Kanon SS

real dream







「やばっ、遅刻かな……」

 俺は急いで家を出て走った。

 待ち合わせの時間まで残り数分。
 世界新でも出さない限り、間に合わないだろう。

「怒ってるだろうな……じゃあま、急ぐとしますか」

 いつも学校に向かう時位の速さで走り始める。

 名雪のおかげ……、

 いや、名雪のせいで、
だいぶ鍛えられているから息も全くあがらない。

 つまりは、朝、いつも、
それだけハードだということになるのだが……、

「よし、あともう少し」

 目的地が見えてきた。

 駅前の通りにあるベンチ。
 1人の女の子が、ソワソワしながらそこに座っていた。





 夢は終わり、刻は動き始めた――





 あのニュースについて秋子さんから聞いた時、俺は家を飛び出していた。

 病院の場所なんて記憶に無かったが、
とりあえずは街中で道行く人に尋ね、何とか病院まで辿り着いた。

 看護士から病室を聞き、目的の部屋の前で俺は立ち止まる。

 そして、逸る気持ちを抑え、病室の前まで行き、中に入った。

 部屋には、陽光が窓から降り注ぎ、眩しい位だった。

 その部屋の窓際に、
ただ1つベッドがあり、彼女が体を起こして窓の外を見ている。

 俺には気付いていないようだ。

「夢を見ていた……」

 不意に彼女が口を開く。

 誰にあてられたものでもない。
 ただの独り言。

 聞くのは憚られたが、とりあえず、
俺は暫く、その場に立ったままでいることにした。

「悲しかったけど、すごく楽しかった……、
祐一君と、たい焼きも一杯食べたし、散歩もしたし、映画も見に行った。
本当に楽しかったなぁ」

 ここに、俺がいることも知らず、1人で話をしている。

「祐一君に、また会えるなんて思ってなかった。
また遊べるなんて……」

 その目には、薄く光る物があった。
 でもそれは、あの別れの時に見せたとは違う、快いモノだった。

「ボク、祐一君のことが好きだよ。
ずっと、ずっと。また会う事できるのかな……」

「というか、俺は、お前の目の前にいるんだけどな……」

「えっ……!?」

 漸く、俺に気付いて、彼女はこちらに振り向いた。

 俺の顔は、おそらく、
今、赤いだろうが、彼女は……言うまでも無いか。

「ゆ、ゆゆゆ祐一君!? いつからそこに!?」

「かなり前から。何で気付かないのか不思議な位だった」

「も、もしかして、全部、聞いてた……?」

「…………」(コクリ)

「う、うぐぅ……、
何で、入ってきたの教えてくれなかったんだよぉ」

「ん、何か邪魔しちゃ悪いかなあと」

「ほ、本当に、全部、聞いてた?」

「だから、そうだって」

「うぐぅ、忘れてよ……さっきのは……」

「――俺も、好きだよ」

「……えっ?」

「だから、俺もあゆのこと好きだ。
昔も今も、ずっと、あゆのことを愛している」

 俺は、ハッキリそう言った。
 自分の気持ち、それを全て伝えた。

 そして、本当のあゆを、抱きしめた。

「ゆ、祐一君……」

「これが俺の答えだ。絶対に変わらない答え。
だから、さっきの言葉は忘れてやるもんか」

「……うん、さっきの忘れて、は取り消し!
ボクも大好きだよ、祐一君」

 その言葉を聞いて、俺は、
いっそう強く、彼女……月宮あゆを抱きしめる。

「い、痛いよ、祐一君」

「じゃあ、このまま締め付けて、また眠らせてやる〜♪」

「うぐぅ、ひどいよ」

「はは、冗談だよ」

 2人で笑い合う。

 穏やかな刻。
 来るはずも無いと思っていた瞬間。

 それが嬉しくて、本当に嬉しくて俺は、不意に涙を流した。

「祐一君……」

「はは、こんな顔してたら喜べないな……悪い」

 俺は涙を拭った。

 そして最後に一言……、
 2番目に言いたかったこと。

 それを告げた――








「おかえり、あゆ」

「うん! ただいま、祐一君!」








 待ち合わせ場所に着き、
こちらに気付いてない、あゆに声をかける。

「よおっ、不審人物」

「遅いよっ、遅すぎるよっ!
というか、その台詞こないだと一緒だよっ!」

「それはあゆもだろ?」

「祐一君が遅れてくるからだよっ!」

「そっか、悪い悪い♪」

「全然謝ってないでしょ! もう、遅刻魔だよ……」

 あゆの声からは、全く怒りの色は見えない。

「でも、いいよ。ちゃんと来てくれたから」

「じゃあ、次は、待ち合わせ時間の2時間後に来るかな」

「うぐぅ、いじわる……」

「冗談だって……じゃあ、行こうか?」

「――うん!」

 並んで商店街へと歩く。
 夢じゃなく、幻想じゃなく、隣にいるあゆと一緒に。

「今日はどこに行く?」

「どこでもいいよ。祐一君の好きな所で」

「そっか……じゃあ、また、
いつもみたいに商店街をブラブラするか」

「いつもそれだよね……、
でも、楽しいからオッケーだよ」

     ・
     ・
     ・





 そうこうして、歩いているうちに日が暮れてきた。
 鴉が鳴いて空の色も赤くなってきた。

 何かを思い出したように、あゆがはっとして立ち止まる。

「あっ、ボク、そろそろ帰らないと。ちょっと準備が……」

「何の?」

「ボク、明日から普通の学校に行くんだよ。すごいでしょ〜」

「というか、それが普通だ」

「うぐぅ、ボクには特別なの」

「そうだな……で、何ていう所だ?
迎えに行ける範囲なら、迎えに行くぞ」

「えっとね……―――っていう所」

「…………」

「んっ、どうしたの?」

「それ、俺の行ってるとこ」

「ホントに!? 凄く嬉しいよ〜。
祐一君と同じ学校かぁ〜、楽しみだよ〜」

「うちの学校、帽子取らなきゃダメだぞ」

 あゆは、退院後に初めて会った時から、ずっと帽子を被っている。
 何でも床屋で切りすぎたそうだ。

「うぐぅ、そんなこと分かってるよ」

「じゃあ、今、ここで取ってみてよ」

「絶対、嫌!」

「でも、どっちにしても学校行く時、
取らなきゃいけないんだぞ。今、取っても一緒だろ?」

「そうだけど……絶対に笑わない?」

「――ああ」

「絶対絶対絶対絶対絶対絶対笑わない?」

「だから、笑わないって」

「うぐぅ、仕方ないなぁ……」

 あゆは帽子を取った。

 確かに、短く切られてはいたが、
これはこれで、すごく似合っていると思う。

「……どう?」

 恐る恐る、あゆが聞いてくる。

「可愛いじゃん」

「ホントに?」

「うん、凄く可愛いよ」

「良かったぁ〜」

 あゆは、安心して胸を撫で下ろしている。
 俺は自分のジャケットのポケットから小さな包みを取り出した。

「あゆ、渡したいものがあるんだ」

「えっ? なあに?」

 俺は、その包みを、あゆに手渡した。

「開けていい?」

「ああ、いいよ」

 あゆが、がさがさと包みを開けていく。
 中から出てきたのは、赤いカチューシャ。

「渡そうかどうか迷ってたんだけどさ……、
髪短くても、飾りとして、カチューシャをつけるらしいし、
それに、あの時、渡せなかったから……」

 あの事故の日、渡そうと思って渡せなかったプレゼント。

 勿論、あの時とは違う物だけど……、
 あの日の後悔の払拭を、せめて、ここで果たしたいと思ったから。

「本当に、もらっていいの?」

「その為のプレゼントだろ?」

「うん、ありがとう、祐一君」

 早速、あゆはカチューシャを着けた。
 やっぱり、あゆに赤いカチューシャは似合う。

「じゃあ、ボク、そろそろ行くね。また明日、学校で♪」

「ああ、同じクラスになれるといいな」

「なれるよ。だって、こうやって、
ボクは、また祐一君と一緒にいるから。奇跡って起こるんだよ」

「そうだな。じゃあ、また明日」

 そう言って、俺は、あゆの頬に軽く口付けをした。

 あゆは真っ赤になって、
素早く走り出したはいいものの、見事にすっころんでうぐぅと声をあげている。

 そして、あゆが見えなくなるまで、俺は手をふり続けた。








 名雪と秋子さんの待つ家に帰り、夕食をとる。

「祐一さん、あゆちゃん元気だった?」

「ええ、そりゃあもう。
逆に空回りしてたくらいですよ」

「いいなあ、私も会いたかったなあ」

「大丈夫。明日から、
毎日、会う事になると思うから」

「えっ、なんで?」

「あゆ、うちの学校に入るらしい」

「ホントに!? 嬉しいよ〜」

「あゆちゃん、よかったわね」

 あゆの話題で、今日の夕食は、一段と盛り上がったのだった。








 そして、1日は終了し、明日を迎えた。

 いつも通り起きない名雪を起こし、ダッシュで学校に向かう。

 いつもの仲間達と、他愛のない、
会話をし、いつもの様に、担任が入ってくる。

 ――その横には女の子。

「え〜、今日からこのクラスに入る……」

「つ、月宮……あ、あゆ……で、でです。」

「お〜い、ガチガチだぞ、あゆ。もっとリラックスしろ〜い」

「あゆちゃんだ〜! わ〜い!」

「あっ! 祐一君、名雪さん! 宜しく♪」

「おっ、相沢、知り合いか?」

 北川が茶々を入れてくる。

「まあな、腐れ縁だ」

「うぐぅ、全部、聞こえてるよ!」

 クラスに笑い声が溢れる。
 それは同時に、彼女を歓迎するものだった。

     ・
     ・
     ・








『祐一君と同じ学校に通いたい。祐一君と一緒に勉強して、
祐一君と一緒に給食を食べて、祐一君と一緒に掃除して、祐一君と一緒に帰りたい』

 そんな彼女の願いは、今、こんな形で実現した。

 あゆの3つ目の……、
 最後の願い事はまだ残っている。

 だって、あの願いは、俺には実現できなかったから。

 俺は、あゆを忘れなかった。
 だから、今、こうしてあゆと一緒にここにいる。

 最後の願いが何かは、この先まで分からない。
 でも俺は、あゆの願いなら、何でも叶えてやる。



 この街で起こった、小さくて大きな奇跡――



 俺は、その奇跡に感謝しながら、
これからも、ずっと、この街で生きていく。








 名雪と、秋子さんと、友人達と、そして……あゆと共に。








<fin>


後書き

 初のKanonネタ、初のkeyネタです。

 あゆシナリオのその後、って感じで書かせていただきました。
 一番、感動したのが、あゆシナリオだったので。

 keyの作品はいいですね。
 KanonにしてもAIRにしても、凄く泣かせてくれました。

 未プレイのCLANNADもきっとそうなることでしょう。(DVDが使えないため未プレイ。)

 今回のはかなり書くのに時間を要しました。
 いつもは伝奇ノベルのSSですからね。

 というわけで駄文ですが読んでやって下さい。m(_ _)m


<コメント>

誠 「果たして、奇跡の力により、あゆは目覚め、
   愛する祐一と共に、幸せな学校生活を過ごせるようになった。
   しかし、そんな彼女の前に、新たなる試練がっ!
   なんと、祐一の周りには、彼を慕う複数の女性の姿が……、
   次々と現れる恋敵達を前に、あゆは祐一を守る事が出来るのか!?
   次回、『背徳の味は蜜の味』!
   天使の羽根の力、解き放て、あゆあゆっ!!」(−o−)
あゆ 「何を勝手な次回予告入れてるんだよ!
    ってゆ〜か、ボク、あゆあゆじゃないもんっ!!」( ̄□ ̄メ
誠 「いや、でも、事実だし……」(−−ゞ
あゆ 「いいもんっ! だったら、
    毎回、勝ち抜いて、祐一君は、ボクが守るっ!
    屁のツッパリはいらないんだよ!」( ̄□ ̄)凸
誠 「おお〜、言葉の意味は分からんが、とにかく、凄い自信だ」(−0−)
あゆ 「当然だよ♪ 何と言っても、ボクは真のヒロインだもん。
    ところで、次回の相手は誰なのかな?」<(^▽^)>
誠 「……題名見て、分からないか?」(−o−)

あゆ 「…………」(−−;
誠 「…………」(−−;

あゆ 「うぐぅ……勝てる気がしないよ」(T△T)
誠 「いきなり、ラスボスだもんな〜」ヽ( ´ー`)ノ