月姫 & AS クロスオーバーSS

戦力二乗の法則

〜 第八幕 「彼女の固有結界」 〜






 ひょこひょこ……


「あはー☆ やっぱり、レンちゃんは何を着せても可愛いですね〜♪」

 ――「それ」は、触れてはいけないモノ。


 ぴょこぴょこ……


 例えば、彼女が眩しいくらいの笑顔を見せる時……、
 「それ」は、彼女の動きに合わせて、元気に揺れる。

 例えば、彼女がとても眠そうな表情の時……、
 「それ」は、ぺたんと垂れて、柔らかさを感じさせている。

 ――「それ」は、ずっと前からあったのだろうか。

 「それ」が、あまりにも、
自然だったから、ずっと見落としていたのかもしれない。

「だ、ダメですぅ……琥珀お姉さん、家計簿つけてるですし……」

「でも、サーリアも気になるでしょ?」

「そ、それはそうですけど……」

「はい、じゃあ決まりね。抱っこして♪」

 ――かくして、その謎は暴かれる。

 フィアと、サーリアの手によって。

「琥珀さ〜ん☆」

「ご、ごめんなさいですぅ〜」


 なでなでなで……

 さわさわさわ……



「にゃ〜……」

「わ、感覚あるんだ!」

「あ〜、サーリアさん……、
もう少し後ろの方が気持ちいいですから……」

「気持ちいいですかっ!?」

 二人が追究した謎とは……、

「ねえ、サーリア……、
琥珀さん、猫耳着いてない?」

 彼女の頭の上に現れる、ピンク色の猫耳だった。

「もう、仕方ないですね〜。
気になるなら、ちゃんと聞いてくださいな」

 頭から猫耳を生やした琥珀は、
トレイをテーブルに置くと、カップに紅茶を注ぐ。

「だ、だって〜……ねえ?」

「サーリアは、やめようって言ったですよぉ……」

「あはは……別に、怒ってませんって」

 注射器が飛んでくるくらいは、覚悟していたのだろうか。
 フィアは、出されたレモンティーを少し飲むと、本題を切り出した。

「で、琥珀さん。それ……何なの?」

 彼女が何を聞きたいかは、もはや言うまでもない。

「猫耳ですけど、それがどうかしましたか?」

「こ、琥珀お姉さん……そうじゃないですぅ……」

 あまりにも、ストレートな返答に、珍しくサーリアがツッコむ。
 だが、本人はいたって真面目だったようだ。

「いえ、ですから、猫耳ですよ。
えい、フィアさんも……猫になっちゃえ♪」

 びしっと、琥珀の指がフィアを指す。すると……、


 ――ぽむっ☆


 軽い音がして、その頭上に猫耳が出現した。

「――やりました!
これで、世界の猫耳需要はクリアです〜☆」

「……もしかして、あたし、実験台にされた?」

「まあ、他の人にするのは初めてですね。
でも、最初に私で試しましたから、その辺はオッケーです☆」

 ウィンクして、笑顔でサムズアップ。
 もう慣れたと言わんばかりに、肩を落とすフィア。

 もしかしたら、琥珀の遊びに一番つき合わされているのは、彼女かもしれない。

「む〜………魔法に似ている気がするですけど、何か違うですぅ〜……」

 2人のやりとりを見ていたサーリアは、頭を抱えてしまった。

「う〜……う〜……」

「あ、ちょっとまずいかも……」


 ガシっ!!!


 そして、手近にあった、
愛用の杖を、いきなり鷲掴みにする。

「にゃー! 分かんないですぅ〜っ!」

 暴走したサーリアが、魔法の杖を振り上げる!

 だが、それが振り下ろされるより……、

「猫さんに――」

 琥珀の指が、向けられる方が早かった。

「――なっちゃえ☆」


 ――ぼんっ!


「ぎにゃぁ〜っ!?」

 フィアの時よりも、いささか、
大きな音がして、サーリアは白煙に包まれる。

「……ね、大丈夫なの?」

「平気です☆ 殺傷能力なんて皆無ですし……、
サーリアさん、なんだかんだで丈夫ですし♪」

 普段から爆発物(?)を扱ってるからだろうか。
 少なくとも、こうして生きているのだから、それなりに頑丈なことは間違いない。

「にゃ、にゃ……」

「あはー☆ 私の予想以上に可愛くなっちゃいましたね〜」

 白煙が晴れて、出て来たサーリアの姿は、
猫耳猫手袋+尻尾という、何ともまあフル装備だった。

 加えて、持っていた杖は、先端が巨大な猫じゃらしに……、


 ぱしっ!


「えいっ、ちょっとお借りしますよ〜」

 巨大猫じゃらしのオプションが着いた、
サーリアの杖を、琥珀は軽く取り上げる。

「……うぅ〜」

「にゃぁ〜」

「うふふふ……それそれ〜♪」


 ゆらゆらゆら……


 その不規則な動きが、
フィアとサーリアの眼前で展開される。


 ぱしっ! ぱしっ!


「にゃっ! にゃっ!」

「ふふ……サーリアさん、可愛いです〜☆
さあっ、後はフィアさんだけですよ〜」

 本当に猫になってしまったかのように、猫じゃらしに飛び付くサーリア。
 そして、トドメとばかりに、フィアの眼前に向けられる猫じゃらし。

「それそれ〜〜☆」

「うぅ〜……」

「我慢は、身体に悪いんですよー?」

「いっ、いい加減に――」

 色々な意味で、我慢の限界が来たのだろうか。
 フィアは、どこからともなくスリッパを取り出すと、

「――せんかぁーっ!!!」

 その、小さな身体を存分に使って、
振り下ろすように、琥珀目掛けて投げ付けた。


 すぱぁぁぁーん!!


「きゅ〜……」

 キレイにヒットし、コミカルに吹っ飛ぶ琥珀。

 彼女が床に倒れると、フィアの猫耳が、瞬時にして消えた。
 サーリアの杖も元通り。

「ああもう、何だっていうのよ……」

「ふ、ふにゃぁ〜?」

「もしかして……、
サーリアも、元に戻さなきゃいけないのかな?」

 だが、我慢することなく、自ら進んで(?)猫化したサーリアは、未だ元に戻らない。
 姿は戻っても、中身は猫のままだった。

「やっぱり、こーゆー時は、強いショックを与えれば……」

 意気込んで、スリッパを振り上げるフィア。

「にゃ……にゃーっ!?」


 びたーん!!


「ああ、コラっ! 逃げるんじゃないの!
大人しくしなさーいっ!!」

「ふにゃぁぁぁ〜っ!」

 まあ、何にせよ……、
 サーリアが正気(?)に戻るのは……、

「………?」

「あ、レンっ! サーリアを捕まえて!」

「………!?」

「いいのっ! 理由はいいから、早く早く!」

 ……もう少し、時間がかかりそうだ。








「うぅ、フィアさん、そんなに小さくても、
あんなパワーだなんて、いつもは、一体どれだけ……」

「……琥珀さん。もう一発いっとく?」

 乙女にあるまじき、鋭い睨み。
 手には己の獲物を構え、殺気も隠そうとしない。

 その様たるや、某漢女<をとめ>……かもしれない。

「冗談ですよー。
でも、サーリアさん……復活しませんね〜」

 琥珀の傍らには……、

「にゃぅ……スリッパ〜……ピコハン〜……」

 という具合に、うなされているサーリアが、
痛々しくも、テーブルに突っ伏して、伸びていた。

「しかし、レンちゃんも、フィアさんも……手加減ないですね〜」

「原因作った本人が、何言ってるのよっ!」

「…………」

「わっ、レンちゃん、口パクで呪文詠唱なんて……、
わーわーわー! スリッパはやーめーてー!」



 ――しばらくお待ち下さい――



「…………」

「ま、こんな所よね」

 二人に捕らえられた琥珀は、
今度は、ロープで椅子に縛り付けられていた。

 もちろん、ホウキは没収され、隠し持っていた注射器も、全て取り上げられた。

「うぅっ……ピコハンの連続投影なんて、避けようがないじゃないですかぁ〜っ」

「ちょ、ちょっとやりすぎじゃないですかぁ?」

 コミカルに、足をじたばたさせる琥珀と、
ちゃんと起きたサーリアが、それぞれ抗議する。

「うっ、そりゃまあ、ちょっと度が過ぎたかもしれないけど……、
琥珀さんだって、悪ふざけが過ぎるんだもん。少しは反省してもらわなきゃ」

 少しばつが悪そうに、フィアが答える。
 だが、突然、琥珀は、にぱっと破顔した。

「反省はしますけど、でもフィアさん、一ついいことを教えて差し上げますね。
縛ったくらいじゃ、私の自由は奪えないのでした〜♪」

 彼女を拘束していたロープが、
いきなり、バラバラになり、床に落ちた。

「――え!?」

「…………!?」

 ゆっくりと立ち上がる、
その姿の傍らには、ぼんやりと発光する剣が浮いていた。

「……っと、まあ、こーんな感じです☆
原理は、さっきの猫耳とおんなじですけどね」

 指を鳴らすと、光の剣は霧散して、光の粒に消えていった。

「そういえば、結局、どうやってたですか?」

「私の固有結界……妄 想 具 現 化デリューション・リアライズです♪」

「固有結界……?」

 聞き慣れない単語に、レン以外の2人が首を傾げる。

「おおざっぱに言ってしまえば、一定範囲内を、
術者の思い通りにしてしまえる、魔法みたいなものですね。
さっきの例を挙げますと、猫耳をイメージして、
それを具現化して、近くにいた、フィアさんの頭に定着させた…ってトコです♪」

「ねえ、それって、実は凄いことじゃないの?
爆弾をイメージすれば、それが出来るし、
さっきみたいな剣も、その気になれば沢山作れるんだし……」

「そうなんですけどね〜……これが、中々難しいんですよ」

 フィアが言ったことは、確かに正しい。

 極端なことを言えば、空間圧縮や、
レンのピコハン投影、他人の魔法のコピーですら、楽にやれてしまうからだ。

 だが、笑いつつも、琥珀は問題点を白状する。

「猫耳みたいに、形だけ作るならいいんですけどねー。
爆弾を作るなら、爆発の威力までイメージしなければいけませんし……、
さっきの剣だって、切れる効果を考えなかったら、ただの玩具しか作れないんですよ。
それに、単に魔法障壁を張る場合、普通に張るよりも、
こちらの方が発動が早いんですが……、
不安とか、恐れとかがあると、強度が落ちるみたいですけどね」

「む〜……心理依存の魔法なんですかぁ?」

「心理に左右されない魔法は、
基本的にないんですが……やっぱり、その面は大きいですね」

 必要なのは、明確なイメージと、強い意思。
 それでも、イメージ通りにいかないこともある。

 さっきのサーリアがいい例で、琥珀は、
フィアにしたのと同じイメージを、彼女に対して具現化したのだが、結果は見ての通り。

「サーリアにも、教えてもらえますかぁ?」

「魔力そのものは充分ですけど……教えませんからね」

「………」

「そうね…サーリアには、絶対に使わせちゃいけないわね」

 さっぱりきっぱり、
容赦なく、サーリアの希望は却下された。

「む〜……」

「だって、サーリアさんは……ねぇ?」

「トンデモナイこと、やらかしそうだし……」

 サーリアは、ただでさえ魔力が強い上に……、
 思い込みが激しいというか、何と言うか……、

「例えば、イメージで、
カウジーさんを作り出して、あーんなことやこーんなことを……」

「うわ〜……琥珀さん……、
いくらなんでも、そんな……あ、ありうるわね……」

「琥珀お姉さんもフィアちゃんも、ひどいですーっ!」

 琥珀の固有結界は、その後、
暴走したサーリアを抑える際に、ちょくちょく使われるのだが……、

「…………」(こくこく)

「ほら、レンちゃんも同意してますし……」

「レンちゃんも酷いですーっ!」

 ……それはまた、別の話である。








 黒いコートの姿が、掌を突き出す。

 それと同時に、五つの、
ピコハンが現れ、不規則な機動を描き、標的へと飛んでいく。

 木立に隠れるように、森の中に潜むのは、割烹着の悪魔。

 いつもとは違い、ホウキには乗らず、
瞬間移動マロールを連続発動させながら、それを回避し続ける。

「…………!」

 レンが、突き出していた手を握り、素早く引く。

 ただそれだけの動作で、命中しなかった、
ピコハンは、急激に軌道を変え、再び標的へと向かっていく。

 相手は消えては現れ、現れては消える。
 そんな、単調な攻防を動かしたのは、レンの方だった。

 持ち前の、動物特有の瞬発力を発揮し、ピコハンを操りながらも間合いを詰める。

 もちろん、アンバーはそれを見て、
短距離ながらも、瞬間移動マロールで位置を変える。

 それは距離にして、3歩程度のもの。

 目の前で消える姿を追おうとせず、レンは、空いた手を大きく横に凪ぐ。

 移動した姿が、その場所に現れると同時……、
 いや、それより数瞬速く、その場所に向けられたレンの掌から、氷の槍が突き出した。

 それを皮切りに、五つのピコハンと、
無数の氷柱が、アンバーに向かって殺到する。

 しかし……、

 しゃらん、という音と共に、抜き放たれる白刃。

 氷がぶつかり合う硬質な音と――
 ピコハンのコミカルな音が――

 ――斬、という音に両断された。

「ひゃ〜……流石に、訓練すると強くなっちゃいましたねー。
氷の形成なんて、まだ基礎しか教えてないじゃないですか」

 琥珀は、変身を解くと刀を収めて、感嘆の声を上げた。

「…………」

「ああ、なるほど、志貴さんを守れる程度には、強くなりたいってトコですねー。
今日の訓練はこれまでにして、早いところ戻りましょうか」

(でも、この上達は予想外でしたね〜……、
志貴さんを奪還する時に、お手伝いしてもらおうと思ったんですが……、
肝心な時に、志貴さん側に付かれたら、困りますね)

 ――そうです!

 こういう時は、成長著しい、
レンちゃんを抑えられるくらい、私が強くなればいいんですよ♪

     ・
     ・
     ・

「……ということがありまして」

「――で、どーして私の所に来るのよ?」

 サフィは、目の前で湯飲みを傾ける琥珀に尋ねた。
 何しろ、(毎度のことなのだが)いきなり転移術で、押しかけて来たのである。

 まあ、それでも客人であることに、変わりはない。

 転移術を扱える者は、世界に数多くいるが、
地上と天界との間である、この夢の回廊に来れる者が、一体どれだけいるだろうか。

 少なくとも、転移術に関する限りで、琥珀は相当の実力を持っているのは間違いない。

「私が魔法を使えるようになったのは、サフィさんのおかげですよね?」

「――え? う〜ん、一応、そうなるのかな。
もしかしたら、私がいなくても、
琥珀なら、自然に使えるようになったかもしれないけどね」

「じゃあ、私の師匠になるんですよね?」

「でも、正式に師事した訳じゃないし……、
ラスティには、バトン渡しただけだし……それ、何か違うんじゃ……」

 琥珀の、何やら狙いがあるような話しぶりに、サフィはちょっと逃げ腰になる。

「師匠を越えるのが、弟子の勤め。師匠を越えてこそ一人前っ!
私、蜂起少女まじかるアンバーは、貴女に決闘を申し入れ……」

「――ヤダ。めんどくさいし、運動嫌いだもん」

 ずるぺちっ!

 気合いを入れて、変身したにも関わらず、
即答で却下され、アンバーは盛大にすっ転ぶ。

「わ〜……リアクションいいねー」

「あ、あの〜……本当は、ちょっと稽古を、
お願いしたいんですけど、拍手されても困りますって。
そもそも、サフィさんがめんどくさいって言い出したら、色々まずいんじゃないですか?」

「私、いつも定時上がりだけど、仕事はサボってないもん。
ただ、身体動かすのがヤなだけだし。それに……」

 言いにくそうに、視線を逸らすサフィ。

「……私と琥珀じゃ、勝負にならないもん」

「サフィさん、そこまで言いますか。私だって多少は……」

「そ、そういう意味じゃなくて……、
熾天使の力を全開にしたら、抑えが効かないし……、
力の加減、上手く出来る自信ないし……多分、防御も出来ないと思うよ?」

 アンバーは、すぐさま構成を組んだ。
 それは、彼女が考えられる限りで最高の、複雑かつ高度な魔法障壁。

 加えて、同時展開する、瞬間移動マロールの構成。
 即座に発動出来るよう、準備も怠らない。

「じゃあ、ちょっと一発、試しにやってみましょうよ。
これで私に当てたら、何かご馳走しますよ。
ただし、避けれたり防ぎきれたら……」

「え、いいの? じゃあね〜、プエルトのイックラ丼!
あれは美味しかったからね……イックラでも食べられるよ♪」

 …………。

 両者――
 しばし、沈黙――

 障壁そのものには、一切影響を与えず、アンバーの全身が冷えていく。

 外部からの、魔力干渉を遮る効果のある、
新型マントをかぶっているのにも関わらず、だ。

「……どうやら、空間遮断クラスの魔法じゃないと、
防御も回避も出来ないみたいですね」

「――へ? 私、まだ何もしてないんだけど……」

「いえいえ、確かにこれでは、私が勝てるはずもないですね。
明日の夕食は、期待してて下さいな」








 ――翌日、珍しく琥珀が仕事を休んだ。

「朝からいないですし……レンちゃん、何か知らないですかぁ?」

「…………」(ふるふる)

「むぅ〜……食材を仕入れに行くなら、配達も頼もうと思ってたですけど……」

 簡素な書き置きだけを遺して、姿を消した琥珀。

「おかわりっ♪」

「はいはーい、ただいま〜☆」

 事の真相は、当事者のみが知るだけであった。








 気付くと、夜風が頬を撫でていた。
 真っ暗な視界に、うっすらと月明かり。

 そこに映っていたのは――

「え……?」

 ――いつか、琥珀さんのホウキに乗って見た、フォンティーユの全景だった。

「あらら、ごめんなさい。起こしちゃったみたいですね」

「こ、琥珀さんっ!?」

「いえいえ、毎度おなじみ、まじかるアンバーで〜す♪」

 そばには、あのマントを纏った、怪しい状態の琥珀さん。

 そのまま、空飛ぶホウキに乗せられて、
あたしは、フォンティーユ近くの森まで連れてこられた。

「ね、ねえ、琥珀さん……一体、何するの?」

 琥珀さん……もとい、まじかるアンバーは、
何だか妖しい色の薬が入った、注射器を構えてる。

 何だか、注射されるんだろうなーって気がするんだけど……、

「よくぞ聞いて下さいました!
実はですね、フィアさんの身体を大きくするお薬が、ようやく完成したんです!」

「――ほ、本当!?」

 訳が分からないまま小さくなって、
色々あったことが、唐突に脳裏をよぎった。

 レンにぎゅーってされたり――
 クララと一緒に遊んだり――
 仕事してるときに、可愛いって褒められたり――

 ……………。

 ――あれ?
 ――って、ちょっと待って。

 何であたし、こんなに嬉しい思い出ばっかりなの!?
 これじゃあまるで、小さい方がいいみたいじゃない!!

「フィアさん、どうかしましたか?」

「う〜……うん、ちょっと、複雑なだけ」

 言えない……、
 ほんのちょっとだけ、このままでもいいかな、って思ったなんて……、

「――さて、フィアさん、ここに、2種類のお薬があります。
片方は、静脈注射で効くお薬で、もう片方は経口薬です。
どちらも効果は同じですから、好きな方を選んで下さいね〜」

 ……ようやく完成したばっかりなのに、どうして2つもあるの?

「フィアさん、3秒ルールですよ♪
えい、静脈に秘密注射ですーっ☆」

「えっ……て、ちょっといきなりそんなやーめーてー!」


 ――ぷすっ♪


 首筋に、小さくて鋭い痛み。
 じんわりと広がっていく、熱い感覚。

 それは、身体全体に広がっていって――

「あはー☆ 実験成功ですねー♪」

 ――そんな声が、聞こえた。

「人を実験台にするなぁっ!」

 意識を持って行かれそうだった所を、
すんでの所で引き止めて、ありったけの声を出した。

 意識が落ちた感じはなかったんだけど……、

「……あ、あれ?」

 私がいたのは、さっきまでの森じゃなかった。

 どこかの草原で――
 私が見たことがないはずの場所――

 でも、何だか見覚えがあるような気がするんだけど……、

「気のせいかな……」

「いえいえ、気のせいじゃないんですよ、これがまた☆」

 その声は、突然、目の前に現れた、卵くらいの光の球から聞こえた。
 もちろん、それが誰の声かなんて、言うまでもないわよね。

「……琥珀さん。先日、あれだけやったのに、懲りてないのね?」

「あはー☆ 私は蜂起少女まじかるアンバーですから、
先日のお話なんて、知らぬ存ぜぬってヤツですよ」

 ぼんやりと、蛍みたいに発光してる琥珀さん。
 反省の色は、キレイサッパリ、ないみたいね。

 それにしても、何で琥珀さんが小さくなってるんだろ……、

「あらら、もしかして……気付いてないですか?」

「気付いてないって…何に?」

「右向け〜…右っ♪」

 言われるがままに、右側を見てみる。
 そこには、あたしの肩くらいの高さがある、石の柱が立っていた。

 表面はごつごつしてて…そのてっぺんには、暗くてよく見えないけど…何かがある。

「まーじーかーる〜〜……フラーーーッシュ!」

 琥珀さんが放つ光が、一瞬大きくなって、「それ」が見えた。

 ――って言うか、見えてしまった。

 いつか、琥珀さんのホウキに、
乗せられて見た、フォンティーユの全景が……、

 ただ、あの時と違うのは――


 ――あたしが、それを立って見ていること。


「ま、まさか……」

「あはー☆ その様子では、お気付きになられたみたいですね〜」

 こうなってしまえば、後はすぐに解ったわよ。
 草原に見えた周囲は、あたしが街から見ていた森で……見覚えがあるのも、当然よね。

 もしかしたら、琥珀さん自身が小さくなってるかもしれないし……、

 うん、あの固有結界ならやりかねないけど、
琥珀さんなら、薬が作れても、なにもおかしくないわね。

 ――まあ、要するに今のあたしは、
琥珀さんの薬で、とんでもない巨大化をしてしまったってこと。

「……ここまで来ると、さすがのあたしも、手加減しないわよ?」

「ふふっ、私は、『元に戻す』なんてことは言ってませんよー。
ただ、『大きくなる薬』とは言いましたけどね〜♪」

 あ〜……サーリア、ごめん。
 謝るのは後でするから……今は、目の前の相手をっ!

「――てやっ!!」

 今までも、何度も使って来たスリッパの振り。
 あたしの身体と一緒に、大きくなったみたい。

 振った瞬間、空気が圧縮されて、向こう側の景色が揺らいで見えた。

「えへへ〜……そうですね、サフィさんの代わりに、お相手してもらいましょうか♪」

 でも、そんなあたしの、
会心の振りですら、琥珀さんは避けてしまった。

「今、しばらくの間……このバトル、楽しませて頂きましょうっ!」

「調子に……乗らないのっ!!」








 そうして――

 ジャイアントフィア(以下Gフィア)さんとの熱き攻防戦は、幕を開けたのです。

 場慣れしてるからでしょうか……、
 体術に限って言えば、Gフィアさんの能力は、G秋葉様より上でしたよ。

 スリッパが巻き起こす気流の乱れは、見事に私の飛行を妨げてくれましたし……、

 しかも、ダブルですよ?
 ダブル烈○拳ですよ?

 さすがに、乱気流の中で自由に飛行するなんて真似、私には出来ませんからね。

「もらったぁっ!!」

 眼前に迫る赤い壁。

 バランスを崩された私に、避ける術は……、
 まだ、いくらかありましたけど、切り札はまだ使いません。

「もう……まだまだ練習中なんですけど、仕方ないですね〜」

 素早く抜刀し、いつぞやのごとく、ホウキに立ち乗りします。
 そして、念じるだけの詠唱短縮ショートカットで発動させるのは、「強化」の魔術。

 強化系の魔術は、色々種類がありますけど……、
 私のは、一般的なものとは、ちょっと違います。

「存在の強化」と言いますが……簡単に言うと「巨大化」ですね。


 ――夜を知る者は、その闇に呑まれよ――
 ――星を見る者は、その輝きに魅入られよ――
 ――黒き刃の太刀筋は、夜空に煌めく天の川なり――



 そして、呼べば答える、真なる刀。



計算されたクロウ――瞬勝利の剣ルーツ!!」



 ――ばばん!


 私の愛刀は、月の光りですら吸収する、漆黒の刀身に。
 刃渡りは、私の部屋ですら、一刀両断してしまえるくらい、鋭く長く。

 それでも、重さは変わらず、むしろ軽くなっているような気さえします。

「さぁっ! そろそろ私も、訓練開始と致しましょうか♪」

 迫り来る、赤い壁に向かって加速をかけ――
 そして――

「ま〜じ〜か〜る〜……一刀両断!」


 斬――っ!


 赤い壁に、斜めに筋が入ります。
 その筋からは、黒い花びらが溢れ、夜に溶けるように、風に流されて。

 この刀身に触れるもの全て、烏蓮華クロウルーツの花びらになって霧散する――

 まあ、これはさすがにちょっと、
強力過ぎる気がしないでもないですけどね。

 何はともあれ、これでGフィアさんのスリッパは、1つだけになりましたし……、


 ――ぶぶんっ!


「ひゃぅっ!?」

「まだまだっ!」

 ……あら?
 今、ちゃんと斬ったはずなんですけど……、

「せりゃっ!!」


 ぐわっ!


「わわわっ!?」

 おかしいです。
 おかしいですよ、Gフィアさん!

 何でスリッパが無傷なんですか!?

「ええい、ならばもう一度――!」

 振り切った腕には、確かな手応え。

 目の前には、風に流される花びら。
 斬り落とした、スリッパの残骸。

 しかし、Gフィアさんの手には、未だ無傷のスリッパが。

「――なるほど。そういえば、ギャグ属性特有の能力でしたね」

 ツッコミアイテム――
 見た目痛そうな、殺傷力のない武器―

 ギャグ属性の方は、それをいつでもどこでも出せるとか。

 例えるなら、魔力消費なしの無限投影魔術ですね。

 投影魔術が、オリジナルの鏡象を映し出して、
魔力を物質化するのなら、まさに、これは無限の合わせ鏡。

 Gフィアさんは、それが、
 たまたま、スリッパだったみたいですが……、

 ……これじゃ、さすがに鬼に金棒です。

「仕方ありませんね〜……お薬が切れるまで、訓練続行ですか」

     ・
     ・
     ・








 固有結界で、街の方には、
影響が出ないようにしてましたが……、

 展開しながら戦うのは、やっぱり骨が折れました。

 実際、夜明け前には、
お薬の効果も切れて、元通り小さくなって下さいましたけど……、

 やっぱり私は、こういった長期戦には向いてないみたいですねー。

 接近戦は楽しいんですけど、
やはり確実に勝つためには、作戦が大事ですから♪

 まあ……後は、戦力を整え、ゆっくりじっくり、策を煮詰めるだけですね。

 ふふっ……、
 志貴さん、待ってて下さいねっ!








<つづく>





[おまけ・天使様の固有結界]

「ひーいずざぼーんおぶひずみゅーじっく……」

「He is the bone of his music……『彼の体は音楽で出来ている』か?
それにしても…サフィ、発音悪すぎ」

「うっ……い、いいのっ!
魔法は気持ちが大事なんだから!」

「まあ、それは置いておくとして……何してたんだ?」

「ん〜、他の人を媒介にして、発動させる固有結界♪」

「まさか、そのために俺を……?」

「ちなみに効果は、媒介になった人が浮かべたイメージを、
いつでも楽譜に定着させて出せるんだよ。
ほーら、咄嗟の閃きを逃したくないあなたに!
今なら術者込みで、何とたったの50ゴルダっ♪
ほら、カウジー、お買い得だよ〜」

「……は?」

「ふふっ、そうだね〜……、
フォンティーユに戻って来たら、私も貰ってもらおっかな〜」

「あの〜……サフィ?」

「昔みたいに、純白のドレスを来て……また、一緒に……」

「いや……それが出来るなら、ずっと前にやってたんじゃないのか?」

「私が必要だったのは、強い魔力じゃなくて……、
熾天使としての私を、完全に召喚出来る、強い魔力を持った魔法使いだったんだよ」

「それはサーリア……じゃ、ないよなぁ…やっぱり」

「うん、もちろん琥珀だよ♪
あの子も、魔力は強いんだけど、コントロールは苦手みたいだからね。
それに、魔力とは関係ない、全く別な力も使えるみたいだし……、
フォンティーユで会えるのも、そう遠くないかもね☆」






あとがき

 えーと……、
 まずは、四ヶ月近く更新がなかったことにゴメンナサイ。

 『music』は楽譜という意味もあるので、
『彼の体は楽譜で出来ている』の方が合いますね。

 ちなみに英文は、皆さんご存知のアレを、多少変えただけです。
 間違ってても気にしない方向で……ダメですか?

 レンが氷を使えるのは、もちろんReActからです。
 ただ、このお話ではそーとー強くなってる気もしますが……、

 瞬間移動マロールは、Wizardryからの出典です。
 座標指定をミスると、石の中にワープする高等魔法。(笑)

 本当は、回避目的で使う魔法ではありませんし、
使用回数も限られますが、それはそれ、アンバーだから。

 今回、最大の難産だったのは「計算された勝利の剣<クロウルーツ>」です。

 イメージは某斬艦刀。目の前に立ちふさがる者、全てを断ち切る、
妄想具現化デリューション・リアライズ」と並ぶ彼女の切り札ジョーカーなのですが……、

「あっ、しまった。読みはどうすれば……」

 発想元が「約束された勝利の剣エクスカリバー」なので、
やっぱり何か読みが欲しいな〜と思い、友人に事情を話したら……、

 烏蓮華カラスレンゲの英語で、
「クロウルーツ」という、素敵な名前を頂きました。

 ……でも、多分、花びらは黒いんだろうなーって、
イメージ先行なので、実際に調べたわけじゃないんですけどね。

 それでは、次回をお待ち下さい。


<コメント>

秋葉 「私の髪が真っ赤に燃える! 全てを奪えと、轟き叫ぶっ!
    食らいなさい! 愛と、怒りと、悲しみのぉぉぉーーーっ!
    ――『
赤主・檻髪リアリティーマーブル』っ!!」( ̄□ ̄メ
志貴 「どわぁぁぁぁーーーっ!!
    何で、いきなり、赤くなってるんだお前はぁぁぁーーーっ!!」Σ( ̄□ ̄)
シオン 「先程から、志貴が、琥珀やレンの事ばかり気にしているからですね。
      秋葉は、それが気に入らないのでしょう」(−o−メ
誠 「そう言うシオンさんも、何気に不機嫌だし……」(^_^;
翡翠 「……紅茶です、どうぞ」(−o−)=旦
誠 「ありがとう、翡翠さん……、
   ところで、固有結界っては、魔術師なら、誰でも使えるんですか?」(・_・?旦
シオン 「何を馬鹿なことを……、
     固有結界とは、魔術師にとっては、目指すべき究極です。
     おいそれと、扱えるものではありません」(−−;旦
誠 「その割には、俺の周りって、そ〜ゆ〜人が多いんですけど……、
   士郎さんとか、秋葉ちゃんとか、さつきさんとか……」(−−ゞ旦
シオン 「……そういう運命なのでしょう」ヽ( ´ー`)ノ旦
誠 「イヤな運命だな〜……」(T△T)旦
志貴 「そこぉぉぉーーっ!!
    のんびり、茶なんぞ啜ってないで、助けろぉぉぉーーーーっ!!」(T△T)凸
秋葉 「兄さんなんか、兄さんなんか、兄さんなんかぁぁぁーーーーっ!!」( ̄□ ̄メ

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