所は、関係者以外、知る事は出来ない。  大抵は、不特定多数の人間が集まる、 酒場や娼館などの商売を表の顔とし、その存在を隠しているのだ。  中には、表の顔が出版社、という稀なケースもあったりするが……、  その多分に洩れず……、  カノン王国にも、盗賊ギルドの支部はある。  表の顔は『亜麻色の髪の乙女亭』――  港の近くの路地の奥ある、 小さく、みすぼらしい、古びた酒場である。  その店の隅のテーブルに、一人の少女がいた。  一見、少年のようにも見える、 快活そうな、赤毛のショートカットの少女だ。  僅かに尖った耳から、彼女が、ハーフエルフだと分かる。  彼女の名は『キアーラ=ドーグローグ』――  盗賊ギルドに所属する……、  駆け出しのエージェントである。 「まったく、何で、こんな事に……」  テーブルに頬杖を付き、テーブルの上の皿に、 僅かに盛られたフライドポテトを食べながら、キアーラは、深い溜息を吐く。  どうやら、あまり景気は良くないようだ。  無理もない……、  彼女は、今、かなり切羽詰まった状況にあるのだ。 「よう、キアーラ? 金は用意できたか?」  少女の表情が、露骨に歪む。  無論、その原因は、フライドポテトの塩っ気が強すぎた為ではない。 「……まだ、期日じゃない筈よ」  いかにも、ゴロツキといった風情の、 三人の男に取り囲まれながらも、キアーラは、強気で言い返す。  そんな彼女の、物怖じしない態度を、 ただの虚勢でしかないと知る男達は、鼻で笑って見せると……、 「勿論、ンな事は分かってるって」 「こっちも、仕事なんでね。 ちゃんと覚えているか、一応、確認しに来たんだよ」 「2万Gなんて大金、そう簡単に用意できねぇからなぁ」  ゲラゲラと、下品に笑う男達に、キアーラは、 胃をムカムカさせつつ、それを少しでも払拭しようと、皮肉を飛ばす。 「だからって、毎日来る? 借金取りって、そんなに暇な仕事なの?」 「このアマ……!」  キアーラの物言いが、頭にキたようだ。  男の一人が、声を荒げ、キアーラの胸倉を掴む。  だが、カウンターにいる店のマスターが、 軽く咳払いすると、男は、我に返り、キアーラを解放した。  ここは、盗賊ギルド……、  どんな事情であれ、目立つ荒事は御法度なのだ。 「俺らが、頻繁に顔を出すのはな、 俺らの顔を見るのも嫌なら、サッサと金を返せ、ってことなんだよ」 「……アタシが借りたわけじゃない」 「そっちの事情なんか関係無ぇな」  ――そう。  キアーラは、借金をしていた。  金額は、利息込みで2万G……、  駆け出しのエージェントには、大金である。  だが、今、彼女が言ったように、 この借金は、キアーラがしたモノではない  彼女の恋人……だった男の借金なのだ。  何故、過去形なのか……、  その理由は、とても簡単である。  いつの間にか、その元彼氏が、姿を消したのである。  無論、金融業者は、逃げた男を捜索したが、発見する事は出来なかった。  だが、それで、貸した金を諦めるわけにはいかない。  男が逃げたなら、その代わりとなる者から、取り立てるしかない。  そして、都合の良い事に……、  男は、保証人として恋人の名を残しており……、  ようするに、キアーラは、 元彼氏に借金を押し付けられてしまったのだ。 「まあ、同情はするけどよ……、 悪い男に捕まった、と諦めるしかねぇんだよ」  と、借金取りは、キアーラを諭すように言う。  だが、その軽薄な口調からは、 とても、同情なんて、思いやりのある響きは感じられない。 「同情してくれてるなら、言葉以外で示してくれない?」 「返済期限を延ばしてやっただろ? これだけでも、かなり譲歩してやってんだぞ?」 「……それだけで、どうしろってのよ?」  弱味を見せるのは癪なので、 あくまでも、キアーラは、強気の姿勢を崩さない。  だが、正直なところ、彼女は、かなり参っていた。  借金を返済しようにも、金策の当てなど、全く無い。  人の道を外れた真似でもしなければ、2万Gなど稼げないのだ。  それは、借金取り達も、承知しているのだろう。  彼らは、親切ぶった態度で、キアーラに、金儲けの話を持ち掛ける。 「自分で考えろ、と言いたいところだが、 ちゃんと金を返して貰わないと、こっちも困るんでね」 「稼げそうな仕事を、幾つか紹介してやるよ」 「……どんな?」  ――どうせ、ロクな仕事じゃないんでしょ?  と、確信しつつも、キアーラは、 話だけは聞いておこうと、男達の言葉に食い付いてみる。  そんなキアーラに、借金取り達は、意地悪い笑みを浮かべると……、 「1つ、地道に稼ぐ」  酒場での給仕の仕事――  彼らの知り合いの店なら、幾つか紹介出来るらしい。  もちろん、多少、如何わしい部分もあるが、堅実に稼げるだろう。  ……だが、キアーラは、首を横に振った。  返済期限を過ぎたら、利子が増えてしまう。  そうなれば、どんなに地道に稼いでも、 給仕仕事の儲けでは、利子を払うのが精一杯である。  借金の元金を減らせなければ、何の意味が無いのだ。 「2つ、チョロく稼ぐ」  娼館で体を売る――  文字通り、金の為に男に抱かれろ、という事だ。  確かに、この方法なら、2万Gくらい、すぐに稼げるだろう。  ……だが、キアーラは、これも拒否した。  実は、この手段を考えなかったわけではない。  別に、処女というわけでもないし……、  操を立てるような相手もいない、というか、借金残して逃げられた。  だから、体を売る事に、そんなに躊躇は無い……と思う。  しかし、あんな奴の為に、 何故、自分が汚れなければならないのか?  そう考えると、馬鹿馬鹿しくて、腹立たしくて、やってられないのだ。  決して、自分の、この貧相な体に、自信が無いわけじゃない。  寧ろ、貧乳はステータスである。希少価値である。 「3つ、ヤバく稼ぐ」 「犯罪者になるのは御免よ?」 「そんなんじゃねぇよ。 寧ろ、このネタは、お前向きだと思うぜ?」  と、借金取りの男は、テーブルの上に“それ”を置いた。  円筒形の物体……、  例えるなら、剣の柄の様な物だ。  おそらく、何らかの魔道具なのだろうが、 残念ながら、キアーラには、それが何なのか分からない。 「何、それ……?」  胡散臭げに“それ”を眺め、キアーラが訊ねる。  すると、借金取りは、さらに、 一枚の地図を、テーブルに広げると、その一点を指差した。 「ここに『円卓の遺跡』って呼ばれる、未発掘の遺跡がある」 「そこを漁って、お宝をゲットしてくれば、 借金なんて、あっという間に返せる、ってわけだ」 「遺跡……って、質問に答えなさいよ」  遺跡という単語に、キアーラの瞳が輝いた。  知人からは、妖精並の好奇心の持ち主、と称された事もある。  切羽詰まった状況でありながら、その旺盛な好奇心に火が点いたのだ。  好奇心は猫をも殺す、と言うが……、  今の彼女には、そんな言葉は届きそうも無かった。  キアーラの好反応に満足しつつ、借金取りは話を続ける。 「こいつは、その遺跡を開く鍵なんだよ」 「……鍵?!」  キアーラの瞳が、再び“それ”に向けられる。  もう、その眼差しは、吸い寄せられるように“それ”から離れない。 「『ベディヴィエールの鍵』……、 やる気があるなら、貸してやっても良いんだぜ?」 「やるっ! 貸してっ!」  ――即答であった。  あっという間に話は纏まり、気が付けば、 その“鍵”と地図を持って、キアーラは、店を飛び出していた。  ――まだ、彼女は知らない。  その猫をも殺す好奇心が――  己の人生を変える『猫』との出会いの切っ掛けになることを―― 「テルトさん……来ませんね」 「ったく、あの子は……、 何処を、ほっつき歩いてるのやら……」  『気高き白の天使亭』――  マントを購入した店の店主に薦められた、 宿屋の食堂で、ジェシカとマイナは、テルトが来るのを待っていた。  何故、彼だけ遅れているのか、と言うと……、  この宿に来る途中にある大通りで、 大勢の人の波に巻き込まれた為に、はぐれてしまったのだ。 「道に迷っているんでしょうか?」 「店の名前は知ってるんだし……、 ガキじゃあるまいし、迷子になったりはしないでしょ?」  と、ケーキを食べながら、 2人は、ボンヤリと、宿屋の玄関を眺めている。  そんな2人の間には、誰も手を付けていないカップがあった。  寒い中を歩き回り、体が冷えているであろう、 テルトの為に、注文しておいたホットココアである。  しかし、それも、すっかり冷めてしまっており、 そこからも、彼がはぐれてから、かなり時間が経っている事が分かる。 「来ませんねぇ……、 もしかして、何か事件に巻き込まれた、とか?」 「……例えば?」  ジェシカ訊ねられ、マイナは、咄嗟に想像した事例を、幾つか挙げてみる。  ――悪漢に襲われそうになっていた少女を助けた。  ――迷子になって、泣いている女の子を見つけた。  ――道端で産気付いた妊婦(未亡人)を保護した。 「テルトちゃんの場合、全部、ありそうで怖いわ」 「全て、女性絡み、というのが、特に……ですね」  と、気付けば、ケーキは無くなっており……、  それでも、まだ、待ち人は現れず、二人の憂鬱な時間が続く。  傍から見ると、まるで、恋人が来るのを待っているかのようだ。 「……ったく、仕方ないわねぇ」  業を煮やしたジェシカは、 軽く何を呟くと、指をパチンと鳴らした。  その不可解な行為に、マイナは首を傾げる。 「使い魔に、探しに行かせたのよ」 「ああ、そういえば……、 タカヤマで、連絡船に乗る前に、契約してましたね」  ジェシカの簡潔な答えに、マイナは、納得顔で頷く。  彼女の言う『使い魔』とは、文字通り、魔術師であるジェシカの従者のことである。  ある程度の技量を持つ魔術師は、己の魔術回路と、 特定の動物とを、魔力による回線で繋ぐ事で、対象を従える事が出来るのだ。  使い魔の種類は、魔術師によって様々だが、大抵、鳥や猫が多い。  鳥は、空を飛べるし……、  猫は、身軽で、夜目が利くからだ。  そんな中、ジェシカの使い魔は―― 「え〜っと、確か……、 梟(フクロウ)で、名前は……何でしたっけ?」  ジェシカの使い魔の名前を思い出そうとして、 ここに至って、マイナは、未だ、使い魔を紹介して貰っていない事に気が付いた。  訊ねるマイナに、ジェシカは、面倒臭そうに答える。 「……『サチ』よ」 「『幸』ですか? 良い名前ですね」 「……まだ、店の近くにはいないみたいね」  マイナの言葉は、聞こえなかったフリをしつつ、 ジェシカは、使い魔の視線を介して、空から、店の周囲を見回す。  ――使い魔を従えると、様々な恩恵を得られる。  その中でも、最も便利なのは、 使い魔との意思疎通と、視界と共有である。  今のジェシカのように、安全を確保した上で、 使い魔の視界を通じて、離れた場所の様子を見る事が出来るのだ。 「もう少し上から……ん?」  さらに上空から、広域で探ろうと、上昇するように、使い魔に命じる。  すると、不意に、ジェシカの目が細くなった。  何を発見したのか、不機嫌そうに、口元が引き攣っている。 「ふ〜ん、へ〜え、ほ〜お……」 「ジェシカさん……どうしたんですか?」  ジェシカの様子の変化に、マイナが脅える。   そんな彼女に、ジェシカは、宿屋の玄関を顎で示して見せた。 「すぐに分かるわ」 「……?」  ジェシカに促されるまま、マイナは、再び、玄関に視線を向ける。  そして、数分後……、  ジェシカの態度の意味を理解した。 「――ジェシカさん! マイナさん!」  ようやく、テルトが、宿屋に到着した。  食堂にいるジェシカ達を見つけ、小走りで、こちらにやって来る。  ……まあ、それは良い。  少なからず心配はしていたので、 無事に合流出来たので、正直、ホッとした。  ――そう。  一応、心配していたのだ。  なのに、何故――  あの世話の焼ける大馬鹿は――、  ――ハーフエルフの女を連れているのだろうか? 「すみません、お待たせしまし……た?」 「待ちくたびれちゃいましたよ、テルトさん」  帰宅した旦那を出迎える新妻のように、 マイナが、甲斐甲斐しく、テルトのマントを脱がせる。  それと同時に、ジェシカも立ち上がり、テルトの頬に手を当てた。 「遅いわよ、テルトちゃん……、 こんなに冷たくなっちゃってるじゃない」 「すみませ〜ん、ココア、淹れ直してくださ〜い」  ジェシカによって椅子に座らされ、マイナが、新しいココアを、店員に注文する。  二人の、不自然なくらいに優しい態度に、 鈍感なテルトも、流石に、違和感を覚えたようだ。  何となく、無意識に、椅子の上に正座してしまう。 「えっと……何か、あったんですか?」 「別に、何も無いわよ?」 「ええ、私達には、何もありませんよ」  テルトを真ん中に、ジェシカとマイナが、 彼を包囲し、逃げ場を無くすかの様に、椅子に座り直す。  そして……、  にっこりと微笑むと……、 「さんざん、人を待たせておいて――」 「――ナンパして来るとは、イイ度胸ですね?」  と、テルトに詰め寄る、二人の視線の先には、 放置されたまま、困惑しているハーフエルフの少女――  即ち、キアーラの姿が―― 「ち、違います! そんな事してません! キアーラさんからも、二人に説明してくださいっ!」  誤解されている事に気付いたテルトは、 ジェシカ達の刺すような視線に晒されながらも、キアーラに助けを求める。  すると、状況が掴めたのか……、  キアーラは、それはもう、イイ笑顔で……、 「ナンパされちゃった……てへ♪」 「「ほっほ〜う?」」(怒) 「ぎゃおおぉぉぉぉぉんっ!? どうして、こんな事にぃぃぃぃっ!?」 「そのネタを使って良いのは、前回だけよ!」 「メタなツッコミまでされたぁぁぁっ!!」    ・    ・    ・  ――時間は、少し遡る。  借金取りの儲け話に乗り、例の鍵と地図を持って、 店を飛び出したキアーラは、憂鬱な表情で、街を歩いていた。  勢いに任せ、出発したのは良いが……、  冷静になって考えれば、 単独による遺跡の探索など、あまりにも無謀なのだ。  危機感知、罠の発見と解除、情報収集――  エージェントとしての技術には、それなりに自信はある。  短剣も扱えるので、戦闘だって、そこそこイケる。  とはいえ、一人では、不足の事態に対応できない。  やはり、同行者は欲しいところだ。  理想としては、魔術師が一緒だと、とても心強い。  あと、回復魔術が使える者がいると安心だ。  回復のエキスパートである神官だと、なお良い。  つまり、最低でも、あと1人か2人……、  万全を期すなら、3人くらい、 同行者がいなければ、危険過ぎて、遺跡の探索など出来ないのだ。  しかし、キアーラには――  そんな都合の良い知り合いなど―― 「あいつら……それを知ってて……」  借金取りから『借りて』きた、 例の鍵を見つめ、キアーラは、憎々し気に呟く。  よく考えれば、そうそう、美味い話があるわけがない。  例え、あったとしても、それを他人に譲るわけがない。  借金取り達は、最初から、キアーラが、 失敗する事を見越した上で、この遺跡の鍵を『貸した』のだ。  しっかりと、貸金5000Gを条件として……、  つまり、迂闊にも、キアーラは、 まんまと、借金を上乗せさせられてしまったのだ。 「こうなったら、何が何でも、 お宝をゲットして、あいつらを見返してやるっ!」  魔術は、護符で代用して――  回復は、薬草やヒールズの呪文薬があれば――  ――1人でも、なんとかなるっ!  半ば、自棄っぱちに……、  前のめりな思考で、気を持ち直すと……、  必要な道具を買い込む為、 キアーラは、魔法具屋に向かおうと、歩調を早める。  と、そこへ―― 「――うわわっ!?」  突然、横道から出て来た、 少年と、出会い頭にぶつかってしまった。  道に迷っていたのか、少年は、 地図を片手に、キョロキョロと周囲を見回しており……、  キアーラも急いでいた為、お互いに、反応が遅れてしまったのだ。 「わっ!? 気を付けてよ、キミ!」 「す、すみませんっ!」  キアーラは、一方的に、相手の所為にする。  原因は、御互い様なのだが、キアーラの勢いに、少年は、反射的に謝っていた。  いや、少年の性格からして、 完全に、自分の過失だと思っているのだろう。  何故なら、その少年は……、  ジェシカ達とはぐれてしまった、テルトだったのだ。 「ごめんなさい! 他所見してて、気付きませんでした!」(ぺこぺこ)  ――剣士として、それはどうよ?  と、少年の腰にある剣を見て、キアーラは、内心で、ツッコミを入れる。  初対面の相手に、剣士としての資質を問われているなど、 知る由も無く、テルトは、何度も頭を下げる。  その拍子に、例の猫耳フードが、バサッと、少年の頭に被さった。 「……っ!」  思わず、噴き出しそうになり、 キアーラは、慌てて、片手で自分の口を塞ぐ。  ――ね、猫耳っ!?  ――男の子よね、この子? 「か、可愛い趣味してるわね?」 「こ、これは……その、仲間に薦められて……」  可愛い、と言われて、恥ずかしいのか……、  テルトは、頬を赤らめ、目深にフードを被って、顔を隠した。  そんなテルトの仕草に、何故か、 キアーラも、顔が熱くなるのを感じ、言葉に詰まってしまう。  ――女のアタシより可愛いって、どういう事よ?  世の理不尽に腹を立てつつも、 キアーラは、テルトの猫耳フードを引っぺがす。 「薦められたからって、 猫耳は無いって……あなた、男の子でしょ?」 「自信を失いつつある、今日この頃です」  今までの人生で、色々とあったのだろう。  溜息を吐きながら言う、テルトの言葉には、とても重みがあった。 「そ、そう……苦労してるんだ?」  落ち込むテルトに、キアーラは、同情してしまう。  実は、彼女も、全体的にスレンダーな、 身体つきの為に、割と、頻繁に、男と間違われる事があり……、  酷く、納得は出来ないが……、  テルトとは、逆の立ち位置で、共感できてしまうのだ。 「……で、何か探してるみたいだったけど?」  何だか、自分まで悲しくなってきたので、キアーラは、 話題を変えようと、テルトと、ぶつかった際の、彼の様子を思い出し、話を振ってみる。 「えっと……『気高き白の天使亭』って知ってます?」 「ああ、それなら――」  ――その店なら知っている。  街の大通りに面した場所にある宿屋で、 良質なサービスの割に、値段もリーズナブルな事で有名な店だ。  キアーラも、あそこの食堂には、食事面でも、仕事面でも、何度か世話になった事があった。  エージェントとして、街の地理は、 完全に把握しているので、当然、場所や道順だって、即座に説明できる。 「この道を、真っ直ぐ行くと、大通りに――」  店までの道順を説明する為、 現在位置を示そうと、キアーラは、テルトが持つ地図を覗き込む。  と、その時、再び、テルトが持つ剣が視界に入った。  先程は、チラっと見ただけなので、気付かなかったが 注視してみれば、その剣が、魔法銀製の、かなり立派な剣だと分かる。  捨て値で売っても、かなりの額になるだろう。  この剣を盗っちゃえば――  借金なんて、余裕で――  ――って、アタシは、何を考えてるっ!?  いくら、切羽詰まっているとはいえ……、  一瞬でも、ドス黒い思考を抱いてしまった自分を嫌悪する。  無論、エージェントである以上、 生きる為に、手段を選ばない覚悟はある。  相手が悪い奴なら、非道な手段を用いる事に、躊躇いなんて無い。  でも、この少年は……、  この少年だけは、絶対にダメだ。  エージェントとしての勘か――  それとも、女の勘か――  ――何となく、理解ってしまうのだ。  この少年を騙し、陥れるような真似をしたら……、  確実に、決定的に……、  人として、終わってしまうだろう、と……、  例えるなら、安らかに眠る赤子を、躊躇なく、刺し殺せるだろうか?  ――答えは、否だ。  そんな真似が出来るのは、 頭がおかしいか、人間を止めているか、そのどちらかである。  人が“人”で在れるのは、知識と理性と道徳があるから……、  それを捨てる、と言う事は……、  “人”で在る自分を、完全に否定する事と同じ……、  その最後の境界線が……、  今、キアーラの目の前にいる少年なのだ。  極端な考えかもしれない。  いや、間違いなく、極端すぎる考えだ。  でも、それが分かっていても……、  尚、そう思えてしまうくらいに……、  ――少年の瞳は、とても綺麗だった。 「…………」  キアーラは、テルトから地図を奪い、それを閉じた。  そして、唐突な行動に、首を傾げる、 テルトの腕を掴むと、そのまま、スタスタと歩き出す。 「あ、あの……えっと……?」  テルトは、相手の真意を訊こうとするが、 名前を知らない事を思い出し、言葉に詰まってしまう。  そんな少年に、エージェントの少女は、アッサリとした口調で……、 「キアーラよ……キミは?」 「テルト=ウィンチェスタ、です」  少年の手を引きつつ、キアーラは、 人混みの合間を、スルスルと、軽やかに抜けて行く。 「ふ〜ん、テルト君ね……」  ――優しそうな名前ね。  ――うん、イメージにピッタリだ。  心の中で、何度か、その名を呟き……、  慣れた所で、歩みは止めぬまま、改めて、少年に向き直る。 「店まで連れて行ってあげる。 説明するより、案内した方が早いからね」  何故、そうしようと思ったのか?  何故、そうしたいと思ったのか?  ――それは、よく分からない。  ただ、何となく……、  これで、終わりにしてしまうのは……、  とても、勿体無い気がして……、 「その代わり――」  ふと、気付けば……、  キアーラは、少年の手を……、 「――お茶くらいは、ご馳走してよね、テルト君♪」      ・      ・      ・ 「――と、言う訳なんです」  ジェシカとマイナの、外の寒さよりも、 さらに冷たい視線に晒されながら、テルトは、全てを話し終えた。  しかも、椅子の上に正座、という珍妙な格好のままである。  当然、周囲の客から、注目を集めまくりだが、本人達は、気にしていないようだ。  キアーラなどは、平気な顔して、 サンドイッチ(テルトの奢り)を食べているくらいである。 「毎度の事とはいえ……、 テルトちゃんの旗好きには、困ったモノよね」 「すみませ〜ん、お子様ランチ1つ下さ〜い」  キアーラとの経緯を聞き終え、ジェシカ達は、盛大に溜息を吐く。  厭味のつもりなのだろう……、  マイナは、給仕に“旗”付きのお子様ランチを注文する。 「これ……どんな罰ゲームですか?」 「黙って食べる」 「……はい」  お子様ランチ(玩具付き)を、 目の前に出され、テルトの表情が固まる。  しかし、今の彼には、命じられるまま、それを食べるしかなく……、 「しくしくしく……」(泣)  子供用の小さなフォークを使い、 泣きながら、ミニハンバーグを口に運ぶ。  ――割と美味しいのが、余計に悲しかった。 「さて、テルトちゃん弄りは、コレくらいにして……」 「――ん?」  羞恥心と闘いながら、食事を続ける、 テルトの姿に、嗜虐的な意味で、密かに萌えたりつつ……、  ジェシカは、紅茶を啜り、 傍観を決め込んでいるキアーラに向き直った。  ちなみに、マイナは、テーブルに突っ伏して、悶え……、  ……いや、萌え苦しんでいる。  店内にも、数人ほど、彼女と同じ症状に、 陥っている者(男女比1:4)がいる様だが、そこは無視する。 「キアーラ……だっけ? ウチの馬鹿を連れて来てくれた事には感謝するわ」 「いえいえ、どういたしまして」  カップを置きつつ、キアーラは、 さり気無く、ジェシカとマイナを観察する。  ……いや、実際には、そんな自分の態度は、もうバレているだろうが、構うまい。  何故なら、相手もまた、警戒の眼差しを、 隠そうともせずに、こちらに向けているのだから……、 「……貴女、エージェントよね?」 「まぁね……駆け出しだけど」  ジェシカの質問に相槌を打ちながらも、その観察眼を評価する。  隠してるつもりも無かったけど――  ほとんど、ひと目で見破るなんて――  ――この魔術師さんが、パーティーのリーダーってトコかしら?  頭も良さそうだし、綺麗だし……、  でも、目つきが悪いのが、ちょっと難点?  胸は……うん、見なかった事にしよう。 「そっちは、冒険者よね? ちょうど、お祭りも近いし、仕事探しかな?」 「……まあ、そんなトコね」  キアーラの質問に、ジェシカは、言葉少なく答える。  余計な事を喋るつもりは無いのか……、  それとも、単に無愛想なだけか、どちらなのか図り兼ねる対応だ。  こっちはエージェントで、あっちは魔術師――  当然の流れとはいえ――  嫌よねぇ、腹の探り合いって――  別に、今は、そんな真似する必要も無いのに――  ――まあ、嫌いじゃないんだけどさ。  ――あんま得意でも無いけど。  と、内心で肩を竦めつつ、 キアーラは、次は、マイナに観察の視線を移す。  ――間違いなく、聖堂教会の神官ね。  正義感が強くて、真面目で、頭が固くて……、  融通が利かなさそうなのが、いかにも、って感じだわ。  ……にも関わらず、小動物みたいに可愛い、なんて反則よね。  胸は……うん、お友達になれそう。 「……3人パーティーなの?」 「あと、使い魔が一羽です」  萌え苦しんでいたマイナが、我に返り、にこやかに言う。  そんなマイナを、ジェシカがジト目で一瞥する。  何やら諦めたような彼女の表情に、キアーラは、少し同情した。  ――苦労してそうだなぁ。  こういう腹黒い会話は、 彼女が、一手に引き受けてるみたいねぇ。  ジェシカの苦労を考え、苦笑いを浮かべつつ、 キアーラは、改めて、テルト、ジェシカ、マイナの三人を見定める。  世間知らずで、人の良い剣士――  頭の切れる、現実主義の魔術師――  真面目で、かなり頑固そうな神官――  これで、あと、盗賊がいれば、 良い感じに、バランスが取れたパーティーになるわね。  ――って、あれ?  あたし、つい最近も、 似たような事を考えていたような……? 「……ねえ、キアーラ?」 「うん……何?」  考え事をしていたキアーラは、ジェシカに呼ばれ、我に返った。 「感謝のついでに、訊きたいんだけど……、 この辺に『円卓の遺跡』っていうのがあるそうね?」 「あ〜、うん……あるわよ」  あまりにピンポイントな話題を振られ、 キアーラは、一瞬、狼狽えそうになるが、何とか平静を保つ。  ……その遺跡の事は知っている。  と言うか、その遺跡は、自分が、 借金取りに薦められ、単独で挑もうとしていた遺跡なのだ。 「盗賊ギルドは、その遺跡の事、何処まで把握してるの?」 「そ、それは――」  ジェシカのストレートな物言いに、キアーラは口籠る。  ――遺跡の管理は、盗賊ギルドの管轄である。  勿論、時計塔や聖堂教会……、  場合によっては、王家の管轄にある遺跡もあるが……、  世間一般の認識では、遺跡の管理と、 盗賊ギルドは、イコールで結ばれるのが常である。  遺跡には、危険な罠が仕掛けられている為、 必然的に、それらの対応に長けた盗賊ギルドの仕事となるのだ。  とはいえ、別に、冒険者などが、遺跡を探索する事を禁止してはいない。  寧ろ、積極的に推奨しており、 信用できる相手には、遺跡の場所を教えているくらいだ。  ただし、探索者には、遺跡内で発見した物を報告する義務が生じる。  遺跡には、歴史的に価値のあるモノや、 一介の冒険者が扱うには危険なモノが、数多く存在しており……、  それらのモノを、適正な価格で買い取り、回収する為だ。  こういう言い方をすると、冒険者の上前を撥ねているように聞こえるが……、  発見した物の殆どは、無条件で、発見者に提供されるので、 遺跡の探索は、危険はあるが、それに見合った利益もある仕事と言える。  だからこそ、冒険者達は、遺跡に挑み……、  また、盗賊ギルドへの報告義務を果たさない盗掘者も多い。  そういった事態への対応も、 盗賊ギルドの大きな役目の一つである。 「――そ、そんな事、簡単に喋れるわけないでしょ?」  先程までの、腹の探り合いは何処へやら……、  あまりの直球っぷりに、流石に、キアーラも、今度は動揺を隠せなかった。 「勿論、タダとは言わない。 相応のモノは提供するつもりよ?」 「…………」  瞬時に、キアーラは落ち着きを取り戻す。  それと同時に、ジェシカの口端が、僅かに綻んだ。  ――なるほど。  もう少し、このやり取りを楽しみたいわけね。  ジェシカの思惑を察して、キアーラは、彼女の言葉に込められた意味を考える。  “相応のモノ”と、ジェシカは言った。  つまり、それは、お金とは限らない、と言う事だ。  おそらくは“情報”――  今までの話の流れからして、 『円卓の遺跡』に関する、盗賊ギルドが確認していないモノ――  そこまで読み取ったキアーラは、 ジェシカに、何て答えるべきか思案しつつ……、  ……同時に、持ち上がった疑問についても考える。 「…………」  ――何故、遺跡の事を知りたがる?  ――彼女達も、件の遺跡に挑戦するつもり?  ――ってことは、あたしのライバルになるってわけ?  キアーラは、盗賊ギルドが所持する、遺跡に関する情報は、全て把握している。  その最たるモノである『鍵』も持っている。  アドバンテージは、キアーラにあるが、 ライバルに、余計な情報を与えるわけにはいかない。  だが、新たな情報があるのなら、知っておきたいところでもある。  嘘の情報を教える、というのは最悪手だ。  情報を扱う盗賊ギルドの顔に泥を塗るような真似をすれば、相応の粛清が待っている。 「テルトさん……それ、何ですか?」 「お子様ランチのオマケの玩具です」 「人形型のキーホルダー……、 そのデザインって、この国の王女様ですよね?」 「へぇ……可愛いですね」 「そ、そうですね……」(汗)  テルトとマイナは、他事の話をしており、 ジェシカのキアーラの話は、耳に入っていないようだ。  そちらは無視して、キアーラは、思案を続ける。 「…………」  ――話すべきか? 無視するべきか?  判断に迷い、キアーラは黙り込む。  あまり長考もできない。  テルトとマイナは、ともかく――  目の前の魔術師は、 この沈黙からも、色々と読み取って―― 「円卓の遺跡って言うと……、  ボクの故郷の近くにも、同じ名前の遺跡がありますよ」  何と言うか――  こう、積み重ねて来たモノが――  ――全て、無駄に終わった。 「は〜い、お馬鹿さんは、 黙って、プリンを食べてましょうねぇっ!!」  ジェシカは、お子様スプーンを手に取ると、 不用意な発言をしたテルトの口に、殺意と一緒にプリンを突っ込む。  しかし、今更、テルトの口を塞いでも遅い。 「ふ、ふ〜ん……、 円卓の遺跡って、他にもあるんだ」(汗)  ――ってゆ〜か、ちゃんと聞いてたのね。  エージェントとして鍛えられた、 キアーラの耳は、しっかりと、彼の言葉を聞き取っていた。 「ほらっ、バレちゃったじゃないの!」 「エレインの村の遺跡のこと、 喋ったらダメだったんですかっ?!」 「だあっ! 村の名前まで!?」  相手の交渉材料と、その詳細な情報をタダで入手できたものの……、  こんなカタチでの丸儲けは、 流石に、キアーラも罪悪感を覚えてしまう。  ――さて、どうフォローしたものか?  と、頭を悩ませるキアーラを他所に、 人目を憚る事無く、テルトとジェシカの漫才(?)は続く。 「……でも、どうして、急に遺跡の話なんかに?」 「アンタが迷子になってる間に、私とマイナで仕事を探したの! でも、考える事は、どいつも一緒だったみたいで、 結局、めぼしい仕事は見つからなかったのよ!」 「は、はあ……」 「で、偶々、近くに遺跡があるって噂を耳にして、 ダメで元々で、挑んでみようか、って話になってたの! ど〜せ、アンタの事だから、興味ありまくりでしょ?!」 「そ、それはもう……」 「そしたら、アンタがキアーラを連れて来たから、 少しでも、盗賊ギルドが持つ情報を引き出そうと思ってたのに……、 ああ、もうっ! アンタって子はぁぁぁぁぁっ!!」 「あうあうあうあうっ!?」  ジェシカは、テルトの襟首を掴むと、 怒りに任せて、彼を、何度も、激しく揺さぶる。  カクンカクンと、テルトの首が揺れ……、  イイ感じに、脳がシェイクされているのか、 見る見るうちに、テルトの瞳から、意識という名の光が失われていく。 「……止めなくて良いの?」 「いつもの事ですから……」  彼の自業自得とはいえ、放ってもおけない。  一応、キアーラは、忠告はしたが、 マイナは、半ば諦めたように溜息を吐くのみで、止めるつもりは無いようだ。  まあ、本当に危なくなるようなら、割って入るのだろうが……、  ――面白いパーティーねぇ。  テルトを床に正座させ……、  まだ、ジェシカの説教は続いている。  その光景を眺めながら、キアーラは、何だか、色んな事が馬鹿馬鹿しくなってきた。  遺跡の事とか、莫大な借金の事とか……、  根拠も無いのに、何とかなるような気がしてきた。  剣士に、魔術師に、神官か――  と、同時に、キアーラは、ある妙案を思い付く。  ――これは、賭けよね。  でも、こういう賭けは嫌いじゃない。  いや、むしろ、大好物だ。 「……ねえ、提案があるんだけど?」  あくまでも、口調は軽く……、  だが、強い決意を込めて、キアーラは、話を切り出す。  それを感じ取ったのか、テルト達の視線が、彼女に集まった。 「あんた達は、その遺跡に行きたいのね?」 「は、はい……」  説教から解放され、椅子に座り直しながら、テルトが頷く。  キアーラは、リーダーであろう、 ジェシカに話しているつもりだったのだが……、  誰も口を挟んで来ないので、そのまま話を進める事にする。 「実は、私も、そこに用があるの。 つまり、あたし達の目的は一致する、って事よね?」 「そ、そうなりますね……」  頷きながら、テルトは、仲間の様子を伺う。  ジェシカとマイナは、黙って、コクリと頷いた。  どうやら、キアーラが、何を言おうとしているのかを察したようだ。  なら、話が早い……、  と、キアーラは、テーブルに、地図と例の『鍵』を置く。  そして――  真正面から、テルトを見据え―― 「じゃあ、テルトくん……あたしと来なさい!」  借金の返済のため――  当面の生活費を稼ぐため――  己の勇者の成長を見守るため――  尽きる事無い冒険心を満たすため――  ――想いは、それぞれ違うが、向かう場所と目的は同じである。  こうして――  即席のパーティーが結成された。 「ねえ、ジェシカ姐……?」 「……なに、それ? ハーフエルフのアンタの方が、遥かに年上でしょ?」 「あたし、実年齢で19歳だし? それに、なんか“姐さん”って感じだし?」 「それでも、私の方が年下よ。 ってゆ〜か、無駄口叩いてないで、手を動かしなさい」 「……うん、やっぱ“姐さん”だわ」  夕暮れ時――  『円卓の遺跡』を目指し、準備万端で、 街を出たテルト達は、大急ぎで、テントの準備をしていた。  予定では、日が暮れる前に、遺跡に到着し、 そこで、一晩、休んだ後、遺跡に挑むつもりだったのだが……、  雪道を進むのは、予想以上に困難で、大幅に時間をロスしてしまったのだ。  ――まだ、行程の半分にも達していない。  沈みゆく夕日を眺めながら、 真っ先に、それに気付いたのは、意外にもマイナであった。  神官でありながら、野伏としての知識もあったらしい。   野営の準備の際にも、マイナの指示は的確で、 仲間に作業を割り振り、あっと言う間に、テントを設置してしまった。 「マイナちゃん、テント、張り終えたよ〜」 「焚き木も集めてきました」 「ありがとうございます。 ジェシカさん、火を熾して貰えますか?」 「はいはい、っと……」  ジェシカが、短く呪文を唱え、魔術で、焚き木に火を入れる。  火の魔術は、こういう使い方も出来るので、とても便利だ。  マイナは、焚き火の中から、小さな枝を一本抜くと、 野営地を囲むように、四箇所に置かれた小瓶の中に、それを突き入れて回る。  枝先で燃える火が、瓶の中にある粉……、  御香に燃え移り、極僅かな香りと共に、ゆらゆらと煙が立ち上る。  ――結界薬と暖房薬だ。  雪国での野営など、本来、自殺行為に等しいが、この2つの薬があれば問題無い。  暖房薬によって、周囲の温度は快適に保たれ、 結界薬によって、野生の獣の接近を、ある程度は防ぐ事が出来るのだ。  ちなみに、これらの薬には、周囲に振り撒くタイプや、体に噴き付けるタイプがあり、 マイナが使ったのは、見ての通り、御香を焚くタイプである。 「これで良し、っと……」  野営の準備を終えたマイナは、 今度は、荷物から、簡易調理器具と干し肉を取り出す。  湯を沸かす為、小鍋を火に掛ける。  周囲に積もった雪を溶かせば良いので、水は必要ない。 「〜♪ 〜♪」  鼻歌を唄いながら、鍋に干し肉を入れ、煮込み、調味料を加えていく。 「手慣れてるね〜、流石は女の子」 「貴女も女でしょうが……、 それはともかく、マイナの料理って初めてね」  料理をするマイナの姿を眺めながら、 彼女の手際の良さに、ジェシカとキアーラは感心する。  そんな二人に、テルトが、マグカップを差し出した。 「ありがと……って、熱い?」  カップを受け取って、その温かさに、二人は驚く。  火はマイナが使っている筈なのに、 テルトが用意したお茶は、とても温かかったのだ。 「火の魔導石付きの水筒ですよ」  と、テルトは、自分の水筒の底を、ジェシカ達に見せる。  確かに、そこには、小さな赤い石が嵌め込まれていた。  それを見て、ジェシカ達は、さらに驚く。  『魔導石』――  魔法店で売られている、微量の魔力と属性が込められた石だ。  主な用途は、日常生活で用いられる魔道具の動力源……、  火の魔導石ならコンロ、氷の魔導石なら冷蔵庫、といった具合に使用される。  魔力容量は、石の大きさと、 比例しており、当然、大きい程、値段も高くなる。  テルトの水筒にある魔導石は、せいぜい二千Gといったところか……、  魔導石は、基本的に消耗品だが、 水筒の中身の保温するだけなら、数年は保つだろう。  ようするに、彼の水筒は、割と高級品であり、 ジェシカ達が驚くのも、無理はない、ということだ。 「アンタ……何で、そんな値の張るモノを持ってるの?」 「涼さん達がくれたんです。 寒い場所に行くなら、温かい飲み物は必須だ、って言ってました」 「ふ〜ん……」  ――そういえば、船が出る時に、何か貰ってたわね。  と、ジェシカは、タカヤマの港で、 アイドル達が、テルトに、何やら渡していた光景を思い出す。  ほんの数日ではあったが……、  テルトは、彼女達と、すっかり仲良くなっていた。  特に、涼とは、旧知の仲にも見えるくらいの間柄になっていた。  信頼を得られる、人としての魅力……、  それは、テルトの良いところであり、最大の武器だ。  その力が発揮される対象に、 女性が多い気もするが、テルトは男なのだから、それも仕方無い事だ。  理解はしている……、  だが、面白くないのも事実なわけで……、 「アンタ、冒険者よりも、ジゴロの方が向いてるんじゃないの?」 「ジゴロ……って、何です?」 「……アンタは、一生、知らなくて良い事よ」  ジェシカの皮肉は、通じなかったようだ。  小首を傾げるテルトに、ジェシカは、誤魔化すように、そっぽを向く。 「出来ましたよ〜♪」  そんなやり取りをしているうちに、食事が出来たようだ。  温かなスープとパンが、全員に配られる。 「パンは、ちょっと固いので、スープと一緒に食べてくださいね」 「いただきま〜す」  マイナの言う通りに、一同は、 パンをスープに浸してから、それを口に放り込む。  と、その瞬間――  ――意識が途切れそうになった。 「ぶほっ……ゴホッ!?」  誰よりも早く反応したのは、危機感知力の高いキアーラだった。  口の中の劇物を吐き出すと、 いつでも短剣が抜けるように身構え、マイナを睨み付ける。 「毒でも盛ったのっ!? あたしを殺して、地図と鍵を奪うつも……り?」  戦闘態勢に入るキアーラだが、すぐに、状況がおかしい事に気が付いた。  被害があったのはキアーラだけではなく、 テルトとジェシカも、その場に倒れ、ピクピクと痙攣していたのだ。  そんな中、マイナだけが、平然と食事を続けて……、  いや、突然、激昂したキアーラに、訝しげな視線を向けている。 「えっと……どういうこと?」 「それは、こちらの台詞なのですが?」  身構えたまま、固まるキアーラに、 マイナは、怒気を含んだ、冷たい声で言い放つ。  キアーラを睨む彼女の瞳には“毒を盛った”なんて心外だ、という不満が込められていた。 「まぁ〜、いぃぃ〜、なぁぁぁ〜……」  と、険悪な雰囲気の中……、  地を這うような重々しい声と共に、ジェシカが、ガバッと体を起こす。 「貴女、一体、何を入れたのよ!?」 「べ、別に変な物は入れてません!」 「嘘を言うんじゃないっ!! 明らかに毒物よっ!? あの世が見えたわよ!? なんか、テルトちゃんの口からアーモンド臭とかするしっ!!」  スープの入った鍋と、気絶したテルトを、 交互に示しつつ、ジェシカは、マイナに食って掛かる。 「食べられない物は入れてませんよ! 干し肉を煮て、コンソメスープの素を入れて、 モケケピロピロして、調味料で――」 「――ちょっと待てっ! 今、何か、訳分からない不穏な単語があった!」 「モケケピロピロって何っ!?」 「それは秘密です。 グランシェ家一子相伝の技をですからね」 「人に話せないような技で料理をするな!」 「ちなみに、全て冗談です」 「冗談よね?! 本当に冗談よね?! そういう、キャラに合わない発言は止めなさいっ!」      ・      ・      ・  そんな口論の末――  マイナは『料理が破滅的に下手』であり、 それを『全く自覚していない』という事実が判明した。  その結果、今後、マイナには、 絶対に料理はさせない、という暗黙のルールが出来たわけだが……、 「コレ……どうします?」  ジェシカ達が口論している間に、 意識を取り戻したテルトは、鍋に残ったスープを掻き混ぜながら、皆に訊ねる。 「勿体無いけど、捨てるしかないんじゃない?」 「いや、それは危険かも……、 この辺一帯の生態系を崩しかねないわ」 「そこまで言いますか……?」  ジェシカの辛辣なジョークに、マイナの顔が引き攣る。  そんな彼女に、キアーラは、申し訳なさそうに、深く頭を下げた。 「えっと……ごめんなさい。 “毒を盛った”とか、疑っちゃったりして……」 「貴女に責任は無いわ……、 私でも、間違いなく、そう判断するから」 「うううう……」  酷い言われように、マイナの瞳に涙が浮かぶ。  しかし、自分に原因があったのは事実なので、言い返す事が出来ない。  せめて、フォローでもしてくれないか、と、テルトに目を向けるが……、 「……何してるんです?」  そこには、何やら真剣な表情で、 スープに、手を加えている、少年の姿があった。 「食べられない物を入れたわけじゃないんですよね?」 「は、はい……」 「なら、何とか、味を整えられないかな、って……」 「無駄よ、止めておきなさい。 そんな劇物、何をしても、食べられないないわ」 「でも、勿体無いですし……、 まあ、ダメで元々、ってことで……」 「しくしくしくしく……」(泣)  さり気無くと言うか、無自覚と言うか……、  トドメを刺されたマイナは、テントの影でイジケ始める。  そんなマイナを他所に、テルトは、スープに、慎重に調味料を加えていく。 「テルトちゃんって、料理……出来そうよね」 「うんうん、剣と鎧よりも、 おたまとエプロンの方が似合いそうだよね」 「まあ、人並みには出来ますけど……と、こんな感じでどうです?」  味の調整を終えたテルトは、 軽く味見をし、改めて、ジェシカ達のお椀にスープを注ぐ。 「カレーで、誤魔化してみたんですけど……」  テルトからお椀を受け取り、 ジェシカとキアーラは、恐る恐る、スープに口を付ける。 「ん〜、まあ、何とか……」 「食べられない事も無い、かな?」  マズくは無いが、美味しくも無い。  テルトが作ったスープは、その程度のモノでしかなかった。  だが、あの致死性の高い劇物を、 摂取可能なレベルにまで調整したのは、充分に評価に値する。 「……野営する時の食事は、テルトちゃんに任せるわ」 「賢明な判断かもねぇ……」  と、食事を再開しながら、 三人が話していると、自力で立ち直ったマイナが戻って来た。  そして、彼女も、スープを一口啜り……、 「ああ、なるほど……、 カレー粉を入れ忘れてたんですね」(ぽむ)  ――そういう問題じゃ無いと思う。  どうやら、諦めたわけではなく、 持ち前の真面目さから、向学心を強めてしまったようだ。  納得顔で、スープを味わうマイナに、テルト達は、心の中で、ツッコミを入れる。  口に出して言わなかったのは、 味覚がおかしいマイナへの、せめてもの優しさであった。 「……眠れないの?」 「すみません、起こしちゃいましたか?」  夜中――  仮眠をとっていたジェシカは、 隣で寝ているテルトの気配に気付き、目を覚ました。  彼は、何度も寝返りを打っており……、  どうやら、なかなか、寝付く事が出来ないらしい。 「もうすぐ、交代の時間よ。 少しでも良いから、寝ておきなさい」  面倒臭そうに言いつつ、ジェシカは、テントの外を見る。  そこには、焚き火に照らされた二つの人影が、テントの幕に映っていた。  見張り役の、マイナとキアーラである。  次の見切り役は、テルトとジェシカだ。  あと、二時間程で交代となり、朝まで寝る事は出来ない。  明日、いや、正確には今日だが……、  遺跡に挑む事を考えると、少しでも、 睡眠をとり、体調を万全にしておかなければならないのだが……、 「分かっているんですけど……、 その……何だか、色々と考えちゃって……」  テルトは、目が冴えてしまい、眠れないようだ。  背を向けていても分かる。  今、彼が、困ったように笑っているのが……、  まだ、知り合って、間も無いと言うのに、 もう、そんな事が、容易に想像できるようになっている。  この少年が、とても判り易い性格なのもあるのだろうが……、  自分が、自覚している以上に、 テルトを視ている事に気付き、ジェシカは驚く。  ――まあ、仕方いなわよね。  ――コイツ、危なっかしくて、目が離せないんだから。  それは本心か、言い訳か……、  自分でも判断しかねる想いを、 無理矢理、頭から追い出すように、ジェシカは軽口を叩く。 「私が隣で寝てて、意識しちゃうとか?」 「今更、そんな事は無いですよ」 「…………」(むかっ)  ――ふーん、即答するんだ?  ――OK、アンタは私を怒らせた。  別に、コイツに、どう思われようが、知ったこっちゃない。  普通の少女みたいな乙女思考を持ち合わせてるつもりもない。  だが、全く意識されないのは、やはり面白くない。  ってゆ〜か、女としての沽券に関わる。 「じゃあ、何を――」 「ピサロ神父の事を考えてました」 「は……?」  予想外の名前が出てきた所為で、 沸々と湧き上がっていた怒りが、一気に萎えてしまった。  思わず、訊き返す声のトーンが上がりそうになり、ジェシカは、手で口を押さえる。 「ジェシカさん……あの時、言いましたよね?」 「何を……?」 「ボクとあの人は、良く似ている、って……」 「……あ〜、アレね」  テルトの言葉に、ジェシカは、 一瞬、考え込むが、思い当たる記憶があり、納得する。  ――確かに、テルトちゃんは、真面目すぎる。  ――独善的という意味では、アンタと良く似てるかもね。  確かに、ピサロと対峙した時、ジェシカは、そう言った。  ピサロの利己的な正義と、テルトが抱く理想の正義――  在り方は、まるで違えど……、  その頑なさは、あまりに近いモノがあり……、  故に、一歩間違えれば、テルトは、 ピサロと同じ道を歩みかねない危うさを持っていたから……、   「アンタ……ずっと気にしてたの?」 「…………」  ジェシカの問いに、無言の答えが返って来た。  それでも……判る。  今、彼が、何を思っているのか……、 「テルトちゃんは、アレと同じにはならないわ」  気が付くと、ジェシカは、彼の想いを代弁していた。  背を向けたまま……、  精一杯、努めて、突き放すように言う。 「どうして……言い切れるんですか?」 「それは――」  ――私が一緒だから。  ……なんて事は、口が裂けても言わない。  この馬鹿には、絶対に言ってやらない。  ってゆ〜か、こんな恥ずかしい台詞を言えるわけがない。 「何? 私の言う事が信じられない?」  だから、適当に誤魔化す事にする。  かなり卑怯な言い方になったが、この際、何でも良い。  ……だが、相手が悪かった。  こういう時、天然な性格は、何よりも手強い。 「はい、信じます」 「――っ! サッサと寝るっ!」  アッサリと、恥ずかしい台詞で切り返され、 結局、ジェシカは、悶絶する羽目になってしまった。  もう話は終わり、とばかりに、 ジェシカは、毛布を目深に被り、強い口調で言い放つ。 「…………」  しばらく、無言のまま待ち……、  耳を澄ませば、もう、少年は寝息を立てていた。  たったアレだけの言葉で、もう不安は無くなった、と言うのだろうか?  自分の言葉は、彼に、それ程の影響を与える、と言うのだろうか? 「どうして、この子は――」  こんなにも、馬鹿なのだろう?  こんなにも、単純なのだろう?  こんなにも、素直なのだろう?  こんなにも、純粋なのだろう?  こんなにも……欲しい言葉をくれるのだろう?  自分は独りでは無い、と……、  無条件の信頼が、それを実感されてくれる。 「どうして、私は――」  こんなにも、弱くなってしまったのだろう?  こんなにも、臆病になってしまったのだろう?  独りでいる事に、苦痛は無かった筈なのに……、 「ああ、もう……眠れなくなっちゃったじゃない」  すっかり、目が冴えてしまったジェシカは、 少し早いが、見張りを交代しようと、テントから出るのだった。  一方、その頃――  見張り役のマイナとキアーラは、 火の番をしつつ、暇潰しのカードに興じていた。 「3とQのツーペアです! 「ほい、スリーカードで、あたしの勝ちね」  無造作に手札を見せ、キアーラは、チップ代わりの小銭を回収する。  この勝負で、マイナの残金は無くなり、 ポーカー勝負は、またしても、マイナの敗北で終わった。  通算14連敗……完敗である。 「い、1勝も出来ないなんて……」  敗者の罰ゲーム、と言う程の事でも無いが……、  焚き火に、枝を追加しつつ、マイナは、軽く溜息を吐く。 「ちなみに、イカサマはしてないよ?」  ――勿論、出来るけどね。  と、内心で呟きつつ、キアーラは、一応、断っておく。  イカサマしようと思えば、 幾らでも手段はあるが、お遊びでやる程、狭量では無い。 「……私って、やっぱり運が悪いんでしょうか?」  マイナは、己の不運に嘆き、何となく、夜空に祈りを捧げてみる。  どうにも、間が悪い、と言うか……、  彼女には、日頃から、幸薄いところがあるのだ。  何も無い所で、転んでしまうのは日常茶飯事で……、  椅子に座ったら、脚が折れたり、とか――  突風で飛ばされた空き缶が、後頭部に直撃したり、とか――  泉で水浴びしていたら、偶々、テルトが現れたり――  部屋で着替えていたら、偶々、テルトが入ってきたり――  お風呂に入っていたら、偶々、テルトと鉢合わせしたり――  今のところ、致命的な事態には至らず、 笑って済ませられる程度の、小さな不運なのだが……、  それも積み重なると、さすがに、己の不運を呪わずにはいられないようだ。  尤も、後半の内容だけを見れば、 ある意味、女神に愛されているのかもしれないが……、  熾天使は『お笑い』が好き、という言い伝えもあるので、 そちらの祝福も授けているのかもしれない。 「たかが、カードで、そこまで深刻にならなくても……」  落ち込むマイナに、苦笑しつつ、 キアーラは、次の勝負を始める為、カードをシャッフルし始める。  と、そこへ―― 「賭けになってる時点で、カードゲームは、全部、心理戦よ? カード運なんて、駆け引き次第で、幾らでも補えるわ」  寝崩れた長い髪を、適当に、 手櫛で整えながら、ジェシカが、テントの中から出て来た。  顔を出したジェシカに、キアーラは、シャッフルを続けながら、彼女に声を掛ける。 「テルト君は、やっと寝たの?」 「ええ……って、気付いてたの?」 「話し声が聞こえたからね。 何を話してたのかは、聞かなかったけど」  キアーラの何気ない言葉に、ジェシカは、彼女の……、  いや、エージェントという存在の油断の無さを、改めて実感する。  ――『聞こえなかった』ではなく『聞かなかった』。  つまり、その気になれば聞けた、という事だ。  しかも、マイナとカード勝負をし、尚且つ、周囲を警戒しながら、である。 「なかなか、寝付けなかったみたい。 あの冒険バカ……初めての遺跡探索だから、興奮してるのよ」 「あ、分かる分かる」  ウンウンと頷いて、共感しつつ、キアーラは、カードをジェシカに差し出す。 「ジェシカ姐も、一緒にやる? テルト君の相手してるうちに、目が冴えちゃったんでしょ?」 「ブラックジャックなら、相手しても良いわよ? 勿論、カジノの公式ルールでね」 「それじゃ、勝ち目なさそうねぇ〜」  と、肩を竦めつつ、キアーラは、カードを5枚ずつ配る。  あくまでも、ポーカーで勝負を続けるようだ。  まあ、どうせ暇潰しだし、と、ジェシカは、配られたカードを手に取る。 「どうして、ブラックジャックだと、 キアーラさんに、勝ち目が無いんですか?」  カードを3枚交換しながら、マイナが、二人に訊ねる。 「あれって、運とか駆け引き以上に、記憶力と確率計算が重要なの。 魔術師とか錬金術師が相手じゃ、絶対に勝てないって」  質問に答えつつ、キアーラは、カードを1枚捨てる。  そして、新たなカードを引くと、手札を並び替えて見せた。 「ストレート? それとも、見え見えのブラフ?」  ジェシカもカードを1枚交換し……軽く舌打ちする。 「ブラフって……ああ、そういう意味だったんですね」  どうやら、一度、同じ手で騙されたらしい。  ジェシカの言葉で、ようやく、マイナは、キアーラの行動の意味を理解したようだ。 「マイナといい、テルトちゃんといい……、 素直で真面目すぎるってのも、場合によっては問題よね」 「あははっ、リーダーは大変ね、ジェシカ姐?」  ジェシカの日頃の苦労を察し、キアーラは、思いやるように笑って見せる。  だが、そんな彼女の発言に、 ジェシカとマイナは、顔を見合わせ……、 「ウチのリーダーは、テルトちゃんよ」 「……は?」  キアーラは、ずっと、パーティーのリーダーは、ジェシカだと思っていた。  だが、それが誤解だった事に気付き、 彼女は、思わず、間の抜けた声を上げてしまった。  無理もないだろう……、  客観的に見て、頼りなさそうな彼がリーダーとは、誰も思わない。 「それって……大丈夫なの?」  失礼を承知の上で……、  チップを出しながら、キアーラは、一応、確認する。  そんな彼女に、ジェシカとマイナは、同時に頷くと……、 「気持ちは分かるけど……、 間違いなく、リーダーは、テルトちゃんよ」 「理由は……すぐに分かると思います」  と、力強く断言してから、チップを出し、手札を晒す。  マイナは、4のワンペア――  キアーラは、ストレート――  ジェシカは、Jのフォーカード―― 「はい、私の勝ちね」  勝者であるジェシカが、チップを回収し、 再び、カードを配るが、その手つきは、ややぎこちない。  ……それも、無理はない。  思い返してみれば、誰かと、 カードに興じた事など、今まで、殆ど無かったのだから……、  その後も、何度か勝負を行い、 最終的には、キアーラの圧勝に終わった。 「それじゃ、お先に〜♪」  勝者の権利として、キアーラは、先に休憩に入る。  ジェシカが、目覚めてしまった為、少し早目に交代する事にしたのだ。  マイナは、当初、予定していた通りの時間に、テルトと交代すれば良い。 「…………」  テントに潜り込むキアーラを尻目に、 ジェシカは、さっきまで使っていたカードを、ボンヤリと見つめる。 「このカード、キアーラのよね?」  マイナに訊ねながらも、 答えは待たず、ジェシカは、無造作に、カードを一枚抜き……、   「……ハートのA」  宣言してから、カードの表を向けると、 それは、彼女の言った通り、ハートのAであった。   「クラブのJ、スペードの7、クィーンのK……」  ジェシカは、次々と、カードを抜いては、それを言い当てていく。 「ど、どうして、分かるんてす!? まさか、カードに、印しても付いているんですか?」  その光景を見ていた、マイナは、 キアーラが、イカサマをしていた事に気付き、憤慨する。 「別に、イカサマじゃないわ。 使い込まれたカードに、傷や汚れが付くのは、至極、当然だもの」  ――彼女は、それを、全て記憶しているだけよ。  まあ、条件が同じではないから、 アンフェアな勝負であった事は事実だけど……、 「……なかなか、やるわねぇ」 「これって、感心するところてすか?」  と、半ば感心したように言いつつ、ジェシカは、カードをしまう。  だが、マイナの意見は違うようだ。  キアーラの不正行為に対して、顔を顰めている。 「良いじゃない、お金を賭けてたわけじゃないんでしょ?」 「それは、そうですけど……」 「このくらいの芸当が出来ないようじゃ、 エージェントとしての腕なんて、期待も信用もできないわ」  ――遺跡に挑む、って言うなら、尚更ね。  キアーラは、それを実践してみせた。  つまり、彼女は、わざとイカサマじみた手段を使ったのだ。  52枚のカードを把握する記憶力――  それを見逃さない鋭い観察力――  相手の心理を読む洞察力――  全て、エージェントとしては必須の能力である。 「……今の勝負に、そこまでの意味が込められていたんですか?」 「さあ? あくまでも推測だし? 単に、勝ちに拘るタイプってだけなのかもしれないわよ?」  真面目な顔で感心するマイナに、ジェシカは、恍けて見せる。  確かに、これは、好意的な解釈にすぎない。  技量はあるようだが、それ故に、さらなる警戒は必要だ。  所詮は、即席パーティーでしかない。  利益を独り占めする為に、 土壇場で裏切られる可能性は充分に考えられる。  手を組んだから、と言って、無条件で信用するわけにはいかない。  意外とクレバーな面は評価する。  だが、それと信頼関係は、別問題なのだ。 「さて、どうなることやら……」  ぼんやりと、焚き火を眺めながら、ジェシカは、深い溜息を吐く。  キアーラが、どう動くのか……、  遺跡に到着したら、何よりも、そこに注意しなければならないだろう。  単純なテルトや、生真面目なマイナは、 頼りにならない以上、その役目は、自分にしか出来ない。  明日の気苦労を考えると、正直、気が滅入る。  溜息の一つも吐きたくなる、というものだ。 「……まあ、何とかなるでしょ」  何だか、眠気まで襲ってきた。  それを振り払うかのように、他人事のように呟き、思考を棚上げする。  最後に、もう1枚――  無作為にカードを引き抜き―― 「……スペードのA、か」  これを、吉兆と見るべきか?  それとも、凶兆と見るべきか?  出来れば、吉兆と思いたいところだが……、  ――随分と、楽観的になったものね。  と、自嘲めいた笑みを浮かべつつ……、  ジェシカは、カードを、焚き火の中に放り込んだ。 <つづく>