――それは、奇妙な症状だった。



 ごく一部の限定された人物にのみ現れるだけで、風邪のように人に伝染はしない。

 そして、大低の薬は効かず、
(ある意味で)簡単には治らないという厄介なものだった。

 肝心の症状はというと……、
 微熱、憂鬱、食欲不振、ドジ助長、勘違い、思い込み、妄想、強暴化……などなど。

 どれも日常生活をやや騒がしくする程度だが、普通でないことに変わりはない。





「これで全部ですか?」

「はい、今の所は娘のラスティを含めて四人です。
それに、まだ潜伏期間の状態にある人もいるかもしれませんね」

 タルコフは渡された書類に目を落とした。

 どれも今のフォンティーユには不可欠な人達で、
その症状が表れてからは、実質的な損害が発生していたのだ。

「アンクルノートでは、料理の取り落としが、よく起こっているそうですし、
ウィネス魔法店では、魔法薬の失敗が立て続けに起こっているそうです。
ラスティも、最近は星空を見上げて溜息をついたり……」

「なーるほど、サーリアの嬢ちゃんが、最近、よく爆発を起こすのも、そのせいってか。
シアリィさんは、教会に[町の娯楽]ってことで話を通してくれ。こっちは他を当たっとく」

 にやりと笑うタルコフ。
 カウジーなら思わず引く、その笑みも、シアリィは流してしまう。

「お祭りなら……楽しくやりませんとね♪」

 フォンティーユのごく一部の人を悩ます症状。

 それに対する医師の診断は……、








「恋わずらい」







エンジェリックセレナーデ SS

猫とネズミの鬼ごっこ(前編)







 数日後――

「っとと……これで三匹目っ!」

 河原に座って、手製の釣竿を手に、一人食糧調達に励むカウジー。

 最近は<シャレにならないくらい懐が寂しいので、
思わず木の枝と草のツルで釣竿とか作っちゃっても仕方ないだろう。


 
――かさり


「――ん? ラスティかな?」

 下草を踏みしだく音に、カウジーは振り返る。

 刺激臭がする結界薬の効果が切れるまでは、
まだ時間があったはずなので、彼は大して警戒はしていなかった。

 もちろん、魚を獲る時には天敵であるソフィルに対しては警戒しているのだが……、

 しかし、現れたのはラスティでも、前に一度来たフィアでもなかった。

「やってるねえ。釣れてるかい?」

「あ、タルコフさん、おはようございます。今日は、まあまあってとこですよ」

 少し驚きはしたものの、カウジーはどうにか普通に答えた。

「ところで、どうかしたんですか?」

「食糧難とかって聞いたのでね。どうだい?
一緒に朝でも、と思って、いろいろ持って来たんだが」

 タルコフは持って来た籠を見せる。
 野菜やら調味料やら、それこそ沢山……、

「あ……ありがとうございますっ!」

 がしっと、その手を握るカウジー。
 微妙に目元に光る物が浮かんでいたのが、最近の彼の生活っぷりを物語っていた。

「……ところでカウジー君。ちょっと話があるんだが」

 トマトソースの中に放り込まれた食材が煮える間、タルコフが唐突に切り出した。

「何ですか? 話って……」

「実は、もうすぐフォンティーユでお祭りがあるんだが……主役として出てくれないか?」

「はい、いいですけど……曲は、やっぱり陽気なやつですね?」

 タルコフの思惑を知ってか知らずか、楽士としての仕事と解釈したカウジー。
 しかし、タルコフは首を振る。

「いやいや、演奏じゃなくてだな……鬼ごっこの鬼になって欲しいんだよ」

「――へ?」

 いきなりのことに戸惑うカウジー。
 この好機を逃すものかと、タルコフがたたみかける。

「一定時間逃げ切ったら優勝。優勝賞品は……」

「――賞品はっ!?」

 ずずいと身を乗り出すカウジーに、少しもったいぶったような間を置いて……、


「ハラ薬一ヶ月分だぁぁぁっ!!」


 (ある意味)衝撃の事実が伝えられた。
 その言葉が彼の中にゆっくりと浸透していく。

 鬼なのに逃げるといった不思議な論理は、彼の中ではさほどの障害でもなかったみたいだ。

「やっ、やらせて下さいお願いします!!」

「この話……乗るかい?」

「モチロンですっっ!」

 煮立つ鍋の間で交わされる、男同士の熱い握手。
 だが、しかし、その裏に幾多の思惑が渦巻いていたことを……、

「タルコフさんありがとうございます!絶対優勝してみせますよ俺っ!」

 ハラ薬に心を奪われたカウジーは、知る由もなかった。








 それから二日後――

 街の掲示板には、真新しい一枚の手刷りポスターが貼られていた。


「来たれ乙女! カウジー君争奪大鬼ごっこ大会!
○月二十四日、教会前広場にて。
詳細はウィネス魔法店隣、タルコフまで」



 そして、何度も繰り返し言われているように、フォンティーユは小さな町である。
 その為、あっと言う間に情報が広がった。



 それはもちろんサーリアも例外ではなく……、



「にゃにゃ? ハラヘラズの魔法薬ですかぁ?」

「そう。四つ必要なんだが……」

「む〜……サーリアもまだ実験段階なので、保障は効かないですよ?」

「ああ、それなら構わんよ。それでいくらくらいに……?」

 魔法薬大図鑑を開きながらページをめくるサーリア。
 交渉しているのはもちろんタルコフ。

「そうですねぇ〜……頑張ってもこのくらいが限度ですぅ」

 ぴらりと明細が書き込まれた紙が差し出される。
 それに目を通したタルコフは驚きの声を上げた。

「これは……っ!?」

 彼が慌てて視線を上げると、
そこには「お見通しですぅ☆」と言わんばかりのサーリアの笑顔が。

「えへへー、知ってるですよぉ〜。
カウジーさんが勝ったら渡される賞品ですね? サービスサービス、ですっ♪」

 ――そう。
 差し出された明細書には、採算ギリギリの超安価なお値段が書いてあったのだ。

「……本当にこの値段でいいのかい?」

「もちろんですぅ☆ 他にもサーリアに出来ることがあったら、どーんとお任せですよ♪」

 こうして、共催にウィネス魔法店が加わり……、
 時を同じくして、シアリィの交渉によってアンクルノートも加わり……、

 それぞれの間で綿密な打ち合わせが行われ……、








 そして……、

 ――大会当日がやって来た!!








「さあっ! 皆さん、大変長らくお待たせしました。これより開会式を始めます。
出場を辞退される皆さんは、お早めに大会本部までお越しください。
大会が始まってしまってからは、こちらでは一切責任を持ちませんので、
命が惜しい方は急いでくださいっ」

「――え? 命なんて安い物だって? オーケーオーケー、なら三割引きだ。
そいじゃおっぱじめようぜ、準備はいいかい、ベイビー!?」

 かなりイッちゃった様子のタルコフが、魔法のメガホンでシャウトすると、
広場に集まったみんなのテンションが右肩上がりに急上昇した。

「はいっ! これで出場辞退の受付を締め切ります。
それでは始めましょう! 神殿都市フォンティーユ主催――」



「カウジー君争奪・大鬼ごっこ大会ぃぃぃっ!!」



「さぁて、ルールの説明を教会のアイドル、シアリィさんにしてもらおう!」

「はい、ルールは簡単です。
パブワ島形式で、制限時間は今から四時間。フォンティーユの中だけで行います。
カウジーさんには五分間先に逃げてもらって、
参加者の皆さんは、その後で、頑張って、カウジーさんを捕まえて下さいね。
タッチで構いませんから、制約は特にありません。
カウジーさんに対しては、どのような手段で臨んでも構いませんから、
皆さん、思う存分張り切って下さいね。
それと皆さんの行動は、こちらでモニターします。
上空に浮かべてある魔法生物のサーチアイが映像を捉らえて、
お借りするアンクルノートの舞台を、スクリーンにしてモニターします。
カウジーさんと参加者の皆さんは、
アンクルノートに入った時点で失格になります。気をつけてくださいね?
制限時間内にカウジーさんを捕まえた方には、優勝賞品として一日デートの権利が。
そして、カウジーさんが逃げ切った場合には、ハラヘラズの魔法薬一ヶ月分が送られます。
そして、この大会に協力してくださるのは……」

「仕事上がりの一杯、アンクルノートと!」

「皆様のウィネス魔法店ですぅ☆」

「さぁっ! ルールの説明も終わった所で、早速始めようか!!
本日の主役、カウジー君のスタートだぁっ!」

 広場の中央に進み出て、タルコフと固い握手を交わすカウジー。
 どうやら嫌がる様子もなく、むしろ、この機会を喜んでいるようだ。

 そして、タルコフから魔法のメガホンを借りた彼は……、

「絶っっ対に逃げ切って、俺が勝ちます!!」

 と、宣戦布告と言うか選手宣誓と言うべきか、
何にせよ上がりっぱなしのテンションを盛り上げるようなことを言い放った。

 やはりハラ薬が掛かると、性格が変わるのだろうか?

「オーケーオーケー! それじゃあ、行くぜ、エブリバデ! レディィィ……」

 タルコフは薬瓶を空高く放り投げると、
それに向かって手をかざしマグナスを放った!


「ゴゥっっ!!」


 
ズドォォォン!


 辺りが一気に煙に包まれ、
視界は一気に灰色に染められる。

 その教会前広場を疾走する彼の姿は、誰の視界にも映っていなかった。








 1:05 教会前広場――


「はい、五分経ちました。それでは、選手のみなさんはスタートです。
頑張って、カウジーさんを追い掛けてくださいね♪
それと、私達司会は、アンクルノートへと移動します。
観客のみなさんも、とばっちりや巻き添えを防ぐために、アンクルノートに避難してくださいね」

 シアリィの声で、広場に集まった人達が続々移動していく。

 知り合いと談笑しながら歩く者――
 周囲に目を光らせながら、あちらこちらに散っていく参加者――

 皆、それぞれの思惑を持って広場から去って行った。

「……で、シアリィさん。誰がカウジー君を捕まえると思います?」

「私としては、ラスティに頑張って欲しいですね。タルコフさんはいかがです?」

「サーリアの嬢ちゃんだな。遠くから魔法で動きを止めてその隙に、って感じだと思う」

 司会者二人の予想話は、そのままアンクルノートに持ち込まれ、
十数分後には、その話題が、また新たな盛り上がりを見せた。

 ……トトカルチョという形で。








 1:15 アンクルノート前――


「……あら?」

 アンクルノートへと向かっていたミラーは、不意に足を止めた。

 辺りには彼女と同じ様にアンクルノートへと向かう人達がいるが、
「それ」に気付いたのは、彼女だけだったらしい。

 彼女は一人雑踏から離れると、すぐそばの路地に入って行った。

「おかしいわね……確か、にさっきこの辺に……」

 置いてある木箱や樽を、一つ一つ開けていくミラー。
 左手に持った包みは手放さない。

「ふぅ……見間違いだったのかしらね……」

 溜息をついた彼女は、踵を返して通りの方に引き返そうとした。

 その時、背後から声がかかった。

「……ミラーさん?」

「カウ――もごっ」

 振り返ったミラーの言葉は最後まで続かなかった。

 カウジーが瞬時にして彼女背後に周り、口を塞いだのである。
 まさに電光石火の身のこなし。

「ミラーさんは……参加者ですか?」

 首を横に振るミラー。

 それを確認した彼は、唇に指を当てて、
「静かに」というジェスチャーをして、ようやくその手を離した。

「すみません。俺、参加してるのが誰か分からないんですよ。
それに、どこで誰が聞いてるかも分かりませんし……」

「私こそ、突然、ごめんなさいね。他のみんなに悪いから私は辞退したわ」

 先に手を出したの(?)は彼なのだが、彼女は咎めないらしい。

「じゃあ、誰が参加者か分かりませんか?」

「そうねぇ……ちょっと分からないわ。
誰が追ってるのか分からないように、最初はみんな強制的にエントリーさせられて、
出ない人は辞退……って流れだったから」

「そうですか……」

 カウジーの脳裏には、絶対に辞退してなさそうな四人の顔が浮かんでいた。

 そうでなくとも、毎週の様にラスティと街角コンサートを開いている身である。
 自分の預かり知らぬ所で、人気になっていることだってあるのだ。

「そうそう、カウジー君にこれをあげるのを忘れてたわね。ハイ、これ」

 ミラーが差し出した包みを、カウジーはまじまじと見つめた。

「これ……何ですか?」

「お弁当よ。夕方までに、お腹も減ると思うから、余裕があったら食べてちょうだいな」

「分かりました。ありがとうございます」

 感謝の言葉を言って、カウジーはお弁当を受け取った。

「それじゃあ、私はアンクルノートで応援してることにするわ。頑張ってね」

「はい。俺の生き様、見てて下さいっ」

 ぐっ、と親指を立てて答えるカウジー。

 路地を駆けて行く彼の後ろ姿は、
彼女の目にはいつもより少し大きく見えたのだった。








 1:35 町外れの公園――


「にゃぁぁ〜……カウジーさぁぁ〜ん……どこですかぁぁ〜…?」

 とぼとぼと歩くサーリアは、弱々しい声でクラビスを呼び続ける。
 その姿は、ある意味、雨に濡れた捨て猫に似ていたり似ていなかったり。

「サーリアっ!」

 そんな彼女を呼ぶ声が辺りに響くと、彼女はその声がする方に振り返った。

「にゃにゃ? フィアちゃんですかぁ?」

「カウジー……見てないみたいね」

「開会式の後は影も形も見てないですぅ。フィアちゃんはどうです?」

「こっちもダメ。街の中一通り見て回ったけど、どこにもいなかったわ」

 二人共全く手掛かり無しの様だ。

 開始から三十分……、

 小さな街だというのに、二人がこれだけ探し回って姿すらないというのは、
カウジーの逃げ方が、余程巧妙だということだろうか。

「はぁ……」

「はぅぅ……」

 二人揃って溜息をついて手近な場所に座り込んで空を見上げる。

 天空都市とも呼ばれるフォンティーユの空は、
それだけ近く、雲の動きもはっきりと見えるくらいだ。

「フィアちゃん……」

「サーリア……」

 二人同時に跳ね起きると、同時に口を開いた。



「協同戦線張る(わよ!/ですよ!)」



 示し合わせた様なタイミングと行動。
 さすが親友と言うべきか。まさに、ゴールデンコンビ。

「まず、カウジーを見つけても下手に手は出さないこと。確実に追い詰めてから挟み打ちね」

「サーリアが遠くからジオスソードを仕掛けるですよ。その隙に二人がかりで、です☆」

「もちろん、どちらかが捕まえたら、もう片方も一緒にデートよ?」

「望む所ですぅ☆」

 これでもかこれでもかと言わんばかりに、とんとん拍子で話がまとまる。

 目的のためには、もはや手段など選んでられないというか、
ルール自体が何でもありだから、もはや彼女らを止めるブレーキは壊れたも同然。

「行くわよサーリア!明日のデートのために!」

「もちろんですっ!」

 ちなみに付け加えるが、町のみなさんの予想で、
大本命なのがこの二人だったことは、当人達の預かり知らぬことだった。

 二人の恋わずらいのような症状を、みんな目撃していたのである。
 その被害(フィアの暴走やサーリアの爆発)に遭った人達は、原因が誰かも確信していた。








 1:45 裏通り――


 アンクルノート脇の路地を通り、アルテ宅の近くを通って、カウジーは裏通りに移動していた。

 もちろん周囲の警戒を怠る訳にはいかないので、多少の移動でも時間がかかる。
 いざという時に、ダッシュで逃げ切る自信がないのなら、見つからないに越したことはない。

「――ん? あれは……」

 古井戸の近くに誰かがいるのを知って、彼は反射的に物陰に引っ込んだ。
 そして、首だけ出してその人物の様子を伺う。

 控めな印象を与える小さい姿……、

 誰かを探すでもなく、不安げな表情で、
ただその場に立っている様子は、こちらまでも心配になってしまいそうだ。

 海のような青い瞳が泣いているかのようにも見えてしまう。

「ラ……」

 カウジーは危うくその名を呼ぼうとして口をつぐんだ。
 今の彼は追われる身。みすみす、こちらから姿を現すことは自殺行為だ。

 追跡者リストの筆頭に上がるような人物なら尚更である。

 見つかる前に、この場を去ろうと決めたカウジー。
 しかし、彼の耳に聞こえてきた声は、その決心を鈍らせるには充分過ぎるものだった。


「あなたのことが大好き〜♪ そう気付いた瞬間の〜♪」


 [羽根のブランケットに包まれて]だった。
 当然のことながら、伴奏無しのソロ。

(ひ、弾きたい……!)

 楽士としての本能が騒ぐのだろうか、
ラスティの歌声に反応する天使の羽根のように、彼自身も反応するのだろうか。

 そりゃあ、彼女の歌に合わせてフォルテールを奏でて随分になる。
刷り込みとまではいかないが、それに近い症状が彼にあってもおかしくはない。

(……ダメ、ここで弾いたら捕まっちゃうんだからっ!)

(何を迷うことがある。今までしてきたことを繰り返すだけだろう?)

 カウジーの意識の中で天使と堕天使が葛藤する。
 その姿はさながら、いつか聞いた昔話を思い出させるような……そんな姿だった。

(ラスティ……ごめん。俺は楽士である以前に、無限の空腹感には勝てない一人の人間なんだ!)

 結局、人当たりがよくて鈍感で困った人は放っておけない彼でも、ハラ薬は惜しいらしい。
 そのまま後ずさりしようと一歩退いた時……、


 
カツンッ――


(しまったぁぁっ!)

 彼の守護天使さんもつくづく困った方である。

 ぎぎっと音がしそうなぎこちなさで振り返ったカウジーの足元には、
レンガとか瓦とか、容易に音がしそうな物が沢山。

 来る時には気をつけていても、とっさの時には気がつかないものだ。

「カウジーさん……?」

 そして、フォンティーユの歌姫がその物音を聞き逃す訳がない。

 一瞬にして、ラスティの眼が赤く変わる。
 早くも天使モード全開か?


 
――タンッ!


 カウジーはその声を聞くや否や、一目散に走り出していた。

「カウジーさんっっ! 待って下さい!!」

 ラスティもそれを追って駆け出すが、歩幅の差が大きくて距離は開く一方だった。

「ラスティ……ごめん!」

 そして、彼の姿は彼女の視界から消えていき、
ラスティは肩で息をしながら、カウジーが行ってしまった方向を見続けるしかなかった。








 同時刻 教会前広場――


 
――カウジーさんっっ!待って下さい!!


「サーリア、この声……!」

「ラスティちゃんの声です…カウジーさんを見つけたですね!?」

 ボリューム豊かなラスティの声は、しっかりと彼女らに聞こえていた。
それなりの距離があるのにも関わらず、だ。

「現場に向かうわよ! 上手く行けば捕まえられるかもしれないわ!」

「ラスティちゃんに遅れを取るな!ですっ!」








 同時刻 図書館前――


「私も……行くべき時が来たようですね」

 空色の髪をした盲目の踊り子にして、堕天使ルーシアの刻印を押された人物・アルテは、
自分の妹とも言えるラスティの声を聞いて、図書館の石段から立ち上がった。

 彼女の足元には飼い猫のソフィルがじゃれついている。

「これからが勝負ですから、一緒に頑張りましょうね」

「ニャァァ〜〜」

 そんなソフィルの鳴き声を聞いたアルテは穏やかな笑みを浮かべて、
散歩にでも行くような足取りで通りへと向かって行った。








 1:50 大通り――


「はあっ、はあっ、はあっ……」

 もうラスティが追って来ていないのを確認したカウジーは、建物の影に入って息をついた。

 その荒い息だけを聞くと、怪しい人物と間違われてしまうかもしれないが、
そんな間違いをしてしまうのはフォンティーユの中では一人しかいない。

 さて、その人物はというと……、








 同時刻 教会前広場――


「いたです。サーリアの家の近く……あそこですよ」

 サーリアは、カウジーから見えない位置から杖で場所を指示する。

「疲れてるわね……チャンス到来よ」

「サーリアがカウジーさんの後ろを塞いで、そのまま追い込み役になって公園側に追い込むですよ。
カウジーさんが走り出したのを確認したら、フィアちゃんは図書館の方に回って下さいです」

「そして、挟み打ち……ね?」

 確認するフィアに、サーリアは勝利を確信した笑みで返す。

「行くですよ、準備はいいですか?」

「オッケー。いつでもいいわよ!」

 そして、二人はそれぞれの場所へと向かって行った。

 サーリアはウィネス魔法店の方向へ……、
 そして、フィアは、目立たないような隅の方へ……、

「そこまでですカウジーさんっ!」

 その声でハッと顔を上げたカウジーの目に映ったのは、
通りのド真ん中に仁王立ちで杖を構えるサーリア。

「万物の間を流れし物よ、今一度その結束を固め……」

「ちぃっ!!」

 サーリアが呪文の詠唱に入ったのを知るや否や、
彼は元来た道の方へと向きを変えて走り出そうとした。

「逃がしはしないですっ! ラーグ・イス・ハガルですぅっ!!」

 声に合わせて杖が振られ、虚空に光り輝く三つのルーン文字が描かれる。
 そして、それはカウジーの方に飛んでいって……、


 
ゴスっ!!


 鈍い音がカウジーの額で響いた。
 恐る恐るカウジーが「それ」を手に取って眺める。

「……氷?」

 手の中にあったのは、ゴルフボール大の氷の玉。
 しかし、そこいら中にそれが着弾し始めると、彼も、いい加減に、その魔法の効果を理解した。

 ――これは雹なのだ。

 段々畑から吹き上がってくる風に乗って、
どうやったか知らないけど雹が降って来るのだ。

「くぅっ……やるなサーリアっ!」

 連続で喰らうと、意識を刈り取られそうな氷玉の乱射を避けるために、カウジーは横に跳んだ。
 サーリア達の計画通り公園の方だ。

 サーリアは魔法をキャンセルして彼を追うために走り出した。

 それを確認したフィアも、
反対側から挟み打ちにするために走り出した。








 2:00 町外れの公園――


 ここを抜けてサーリアを撒いて、一気に引き離す。

 そう考えていたカウジーは、
その公園の向こう側にフィアがいるとは思っていなかった。

 しかし、サーリア達も、その人物が既に公園にいようとは思っていなかった。
 かなり近くにいたにもかかわらず、だ。

「こんにちは。今日はいい天気ですねカウジーさん」

「あ、どうもこんにちはアルテさん……って、すみません急いでるんで失礼します!」

 速度を落とさずにその脇を擦り抜けようとするカウジー。
 しかし、いきなり見開かれたアルテの瞳が、一瞬にして彼の体の自由を奪ってしまった。

 その瞳は、輝きを放つ金の色――
 彼女が押された堕天使の刻印――

「そう言わずに、ご一緒しませんか?」

「アルテさ〜ん……そんな眼で言われても困りますよ」

 と、不意に黒い霧がアルテの両手から湧き上がった。
 霧は生きているかのように脈動し、手の上から溢れ出す。

「命ある霧に食われ、骨も残さず、この世から消えろ。
誘いを断った、その報いを受けるがいい……」


「わーちょっとタンマタンマ!!
アルテさん、それ、シャレにならないって! てか、ルーシア入ってるし!!」

 確かにアルテの言う通り、喰われれば肉体の消滅は免れないだろう。

 と言っても、互いに時を止められた身である。
 どんなに強力なで術で消し炭にされても、時間が巻き戻って無傷のまま生きていられるのだ。

 まぁ、結局、彼も恐いものは恐いのである。

「――ふふ、確かに冗談ですけどね」

 穏やかに笑ってアルテは霧を引っ込めた。

「じゃ、じゃあ……」

「でも、カウジーさん、年貢の納め時ですよ?」

 見逃してくれると思った彼の期待を一蹴するアルテ。

「観念して下さいね。タッチしてゲームセットですから」

 アルテは一歩一歩近づいてくる。
 金色の眼はカウジーを見据えたまま、身動きを取れない状態を保持している。

(くそっ……万事休すか!)

 必死に体を動かそうとするカウジー。
 しかし、どんなに意識を集中させても、指先でさえぴくりとも動かせない。

 退路は絶たれた、と言うか退くことすら出来ないのだと彼は悟った。

(あぁ……でも、ハラ薬は惜しかったなぁ。開始一時間で捕まるのも悔しいし……)

 その時、彼の胸ポケットからまばゆいばかりの光が溢れ出た。

「きゃぁっ!!」

「羽根が……光ってる!?」

 それと同時に彼の体も自由を取り戻した。
 光でアルテが眼を逸らしたからだ。

 それを待っていたかのように羽根は光を失う。

 カウジーはアルテの横を通り過ぎ、一気に公園を抜けようとする。

 しかし、角を曲がって来たフィアが、こちらに猛ダッシュをかけていた。
 振り返るとサーリアが追って来ている。

「フィアちゃぁ〜ん! 援護するですからしっかり捕まえてくださいです〜!」

「カウジーっ! おとなしくあたし達に捕まりなさいっ!」

 まさに前門のフィア、後門のサーリア。

「行くわよっ!」

「行くですよぉ☆」

 フィアが一気に距離を詰め、サーリアが再び杖を構える。

 しかし、そこに割り込む四人目の追跡者。

「カウジーさんは私のパートナーですっ!
他の誰かには……絶対に捕まえさせたりしませんっっ!」

 上空から純白の羽根を纏ってふわりと舞い降りるラスティ。
 その眼は黄昏の赤に染まっていた。

「ラスティ……」

「ラスティちゃん……」

 そして、睨み合う女性陣――

 時間が経てばアルテも復活して、それに加わるだろうと感じたカウジーは、
無理にでも、この修羅場を突破することを決めた。

「残念だけど……今日ばかりは誰にも捕まる訳にはいかないんだっ!」

 その強い口調に一瞬ラスティが怯える。
 しかし、彼女だって負けてはいない。

「私を……置いていかないでっ!!」

 それは、いつか夢の回廊で聞いた心からの叫び。
 そして、その強い想いは眠れるセラフィの力を増幅させるのには充分だった。


 
ズドォォンッ!!


 増幅された力は溢れ出し、周囲に風を巻き起こし激しい土煙を上げた。
 数メートルの視界すらない、強烈なサイクロン。

「ぎにゃぁぁっ!目に砂が入ったですーっっ!!」

「これじゃあ……逃げられちゃう!?」








 フィアの勘は当たっていた。

 風が収まった後には、その場にカウジーの姿はなかった。








<続く>


あとがき

 さてさて、タルコフさんが暴走してたりしてますが、細かい所は見逃していただけると感謝です。

 根本的な元ネタは、歌月十夜の「遠野家のコン・ゲーム」です。

 タイトルは某作品のサブタイトル「鼠と龍のゲーム」から。
その作品のように推理と知略がうんぬん〜って感じで書きたかったんですが……力不足ですね(笑)

 裏で色々と展開されてたり、ルール自体違うので似ても似つかないですが、一応鬼ごっこです。

 あ、それとパプワ島形式というのは、確か「悪い鬼をみんなで追いかける」ってやつです。
 だからカウジーが逃げる役なんです。

 なるべくですね、フォンティーユのマップを見ながら書いてるんですが……、
 分かりづらかったり、そぐわないような部分があったら、その時は空くらい広い心で読んで下さい。

 それではあと二話お付きあいくださいです。


<コメント>

ルーシア 「……おい、セラフィよ」(−−メ
サフィー 「――ん? なに、ルーシア?」(・_・?
ルーシア 「人間達の戯言程度に、肩入れするのはどうかと思うが?」(−o−)
サフィー 「そういう貴方こそ、妙にアルテさんに協力的じゃない?」(¬¬)
ルーシア 「そうした方が、事態が面白い方に転がるだろう?
       最近、世界に不幸を撒くよりも、あの者達の修羅場を見ている方が楽しくてな」( ̄ー ̄)
サフィー 「まあ、それは否定しないけど……、
      貴方がアルテさんに協力するのなら、わたしはラスティを全力で応援するからね」(^〜^)
ルーシア 「ほう、あくまでも、この私と相対するつもりか……」(−o−)
サフィー 「……そういうわけじゃないんだけどね」(^_^;
ルーシア 「――?」(−−?
サフィー 「ただ、ラスティだったら、ちっとくらい、お裾分けしてもらえるかな〜、って……」(‘‘)
ルーシア 「それが熾天使の言う言葉か? そんな事を言っていると、いつか墜ちるぞ?」(−−;
サフィー 「そうなったら、カウジーと一緒に暮らすも〜ん♪」o(^○^)o
ルーシア 「…………」(−−;;

カウジー 「前から思ってたんだけど……、
       お前ら……何気に仲良くないか?」(−−?