月姫 SS

   
蜂起少女 まじかるアンバー







 EPSODE 1 変身☆ まじかるアンバー♪



 丘の上に建つ場違いな程不気味なお屋敷――
 遠野家――

 夜の静寂が似合うその屋敷の一角で……、

 ――「それ」は起こっていた。





投薬! 投薬! 投薬! 投薬!(あはー♪)×4

朝ごはん抜いちゃいーけーません♪(ダメダメ! ダメダメ!)
お薬いーやがっちゃいーけーません♪(ダメダメ! ダメーっ!)

やーまーい〜憎んで〜新薬〜開発〜♪
あなたに診断下します!!

(セリフ)あは♪ 志貴さんはもう少しお薬を増やさないといけませんねー♪

まじかるアンバー☆

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

これが私のくち〜ぐーせ〜♪

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

あまり出番ない〜けーど〜♪
いざとなぁったら〜裏から糸引く〜♪(あ〜あ〜あ〜あ〜♪)

投薬! 投薬! 投薬! 投薬!(あはー♪)×4





「姉さん、一体、何を……?」


 
――ビクっ!!


 声をかけられ、振り返った人物はフードを目深にかぶり……、
 屋内だというのに竹ぼうきを両手に携え……、
 洋館である遠野家であるにも関わらず着物姿と……、

 場に対してちぐはぐな格好をしていた。

「そう……見てしまったのね翡翠ちゃん…」

「……姉さん。ゲームをするなら、せめてもう少し音量を…」

 その姉の服装にはツッコまず、
まず、廊下まで響くその音楽に対して進言するメイド服の妹、翡翠。

 夜の見回りの最中に、通りかかった姉の部屋のから、
何やら陽気な音楽が聞こえて来たので、ドアを開けたらこんな有様だったわけだ。

「翡翠ちゃんと言えど、見られてしまったからには仕方ないですねー♪」

「ね、姉さん……?」

 琥珀……改め、まじかるアンバーのその口調と楽しげな笑みに、
本能的に危険を察したのか翡翠が一歩下がる。

 そこへ、ずずいと間合いを詰め、がしっと両手を掴むアンバー。

「この際一蓮托生ですー!そうですね〜。翡翠ちゃんは、洗脳探偵みすてりあすジェイドとして
この私、蜂起少女まじかるアンバーの片腕として張り切っちゃってもらいましょうか♪
あ、ジェイドの綴りはj・a・d・eですよ。
一部の英和辞書だと載ってないかもしれないので、探す方は注意して下さいねー」

「どこ見て言ってるんですか……しかも蜂起って……」

「あー! 翡翠ちゃん疑ってますね〜?
このお話に限って、ホウキ少女の名を捨てて蜂起少女にクラスチェンジですよー♪」

 誤字ではないか、と言う間を与えずにすかさず攻勢に移るアンバー。
 さすがと言うべきか、それとも全て計算の上か。

「……具体的にはどのように蜂起ですか?」

「あは♪ 翡翠ちゃんも乗り気ですねー。
さあっ、さっそく某赤い彗星専用コスチュームに着替えて地球降下作戦発動ですよー」

「姉さん……さっきと言ってることが違う……」

「いいんですっ。これは夜のお勤めで疲れちゃってる翡翠ちゃんに対して、
レンちゃんが見せてる夢なんです!夢オチです!
だから不思議現象の一つや二つ当たり前なんです!
のーぷろぶれむです! 立てよ国民よー♪」

 翡翠はいつも以上にはっちゃけた姉の行動に、一歩踏み込んでしまった事を少し後悔していた。

(姉さん……志貴様や秋葉さまは、お休みになられていますし……
私がどうにかするしかないようですね……)

 翡翠は、本当に自分と瓜二つな姉をじっと見つめた。

「あはー♪ やる気ですね翡翠ちゃん! さあさあ忍者スタイルでサクっと暗殺稼業ですー♪」


 
――ビシィっ!!


 楽しそうに暴走を続けるアンバーの眼前に、
恐いくらいに綺麗に伸びた翡翠の指が突き付けられる。

 そして……、


 
キュイィィィィン……


 ぐるぐる、という擬音語など生ぬるいとでも言わんばかりに、その指が宙に高速で円を描く。
 長時間続けるとバターにでもなってしまいそうだ。

「眠くなる眠くなるねむくなるねむくなるネムクナルネムクナル……」

 呪文の様に低く繰り返される翡翠の言葉。
 それは、いくつもの怪事件を(無理矢理)解決に導いた必殺必中の催眠術。

「残念だったね翡翠ちゃん! この通常の三倍、キックの反動でも動ける、
高機動型まじかるアンバーには、その動きは止まって見えるんですよー♪」

 しかし、アンバーは陽気にそう言うと、
某マンガでおなじみのテン○シー○ールで翡翠の指と同じ方向に回転し始めた!

「なっ……!?」

「翡翠ちゃんにこれを使うのは心苦しいけど……昏倒するだけだから大丈夫だよ♪」

 素早く懐からスプレー缶を取り出すアンバー。
 翡翠に逃げる隙を与えずに、その顔へ気体が噴射される。

「大人でもコロリ☆ 蟻酸と濃硫酸でお手軽に作れる一酸化炭素ですー♪」

 無味無臭のそれを喰らって、翡翠は成す術もなく床に崩れ落ちる。

「あはー♪ 換気しておくから、起きたら窓を閉めててね翡翠ちゃん。
……でも、明日辺りまで起きないでいてくれると嬉しいかな☆」

 ばたんと窓を開け放ち、颯爽とホウキにまたがるアンバー。
 ふわりとその体が床から浮いて、窓のふちを乗り越え……、

「あ、一酸化炭素は本当に危険なので、良い子のみんなは使っちゃダメですよー♪
それと、石油ストーブの不完全燃焼から一酸化炭素中毒になってしまうこともありますから、
冬場は寒くても定期的に換気をすることをおすすめしますー。まじかるアンバーとの約束☆ですよー♪」

 くるりと振り返りカメラ目線(どこ?)でお約束の言葉を残すと、
今度こそアンバーは魔法の蜂起…もといホウキに乗って、満月の輝く夜の街へと繰り出した。

「さぁっ! 始まりました新番組[蜂起少女まじかるアンバー]。
主題歌は[投薬☆まじかるアンバー]でお送りしました〜。
来週も、この時間に往診に来ますから、出来るだけ地下牢で大人しくしてて下さいねー♪」








 EPSODE 2 騙し討ちのまじかるアンバー



「うわ、これは凄いですねー。猟奇殺人って報道されてるのも納得できますね〜」

 アンバーがいたのは路地裏だった。
 ホウキに乗って、地面ギリギリで浮遊している。

 無理もないだろう。
 辺り一面は血の海で、所々に肉片が浮いている。

 すさましい力でコンクリートの壁に叩き付けられたのか、
体のどこのパーツか分からないまでになった肉塊が、ひび割れた壁の側に転がっていた。

「なるほどなるほど。見るのは始めてですけど、これが死徒っていうのですかねー?
この方法はシエルさんでも志貴さんでもありませんから……アルクェイドさんですね。
もしかしたら、もうアパート帰っているかもしれませんし…手は打っておきましょうかねー♪」

 ふわりとホウキが浮き上がると、アンバーはその柄を空へと向けた。
 そして、その目的を達成するために、再び星空へと舞い上がって行った。

「あはー♪ こんばんわです、アルクェイドさん。いい夜ですね〜」

「えーっと、確か志貴の所の……メイドじゃない方ね」

「そうですそうです大正解です〜。
普段は遠野家の台所を預かる巫浄琥珀、またある時は皆様に畏れられる割烹着の悪魔。
そして今は、軍事機密的な任務遂行のために夜空を飛び回る蜂起少女まじかるアンバーです!
ちなみにスペシャルオプションで、この世界の危機に際しては、
超法規的少女本気狩暗婆として投薬☆ですよ〜♪」

 窓越しに交わされる奇妙な二人の会話。
 彼女らの間で、ナチュラルにそれが行われているのは何とも奇妙な光景だ。

「まあ、それはさておきですね、アルクェイドさん。お話があるので、上がってもいいですか?」

「別にいいわよ。話が何かは知らないけど」

 彼女とて、窓から出入りするのが常識というわけではない。
 遠野家の場合は、秋葉が誇る鉄壁の警備(彼女の強い意思も)のため「仕方なく」だったからだ。

 だからといって窓から入るのに抵抗がある訳でもない。

 アルクェイドの了承を得て、アンバーは部屋に入る。
 そして「ぐぐっ!」と親指を立てると……、

「おめでとうございます、アルクェイドさん! あなたは厳正なる抽選の結果、
[とびきり美味しくて涙が出る蜂起少女まじかるアンバーの手料理をご馳走してもらえちゃうぞいぇい☆]な
権利が当たっちゃいました〜、どんどんぱふぱふ〜♪」

 そう陽気にのたもうた。

 さらに、種も仕掛けもなく二人の間に紙吹雪が舞い降りる。
 いつの間にか、アルクェイドの部屋の天井には開いたくす玉が出現していた。

 アンバーが立て続けに仕掛けた、とびっきりの連続コンボに若干戸惑いながらも、
 アルクェイドは時間をかけてアンバーの意図を理解した。

「えっと、志貴みたいに何か作ってくれるの?」

「はいそれはもう♪ 志貴さんからちゃあんとお話を伺いましたし、
この通り、お買い物も準備オッケーです! 私とて遠野家の台所を預かる身。
かならずやアルクェイドさんのご期待に答えてみせましょうっ!」

 どこに持っていたのか、近所のスーパーのビニール袋を見せると、
 アンバーはスキップしつつキッチンへと向かう。

「街のパトロールでお疲れでしょうから、
アルクェイドさんは休んでいて下さいね〜。台所お借りしまーす♪」

「そっか。頑張ってねー!」

 一瞬にして料理モードに入り、割烹着の悪魔として、
キッチンへと向かうアンバーに、アルクェイドは無邪気にもエールを送っていた。

 ……その後、彼女に訪れる災難を知ることもなく。

「いっただっきまーす!」

 箸を手に、元気よくアルクェイドがどんぶりに向かっている様は、
 どことなくアンバランスかもしれない。

 相対的に見れば、その傍らに割烹着と妖しげなフードを装備した蜂起少女がいるから、
 どっこいどっこいといった所だろうか?


 
ずずず〜〜〜

 
ずずず〜〜〜


「お味の程はいかがですか?」

「うん、ほんとに志貴よりおいしいよ。もしかして、志貴もこういうの食べてたりするの?」

「いえいえ、確かに作るのは私なんですが、
秋葉様がお許しになられないので、ラーメンは作って差し上げられないんですよ〜」

「ん〜…そうね。妹はその辺り厳しそうだしね」

 二人の間で様々な話に花が咲き乱れる。
 あちらこちらへと変わる話の間にも、ずるずるとラーメンは減っていく。

 そして……それは起こった。

「……!!」

 アルクェイドの箸が唐突に止まる。
 それを確認したアンバーが、キュピーンと目を光らせた。

「あは♪ 気付いちゃいましたか?」

「ま、まさかまさか……」

「言いましたよねー? 志貴さんからちゃあんとお話を伺ったって。
もちろん、ニンニクが弱点なのも押さえてますよ〜♪
隠し味は濃縮ニンニクエキス濃度10倍です!
私の予想では三日間は動けなくなるはずですね〜」

 アルクェイドの眼が金色に変わる。

 しかしそれも一瞬だけ。
 今の彼女にはそこまでの力はなかったらしい。

「あは♪ギブアップみたいですねー。
蜂起少女まじかるアンバーは、志貴さんを狙う方々に対抗するために現れたんですよー。
なので正ヒロインのアルクェイドさんは…この状況じゃ無理だとは思いますけど、邪魔しないで下さいね〜」

 床にうずくまるアルクェイドを放ったまま、アンバーは再び窓を開け放った。

「断っておきますけど、嘘はついてませんよ?
嘘をつかなくても相手を騙すことは出来ますから、言葉遊びみたいなものですねー♪」

 ホウキにまたがり、三度目の夜間フライトへと彼女は飛び立った。

「投薬! 投薬! 投薬! 投薬!(あはー♪)」

 そのホウキから尾を引く星屑は、どういう訳か[投薬☆まじかるアンバー]を奏でていた。
 しかもボーカルつきで。

「料理はですねー。楽しく作れて、楽しく食べて頂ければ、
私としてはそれだけで満足ですねー。翡翠ちゃんも頑張って欲しいです〜」








 EPSODE 3 見参! お料理探偵くっきんぐアンバー




「投薬! 投薬! 投薬! 投薬!」

 危なさ大爆発の歌を歌いながら、夜空を飛行するまじかるアンバー。
 その視線は常に地上に向けられていて、次の標的を物色していた。

「あなたに診断〜下します〜! ってあれは……?」

 サビの手前で途切れる歌声。
 そして、急降下するアンバー。

 その先には、またしても血の海が。
 しかし、その海に横たわっていたのは死徒の類ではなかった。

 辺りには細見で長い釘のような剣が散らばり、
とてもビックな銃剣のような物は、動かしがたい重々しさと血飛沫を纏って鎮座していた。

 そして、カソック姿の使い手がその傍らに倒れていた。

「――シエルさん!?」

 さあっと青ざめ、ホウキから飛び降りて駆け寄るアンバー。
 もしこれが演技なら、オスカーも取れるかもしれない。

「脈は正常ですね、体温が若干低めですけど……、
こんな血の海を作っておいて、どうして平気なんでしょうか……」

 手慣れた様子でシエルの体をチェックするアンバー。

 そして彼女は見つけてしまった、俯せに倒れているシエルの指が、
 血文字を綴っていたようになっていたのを……、

「こっ、これはダイイングメッセージ!? ということは殺人事件ですね?(死んでません)
翡翠ちゃん……もとい、洗脳探偵みすてりあすジェイドの出番を私が取っちゃってもいいんですね!?
視聴者のみなさんはそれでもオッケーですか?」

 カメラ(どこ?)に向かって聞き耳を立てるアンバー。
 やがて、満足したように頷いた彼女は、カメラ目線でビシッと親指を立てた。

「ありがとうございます♪ それではお待たせしました!
神の如き推理で、どんな薬品も原料を特定♪
料理もお薬も作れちゃう。鋭い手腕で事件も料理♪
お料理探偵・くっきんぐアンバーに変身です〜!!」

 足早にフレームアウトしたアンバー。
 画面には「しばらく待ってて下さいね♪ じゃないと投薬☆ですよ〜」の文字が。





 ――しばらくお待ち下さい。





 
とてとてとて……


「さぁっ! 変身も終わった所で、現場検証を始めちゃいます!
お料理探偵くっきんぐアンバーの事件簿、ファイル1[第七聖典はカレーの香り]スタートです〜」

 明るい緑のベレー帽を目深にかぶり、古ぼけた黒ぶち眼鏡をキラリと光らせ、
 口に煙草のパイプをくわえたアンバーは、いきいきと楽しげに周囲を見回した。

「現場の巫浄がお伝えしまーす。凄惨な事件の現場となったのは閑静な街の公園で、
辺り一体には肉塊や血痕、それに被害者の持ち物と思われるビックフットサイズの銃剣や、
明らかに銃刀法違反しちゃいそうな細見の剣が散乱しちゃってまーす♪
何のお仕事をしていたんでしょうね〜?」

 マイク片手に、現場の状況を伝えるリポーターとして実況するアンバー。
 血生臭いはずの現場も、彼女がはしゃぎ回るだけであら不思議、宴会会場よりとぼけてしまう。

 ついでに、当然と言えるのかどうかは考えものだが、彼女の口調には緊張感のきの字もなかった。

「あ、見て下さい! これは被害者のダイイングメッセージではないでしょうか!?
個性的過ぎる字なのでよく見えませんが……え〜と――」

 ――[ヨモツヒラサカノボレ]

「――てへ♪ これは日本帝国海軍の暗号か何かでしたねー。
今度は真面目に読みますよー♪」

 ――[Give me curry!]

「……なるほどなるほど。
これが真実の配合ですね! 謎は全て解けました!」

 ミステリアスな音楽が辺りに流れ出した。そしてアンバーの謎解きが始まる。

「この状況から導き出される事件の経緯はこうです。
深夜、シエルさんは相変わらずの黒鍵&第七聖典装備でこの公園に赴きました。
ばったばったと死徒の群れを屠るシエルさん。
しかし、何らかのトラブルがあって彼女はその場に倒れ込んでしまいます。
これは、彼女の体に目立った外傷がないことから伺えます。
周囲に飛び散った肉片や血痕は、ゾンビ……じゃなくて、ちゅーちゅー血を吸われて
死徒になってしまった人達のものですね。
実際に起こったことも、ほぼこれで間違いないでしょう。
さて、では何故彼女はこのような場所に倒れ込まなければならなかったのでしょうか。
死徒を狩る際は結界を張り、自らの姿を見られたとあっては速やかに口封じを行う方です。
全ての作業は迅速かつ隠密に、が原則であるにもかかわらず、です。
その謎を説き明かすのがこのダイイングメッセージなのです!
いいですか皆さん。ご存知の通り、シエルさんはカレー好きです。
それはもう、どこかの銀髪で対人恐怖症で縁側でお茶をすすりながら芋かりんとうを頬張る
某巫女の方よりも、数倍カレーにかける情熱と食欲は上なんです。
もしそんな彼女が、夕飯のカレーを食べずに死徒退治に来ていたらどうでしょうか?
健全な学生の皆さんは、夕方五時六時でも空腹感を感じる現代です。
帰宅するために住宅街を突っ切る際、民家から漂う様々な香りに心を踊らせ、
同時に空腹感をつのらせた方も多いことでしょう。
ちょっと話が逸れちゃいましたね。ともかく、シエルさんはカレーがないと生きていけないんです。
重力に魂を引かれた方々と同様に、シエルさんはカレー鍋の中に魂を入れられちゃったんです!
それと、以前志貴さんが教えてくれたんですが、
シエルさんは夕食しかカレーライスを食べないそうです。
カレーパンやその他の物は別ですが、カレーライスは夕食だけらしいですね。
さてさて、彼女のダイイングメッセージと、以上のことからお分かり頂けたと思いますねー♪
そう、彼女をカレー欠乏症で倒れさせ、この場所に放置しちゃったのは……シエルさん!
夕飯を抜いて死徒退治に来た、他ならないあなたのおっちょこちょいなのです!!」

 とてつもない長台詞から、倒れているシエルに対して、
ビシッと指を突き付け、宣言するアンバー。かなり役者だ。

「まあ、いつまでも放っておくのも可哀相ですからねー。
カレー欠乏症の治療でもしてあげましょうか」

 彼女がパチンと指を鳴らすと、場の雰囲気にそぐわない(むしろ正反対の)簡素なキッチンが現れた。
 こうして見ると、周囲の惨状の原因が、彼女の仕業に見えてしまうのは気のせいだろうか?

「カレーの辛い成分はですね、カプサイシンと言いまして、
確か唐辛子に含まれる成分と同じなんですねー。まず唐辛子をきざんじゃいますね」

 まな板と包丁を用意し、手元を見ずに話しながらみじん切りにしていくアンバー。
 遠野家の食卓の支配者は伊達じゃないといった所か。

「ちなみに皆さんご存知ではあると思いますが、私はカレーを料理ではないと考えています。
ですから、ここでは[カレーに近づけた何か]を作っちゃいますね♪」

 目深にかぶったベレー帽の奥の目をキュピーンと光らせ、眼鏡のズレを直す彼女。

 仕種としてはかっこいいかもしれないが……、
 口元に浮かぶ妖しい笑みが、素直にそう思わせてくれない。

「そうですね〜、何かとろみがある物があれば、ちゃちゃっと出来ちゃうんですが……そうでした!
確か知り合いの薬剤師の方から頂いたアレがありました!」

 流しの下を開けて、古い壺を取り出すアンバー。
 中にはなみなみと液体が入っている。

「以前出張先で頂いた、驚異の万能薬・エリキシル(三年物)です♪
その効果は難病をたちどころに治し、ゾンビだって復活しちゃいます!
これにきざんだ唐辛子を加えて掻き混ぜれば…きっとシエルさんも復活です!
ささっ、投薬☆ です〜♪」

 ぐるぐると壺を掻き混ぜ、完成した三年物エリキシル・改を、
倒れているシエルに無理矢理飲ませるアンバー。

「んぐっ!」

 飲み込んでから約三秒、いきなりシエルの体が痙攣反射を起こす。
 それを見やったアンバーは、お料理探偵から蜂起少女へと姿を変え、空飛ぶホウキに飛び乗った。

「あはー♪ これに懲りたら、不安なのに気付けパンチとかしちゃダメですよ〜。
確かにあの時は琥珀ではなく七夜でしたけど、私であることに変わりはありませんからね〜」

 にこやかな笑顔でそう言い残すと、彼女はそのまま空へと飛び立って行った。

 いつの間にか、東の空が明るくなりつつあり、夜の終わりを意味していた。

「そうですね〜、もうあらかた片付きましたから、そろそろ詰めに入りましょうかねー♪
待ってて下さいね志貴さん!このまじかるアンバーがお迎えに上がりますからっっ!」

 そして、亜光速のスピードで朝焼けの空を横切る彼女の姿を見た者は誰もいなかった。








 EPSODE 4 逃亡! 檻髪破りのまじかるアンバー



「あはー♪ 翡翠ちゃんには私の服を着せてナルコサミン打ちましたし、
秋葉様はまだ起きる時間じゃありませんし、寝起きが悪い志貴さんには
気付け薬があるから大丈夫です!これで蜂起少女まじかるアンバーの目的達成です!」

 彼女の部屋で、嬉しそうにきゃいきゃいとはしゃぐアンバー。
 そのそばのベットの上には琥珀…の服を着せられて眠らされた翡翠が。

「そう言えば、ナルコサミンに関して説明しなければいけませんねー。
ナルコサミンはですね、某SF小説の中で登場する麻酔薬の一種で、
人工的に冬眠状態を起こす効果があるんですよー。
作中では宇宙船の密航に使用されて、六週間眠っていたそうですね。
翡翠ちゃんにはちゃーんと量を調節しましたから、普通に寝てるのと変わりませんよ〜…多分。
常套手段としては、クロロホルムを染み込ませたハンカチで…と言うのが王道かもしれませんけど、
実はあまり知られてないことなんですが…クロロホルムには発ガン性があるんですよ。
ですから、ちょっと面倒で回りくどい方法でしたけど、ナルコサミンの方が安全でしたね☆」

 あはは☆ と笑って解説を終えるアンバー。
 そして、彼女はホウキを片手に、様々な道具類を背に、意気揚々と廊下へ踏み出した。

「さあさあさあっ! 蜂起少女の本領発揮です!
騙し討ちだろうと下剋上だろうと、何だってやっちゃいます! 立てよ、国民よ!」

 自由落下に等しい急加速で、ウナギ上り的にテンションを上げた彼女は、
 そのままスキップしながら志貴の部屋へと向かって行った。

「しーきーさんっ♪ おはようございまーす☆」

「こっ、琥珀さん!?」

「あはー♪ 今の私は琥珀であって琥珀ではない者、蜂起少女まじかるアンバーなのですよ〜。
琥珀とは違うのですよ琥珀とは〜☆」

 夜の街に繰り出していて、今から寝直そうとしていた志貴は、
 いきなりの訪問者に驚きを隠せなかった。

 ちなみに本日は土曜日、一般の高校はお休みである。

 そして、アンバーは志貴の腕をがしっと掴むと……、

「そう言う訳で志貴さん。駆け落ちしましょう!」

「はいっ!?」

「このライバルの多い街では、たとえ人気投票で上位だった私とでも、
高確率でらぶらぶにはなれない運命です!
七夜の屋敷で二人一緒に永遠のストーリーを展開しちゃいましょう!
このままでは人気投票大本命のアルクェイドさんに操を奪われちゃいますよ!?」

 すさましいことを言ってのけた。あまりの突拍子のなさに、志貴の眼鏡がずり落ちる。
 志貴は眼鏡をかけ直し、どうしたものかと考え込んでいたが……、

「そこまでよ、琥珀」

 アンバーの背後に立つ人影。
 それに気付いた彼女は、ぱっと志貴の腕を離し、軽やかに反転した。

「秋葉!?」

「危ない所でしたね、兄さん。そして、どういうことか説明して頂戴、琥珀。
翡翠を眠らせ、兄さんを連れ去ってどうするつもりだったのかをね」

「翡翠まで!? 琥珀さん、一体何を……?」

 突然、現れた秋葉の一言で、双方向から一挙に攻められるアンバー。
 しかし、そんな二人の視線に臆すこともなく、彼女は調子を崩さずに返す。

「あは♪ 翡翠ちゃんはまだ軽目ですー。
アルク&シエルさんは、当分動けないでしょうけどね。
それと私は琥珀であって琥珀ではありません! 蜂起少女まじかるアンバーです☆
詳しい説明は昨日やっちゃいましたので省略ですけどね〜」

「……まあ、それに関しては説明してもらう必要もないわね。
ただ、その遠野家に相応しくない卑俗で低能そうな名称は考え物だけど」

「え〜……設定の名前が某電気街に似ている方に言われると、説得力ありませんねー。
しかも、ご本人はその街とは全く正反対の属性ですし」


 
ピシッッ……


 志貴の視界で、「何か」が割れた……、
 黒髪が赤くなる秋葉、何かを狙って手をわきわきと動かすアンバー。

「ふうん……一度お仕置きしてあげる必要がありそうねぇ!」

「あは♪ そういうことは、相手を制圧してから言うものですよー」

 先に仕掛けたのはアンバーだった。
 目立たぬように張ってあった落とし穴のヒモを引っ張ると、次の瞬間秋葉の足元に暗黒の口が開く。

「くっ……!」


 
シュルルルル……

 
ぱしぃっ!


 しかし、落ちる寸前に髪を伸ばした秋葉は、
その髪で志貴のベットの足につかまり、その反動で落とし穴から逃れた。

 重さを感じさせない軽やかさで秋葉が床に着地する。
 しかし、辺りは既に煙に包まれて白一色だった。

「残念でしたね秋葉様。フェイクですよー。
私としては、どちらに引っ掛かって頂いてもよかったんですー。
このミノフスキー粒子下でも戦闘不能な程の視界不良なら、
秋葉様の[略奪]は使い物になりませんからね〜♪」

 確かに彼女の能力である[略奪]は、対象の姿を視覚で認識しないと発動させることは出来ない。

「そっちね!」

 だが、秋葉は声がしてきた方に跳んだ。
 彼女の視界に一瞬だけ、紫に近いリボンが見える。

 秋葉が髪を伸ばし、一気にそのリボンを包んだ。


 
――ぱんっ!


 突然、部屋に響く破裂音。
 そして、楽しげなアンバーの声。

「あはー♪ わざわざ声を出して位置を知らせるなんて真似、する訳ないじゃないですか。
今秋葉様が略奪したのはですね〜リボンの形をした[蜂起少女専用・防御的ダミーバルーン]です☆
ちなみにスピーカー装備で、重りの役割をするバラストには、フグ毒で有名なテトロドトキシンを使用してるんですよー♪」

「うっ……」

 秋葉が床に膝を着く。
 そばに転がるスピーカーは、なおも陽気な声を流し続ける。

「テトロドトキシンについて説明です♪
フグが内臓に毒を持っているというのは有名なお話ですが、
その毒というのがこのテトロドトキシンです。
多少の摂取であれば、軽くシビれを感じるだけですが、
致死量を越えちゃうと死んじゃったりしますから注意して下さいね。
死んじゃうから致死量って言うんですけど♪
聞いた話ですが、致死量ギリギリですと、心肺停止、意識不明になってしまいますけど、
それでもどうにか生きてるらしいです。
それで早トチリしたお医者さんに死亡診断書を出されて、棺に入れられて埋められた方が、
毒の効果が切れてから意識を取り戻し、
墓から這い出るというのがゾンビの元になったとも言われてますね〜」

 とてつもない話を展開するアンバー。
 だが、やはりその余裕が癪に障ったのだろうか、秋葉がまた一段と「ぷちっ♪」と切れた。

「あ……あははははっ! やってくれるじゃない琥珀。
そうね、私もどこまでも甘いということね。
なら絶対逃がさない、兄さんを連れ去られてたまるもんですか!」

 アンバーの背後にあった窓に、這い出る隙間もないくらいびっしりと赤い髪がまとわりつく。
 それを見た彼女は感心したように声を上げた。

「これは参りましたね、檻髪ですかー。確かに迂闊には逃げられませんねー」

 窓からは逃げられない。廊下に面したドアならどうにかなるかもしれないが、
 そこまでには秋葉のそばを通らなければならない。

 たとえ煙幕の中ででも、近づけば見られてしまう。
 そうなれば略奪されて終わりだ。

 しかし、退路を絶たれたはずの彼女は、余裕しゃくしゃくで秋葉にプレッシャーをかけた。

「でも秋葉様、これで勝ったつもりですか?」

「え……?」

「実はですね、秋葉様は知らないことでしょうけど、
全ての魔女っ娘には使役するマスコットがいるんですよー♪
私もまたしかりです!私が魔女っ娘かという疑問を浮かべた方には、もれなく「投薬☆」ですよー。
話が逸れちゃいましたけど、私が使役するのはあの人なんです。
そう! 遠野家の地下室に囚われていた……あの人です!」

 いぇい☆ と言った感じでパチンと指を鳴らすアンバー。

 対する秋葉は、予想がついたのかかなり引き気味になっている。
 心なしか顔色も悪い。

「まさか……っ!」

「シキさん! かもーんですっ♪」

 白煙漂う室内で、また煙が上がり、着物姿の青年の姿を作り出した。

「……琥珀か」

「あは♪ おはようございますシキさん。
早速ですがお願いがあるんです。
秋葉様と鬼ごっこをしていて下さいませんか?」

「なにっ? 秋葉とか!?」

「ええそれはもう。捕まえたら好きにして構いませんから。
秋葉様へのせめてもの情けです、十秒数えてからゲームスタートにしましょう♪」

 突然のことに反応が遅れた秋葉だったが、

 すぐに形成逆転されたことを悟った。
 この場は退くしかないと。

 琥珀(アンバー)だけなら彼女でも相手は出来ただろうが、シキが加わると話は別だ。

「いーち、にーい、さーん……秋葉様、どうしましたか? 逃げないと捕まってしまいますよー♪」

「琥珀……覚えてなさいよっ!」


 
――バタンっ!


 乱暴にドアを開け放ち、シビれが残る体を引きずって秋葉は逃げ出した。

「待て秋葉っ! この兄から逃げるというのか!?」

「あはー♪ 十秒経過です。シキさん、頑張ってくださいねー☆」

 シキが部屋から走り去ると、アンバーは窓を見た。
 開け放たれた窓には赤い髪はなく、そして志貴の姿もそこにはなかった。

「煙幕を張った時に逃げられちゃったみたいですね〜……まあ、追えばいいだけですね」

 魔法のホウキに飛び乗ったアンバーは、志貴を求めて窓から飛び立った。








 
EPSODE 5 志貴の味方はアンバーの敵?



「はぁっ……くそ、一体何なんだよ。冗談にしては度が過ぎてるよ琥珀さん」

 窓から辛うじて逃走することに成功した志貴は、外には逃げずに屋敷の敷地内に潜伏していた。

 彼が隠れているのは、なんと離れの押し入れの中である。
 痕跡さえ残さなければかなり見つからない場所なので、彼の選択は間違いではないかもしれない。

 逃走はかなり難しそうだが。


 
とんっ……


(やばっ! 気付かれた!?)

 外で突然した物音に反応し、志貴は息を殺した。


 
とてとてとて……


 その音は、小走りにで軽快に走ってくる足音に似て、こちらに近づいて来る。
 そして、ふすまが開かれ、その足音が部屋の中に入って来た。


 
とて……


 一歩。


 
とて……


 二歩。


 …………。


 押し入れの前にいるらしい。
 ただ、それだけでも志貴にプレッシャーを与えるには充分だった。


 
……どくん

 
……どくん


(くっ……頭が……)

 静かに彼は頭を押さえる。
 それでも相当に酷いらしく、必死に声を押し殺そうとしているのが伺えた。


 
ずきん……

 
ずきん……


(ぐっ……)

 異常な緊張感は心臓の鼓動を高鳴らせ、その脈動は痛みという形でダイレクトに頭へと伝わる。
 声を上げずにいられるのにも限度があった。

「ぐっ……」

 小さく絞り出されたその声で気付いたのだろうか、確信したようなその気配はまた一歩近づいて来た。


 
カリカリカリ……


(え……?)

 てっきり押し入れが元気よく開けられて、「あはー♪チェックメイトですよ志貴さん。

 観念してこのまじかるアンバーとご一緒に、夢と魔法とお薬と萌えが氾濫……、
じゃなくて溢れるどりーむわーるどにれっつらごーですっ!」とか何とか言いながら

 顔を出す琥珀さん(似)の笑顔が出てくるかと思っていた志貴である。
 その音は全くの予想外だった。

(まさか……)

 静かに、慎重に押し入れのふすまを開くと……、

「……レン。驚かさないでくれな」

 志貴の前には、小さな黒猫が見上げるような眼差しで佇んでいた。
 この猫こそ志貴の飼い猫であり、夢を見せる能力のある使い魔、レンだった。

 契約を交わしたということで、一応レンの主は志貴なのだが、
 彼から見れば家族の一員であるという認識の方が大きかった。

「まあいいや。琥珀さん……みたいな人がこの辺にいなかった?」

 ものは試し、志貴は聞いてみる。だがレンは首を傾げただけだった。

「えーっと、そうだね。ホウキに乗って浮かんでたり、
変なフードかぶってたり……絵に描いた方がいいかな」

 押し入れから出て、畳の上に指を走らせる志貴。
 はたから見れば、かなりほのぼのとした光景だろう。

「あはー♪ やっぱりレンちゃんは可愛いですねー☆」

「っ!! 琥珀さん!? いつの間に……って、飛んでれば足音はしませんよね」

「それはそうですよ志貴さん。今日は察しがいいですねー。
その先見の利を発揮して、今すぐに観念してこのまじかるアンバーとご一緒に、
夢と魔法とお薬と萌えが氾濫……じゃなくて溢れるどりーむわーるどにれっつらごーいたしましょう!」

 浮遊しつつ背後まで移動して来たアンバーが声をかけると、レンは志貴の肩に飛び乗った。
 その仕種に彼女が目を輝かせた。

「ね、ね、志貴さん。レンちゃん触らせてもらえませんか? 可愛いですよねー♪」

 本来の目的を忘れて、志貴に……、
 いや、彼の肩に陣取るレンに、にじり寄るアンバー。

 困ったように二人は顔を見合わせた。

「あ、あのね琥珀さん。レンってさ、あんまり触らせてくれないよ?俺も最初は全然だったし」

「……ちぇ、残念。ならばっ! マスタードガスで志貴さんもろともレンちゃんも麻痺させて、
七夜のお屋敷に拉致監禁……じゃなくて、薬漬け……でもなくて、えーっと……」

 慌てて懐から手帳を出し、パラパラとページをめくるアンバー。
 そして、少し考え込んだ後、彼女は再び口を開いた。

「はい!夢と魔法とお薬と萌えが溢れるらぶらぶ天驚拳クラスのシナリオを発注しちゃいます!
だ・れ・に?なーんて野暮なことを聞いちゃう方には、
今ならもれなく「蜂起少女まじかるアンバー特製☆混ぜるな危険の洗剤で楽に作れちゃう塩素ガス」を、
噴射しちゃいますよー♪」

 これ以上ないくらいに幸せそうな笑みを浮かべて、
 やんややんやとトリップ気味にホウキを構えて小躍りするアンバー。

 危機感を覚えるべきか、ツッコむべきか、志貴が迷ってしまったのも無理はないだろう。

「あ、ごめんなさい。マスタードは麻痺じゃありませんでしたね〜。
冗談じゃ済まなくなっちゃいます。やっぱりお手軽に作れる一酸化炭素の方が私向きですね〜」

「冗談じゃ済まないって、どんなんなるんですか琥珀さん……、
そりゃ毒物なんだから、タダでは済まないだろうけど……」

「あは♪ 聞かない方が身のためですねー。何てったって、化学兵器に使われた物ですから☆」

 そういうことをサラっと言ってしまえる辺り、つくづくアンバーは怖い。

 持ち前の威圧感で押して来る秋葉や、無言&無表情で詰め寄る翡翠も、
それはそれで怖いが、それはあくまでストレートな意味での恐さだ。

 アンバーの恐さは例えるなら変化球。
 その笑顔の裏側に何が潜んでいるのか、という想像がその感をさらに掻き立ててしまう。

「俺の意思は結局関係なしですか……?」

「はい。いつもの使用人としての琥珀でしたら、
健康を害さない範囲ででしたら話し合う機会は設けましたけど、
今のこの私は蜂起少女まじかるアンバーです!
例え、破天荒、傍若無人、割烹着の悪魔、カレー族の敵、ドジっ娘、薬物マニアの汚名を、
頭からどばーっとかぶろうとも、蜂起です! 反乱です! 革命です!
メインヒロインの名を持つ皆様方に下剋上です!
チャンスは最大限に生かすとおっしゃった某赤い彗星の言葉通り、
この機を逃しては永遠に遠野家の影で料理を作り続ける使用人で終わっちゃいます!
そのためには、他の方々にまで優しい志貴さんのお気持ちは涙を一気飲みして無視しちゃいます!」

「……どうしてもですか?」

「はい、一生に一度出会えるか出会えないかの本マグロを目の前にして、
みすみすそれを素通りするようでは、先行者だって世には広まりませんでしたから!
どうしてもと言うなら、この蜂起少女まじかるアンバーの屍を越えて行って下さい!」

 ちょっとアレなネタを口走りながら、力強く立ち塞がるアンバー。
 いつでも注射できるようにと、左手には妖しげな色の液体が詰まった注射器が標準装備されている。

「そっか、なら俺だって……大人しく捕まってやる気なんか、ないっ!」

 七夜の短刀を取り出し、パチンと刃を出す志貴。既に眼鏡は外している。

「レン、離れてて。巻き込まれたら危ないからさ」

 レンが志貴の肩から飛び降りて、障子を抜けて外に飛び出していく。
 離れの中には志貴とアンバーだけ。

 静まり返った離れの中で、緊張感と静寂が二人を包む。
 ぶつかり合う視線。互いに一瞬の隙を伺う勝負。


 
ピュン!


 先に動いたのはアンバーだった。
 アンダースローでナイフを投げるかのように、一度に何本もの注射器を投擲した!

「甘いよ、琥珀さん!」

 体を倒しながら叫ぶ志貴。瞬間、いくつもの軌跡が宙を走った。
 彼が[線]にナイフを通したのだ。彼女が投げた注射器は、全て綺麗に四等分されていた。

 だがしかし、アンバーは怯える様子もなく…

「甘いのは、果たしてどちらですかね〜?」

 笑ったのだ。しかも、勝利を確信したような笑顔。
 志貴がその意味に気付いた時には、既に手遅れだった。

「なっ、足が……!?」

「残念でしたね志貴さん。さっき投げた注射器の中に入っていたの、実は強力瞬間接着剤なんですよ。
まさかこんなに上手く行くとは思いませんでしたけどね〜♪」

 切断された注射器は畳の上に落ち、志貴の足元に水溜まりを作っていた。
 今やその水溜まりだったものは、セメントのごとく固まりきっていた。

「ダミーですよ。針は偽物でしたから、刺さらないようになってたんですよー。
この距離なら打ち損じることもないでしょうから、これでまじかるアンバーの一人勝ちですね☆」

 じりじりと志貴に近づくアンバー。
 手には今度こそ本物の注射器が。

「うわ、怖っ! しかも琥珀さんすっごい楽しそうだし!」

「あはー♪ ダメですよー志貴さん。いつまでも注射を嫌がってたら、
大きな病気になったりした時に大変じゃないですか。
まぁ、志貴さんがどうしてもとおっしゃるのなら、注射はしないでおいてあげますけど、どうしますか?」

 志貴に選択の余地はなかった。
 選択肢など、存在しないに等しかった。

「……ごめんなさい。注射だけは勘弁してもらえませんか?」

「はい。それでは七夜の短刀を預からせていただくのが条件ですけどね。どうですか?」

「……ちゃんと返してくださいね?」

 疑いの眼差しを向けながら刃を引っ込め、七夜の短刀を手渡す志貴。
 それを手にしたアンバーは……、

「あはー♪ では注射の代わりにこっちですね〜」

 COと書かれたスプレー缶を素早く志貴に向け、てっぺんにあるボタンを押し込んだ。

 翡翠の時と同じ様に志貴も意識を失い、床に倒れ込もうとした所で、
 ホウキに乗ったアンバーがその肩を支えた。

「待ってて下さいねー。すぐに接着剤を剥がして差し上げますから。
ちゃあんとそういう薬品があるんですよ〜」

 彼女がパチンと指を鳴らすと、その手には巨大なバケツが現れた。
 その中身をどばーっと辺りにまくと、志貴の体はより一層彼女の方に傾いて来た。

「おっととと……仕方ないですねー、ちょっと乱暴な方法ですけど、
落ち着ける所まで我慢してくださいね〜」

 布団を物干し竿にでも干すみたいに、志貴の体をホウキの柄に引っ掛けた。

「あはー♪ 後は七夜のお屋敷まで飛んでしまえばこっちのもの……」


 
――かぷっ!


「……え?」

 突然闇に落ちるアンバーの意識。
 力の源を失ったホウキは、二人の体と一緒に畳の上に転がった。

 その突然の事態を引き起こしたのが、
外に逃げていたはずのレンだったということは、彼女は知る術もなかった。








 FINAL EPSODE まひるのゆめ 〜反転する世界〜



「う……あれ……?」

 目を覚ました志貴は、あまりに見慣れた殺風景な自分の部屋の光景に拍子抜けしていた。

 真っ白と言えるくらいに物のない部屋。
 朝日が差し込んで来る窓からは、時間を構わずに誰かが入って来そうな印象が。

 例えここが二階であっても、である。

(夢……か)

 さっきまでのは全て夢。

 夢に関して色々なことがあり過ぎた彼にとっては、
 そう思うことで全てなかったことにしたかった。

(そ、そうだよな……いくら琥珀さんでも、あそこまで酷いことはしないだろうし……、
あれが本当だったら、俺は今七夜の屋敷に連れて行かれてるだろうし……)

 落ち着いて状況を考えられるようになると、
 彼の中でいくらでも反論出来る要素が浮かび上がって来た。

 志貴は一つ深呼吸して、頬をおもいっきりねじった。
 つねりからのコンビネーション。

「痛っ〜!! ……夢じゃないよな」

 それは今が現実であって、先程までのが夢であったと言う証明ではないのだが、
 彼に取ってはそんなのは些細なことでしかなかった。

 だが……、
 そんな志貴の心の平穏も、長くは続かなかった。


 
コンコン……


 部屋に響くノックの音。

(翡翠……かな?)


 
カチャリ……


 ドアが開く。

「志貴さーん……あ、起きてらしたんですね。おはようございます」

「こ、琥珀さんっ!?」

 翡翠と瓜二つの顔の……正反対の表情が、否応なしに彼の抱く蜂起少女のイメージを掘り返させた。
 しかし、琥珀はあはは♪ と笑って何事もなかったかのように返す。

「驚かれても仕方ないですねー。翡翠ちゃんは私の部屋で寝ちゃってますから、
今日は私がキックの反動で当社比三倍くらい頑張っちゃいますよ〜♪
そうそう、お昼ご飯の準備は出来てますから、着替えが終わったらいらして下さいね」

 寝ている翡翠、キックの反動、三倍の動き。

 いくつかの単語が、彼の中で反響していく。
 後者二つなら、彼女が知っていてもおかしくはないが…。

「……あれ? お昼ご飯?」

「ええ、もう十一時ですよ。翡翠ちゃんが言ってた通り、志貴さんって中々起きて下さいませんでしたから」

「あの、琥珀さん。もしかして……秋葉、怒ってたりしない?」

「それに関しては心配いりませんよ。
秋葉様は朝早くからなにかあったようですので、屋敷にはいらっしゃいません。
だから安心して下さいね」

 志貴の中で、何かの歯車が噛み合う。
 志貴の中で、何かの歯車が外れる。

 それは、とても僅かな感覚だったけど、「まさか」と言う発想に至るには充分だったかもしれない。

「じゃあ、私は下にいますから、何かあったら呼んで下さいね」

 琥珀は志貴に着替えを渡すと、そのまま退室しようとドアを開ける。
 彼はそれを引き留めた。

「あ……琥珀さん」

「志貴さん、どうかしましたか?」

 何を言おうとしたのだろうか、志貴は言葉に詰まった。
 何かを言ってしまったら、どちらに転んでも真実が見えてしまいそうだったから。

 だが彼は、あまり多くはない言葉の中から一つを選びだし、口に出した。
 ぽつりと、呟くように……、

「……まじかるアンバー」

 それを聞いた琥珀は、今度こそ会心の笑みを浮かべて、ビッと人差し指を立てた。

「月の夜空に映る影。それは月姫の新たなる……もう一つのシナリオの鍵を握る人物だった!
魔法のホウキで夜空を飛び回り、苦しむ人あれば即座に治療!悪い人には[投薬☆]です!
新番組、蜂起少女まじかるアンバー。なうおんえあーですよ〜♪」

 そのまま踵を返し、トリップ気味に浮かれながら部屋を出ていく琥珀。
 あまりの結末に、呆然と固まる志貴。

「投薬! 投薬! 投薬! 投薬!(あはー♪)」

 廊下から響く歌声に、志貴は正気づいた。

 それと同時に、このとてつもない状況を笑い飛ばすべきか悩むべきか分からず、
あまりにパワフルな彼女の行動に振り回されてことにも気付いた。

 そんな彼の心境にも関わらず、歌声は流れ続ける。






朝ごはん抜いちゃいーけーません(ダメダメ!ダメダメ!)
お薬いーやがっちゃいーけーません(ダメダメ!ダメーっ!)

やーまーい〜憎んで〜新薬〜開発〜
あなたに診断下します!!

(セリフ)あは♪ 志貴さんはもう少しお薬を増やさないといけませんねー♪

まじかるアンバー☆

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

これが私のくち〜ぐーせ〜

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

あまり出番ない〜けーど〜
いざとなぁったら〜裏から糸引く〜(あ〜あ〜あ〜あ〜♪)

投薬! 投薬! 投薬! 投薬!(あはー♪)×4





人のもの奪っちゃいーけーません(略奪、ダメダメ!)
注射で泣いーちゃいーけーません(ダメダメ!ダメーっ!)

ピ〜ン〜チ〜のときは〜アンバーの力で〜
優しく投薬〜しちゃいます〜

(セリフ)痛くないように、プスっと一気にいきますからね〜。

まじかるアンバー☆

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

注射と薬を手ーにーし〜。

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

いつもどこーでーも投薬〜☆

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

これが私のくち〜ぐーせ〜

あーはははは〜♪
あーはははは〜♪

あまり出番ない〜けーど〜
きっといつーかは、メインヒロ〜インでーす〜(あ〜あ〜あ〜あ〜♪)

投薬! 投薬! 投薬! 投薬!(あはー♪)×4




「………(汗)」

 あまりの歌詞に絶句する志貴。

(えーっと……あれは現実? それとも…何てったっけ、予知夢?
実は、シキじゃなくて琥珀さんと共有してたとかいうオチ?)

「続けてエンディングテーマ、見つめてまじかるアンバーです〜♪」






貴方を見かけた窓の外〜
貴方は私と遊べなーい〜

魔法のホウキで飛びながら、そっと貴方に近づくの〜

輝かしい出番を掴むため〜
ほーかーのヒロインを出し抜け〜
ひとかどの幸せ掴むため〜

情けは無用のまじかるアンバー〜〜

(一つ!)出番の横取り投薬で〜す♪
(一つ!)志貴さん取ったら投薬で〜す♪
(一つ!)当主の横暴投薬で〜す♪
(一つ!)真祖の姫でも投薬で〜す♪
(一つ!)夜の散歩も、投薬で〜す♪




 彼の思考に疑問苻を次々と浮かばせながら、アンバーは歌を歌い続ける。

 妖しさと笑顔を振り撒きながら、ホウキで空を飛び回る、
アンバーの野望が達成されるのは、一体いつのことになるのだろうか。

 そして、彼女が進む道に横たわる犠牲者は、果たしてどこまで増えるのだろうか?

「今度は水酸化ナトリウム……俗に言う苛性ソーダでも使ってみましょうかね〜♪」

 そして、彼女が使う薬が、今夜も誰かの体を蝕む!
 そして、志貴が見たのはただの夢だったのか、それとも現実なのか!?

 消毒液の香りに導かれ、多くの謎を放置したまま物語は勝手に幕を開ける!

 人を欺くアンバーの才。
 そして、志貴の記憶の探求も見逃せない!

 新番組、蜂起少女まじかるアンバー。
 もうすぐ放映開始!








「見てくれないと[投薬☆]ですよ〜♪」








<おわり>


あとがき

 と言う訳で、月姫SS「蜂起少女まじかるアンバー」でした。

 皆さん如何でしたでしょうか?

 「投薬☆まじかるアンバー」は、言うまでも無く
ラビィOPソング「天罰!エンジェルラビィ」の替え歌です。

 これが全ての発端でした。

 本当は、替え歌だけ作って身内のみの公開にしようかと思っていたんですが、
アンバーのキャラがかなり自分の中で濃くなっていたので、
とりあえず試作という形で、エピソード1だけ書いて、身内に公開しました。

 結果……、
 意外な程に好反応でした。

 「蜂起」とか危険な薬品好きな後輩や、
琥珀さんファンな後輩にはどうやらそれがツボだったようです。

 おかげで続きを書くことになって、ネタ出しに色々と協力してくれました。
 母校の部の後輩みんな、ありがとうです。

 でも……、

「先輩、空飛ぶホウキの後ろから枯葉剤まきましょうよ!」
「いやいや、やっぱりここはサリンで…」
「えー。放射性物質じゃないんですか?」

 ……エピソード3を書いた辺りに部に遊びに行った時、こんなトークがある辺りみんな過激です。

 そんな後輩が大好きです♪

 それと、「天罰!エンジェルラビィ」のCDを持っていないので、
フルの歌詞が分からなかったのですが、何と持ってらっしゃる友人Kさんが、
わざわざ歌詞を送って下さいました! 感謝です!

 ちなみに、「見つめてまじかるアンバー」は、
行殺新撰組OPソング「見つめて新撰組」の替え歌です。

 本編終了直後に思いついたので、急遽取ってつけたように(実際そうなのですが)歌われてます。

 書きたいことはもっとあるのですが、長過ぎるのもアレなのでそろそろまとめます。
 全体に渡って思いつきだけで書きましたので、話の不整合や何やらは見逃して頂けると幸いです。

 作品自体への感想やクレームは遠慮なくやっちゃって下さい。

 それと最後に……、

 読んで下さった皆様、ありがとうございました♪


<コメント>

シオン 「……なかなか。やりますね」(−o−)
志貴 「――は? 何が?」(・_・?
シオン 「琥珀の事です。只者では無い、と思っていましたが……、
     あの知略、用意周到さ、行動力……、
     普通の人間と思えないくらいですね。
     アトラスにも、あこまでできる者がいるかどうか……」(−o−)
志貴 「普通、っていうのには、ちょっと疑問だけど……」(^_^;
シオン 「ただ、少々、やり方が回りくどいですね。
     志貴を拉致るなら、もっと効率的な方法はいくらでも……」(−o−)
琥珀 「あは〜♪ リスクを伴わない陰謀なんて面白くないですからね〜♪
    こういうものは、過程も楽しまなければいけません。
    シオンさんのように結果だけを求めるなら、
    排卵日に寝込みを襲って、既成事実を作ってしまえば、それでOKなんですけどね〜」(^〜^)v
志貴 「うわっ、怖すぎる……」(T▽T)