今、少女達の想いに祝福を。

 無数の流星に、願いを馳せて……、





恋セヨ少年少女達!

落書き隊に花束

 <巻之終:星屑の小夜曲>





 その日は日曜だと言うのに、谷島は多忙だった。

 朝から学校におもむき、観測に必要な機材をそろえて屋上にセットする。
 数百年に1度の天体ショー、「獅子座流星群」を観測する為の準備だ。

 勿論、天文部の顧問から許可は取ってある。

 ただ、心配事がひとつ。
 ある目的のために誘った女性が、来てくれるかどうかと言う事だが……、

「まあ、何とかなるだろ」

 ……ここまで楽天的でないと、フラレ虫などやってられないのかもしれない。





 谷島が学校で色々なものを部室から屋上へと運んでいる頃――
 こちらは商店街の一角――


「あれ? 矢島」

 両手にスーパーの買い物袋を抱えた岡田は、河合書店の袋を持った矢島にばったり出会った。

「お…岡田、どうしたんだ? こっちに居るなんて珍しいな」

「それはこっちの台詞よ」

 岡田の視線は、自然と矢島の手にした本に行く。
 袋の隅から見えるタイトルは……、

『デートスポット百選(交霊スポット編)』

 岡田は、矢島が殆どの女子から相手にされない理由を百分の一ほど垣間見たような気がした。

「矢島、あんたふつーの女の子がそんな所におもしろ半分で付いて来ると思ってるの?」

 さすがに声に出たらしい。
 矢島が「えっ!?」ってな顔で固まっている。

「もし本当にそう思ってるんだったら、
あたしはあんたをある意味尊敬するわ……史上最悪のバカとして」

 呆れ切った表情で言葉を続ける岡田。
 そこには一片の慈悲も無い。

「……こう言う所につれていったら合法的に抱きつけるかと思ったんだが……ダメ?」
「……しかも抱きつくのはアンタかい」

 馬鹿にするのを通り越して、哀れみさえ感じてきたらしい。
 ちょっと同情したような口調で呟く岡田。

「矢島、自分が馬鹿くさいなーとか思わない?」
「うんにゃちっとも」

 何故か胸を張って堂々と言う矢島。
 その言葉に、しばしの間、頭を抱えて見せると……、

「も、いいわ」

 岡田は意外とあっさり話題を打ち切る。

「それじゃ、明日学校で」
「あ、ちょっと待てよ!」

 帰ろうとする岡田を引き留めたのは、間違い無く、矢島の声だった。

「……何か用?」

 『お願いだから引き留めないで』というニュアンスの強い言葉を言いつつ振返る岡田。
 彼女の視界に映るのは、これまでに無いほどシリアスな表情をした矢島だった。

「……少しだけ、一緒に歩かないか?」
「……あんたが良いなら、構わないけど?」

 そろそろ日の傾きかけた公園に、2つの影が入っていった。





 さて、こちらは岡田が矢島と公園に消えた頃の吉井と松本――


「ね、これなら変じゃないよね!?」
「どーでも良いけどさあ、11時までどーやって時間潰すつもり?」

 もう30分程、両手に服を持ってはぶつぶつ呟いている吉井に、半分あきれたように声をかける松本。

 その声には、既に相当な疲れが感じられる。
 多分、ずっと付き合わされて居たのだろう。

「……ま、気持ちはわからんでもないけどね」
「……? 何か言った?」
「なーんにも」

 疲れた声で吉井に答える松本。

(Wish to Starか……谷島君も洒落た言葉知ってるんじゃない)

 確かに疲れてはいる、つい先日の事も、まだ引きずっている。
 それでも、友人のために一所懸命になれる彼女は、とても情が深いのかもしれない。

「まあ、じっくり選んでのんびり楽しんできなさい」
「……松本、ありがとね」

 吉井の言葉に一瞬きょとんとする松本は、直に微笑を浮かべる。

「なに言ってるの、わたしとあんたの仲でしょ? 岡田もわたしも、応援してるからね」
「松本……ごめんね」
「ったく、ほら! そんなにしゅんとした顔しないの! ツキが逃げるよ?」

 松本が吉井の後頭部をぺしぺしと叩く。

「……頑張って、吉井」
「うん、ありがとう、松本」

 時計の針は、6時を指していた。
 これから暫く町で時間を潰した後、吉井は学校へと向かう。





 吉井が学校に向かった頃、公園――


 岡田と矢島が、何をするでもなく公園で遊ぶ子供達を見ている。

 既に日は傾き、最後の斜陽を地に投げかけるのみとなっていた。
 子供達が家路についてからも、二つの影はそこにある。

「…矢島」
「なんだ?」
「一つだけ言わせて」
「ああ」

 ゆっくりとした、それでいて張り詰めた空気が流れる。
 岡田は何度も自分に言い聞かせる。

(大丈夫、言える!)

 深呼吸をして、真剣な表情で矢島を見る。

「矢島、あたしね……矢島のことが……前から……」
「岡田」

 岡田の必死の言葉を遮って、矢島が言う。

「この間、林野に言われたんだ、『神岸さんと藤田の間には誰も入れないんだから諦めろ』って」
「え……?」

 一瞬、言葉を失う岡田に構わず、矢島は喋り続ける。

「だからって、俺は諦められない……、
今、ここであっさり諦めて他の誰かを追いかける事にするなんて、出来るわけない」
「…………」

 岡田は紡ぐべき言葉を見つけられない。

 矢島の言葉をそのまま取るなら、彼女がいかに彼を想っても、
その心は永久に彼には届かないと言う事なのだから。

「……諦めなさいよ」
「――え?」

 呟いた岡田の言葉に、矢島は疑問符を浮かべる。

「誰から見ても割り込めないなら、神岸さんの事諦めなさいよ!!」
「……今更、諦めても虚しいだけだ」
「あたしが……あたしが傍に居てあげる!」

 叫びにも近い声で、岡田は言った。

「あんたが神岸さんを忘れられないなら、忘れられるまで傍に居てあげる!」
「岡田……」

 言葉に詰まっている矢島の真正面で、肩で息をしながら、岡田はそう言った。

「あんたが神岸さんを忘れて、笑えるようになるまで、ずっと傍に居てあげる。
だから、神岸さんの事は……諦めてよ……」

 涙を浮かべて、嗚咽で上手く喋れない状況でもそれだけの事を言うと、
岡田は手の甲で目尻に浮かんだ涙を拭った。

「……」
「……」

 暫くの間、2人とも何も言わなかった。
 やがて……、

「……ごめん、俺、やっぱり神岸さんの事は……今は、忘れる事なんて出来ない」
「……」
「けど、いつか、気持ちに決心がついたら……その時は……」
「……うん、けど、それまで友達で居て……くれるよね?」

 上目遣いで聞いてくる岡田に、矢島は笑顔を浮かべると……、

「今でも友達だろ?」

 ……そう言った。






 午後10時50分、東鳩高校校舎屋上――

 吉井がそこにやって来たとき、谷島はもう望遠鏡を覗き込んでいた。

 因みに吉井が着ているのは、白のトレーナーに紺のジャンパースカート。
 髪型は、いつものタコさんカットではなく、ポニーテールにしてある。

「こんばんわ、谷島君」
「あ、吉井先輩……」

 バスケットを手に、見なれない髪形の先輩がやってきたことで、
谷島は意外にも緊張しているようだ。

「見せたいものって、何?」
「あ……もう、十分もすれば始まると思うんで、シートの上にでも横になっててください」

 そう言って、大慌てで望遠鏡に何かを取り付ける。

 その姿を見ながら、吉井は屋上に敷いてあるビニールシートの上にバスケットを下ろすと、
自分もシートの上に腰掛ける。

 何気なく見上げた空は、晴れてはいるものの星が見えない。
 そこそこに開発が進んでいる為、町の明かりが邪魔をして星が見えないのだ。

 隣に誰かが座るような音がした。
 ちょっと目を横に向ければ、谷島が自分の隣に腰掛けている。

「ねー、何を見せたいのか教えてよ−」

 ちょっと甘えた声を出して、おねだりしてみる。

「まあ、後5分もすれば始まりますし、運がよければ100個は見れるはずなんで……」

 そう言って吉井をなだめながら、谷島はちらと時計を見る。

 午後11時、じっと空を見ていた吉井の視界の隅を何かが走った。

「……?」

 改めてそっちの方を見る。
 丁度、一つの流れ星が大気摩擦で燃え尽きたところだった。

「谷島君!! 流星だよ流星!! あー、お願いしとけば良かったぁ〜〜」

 はしゃぐ吉井に微笑みながら、谷島は言う。

「お願いなら、沢山用意しといたほうが良いですよ」
「え? 沢山って?」

 吉井がそう言ったとき……、

「……始まった!」

 再び流星が空を走った。
 それが消えないうちに又一つ。
 中には5秒くらい流れつづけるやつもある。

「え? これって……?」
「今世紀最高の天文ショー、獅子座流星群ですよ」

 沢山の流れ星に囲まれて、ぽかんとする吉井に、谷島が言う。

「え? え?」
「ホラ、このまま寝転がって、真上を見てください」

 そう言いながら、谷島はシートの上に寝転がって見せる。
 慌てて吉井もそれに習い……、

 視界一杯に入ってくる無数の流星に、言葉を失う。

「これを、見せたかったんです」

 隣から谷島の声が聞こえる。

「さて、それじゃあ流星の下で夜食と洒落こみましょうか?」

 谷島が、懐からカロリーメ○ト(フルーツ味)を取り出す。
 それを見ていた吉井が、何かを思い出したようにはっとする。

「あ、お弁当持ってきたから……一緒に食べない?」

 勿論、谷島にそれを断る理由はなかった。
 実際、谷島にとってもありがたかったのかもしれない。
 これから2時間、スナック菓子だけで過ごすのは勘弁願いたかった所だ。

 吉井が、バスケットから2人分の弁当とお茶を出す。

「はい、沢山食べてね♪」
「あ、はい……いただきます」

 弁当箱を開けると、谷島の顔が一瞬赤くなった。
 ばつが悪そうにそっぽを向くと、弁当をぱくぱくと掻き込む。

 その様を見ながら、吉井は幸せそうな笑みを浮かべていた。

「……ね、美味しい?」
「はい、とっても美味いです」

 お世辞でも何でもなく、本心から谷島はそう答える。

「あはは、お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃないですよ、本当に、今まで食べた弁当の中で一番美味いです」
「ふふ……あ・り・が・と♪」

 暫くの間、二人して弁当をつつきながら流星を見ていた。

「……吉井先輩」
「ん? 何?」

 ポットからお茶を注ぎつつ、吉井は谷島の声に答える。

「先輩が小学生の頃、先輩の家の隣に住んでたガキの事、覚えてますか?」
「ああ、樹に登って落っこちたりローラースケートで暴走車のまん前に飛び出したりしてた割には、
不思議と怪我一つ負わなかったあの子の事? 覚えてるよ」
「それじゃあ、そいつの名前、覚えてますか?」
「そりゃあ、色々とお世話してたからね……確か、谷島……え?」

 自分で言った言葉に耳を疑う。

「あの……まさか……」

 吉井の言葉に、谷島は微笑むと……、

「久しぶり、吉井姉ちゃん」

 思いがけぬ幼馴染との再開、吉井は、開いた口が塞がらなかった。





「……少しは、落ち着きましたか?」

 谷島の言葉に何度も首を縦に振る。

「でも……なんで?」
「そりゃあ……確信持てたのがついさっきですから」

 吉井が言いたいであろう事を理解して、ちょっと恥ずかしげに言う谷島。

「それに、好きな先輩が実は幼馴染だった、なんて漫画みたいな事……有得ないと思ってましたからね」
「え? 今、なんて……」
「――? そんな漫画みたいなことって……」
「その前!」

 谷島が何気なく言った一言が、吉井の心臓の鼓動をいつもより遥かに早くしていた。

「好きな先輩って……あ"」

 谷島も自分の失敗を理解して、思わず固まる。
 思わぬところでポロリと本音を言ってしまった谷島と、聞いてしまった吉井。

 暫くの間時が止まる。

「え? でも、谷島君って園村さんが好きなんじゃ……?」
「園村さんの笑顔を潰さない自信は…ありませんし……、
きっと、あの3人の間には、もう入れませんよ」

 少し寂しそうに、谷島が呟く。
 誰にも言えぬ失恋、狂おしいまでの想いがあった分、立ち直るには時間がかかる。

「それに、気付いたんです、きっと、これから2人で一緒に歩いていける女性がここに居るって」
「――っ!? 谷島君、それって………!!」

 吉井の言葉に、谷島は少々照れを浮かべながら吉井に向き直る。

「吉井先輩……俺、吉井先輩の事…」

 言いかけた谷島の言葉を、吉井が止める。

「……勝手に一方的に告白するなんて、ズルイ」
「――え?」

 今度は、谷島が驚く番だ。

「こう言う時の告白は、女の子からって相場が決まってるの!」
「あの……それってまさか……」

 狼狽する谷島ににっこりと微笑みかけると、吉井は月と流星を背景に立ち上がる。

「谷島君、私なんかで良ければこっちに来て……目を閉じて待ってるから」

 そしてそのまま、目を瞑って動かなくなる。

 一方の谷島は少しの間狼狽したが、直に吉井の方を見て、何の躊躇いもなく吉井の肩に手を置く。
 吉井の体に緊張が走るのが、肩に置いた手から伝わった。










 綺麗な満月と無数の流星を背景に、二つの影が重なろうとしたその時、
一筋の流星に異変が起こった。

 元来、青白く光るはずの流星が、真っ赤に燃えているのだ。

 それは流れ星と言うよりも隕石の墜落と言ったほうが近いのかも知れない。

 大気圏を無事(?)に突破した流れ星は東鳩高校裏の林を直撃、
接地の衝撃で谷島と吉井は吹っ飛ばされ、目を回した。










 翌日、隕石の回収と調査の為、学校は臨時休校。

 吉井と谷島は、二人そろってこっそりと校舎を抜け出した所を長岡志保に見つかり、
徹底的に追いまわされる事となったのだが、それはまた、別の話。










 それから更に数年後――

 吉井と谷島の間にピエロの遺伝子を受け継ぐ者が誕生するのだが……、

 ……それもまた、別のお話。





<おしまい>


後書きなのです

 さてさて、ちょっと気を抜いていたら落書きが書きあがる前に年が明けていたりしましたが、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

 これにて、落書き隊の恋愛模様の記録は閉幕となります。

 速攻で忘れ去られる脇キャラにも、ちゃんと恋愛したりドジッたりという物語があるんだ、
と言う事を、上手く書けていたら幸いです。

 それでは、『ボルジャーノンに落書き隊に花束を』はこれにて閉幕となります。

2002.1.真魚


<おまけ 〜予告を頑張ってくれた2人の一言〜

岡田:……いんせき?
松本:めておすとらいく……、
岡田&松本:吉井も気の毒に……、

吉井:しくしくしくしく…

 ――幕


<コメント>

誠 「なんつーか、色んな意味で台無しだな」(^_^;
さくら 「隕石、ですか? 確かに、あまりに豪快なオチでしたけど……」(^_^;
誠 「いや……それ以前に、ツッコむべきところがある」(−o−)
さくら 「――はい?」(・_・?
あかね 「……ボルジャーノンだね?」(−−;
誠 「そう……ボルジャーノンだ」(−o−)
さくら 「ボルジャーノンって……ザクですか?」(・_・?
誠 「……アルジャーノンの間違いだろ?」(−−;
あかね 「マジボケ?」(^_^?
さくら 「……でしょうねぇ」(^_^;
誠 「後書きで笑いとってどうするんだよ……」(T▽T)