Heart to Heart

     
 番外編 忘れられた約束







 いつもと変わらない日だった。
 まったく同じではなくとも、何か大きな出来事でもない日を日常と呼べるなら、
今日は間違いなく日常だと思われた。
 そんな、日常と呼べるはずの内の一コマ。

「あら?」

 いつもと同じその道には人だかりができていた。

「どうしたのかしら?」

 のほほんとした感じの、三人の子供を連れの女性が立ち止まり、
人だかりに対して興味を覚える。

「ねぇねぇ、いってみようよぉ」

 子供のうちの一人で、髪の短い、一際幼く見える女の子が、
まだ幾分か舌足らずな声で言いつつ女性の服を引っ張る。

「そうですね、いってみましょうか」

 子供の声に、女性はすぐその気になった。

「だめですよ、寄り道したらいけません」

 同じく子供のうちの一人で、髪の長い女の子がそういった。
 案外、一人だけ大人の女性よりもしっかりしているようである。

「でもさくらさん、気になったのにほうっておくといけませんよ」

 女性がそういって反論する。

「それはそうかもしれませんけど……まーくんはどう思います?」

 髪の長い女の子が、唯一の男の子へと話を振る。

「……おなかすいた……」

 男の子は、少々元気なさそうにそういった。

「ほら、まーくんもこういってますよ」

「まーくん、おねがい。ちょっとだけ……」

 髪の短い女の子がそういってお願いのポーズを取る。

「わたしからもお願いします」

 女性もそういってお願いのポーズを取る。
 他の大人がやったのならばそれは滑稽に見えたかもしれないが、
その女性がやるとなぜか微笑ましく見えた。

「うー……だいじょうぶ、がまんできる」

 男の子がそういうと、二人は顔を輝かせた。
 そうして四人は連れ立って人だかりへと近づいていった。











「わぁ………」

 それは幻想的な光景だった。
 人だかりの中心には一人の女性がいた。
 ボール、ナイフ、鏡、リボン、懐中時計……、
 様々なものが宙に浮き、飛び交い、くるくると回っていた。

「すごい……」

 誰からともなく、賞賛の声が上がる。

 それはまるで小さなサーカスのようだった。
 その中心では、一人の女性が舞っている。
 命を吹き込まれたかのような小道具は、それにあわせて中を踊っていた。

 四人はその夢のような世界に引き込まれ、時が過ぎるのも忘れて見入る。

 やがて舞が終わり、鳴り止まない歓声が沸き起こった。







「すごかったねー」

 髪の短い女の子――あかねがそういって同意を求める。

「そうですね」

 女性――はるかが真っ先にそう応じた。

「たしかにすごかったです」

 髪の長い女の子――さくらも同意する。

「うん、すごくて……楽しかった」

 最後に男の子――誠も同意し、晴れて満場一致の意見となった。

 十数年もすれば、こんなのとは比較にならないようなすごい事態が次々と訪れるが、
まあ、それは今はどうでもいいことであろう。

















 翌日――

 誠は一人で昨日と同じ場所に来ていた。
 どうしてももう一度見たくなったので、こっそりと一人でやってきたのだ。

「わぁ………」

 そこには、昨日と同じように女性が舞っていた。

 程なくして、女性の舞いが終わる。


パチパチパチパチ……


 その場にいた全員から、惜しみない拍手が送られた。
 当然、おひねりもみんな出している。
 中には景気よくお札をよこす人もいた。

 ――と。

 舞っていた女性が一人の少年を手招きし、何か耳打ちする。

 そしてその少年は、まっすぐに誠の方へ向かってきた。

「あの」

 突然声をかけられて、誠が目をぱちくりとさせる。

「なに?」

「あの……今からこれを動かすからさ、みててくれない?」

 そういう少年の手には、人形が一体あった。
 先ほど女性と一緒に舞っていた人形の一つである。

「うんっ」

 誠は勢いよく頷いた。

「それじゃ、いくよ……」

 少年が人形を地面に置き、手をかざす。

 ヒョコッ

 とてとてとて……

 人形が歩き出した。
 だが、言ってしまえばそれだけだった。
 女性の時のような華やかさや優雅さなく、ただ歩くだけの人形。
 女性の舞を見た後のものならば、大抵の人が陳腐だと言い捨ててしまうだろう。

 しかし、誠はそうは思わなかった。

「ど、どうかな……?」

 少し不安そうな声で少年が聞いてくる。

「おもしろかったよ」

 誠は笑顔を見せてそう言った。

「ホ、ホント?」

「うんっ」

 聞き返す少年に誠は深く頷いた。
 誠の言葉に嘘はなかった。

「どのへんが?」

「なんていえば言いかよくわかんないけど……、
すごく、楽しませようってがんばってくれてたから。
そういうのを感じたら、なんか、本当にすごく楽しくなってきたんだ」

 誠は、笑顔のまま自分の気持ちを言った。

「そうかあ……お母さんも、笑わせようってがんばったら、
笑わせられるんだって言ってた」

「うん楽しかったよ。でも……」

「でも?」

「こうしたほうが楽しいんじゃないかな?
ほら、人形の動きに合わせて声を出して、それで劇みたいにやってみるとか」

「あ、いいね」

 誠の提案に少年がすぐさまのってきた。

「でも僕、人形
動かしてる時にそんな風にできないよ?」

 
そのことを申し訳なさそうに少年が言う

「だったらだいじょうぶ、僕が声を出すよ」

 そう言って誠は胸を叩いた。

「あら、なかよくなれたみたいね」

 そう言って、舞っていた女性が近づいてきた。

「あ、母さん」

 少年が女性に向かってそう言う。

「うちの子と仲良くしてくれて、ありがとう

 女性が誠に微笑む。

「いえ、楽しかったです」

 誠も笑顔で返した。

「そろそろ行かなくちゃいけないから、悪いけどもういくわね」

 すまなそうに女性がそう言う。
 誠は内心残念だったが、仕方がない。

「はい。さようなら」

「じゃーねー」

「うん、じゃーねー」

 歩いていく親子を見送り、寂しさを感じながら、一人で誠は帰路へとついた。
















 翌日――

 誠は、再び同じ場所に言った。
 しかし、その場所では大道芸は行われていなく、
旅支度を済ませた女性と少年がいた。

「あれ、今日はやらないの?」

 誠が不思議そうにたずねる。

「実は……もう次の町に行かなくちゃいけないんだ」

 少年がつらそうに呟いた。

「………そうなんだ」

 少しの沈黙のあと、誠はそう言った。

「いいの?」

 驚いたのは、女性のほうである。

「僕には止める権利はないし……、
それに、つらいのは僕だけじゃないから……」

 そう言って誠が少年を見つめる。

「……ごめんなさい」

「謝らないでください」

 そう言う誠を見て、女性は心底彼が大人だと思った。

「だけどさ、いつかあの劇やろうね」

「うん」

 誠は少年と約束した。

 そして、この街を去ってゆく親子を、誠は見送った。

「あ、そう言えば名前聞くの忘れてた……」

 重大なことに気づいたのは結構後だった。






 幼き日の、幼い二人の口約束。
 その記憶は、悲しいことに年月が経つとともに風化していってしまう。
 それでも………、






































 ――十数年後

「……腹減った…」

 一人の青年――国崎 往人が行き倒れになっていた。
 空腹のあまり道に倒れている。
 そして動くこともできないまま、彼の意識は闇に落ちていった。
 つまり、完全な行き倒れだった。








「ぐ……ううっ……」


 
ずりずり……


「うぐ……ぬおお……」


 
ずりずり……



 倒れた往人の200メートルほど先から、一人の高校生が這っている。
 こちらもほとんど行き倒れ寸前だった。
















 そして彼らは、本人達すらそうとは知らない再会をする。
 幼き頃の口約束は、思い出されることもなく果たされる。
 それはあるいは、これから過酷な日々へと赴く運命を背負う青年のための、
つかの間の安らぎのために用意されたものだったのかもしれない……。









<おわり>



 あとがき

 どうも、DILMです。
 今回の話、いろいろと無理がありました。
 二人とも覚えていないということにするために、十数年前の出来事としましたが、
それにしては、言っていることがあまりにも大人で、絶対子供じゃないです。
 誠は幼かったから、往人は、旅の毎日でこんな風なことが結構いっぱいあったから、
という理由で覚えていないってのを表したかったんですけどね。
 ちなみに、何故はるかさんが三人を連れていたかというと、
一応その日だけ預けられたということを考えました。
 しかし、幼少時の子供って難しいですね。
 まあ、それは僕の実力のなさゆえなんですけど。(汗)
 あと、文中の『少年』がやたらと素直ですが、
まあ、某黒魔術師も昔はあんなに荒んでませんでしたし。
 きっと、往人も旅の途中で変なのにつかまって性格がゆがんでしまったんでしょう。

 それでは。


<コメント>

誠 「なるほどな〜」(−o−)
往人 「俺とお前って、出会うべくして出会ったんだな」(−−;
誠 「しかも、お互い行き倒れで再会かよ」(^_^;
往人 「まあ、俺達らしいと言えばらしい、か」
誠 「なあ、往人さん……」(^_^)
往人 「何だ?」(−−?
誠 「またいつか……あの劇、やろうぜ」(^_^)
往人 「……そうだな。きっと観鈴も喜ぶだろうしな」( ̄ー ̄)