「しかし…なんでだ?」

 町のはずれにある小さな神社。
 こんな神社ってあったか?
 普段なら誰もこんな所にある事など気にも止めないで、ただ通り過ぎてゆく筈の存在であろう。

 そこに……、

「なんで、こんなに人がいるんだよ…」

 しかも、見知った顔ばかりである。

「偶然って、良くあるものよね」

 と、声をかけてきたのは香里だった。

「なんだよそれ?」
「言葉通りよ」

 ふふっ、といつものように、意味深な答えを笑顔で返す。
 その隣には、これまたいつものように、

「いいじゃないか。こうやって、みんなで揃って年を迎えるのも」

 しっかりと北川が陣取っていた。

「うにゅ、みんなで仲良く年明けを……くー」

 またまたいつものように、名雪は夢うつつであった。

「うぐぅ、足踏まれたよ」
「あぅー、お腹空いたー」
「きゃっ、お姉ちゃんどこどこ?」

 この賑やかな中ででも、一際大きく聞こえてくる声々。

 ――本当に見知った者達ばかりのようである。

 しかし……、
 肝心の二人が見あたらない。





『58.57.56……』


 いつの間にやら、回りの雑踏が規則正しい合唱へとその形を変えていた。

 ちらりと時計を見る。

 ――23時59分10秒。

 あと、一分を切った。

 もうじき、今日という一日が終わる。
 そして、明日という新しい一日が始まるのだ。

 それだけじゃない。

 十二月三十一日の大晦日。

 長いようで、でも、とっても短かった一年も今日で終わり。
 これから、新しい年が始まるのだ。








 『終わりは新しい始まり』


二〇〇一年 元旦 らすのう







「ゆ、祐一っ、うっ、ぐすっ……」
「おいおい、名雪。これで、もう会えないわけじゃないんだから……な?」
「うっ、で、でもっ……」

 卒業式――

 名雪や香里、クラスメイトが、今までの学校生活の感慨に耽って涙する中、
それを見ていた俺も、なんだか、熱いものがこみ上げてきて、

 寂しさと切なさが胸に溢れてきて……、

「相沢君……いろいろありがとう……」
「香里……」

 あの気の強かった香里までもが、両目を涙で一杯にしていて。

 教室で、最後のなごりをいと惜しむように、おしゃべりに花咲かせるクラスメイト。
 それを横目に、だいぶ後ろ髪引かれる思いを残しつつも、俺は一人学舎を後にする。

 俺の門出を誰よりも祝ってくれる二人に会いに。

 人で一杯になっている校庭をかき分けて進む。
 自然と足は早くなっていく。

「祐一さんっ!」
「祐一」

 校門では二人が大きく手を振って出迎えてくれた。

「おめでとうございます、祐一さんっ!」
「おめでとう、祐一」

「祐一さん、祐一さんの学校生活はこれで終わりになってしまいますけど、
これからはわたしたちとの新しい生活が始まるんですねっ」
「終わりはまた、新しい始まりだから……」

 佐祐理さんと舞が言ってくれた言葉。
 そう、何かを終えると言うことは、新しい生活への始まりなんだ。


 ずっと前から三人で交わしていた約束。



    
「卒業したら、3人でずっと一緒に暮らそう」



やっとその夢が叶うのだ。

 ――結局、一緒に暮らすことは、まだ親には認めて貰ってはいないのだけれども。





『49.48.47……』


 秒を読む合唱が少しずつ大きくなっていく。

 しかし、肝心の二人は……、

「おいおい、一緒に年明けを迎えるんじゃなかったのかよ」

 昨日、突然、佐祐理さんから言われたのだ。

「祐一さん、初詣は街外れの神社にしましょうね」
「えっ? 去年も行ったところの方が、大きくて賑やかでいいんじゃない?」
「いえ、たまには小さなところで迎えるのもいいかと……」
「そうだね。誰も居ないような神社で静かに三人だけで年を迎えるのも悪くはないよな」

 そう、そのはずだった。
 しかし……、


『30っ!』


 回りから一際大きな声で秒読みが連呼される。

「なんで、こんなに人がいるんだよ……」

 小さな神社のその規模に、相応しくない程に沢山の人が詰めかけて来ているのだ。
 しかも、なぜだか俺が知っている顔ばかり。


『22.21……』


 年明けまであと、20秒。
 二人は間に合いそうもなかった。

「ま、いっか。去年は三人で年を迎えられたし。それに、どうせ今年の願い事も決まってるしな」



    
「「「来年も、再来年も、ずっと一緒に居られますように」」」



 去年、境内に向かって祈った言葉は、三人とも同じものであった。


 ……。
 …………。
 ……………………。


「しっかし、恥ずかしいよな…」

 回り中、着物姿だというのに俺だけタキシードなのである。

 昨日、佐祐理さんに、

「明日の年明けは、舞踏会の時と同じ格好で来てくれませんか?」

 と、言われたのである。

「年明けに神社に行くのにタキシード…か?」
「どうせ、あの神社に行くのはわたしたちだけだから、いいじゃないですかーっ」
「おかしくないか?」
「…大丈夫、祐一はもともとおかしい」
「こいつっ!」


『15.14.13…』


 時は流れていく。

「二人は間に合いそうもないか……。ま、俺が二人の分のお祈りはしておくかな」

 そんな風に思って、一人で境内の方へと足を運ぼうとすると
 突然、ぱたぱたぱたと音が聞こえてきて、

「祐一さんっ!」

 佐祐理さん、そして、舞が駆けてくる。
 なぜか二人とも、この場にはとても似つかない格好をして。


『10っ!』


 秒読みの声が一際大きくなる。

そして――

「祐一さんっ!」「祐一っ!」

 二人が駆け寄って来た。
 俺の両脇に跳ねるように飛びついてくる。

 鮮やかに咲き誇る百合のように真っ白なその姿が、目に飛び込んで来て、とっても眩かった。

「遅れてごめんなさい……」
「……ごめん、祐一」
「間にあって良かったよ」


『8.7.6…』


 秒読みは流るる。

「………」
「………」
「………」

「どうしたんだ?二人とも」

 佐祐理さんも舞も俺の顔を見たままずっと黙っている。

 走ってきたからだろうか?
 顔がほんのりと赤らんでいる。

 突然、両腕が温かいものに包まれた。
 右腕を佐祐理さんが、左腕を舞が、自分の腕と絡めてきたのだ。


『5』


「舞っ、言うよっ」
「……(こくり)」

 佐祐理さんと舞は目配せをして

「いいっ、いっせーのでいうよっ!」
「……(こくり)」


『4』


「いっせーの」

 佐祐理さんが高々と声を上げて


『3』


「祐一さん」「祐一っ」
「へっ?」

 いきなり二人に名を呼ばれて――
 左手を取られた。


『2』


「わたしと」「私と」

 二人は俺の手を掴んでいる手と反対の手をポケットに入れて、何かを取り出したと思うと、


『1!』





    
「「結婚して下さいっ!」」





『0っ!』


 周りでカウントダウンの大合唱が終わり拍手が鳴り響く。


 
ごーんごーんごーん♪


 新しい年の始まりを告げる鐘が鳴り始めた。


 ――俺の左手の薬指には、きらりと光る銀色のリングが二つはめられていた。





「え、え、え?」

 あまりに突然な出来事に、何がなんだかわからなかった。

「………」
「………」
「………」

 沈黙が流れる。
 いつの間にか、回りが静かになっていた。

 あれだけの拍手喝采も、108回鳴るはずの除夜の鐘も、気がつくとなぜだか静かになっていて、
辺りに、息を潜めるような沈黙が広がっていた。

「――もう、一度だけ、言いますよ」
「え…」

「せーの」





    
「「結婚して下さい!」」


 佐祐理さんと舞が二人揃って、俺に頭を下げる。





 ……。
 …………。
 ……………………。





「こちらこそ」

 俺も、ぺこりと頭を下げた。





「祐一さんっ!」
「祐一っ!」

 二人が真っ直ぐに飛び込んでくる。

「佐祐理さん、舞……今年もよろしくな」

 二人をぎゅっと抱きしめた。








「わ〜〜〜〜〜っ!」

 大歓声。


 
ぱちぱちぱちぱち


 拍手が回りから鳴り響く。

「おめでとう!」
「おめでとー」

 周りから声が飛び交う。

「祐一君、佐祐理を大切にして上げて下さい」
「祐一さん、舞をよろしくお願いします」

 ――いつのまにか、二人の親までもが来ていた。


 
かーんかーんかーん♪


 後ろで鳴り響く除夜の鐘が、
ウェディングベルへと音色を変えていたように聞こえた。








 後日、俺は、この初詣が、佐祐理さんと舞によって最初から計画されていた、
公開プロポーズの場だったと知ることとなるのである。








<おわり>


<コメント>

さくら 「年が明けると一緒のプロポーズ……素敵です♪」(*・ ・*)
あかね 「まーくんは……いつ、あたし達にしてくれるの?」(*^ ^*)
エリア 「……誠さん」(*・ ・*)
誠 「い、いや……それは……」(*・ ・*ゞ
さくら 「うふふ……冗談です♪」(^ ^)
あかね 「まーくん、焦らなくてもいいよ」(^o^)
エリア 「はい……誠さんが思うとおりにしてください」(^ ^)
誠 「あ、ああ……」(^ ^ゞ
さくら 「でも……」
あかね 「できれば……」
エリア 「一日でも早く……」
誠 「ああ……わかってるって」(^ ^)