月姫 & AS クロスオーバーSS
戦力二乗の法則
〜 第四幕 「彼女達の休日」 〜
琥珀とレンがフォンティーユに召喚されてから――
数日が経ったある日――
「あはっ♪ 静かで人もいませんし……いい場所ですねー♪」
アンバーがいたのは図書館の一角。
フォンティーユに住む人には当然の事柄である、
この街についての資料が並ぶスペースだった。
彼女は例のホウキでふわふわと浮かび上がると、
本棚の上の方に収められていた手頃な本を二、三冊抜き出した。
今日は闇の日――
いわゆる日曜日である――
ちなみに、昨晩の話だが……、
「にゃにゃっ! この理論なら、魔力を音に変換できるです〜♪」
どたどたどた……
「早速、実験開始ですぅ〜〜〜!!」
消灯後約30分――
ベットから突然飛び起きたサーリアは、そのまま一階へ直行。
明け方まで、何かカチャカチャと作っていた様だ。
そのためか、朝は全く起きる様子もなかったので、
書き置きを残して二人は図書館にやって来ていた。
元々、サーリアは、闇の日は、全部仕事を、
休みにするつもりだったそうなので、それを踏まえた上で来ているのである。
「あ、レンちゃん。頼んでおいたの、見つかったみたいですね」
手近な席に座って、資料を読みふけっていた所に、
彼女に言われて資料を探しに行っていたレンが戻って来た。
レンが探して来たのは、薬物関連の本と魔導書。
こちらの世界では魔法は日常の物なので、数は結構あったらしい。
小さな体で、ハードカバーの本を三冊。
一生懸命に抱えて走ってくる姿は、アンバーを刺激してうずうずさせるには充分だった。
「ご苦労様でしたね〜♪」
なでなでなで……
レンの頭を撫でるアンバー。
だが、その手が離れると……、
(…………)
ちょっとだけ、寂しそうな表情が。
「あーもう可愛いったらありゃしないじゃないですかー♪
ええもう、このまじかるアンバーが飽きるくらい甘えさせてあげますから、遠慮しちゃダメですよー☆」
がばっ!!
むぎゅ〜☆
なでなでなで……
とまあ、そんなこんなで調べ物は順調に進み――
「一年は12ヶ月で、一ヶ月は24日、一週間は光・火・水・風・土・闇の天使暦……、
こちらの世界は、これの完全なサイクルなんですねー。
私が知ってる天使暦とは少し違うみたいですけど……、
あ、これなら大雑派な年齢換算なら出来ちゃいますねー」
メモ帳を開き、手早くペンを走らせて計算するアンバー。
やがて、計算が出たのだろう。机にコトリとペンを置いた。
「まず、うるう年は省略して、あちら側の一年――つまり太陽暦ですね――を365日としますね。
次に、こちら側の一年は、12ヶ月×24日で288日になります。
例えばここで、向こう側で10歳のレンちゃんを、こちら側の年齢に直すとしますと、
10歳×365日÷288日で……およそ12歳半ばになるんですねー。
やったね、レンちゃん。素敵なレディに一歩前進ですよー♪
ほら、ばんざーいばんざーい」
(…………?)
首を傾げながらも、アンバーの真似をして、レンは両手を上げる。
「……っと、逆に、こちら側で16歳のサーリアさんを向こう側の年齢に直しますと……、
16歳×288日÷365日ですから……、
あら、偶然にもレンちゃんと同じ12歳半ばなんですねー。
……きっと、成長速度に明確な差があるんでしょうね〜」
きっと、そうでなければ秋葉が憤慨しているだろう。
不意に彼女は、遠野家にサーリア招かれ、お茶会を開いている光景を幻視……いや、想像した。
「はふぅ……美味しいですぅ〜…」
「サーリアさん。おかわりありますけど、どうしますか?」
「あ、じゃあお願いしますです☆」
夜のお茶会。いつもと比べて、一人多い。
琥珀が急遽招いた来客に、各人の反応はそれぞれだった。
「琥珀さんの友達って聞いてたけど……」
「ええ。私がよく行くお薬屋さんなんです。
一人じゃ手が足りないから……ってことで、一度お手伝いしたのがきっかけでしたねー」
「琥珀お姉さん……あの時は、本当にありがとうございましたですっ!」
「姉さん……お休みの時にどこにいるか解らなかったのは、
そちらへ行っていたということですか……」
「何だか、サーリアさんが小さい頃の翡翠ちゃんみたいに見えちゃって、
どーにもこーにも放っておけないんですよー。
もう一人妹が出来ちゃった、って感じですね〜」
「あー、それって何だか分かるかも。似てる気がするし……」
「でも、サーリア、琥珀お姉さんみたいには上手くいかないですよ。失敗ばかりですし……」
「ま、まあ、失敗なんて誰でもしますから、気にしちゃダメです。
そうそう、そういえば倉庫の整理、まだ終わってませんでしたよね?」
「あ……先週、全部崩しちゃった」
「大丈夫です! ここに整理整頓の達人がいますからっ!」
「私……ですか?」
「そうっ! 遠野家の清潔と整理整頓を完璧な精度で遂行する翡翠ちゃんです!
そういう訳で、今度のお休みはサーリアさんの所に行きましょうね♪」
そんな四人の会話から外れて、じーっとサーリアを見ている秋葉。
その異様な状況に、真っ先に気付いたのは志貴だった。
「秋葉、どうかしたのか? そんなぼうっとして……熱でもあるのか?」
「い、いえっ! そういう訳ではありません。ただ……琥珀、ちょっといい?」
秋葉は立ち上がると、厨房の方にチラリと視線を送り、琥珀に尋ねた。
要は、「話があるからちょっと来なさい」ということだろう。
「はい。それでは皆さん、ちょっと外させて頂きますね♪」
ずざざざー、と言った感じの走りで、厨房に引っ込む琥珀。
それと一緒に秋葉も向かう。
「秋葉様、どのようなご用件ですか?」
「用と言うか……あの方について、出来る限りの事を教えて頂戴」
「サーリアさんですね? えーと、フォンティーユ在住で、
その街でお薬屋さんを経営してますね。他には……」
どこからともなくファイルを取り出し、琥珀はパラパラとページをめくっていく。
だが、秋葉は少々苛立ちながら、自分が聞きたい部分を簡潔に告げた。
「そうじゃなくて……年齢よ」
「年齢ですか? そうですね〜、サーリアさんの方の暦で言うと、秋葉様と同じ16歳ですが」
「なっ……!」
予想外にも驚く秋葉。
だが、驚くのはまだ早かった。
「ああ、そうそう。サーリアさんの所とこちらでは、ちょっと暦が違うんですよねー。
そこから太陽暦に照らし合わせた年齢換算を行うと、なんと12歳なんですよー♪」
シオンの分割思考にはさすがに劣るだろうが、それでも琥珀の推理力は伊達ではない。
秋葉がそんなことを聞いた動機に、しっかりと思い当たったのだろう。
もしかしたら、最初からそのつもりでこのことを話したのかもしれない。
きっとそうだろう。
「…………くっ」
「秋葉様。心中お察し致します。ですが、お客様にその怒りをぶつけるのは得策じゃありません。
と、い・う・わ・け・で♪ そーんな秋葉様のお悩みを解決しちゃうスペシャルドラッグが、
こーんな所に突然発生しちゃいました♪
その名も、まさきゅーXセカンド! いつぞやのお薬とは訳が違います!」
心を見透かしたような言動に、秋葉が一瞬たじろぐ。
だが、答えを出す前に、琥珀は実行に移っていた。
「さあさあさあっ! そうと決まれば、私もタダでは動きません!
まじかるアンバーとなり、とことんまでお付き合いしちゃいましょう!」
ぷすっ☆
手慣れた手つきの静脈注射。
それこそ、惚れ惚れするような鮮やかさと早さで。
ドガアァァァァっ!
「なななんだぁ!?」
「志貴様、避難を……!」
「ぎにゃぁぁっ! 崩れるですーーっ!!」
突如として照明が消え、崩れ出す屋敷。
そして、舞い上がる土挨の中、声は盛大に響いた。
「ちょっと琥珀! 何なのよ、これはぁっ!?」
「もう秋葉様ったら……随分とたくましくなられましたねー♪」
天井をも突き破らんばかりの勢いで、三人の前にそびえ立つ巨人。
ちなみに、モビルスーツではない。
その名も、ジャイアント秋葉。
略してG秋葉。
もう髪も真っ赤になっちゃってたり。
「なるほど。もはや語るまい、ということね……」
「えー……だって、そんなのメルティブラットをプレイした皆様には、
一般教養と同じくらい浸透しているじゃないですか♪
だから作者さんの頭のスペックの都合上、
そういった部分には、メッセージスキップかけてすっ飛ばしちゃいます!」
(と言うか、メッセージスキップは、ちゃんと書いてあるものなんですが)
G秋葉の肩には、毎度おなじみの蜂起少女が。
その蜂起少女を、とっても下から志貴が呼んだ。
「こーはーくーさぁぁぁんっ!」
「あ、志貴さんっ♪ すぐそちらに参りますから、待ってて下さいね」
ホウキに乗って、G秋葉の肩から降りて来るアンバー。
今の志貴の呼び方が「ドーラーえーも〜ん♪」に似ているのは、きっと気のせいだろう。
「アンバーお姉さん……一体、何があったですかぁ?」
「やっぱりサーリアさんは、私の事を分けて覚えて下さってるんですね。ありがとうございます☆」
なでなで……
「にゃ、にゃぁぁ…」
撫でられて、真っ赤になるサーリア。
その横から、二人がズレた話を直しにかかる。
「琥珀さん……まさか、また何かタチの悪い物に憑かれてるんじゃ…」
「姉さん、今回の行動はあまりに脈絡がないので、
志貴様達も読者の方々も取り残されてしまうのではないでしょうか?」
二人からの質問にもアンバーは動じず、それどころか胸を張ってその質問に答えた。
「大丈夫です志貴さんっ♪ 私、ちゃあんと自分の意思で行動してますもん。
それに翡翠ちゃん。このまじかるアンバーの行動には、れっきとした確たる動機がありますよ?
だから、それを理解してらっしゃる方にとっては、むしろこれは自然な展開なんです♪」
「……その動機とは?」
「もっちろん! 私が楽しいからに決まってるじゃないですかぁ♪」
無邪気な笑顔で、極上の笑みを浮かべる蜂起少女。
あまりの理屈に、思わず志貴の眼鏡がずり落ちる。
これには翡翠も渋い顔だ。
それにも構わずアンバーは、どこからともなく、
2本のレバーが突き出た謎のブラックボックスを取り出した。
「でわでわ、そろそろG秋葉様の試運転と参りましょうか♪」
「こ、琥珀……あなた一体!?」
秋葉が声を出す度に辺りが震えて、また土挨が舞い上がる。
「えへへー。実はですね、静脈注射の際に、
以前シオンさんから教わったエーテライトを打ち込んでおいたんですよ♪
霊子ハッカーとまではいきませんが、こうしてインターフェースはとってありますから、
手足を操ることくらいは出来ますよー☆」
そう言って、手元のブラックボックスを指すアンバー。
どうやら、シオンとアンバーの共同開発によって、G秋葉のコントローラーになっているようだ。
だが、どうも某巨大ロボのコントローラーにしか見えない。
「じゃあ早速試運転といきましょうかね〜」
「うん、確かに。これはこれで楽しくなりそうですね。
今度、シオンさんがいらしたら、色々とお聞きしておかなければいけませんね〜」
それもまた、志貴にとっては覚めない悪夢の一つになるだろう。
魔導書を開きながら、琥珀は楽しそうに笑う。
そして、気付けば時刻は夕方――
もうすぐ閉館時間だと教えられて、二人はやっと気付く有様だった。
それだけ勉強熱心だったのだろう。
「この本は……あ、ここですね♪ こんな高い所にあったなんて……、
レンちゃんも頑張りましたね〜」
アンバーは本を取った時と同じ様に、ホウキに乗って本を戻していた。
どういう訳か、レンの背丈では届かないような所だったが、きっと彼女も頑張ったんだろう。
後ろでアンバーの背中につかまりながら、本が収められていた場所を指している。
「……あら?」
不意に、アンバーが声を上げた。
その視線は、本が日焼けしないように計算されて設けられた窓の向こう、
街を一望できそうなに隣の山に向けられていた。
(………?)
「あ、ごめんねレンちゃん。あそこ…誰かいないかな?」
アンバーが指差したのは、山頂の一角……、
白亜の神殿がそびえる断崖の付近に、僅かだが人影が見えた。
それはレンも同じだったのだろう。こくこくと頷いていた。
「怪しい、と言うか……何だか気になりますねー。レンちゃん、一緒に行ってみませんか?」
(……ふるふる)
「あ、そうですね。サーリアさんが淋しがってるといけませんし……、
じゃあ、レンちゃんは一足先に戻ってて下さい。
私はちょっと様子を見てから、すぐに戻りますから」
そうして、図書館の前で二人は別れた。
レンは、まっすぐに帰り、アンバーはその神殿へ。
「んー……教会を抜けていかないと、歩きじゃ無理みたいですね。
でも、このまじかるアンバーには、そんな制約は関係ありませんね☆」
空飛ぶホウキに乗ったアンバーには、地形など関係ない。
「あはっ♪ ザクとは違うのですよザクとは〜」
――彼女は見ていた。夕焼けに染まる街を。
――彼女は思い出していた。初恋の人と、この街で過ごした時間を。
そして、この場所で思い出すのは、
彼がこの街に最初に来た時に案内したこと。
「うぅ……カウジ〜…」
神殿の柱に背を預け、膝を抱えながら、
いつもの彼女からは想像もつかないような弱々しい声を出すフィア。
やはり傷は深い。
ラスティが相手だったのならば、尚更だろう。
「こんな所で泣いてると……風邪ひいちゃいますよ?」
その柱の横から、優しい声が降って来た。
「え……?」
フィアが見上げると、そこには夕空をバックにして、
優しい笑顔を浮かべる、異邦の服を纏った少女が立っていた。
(サーリアに……ちょっと似てる……)
彼女に対するフィアの第一印象は、大体こんな所だった。
「これからどんどん暑くなりますけど、反対に夜は冷えますから、気をつけて下さいね。
それに病は気からと言いますからね。泣いてばかりいると、
すぐに病気になっちゃいますよ、フィアさん」
「どうして、あたしの名前を……!?」
初対面のはずの人物に名前を呼ばれて、フィアは少なからず驚いた。
それもアンバーからすれば当然のこと。
「フィアさんのことは、サーリアさんから聞いてますから」
「あなたは……?」
「あ、申し遅れました。サーリアさんの家に住み込みで働いている、巫浄琥珀です♪」
「じゃあ、あなたが……?」
「そういえばフィアさんは、あの時いらっしゃったんですよね。
ええ、私はこちらの世界の人ではありませんよ。あ、ちょっと失礼しますね」
琥珀はしゃがみ込むと、驚いたまま表情が戻らないフィアの額に手を当てた。
「……ふぅ。目立った副作用は出てないみたいですね。えいっ♪」
なでなでなで……
フィアがその言葉の意味を悟る前に、そのまま琥珀は頭を撫でる。
「あ……」
「小さい頃の約束とかー、再会したのに気付いてもらえなかったとかー、
やっぱり、そーいうのがあって親近感と言いますか……、
あーもうっ! 何だかサーリアさんとは違う意味で可愛いじゃないですか〜♪」
フィアの髪をぐりぐり撫ながらも、琥珀の暴走は止まらない。
もう何だか、行き着く所まで行ってしまおうかと言わんばかりの勢いだ。
「どうですか、フィアさん。いつか心行くまでお話しませんか?
愚痴でもヤケ酒でもお付き合いしますよ?」
秋葉に比べれば、フィアはまだ……と思ったのだろう。
ちなみに、以前知恵留先生の放課後個人授業で、
(実際は、準備室での盛大な愚痴&ヤケ酒だったのだが)、彼女は随分と聞き上手になっていた。
なでなでなで……
(あ……何たか、こういうのもいいかも……)
その温もりに、フィアが目を閉じて、意識を委ねようとした刹那…
「……あっ!」
はっきりと意識したのは、夕焼けに染まる街――
そこからそれ連想出来たのは、言わば長年に渡る生活習慣――
言葉を返せば、それは刷り込みとも言えるだろう――
――によるものだったのかもしれない。
「フィアさん、どうかしましたか?」
「あのっ、ごめんなさい! あたしお店に戻らないと……!」
慌てて立ち上がり、深々と頭を下げるフィア。
むぎゅっ!
だが、しかし、後ろを向き、駆け出そうとした所で、彼女の手は掴まれた。
「あ、ちょっと待って下さい。
確かフィアさんって、宿屋兼酒場・アンクルノートの娘さんでしたよね?」
「そうだけど……あ、あれ?」
琥珀を振り返るフィア。
だが、そこにいたのは……、
「はい、そういうことでお急ぎでしたら、特別にこの蜂起少女まじかるアンバーの空飛ぶホウキで、
30秒以内に送り届けてさしあげましょうっ!」
ホウキに腰を降ろし、既にいつでも準備オッケーな蜂起少女がっ!
きっと早変わりのスキルも習得済みなんだろう。
アンバーはぐいっとフィアの手を引っ張ると、無理矢理自分の後ろに乗せた。
「ちょ、ちょっと……!」
「元気なのは医者いらずで結構ですが、あんまりおイタしちゃいけませんよ?
しっかりつかまってて下されば、絶対安全ですからね♪」
ふわりと、ホウキが浮かび上がる。
「兵は拙速を貴ぶ、とも申しますし、そうと決まれば善は急げですっ♪
このまじかるアンバーのフライトショーにご招待しつつ、アンクルノートまで行っちゃいましょう!」
そのまま進むにつれて、段々と地面との距離は開き、
やがてはフォンティーユを真上から見下ろせる場所まで来た。
「凄い……綺麗……」
そのアングルは、今まで誰一人として目にしなかったものだった。
遥かなる上天からの眺めは、さながら天使の視点と言っても過言ではないだろう。
「絶景かな絶景かな♪ でわ、そろそろ高度を下げますよ〜☆」
カクンっ☆
そんな擬音語が相応しい感じで、ホウキの柄が街を……いや、大地を向いた。
「傾斜角マイナス85°おっけー……レッツダイビングっ♪」
「いやぁぁぁぁっ!!」
重力によるものだけではない、猛烈な降下がスタートする。
強烈な風圧に、急速に迫り来る街。脅えるフィアとは対称的に、とってもアンバーは楽しそうだ。
「蜂起少女まじかるアンバー、ここに不時着っ☆ですよー♪」
「うそぉぉぉっ!?」
「あはっ♪ 冗談に決まってるじゃないですか。
事はエレガントに運べ、とOZの総帥さんもおっしゃってることですし、
このまじかるアンバーはいつだって先○者公開ページ張りにパーフェクトですからねー♪」
地上10メートル――
アンバーは右腕でフィアの体を支えると、
左手でホウキの柄を強く握り、その向きを180°ターンさせた。
「この場合、Z軸ストレートで速度がノリきってからのブレーキングがカギなんですよね〜。
三咲町の音速の魔女として、擬似垂直一人チキンランをミスる訳にはいきません!
ミスっちゃったら、それこそ蜂起少女の名折れです!」
地上5メートル――
彼女がやろうとしていることは、ギリギリで全力逆噴射を行って、
高度ゼロで速度をゼロにする、という芸当だった。
ちなみに、「音速の魔女」という名が誰に呼ばれていたかは企業秘密だ。
一説によると、「月夜の神風」とも呼ばれていたらしいが。
「たかが秒速○○メートルの速度、このホウキの推力全開で打ち消してみせます!
マイクロセカンドの刹那……見切りましたっっ♪」
ブレーキングポイントを見切ったアンバーは、素早く柄の先端をくいっと捻った。
途端、襲い掛かる強烈な減速。
それは彼女の狙い通りに一分の狂いもなく、アンクルノートの前に着地した。
着地の衝撃は、全く感じなかった。
100万分の1秒を見切った、アンバーの手腕による所が大きいだろう。
「はい♪ 着きましたよ。ちょっとパフォーマンスとしては過激でしたけど……大丈夫ですか?」
「う、うん。何とか……」
ふらふらしながらも、フィアはどうにか立ち上がった。
サーリアの時とは違い、きりもみ回転が加わらなかったためか、
気絶したり酔ったりとかはしなかったらしい。
「じゃあ、私はサーリアさんの所に帰りますから、お仕事頑張って下さいね。
いずれ、皆さんで遊びに行きますから♪」
そう言い残すと、アンバーは颯爽とホウキで飛び去った。
(不思議な……人だったな)
それを見送ったフィアの胸中には、何とも言い表しがたい気持ちが去来していた。
「フィア、何をボーっとしてるんだい? サッサとこっち手伝いな」
「う、うんっ!」
だが、そんな彼女の思いは、店内からの母・ルーサの呼び声によって断ち切られた。
「好調好調、絶好調ですっ♪ まだまだ私も現役でぶいぶい言わせられますね〜……あら?」
日が落ちて、フォンティーユの街を、
ホバークラフト並の高度で低空飛行していたアンバーは、突然、何かに気付いた。
「何だか焦げ臭いですね…煙の臭いですかね〜……?」
風向きを考えて、運ばれてくる臭いの元を突き止めようとするアンバー。
彼女がその出所に思い当たるのと、それを実際に見たのはほぼ同時だった。
上方から襲ってくる夜空に、彼女は天の川を見た。
たなびき、煌めく夜の河――いや、それは……白煙!?
視線を落とした先には、ここ数日間お世話になっている……ウィネス魔法店が。
「にゃ、にゃぁぁっ!」
突然、辺りに響き渡る悲鳴。
もちろん、フォンティーユの人々にしてみれば、何でもない日常茶飯事。
「サーリアさん……何かあったんでしょうか」
そして、より一層多くなる煙の量。
そこからの彼女の行動は早かった。
ホウキの出力を一気に引き出し、加速をつけて街を駆けていく。
「サーリアさ〜ん。どうかしましたか〜?」
店内は、結構な有様だった。
もうもうと立ち込める煙。机の上には、
散らばったいくつかの部品と、煙を吐き続ける頭くらいの大きさの不思議な装置。
そして、レンとサーリアが煙から逃れるようにして、せっせと窓を開けていた。
「あ、アンバーお姉さ〜ん。ドアは開けてて下さいです〜〜!」
「あはは………なるほど。街の皆さんが言ってたのは、こういうことだったんですね」
「あうぅぅ……」
それはここ数日……、
サーリアに連れられて琥珀が配達に出ていた時のことであるが……、
「まぁ……ケガにだけは注意して下さいね」
「爆発とかで大変だろうが、しっかり頑張りなよ」
「実験台にされそうになったら、絶対逃げてね。
匿ってあげることくらいならできるから」
……と、サーリアが紹介する先々で、あまり穏やかではないアドバイスが。
「はぁ、私にはどうにも解りませんが……、
そうですね、研修に来ている身ですから、精一杯頑張らせて頂きますね」
だが、その言葉がどのような意味を持つのか解らなかった彼女は、
首を傾げながらも、いつもの笑顔でそれをかわしていた。
まあ、論より証拠。実際に体験した方が、この場合ずっと早かったということだ。
ちなみに、異世界とかなんやかんやを街の人に説明し始めるとキリがなくなる上に、
滞在許可証の問題がややこしくなるので、
彼女は仮の立場として「王都からやって来た研修生」を名乗ることにしていた。
レンはその妹ということになっている。
それだけで滞在許可証の問題がパスされる訳ではないのだが……それはそれ。
「この蜂起少女の華麗にして大胆な策略と、
この万能ホウキの能力をもってすれば、そんな書類関係の問題なんて楽勝ですっ!
三咲町のフィクサー・まじかるアンバーは伊達じゃないですよ〜〜♪」
というのが本人談である。
遠野家で色々やっていたのだろう、何があってもおかしくはない。
それは、まあ、裏話としてさておき――
ぱたぱたぱた………
ばふんばふん
ガシャーン!
ざっざっざっ……
カチャリ
「ふぅ……♪ お掃除完了ですね」
「にゃぁぁ〜……琥珀お姉さん、どうして空の薬瓶まで割れてるですかぁ…?」
三人が抜群の(?)コンビネーションで事態の収拾をつけた頃には、
すっかり外は暗くなっていた。
(じ〜………)
「も、もう。レンちゃんまで……」
疲れ切ったサーリアはテーブルに突っ伏し、
レンは相変わらずの表情で琥珀を見つめている。
その原因は、どう考えても出るはずのないゴミ――割れた薬瓶だった。
(じ〜………)
「ま、まあ、何事も正弦波みたいなものなんですよ。
上もあれば同じくらい下もありまして、人生楽ありゃ苦もあるさという歌詞も……」
(じ〜〜……)
レンの無言の視線が彼女を射抜く。
そりゃもう容赦なく、いつもからかわれてる仕返しだと言わんばかりに。
「え、え〜と……」
目を逸らして、逃げ道を探す琥珀。
既に退路は絶たれたも同然なのだが……、
とてとてとて
(じ〜………)
追い撃ちをかけるように、なおもレンは続ける。
琥珀が視線を逸らす度に、レンが移動して視線を送り続けていた。
そして、結局、数分後、琥珀が折れた。
「……はい。久しぶりの屋内掃除だったから、思わずはしゃいじゃいました」
遠野家では、翡翠がその辺りをブロックしていたためだろう。
フォンティーユでも、室内の掃除におけるその才能は存分に発揮された訳だ。
ただ、空の薬瓶だけで済んだのは奇跡だろう。
「そういえば、サーリアさん。さっきの煙って何だったんですか?
確かそれだったと思うんですけど……」
おもむろに話題を変えた彼女は、机の上の装置を見た。
制作途中だったのか、内部の複雑そうな構造が外からでもよく見える。
「はいです。お日様の光や、風に宿ってる魔力を引き出して、
何かの音に変換できると思ったですけど……」
「はあ、そういうことでしたか。ちょっと見せて頂いて宜しいですか?」
興味津々、と言わんばかりの笑顔で尋ねる琥珀。
もうウキウキワクワクな感じで、その表情は新薬開発やメカ翡翠作成時に似ていたりいなかったり。
「動力は切ったですけど、気をつけてくださいですぅ……」
「はい☆ ありがとうございます♪」
マントがないのにキュピーンと目を光らせるその様は、もうアンバーにそっくり。
そんな状態のまま、数分内部を調べていた彼女は、すぐに答えを出した。
「そうですね〜……回路が焦げてしまったのは、きっと出力が大きかったんでしょうね。
使う魔硝石、小さくしちゃえばいいんじゃないですか?」
「あ……それですっ!」
言ってから、サーリアは気付いた。
魔力には無縁なはずの琥珀が、どうしてこのようなことを指摘できたのか、という疑問に。
「ふっふっふっ……まだまだ魔法は使えませんけど、
この手のお話でしたらしっかり勉強済みですよ♪
あ、夕食がまだでしたね。これからご用意しますから、待ってて下さいな」
割烹着を身につけた琥珀は、ぱたぱたとキッチンへ引っ込んでしまった。
それを見送ったサーリアの表情は、なんとなく嬉しそうだった。
そして、夕食後――
「あ、それ完成したんですか?」
「はいです。これから動力を入れてみるですよ」
琥珀の指摘によってサーリア直されたその装置は、
心なしかスリムになって机の上に置かれていた。
卵の下半分を切り落としたような形状で、大きさはキャベツくらい。
そして、サーリアがたった一つのスイッチを入れた。
カチッ♪
ザーーーッ……
「ノイズ……ですね」
「にゃ、にゃぁぁ……」
琥珀が冷静に呟き、サーリアがうなだれる。
だが、その後、雑音だけだった部屋に別な音が響いてた。
キュイィィン……
プツッ♪
『あー、あー……ねえ、ちゃんとマイク入ってるのー?』
その声に、サーリアが凍り付いた。
いつぞやの夜に、突然、聞こえてきたその声を、どうして忘れることができるだろうか?
「ぎにゃぁぁぁっ! 亡霊さんですーっ!!」
「あ、いつぞやの亡霊さんの声ですねー♪」
「サーリアに取り憑かないで下さいですっ!
カウジーさんとくっついちゃったのはラスティちゃんですから、サーリアは違うですーっ!!」
いきなり響き渡るサーリアの絶叫。
そして、相変わらず楽しそうな琥珀の声。
ノーリアクションなのはレンだけだ。
「せっかくですし、このまま続けて聞いて、記録として残しておきましょうか。
あとで志貴さん達に話してあげませんと」
速攻で紙とペンを取り出し、その声に聴き入る琥珀。
きっと、一言一句逃さぬように速記でメモを取るのだろう。
だが、サーリアは断固として反対する。
「だっ、ダメですっ! 呪われるですよ!」
「え〜〜……綺麗な声なんですけどね。
それに、言いたいことを言ってスッキリしちゃえば、念が晴れて成仏して下さるかもしれませんし、
ここで引いたらせっかくの怪談話が皆さんにお伝えできないじゃないですか」
『あ、うん、大丈夫みたいだね。
この放送はここ、夢の回廊から(ピー音)放送の共催で天使の力に乗せて、
一晩中生放送で私の歌をお届けする番組です!』
二人がもめている間にも、その声はしっかりとラジオ番組(のようなもの)を進めていく。
「う〜……ダメです嫌ですっ! やっぱり怖いです〜〜〜!」
サーリアはいてもたってもいられなくなり、階段を駆け上がって自分の部屋へ直行した。
『ちょ、ちょっと! 今の変な音は一体……?』
『まあ気にしない気にしない♪ あーゆーの使っとかないと、
こわーい人達がやって来ちゃうかもしれないから、ね?』
その放送にはまた別の男性がいて、何やら気にしているらしい。
それを、サーリアが言うところの「亡霊さん」が、何でもないことのように流す。
「あらら……痴話ゲンカみたいですね♪」
琥珀も大したことは気にしないようだ。
『じゃあ、早速だけど何か好きなのから弾いてね。私はそれにあわせて歌うから』
『はいはい、それじゃあ久しぶりに……』
旋律が紡がれ、地上に久しく響き渡る歌声。
最後にそれが地上で聞かれたのが、まさか200年も前だとは誰も思わないだろう。
これは、歌が歌えれば、それだけで幸せだったある少女の、ささやかな夢。
記憶をなくし、長らく彷徨っていた楽士の青年が取り戻した、かつての姿。
そして、この街でのその聴衆は、黒猫と異世界の来訪者。
夜明けはまだ遠く、始まったばかりの音色はまだ終わりを知らない。
だが、その音色と歌声は、他の世界にまで語り継がれることになるだろう。
「こんな歌を聴かないなんて、もったいないですね〜。
サーリアさんも怖がりなんですから……、
怖いと思うから何でも怖く見えちゃうんですよ、ねえレンちゃん?
悪夢もそういうものですよね〜〜♪」
……もっとも、天使の歌としてではなく、亡霊の歌としてらしいが。
<つづく>
あとがき
何だかもう、第四幕を書くにあたって、
メルティブラッドから本当に沢山のネタを使わせて頂きました。
G秋葉、まさきゅーX、エーテライト……と色々ですが、その反面、没にしたネタもありました。
何度も死に掛けたフィアが、アンバーの投薬をきっかけに直死の魔眼を使えるようになったりとか。
主人を失ったメカ翡翠が、時空を飛び越えてフォンティーユに降り立ったりとか。
タタリの発生を感じ取ったシオンが、フォンティーユにどうにかしてやってきて、
ルーシアと化したタタリに対して、カウジー&ラスティ&アルテがシオンと一緒に挑んだりとか。
特に一番最後のは、何だかもう凄く魅力的な考えだったんですが……、
矛盾が出始めたらキリがない上に、そこまで持っていくのも難しいので、泣く泣くポイしました。
逆に、図書館での年齢換算ネタは随分と温存していました。
あくまでも日数だけの話なのですが、もし天使暦の1年が15ヶ月とかだったりしたら、
年に5日程度のズレしかなくなって、この話が破綻してしまいます。
多分、大丈夫だとは思うんですが、そうならないことを祈るだけですね。
なむなむ……、
<コメント>
??? 「どうやら、お困りのようですね、志貴……」(−o−)
志貴 「えっ? その声は、まさか……っ!?」Σ(@□@)
シオン 「お久しぶりです、志貴……」(^_^)
志貴 「シオン、どうしてまた、ここに……?」(・_・?
シオン 「志貴が困っているようでしたので、少々、助言をしにきました」(−o−)
誠 「……助言というと?」(・_・?
シオン 「私の記憶によりますと……、
召喚プログラムで召喚されたものは、召喚者が使役できるはずです。
あの夢魔は、志貴の使い魔ですから、変化はありませんし、
琥珀も、一応、志貴の召使いという立場ですから、特に危険はないと思います」(−o−)
誠 「そうか、琥珀さんを使役できるようになれば、
志貴さんにとっても、何かと都合が良いだろうし……」(^_^;
志貴 「それ、絶対、無理だと思う……、
あの琥珀さんのことだ。最初は使役されてるフリして、裏でコソコソ企んで、
いつの間にか、従えてるつもりが、コントロールされるようになって、
気付けば、がんじがらめで逃げ場無しにされるんだ」(T△T)
誠 「随分と具体的な……」(^_^;
シオン 「まあ、すぐそばに、実例がいますからね……」(−o−)
誠 「まあ、どっちにしても、今までと変わらないってわけか……」ヽ(
´ー`)ノ
シオン 「ただ、これも召喚が成功すれば、話です。
あなたの召喚プログラムは、不完全なのでしよう?」(−−?
誠 「そうなんだよな〜。だから、あまり使いたくないんだよ」(^_^;
シオン 「手詰まりですね。せめて、琥珀達と連絡が取れれば……」(−−;
一方、遠野邸――
秋葉 「……クシュン!」(><)
翡翠 「秋葉様、お風邪ですか? 姉さんに頼んで、お薬を出して頂きましょうか?」(・_・?
秋葉 「あれ以来、琥珀の薬って、どうも信用できないんだけど……、
そういえば、琥珀は? 兄さんやレンの姿も見えないけど?」(・_・?
翡翠 「志貴様でしたら、今朝、何やら慌てて藤井様のところへ行かれました。
姉さんとレン様は――っ!!」Σ(−−)
秋葉 「――ハッ! まさか、三人で駆け落ちっ!!」Σ( ̄□ ̄)
翡翠 「その可能性は高いかと……如何致しましょう?」(−−メ
秋葉 「取り敢えず、藤井さんのとろに行くわよっ!!」( ̄□ ̄)凸
翡翠 「かしこまりました」(−−メ
誠 「また、引いたぁぁぁぁーーーっ!!」Σ( ̄□ ̄)