エンジェリックセレナーデ SS

猫とネズミの鬼ごっこ(中編)








 2:10 図書館裏――


「え〜……先程図書館前で、強い魔法が確認されました。
カウジーさんも、その魔法に巻き込まれた模様です。
しかし、上空のサーチアイの映像では現在位置は確認されていませんが、
カウジーさんが、その付近からから走り去る映像がありましたので、もちろん続行です。
あと二時間半と少し、みなさん頑張ってくださいね」

「俺達は、みんなの熱い戦いを期待してるぜ! そうだよな、エブリバデ!?」

「ウオォォー!!!」

 町中に響いた声は、そこでプツッと途切れて、あとは恐ろしいくらいの静寂が訪れた。

 サーチアイで探せないのも無理はない。

 ここは上空からでは影になって分かりづらく、
身を隠していられる場所としてはフォンティーユの中でも絶好の場所だ。

「本当に助かりました。あの突風と土煙の中に紛れて逃げても、
さすがに、こう上手くはいきませんでしたから」

「なに、礼には及ばぬ。同志の窮地を救うのは当然のこと。
悪いとは思って尾行させてもらったが、自分にも考えあってのことなのでな」

 暗がりなので互いの姿は見えない。
 だが、しかし、カウジーは、はっきりと相手が誰なのか分かっていた。

「ジェニーさん、考えって何ですか?」

「うむ、実は、お主の倍率が右肩上がりでな。
懐が寂しくなって来ていたので賭けさせていただいた」

「ば……倍率?賭け!?」

「お主が逃げ切ったら、払い戻しが八倍となっている」

「なっ……!?」

 ギャンブルをやるような性格でないにせよ、
彼が逃げ切る予想をしている者が極めて少ないということは、彼にも容易に分かった。

 というか、これが賭けの対象になっていること自体、彼は初耳だった。

「と、いう訳でおおっぴらな形では助太刀できぬが、影ながら協力させていただくことにした」

「いや、まぁ……ありがとうございます」

 カウジーには、アンクルノートで談笑しながら事の成り行きを見守る人達と……、

 上空からの映像に解説を加えながら、
観客を盛り上げる、タルコフとシアリィの姿が何故か容易に想像できた。

「結局、町の人達も楽しんでくれてるんなら、俺は構わないですけど……」

「ふむ、さすが同志。して、これからどうするのだ? まだまだ時間があるが……」

「しばらくここで休んでますよ。まだ動くべき時じゃないですし、
下手するとまだその辺りに誰かいるかもしれませんから。これでも食べて休憩してます」

 彼はミラーから受け取った包みを見せて笑った。
 もっとも、相手に見えたかどうかはわからないが。

「そうか。では自分は辺りの様子を伺っておこう」

 カウジーの協力者は思ったより多いみたいだった。
 全くの孤立無援ではなかったのだ。








 2:30 ウィネス魔法店――


「――あ! やっと魔力が通ったですよ☆」

「もう少しで完成なのね!?」

「すぐですっ! あとは、ここをこうして……完成ですぅ〜!」

 サーリアはとびっきりの笑顔で腕時計のような物をフィアに見せた。
 時計と違うのは針が一本ということだろうか。

「[カウジーさん探知機]ですっ! 魔法アイテムですからサーリアが着けてるですよ。
これで町の中なら見失っても大丈夫ですっ!」

 ラスティが引き起こした魔法で、カウジーを見失ってしまったサーリア達は、
相談の末、闇雲に探しても時間が足りなくなるという結論に達し、
ウィネス魔法店でのアイテム作成に移った。

「へぇ……ちょっとオシャレかもね。ちゃんと使えるの?」

「もちろんです! ぽちっと起動ですぅ☆」

 「ぴこーん」と軽い効果音と同時に、唯一の針がぐるぐると高速で回りだし……、
 ぴたりと一つの方向を指し示した。

「この方向を辿っていくと、その先でカウジーさんとご対面です♪
距離までは分からないのが欠点ですが……推測する材料にはなるですよ?」

 サーリアが針に対して垂直に動くと、針は僅かにずれてその誤差を修正した。

「さっすがぁ! じゃあ、ぼちぼち、あたし達も行きましょう」

「フィアちゃん。しっかり頼むですよ」

「まっかせておきなさい。今度こそ捕まえてみせるわよ!」

 秘密兵器を携え、二人は意気揚々と魔法店を後にした。








 2:40 図書館裏――


「何者かの気配が近づいてくる。感づかれたかも知れぬぞ」

 弁当を空にしたカウジーは、その声を聞いて「?」マークが浮かんだ。

「感付かれるって……どうやって!?」

「自分は魔力には詳しくないが、その辺りの力が関係しているのなら不思議ではない。
物探しの魔法があってもおかしくはないかもしれぬな」

 魔力――
 その言葉だけで、彼には大体の予想がついた。

「サーリアか……ってことは、フィアも一緒かも」

 先程の連携挟み打ちを思い出しながら、カウジーはどうしたものかと考えを巡らせた。

 背後からマシンガンのように放たれる魔法を避けつつ、
正面に立ちはだかるフィアからどのように逃げおおせたものか……、

「ひとまず様子を見ます。そして……隙を見て一気に逃げます」








 2:45 図書館前――


「図書館の中ってこと?」

「にゃ〜……そうかもしれないですね」

 サーリアが腕に着けている探知機の針は図書館を指して動かない。
 先程からこの様子である以上、中にいると推測するのが妥当だろうか。

「うーん……二人で入って逃げられたら厳しいけど……」

「じゃあ、サーリアが外で見張ってるですよ。
図書館の中でマグナス使ったら本が焦げちゃうですし」

「そうね。もし逃げられちゃったら、マグナスでもジオスソードでも、
何でもいいからやっちゃって! 行って来るわ!」

 フィアは静まり返った図書館に息を殺して入って行った。
 そして、サーリアは少し離れた所から、じーっと図書館の辺りを見据えている。

「……あの魔法使いをどうやりすごすのだ?
足に魔法を受ければ逃げることも難しくなるのだぞ?」

「そうですね……あまり時間をかけるとフィアも戻って来ますし……よし」

 カウジーは、背負っていたフォルテールを降ろすとジェニーに渡した。

「すみませんけど、これ預かってて下さい。終わったら取りに来ますから」

「分かった。期待しているぞ」

「任せてください! これでも逃げ足には自信あるんです」

 そう言うと、彼は落ちていた小石を拾い上げて、図書館裏を静かに抜け出した。








 2:50 図書館前広場――


「にゃにゃ?」

 サーリアは、探知機の針がさっきとは若干ずれているのに気付いた。

(きっとフィアちゃんが中で追い詰めてるですね)

 そう思うことにしたサーリアは杖を握り直し、いつでも魔法を放てる体勢に移ろうとした。


 
カツン――


「マグナスっ!」

 すぐ横でした音に、サーリアは反射的にマグナスを放った。

 しかし……、

「はにゃ?」

 そこには小石が転がっているだけだった。
 しかし、サーリアが再び探知機を見た時には、針は図書館とは正反対の方向を指していた。

 慌てて振り返るサーリア。
 その視線の先には公園の方向へ後ろ姿丸出しで駆けて行く逃亡者の姿が。

 彼女が必要な魔力をチャージするのに、そう時間はかからなかった。

「マグナスっ! ジオスソードっ!」

 魔法の杖から光がほとばしり、火球と大地を走る衝撃波が乱射される。
 一瞬ちらりと振り返ったカウジーは、その多さに驚き、覚悟を決めた。

 ダンっっ!

 地面すれすれに体勢を低くし、横っ飛びに跳んだ。
 頭上をかすめる火球と、体のすぐそばを通り過ぎていく衝撃波。

「ま、負けるもんかぁっ! ハラ薬のために!!」

 体を捻って着地と同時に体勢を立て直したカウジーは、
第二波が来る前に物陰へと走り、そのまま走り去った。

 取り逃がした事を知ったサーリアは踵を返すと、図書館へと走り出した。

「図書館の裏!? はぁ、カウジーも考えたわね……」

「サーリアもびっくりしたですよ。しかも、魔法を撃っても全部避けられたですし……」

 一度ならず二度までも取り逃がした二人は、階段に腰掛けて溜息をついた。
 しかし、フィアは、すっくと立ち上がると強い口調で言葉を発した。

「サーリア、追うわよ! これ以上時間をかけてたら、
ラスティやアルテさんに先を越されるかもしれないわよ!?」

 立直り早過ぎ。てか既にトップギア?

「そうです、行くですよっ!」

 その元気が伝染したのかサーリアも立ち上がり、
二人は、また探知機を頼りにカウジーを追い始めた。








 3:05 住宅街――


「……あら?」

 アルテは不思議な力を感じ、足を止めた。
 堕天使の力を行使しない間の彼女は盲目ゆえに、その瞳は閉じられている。

 しかし、それと引き換えに不滅の肉体と鋭敏な感性を持ち合わせているのだ。

「……ラスティちゃん? どこかしら……この辺りにいるような気がするんですけど……」

『頭上だ……我が寄り代よ』

 彼女の耳にだけ聞こえる金目の主の声。
 魂を分ける堕天使の長は、今や彼女の一部としてすっかり協力的になっていた。

『奴は審判者の血筋に連なる者である上に、熾天使セラフィの刻印を受け、その力を秘めし者。
長きに渡り打ち合い、争って来た我が宿敵の波動は意識せずとも伝わってくるものだ』

「まあ、それは頼もしいですこと。
では、同じ様に天使の刻印を受けたカウジーさんの場所も分かります?」

 ルーシアからの返答は、若干の沈黙の後で返って来た。

『あの楽士か……奴から感じられる波動は微々たるものだが、
セラフィの羽根を持っているのであれば、分からないこともない』

 カウジーの持つ天使の羽根。
 それこそが世界中に散らばる熾天使セラフィの魂の一片なのだ。

 天使の羽根が同化したラスティ同様、カウジーに関しても同じように感じることが出来るらしい。

「そうですか……では、カウジーさんの所まで案内してくださいな」

『では、汝に従うとしよう。しかし寄り代よ、このような戯れ事で何を望むのだ?
記憶は永劫の時に流され、例え不滅の肉体を持っていたとしてもいずれは薄れ、
全ては忘却の彼方に返ってしまうのではないか?』

「そうかもしれませんね。確かに二百年も生きていれば、忘れてしまったこともあります。
しかし、強い記憶は心に刻まれて、色あせることはないのです。
人は、生きる上で多くの思い出を作り、ときにそれを振り返って生きていくのではないでしょうか。
少なくとも、私は二百年前に刻印を受けた時のことは、人に言えるくらい覚えていますよ。
肉体が不滅でも、それをつかさどる魂……人の心はあまりに脆いものです。
ですから、支えあったり強い信念を胸に秘める必要があるのではないでしょうか」

 彼女の優しいながらも重みのあるその声は、ルーシアを圧倒するのには充分だった。

 二百年という永き時に渡って、暗闇の中をたった一人で生き、
その道を地獄と呼んだ彼女は、誰よりも生きる上での心の在り方を悟っていたのかもしれない。

『我には、分からぬな……人として生きたセラフィであれば、
このような生き方を理解できるのであろうか……』

「では、あなたも私と一緒に、人として生きましょう。
そうすればいつの日か……人の生き方が分かるかも知れませんね」

 アルテは歩き出した。
 彼女がいつか、今日という日を思いだして、想いを馳せることができる時にするために。

 そして、己に宿る天から堕ちた者が、
いつか人の生き方を理解してくれる日を望みながら。








 3:10 アンクルノート前――


「やあ、カウジー君! 逃げ切れそうかね?」

「何言ってやがる。フィアの嬢ちゃんが捕まえるに決まってらぁ!」

「楽士さん、頑張れー!」

 カウジーがアンクルノートの前を通りかかると、窓が開いて様々な声援が飛んで来た。
 ラスティとコンビを組んでコンサートを開いているだけに、やっぱり彼自身も人気がある。

「HEY、カウジー君! 時間的にそろそろ折り返しだが、意気込みの方聞かせてくれるかい!?」

 異様にノッてるタルコフが、カウジーにメガホンを向ける。
 まだ明るいのに、既にアルコールも解禁か?

「そう簡単には捕まりませんよ。あと二時間、逃げ切ってみせます!」

 笑ってガッツポーズをとるカウジー。店内のみんなも合わせて盛り上がる。

 そこで気付かなければ、勇ましく言った手前、彼はとんでもない恥をかいていただろう。
 視界のすみに、白い羽根が舞い降りているのに……、

 素早く上に視線を向けるカウジー。
 屋根の上にいたのは……、


 
バサバサッ!!


 店内にいた人達には、すぐには何が起こったのか分からなかっただろう。

 視界を埋める純白の翼。
 そして、フォンティーユの小さな歌姫の姿。

 慌てて走り出すカウジー。
 そこまで見て、人々は羽根を広げたラスティが屋根から奇襲を仕掛けたのだと、やっと悟った。

「何と言うことだっ! これは意外な展開になって来たぞっ!」

「まあ、ラスティも大胆ねぇ」

「やっぱり、あの娘タダモノじゃねーや!」

「ラスティちゃん、頑張ってー!」

「楽士の兄ちゃん! 捕まるんじゃねーぞー!」

 逃げるカウジー、追うラスティ。
 そして、二人の後ろからは様々な声援が飛び交っていた。








 3:15 大通り――


「くっ…早い…!」

 走る彼は、背後からの追跡者に手を焼いていた。

 低空で羽ばたきながら追い掛けてくるスピードは、
はっきり言って、彼女のダッシュに比べたらかなり早い。

 翼が大きい分、推進力が大きくなっているのだ。

「待って下さい、カウジーさんっ!」

 そんなん待てるかい!と心の中でツッコんだ彼の脳裏に、不意に妙案が浮かんだ。

 スピードはそのままに、一気にカウジーは大通りから階段路地へと駆け込んだ。

 それに続こうとしたラスティは、
路地に入るには羽根が大き過ぎるということに寸前で気付いて急上昇した。

「危なかったぁ……カウジーさん、意地悪です……」

 彼の真上をキープしながら、ラスティは上空で滞空している。
 ラスティが羽根を広げている間は、カウジーは迂闊に動くまいと決めていた。

「カウジーさん…一つ質問してもいいですか?」

「ど、どうしたんだい?」

 やけに真剣なラスティの眼差しに、半ば覚悟を決めたカウジー。
 この返答次第では、ラスティがいきなり奇襲をかけてくる可能性だってあるからだ。

 しかし、ラスティの質問は彼の目を点にするようなものだった。





「ちっちゃな胸じゃ……ダメなんですか?」

「――え? な、何が?」





 いきなり投下された爆弾的質問で固まるカウジー。
 言ったラスティは、眼と同じように顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。

「あ、あぅ……」

「フィアちゃん! 針の振れが大きいです。きっとこの近くですっ!」

「あ、ラスティがいたわ!」

 大通りから聞こえて来た声と足音で我に返った彼は、迷うことなく走り出した。
 一瞬、遅れてラスティも動き出す。

「いたわ! あそこよっ!」

 フィアの声が鋭く響いた時には、カウジーは古井戸の向こう、
家と家の間に設けられた階段の辺りにまで行っていた。

 サーリアが杖を構えて大声で注意する。

「ラスティちゃぁぁ〜ん! 避けてくださいですよ〜! マグナスっ!」

 構えられた杖の先端が光を放ち、火球が飛び出す。
 フィアはそれに続いて走り出した。

 ラスティは羽ばたいて上昇し、難を逃れた。
 既に道の終わりにさしかかっていたカウジーは、横に跳んで避けようとしたが……、

「かかったわねっ!」

 それを狙っていたフィアが走り込んで来た。
 その先に柵があって、川原からフォンティーユに続く階段がある辺りに飛び下りれるとは知らずに。

 走りながら柵に手をついたカウジーは、
フィアの手が届く前にひょいと柵を飛び越え、そのまま二メートル近く飛び降りた。

「う、ウソっ!?」

 いきなりのことに驚いたフィアは、ブレーキをかけるが間に合わない。
 しかし、ただ柵に激突する彼女ではなかった。

「はあぁっ!!」


 
バキィッッ!!


 数多の酔っ払いを葬り去って来た必殺の飛び蹴りで柵を破壊し、
 そのままの勢いで彼女も飛び降りたのだ!

 フォルテールがないせいか、いつもより身軽なカウジーは、
片膝をつきながらも無事に着地した。

 しかし、その隙を狙っていたのか、上空に避難していたラスティが急降下してきた!

 咄嗟の判断で、転がりながらその場を離れるカウジー。
 ラスティはどうにか羽根を捻って追おうとするが……、


 
ぺちっ!


「あぅっ!」

 ……可愛いらしい音を立てて転んでしまった。

「きゃぁぁっ!」


 
ドボォォォーン!


 そして、柵を蹴破ったフィアは、勢い余って向こう側の河にダイブしてしまった。

 サーリアが、焦げたり壊れたりした柵の辺りに、
少し遅れてたどり着いたときには、既にカウジーは走り去った後だった。








 3:35 ウィネス魔法店――


「ひゃんっ!」

「動いちゃダメですっ! ちょっとしみるですけど、ちゃんと消毒するです!」

「あぅ……」

 脱脂綿をピンセットでつまんで、強い口調で力説するサーリア。
 その姿は、何となく保険の先生を連想させる。

 怪我をして連れてこられた生徒はもちろんラスティだ。
 転んだ時の擦り傷は大したことはなかったのだが、その辺りが大袈裟なのがサーリアらしい。

 元々、薬局に近いので、一般の家庭にある救急箱より多彩な薬品がここにはあった。

「絆創膏を張って、と……はい、終わりですぅ☆」

「あ、ラスティの手当て終わったんだね」

 隣の部屋から声がして来た。河に落ちたフィアは、
サーリアに一緒に連れてこられて服を乾かしていたのだ。

「フィアちゃんは、服渇いたですか?」

「もうちょっとかかりそうね。暖房薬と毛布があるから暖かくていいんだけどね」

「にゃはは〜☆ 寝ちゃダメですよ?」

「そんなことしないわよ。あと一時間半しかないんだから」

 そう、時間切れまであと一時間半しかないのである。
 だが彼女らに緊張感はない。今ピリピリしても疲れるだけだからだ。

「今頃は、カウジーさんも疲れが出てくる頃ですよ。
お昼寝しちゃうと時間切れですけど、今は簡単に休んでおくです☆ みんな何か飲むですか?」

「はいはいっ、あたしホットミルク!」

「私は、ココア、お願いします。サーリアさんは何を飲むんですか?」

「ミントティーですっ。ラスティちゃん、そこの棚の下に、
おやつが入ってるですから、出して下さいです」

「はいっ」

「フィアちゃーん! 服が乾いたらおやつですぅ☆」

 暗黙のうちに結ばれた休戦協定は、いつの間にか仲良し同士のお茶会を開催していた。

 しかし……、
 そこから外れて、現在カウジーを追っている人物が……、








 同時刻 教会――


「ふぅ、みんな揃って容赦ないな……」

 無人の教会のすみで、カウジーは一息ついていた。
 図書館裏で随分休んでいたので、サーリアの予想に反して疲れてはいない。

 しかし、激しくなる一方の彼女らの追跡に対して、何らかの対策が必要なのは既に明らかだ。

 空から追ってくるラスティ――
 駿足、かつ場慣れしているフィア――
 その彼女を援護するサーリア――

 そして……、
 堕天使の力を操るアルテ――

 何か使える物はないかと、カウジーは自分の荷物をあさりだした。

 彼の荷物の重量は、大半がフォルテールによるものなので、
(結界の魔法薬や食料が尽きているという事もあったが)大した重量はない。

 その分、量もあまりないのだが。

「あれ? これは……」

 転がり出て来たのは、いつかサーリアに依頼して修理してもらった音の小箱。
 そして、おそらくどこからか紛れ込んで来たであろう、黄色く熟れた何かの植物の実が二個。

 しかし、彼にはそれらをどう使うか考える余裕はなかった。
 扉が音を立てて開き、その人物の声が響き渡ったのである。

「まあ、残悔のおつもりですか? 感心ですね」

 そこには、遥か遠い空の色を思わせるウェービングヘア。
 ルーシアと魂を分かつアルテが立っていた。

「アルテ……さん?」

「この中でしたら容易には逃げられませんよね?
先程から、ここに入って下さるのをずっと待ってたんですよ。
邪魔が入ることもありませんしね」

 アルテの背後から黒い霧が伸び上がる。

 しかし、身構えるカウジーの胸ポケットにある羽根から光が放たれて、
空間そのものに墨をこぼしたような黒い色彩は洗い流された。

「……やはりルーシアさんの力を使うと、その羽根が邪魔をするようですね」

「羽根が……?」

(サフィ…君の力なのか?)

「ならば……ソフィルさん、お願いしますね」

「にゃん!」

 アルテの足元から白猫、ソフィルが飛び出した。
 そのままカウジーの道具袋に取り付くと……、

「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃー!」

「はいぃぃっ!?」

 猛烈な勢いで鳴きだした。
 振り払おうと必死になるカウジー。

 しかし、それでもソフィルは離れない。

「これで、見えなくても追えますね。行きますよ?」

 舞うような軽いステップで向かっていくアルテ。
 カウジーは充分な距離で横にずれたが……、

「にゃーにゃーにゃー!」

 キュキュっ!

(早いっ!?)

 ソフィルの鳴き声に導かれ、アルテはすぐさまグリップを効かせて彼を追ってくる。


 
ダンっ!


「しまった……っ!」

 壁を背にしたカウジー。
 眼前には、スピードを殺さずに向かってくるアルテの姿が。

 そして、彼女の手が彼を捕まえようと伸びる!


 
サッ!

 
ぱしぃっ!


 紙一重で突き出された手を避けるカウジー。
 彼が一瞬前までいた場所をアルテの白い手が通り過ぎ、壁が音を立てる。

 彼はちらりと扉の方に目をやるが、どう考えてもアルテの方が近い。
 そのまま横に転がって距離を取る。

「意外とやるじゃないですか、アルテさん!」

「踊り子は体力と持久力も必要ですから。それに、丈夫で長持ちが取り柄なんですよ、私」

(長持ちって、それは永遠に生きることじゃなくて……持久力に自信アリって意味!?)


 
サッ!

 
ひゅんっ!


「にゃー!」


 
キュキュキュっ!

 
サッ!

 
すかっ!


 次から次へと、至近距離から繰り出される彼女の掌。
 しかし、カウジーの目が慣れてきたのか、彼はそれを見切っていた。

(そうか、アルテさんの体術はフィアほどの早さじゃないんだ!
避け続けるだけなら問題ないから、あとは……)

 彼は、道具袋にぴったりとしがみつく白猫に視線を移した。

(ソフィルをどうにかできれば……!)

「カウジーさんこそ、思った以上に早いですね……驚きました」

「いつもフォルテール担いでましたからね。
あれ、風の魔法石の力で軽くしてあるんですけど、それでも結構重いんですよ?」

 声に余裕を持たせてカウジーは答える。
 しかし、内心ではどうしたものかと考えを巡らせていた。

 しかし、その辺りは良い感性を持っているアルテである。

「何か……焦っているようですね」

「さぁ? それはどうでしょう?」

「にゃぁ〜〜」

 声の僅かな変化から心境を読み取り、徐々に追い詰めるアルテ。
 そして、とぼけるカウジー。

 息を飲むような至近距離での競り合いは、いつしか膠着した心理戦へと変化していた。

「にゃぁ〜〜」

(……ん?)

 不意に彼はソフィルを、いや道具袋に目をやった。
 先程から気になっていたある現象に対して、一つの仮説が閃いたのである。

(……まさか!?)

 カウジーは道具袋に手を突っ込むと、彼にもよく分からない何かの植物の実を取り出した。

「アルテさん、仕掛けてこないんですか?
今の俺の足なら、それと気付く前にここから逃げ出せるんですけどね」

「あらあら、お優しいですね。では、お言葉に甘えて……」


 
タンっ!


 一足の加速から突き出された手を、カウジーは体を倒しながら避けた。
 しかし、それで終わる彼女ではない。

 ダンスとは、リズムを伴った連続的な動き。
 彼女なら即座に反応して追える。

「にゃぁ〜〜!」

「はい、そこですね。チェックメイトです」

 声のする方へと走り手を伸ばすアルテ。
 その右手がソフィルの柔らかい毛に触れると、彼女は空いた左手を大きく横に凪いだ。

「……あ、あら?」

 タッチできると確信していたアルテは、その感触に少なからず動揺していた。

 そこには、ソフィルしかいなかった。
 彼女にしてみれば、追い詰めたはずの人物が霧のごとく消えてしまったのだ。

『謀られたか……』

「あの……どのような状況なのでしょうか?」

 周りがどうなっているのか分からないアルテに、ルーシアが答える。

『あの楽士が避けた瞬間、奴は何かを指で弾いてそちらへ猫を誘導したのだ。
どのような仕掛けかは分からぬが……さすがはセラフィの加護を受けた者と言った所か』

「これですね……」

 彼女はソフィルを抱き上げると、くわえていた実にそっと触れた。

「これは…マタタビですね。どうしてこのような物を持っているんでしょう…?」

 余談ではあるが、カウジーの道具袋に、
何故マタタビが混入していたかについては、神のみぞ……、

 もとい、彼の守護天使のみが知る限りであった。








<続く>


あとがき

 ラスティが待ち伏せからの奇襲を仕掛ければ、フィアが自爆して川へダイブしたり、
サーリアが探知機を開発したりと、あらぬ方向へ話が行ってしまいました。

 力不足もありますが、空いた時間に変に想像(妄想)してれば、こうもなっちゃいますね(笑)

 今回は、アルテさんとルーシアの会話が書いてて楽しかったです。

 小難しいお話万歳です。
 悟りを開いて賢者っぽくなったアルテさんがお気に召さなかった方はごめんなさい。

 さてさて、遂に次回は決着です。

 読まれている方々には既にネタを、
見抜かれているかもしれませんが、お付き合いくださいませです。


<コメント>

サフィー 「カウジーったら、頑張ってるわね〜♪」(^〜^)
ルーシア 「随分と嬉しそうだな、セラフィよ?」(−−?
サフィー 「やっぱり、私への愛の力ってところかしら?」(^○^)v
ルーシア 「あの楽士に謀られたのは癪だが……、
       それを、そんな曖昧な言葉で片付けられるのは、
       ワタシの全存在を以て、否定したいぞ」(−o−)
サフィー 「じゃあ、何だって言うの? 明かに実力以上のものを出してるのに……」(・_・?
ルーシア 「――主に食欲」ヽ( ´ー`)ノ
サフィー 「そんな……何処ぞの食欲魔人じゃあるまいし……、
      まあ、それはともかく、最終的には、どんな結果になるのかしらね〜?」(^ー^)
ルーシア 「こういうものは、得てして、あっけなく決着がつくものだが……、
       さすがのワタシにも、予測はつかんな」(−−;
サフィー 「カウジーが眠ったところを、私が夢の中でタッチする、っていうのは無し?」(*^_^*)
ルーシア 「……好きにしろ」(−−メ

カウジー 「やっぱり……お前ら、実は仲良いだろ?」(−−?