「行く所が……無いんですよね?」 「テルトさん……」  本人の意思とは関係無く――  その生い立ち故に――  帰る場所を失った、哀しき少女――  途方に暮れる彼女の為に……、  良かれと思い、心優しき少年は歩み寄る。 「……ボクの家に来ませんか?」  そんな自分の決断が――  またしても――  女難を招き寄せる事も知らずに―― ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第4話 『家族』 ―――――――――――――― 「こンの……愚弟がぁぁぁーーーっ!!」 「――ぶはっ!!」  温泉都市『タカヤマ』――  アクアプラス大陸の東部にあり、 良質な温泉が湧く観光地として有名な都市――  その都市の付近にある、小さな村が、冒険者テルトの故郷であった。  取り立てて、目立った特産物も無く……、  牧畜と穀物の栽培を主とする……、  アクアプラス大陸においては、珍しくも無い農村だ。  そんな平穏で退屈な村の、 これまた、ごく普通の家庭に生まれ育ち……、  冒険に憧れるあまり……、  テルトは、家出同然に、村を飛び出した。  あれから、早数ヶ月――  久しぶりに、故郷に――  自宅に帰ってきた少年を出迎えたのは―― 「ただいま、姉さ――」 「ちぇすとぉぉぉぉーーーっ!!」  テルトの実姉『ミリィ』の――  全体重がのった――  あまりに見事すぎる飛び蹴りであった。 「散々、人に心配させて……、 一体、どのツラ下げて、帰ってきたのかしら?」  容赦無い姉の攻撃――  避ける間も無く、顔面を蹴られたテルトは、 派手にフッ飛び、床を転がり、壁に頭をぶつけ、バタッと倒れた。  倒れ付したテルトの体は、 僅かに痙攣しており、ダメージは、かなり深刻なようだ。  そんなテルトに、ミリィは、 ツカツカと歩み寄り、彼の胸に足を乗せると……、 「少しは、逞しくなっているかと思えば、相変わらず、弱っちいわねぇ」  と、悪態を吐きながら……、  何度も何度も、テルトに足を踏み下ろす。  彼が着る鎧の上からなので、痛くは無いだろうが……、  とてもじゃないが……、  久しぶりに帰ってきた弟に、姉がする行為ではない。 「相変わらず、といえば……、 仲間は、女の子ばっかりみたいだし……」  ドカドカと、テルトを踏みながら、ミリィが、玄関先を一瞥する。  そこには、姉弟の壮絶なやり取りを、 目の当たりにし、呆然と佇む、少年の仲間達の姿があった。  彼女の言う通り、テルトが、 実家に連れて来たのは、女の子ばかり……、  傍から見れば、確かに、ハーレムパーティーである。  と、それはともかく――  事前に、テルトから話は聞いてはいたものの……、  彼の姉の、想像以上の豪胆っぷりに、冒険者達は、言葉を失っている。  常にクールな、あのジェシカですら、引き攣った笑みを浮かべ……、  特に、ラフィは、ミリィの暴れっぷりに、顔を真っ青にしている。  まあ、無理もないだろう……、  彼女は、この家の養女となるかもしれないのだ。  それは、ミリィが――  義理の姉になる、という事でもあり――  と、そこまで考えたところで、ラフィは我に返った。 「――止めてください、お姉さんっ!」  村人に陥れられ、帰る場所を失い、 途方に暮れていた自分に、手を差し伸べてくれた少年――  その少年を、今度は、自分が助けようと、使命感にも似た感情が、ラフィを突き動かす。 「いけません、お姉さんっ! テルトさんは、もう気を失っていますっ!」  そして、マイナもまた、彼女と同時に動いていた。  聖堂教会の神官として、 目の前で起こる虐待を止めようと、テルトに駆け寄る。  だが、そんな彼女達の行為が……、  テルトを、さらなる窮地へと貶める事になった。 「お・ね・え・さ・ん〜?」  地の底に響くような声を上げ、ミリィは、マイナとラフィへ向き直る。  そして、気絶したままの弟の上に、 腰を降ろすと、まるで、獲物を狙う雌豹のような目で、二人を睨みつけた。 「あたしは、あなた達に、 “お義姉さん”なんて呼ばれる筋合いは無いわよ?」 「「…………」」(ポッ☆)  ミリィを“お義姉さん”と呼ぶ――  それが何を意味するのかを想像し……、  マイナとラフィの頬が、真っ赤に染まる。  そんな二人の様子を見て、 ジェシカは、ようやく、いつもの調子を取り戻した。  テルトを中心とした女性関係――  最近のジェシカにとって、 それを弄って遊ぶのは、数多くある娯楽の一つなのだ。  故に、当然、こんな絶好の機会を逃すわけが無い。 「ところがね〜……、 実は、その筋合いはあったりするのよ」  ニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべ、 ジェシカは、ミリィの前に進み出ると、ラフィの肩に手を置く。  そして、敢えて――  誤解を招くような表現を使い―― 「特に、この子に対して……、 テルトちゃんには『責任』があるのよ?」  ――と、のたもうた。  確かに、テルトには責任がある。  ラフィを、実家で引き取る、と言った責任がある。  もちろん、ジェシカが言った『責任』とは、そういう意味だ。  だが、ミリィは、ジェシカの狙い通り……、  その『責任』という言葉を、別の意味で捉えてしまった。 「責……任……?」  ジェシカの爆弾発言に、 ミリィは、ポカンと口を開け、惚けてしまう。  だが、その意味を理解した瞬間――  美人と称してもおかしくない、 彼女の容貌が、まさに、鬼女の如く変化した。 「テ〜ル〜トォォォッ!! 責任って、どういう事かしら〜っ!?」  既に、気絶しているにも関らず……、  鬼の形相を浮かべたミリィは、 テルトの胸倉を掴み上げると、力任せに、彼の体を揺さぶる。 「キッチリ説明しなさいっ! あなた、一体、あの子に何をしたのっ!?」  体が揺さぶられる度に、カクンカクンと、少年の首が揺れ……、 「ってゆ〜か、冒険者になって、 たった数ヶ月で、もう大人の階段を昇ったわけ? あんたの童貞一番搾りは、あたしが頂くつもりだったのに! その為に、ちゃんと処女もとっておいてあげたのに! ああ、もう、予定が狂っちゃったじゃない! 責任があるって言うなら、まず、このあたしに責任とれ!」  ――この女、歪みなく本物だわ!?  ――何処からツッコめば良いんですっ!?  ――豪胆って、こういう意味だったんですか!?  ミリィの問題発言の絨毯爆撃に、ジェシカ達は唖然とする。  そんな彼女達に構わず、姉の追及は続き、 首が揺れる度に、少年の後頭部は、ガツンガツンと床にぶつかる。  先程まで、多少の痙攣は見られたのだが……、  今や、少年の体は、全く動かず……、  両腕は、力無く、ダランと垂れ下がっている。  ……正直なところ、かなり危険な状態だ。 「ちょっ、ちょっと待ってっ! それ以上やったら、テルトちゃん、死んじゃうっ!」  そのヤバイ光景を見て、事の原因であるジェシカも、流石に焦った。  仲間達と一緒に、慌てて、 ミリィにしがみ付き、彼女の狂行を止める。 「――えっ?」  冒険者達に抑え付けられ、 ミリィは、ようやく、落ち着きを取り戻した。  そして、冷静になったミリィは……、  口から泡を吐きながら、 白目を剥き、グッタリしているテルトを見ると……、 「ああっ、テルト?! 一体、誰が、こんなヒドイことをっ?!」 「「「――アンタだろうがっ!!」」」  その後――  テルトは、マイナのおかげで、 なんとか、息を吹き返し、大事に至らずに済んだ。  テルトが目覚めた時……、  ミリィとジェシカ達は……、  いつもより、ちょっとだけ、彼に優しかった。      ・      ・      ・ 「――という事なんだけど」 「なるほど……話は分かったわ」  突然の騒動も落ち着き――  テルトは、ミリィが淹れた、 お茶を飲みながら、帰郷の理由を告げた。  依頼先で、ラフィに出会ったこと――  彼女がグリフォンの子供を連れていること――  それが原因で、帰る場所を失ったこと――  そして、そんな彼女に――  自分が、手を差し伸べたことを―― 「つまり、ラフィちゃんを……、 ウィンチェスタ家の養女にして欲しい、ってわけね?」  最後まで、黙って聞いていた、 姉の様子を気にしつつ、テルトは、彼女の反応を待つ。  彼の仲間達と、ラフィもまた、固唾を呑んで、ミリィを見守る。 「…………」  皆に注目される中、思案顔のミリィは、 腕を組んで、椅子に座り、テーブルを、指でトントンと叩いている。  そして、指を止めると……、  無言のまま、テルトとラフィを招き寄せる。 「う、うん……」  これも、姉としての教育の賜物か……、  戸惑うラフィを伴い、テルトは、姉に言われるまま、彼女の傍に寄る。  そんな素直な弟に、ミリィは、徐に手を伸ばすと―― 「テルトにしては上出来♪ ラフィちゃんの事は、あたし達に任せなさい♪」  ――と、満足気に、テルトの頭を撫でた。  どうやら、ミリィは、弟の判断に、大変ご満悦なようだ。  いつの間にか、ラフィを愛称で呼ぶ程の上機嫌振りである。 「あ〜あ、テルちゃんってば、ここでも、子供扱いなのね」 「でも、テルトさん……、 何となく、嬉しそうな顔してますよ」  その様子を、生暖かく見守る仲間達……、  ただ、ジェシカだけが、何処か面白く無さそうな顔をしていた。 「ゴメン、姉さん……、 相談もせずに、勝手に決めちゃって……」 「全然、問題無いわよ♪ あたしも、こんな妹が欲しかったし♪」  改めて、頭を下げるテルトに、ミリィは、姉としての寛容さを見せる。  だが、ラフィを抱きしめ、頬擦りする姿は、 新しい玩具を手に入れた子供のようにしか見えず、威厳の欠片も無かった。 「でも、本当に良いの? 彼女は――」  そんなミリィの様子に呆れつつ、 ジェシカが、確認するように、言い放つ。  ラフィは、グリフォンの子供を……、  いや、それだけではなく、ヒッポグリフさえも連れている。  その彼女を、家族として迎え入れる、という事は……、  最悪の場合、ラフィのように、 村を追い出される危険性を抱え込む、という事なのだと……、 「んふふ〜♪ ラフィちゃんの髪は綺麗ね〜♪」 「は、はあ……」  余程、ラフィが気に入ったのか……、  ミリィは、ジェシカの話を聞きながら、 小柄なラフレンツェを、自分の膝の上に抱き、 彼女の、腰まである長い赤茶色の髪を、色々と結んで遊んでいる。  そんな彼女に、ジェシカは、 あくまでも、冷静に、客観的な意見を述べる。  だが、そんな彼女の忠告に――  ミリィは、あっけらかんとした顔で―― 「だから、何なの……? ラフィちゃんは、ラフィちゃんでしょう?」 「……魔物を連れてるのよ?」 「ラフィちゃんの友達なんでしょ? なら、大丈夫よ。何かあれば、その時に考えるわ」  キッパリと言い切られ――  大雑把だが、迷いの無い……、  自信満々の態度に、ジェシカは絶句した。 (そういう結論が出るのは、 わかってはいたけど……何なのよ……こんなの……)  猜疑、不快感、嫉妬、羨望――  ジェシカは、拳を固く握り、 芽生えようとする、負の感情を抑え込む。 「こんな大事なこと……あなたが勝手に決めて宜しいの?」  一瞬、瞳に宿った暗い光……、  それを悟られぬよう、平静を装い、ジェシカは話を続ける。 「両親には、あたしからも説得するわ。 まあ、その必要は、万が一にも、無いと思うけどね」  そんな彼女に、ミリィは、肩を竦めて見せる。  と、そこへ――  玄関から、陽気な声が―― 「たっだいま〜♪」 「噂をすれば何とやら……、 母さん達が、仕事から帰って来たみたいね」  ミリィの言葉に、全員の視線が、玄関に集まる。 「あらあら、ミリィ……、 もしかして、お客様がいらっしゃってるの?」  のんびりとした口調で……、  テルトの母が、ヒョッコリと顔を出す。  そして、冒険者達と――  帰って来た息子の姿を見て―― 「まあっ、大変よ、あなた! テルトが、こんなにたくさんのお嫁さんをっ!」 「「「「――違うって!!」」」」  ――冒険者達は思った。  テルトの女難の始まりは……、  間違いなく、この母と姉だろう、と……、      ・      ・      ・ 「……眠れないの?」 「ええ……」  その日の夜――  冒険者達は、テルトの母が作った、 夕飯をご馳走になり、そのまま、泊めて貰う事になった。  夕飯の席で、テルトは、両親に、仲間達を紹介し……、  姉に後押しされながら、 改めて、ラフィを養女にする件を話した。  家出した息子が、突然、帰って来たかと思えば……、  同じ年頃の娘を連れており……、  その娘を、養女として、面倒を見て欲しい、という……、  そんな荒唐無稽な願いを、 なんと、テルトの両親は、あっさりと快諾した。  ミリィが言った通り、即答である。  テルトの母の『ミーア』至っては、ラフィの境遇を聞き……、 「今日から、私がお母さんだからね。 なんなら、テルトのお嫁さんになってくれても良いわよ」  と、泣きながら……、  ラフレンツェを抱きしめたくらいだ。  ちなみに、亭主である『モルト』は、 何か言いた気であったが、ミーアとミリィに笑顔で黙殺されていた。  どうやら、この家では、女性の方が、発言力が強いらしい。  それはともかく――  ラフィの件は、あっと言う間に、話がまとまり……、  その後は、冒険者達の話を……、  主に、テルトを肴に、和気藹々とした夕食となった。  楽しい団欒は、夜更けまで続き……、  酒も入った冒険者達は……、  すぐに、眠りへと落ちてしまった。  ただ、一人、ジェシカだけが……  寝付けなかったのか……、  真夜中に、こっそりと、家の外へ出た。  暖かい季節とはいえ、夜の空気は冷たく……、  上着を持って来なかった事を、少し後悔しつつ、 ジェシカは、軽く身を震わせながら、適当な石に腰を下ろす。  と、そんな彼女の背に……、  ふわっと、温かなケープが掛けられた。 「テルトちゃん――?」  こんな真似をするのは、自分が知る限り、一人しかいない。  普段は、呆れる程に鈍感なクセに……、  あの少年は、こういう時ばかり、妙に気が利くのだ。  てっきり、今回も彼だと思い……、  苦笑を浮かべながら、後ろを振り返ったのだが……、 「あら? テルトの方が良かったのかしら?」  そこにいたのは……、  意地悪い笑みを浮かべたミリィだった。 「……何の用?」  嫌な相手に聞かれた、と……、  ジェシカは、憮然とした顔で、ミリィから顔を逸らす。 「隣に座っても良いかしら?」 「――ダメ」 「よいしょ、っと……」 「ダメと言ったわよ?」 「まあ、良いじゃない……、 ところで、コーヒーで良いかしら?」  ジェシカの言葉に構わず、ミリィは隣に座る。  そして、片手で持っていた、 カップの内の一つを、ジェシカに差し出した。 「……いただくわ」  突っ撥ねても良かったが……、  寒空の下、湯気を立てるコーヒーの香りの誘惑は抗い難い。  ジェシカは、それを受け取り、 冷えた手を温めようと、カップを両手で包み込んだ。  そして、一口啜ろうと、カップに視線を落とし……、 「ブラックなの……?」 「あら、意外……割と甘党なのね」  本気で意外そうに言って、ミリィは、苦いコーヒーを飲む。  そんなミリィの態度に、何やら、 馬鹿にされたような気がして、ジェシカもまた、コーヒーに口を付けた。  口の中に、苦味が広がるが……、  何とか、それを顔に出さずには済んだ。 「……意地っ張りねぇ」 「うるさいわね……」  呆れるミリィを無視して、ジェシカは、コーヒーを飲む。  ミリィもまた、それ以降は、 何も言おうとせず、黙って、カップを傾ける。  お互い、会話も無く……、  沈黙の中、コーヒーを飲み続ける。  そして、カップの中身も少なくなり―― 「ミリィさん、私に何の用が――」  何故、こんな夜中に、 自分を追って、外に出てきたのか……、  それを訊ねようと、ジェシカが閉ざしていた口を開く。  だが、それに被せるように……、  突然、ミリィが、ジェシカに問い掛けた。 「あなた……テルトのことが嫌いでしょう?」 「――っ!?」  あまりに、唐突な質問――  だが、キッパリと……、  図星を指され、ジェシカは言葉を失ってしまう。  ――ミリィの言う通りであった。  能天気なテルトを見ていると、 たまらなく、嫌悪感を覚えることがある。  世間知らずで――  超が付く程にお人好しで――  バカみたいに、何処までも真っ直ぐで――  ――テルトは、自分とは対極だ。  ――テルトは、自分に無いモノを持っている。  暖かい家族も、帰るべき故郷も、光ある未来も……、  人並みの平穏も――  テルトは、何も知らない。  世界は綺麗だ、と信じきっている。  なんて、理不尽――  なんて、不公平――  憎らしい、妬ましい、羨ましい――  自分には、何も無いのに……、  自分は、こんなにも汚れているのに……、  どうして、あの少年には……、  あんなにも、綺麗なモノが……、  当たり前のように、与えられているのだろう。  だけど、それだって、自分の汚らしい嫉妬だ、という事も自覚している。  多分、それは、初めて会った時から分かっていたと思う。  彼は、自分には眩しすぎる――  それこそ、日射病でも起こしそうな程に―― 「そうね……私は、テルトちゃんが嫌いよ」  ジェシカは、ミリィの言葉に頷き……、  胸の内にある想いとは、微妙に違う気持ちを吐露する。 「世の中を甘く見ているわ……、 憧れだけで、冒険者になるなんて……」 「そうね、大甘だわ……危なっかしくて、見ちゃいられない」  そんなジェシカの言葉に、 何故か、ミリィは、満足気に微笑むと、彼女に、深々と頭を下げた。 「だから……あの子のこと、お願いね」 「何故、私なの……、 今、嫌いだと言ったばかりなのに……」  ミリィの意図が分からず、ジェシカは眉を顰める。  すると、ミリィは……、  冒険者達が眠る、自宅へと目を向け……、 「暴走気味な、あの子の手綱を、 持てそうなのは、あなたくらいしかいないじゃない?」 「…………」  ミリィの指摘に、ジェシカは、 マイナの顔を思い浮かべ、思わず納得する。  正義感が強くて、頭が固くて……、  頑固で、危なっかしいところは、テルトにそっくりである。  確かに、ミリィの言う通り、 テルトの手綱を握れそうなのは、自分しかいないようだ。 (……なんでよ?)  ほんの一瞬だけ……、  湧き上がってきた感情に、ジェシカは戸惑う。  その事実を“嬉しい”と、微かに思ってしまったのだ。  テルトは嫌いだ……、  その想いに、間違いは無い。  だが、放っておけない……、  その想いも、間違ってはいないのだ。 「それは、依頼と考えて良いのかしら?」  ――とはいえ、素直に任されるのは面白くない。  ジェシカ個人として、ではなく……、  あくまで、冒険者への依頼として対応する。 「それでも良いわ……、 報酬は、テルトから貰ってちょうだい」 「……高いわよ?」 「別に、お金じゃなくても良いわよね?」 「相応のモノなら……、 魔術師の基本は、等価交換だし……」 「なかなか、クールね……気に入ったわ。 今すぐ、家に戻って、弟をFuckして良いわよ」  とても、姉(と言うか女性)とは思えない、 その言動に、ジェシカは、思わず、コーヒーを噴きそうになるが……、  ……それを、グッと堪え、何とか平静を保つ。 「謹んで、お断りするわ」 「食べ頃よ? 後悔するわよ? グズグズしてると、あたしが食べちゃうわよ?」 「好きにすれば?」 「OK! 好きにさせてもらうわっ!」 「待て待て待て待てっ!」  即行で、家に戻ろうと、 立ち上がるミリィを、ジェシカは、慌てて引き留める。 「真に受ける馬鹿が、何処にいるのよ!」 「――ここにっ!」(ビシッ) 「救いようが無い程のブラコンね」 「それは、最高の褒め言葉ね♪」 「褒めてないっ!」  何処まで本気か分からないミリィに、ジェシカは戦慄を覚えた。  テルトちゃん……、  今まで、よく無事でいられたわね? 「まあ、冗談は半分くらいとして……」 「半分は本気なわけ?」 「正確には、本気の比率は、もっと多いわよ? ただ、問題なのは、ちょっと血が繋がっちゃってる事なのよねぇ。 あたし的には、些細な問題なんだけど……」 「それは、問題としては、充分過ぎると思うけど……」  ――うん、テルトちゃん。  ――あんた、冒険者になって、正解だったわ。  テルトが冒険者にならず、ずっと実家で暮らしていたら……、  その先にある未来を想像して、ジェシカは、流石に、彼に同情する。 「まあ、それはともかく……、 あの子なら、あなたが欲しいモノをくれるかもよ?」 「…………」  ――それだけは有り得ない。  冗談めかして言う、ミリィに、 ジェシカは、そっと胸に手を当て、内心で呟く。  何故なら、彼女が欲するモノは……、  ――“それ”に復讐すること。  せめて、敵わずとも、逆らってみせること。  ――“それ”から逃げること。  せめて、例え“そういう形”であっても、一矢報いること。  “それ”は最大の罪であり――  あの真っ直ぐな少年が――  最も許さぬモノなのだから―― 「まあ、そういうわけで……、 あの子が、突っ走りそうになったら、殴ってでも止めてやって」 「……鬼のような姉ね」 「甘やかすのは良くないし……、 まあ、テルトは、甘えるような子でもないけどね」 「でも、好きなんでしょう?」 「ええ……大事な弟よ」  出会ってからというもの……、  ミリィには、やり込められてばかりだった。  ここで、意趣返しでもしようかと、 ジェシカは、とっておきのネタを振ったのだが……、  あまりに、ハッキリと……、  迷い無く肯定され、ジェシカは毒気が抜かれてしまった。  ――どうやら、この姉弟は、自分にとって、ある意味、天敵らしい。 「はいはい、分かったわ。 あなたのブラコンに免じて、依頼を受けましょう」  深く溜息を吐きつつ、ジェシカは頷く。  そんなジェシカに――  ミリィは、やれやれと肩を竦め―― 「……やっぱり、意地っ張りねぇ」 「うるさいわね……」  これで話は終わり、と……、  残りのコーヒーを飲み干し……、  ジェシカは、足早に、家へと戻るのだった。      ・      ・      ・ 「――それじゃあ、いってきます」 「いってらっしゃい……、 皆さん、息子をよろしくお願いします」 「たまには、帰って来て、 ラフィちゃんに、無事な姿を見せてあげなきゃダメよ」 「ミ、ミリィさん……」  そして、翌日――  ウィンチェスタ家一同に見送られ、 テルト達は、再び、冒険の旅へと出発する。  彼らの行く先に、一体、何が待ち受けているのか……、  ――光り輝く栄光?  ――闇に包まれた挫折?  それを紡ぐのは、彼ら自身の決断だ。  冒険者は、物語の紡ぎ手であり……、  決断の一つ一つが、あらゆる物語に影響を与えるのだ。  ここに、また一つ……、  一人の少年の決断が……、  “少女”の物語に影響を及ぼした。  その決断が、どんな結果へと至るのか……、  それもまた――  いつか、彼らが紡いでくれる事だろう。 ―― おまけ ―― 「ねえ、テルトちゃん……? ラフィのことを“妹みたい”って言ってたわよね?」 「ああ、そうか……、 これで、僕もお兄ちゃんになっちゃいましたね」 「ラフィって、見た目、幼いけど、テルトちゃんとは、同い年よね?」 「はい……それが、何か?」 「ミリィさんから聞いたけど……、 テルトちゃんより、ラフィの方が、誕生日が早いみたいよ」 「…………」 「つまり、テルトちゃんの、 弟ライフは、これからも続く、というわけね」 「ううっ……なんか複雑です」 「残念でした〜♪」  ――ジェシカは思う。  こんなに楽しい玩具なら……、  面倒を見ていくのも悪くは無いな、と……、 <つづく> *この物語は、某所に投稿したソードワールドSSを、  LQTRPGの設定に合わせて修正したモノです。