陣九朗のバイト IN Heart to Heart

…………


 深夜0時近く……

 音も無く…約束の場所である俺のコンビニの裏手、
ほとんど使われていない駐車場までやってくる。

「早かったじゃない。まだ約束の時間まで10分近くあるわよ」

 暗がりから届く声に、俺は苦笑で返した。

「人を待たすのは嫌いなもんで。
でも、俺より早く来てるとは思いませんでしたよ」

 指先に鬼火をともし、相手が咥えていたタバコに火をつけた。
 生み出された小さな灯りに、わずかに影が揺れる。

「こんな時間に呼び出してすいません、メイフィアさん」





〜しばしのわかれ アナザーばーじょん〜





「で、どうしたの。こんな時間に、こんな場所で」

 細く煙を吐き出しながら、メイフィアさんは暗がりから進み出る。
 少し皮肉の篭った言葉。

「もっと気の利いた場所のほうがよかったですか?」

「いいわよ、どうせ陣九朗はお酒飲めないんだし」

 そう言って苦笑する。

「まあ、少し話がありまして……頼み、でもあるんですけど」

「ふぅん、陣九朗が頼みごとって言うのは珍しいわね」

 少し以外だとばかりに、咥えたタバコをくゆらせる。

「実は、またしばらく旅に出ることになりまして…
チキたちは、このままあの家に留守番になったんですが」

「旅って…もしかして、新朗太関係?」

 短くなったタバコの火を、新しい物に移し変えながらそう言った。
 虚をつくメイフィアさんの言葉に、俺は少し驚く。

「父を知ってるんですか?」

「ええ、私とルミラ様は以前、新朗太と知り合ってるのよ。
今でもルミラ様とは、ちょくちょく連絡をとってるみたいだけど?」

 …知らんかった。
 ルミラさんと知り合いなのは俺と同じだが、メイフィアさんとも顔見知りだったとは……、
 いつの間に知り合ったんだ、父は?

「想像どおり、父の仕事…まあ俺の仕事でもあるんですが、それを手伝うことになりまして」

 駐車場のフェンスにもたれかかる。
 少し顔を上げると、満月に流れてきた雲が少しかかっていた。

「…で、私に頼みって?
なんだか大体は予想できるけど」

「……アレイさんのことです」

 それを見上げたまま、俺は答える。

「やっぱりね。でも…いつ気が付いたの?」

「少し前です。
明確なきっかけがあったわけじゃないですが、まあ、なんとなく」

 考えてみれば、控えめながらもそういった伏しはいくつもあったんだ。
 何で今まで気がつかなかったのか、自己嫌悪。

「そういうところが陣九朗よね。でも、気が付いただけでも上出来よ」

「いえ、気付いたのは良かったのかどうか…、
メイフィアさんなら知ってるでしょ? 俺の体のこと」

「…… 一般的に、他種族とのハーフは生殖能力を持たない」

 メイフィアさんの答えに俺は頷く。

「俺は…アレイさんを幸せには出来ないです。
子供を作れないって事もその一つですが……俺には、今回みたいな仕事があります。
危険が伴うことも少なくないですから、一緒にいることもできません。
チキはあれで、自分の事は守れるぐらいの力はありますし、
リーナも魔術・呪術に関してはかなりの知識をもってます。
肉体的な弱点は俺とチキ、父がいるならそれだけでカバーできますし――」

 説明しつつ、いい訳だというのが言葉の端から染み出しているのを感じる。
 アレイさんも『あの』デュラル家の一員だ。
 自分の身ぐらい自分で守れるだろう。その実力はあるはずだ。
 もっと気の利いた言い訳が出来ればいいのにな…
 
「…ま、陣九朗の言いたいことはわかったわ。
結局、アレイは連れて行かないってわけね…、
アレイに付いて来るか聞きもしないのに、勝手に決めちゃって」

「アレイさんなら…付いて来るって言う気がしたもんですから」

(…アレイの性格だと微妙なところね。
デュラル家の一員として残るって言うかも…、
もっとも、ルミラ様が付いて行くように後押しするんでしょうけど)

 なにやら苦笑しているメイフィアさん。

「それで、メイフィアさんに頼みたいことというのは…これのことです」

 ポケットから取り出したリングをメイフィアさんに手渡す。

「…ただのシルバーリングってわけじゃなさそうね。
巧妙に隠してはいるけど、何かのルーンが込められてるみたい」

 手で転がし、月明かりに照らしながらそう言うメイフィアさん。
 …やっぱ、さすがだな。

「それには俺を対象として、『忘却』のルーンが強力に込められてます。
身につけていればだんだんと記憶から消えていき、3週間ほどで思い出すこともなくなるでしょう。
しかも、一日以上つけていれば、たとえ指輪を外したとしても効果は進行します。
…それとまったく同じ物を、一昨日アレイさんに渡しました」

「………」

 メイフィアさんは何も言わない。
 しかし、その刺すような視線から俺を非難しているのはわかる。

「これが…一番良い方法とは思えません、
でも、これが今の俺に思いつく一番の方法なんです。
アレイさんにとって、俺の事を忘れるのは、俺と知り合う前の状態に戻るだけです。
たぶん…今ならまだ……」

「…それが、陣九朗の本心なの?
記憶を封印するんじゃなく消すって言う事は、失われた記憶はもう二度と戻らないのよ?
それをわかって言ってるの?」

「……はい。もう…決めたことです」

 もう決めたことなんだ…、



























「――そんな」

 突然、背後から聞こえた声に、俺は振り返る。























「そんなの…」








 大粒の雫を瞳に浮かべ、それが頬を伝ってこぼれ落ち、
無骨なアスファルトに染みを作る。



「アレイ…さん?」

「―――っ!!」

 きびすを返し、逃げるように駆け出す。

 俺は…後を追うことは出来ない。

「私に頼みたかった事、アレイが全てを忘れた後、
指輪をしていることに疑問を持たないようにすること…ちがう?」

 メイフィアさんの問いかけに頷く。

「陣九朗、あなた3つのミスを犯したわ。一つ目はアレイの気持ち。
あれはもう…恋じゃなくて愛情に近い物よ」

「メイフィアさん…」

 俺の視線には答えず、話を続ける。

 いつのまにか火の消えたタバコを携帯の灰皿に落とし、
新しいものを出そうとポケットを探すが、見つかったのは空のケースだけだった。
 少し顔をしかめ、ケースを握りつぶすと近くのごみ箱に放り投げる。

「二つ目。陣九朗、あなたアレイに自分の気持ち伝えたの?」

「…いえ、その必要はないですから」

 パンッ

 一瞬、何が起こったのかわからず動きを止める。
 やがて、頬に染みる鈍い痛み。
 目の前では、手をプラプラと振っているメイフィアさん。

 俺、殴られたのか?

「イタタ…はぁ、何で陣九朗はこう…融通が利かないのかしら?
よく考えなさい? アレイがさっきの会話を聞いたら、
陣九朗に嫌われてると思うわよ、きっと――いえ、間違いなく」

「でも――」

「ミスその3」

 俺の言葉をさえぎるように切り出すメイフィアさん。

「陣九朗はアレイのことを知らなさすぎるわ。
あの子、とっても一途なのよ。それこそ、見てて痛くなるくらいに。
そんなあの子に、今みたいな仕打ちをしたらどうなるか…」

 さりげなく、だけど大きなため息をつくメイフィアさん。

「あの子に何かあったら…、
あなた、デュラル家を敵に回したと思いなさい」

 そういいながら、ゆっくりとこちらを振り向き、

「アレイのことを大事に思ってくれてるなら、早く追いかけなさい。
でないと…あの子、何するかわからないわよ?」

 見た事のない真剣な目で、まっすぐ俺を見据えた。

「メイフィアさん…すいません!」

 俺は弾かれたように駆け出す。
 アレイさんを追いかけ。

 普段は使うことの無い、獣の嗅覚をフルに発揮し、アレイさんの残り香を追う。

 人間の姿でいられるぎりぎりまで力を解放する。

 デュラル家の住んでいるアパート…、

 違う。いったん帰ってきたみたいだが、もうここにはいない。 

 いつか一緒に雨宿りをした店先。

 ここにも来たみたいだ…
 でも、今その姿は無い。

 ポッ  ポポッ サァァァァァ――

 あれだけ晴れていた空はいつしか雲に覆われ、霧雨が風に乗りだした。

 同時にそれは、アレイさんの残り香も洗い流していく。


 元旦にきた神社――
 商店街のなか――
 誠達の学校――


 どこにもアレイさんの姿は見えない。


 どこだ…、

 この辺りであまり人が来ない、まだ探していない場所…、


 ……もしかすると――



















 階段を五段飛ばしでかけ上がり、松原さんたちの練習場所、
お堂のある裏山へとやってきた。

 雨はだんだんと強くなっており、月明かりを失った闇は全てを包み込むかのようだ。


「アレイさん! いるなら返事をしてくれ!」

 大声で叫ぶ。

「ひっく、陣九朗さん… 陣九朗さぁん――」


 近くでしゃくりあげ、俺の名を繰り返しつぶやく声が聞こえる。

「!!」

 お堂の裏、それにもたれ、全身を雨に濡らし、
うずくまるようにして顔を伏せているアレイさんがいた。

「…アレイさん」

 前にまわり、そっとアレイさんの名前を呼ぶ。

「陣九朗…さん」

 ビクッと体を震わせた後、ゆっくりと俺を見上げるアレイさんは…
 泣きはらし、真っ赤な目をしていた。


『陣九朗はアレイのことを知らなさすぎるわ』


 頭の中で、メイフィアさんにいわれた言葉がよみがえる。
 同時に、俺はその言葉を痛感する。

 俺は…、

「アレイさん、立って」

 少し強引にアレイさんの手を取り、引っ張って立たせる。

 アレイさんとまっすぐ目が合う。

「――どうしてですか?
わたくしのこと嫌いなら…お嫌いなんでしたら、そう言ってください!
あんな…あんな仕打ち…酷すぎます」

 まっすぐに俺を見ながら、叫ぶように言葉をぶつけてくる。

「…ごめん。俺は…そんなつもりじゃなかったんだ。
ただアレイさんに――幸せになって欲しいから」

 アレイさんに、幸せになって欲しかったから――

「…わたくし、初めてだったんですよ。
こんなにも男の人を好きになったこと…
それなのに、自分でも気が付かないうちに忘れさせられるなんて…、
そんなの…そんなのちっとも、幸せなんかじゃないです!!」

 怒り、非難、悲しみ。
 いろんな感情が篭った叫びを、俺は黙って受け止める。

「…アレイさん」

「いやッ!」

「アレイさん」

「いやです! 何も聞きたくありません!!」

 泣きながら、激しくかぶりを振る。
 もう何も聞きたくない。そう叫びながら。

「アレイ!」

「いや――ッ!!」

 有無を言わさず、アレイを強く抱きしめる。
 アレイは必死に抵抗しようとするが、満月夜の人狼の力にはかなわない。
 そのまま頭を抱え込むようにして、俺の胸に押し付ける。

「大丈夫だから…落ち着け」

 小さな子供にするように、あるいは落ち着かせるようにアレイの背を叩く。
 やがて動きを止めたアレイをゆっくり放し、

「ありがとう」

 ひとこと、そう言った。

「……え?」

「俺のことを好きになってくれて」

 すっかり落ち着いた様子のアレイに、そっとささやく。

「俺は…俺のことを忘れる事がアレイのためだと思ってた。
でも実際は違った。
当然だよな、俺はアレイのことを何もわかってなかったんだから」

 アレイはじっとこちらを見つめている。

「あらためて…って言うか、はっきり口に出すのは初めてだが…」

 アレイの目を見つめる。

「俺はアレイが好きだ」

 大きく見開かれる瞳。

「…え、あ、あの、でも」

 突然のことに混乱気味のアレイ。

「俺はアレイが好きだ。
もちろん、恋愛感情の『好き』だぞ」

「で、でしたらこれは…」

 そう言って手を差し出すアレイ。
 そこにはあの指輪が握られていた。

「…言ったろ?
さっきまでの俺は、それがアレイのためだと思ってたんだ。
でも今は違う。悪かった、アレイの気持ちに気付いてやれなくて
いや、気付こうともしないで…」

 相手を前にした独白。
 それは懺悔に他ならない。

「こんなことをした後でいうのもどうかと思うんだが…
まだ、俺のことを好きでいてくれるか?」

「――ッ!」

 俺に強く抱きついてくるアレイ。
 先ほどとは違った雫が俺の胸を濡らす。
 答えは…これだけで十分だな。

「あっ! でも…」

 何かを思い出したように、そう言って顔を上げる。
 腕は俺の背に回したままで。

「あの指輪、一日以上つけていますと…」

 ああ、その事か…
 ――そこで俺は、1つのイタズラを思いつく。

「アレイ、あの指輪の効果を打ち消す方法が1つだけあるんだが…」

「ど、どうすれば!?」

 身を乗り出すようにして聞いてくるアレイ。

「ああ…まずは離れて。
それから、俺の額の真ん中をじっと見る」

 言われたとおり、俺の額をじっと見据えるアレイ。
 俺より少し背が低いので、見上げるような格好になる。

「そうしたらそのままの姿勢で目を閉じる。
いいか、絶対に動くなよ?」

「はい」

 目をしっかり閉じ、返事をするアレイ。

 俺はアレイの両肩を優しくつかむと――



「………!? えっ!?」

「はい、おしまい」

 イタズラが成功し、知れずに笑みがもれる俺。

 本当の解除法は、先ほど実行してしまった。
 すなわち、『アレイに好きだと言うこと』。

 二人ともお互いを見つめ、ゆっくりと微笑む。



「おうおう、見せ付けてくれるな〜」

「!! ち、父! いつからいたんだ!?」

 突然頭上――お堂の上――から掛けられた声に、
俺もアレイも跳び上がらんばかりに驚いた。

「お前がいつまでたっても約束の場所にこんから探しとったんだが…、
あ〜あ〜、そんなにびしょぬれになって」

 言われてみればそうだな。
 雨は…いつのまにかやんでいたが、だからといって濡れた体が乾くわけでもない。

「…陣、旅立ちは明日に変更だ。
そんな濡れたままだと風邪引いちまうだろ?
幸い、俺が泊まってたホテルの部屋がある。
お前はそこに泊まれ、いまさらチキさんのところにも帰りづらいだろうしな。
それから…アレイさん、あんたも一緒に。
あんたがいくら頑丈でも、そのままだと風邪を引くからの」

 有無を言わさない口調でそう言うと、何かを放ってよこす。
 受け止め、確認するとホテルのルームキーだった。
 …普通は持ち出し禁止なんじゃ。

「あ、金はまだ払ってないから、後よろしく」

 それだけ言い残すと、残像を残す速さで跳躍し、闇に消えていく父。


「……」
「……」


 突然現れ、やりたい事をやって去っていく。
 …まさに父だな。

「えっと、そういうことらしいんだけど、どうする?」

「そ、そうですね。せっかくのご厚意ですから…」

 と、いうわけで、俺とアレイは駅前にあるそこそこ大きなビジネスホテルへと向い、
そこで一夜をともにした。





 ……翌朝

「…じゃあ、アレイ」

「はい、あの…」

「なんだ?」

「帰ってくるって…約束ですよ?」

「ああ、約束する。
なに、俺と父が本気でかかればあっという間だ。
それまで…待っててくれ、な?」

 それから俺は、約束の口付けを交わし、アレイのもとを離れた。





 その後、合流した父に思いっきり冷やかされたのは別の話。

 あまりにむかついたので、父をドツキまわしたのも、さらに別の話。













『陣九朗さん、わたくし、待ってますから…』







another end
happy end?



後書き

はい、いかがでしたでしょうか。
やっぱ、シリアスには徹しきれない帝音でした。

今回の話は『やっぱアレイは幸せにならね―と!』と言う想いから書き始めたのですが…
成功したのやら失敗したのやら…

ハッピーエンド至上主義〜!!


<コメント>

アレイ 「……あの、ルミラ様? これ、何ですか?」(−−?
ルミラ 「何って……『お赤飯』に決まってるじゃな〜い♪」(^ー^)
メイフィア 「大変だったのよ〜。こんなの買うお金無いから、
       わざわざエリアに頼んで作ってもらったんだからね〜♪」(^ー^)
アレイ 「で、ですが……何故、お赤飯なんか……」(・_・?
ルミラ 「それはもっちろん♪」o(^▽^)o
メイフィア 「あっさがっえり♪」o(^▽^)o
アレイ 「うううう……」(*T_T*)
ルミラ 「とまあ、冗談はこのくらいにして」(−o−)
アレイ 「……冗談だったんですか?」(T_T)
ルミラ 「アレイ……寂しいのはほんのしばらくの間だけだから、頑張りなさいよ」(^_^)
アレイ 「は、はい……」(;_;)
ルミラ 「陣九郎の事だから、すぐに帰ってくるわよ。
     その時に、目一杯甘えなさい。わたし達には時間だけはタップリあるんだから」(^_^)
アレイ 「は、はい……そうですね」
メイフィア 「ま、あとは、あいつが留守の間にチキ達とは仲良くなっておくことだね。
       あの子達を受け入れられるくらいにね」(−o−)
アレイ 「……はい」