Heart to Heart SS

     「うそとまこと」







「ただいまー」

「おっかえり〜♪」


 トタトタトタトタ――


 ある春休みの一日――

 ちょっと本屋まで買い物に行き帰ってくると、
出た時は誰もいなかった家に、母さんが帰ってきていた。

 昔は家に帰ってきても「ただいま」なんて口に出すことはなかったんだが、
最近はエリアが良く居るし、母さんも頻繁に帰ってくるようになったからな。

 ちょっとしたことだが「ただいま」に対して「おかえり」と返事があるって、
気持ちが温かくなるよな。

 靴を脱ぐために視線を下に落とすと、トタトタとこちらに向かって来る、
母さんの軽快な足音が聞こえてくる。

「おっかえっり、おに〜ちゃん♪」

 ……と、笑えない冗談を言いつつ、三歩ほど手前で足音が止まる。

 いつもなら、ホップ、ステップ、ジャンプの要領で飛びついて来るんだが……、

 別に飛びつかれることを期待していたわけじゃないが、
不思議に思い見上げると、母さんの腕の中には『それ』が居た。

 何故『それ』が母さんの腕におさまっているのか分らず、
目を擦って、もう一度見なおしてみるが、幻覚じゃないみたいだな……、

 小柄な母さんの腕の中におさまるちいさい体、ふわふわとした髪、
柔らかそうな紅いほっぺた……、







 そう『それ』とは赤ん坊だ。







「んふふふふふ♪ おかえりなさい、おにいちゃん♪」

 抱えた赤ん坊を少し持ち上げ、そのコの腕をとり振らせながら、
再度そう言う母さん……、

「あ、ああ……た、ただいま」(汗)

 とりあえず、返事はしたものの、視線は赤ん坊に釘付けだ。

 お、お兄ちゃんってそういうことなのか?

「か、母さん……こ、このコは?」

「んふふふふふ♪ 気になる〜〜♪」


 コクコク……


 母さんはこの状況をあきらかに楽しんでるが、
こっちは芹香さんのようにうなずくことしかできなかった。

「このコはね〜、まこりんの妹だよ♪」

 赤ん坊の脇に手を差し込み、頭上に悠然と掲げながら、
母さんはそう宣言した。


 ……………………、

 …幻…………、

 ……聴…、

 ?…、

 …、


「も、もう一度」

「だ〜か〜ら〜、このコ、藤井 みさとは――」

 掲げていた赤ん坊がゆっくりと俺の顔の前に突き出される。

「――まこりんのぉ〜〜――」

 突き出された赤ん坊がなんだか楽しそうに、
俺の顔をペチペチ叩いてくる。

「い・も・う・と♪」


 …………い…………、

 …も……………、

 ……う……、

 …と……、

 !?…、

 …、


「な、な、なんですとぉぉぉーーーっ!!」

「ふっ、ふっ、ふえ〜〜〜〜〜ん!!!」


 俺が突然出した大声にビックリしたのか泣き出す赤ん坊……、
いや、妹(仮)のみさとちゃん。

「もう、まこりん、みさとちゃんをビックリさせちゃだめでしょ」

 そう言いながら、みさとちゃんのことをあやしている母さんの顔には、
やさしい母親の笑顔と共になんと言うか……、

 ……イタズラに成功した子供のような、そんな笑いがうかんでいた。








 リビングにて――

「で、本当のところは?」

 赤ん坊が完全に泣き止む頃には、俺もなんとか冷静さを取り戻し、
コトの不自然さに気付いたために、もう一度問い正す。

 そう、俺にはこのコは母さんが産んだ子供じゃない確信がある。

 え〜っと、その、なんだ……、

 前に一緒に寝て抱き枕にされた時も別に変わった様子はなかったし、
一緒にお風呂に入った時も、お腹ふくらんでなかったからな……、

 いや、ジロジロ見た訳じゃないし、絶対そうかと問われると困るんだが。

 う〜ん、恐らく嘘なんだろうが、嘘をつく理由が見当たらない。
 ここに赤ん坊がいるのは事実だしな。

「ばれちゃったかぁ〜。
このコは同僚の娘さんで、名前はみーちゃんと同じみことなんだよ」

 あっさり嘘を認め……、

「でー、今日一日預かってくれって頼まれてるの」

 ……コトの真相を口にする母さん。

「子供に子供を預けるなんて無謀な」

「ぶーぶー、みーちゃんは立派な大人だよ。
ねーねー、妹だって言われた時ビックリした?」

「当たり前だろう。
いや、いきなり妹だよなんて言われりゃ、誰だって驚くさ」

 ……あの時の約束のこともあるしな。

「でも、嬉しくなかった?」


 ………。

 ……。

 …。


「……そ、そんなことより、なんで嘘なんかついたんだ?」

 どもりながら、質問しかえす。
 不覚にも3行ほど妹の居る幸せな生活を想像してしまったとは言えないからな。

「今の間はなに?」

 しかし、逃さずニヤリとイヤな笑いを浮かべ追撃してくる母さん。

 そんな母さんのほっぺを左右に引っ張りながら、
話題を変えるするために、出来るだけ優しい声でもう一度問う。

「みーちゃんは、なんでこんな嘘をついたのかな〜?」

 すると、母さんはビシィッと壁を指差した。

 視線を向けるとそこには新しい月に入り、1ページ捲られたカレンダーが掛かっていた。

 そっか、今日から4月か……、

 んっ? 4月1日?


 ………………。

 …………。

 ……。


「いい年して、エイプリルフールなんかにのるなっての」

 そう、母さんが嘘をついた理由はエイプリルフールだからと、至極単純なものだった。

 まったく、自称立派な大人なくせに困ったもんだ。

「丁度、みことちゃんを預かる日が今日だったからね〜♪」

 母さんは俺を上手くからかえたのが嬉しいらしく上機嫌だ。
 くっ、少し……いや、かなり悔しいぞ。

「母さんがみことちゃんって言うと、なんか変な感じだな」

 当のみことちゃんは、どうやら俺のことが気に入ったらしく、
膝の上で俺の着ているシャツを引っ張って遊んでいる。

「同じ名前だと騙せないから、『みさと』にしたんだけど、
語呂も良いし、良い名前でしょ?」

「藤井 みさと、か……まあ、確かにな」

「ちなみに男の子だったら、『まさと』にしてたんだけど、
こっちも良い名前でしょ」

「んっ? 『みこと』だから女の子に決まってるんじゃないか?」

「……それもそーだね」

 答えるまでに間があったような気がするんだが……、

「まあ、変わった名前のつけかたする親もいるみたいだけどな」

 漫画なんかじゃ、女の子みたいな名前の男なんて腐る程いるし、
最近は、性別不詳の変わった名前も結構いるしな。

「しかし『みこと』か、偶然てあるもんだな」

 みことってのはあんまりポピュラーな名前じゃないし、
同名の人間に出会うことなんてそうはないだろう。

「ふふ〜ん。偶然なんかじゃないんだな〜これが」

 指をピンと立て、なんだか自慢げに話だす母さん。

「なんと、みーちゃんみたいに育って欲しいって願いを込めて
『みこと』って名付けたんだって」

「ふ〜ん、んじゃ第二候補は鷲羽で、第三はカンナか?」

 母さんが職場で人気があるらしいし、恐らく本当なんだろうけど、
さっき嘘吐かれたの仕返しにそう言ってやると……、


 ――ピシッ


 母さんの自慢げな表情が見事に凍りつく。

 ん〜、大成功♪

「みーちゃんの言うこと信じてないでしょ」

「そんなこと無いって」(ニヤニヤ)

 ちなみに鷲羽もカンナも小説に出てくるキャラクターで、
外見は幼いが実年齢は高いという天才マッド科学者だ。

「その顔はぜーったい信じ――」


 ピーンポン♪


「まーくん、遊びに来ましたよー」

 母さんの反論は絶妙なタイミングでやってきたさくらにより遮られた。
 そういえば遊びに来るって言ってたっけ。

 あまりのタイミングの良さに母さんは金魚のように口をパクパクさせてる。

「今、玄関まで行くー」

 しかし、そんな母さんのことを気にする素振りをまったく見せずに、
膝の上のみことちゃんを抱えてさっさと玄関へと向かっていく。

 背後から母さんが『む〜』と唸っているが聞こえるが、もちろんシカト。

 最初に俺を騙してからかったのは母さんなんだし、
これくらいの復讐は許容範囲だろう。








「みことちゃんって言うんですか」

 やってきたさくらに赤ん坊の説明をする母さん。
 さくらを騙そうとはしてないので一安心だ。

 万が一みことちゃんを指して『俺の子供だ』なんて吹き込んだ日には、
上空へ吹き飛ぶぐらいの被害じゃすまないだろう。

「そうなんだよ、みーちゃんみたいにかわいく育つようにって、
名付けたんだって……、まこりんは信じてくれなかったけど」

 そう言ってチラリとこちらを見る母さん。
 どうやら、まだ根に持ってるらしい。

「そうなんですか、本当にかわいいですね」

 いつも俺が見ているのとはちょっと違った感じの優しい表情を浮かべながら、
自分の腕の中にいるみことちゃんを見ながら感想を述べるさくら。

「そうでしょ? まこりんもこんなかわいい赤ん坊欲しいよね?」

「――そうだな」

 母さんの話に相槌をうちながら、
さくらの腕の中にいるみことちゃんのほっぺを突ついて楽しむ。


 ピクッ


 その返答を聞いたさくらの動きが急にぎこちなくなる。

 んっ? なんか拙いこと言ったか?
 ただ、こんなかわいい赤ん坊が……、

「ま、まーくんさえよければ、わたしは……」

 さくらが顔を真っ赤にしながらそう言ってきた。

 ――っ!!

 そ、そんな深い意味は無いんだぞ、さくら。

 話の流れから普通に答えただけで、いや、そう言うことに興味は……、
しかし、子供はまだ早いかなーなんて……、

 ま、まずい! 母さんも、なんて話を振ってくるんだ。
 最近みんなの押しが強くなってきて躱すのが大変だってのに……、

 とりあえず助けを求めるべく、母さんの座っていたほうを向くが……、

 ――い、いない!?

 代わりに電話のある玄関から……、

「あっ、あかねちゃん? まこりんが決心したから今日お泊りにおいで。
そうそう、なるべく
勝負用の……」

 リビングから玄関までの距離など大したことは無いはずだが、
その声がはるか遠くに感じるのは何故だろう?

 と言うか、母さんの対応が早すぎるけど、まさか、仕返しの仕返しで俺をハメたのか?

「もしもし、フランちゃん。今日は是非うちにお泊ま……」

 
もう好きにしてくれ。(涙)








 その日の夜――

 顔を赤くして、お泊りに来た三人の恋人達とフランの一瞬の隙を突き、
フィルスノーンのティリアさんの家に駆け込み、なんとか逃げきったのだけど……、

 はあ〜……、
 正直、そろそろ年貢の納め時なんだろうか?
















 そうそう、ティリアさんデュークさんご迷惑かけてすいませんでした。
 まさか丁度良い雰囲気のところとは思わなかったし……、


 しかし、まだ、体の節々が痛いんですけど、
シャインスパーク
なんてどこで覚えたんですか、ティリアさん?









<おわり>


 <おまけ>


 その夜、研究所社宅――

「反応も良かったし、名前も気に入ってもらえて良かった」

「お腹なんかさすって、体調でも悪いのかみこと?」

「そんなこと無いよ、母子共に健康だよ」

「母子共にって……そうか、今日は誠のトコに行ったんだったな。
まあ、誠はやたらと頑丈に出来てるし心配無用だろう」

「ふふふ、そうだね。
そうそう、もうすぐ新しい家族が増えるかもしれませんよ、あなた」

「なにっ! 誠のやつ遂にヤったか」

「う〜ん、まだ逃げ出すんじゃないかな」

「なに? それ以外で家族が増えるって………ま、まさかッ!?」

「んふふー、どうでしょうね」








<本当におわり>


<コメント>

誠 「あ、あのさ……マジなのか?」(−−?
みこと 「……何が?」(・_・?
誠 「だから、その……お腹の子供……」(*−−*;
みこと 「ウソだよん♪」
誠 「そ、そっか……なんか、安心したような、残念なような……」(^_^;
みこと 「んふふ〜♪ まこりんは甘えんぼさんだね〜♪」(^○^)
誠 「やかまひい……」(*−−*)
みこと 「でもでも、もし、今、みーちゃんが妊娠したら、凄い事になると思わない?」(^○^)
誠 「――というと?」(・_・?
みこと 「孫と子供が同級生♪」(^▽^)v
誠 「うわっ! 場合によっては、シャレになんね〜……」(T▽T)

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