もしも、この温もりが続くのなら……、
彼女は、眠りつづけることを望むだろう。
恋セヨ少年少女達!
落書き隊に花束を
<巻之中(弐):いつか見た蒼空>
「つーくえのーうえのーちきゅうーぎーを…」
「吉井、ご機嫌だね」(汗)
上機嫌で歌う吉井を見ながら、松本は岡田に言う。
「あー、そうね……羨ましいわ」
疲れたような口調で呟くと、窓の外を見ながら頬杖をつく。
なにやら妙に不機嫌なようだ。
「……矢島と何かあったの?」
さすがに心配そうに尋ねる松本。
「……昨日、せっかく色々お洒落して……、
さすがにこの髪型じゃあ子供っぽいかなとか思って髪を下ろしてイメチェンして行ったのに……、
会って最初の一言が『誰?』よ誰!!
いくらこの髪型が基本だからって…!!」
「すとーっぷ! 岡田すとっぷ!! さすがにそれ以上は聞かぬが仏のような……」
松本による必死の静止にも関わらず、
岡田は昼休みをたっぷり使って文句を言い続けたのであった。
その頃、2年B組の教室では、谷島が妙に真剣な顔つきでぼんやりしていた。
「……なんで…こんなに引っかかるんだ?」
谷島の気持ちはさくらに向いている、それは自分で自覚している事だ。
だが、吉井と会うときには……、
吉井と話すときには自分でも驚くほど気持ちが落ち着くのがわかる。
……まるで、恋人と話をしているかのように。
「……まさかな、幾らなんでも気にし過ぎだって」
笑いながらそう結論付けると、谷島は机の中に入れておいたパンを取り出す。
窓の外に映る空は、ゆっくりと厚い雲に覆われ始めている。
「……流星群は、難しいかもな」
谷島は、誰に言うでも無しにポツリと呟いた。
誰かに恋をするということは、ある意味では幸せな事だ。
それは、その人の世界を何十倍にも広げていく。
そして、二人の思いが同じならば、世界は、更に広がり行く。
「谷島君♪」
放課後、部室で望遠鏡のチェックをしていた谷島は、背後からかけられた声に振り返る。
「あ、吉井先輩、どうしたんですか?こんな所に……」
総部員数5人、内、幽霊部員が4人という凄まじい状況に在る天体学部に、
誰かが来ると言うこと自体が珍しい。
誰も、最早幽霊船と化している部活には目も留めないからだ。
そんな中で、例え部員ではなくとも誰かが来てくれると言うことは……、
谷島にとっては嬉しい事だったりする。
まあ、その思考の中に……、
「このままなし崩し的に部活に入ってくれれば部費も少しは多く入るんだけどなぁ」
……ってな物があることは否定できないが。
とにかく、やってきた吉井は手に缶ジュースを握り締めていた。
「差し入れ♪ 最近、なんだか頑張ってるでしょ?」
「頑張ってるって……そんな大変な事してる訳じゃあ……」
さすがに弱気な口調になる谷島。
それでも望遠鏡のパーツを一つ一つ調整している姿は、傍から見れば大変苦労しそうな作業だ。
「あんまり根詰めすぎると、つまんないミスで事が台無しになるぞ?」
谷島の頬にジュースの缶を当てながら、吉井は姉が弟を諭すような言い方をする。
「だから、15分休憩」
確かに急ぐ事でもない、それにつまらないミスで事が台無しになっては困る。
そう考えて、谷島はジュースの缶を受け取る。
「……そうですね」
プシュッという軽い音を立てて、缶の中に貯まっていた炭酸が空中に散っていく。
吉井も缶のタブに指をかけて……、
「痛っ!!」
力の加減を間違えたのか、タブに掛けていた指を切ってしまったらしい。
それに気づいた谷島は、すぐに止血、消毒の方法として最古の方法を行った。
つまり、傷口を軽く咥えて少しだけ血を吸い出し、最後に軽く舐める。
「や……谷島君!?」
その行動に対して、さすがに顔面を真っ赤に染める吉井。
「……破傷風にならないように…って効果があるかどうかは判りませんが、
消毒としては一番手っ取り早い方法なんです」
吉井の顔を直視しないようにその台詞を言ったのは、
照れた顔を見られたくなかったからかも知れない。
「……谷島君」
吉井が言葉を発したのは、それから1分も経ってからだ。
「……ありがと」
そう言った吉井の表情が、心底嬉しそうな表情だったので……、
「いえ……当たり前の事ですよ」
谷島は吉井から顔が見えないようにしてそう言うと、再び作業に戻った。
天文学部前の廊下――
そこに、岡田と松本がいた。
「「青春……してるねぇ」」
まるで意図せずに同じ台詞を同じ口調で呟くと、まったく同じポーズで廊下の窓から外を見る。
雲は、あいにくと晴れてはいない。
それどころか、ぽたぽたと雨まで振り出す始末だ。
「帰ろっか、傘持ってきてないし」
「……そうだね、岡田」
岡田と松本は、そう言って部室棟を後にした。
生徒玄関には、もう人影は殆どなかった。
「あたし等って何やってんのかしらねぇ?」
「うん……そーだよねぇ……」
妙に疲れた表情で問う岡田に、
こちらも疲れた表情の松本が答えになっていない答えを返す。
「あれ? 岡田さんに松本さん」
そんな2人の前に現れたのは、神岸あかりと藤田浩之だ。
とある一件から、岡田は浩之とは余り仲が良くない。
「ああ、神岸さん」
そっけなく言葉を返す岡田と対照的に、
松本は一瞬『ぽー』っとした後、慌てて大きく頭を振る。
「神岸さんと藤田君、今から帰り?」
(こうやって仲良さそうに話せるのは、もう、1つの才能ね)
親しげに浩之達に声を掛ける親友を見ながら、岡田は小さくため息を付く。
せめて松本の半分でもフレンドリーさがあれば……、
そう考えている自分に気付くと、岡田は自分の頭を小突く。
(違う違う、あたしはあんなお気楽娘になるつもりは無いの!)
それでも、もし、初めて矢島に出会った時、ああやって話し掛けることが出来たら……、
そう考えている自分に気付いて、再び頭をぽかぽかと叩く。
(違うんだってば! もちろん矢島とまともに話くらいしたいけど、
心底お気楽なわけじゃあ……って、あれ?)
葛藤を続けていた岡田は、ふと眼に止まったある事に関して疑問を感じた。
(松本……なんだか妙に幸せそうな……)
疑問を胸に抱いたまま、岡田は玄関を出る。
雨は何時の間にか上がって、夕焼けの赤と、空の蒼が美しいコントラストを生み出していた。
(いつか見た蒼空……か)
最近買ったCDのタイトルを思い出しながら、岡田は走ってきた松本と一緒に歩き始める。
極僅かな間、見えた夕暮れの空は、直に厚い雲が隠してしまった。
それから数時間後――
『岡田も松本もきらい、私一人置いて帰っちゃうなんてさ』
頬を膨らませながら怒る友人の姿が脳裏に浮かぶ。
「目の前であんなラブラブかまされたら置いていきたくもなるわよ」
受話器の向こうで何やら文句を言っている吉井に対応しながら、岡田は手早くお茶を入れる。
「それよか、ちょっと家に来てくれない?
うん、出来るだけ速く……ん、頼むね」
電源を落として、受話器をテーブルの上に置くと、岡田はお茶とクッキーを持ってリビングに向かう。
そこにいるのは、黄色い髪の少女……松本だ。
「吉井、直に来るって」
「……うん」
普段の彼女からは考えられないほどに弱弱しい声。
口の悪い岡田は、時々松本のことを「お気楽少女」と茶化したりするが、
今の彼女には、その茶化しかたを使うことは出来ない。
それから吉井が来るまで、2人はずっと無言だった。
数十分後、吉井が来て、3人そろったところで岡田が口を開く。
「吉井……松本が……藤田のことが好きだって……」
あまりと言えばあまりに衝撃の事実。
それを聞いた時、吉井は一瞬我を失っていたと言う。
「………………………………………マジ?」
信じられない。
そんなニュアンスを多分に含んだ言葉に対して、松本は顔を真っ赤にしてこくりと頷く。
「岡田……藤田君って、確か神岸さんと……」
「うん」
誰かに恋をすると言う事は、ある意味では究極の不幸だ。
それは、恋をした者に関係する全てを深く傷つける。
その想いが強ければ強いほどに、忘れようとするほどに、余りにも忘れ難い傷跡を残す。
<酷なことですが続くんです>
後書きなんです
明るく楽しく、ギャグで行こうと思いながら、
話の内容はシリアス路線に突入しようとしております。
松本にはちょっと以上に苦しすぎる現実ですが、
彼女ならきっとこの壁を乗り越えられると思っております。
あと半歩を踏み出せない吉井。
素直になれない(というか上手く相手の気を引けない)岡田。
そして、想いと現実に苦しむ松本。
もう少しの間、落書き隊にお付き合い願えたら幸いです。
次回予告
岡田:松本……本当にいいの?
松本:うん…もう、決めたから。
岡田:……松本の選んだ道は……辛いよ?
松本:うん……、
岡田:あーあ、松本と言い吉井と言い、どうして世の中上手く行かないかなぁ?
松本:……。
岡田:次回、落書き隊に花束を、後編『少女達の試練』
松本:好きになっちゃ……いけなかったのかな……、
――幕
<コメント>
誠 「まあ、髪型を変えると、ガラッと印象が変わる事ってあるからな〜」(^_^;
浩之 「そ、そうだよな〜」(^_^;
誠 「あと、普段、メガネを掛けてる子が、それを外しただけでも、かなり違うし……」(^○^)
浩之 「いや、まったく」(^_^;
マルチ 「浩之さん……なんか実感込もってませんか?」(・_・?
智子 「そりゃなあ……」(^_^;
あかり 「実体験に基づいてるわけだし……」(^_^;
さくら 「そ、そうなんですか……」(*・_・*)
あかね 「だったら……」(*・_・*)
エリア 「今度、私達も……」(*・_・*)
フラン 「……ぽっ☆」(*・_・*)