※このお話はＩＦの世界です。
実際のストーリーとは関係があったりなかったり。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっとついた」
町外れに、一人の少女が立っていた。
少し汚れたセーラー服を着込み、学生カバンらしきものを持ったその少女は、
なんだか少し……いや、だいぶ疲れた……いやその、はっきり言えばかなり荒んでいた。
だが、そのややつり目なダークグレーの瞳は、強い意志と、そして『期待』に満ちていた。
「待っとれよー！」
陣九朗のバイト特別編（またの名をさーどえでぃしょん）
始まりは再開と共に
「さあ！ 学園祭まで後二日ですよ〜。みんなさん、頑張りましょう♪」
クラスの陣頭指揮をとっている藤井えりかが、みんなを励ますために檄を飛ばす。
それに呼応して、クラスの生徒数人が得物（大工仕事をしていたらしい）を手に、
「おぉーー！！」と威勢の良い雄叫びを上げる。
２−Ｂ――
どうやらノリの良いクラスらしい。
「くろちゃん！ そのナベ持って来て〜」
藤井さやかは、少し離れたところにあるお汁粉用の小豆の入ったずん胴ナベを指差し、
すぐ近くで作業をしていた陣九朗に笑いかけた。
「……なぁ、さやかちゃん、そのくろちゃんって言うの、やめてくれない？
――せめてえりかちゃんみたく、陣さんとか」
セットの仮組の手を止め、さやかの方へ向き直る津岡陣九朗。
何とか笑顔を作ろうとしているようだが、頬が引きつっている。
「え〜！ だってみーちゃんもそう呼んでたし〜」
「うう、俺の運命は、あの日、決まってしまったのか？ 恨むぞ馬鹿作者」
何やらまったく全然一向に訳の分からないことを言いながら軽く涙など流しつつ、
やけくそな速さで作業をこなしていく陣九朗。（すまん）
「陣九朗さん、元気出してください」
「陣ちゃん、ファイト！」
メイド服の小柄な少女「チキ」と、元気の塊のような少女「リーナ」が、陣九朗を慰めている。
しかし、チキ、家の中ならいざ知らず、学校の中でメイド服というのは、いささか問題では？
あ、ほら、入り口でのぞいてた男子生徒が奇声（喜声？）を発しながら走って行ったし。
「しかし……ここまで本格的にする必要あったのか？」
短期間だけ、学園祭の間だけ喫茶店へと姿を変えた教室を見回し、陣九朗は呆れたように言った。
なにせ内装だけ見ても、そのまま商店街の一角にあっても不思議でないほどの出来なのだから。
「やるからには完璧にって、お父さんも言ってたし♪」
「……誠らしいと言えば、それまでか。
ま、その点は俺も同意見だしな。だからこそこうして手伝っているわけだし」
男子生徒二人掛かりで運び込んだずん胴ナベを、片手でひょいと持ち上げ肩の上に乗せる。
人ではない存在、人狼の怪力とバランス感覚のなせる技だ。
尤も、これぐらいの芸当ができる者は、この町にはゴロゴロしているが。
「そっちはどうだ？」
黒板の手前に作られた厨房（これさえ本格的）の内側で、
当日の仕込みの打ち合わせをしているチキに問いかける。
チキとともに打ち合わせをしていた生徒は藤田 ひかる――
親子３代にわたる料理の腕は着実に進歩しているようすで、今回の学園祭でも調理の指揮をとっている。
それとなぜか二代目まーくんこと藤井 正人――
『あれ』が継承されなかった分、作るほうに傾いたらしい（ほんとか？）。
「ええ、順調です。メニューも役割分担のローテーションも、ほぼ決まりましたし」
「陣九朗さん、僕が作ったくっきーだよ！ 食べてみて食べてみて♪」
チキの後ろから皿いっぱいのクッキーを持った正人（以下、まーくんＪｒ）が、
満面の笑みともに顔をのぞかせる。
いつみても高校生に見えない。どころか、中……小学『女子』生徒と言っても通用するよなぁ。
陣九朗はそんなことを考えつつ、まーくんＪｒのクッキーをひとつ口に入れた。
「ど、どうかな？」
『どきどき』という擬音が聞こえてきそうな表情で、陣九朗の顔をのぞきみるまーくんＪｒ。
「うまいぞ。はやく、さやかちゃん達のとこに持ってってやんな」
陣九朗はそう言って笑って見せた。
「にゃあ♪ それじゃ持ってくね」
まーくんＪｒは皿を大事そうに抱えると、作業の手を休めているさやかの元へと駆けて行った。
「……親子、だなぁ」
「そうですね……あ、そうそう、まだそろっていない材料の仕入れ、搬入は、
ルミラさんの所と一緒に行うので、後で打ち合わせする予定です」
どうやらデュラル家も出店を出すらしい。
陣九朗達もだが、（一応）普通の高校の学園祭に本来部外者の彼らがなにゆえ立ち入れるのか？
多くは語らないが、ある筋からの情報だと、教育委員会を通じて多額の寄付金とともに、
「いいから許しとけ」という一文が東鳩高校に匿名で届いたとかなんとか……、
ちなみに金だけ受け取ってばっくれようとした校長（臨時）は、翌日体中に様々な傷
（打撲、火傷、無数の裂傷、銃器を使用されたかのような無数の痣などなど……、
さらに何か大型の獣の爪に切り裂かれたかのような衣服が発見されている）を負い、今も入院中である。
――閑話休題。
打ち合わせ中の人の輪から出たチキが、当日のメニュー案の書かれた紙を陣九朗に渡す。
受け取り、内容を読む。
「ふむ、メインは『らずべりー』（チキの店）のメニューと同じなんだな。
それに加えて甘味処のようなメニューも取り入れると。
値段が若干押さえ気味になってるあたりはさすがだ」
純益はあまりでないが、学園祭の模擬店なら当然のことだろう。
（作者は模擬店で、日に二万円近く純益を上げていたが）
チキの配慮に、ごく自然に陣九朗の右手は――
なでなでなでなで――
「じ、陣九朗さん！？」
「ん？ おお、悪い。何かつい手が伸びてな」
「………………（ぽ〜〜〜〜〜っ）」
「――？ チキ？」
（陣九朗様になでなでしてもらっちゃった陣九朗様になでなでしてもらっちゃった……）
駄目な人になってしまったチキを前に、陣九朗は自分の右手をしげしげと見つめた。
（誠……どうやら俺も特定少数にだけ、あの技が使えるようになっちまったみたいだ。
ふっ、威力は、お前に及ばないがな……）
それすなわち、『黄金の右手』。
対象はチキともう一人（ばればれだが後述）である。
「――ところで聞いた？ 転校生の話」
作業を一時中断し、チキとえりかのいれた紅茶を飲みながら一同が和んでいると、
ひかるがそんなことを口にした。
「うみゅ？ 転校生？」
「来るの？」
胸元から恐るべき速度で神戸銘菓瓦煎餅を取り出しているリーナと、
それらを光の速さで胃に収めていたさやかが、ふと手を止めた。
リーナがいれば食料面では困らないようだがそれはさておき……、
「それがですね……どうも変な噂のある転校生でして」
「変な噂、ですか？」
続けたさやかの言葉に、チキが小首をかしげる。
「うみゅ、炎でも纏ってるのかな？」
「「「「いや、それはいろいろ違うだろ（でしょ）」」」」
ネタが分かったらしい四人が同時に突っ込むが、チキだけはキョトンとした顔で見守るだけだった。
「冗談はさておき〜、どんな噂なの？」
みゃははと笑ってから、リーナはえりかに聞き直した。
えりかは頬に指を当て、考えるポーズを取る。
「え〜とですね、何でもその転校生がくると、数日後に必ず新任の教員が二人訪れるそうなんです。
しかも、その直後に、転校してきた生徒は姿を消し、生徒が消えて一週間もしない間に、
新任の教師も消えるという……」
「……怪談、ですか？」
チキが訳が分からないといったふうにリーナに目を向けた。
「姿を消すって言うのは、また転校したって事だと思うんだけど、
その噂が西から東に移動してるらしいんだよ」
「つまり、どんどん東の方へ転校して行ってるって事？」
「転校生が全部同一人物だったら、だけどね」
リーナの疑問にさやかが肩をすくめながら答えた。
「あ、僕も聞いた事ある。その転校生って女の子なんだよね？」
補足気味に、さやかとひかるに挟まれてちょこんと座っていたまーくんＪｒが手を挙げた。
「そうなんだ〜……陣ちゃんはどう思う？」
先程から黙って紅茶をすすっていた陣九朗に、全員の視線が集まった。
「む、ひとつ言えることは……」
中身を飲み干した紙コップを机にことりと置く。
「転校生ではなくて、正確には転入生じゃないのか？」
ぐわぁらたたた！！
「……おや？」
盛大にずっこけた教室内の生徒を見回し、首をかしげる陣九朗だった。
が、彼の第六感、と言うか野生の本能が告げていた。
……近いうちに、嵐がくると。
――それも２度。
時は流れて、学園祭一日目――
「あ〜ん♪ いそがしいわね〜〜♪」
「……ルミラさん、嬉しそうですね？」
隣でひたすら嬉そうな（過ぎて怪しい人になっている）ルミラを、陣九朗はややジト目で見ていた。
よそ見をしながらもタコ焼きをつつき返す手は止まらない。
いつぞやの神社のときに比べ、技が磨かれているようだ。
「うふふふ、わかる？」
「そりゃもうこれでもかってくらいに。で、何がそんなに嬉しいんです？」
笑い続けるルミラにほんのちょっぴり引きながらも、陣九朗はあえて聞いた。
気になるというのも理由だが、それ以上にこのままほっておくと売上にかかわる。確実に。
「あのね、昨日、メイフィアと計算したんだけど…」
「あ、わかりました。ようやく借金が全部返せるんですね！？」
「んーん、その『予定』なの。今日明日の東鳩高校学園祭！
これで全てが終わり、また始まるのよ！！」
ようするに、今回の学園祭出店で儲けた上がりで、借金全額返済のメドが立つということだろう。
……どれだけ儲けるつもりだ、学園祭で。
「あ、もちろん今回の出店だけじゃなくて、
アレイの……陣九朗君のお店の売上も計算に入ってるけど♪」
にこやかにそんなことを言ってくるルミラ。
確かに現在、あのコンビニは名義上はルミラの所有物だ。
実際はアレイと陣九朗が経営、さらにこの春からリーナもバイトで入っている。
アレイとリーナは、コンビニのすぐ裏手にあるチキ経営の喫茶店「らずべりー」の
従業員も兼ねているのだが。（まさに家族経営）。
「そうですか……それは……ご愁傷様」
それは勘だったが、こういった場合の陣九朗の勘は外れたことがなかった。
不幸なことに、今回も……、
「……へ？」
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉおおおんん！！！
ルミラが陣九朗に聞き返すよりもはやく、東鳩高校に爆音が響いた。
位置的には陣九朗がいる正門脇から、校舎を挟んでさらに向こう、中庭の辺りからだろうか。
陣九朗が屋台から身を乗り出して見ると、まさに中庭の辺りから黒煙が上がっていた。
「ルミラさん、中庭の一角って……」
ちゅどぉぉぉぉぉぉおおおんん！！！
「――あ、誘爆」
屋台の前のギャラリーから、そんな声が聞こえてきた。
「確か、イビルの馬鹿とアレイとたまの焼きもろこし屋、
それにメイフィアさんとチキの鯛焼き屋がありましたよね？」
遠い目で再び上がる黒煙を見ながら、隣にいるルミラに声をかけた。
「……ルミラさん？」
返事がないので陣九朗が振り返ると、「へっ？」の表情のまま固まり、
色素の抜け落ちたルミラ（？）がいた。
ぴりりりりりりりり……
ベストの裏ポケにいれている携帯がなった。
陣九朗は発信者を確認すると、耳から少し離して通話ボタンを押した。
『陣九朗さん陣九朗さん陣九朗さん！！！』
出た途端ものすごい音量で名を連呼された。
電話を通さなくても、中庭の方から響いてくる声を聞き取れるぐらいだ。
「分かったから落ち着けアレイ！！
そして、今すぐイビルを取っ捕まえて電話に出させろ！ 実力行使で！！」
『は、はい！』
それだけ言うと、電話の向こうで何かが鈍く砕ける音がした。
数瞬……、
『なんだ陣九朗！ いまいそがし――』
「選択肢は三つ、いまだ未払いの銀細工の代金を耳そろえて今すぐ払う。
俺の新技の実験台になる。今すぐ全ての非を認め、おとなしくお縄につく」
『な！ ちょっと待て、それ選択肢が――』
「そうか、新技か。命の保証はできかねるが、そこまで言うなら仕方ない」
『すいません、あたいが全面的に悪かったです』
「……ちっ、それじゃ、メイフィアさんに代われ」
『お、おう』
何かそこまで怯えられるとイヤなものがあるな。
別に『狼』だからって、とって食う訳じゃないのに……、
『もしもし、陣九朗くん？』
「あ、メイフィアさんですか？ そっちの被害はどうです？」
電話の向こうで、しばらく沈黙が流れた。
周りを見渡してるんだろうか？
『とりあえず人と校舎への被害は、わたしとチキのダブル風結界で出来る限り軽減したけど、
植え込みとかベンチとかは黒焦げね〜』
「了解、お客さんや生徒に怪我がないならいいです。あとで予備の屋台もって行きますね」
『予備？ あ〜もう、イヤんなるくらい手回しがいいわね〜』
「慣れてますから。それじゃ……、
あ、チキに伝えといてください、『イビルにレベルBを』」
それだけいうと電話を切り、白いルミラさんに話しかける。
ダメージは一度に受けといてもらおう。
「学校の被害はとりあえず例の資金から出しといてもらいますが、
レンタル屋台の弁償は責任持てませんので」
ぴきっ――
あ、ひびが……とりあえず保健室かな？ それとも工作室？
陣九朗は屋台の前に『準備中』の札を下げ、ルミラを担ぎ上げると保健室へと向かった。
見かけた人の話だと、マネキン担いで走ってるみたいだった、とのことだ。
『２年Ｂ組 藤井 えりかさん、２年Ｂ組 藤井 えりかさん、
職員室まで来てください。繰り返します――』
「――？ 呼び出しみたいだな？」
ルミラを保健室のベッドにおいて来た陣九朗は、その足でメイフィアたちの所に予備の屋台を届け、
もののついでということで藤井家じゅにあズのいる２−Ｂへと向かっていた。
「……あ、津岡さん」
２−Ｂ教室の前まで来たとき、そこから出てきた少女に声をかけられた。
藤田 ひかるだ。店の制服らしいフリルエプロンがよく似合っている。
「まいど、調子はどうだ？」
「すっごくいそがしいです！ リーナちゃんがいてくれて助かりました」
「そういえばリーナも手伝ってるんだっけか？ どれ――」
陣九朗は教室の入り口から店の中をのぞき込んだ。
「は〜い、レモンティーとハーブクッキーのセットだね〜♪」
そこではなぜだか東鳩高校の制服を着て、
エプロンをひるがえしながら迅速な対応で注文を取るリーナの姿があった。
それもとびきりの笑顔で――
リーナは営業用の笑顔などできない、いつでも心からの笑顔なのだ。
まぁ、口調もいつも通りなのは気にしないでおこう。実際それは全然不快なものではないし。
チキの店での経験と、リーナ本来の明るさが店内を照らしているようだった。
ムードメーカー、まさにそんな感じだ。
「……なんか、意外だ。あのリーナがねぇ」
「津岡さん、女の子はいつだって成長してるんですよ♪」
「それじゃ、わたしは、ひかるちゃんの成長具合をはかっちゃうんだからぁ〜♪」
突然、背後から聞こえた声に、陣九朗は振り返った。
「…………」
そして、数瞬の間フリーズした。
振り返った先、目の前で、ひかるが背後から女子生徒に胸を鷲掴みにされていた。
そりゃもう『ぐわしっ』てな具合に。
そして、『ふにふに』へと続く。
「きゃあ！？ み、みやびちゃん！？」
「あ、ひかるちゃんちょっとおっきくなってる〜！！」
「な、何でそんなこと知ってるの！？ それより手をは〜な〜し〜て〜！！」
確か彼女は隣のクラスの……佐藤 みやび。
遺伝の力は侮れない。
「津岡さん！ み、見てないで何とか、あふ」
「あぁん、ひかるちゃんかわい〜♪」
「……あ〜、みやびちゃん？ こういうことは２人合意の元で――」
「ってそんなこと言ってる場合じゃないでしょ！
ひかるちゃんを放しなさい！ せぃやっ！！」
――こきょ！
さやかの特大フライ返し（突っ込みうえぽん）を受け、
いい感じに小気味よい音ともに、みやびは廊下を転がった。
「ふぇぇ、わたしは全部正人ちゃんのものなのにぃぃ」
「…………」
――こきん！
「あいたっ！ さやかちゃん痛いよ〜」
ひかるは側頭部をさすりながら、少し潤んだ目をさやかに向けた。
「あ、ごめん、気にしないで。わたしも気にしないから」
いずこかへとフライ返しを仕舞いながら、さやかは笑みを浮かべた。
「う〜、何気にひどいこと言ってる？」
「――それはともかく、くろちゃん！」
完全に蚊帳の外に追いやられていた陣九朗だったが、さやかの声に我に返った。
「くろちゃん、あーいうのには容赦とかしちゃ駄目なんだからね！」
さやかの言葉に、陣九朗は少し考えて……、
「いやしかし、合意のうえなら――」
「合意するわけないでしょ！！ って、津岡さんってもしかして……」
「ひかるちゃん、その先、不穏なことを言おうもんなら、
容赦なくみやびちゃんと二人で密室に閉じ込めるよ？」
「なんでもないです、すいません！！」
ちょっぴり大人気ない陣九朗だった。
「くろちゃん、ちょっと大人気ないね……、
と、こうしちゃいられないんだった！ ひかるちゃん、呼び込みいいから厨房に入って！
えりかが出てっちゃったぶん、間に合わなくなってきてるの！」
「わかったよ」
ひかるはそう返事をし、駆け足で教室の中へ入って行った。
「繁盛してるな」
「うん、目が回りそう」
さやかはそう言うと、言葉とは裏腹ににこりと笑った。
この状況を、喫茶店の出店を楽しんでいる証拠だ。
だが、その笑顔が少し曇る。
「だけど、正直えりかがいなくなるとつらいな〜」
「――？ そういえばさっき呼び出されてたみたいだけど……」
「それがね〜」
さやかは全身を使って大きくため息をついた。
「少し前に話したでしょ、転校生の話。それが今日来てるんだって」
「ははぁ、それでえりかちゃんが案内役ってところか。
てことは、さやかちゃんたちのクラスに転入してくるんだな？」
「そうみたい。お友達が増えるのは大歓迎だけど、ちょっとこのタイミングはね〜」
貴重な人手をとられて、ご不満らしい。
「――ん？ そういえば、なんでえりかちゃんなんだ？」
素朴な疑問に陣九朗が首をかしげる。
「あれ、知らなかった？ えりか、学級委員なの」
陣九朗の疑問にさらりと答えたさやかは、ハッとした顔をして……、
「あぁ！ こうしちゃいられない、わたしも戻らないと！
くろちゃんも、もう少し空いたら来てね〜」
そういって、教室の中へと戻って行った。
「……さて、それじゃ俺も戻るかな」
喫茶店へと入りそびれた陣九朗は、校門脇の自分の屋台へと足を向けた。
「……一区切りつきそうだな？」
陣九朗は隣でスチロールのトレイに並んだタコ焼きに、
青海苔、鰹節、ソースをかけているチキに声をかけた。
チキはそれを屋台ごしにお客へと渡した、笑顔とともに。
受け取り、屋台の前から去って行く男子生徒が、
少しはなれた場所で何やらガッツポーズをしていたが……、
「ふぅ、すごい売れ行きでしたね」
チキが振り返りつつ、陣九朗の言葉に同意する。
なぜチキがここにいるのかというと、中庭の予備屋台が一軒分しかなかったため、
メイフィア＆アレイと陣九朗＆チキのチームに分かれたのだ。
ちなみにチーム分けは『炎の一本勝負』（通称ジャンケン）にて決まった。
さらに余談だが、例の二人はチキによりレベルＢ（空間隔離）の刑に処されている。
「売れ行きが好調なのはいいんだが、休む暇もないのはな……、
少し手も空いたし、今のうちに少し休憩するか？」
「そうですね、それでは――」
チキは屋台の前にまわり、『準備中』の札を立て掛けた。
「んー、別に俺はそのままでもいいんだが」
「……あの、私がご一緒したかったんですが」
あくまで控えめに、けれども上目使いに陣九朗の顔をのぞくチキ。
「……そうだな、一緒に休憩するか」
「はい♪」
陣九朗は鉄板から焼き上がったタコ焼きをスチロールのトレイに乗せていく。
そうやって鉄板を空にしてからコンロの火を消す。
「んじゃ、中庭に行くか。メイフィアさんとアレイもそろそろ休憩するだろ」
「そうですね、それじゃ行きましょう」
陣九朗とチキは、タコ焼きを手土産に中庭へと向かった。
中庭は、先ほどの一軒でなかなか荒んだ光景になっていたが、
陣九朗が用意したベンチや簡易テーブルなどで、それなりに賑わっていた。
備えあれば憂いなし、とはよく言ったものである。
「陣九朗さん、チキさん、こっちです〜」
陣九朗たちが見つけるよりはやく、アレイが二人を見つけ呼んだ。
メイフィアとアレイは、屋台のすぐ近くのテーブルで鯛焼きを食べていた。
こちらも休憩中らしい。
「ほい、メイフィアさんにはこれを」
陣九朗はトレイに赤い印のついたタコ焼きを、メイフィアの前に差し出した。
「なんかちがうの、これ？」
「ええ、唐辛子を少しいれて、辛めにしてみました。
メイフィアさんはこっちの方が好みかと」
一般に、酒飲みは甘いものが苦手らしいから。
「ありがと。鯛焼きよりは好きかもね」
そう言ってメイフィアは、タコ焼きの一つに楊枝を指して口にほうり込んだ。
「アレイも食うといい」
「陣九朗さんも、鯛焼き食べてくださいね」
お互いの持参品をテーブルに並べ、それぞれつまんで行く四人。
しばらくして――
「あれ、えりかさん？」
チキが見ている方に目線を向けると、中庭の入り口辺りで誰かと話すえりかが見えた。
多分、さやかの言っていた転入生だろうと陣九朗はあたりをつけた。
「あ、みなさんこんにちわ」
こちらに気が付いたえりかが、その子を連れて近づいてくる。
「――？」
その少女を見たとき、みんなが心の中で首をかしげた。
制服が違うのは、転入初日ということもあり納得できる。
問題は、その制服がかなり使い込まれた感があるということだ。
えりかたちのクラスに転入するなら、高校二年ということになるはずだが、
それは明らか二年以上は着込んでいると思われた。
「……っ！？」
そして、注目されていた少女は、顔にはっきりと驚きを表して動きを止めていた。
その目はしっかりと目の前の青年――陣九朗を見つめていた。
「――？ 俺がどうかしたか？」
初対面の少女に見つめられ、尚且つ驚かれる。
別に普段と変わった所はないはずだが……と陣九朗は自分の姿を確認しながら自答した。
それでも目の前の少女は、周りなど存在しないかのように、ただ陣九朗を見つめていた。
そのまま数度瞬きし、震える唇を少しづつ開いた。
「つ、つおか…じんくろう？」
その僅かなつぶやきに、陣九朗は怪訝な顔で応えた。
「そうだけど……なぜ俺の――」
陣九朗の言葉はそこで途切れた。
いや、途切れざるをえなかった。
なぜなら少女が目にいっぱいの涙を浮かべ、座ったままの陣九朗に飛びついてきたからだ。
「――っ！？」
「じんくろーや！！ じんくろー、じんくろー！！」
驚く陣九朗にかまわず、少女は泣き笑いの表情のまま陣九朗の胸にしがみつき、
その感触を確かめるようにほお擦りしている。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け！」
「いやや！！ やっと会えたんやもん！！」
「じ、陣九朗さんから離れてください！」
いち早く我に返ったアレイが、少女と陣九朗の間に入る。
「なんやの！ 邪魔せんといてんか！
チキちゃんやったらまだしも、知らへん人には止められへんで！」
陣九朗に抱き着いたまま、アレイに敵意のこもった視線を向ける少女。
「――え？ 私ですか？」
と同時に、少女に名前を呼ばれたチキは困惑していた。
陣九朗と同じく。
「ちょっといいかしら？ あ、私は陣九朗君の知り合いってだけだから」
成り行きを（若干面白そうに）見ていたメイフィアが、挙手とともに少女に声をかけた。
「なに？」
「あなたは陣九朗君とどういう関係なのかしら？」
「よく聞いてくれました！」
少女は改めて陣九朗をギュッと抱き締めた。
「うちは、陣九朗のお嫁さんになるために来たんや！！」
…………………。
「「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ！！？」」
中庭に２人の絶叫が響いた。
「ど、どどどういうことなんですか陣九朗さん！？」
「陣さん……複数の人を愛するのは認めますが、浮気と不倫は駄目ですよ」
アレイが激しく狼狽した目で、えりかがとてつもなく冷ややかな目で陣九朗を見ていた。
チキは……とくに変わった所は見られない。
「ちょ、ちょっと待て誤解だ！！ 俺が浮気とかするわけないだろ！！」
「じんくろー♪」
「へっ？」
――ちゅっ♪
………………。
不意打ちと言えばそれまでだが……少女は振り向き様の陣九朗に、その、ちゅ〜っとね。
つまりはっきり言えばキスをしていた。
「う、うわぁぁぁぁん！！ わたくしだって、してもらったの片手で余るほどしかないのにぃぃ！！」
そう言うとアレイは、一直線にどこかへと駆け出した。
そう、一直線に……、
どかっ！ バキィ！ メコッ！！
「あ〜あ、あの子、頑丈だから……」
アレイが校舎に空けた人型の穴を眺め、それからチキの方へ視線を移すメイフィア。
「……ずいぶん落ち着いてるわね？」
「ええ、私は陣九朗さんを信じてますから」
そう言うとチキは、鯛焼きに楊枝を突き刺し、尚且つそれを口に運んだ。
当然だが、タコ焼きと違い一口で食べられる大きさではない。
大体、普通、タイヤキを楊枝で食おうなどとは考えない。
「……しっかり動揺はしてるみたいね」
頬杖をつきつつ、そんなチキとさっきの攻撃（口撃？）でかちこちに固まった陣九朗、
そして、その陣九朗に嬉しそうに擦り寄る少女を見渡し、
さてどうしたものかと思案するメイフィアだった。
「――へっ？ 陣ちゃんに女の子が？」
だいぶ人がまばらになってきた２−Ｂ教室の喫茶店。
いまだ制服姿のリーナが、返ってきたえりかの言った言葉に大きく首をかしげた。
「……じょーく？」
「違います！ はっきりと事実です」
はっきりと怒っているのが見て取れるえりかに、リーナはまた首をかしげた。
えりかがここまで怒るということは、言ってることは本当なのだろう。
えりか、それにさやかと正人、藤井家の子供たちは、
『親があの人たち』なので、一対多数の恋愛事には理解がある。
しかし浮気、ましてや不倫などは以っての外だ。
彼らの父親である誠は、当然そんなことを絶対にしない（し、すれば殺される）。
「でも、なにか事情があるんじゃないのかな？」
リーナと同じく休憩に入っていたまーくんＪｒが、リーナと同じく首をかしげた。
「まーくん！ 浮気に事情はありません！！
陣さんがあーいう人だとは思いませんでした！」
「いや、だから〜、陣ちゃんがそういう事するわけないと思うんだけど〜？」
当たり前のようにえりかの言葉を否定するリーナ。
陣九朗と一緒にいた時間はとてつもなく長いのだ。
だから、少なくとも陣九朗が浮気などすることができる人ではないことはよく理解していた。
さらに失礼な言い方をすれば、そんな甲斐性はないと思っていた。
「ねぇ、えりか？ その陣九朗さんに抱き着いたのってどんな子だったの？」
まーくんＪｒが小首をかしげながらえりかに聞いた。
「ええと……関西弁でしゃべってて、陣さんのこと『じんくろー』って呼んでました」
「……！？ もしかして――」
えりかの言葉を聞き、リーナの顔付きが変わった。
そこに現れているのは『期待』――
「えりかちゃん！ その子と陣ちゃんどこにいるの！？」
「……え？ まだいるのなら中庭ですが――」
「ありがと！！」
えりかの言葉を聞き終える前に、リーナは走りだした。
もしかしたら勘違いかもしれない。
でも、『もしかしたら』『あの子かもしれない』！！
階段を駆け降り、廊下で人にぶつかりそうになりつつもリーナは走った。
そして、中庭――
捜し回らずともすぐに見つかった。
ベンチに座ったまま固まっている陣九朗と、それに擦り寄る少女。
見たとき、一瞬自分の考えが否定された気がして落胆しかけたリーナだったが、
近づいて行くうち、少女と目が合った。
「………」
「………」
お互いに見つめ合ったままなにも言わない。
だが、どうだろう。
自然に、ゆっくりと二人の顔に笑顔がひろがっていく。
「リーナちゃん、久しぶり！」
「やっぱりコマちゃんだ〜〜！！！」
そろって破顔し、リーナは駆け寄り、少女――こまめは陣九朗から一時離れ、
飛びついてきたリーナを抱きとめ、そして、抱きしめ合った。
「コマちゃんだ〜！！ また会えたよ〜」
「あったりまえやん！ ちゃんと約束したもん！！」
二人でピョンピョン跳びはねながら、再会を喜ぶ。
「こ、ま？ こまめなのか！？」
「こまめさん！？」
解凍された陣九朗と帰ってきたチキが、こまめのほうに驚きの視線を投じていた。
「何や、二人とも気づいてへんかったん？」
「……いきなりだったからな。それに……なんつーか、成長したというか」
「ええ、『あの』こまめさんと同一人物ですけど、別人ですから」
「二人とも、それあっちの最終回読まないとわかんないよ」
謎なことばを残すリーナはさておき、あらためてこまめは陣九朗と向かい合った。
「長かった……約束、守ったで」
「ああ……そうだな」
「今度は、じんくろーが守る番やね♪」
満面の笑みで、今度はゆっくりと陣九朗を抱き締めるこまめ。
「……あ、ああ」
陣九朗は、それはもう曖昧な笑顔でぎこちなく抱き返すのだった。
「こまめ……何で俺たちの事を？」
夕食も済んだ陣九朗邸の夜――
リビングに集まった面々（津岡家＆藤井家ジュニアず）の前で、
陣九朗はこまめに一番の疑問を投げかけた。
「何で覚えているか、やろ？ うちも、高校に入るぐらいまでは、完全に忘れとった。
でもだんだんと、断片的に思い出して来たんや。
そんで、八割ぐらいかな？ 思い出せた記憶を頼りに捜し続けて、
今日、じんくろーに会えて、全部思い出せた！！」
「愛の力ですねえ」
ほう、といった感じで、えりかがぽつりともらした。
初めの誤解はリーナが完全に解いているので問題ない。
外れているようで、実はこの上なく的を得た意見なのかもしれない。
「待てよ、ということは、こまめを追いかけていた二人の教師てのは――あいつらか？」
「そう、あの二人や。途中でまいたから、しばらくはこおへんと思うけど」
こまめはちろりと舌を出して笑った。
「くろちゃん、あの二人って？」
さやかが僅かに身を乗り出した。
「む、追って来てるならそのうち会うだろ。
その時に話すよ……いろいろ説明に困る奴らだからな」
陣九朗は随分と会っていない『家族』の事を思い出し、静かに笑った。
「それで……あのな？
うちもじんくろーに言わなあかん事があるんや」
先程までの勢いはどこへ置いて来たのか、こまめは一転して言いにくそうな雰囲気を身に纏った。
「なんだ？ もう大抵のことじゃ驚かんぞ」
なにせ二度と会うことはないと思っていたこまめに再び出会えたのだ。
しかし――陣九朗は忘れていた。
いや、故意に考えないようにしていたのかもしれない。
あの時感じた『勘』――
嵐は二度やってくると――
「うち、妹になってもうた」
「…………………はい？」
こまめの言ってることが分からず、陣九朗は首をひねった。
同じく、チキたちもそろって首をひねっている。
「あのな、うちのお母さん……あ、今は向こうに居るし、うちの居場所もばれてへんはずやけど……、
お母さんの名前……『あさき』っていうねん」
「――！？ こ、こま？ 今、なんて言った？」
こまめの言葉に、陣九朗が今まで見たことがないほど動揺していた。
「チキちゃん、たしか『あさき』って……」
「はい、確か、陣九朗さんのお母様も、そのような名前だったと……」
チキとリーナが、顔を見合わせて笑っていた。
この上なくぎこちない笑みだった。
「ま、まさかな……いくらなんでも……同姓同名だよな！？」
それでもわずかな望みをかけ、少し震える声でこまめに詰め寄る陣九朗。
こまめは陣九朗をじっと見つめた。
そして……不意に視線をそらした。
「――ごめん」
ぴきっ！
「あ、くろちゃん！？」
「陣さん……固まっちゃいましたよ？」
「じ、陣九朗さん？」
陣九朗のあまりの反応に、藤井家ジュニアずが声を上げた。
「チキちゃん、どうなってるの？」
こちらも狼狽しているチキに、さやかが声をかけた。
チキは大きき息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「陣九朗さん、そしてそのお父上である新朗太さん。
このお二人が世界で唯一恐れるものが、陣九朗さんの母上、あさきさんなのだそうです」
「あたしたちも直接あったことはないんだけどね〜」
チキとリーナは完全に固まってだんだん色素の抜け落ちていく陣九朗を見つつ、顔を見合わせた。
「？？ よくわからないけど、つまり陣九朗さんとこまめちゃんは兄妹なの？」
「でも、くろちゃんて一応、すごく長い時を生きた人狼なんでしょ？」
「それじゃこまめさんも、人狼……なんですか？」
「ちょっとまってや、そんないっぺんに聞かれても……それにうち、れっきとした人間やで」
ジュニアずの質問にこまめが手を振りながら答えた。
「まぁ、ややこしいことはそのうちゆっくり話すわ。
それより今は、じんくろー、チキちゃん、リーナちゃんとの再会をかみ締めたいんや♪」
こまめはそういって、すっかり大理石の彫像のようになった陣九朗に擦り寄っていった。
陣九朗は真っ白い意識の中、思い出していた。
あの時感じた『勘』――
近いうちに、嵐がくると――
それも『２度』――
まだまだ、祭りは終わらないらしい。
＜えんど＞
次回予告！
『じんくろー……うち、もう子供とちゃうよ？』
『陣ちゃん、おひさ〜♪ ダーリンはどこかな〜？』
『だぁ！！ 出て来い、クソ親父！！』
『は〜はっはっは、すまん、俺は逃げる』
『うわぁぁん！！ 陣九朗さんのばかぁ〜〜！！』
……こんなかんじ？
言い訳
はい、いろいろ謎を残しまくり、なおかつジュニアずの出番が異様に少ない本作品。
こんなんでＳＴＥＶＥＮさんは許してくれるのでしょうか！？
なお、さーどえでぃしょんは記念ヒット更新となります。（ネタが出れば即書きますが）
次回の記念ヒット……いつにしましょうか？
最後に、、これはあくまでもＩＦの世界のお話です。
ＨｔＨ２ndとは関係があったりなかったりなので、設定を鵜呑みにしないように！
STEVENさん、ほんとすいませんっ！
＜コメント＞
誠 「は、ははは……まだ賑やかになりそうだな」（＾＿＾；
あかね 「うにゅ♪ 陣九朗さんのトコに、また家族が増えたんだね♪」（＾○＾）
さくら 「近いうちに、また二人ほど来られるようですしね♪」（＾〜＾）
誠 「なあ、こまめちゃん……もう、増えたりしないよな？」（＾＿＾？
こまめ 「わからんで〜。もしかしたら、あと三人くらい増えるかも……」（−ｏ−）
誠 「ちなみに……どんな奴なんだ？」（−−？
こまめ 「う〜ん、例えるなら……太上準天美麗貴公主？」（＾〜＾）ｖ
誠 「ああ……また、人外が増えていく〜」（Ｔ▽Ｔ）
こまめ 「うちは、今は立派な人間やーっ！」（￣□￣メ
？？？ 「ふっふっふっふっ……あたしだって、黙っちゃいないんだから！
二人とも、準備は良いわねっ！」（￣▽￣）／
？？？ 「はい♪ 準備万端――」（＾○＾）
？？？ 「――整っております♪」（＾○＾）
陣九朗 「――ゾクッ！ なんかイヤな予感がする」（−−；