「一緒に、パーティを組んで貰えませんか?」 「……寝言は寝てからでお願いしたいわね」  それが――  テルトとジェシカの出会いだった。 ――――――――――――――  テルトーズ結成SS  第1話 『出会い』 ――――――――――――――  魔術都市『タイプムーン』――  そこは、世界10大都市の1つと称され、 魔術師ギルドの総本山『時計塔』を中心とした街である。  魔術を志す者なら、生涯に一度は必ず訪れる街……、  その街の一角にある……、  『トリアノンノン』という名のケーキ屋……、  その店内の片隅の、デーブル席に……彼女はいた。 「はあ〜……」  四人掛けのテーブルに独り陣取り、 ジェシカは、フォークでケーキを突きながら、深く溜息を吐く。 「……私、何やってんだろ」  窓の外を行き交う人々を、 ボンヤリと眺めつつ、ジェシカは、ケーキをひと欠片、口に放り込む。  口の中に、程良い甘さが広がる。  ……甘い物は嫌いではない。  いや、寧ろ、好きな部類に入るだろう。  しかし、今の憂鬱な気分では、それを楽しむ事すら出来なかった。 「意外と難しいのね……冒険者になるのって……」  ポツリと呟き、もう一口、ケーキを食べ……また、溜息を吐く。  そんな調子で食べ続け……、  残りのケーキは、半分になっていた。  ――『ジェシカ』という名は、偽名である。  偽名と言うからには、 もちろん、本名があるわけだが……、  それを名乗るつもりも、他人に教えるつもりも、彼女には無い。  そんなジェシカが、時計塔で、 魔術を学ぶようになったのは、今から五年程前だ。  そして、つい先日……、  ジェシカは、時計塔を卒業した。  いや、卒業と言えば聞こえは良いが、 単純に、学費が底を付いた為、追い出されたのだ。  『両親』によって、事前に納められ……、  それ以後は、1Gたりとも納められる事は無かった学費……、  それが、底を付いたという事は、そこから先は自分で何とかしろ、という意味だ。  出来損ないの『屑』の為に、 これ以上、金を出すつもりは無い、という意味の方が強いのかも……、  それとも、追い込まれた自分の姿を見て、悦に浸っている、とか?  色々と推測は出来るが……、  その全てがロクでも無く、その全てが有りそうで、嫌になる。  ちなみに、時計塔を出る際に、 ジェシカを担当した導師から贈られた言葉は……、 「――では、現時点を以て、キミが基礎課程を修了したことを認める。 この数年では、キミの自殺願望は治らなかったな」 「あら、やっぱり気付いてましたか、導師……?」  ……こんな感じであった。  とにかく、時計塔での5年間で、 得られるモノ、得るべきモノは得る事が出来た……と思う。  これからは、自力で生きていかなければならない。  死にたがりの者が、こんな事を考えるのも、 おかしな話だが、『自ら死を選べない』のだから、どうしようもない。  取り敢えず、必要なモノは……お金だ。  多少だが、当面の資金はある。  だが、稼がなければ、それも、すぐに無くなってしまう。  しかし、『こんな自分が』真っ当な仕事に就けるわけも無く……、  ジェシカに残された道は……、  『冒険者』という選択肢しか無かった。 「まさか、いきなり躓くとは……」  苛立ちを抑えようと、紅茶を啜りながら……、  ジェシカは、先程までの、 自分を思い出し、その浅はかさに呆れかえる。  ――冒険者になるに、資格はいらない。  強いて言うなら、依頼を受け、 報酬を得られれば、その瞬間から『冒険者』である。  ならば、まずは、依頼を受けようと、ジェシカは、適当な宿屋に足を運んだ。  宿屋や酒場には、冒険者向けの依頼が集まる。  そこで、適当な仕事を貰おう、と考えたのだ。  ……だが、その考えは甘かった。  依頼を紹介する、という事は、 宿屋は、依頼者と冒険者の間に立つ斡旋業者のようなモノだ。  当然、依頼の成否は、宿屋の信頼性に関わってくる。  それを、ジェシカに……、  たった一人の魔術師に任せるわけが無い。  理由は、とても単純である。  単独よりも複数の方が、依頼の達成率は上がるからだ。  個人的なコネがあれば、また別だが、 もちろん、ジェシカに、そんなモノは無かった。 「仲間、か……」  まさか、こんなところで、 人付き合いの下手さが災いするとは……、  と、吐き捨てるように呟き、ジェシカは頭を抱える。  ――そう。  『仲間』である。   依頼が受けられないは、ジェシカが一人だから……、  逆に言えば、ジェシカに、仲間がいれば、宿屋で依頼を受けられる。  つまり、ジェシカが冒険者となるには、 誰かとパーティーを組まなければいけない、という事だ。  『仲間』――  『パーティー』――  ――それが、今、ジェシカに必要なモノであった。 「無理ね……」  ジェシカは、その考えを一蹴する。  前述したが、ジェシカは、人付き合いが下手である。  と言うか、そういった事を、意図的に避けて来た。  友人と呼べる者など皆無……、  仲間になってくれそうな人物に、心当たりは無い。  当然、そんな自分を、仲間に誘うような奇特な者なんて―― 「ああ、そういえば――」  ふと、自分の目の前……、  『今は』空席となっている正面の席を見て、思い出す。 「――いたわね、変わり者」  先程まで、そこに座っていた……、  店が混雑していた為、相席する羽目になった少年……、  いかにも冒険者の剣士といった姿だった。  年恰好から見て、ジェシカと同様に、駆け出しの冒険者だろう。  その割には、不相応な立派な剣を持っていたが……、 「無い……アレだけは無いわ」  あの少年の顔を思い出し、ジェシカは、大きく首を横に振る。  実は、相席している間、 彼と少しだけ言葉を交わしたのだ。  と言っても、ジェシカは、適当に相槌を打っていただけなのだが……、  その時、少年に誘われたのだ。  『パーティー』を組んで欲しい、と……、  ジェシカは、その誘いを……即答で断った。  年下だし、童顔だし、非力そうだし……、  何より、あの少年の瞳からは、剣士としての覇気が感じられなかった。  夢とか、希望とか――  そんな甘えた考えばかりを抱いた――  この世界は、綺麗なモノで一杯だ、と信じて疑わない――そんな瞳だった。  だから、アレと組むのだけは、在り得ない。  アレのお守りなんて、真っ平御免だ。  あんなのと一緒にいたら、いかに自分が―― 「名前……何だっけ……?」  惨めな考えを振り払うように、 ジェシカは、特に意味も無く、記憶を手繰る。  ……が、すぐに止めた。  どうせ、二度と会う事は無いのだから……、  でも、もし……、  万が一、二度目があったりしたら……、 「腐れ縁ってのになるのかしらね?」  それだけは、全力で回避ね……、  と、苦笑しつつ、ジェシカは、ケーキの最後の一口を頬張る。  「……?」  ――甘かった。  ――美味しかった。  さっきまでは、そんな事を感じられる気分ではなかったのに……、  そういえば、相槌を打っていただけとはいえ、 彼と一緒にいた間も、ケーキは甘かったような気がする。 「多少の気晴らしにはなった、ってトコかしら?」  馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑い飛ばし……、  ジェシカは、店を出ようと、紅茶をグイッと飲み干す。 「……まずい」  ――紅茶は、すっかり冷めていた。 「馬車代をケチッたのは、失敗だったわね……」  近隣の村へと続く林道――  慣れない道を歩きつつ、 ジェシカは、額に浮ぶ汗を忌々しげに、手で拭った。  タイプムーンで、依頼が受けられないなら、他の街に行けば良い。  幸い、一番近い大都市のコミパには、 地下迷宮の探索を専門とするの休日冒険者が多い。  そこなら、自分のような魔術師でも、 適当なパーティーに入れる機会も増えるだろう。  と、コミパを目指して、タイプムーンから出発したのだが……、 「まさか、こんなにキツイとは……」  体力には、それなりに自信はあったのたが……、  やはり、街の舗装された道と、 郊外の荒道とでは、足に掛かる負担が違ったようだ。  街を出てから、3時間程……、  たったそれだけで、足は棒のようになってしまった。 「何なのよ、もう……」  靴擦れの痛みに耐えかね、ジェシカは足を止める。  予定では、そろそろ、 宿場村が見えてきても良いのだが……、  ……もしかして、道を間違えたのだろうか?  いや、そんな筈は無い……、  でも、もし、間違えていたら、今までの道のりが徒労に……、 「乗り合い馬車を使っていれば、こんな事には……」  今更、後悔しても遅いのだが……、  自分を過信し、馬車代をケチッた事に歯噛みする。  ……思い返してみれば、今日は、こんな事ばかりだ。  時計塔にいた頃は、多少の失敗はあったものの、それなりに上手くやっていた。  なのに、時計塔を出てからは、 自分の判断が、全て裏目に出てしまっている。 「……まったく、呪われてるのかしら?」  いや、実際に呪われてるんだけど……、  と、ジェシカは、内心で、 憎々しげに呟き、無意識に胸元に手を当てる。 「この程度で……ふざけるな」  込み上げて来た怒りで、 弱音を吐きそうになった自分に渇を入れる。  不本意ではあるが……少しだけ、やる気が出てきた。  とにかく、今は、少し休憩しようと、ジェシカは、道の脇に腰を下ろす。 「引き返すわけにもいかないし、 何とか、次の村までは頑張らないと……」  道の確認をする為、地図を広げつつ、 ブーツの紐を解き、疲労の溜まった足を揉み解す。  そして、水でも飲もうかと、荷物の中から水筒を取り出し――  ゾクッ――!  ――悪寒が走った。  身に染み付いた……、  染み付いてしまった『アレ』の気配だ。 「ま、まさか……うそ……」  ヌラッと滑つけるような気配を察し、恐怖と嫌悪で、ジェシカの身か竦む。  その場から逃げ出そうにも、 アレを恐れるあまり、思うように身体が動いてくれない。 「――っ!?」  そんなジェシカの前に……、  茂みを掻き分け……、  『それ』は、ヌッと姿を現わした。 「ぴ……ぴ、ぴ……」  毒々しく滑る牙――  鱗に覆われた光沢のある肢体――  それは―― 「ぴにゃぁぁぁぁぁっ!?」  ――大蛇だった。  しかも、ただの大蛇ではない。  通常のモノよりも、さらに大きな大蛇だ。  胴回りは、軽く見積もっても、ジェシカの体くらいはある。  人間一人くらいなら、楽に丸呑みできるだろう。 「ひっ、イヤ……来るな……来ないで……」  そんな大蛇を前に、ジェシカは、明らかに錯乱していた。  ジェシカにとって、蛇は、 トラウマと言える程の恐怖の対象なのだ。  蛇を見ただけで、嫌でも蘇ってくる記憶――  日常的に投げ入れられた檻の底。  脚に、腕に、胴に、首に巻きつ付く生物。  それらは、全て、蛇――  蛇、蛇、蛇、蛇――  蛇、蛇、蛇、蛇――  自分の何が、どう悪いのか、考えるのも馬鹿馬鹿しくなる。  そんな自分への“お仕置き”。  そして、その光景を――  にこやかに談笑をしながら見下ろしている――  ――私の――父と母―― 「ああああああああああっ!!」  ――狂気にも似た悲鳴が響く。  相手が脅えているのを感じ取ったのか、 大蛇は、頭を擡げ、喉を鳴らしながら、ジェシカににじり寄って来た。 「――っ!?」   咄嗟に、ジェシカは、杖を構えるが、 恐怖で声が震え、上手く呪文を紡ぐ事が出来ない。 「い、いやぁぁぁぁっ!?」   ――魔術が使えない。  それを悟った瞬間、理性の糸が切れた。  恥も外聞もかなぐり捨て、地面を這い擦るように、大蛇から逃げ出す。  しかし、大蛇が見逃してくれるわけがない。  巧みに動く長い肢体に誘導され、 ジェシカは、木の根元に追い詰められてしまった。 「――っ、――っ、――っ!!」  それは、もう、悲鳴にすらなっていかった。  意味不明な奇声を上げながら、 かろうじて、まだ持っていた杖を、滅茶苦茶に振り回す。  だが、それすらも、大蛇に奪われ、ジェシカは丸腰になってしまった。 「――っ!?」  ようやく、狩猟本能が満足したのか、 大蛇は、ついに、ジェシカを亡き者にしようと牙を剥く。  それを直視できず、ジェシカは、目を閉じ、顔を背けた。  ――死ぬのは怖くない。  でも、この死に方だけは……、  蛇に殺されるのだけは嫌だったのに……、   結局、私は、この程度だったのだ……、  『両親』の言う通り、私は、出来損ないの屑……、 「……?」  牙が迫る気配に、身を強張らせる。  だが、いつまで経っても、 牙が肉に食い込む感触と不快感が襲って来る事は無く――  恐る恐る目を開け――  その光景を前にして――  ジェシカは、開口一番に―― 「……何よ、これ」  ――思わず、笑ってしまった。  姫の危機に、颯爽と駆け付ける英雄……、  あまりにも使い古された、コテコテの英雄譚……、  そんな物語を、読んだ事が無いわけじゃない。  ただ、読んだ後で、そんな事は、 絶対に在り得ないと、否定し、鼻で笑い飛ばしてきた。  ましてや、自分が、その当事者になるなんて、考えた事すら無い。  だが、まあ、良い……、  百歩譲って、そういうのも有りだと認めよう。  なのに、どうして……、  今、目の前に立っているのが……、  蛇の頭を切り落とし……、  その牙から、守ってくれた後姿が……、 「――なんで、アンタなのよっ!?」 「はい……?」  ――そう。  現れたのは、あの少年だった。  かなり慌てて駆け付けたのだろう。  剣を振り抜いたまま、少年は、肩で息をしている。 「大丈夫ですか?」 「…………」  折角、助けたのに、あまりの言われようなのだが……、  それを気にする事無く、少年は、ジェシカを気遣い、微笑み掛ける。  ……ジェシカは、不覚にも泣きそうになった。  ああ、思い出した。  というか、とても納得した。  ほんの少し話をしただけなのに、 妙に、彼の事が印象に残っていたのは……、  ――安心してしまうのだ。  この少年が一緒だと……、  どうしようもなく、落ち着いてしまうのだ。  不安、恐怖、嫌悪……、  一転して、安らぎ、ぬくもり、優しさ……、  ……あまりの感情の落差に、涙腺が緩んでしまった。  それをグッと堪え、誤魔化すように、ジェシカは、少年を睨み付ける。 「……た、立てます?」  鋭い眼光に、一瞬、少年はたじろぐが、 それでも、ジェシカを助け起こそうと、手を差し伸べる。  その手をパシッと弾き、ジェシカは、自力で立とうと、地面に手を付き―― 「……どうしました?」  唐突に、動きを止めたジェシカに、少年は首を傾げる。 「……てない」 「はい……?」 「……腰が抜けて立てない」  あまりの情けなさに死にたくなった。  こんな恥ずかしい思いをするなら、さっき蛇に殺されてた方がマシだ。 「え〜っと……」  少年は、少し考え、ジェシカに背を向けて、身を屈める。  どうやら、背負って行くつもりらしい。 「普通、こういう時は、お姫様抱っこじゃない?」  弱みを見せたままのは癪なので、 せめてもの仕返しにと、ジェシカは、少年をからかってみる。 「そう思ったんですけど……無理かな、って……」 「よく見たら、剣士のクセに鎧も着てないの? せめて、軽鎧くらい着なさいよ」 「店で売ってる鎧は、ボクには重すぎるのばっかりで……」 「この貧弱男」 「うぐっ……」  それなりの打撃は与えられたらしい。  満足したジェシカは、素直に彼の背に体を預けた。 「…………」 「…………」  タイプムーンに戻る為、林道を歩く。  道中、お互い無言だったが……、  ジェシカは、少年の背中の上で、ずっと悩んでいた。  ――脅しつけて何とかなるかしら?  ――殴り飛ばして記憶を消す?  ――いや、やっぱり抹殺?  随分と物騒な悩みだが……、  ジェシカ的には、弱点を知られたのだから、大事である。  いや、別に秘密にしているわけじゃない。  でも、他人に知られたまま、放っておけるモノでもない。  この問題に、どう対処すべきか……、  少年の背に揺られながら、 ジェシカは、ずっと、そんな事を考えていた。  と、そこへ―― 「それにしても、意外でした……」 「……何が?」  沈黙に耐えかねたのか、少年が話し掛けてきた。  無視しようと決めていたのに、不意を突かれ、ジェシカは、つい反応してしまう。 「蛇が怖いなんて、可愛いところ――ぐぁ?!」  皆まで言わせまいと、ジェシカは、少年の首を絞める。  そして、耳元で……、  それはもう優しい声で……、 「……喋ったら、捻じ切る」  『何を』とは、具体的には言わない。  それでも、自分の置かれた状況を理解したようだ。  少年は、首を絞められながらも、コクコクと頷いて見せた。 「素直でよろしい」  少年の返事を見て、シェシカは首を絞める力を緩める。  だが、彼の反応が面白ったので、折角だから、さらに遊んでみる。 「アンタには、借りが出来ちゃったわね……しかも、二つも?」 「別に気にしなくても……二つ?」 「さっき、助けて貰ったし……、 あと、ケーキ屋の代金、勝手に払っていったでしょ?」 「あ、あれは……その……、 いきなり、仲間に誘ったりして、気を悪くしたかな、って……」  なるほど、そういう事か……、  まったく、イチイチ律儀な子ねぇ……、  ケーキ屋を出る時、自分のレシートが、 いつの間にか無くなっていた理由に納得しつつ、ジェシカは話を続ける。 「まあ、その借りについては、今、返せたわよね? 女の子をオンブできるんて、役得でしょ?」 「……はい?」 「私、それなりに大きい方だと自覚してるんだけど?」 「………………はい?」  ジェシカの言葉に、少年は、首を傾げるばかり。  もしかして、誤魔化してる?  いや、それとも、全然、気付いてない?  ……何だか、腹が立ってきた。  こんなお子様を、男として意識するつもりは、 サラサラ無いが、まるで意識されないのは、それはそれで面白くない。 「わからない? これでも?」  少年の背の上で、わざと体を揺すってみる。  それに合わせて、ジェシカの双丘が、今まで以上に、少年の背に押し付けられた。 「あ、あうあうあうあう……」  ようやく、気付いたようだ。  見る見るうちに、少年の顔が赤くなっていく。  ――あら、やだ……楽しい♪  正直、ゾクゾクした。  少年の初々しい反応が、嗜虐心という名の琴線に触れまくった。  これは、まいった……、  まさか、自分にもサドッ気があったとは……、  本気で、認めたくは無いが……、  これも、血は争えない、というヤツか……、 「あの……そろそろ、歩けます?」 「まだ、無理」  ――嘘である。  本当は、もう、とっくに落ち着いている。  でも、折角だから、この状況を楽しむ事にした。  歩くの面倒だし……、  まだ、足は痛いし……、 「ほら、分かったら、キリキリ歩く」 「は〜い……」  ジェシカに、杖で、頭をポカポカと叩かれながら、少年は歩き続ける。  街への道のりは……、  まだまだ、長く、遠い……、 「や、やっと……着いた……」 「はい、ご苦労様」  数時間後――  途中、何度か休憩をしつつ、 ジェシカ達は、ようやく、タイプムーンに戻って来た。  何故、タイプムーンに戻るのか……、  ジェシカが訊ねたところ、少年いわく、こちらの方が近いから、とのこと。  どうやら、ジェシカが歩いた距離は、予想以上に、短かったようだ。  次からは、絶対に馬車を使おう。  それを知ったジェシカは、固く心に誓った。 「宿まで、もう少し。頑張れ、男の子」 「は、は〜い……」  ここまで、ずっと、ジェシカを背負ってきた少年は、もうヘトヘトであった。  それでも、男の意地を見せ……、  気力を振り絞って、宿屋へと向かう。  聞けば、ジェシカと少年は、 偶然にも、同じ宿屋で部屋を取っていたらしく……、  それだけが、少年にとっては幸いで……、  ジェシカにとって……、  間違いなく、今日、最大の不幸であった。 「た、ただいま、です〜……」 「あら、お帰りな……さい?」  大抵の宿屋は、酒場も兼任しており……、  ジェシカ達が向かった宿屋も、一階で酒場を営んでいた。  『紅き衣の戦乙女停』――  宿に戻った少年を、女店主が出迎える。  そして、その光景を見て……、  一瞬の硬直の後、何やら納得顔で頷くと……、 「良かったわね、相手が見つかったの? というか、いきなり、お持ち帰りなんて、やるわね?」 「「――はい?」」  女店主の言葉に、二人は、顔を見合わせる。  そういえば……、  ずっと、背負われたまま……、  しかも、その姿のまま、 街のド真ん中を、思い切り、堂々と歩いて――  ――しまったぁぁぁぁぁっ!!  意外と居心地が良いから、 ついつい、こんな所までぇぇぇぇっ!? 「コ、コラッ! 馬鹿っ! サッサと降ろしなさいっ!」 「で、でも、歩けないって――」 「――もう歩けるっ! 今、降ろせっ! すぐ降ろせっ!」  ジタバタと足を振って暴れるジェシカを、少年は慌てて降ろす。 「はっはっはっ、新しいパーティーの誕生だな!」 「良かったな、嬢ちゃん! 頼もしい仲間が出来たじゃぇか!」 「じゃあ、お祝いも兼ねて、初仕事をお願いしちゃおうかしら♪」  しかし、今更、後の祭り……、  すぐさま、他の客から野次が飛んできた。  女店主などは、早速、依頼書を持って来る始末だ。 「〜〜〜〜っ!」  全て無視して、ジェシカは無言で、ズカズカと、客室への階段を上がる。  そして、自分の部屋に入ると、乱暴にドアを閉めた。 「あ〜、もうっ!!」  ……厄日だ、厄日だわっ!  閉めたドアにもたれ掛かり、 ジェシカは、髪が乱れるのも構わず、グシャグシャと頭を掻き毟る。  それでも、苛立ちは収まらず、強引に掴まされていた依頼書をベッドに叩きつけた。  ――もうダメだ。  ――完全に決めつけられた。  周囲は、もう、ジェシカが、 あの少年と、パーティーを組んだ、と思い込んでいる。  こうなってしまっては、この街で、他の冒険者とパーティーを組む事など出来ないだろう。  もしかして、あの子……、  こうなる事を狙って、わざと……? 「いや……それは無い」  あの少年に、そんな器用な真似は出来ない。  特に根拠は無いが、それだけは断言できる。  ジェシカは、何度か深呼吸をして、乱れた感情を沈める。  落ち着け……落ち着いて、よく考えてみろ。  もし、仮に、あの少年が、自分を、 ハメたのだとしても、それは、ハメられた自分が悪いのだ。  つまり、これは、自分のミス……、  自分のミスなら、落ち着いて対処すれば……、 「あの……すみません」 「――にゃいっ!?」  不意に、ドアをノックされ、 ジェシカは、素っ頓狂な声を上げてしまった。  自分の口から、こんな声が出るなんて……、  あまりの間の抜けっぷりに、 当の本人であるジェシカが、一番驚いていた。 「もしもし? もう、寝ちゃいましたか?」  ……もう一度、控えめに、ドアがノックされる。  あの少年が訊ねて来たのだろう。  大方、先程の酒場での件を謝罪に来たに違いない。 「もしもし? すみませ〜ん?」  無視しようかと思ったが……、  放っておくと、また、妙な展開になりかねない。 「…………っ!」  ジェシカは、無言で、ドアを開けると、 誰にも見られていない事を確認してから、少年を部屋に引っ張り込み……、 「……何の用?」  急いで、ドアを閉めた後……、  ベッドの端に腰を降ろして、少年を睨み付けた。 「え、え〜と……」  突然、部屋に連れ込まれ、少年は狼狽えている。  仕方なく、ジェシカは、助け船を出す事にした。 「まあ、とりあえず、座りなさい」 「――はい」  ジェシカの言葉に、少年は素直に従う。  ……何故に、床に正座?  まあ、良いか……、  妙に違和感が無いし……?  それに、この構図は、ちょっと気分良いし……? 「もう一度訊くわ……何の用?」 「そ、その……さっきの事を……謝りたくて……」  まるで、捨てられた仔犬のように、 少年は、おずおずと、ジェシカを上目遣いで見る。  そんな少年の態度に、再び、ジェシカの嗜虐心が膨れ上がった。 「ええ、そうね……おかげで、アンタとパーティを組んだと、誤解されちゃったわね」 「それについては、大丈夫です。 皆の誤解は、ボクが、ちゃんと話をして――」 「――止めて、お願いだから」  こういうのは、変に弁解すると、余計にからかわれるモノである。  周囲の言葉など、無視すれば良い。  噂なんてモノは、放っておけば、次第に消えていくのだ。 「アンタが謝る必要は無いわ。 アレは、私のミス……アンタに落ち度は無い」 「でも……」  少年は、尚も、繰り下がろうとする。  そんな彼に、ジェシカは、敢えて、辛辣に言い放った。 「じゃあ、どうするの? アンタは、どう、責任をとってくれるのかしら?」 「そ、それは……」  ジェシカに問われ、少年は返す言葉も無く、押し黙ってしまう。  だが、少し考えた後……、  意を決し、ジェシカに、真っ直ぐな眼差しを向けると……、 「ボクと……パーティーを組んで下さい」 「はあ……?」  想定外の展開に、ジェシカの目が点になる。  何故、そういう話になる?  てゆ〜か、昼間、キッパリ断ったじゃない?  斜め上からのカウンターに、 今度は、ジェシカが狼狽える番だった。  そんなジェシカに構わず、少年は、言葉を続ける。 「ボクは、代役で構いません。 あなたが新しい仲間を見つける、その時まで――」  ――ボクが、あなたを守ります。 「…………」  開いた口が塞がらない、とは、まさに、この事だろう。  まさか、こんな恥ずかしい台詞を、 堂々と、真正面から言えるヤツがいるなんて……、  しかも、自分が、当事者になるなんて、夢にも思った事は無かった。  己の意思に反して、顔が熱くなるのが分かる。  どうにも、少年を直視できず、ジェシカは、顔を背けた。 「ま、まあ、確かに……、 アンタがいれば、依頼は受けられるわけだし……?」  ちょっと待て……、  私は、一体、何を言っている?  まずい……考えがまとまらない。  気恥ずかしさを誤魔化そうと、 ジェシカは、よく考えもせずに、喋り出してしまう。 「全く、しょうがないわね、この子は……」  彼女の手には、先程、女店主に渡された依頼書――  その内容は……、  ――村の作物を荒らす獣の調査。  ――可能であれば獣の討伐。  わりと簡単そうな依頼だ。  この程度の仕事なら、この少年とでも出来るだろう。  ……そんな想いが、ジェシカを誘惑する。  まあ、この仕事の間だけなら――  ――って、違う違うっ!  私は、こんなのと組むつもりは、毛頭無いっての! 「ジェシカよ……」 「……ジェシカ?」 「そう……“ただの”ジェシカ……」  おいおいおいおい……、  何を、名前なんて教えてるのよ?  こんな甘ちゃんと組んだりしたら、絶対に後悔するに決まってるじゃない。 「……テルトちゃん、って言ったっけ?」  なのに、どうして……、  私は、コイツの名前を覚えてるわけ?  どうして……、  私は……、  こんな……、 「……一緒に行って上げるから、感謝しなさい」  その日、ジェシカは――  たった一日で……、  “何か”色々なモノを失った。 「あの〜、ジェシカさん……? テルト“ちゃん”は、勘弁してもらえませんか?」 「アンタが、私を抱っこ出来るくらいになったら、考えてあげるわ」  でも、失ったモノの代わりに、 得られたモノがあるとするならば……、 「……努力します」 「ま、頑張ってみれば……テ・ル・ト・ちゃん♪」  その得たモノが――  それ以上なのか――  それとも、以下なのか――  それは、まだ……、  今のジェシカには、分からなかった。 <つづく>