「…………はふぅ」
――ポフッ
ふらふらとした足取りで、何とか自宅に辿りついたわたしは、
リビングに入った途端、バッタリとソファーに倒れ込んだ。
「……こりゃ、まったわねぇ」
ソファーの上に置いてあったクッションに顔を埋め、わたしはそうポツリと呟く。
そして……、
「浩之ちゃん……まさか、あんなに上手だなんて思わなかったわ」
と、上気した頬を手で押さえつつ、わたしは大きく息を吐いた。
商店街で誠君と別れた後――
わたしはあかりや浩之ちゃん達がいる藤田邸に向かった。
目的は、もちろん浩之ちゃんと『スキンシップ』をする為だ。
で、藤田邸に向かったわたしを出迎えてくれたのは、なんと浩之ちゃんだった。
しかも、都合良く、他のみんなは留守だって言うじゃないっ!
『スキンシップ』をするには、まさにお誂え向きなシュチュエーションッ!
わたしは早速、計画を遂行することにした。
浩之ちゃんがわたしをリビングへと案内する。
そして、キッチンで淹れて来た紅茶をわたしの前に置いた、その時……、
「えいっ♪」
「おわっ!?」
わたしは浩之ちゃんの腕を掴み、一気に引き寄せた。
バランスを崩した浩之ちゃんは、そのままわたしに向かって倒れ込んでくる。
――ぼすっ!
もつれ合うように、ソファーに倒れ込むわたしと浩之ちゃん。
わたしは瞬時に体の位置を入れ替え、浩之ちゃんにのしかかる。
そして、浩之ちゃんが状況を理解するよりも早く……、
んちゅ〜〜〜☆
……強引に唇を奪った。
「――っ!!!」
ようやく、わたしとキスをしているという現状に気付き、目を見開く浩之ちゃん。
唇と話そうと慌ててもがくが、
わたしは浩之ちゃんの頭を両手で押さえつけ、逃げられないようにする。
さらに……、
「んっ……うくぅ……ふぅぅん♪」
「ぐっ……ううっ……んうう」
はるかとあやめを見習って、舌も絡めてみる。
「はぅん……くぅ……ふぁ……んんん♪」
「はあ……う……んん……ふぅ」
くちゅくちゅと、わたし達の口からいやらしい音が鳴り始め、
次第に、浩之ちゃんからの抵抗が弱くなっていく。
ふっ……墜ちたわね。
いくら性欲魔人と呼ばれていても、
わたしの豊富な経験からなるキステクニックにはかなわなかったみたい。
ふふふ♪ 浩之ちゃんも、まだまだ若いわねぇ♪
と、内心余裕の笑みを見せるわたし。
しかし、これは油断だった。
わたしは、浩之ちゃんを完全に甘く見ていた。
「んっ! んんん……ふはぁ♪」
「んっ、んっ……うくぅ……」
それまで、わたしの舌の動きにされるがままだった浩之ちゃん。
だが、突然、その舌がわたしの舌の動きに応えてきた。
「んんっ♪ ふあ……ふぅぅぅん♪」
「んくっ……んっんっ……はふっ」
や、やだ……浩之ちゃんってば……上手いわ。
あかり達って、こんなキスを毎日のようにしてるわけ?
こ、このままじゃ……、
「うんっ、んんっ……くぅん♪」
「くっ……ふう……はぁ……」
予想以上のキステクニックで応えてきた浩之ちゃんに対し、
わたしは必死に抵抗を試みる。
しかし、徐々に、徐々に、主導権は浩之ちゃんに奪われていく。
あ……ダ、ダメ。
何だか、体が熱くなってきちゃった。
ダメ、ダメよ、ひかり!
落ち着いて……冷静になりなさい!
このまま続けたら、大変なことになっちゃうわよっ!
このままいくところまでいっちゃったら、シャレにならないわよっ!
――ちゅぽ☆
いやらしい音をたてて、わたしと浩之ちゃんの唇が離れた。
お互いの唾液が、唇をむさぼり合ったことを証明するように、ツツーっと糸を引く。
「ひ、ひかり、お義母さん……いきなり何するんですか?」
と、浩之ちゃんは、荒い息を吐きながら訊ねてくる。
ここまできて、それでもわたしを『お義母さん』と呼べるなんて、さすがは浩之ちゃんねぇ。
性欲魔人でありながらも、その自制心は凄いわ。
このわたしでさえ、かな〜りマズイ状態だったのに。
さすがは、我が娘が選んだ男の子ってところかしら?
それとも、あかり達以外は、そういう対象じゃないとか?
それだけあかり達を愛してくれてるんだから、
それはそれで嬉しくもあるけど、女としてはちょっと傷付くわねぇ。
……ま、いいんだけと。
「……ちょっとしたスキンシップよ」
浩之ちゃんが意外と冷静でいてくれたことに安堵しつつ、
わたしは興奮を悟られぬよう、そう冗談っぽく言う。
「スキンシップって……かなり熱が込もってましたけど……」
「あら? そう? でも、誠君もさくらちゃんやあかねちゃんのお母さんと、
ちょくちょくしてるみたいよ……スキンシップ♪」
「それは『してる』んじゃなくて『されてる』の間違いじゃ……って、まさか、
偶然それを見かけて、触発されたんじゃないでしょうね?」
「あら? わかる?」
「……勘弁してくださいよ」
「うふふ♪ これからもちょくちょくよろしくね、ひ〜ろ〜ゆ〜き〜ちゃん♪」
「……お願いします。マジで勘弁してください〜」(泣)
「い〜や♪」
……とまあ、こんな事があって、興奮して熱く火照っちゃった体を叱咤しつつ、
わたしはこうして家に帰ってきたってわけ。
それにしても、今、思い出してみると、本当に危なかったわ。
もし、浩之ちゃんが冷静でいてくれなかったら……、
もし、あと数分、あのままキスを続けてたら……、
……間違いなく、禁断の世界に足を踏み入れてたわよ。
――まあ、それもいいかなぁ♪
な〜んて、思っちゃったりもしたけど、
さすがに娘の未来の婿と関係持っちゃうのはマズイものねぇ。
そ・れ・に〜……、
やっぱり、わたしは愛する旦那が一番なのよん♪
「うふふふふふふふ♪」
ああ……あなた〜♪
早く帰って来て〜♪
そして、この熱く火照ったわたしの体を慰めて〜♪
と、クッションを抱きかかえて、床の上をゴロゴロと身悶えするわたし。
……そう。
実は、浩之ちゃんのトコから帰ってきてからも、わたしの興奮は未だ冷めてないのよねぇ。
浩之ちゃんのキスがあんまり上手だったものだから、すっかり体が疼いちゃって……、
こうなったら、愛しの旦那に相手してもらうしかないじゃない?
ふふふ♪ 今日の夕飯はちょうどスキヤキにしようと思ってたのよねぇ。
ここはタップリと精力をつけてもらって、頑張ってもらわなくちゃ♪
「さて、そうと決まれば準備準備っと♪」
わたしは立ち上がり、夕飯の下拵えをする為、キッチンへと向かう。
だが、その時……、
「……あら?」
わたしは電話の留守電のランプが点滅しているのに気付き、足を止めた。
……誰からかしら?
あっ! もしかして、旦那からのラブコールださたりして♪
「うふふふ♪」
妙な期待を胸に抱きつつ、わたしは再生ボタンを押す。
聞こえてきたのは、間違いなく、愛しい旦那の声――
……。
…………え?
………………ちょっと、
「……なんですってぇ〜!?」
わたしは、その留守電の内容を聞き、愕然とした。
そ、そんな……今夜は徹夜で仕事しなきゃいけないから帰れない、だなんて……、
ヒ、ヒドイわっ!!
ヒドイわ! ヒドイわっ!!
こ〜んなに若くて可愛い奥さんが、家で寂しい思いをしてるっていうのに……、
ううっ……あなたはわたしよりも仕事の方が大事だって言うの?
ふぇぇぇぇ〜〜〜〜んっ!!
この高まった興奮と欲求をどうしてくれるのよ〜〜〜〜っ!!
こうなったら、本気で浩之ちゃんと禁断の一線越えちゃうわよ〜〜〜〜っ!!
と、わたしがやりきれない思いに地団駄を踏んでいると……、
――ピンポ〜ン
突然、玄関のチャイムが鳴った。
……誰かしら?
もしかして、浩之ちゃんだったりして?
……ど、どうしよう?
もし、本当に浩之ちゃんだったら……わたし、絶対に押し倒しちゃうわよ。
――ピンポ〜ン、ピンポ〜ン
そんな逡巡するわたしを急かすように、玄関から何度もチャイムが聞こえてくる。
仕方ないわね……無視するわけにもいかないし、ね。
……お願いだから、浩之ちゃんじゃありませんように。
「……はい、どちら様です?」
わたしは恐る恐るドアを開ける。
と、そこには……、
「久し振りね、ひかり」
……懐かしい顔が、そこにあった。
あの頃とほとんど変わらぬ笑みを浮かべて、そこに立っていた。
「あら、秋子じゃない! 久し振りねぇ!」
……そう。
突然の来客の正体は、わたしの友人である『水瀬 秋子』だった。
北国に住んでいる秋子がこっちに来た理由は至って簡単なものだった。
なんでも、娘の名雪ちゃんや以下、相沢家の面々が、
浩之ちゃん達に久し振りに会いたいと言い出したらしい。
で、お得意の一秒了承でやって来た、というわけ。
……まったく、相変わらず決断早いわよねぇ。
と、事情を聞いたわたしは、半ば呆れつつ、秋子に訊ねる。
「それで、名雪ちゃん達は浩之ちゃん達の家にいるわけね?」
「ええ。名雪達を浩之さん達のところに連れていってから、こっちに来たのよ」
そう言って、秋子はお茶を一口啜ると、わたしの顔をジ〜ツと見つめてくる。
「……な、なに?」
秋子のその真剣な眼差しに、ちょっとたじろぐわたし。
うう……そんな目で見つめられると、学生時代を思い出しちゃうじゃない。
そりゃもう、あ〜んなこととか、こ〜んなこととか……、
ひやぁぁぁぁぁーーーーっ!
今のわたしの状態でそんなこと思い出したら危険よぉーっ!!
と、そんなわたしの動揺を見透かしたかの様に、秋子はフッと表情を和らげる。
「いいえ……ただ、相変わらず可愛いな、って思って♪」
そう言うと、ソファーから腰を上げ、わたしの正面からすぐ隣りへと移動してきた。
「な、何言ってるのよ……秋子ったら……」
「あら? わたしは本当のことを言ったまでよ。ひかり、昔と全然変わってないわ」
「そ、そういう秋子こそ、いつまでも若くて羨ましいわ」
「そう? ひかりにそう言ってもらえると嬉しいわ」
と、秋子は頬に手を当てて微笑みつつ、わたしの側に寄って来る。
「ねえ、ひかり?」
「な、なに? 秋子」
「今夜、ここに泊めてもらっていいかしら?」
「ど、どうして? 浩之ちゃんのところに泊めてもらえばいいじゃない?」
「それもそうなんですけど、せったく皆で楽しく遊んでいるのを、
わたしのような保護者がお邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「ま、まあ……秋子の言いたいことは分かるけど……」
「じゃあ、ここに泊めてもらえるいいかしら?」
「え、ええ……いいわよ」
「そう、良かったわ。それじゃあ、今夜は久し振りに一晩語り明かしましょう……」
そこまで言って、秋子は妖しい笑みを浮かべる。
そして……、
「……………………ベッドの上で、ね♪」
「へ?」
と、秋子が最後にポツリともらした言葉を聞き返すよりも早く……、
――ちゅっ☆
……わたしの唇は、秋子に奪われていた。
「なっ! あ、秋子?!}
口を手で押さえ、慌てて秋子から離れるわたし。
しかし、秋子はジリジリとにじり寄って来る。
「あ、あなた、何考えてるの!?」
「うふふ♪ ひかりと……お・な・じ・こ・と♪」
「お、同じことって……」
「ひかり……わたしが気付いてないとでも思ってるの?
あなた、今はかなり切羽詰まってるでしょ?」
う゛っ……見抜かれたっ!
さすが、付き合い長いだけあるわ。
わたしの欲求不満状態をひと目で見抜くなんて……、
「ひかり……今日は旦那さんは?」
「う、うちの人は……今夜は留守だけど……」
「だったら、好都合ね♪ ひかり、わたしに任せて……さあ、行きましょう♪」
「え? ちょっと!? あ、秋子〜っ!?」
秋子は素早くわたしの腕を掴むと、強引にわたしを寝室へと引っ張っていく。
そして……、
「えいっ♪」
ひょいっ♪
ぽふっ♪
「ああああっ!! いつの間にかベッドに寝かされてるぅぅぅーーーっ!!
しかも、下着姿にされてるぅぅぅーーーっ!!」
あ、秋子……いつの間にこんな早業を……、
「うふふ♪ さあ、一緒に気持ち良くなりましょうねぇ♪」
秋子がわたしの上に覆い被さる。
そして、わたしに抵抗する余地を与えず、素早くディープキス。
「ううっ……ふぅん♪ うっ、うっ……んふぅ♪」
「うん、うん♪ はふぅ……んくぅぅぅっ♪」
秋子の舌が、わたしの口の中を蹂躙する。
あ、ああ……やっぱり、秋子って……上手い。
ウチの旦那よりも、浩之ちゃんよりも……遥かに上手い舌使い。
その舌技に、わたしの理性は呆気無く崩壊しようとしている。
ダ、ダメよっ! 堪えなさい、ひかりっ!
あなたは、今や人の妻なのよっ!
もう学生だったあの頃とは違うのっ!
そうそう簡単に、快楽に溺れるわけにはいなかいのよっ!!
「あ、秋子……ダメ……止めて……」
なけなしの理性を奮い立たせ、わたしは体を揺すって秋子に抵抗する。
そんなわたしを見て、悪戯っぽい笑みを浮かべる秋子。
そして……、
「あらあら? ひかりったら、抵抗するの? だったら……♪」
何処からか手錠を取り出し、わたしの両手をベッドの柵に拘束した。
これで、もうわたしは逃れられない。
「ふふふ♪ これで、もうおいたはできませんね♪」
「あ、あなた……そんな物、何処で手に入れてきたのよ?」
「それは企業秘密です♪」
そう言って、秋子はわたしを見下ろしながら、いそいそと自分も服を脱いでいく。
そして、わたし同様、下着姿になると、再びわたしに体を合わせてきた。
直接触れ合う肌と肌……、
「あ……くぅん☆」
その感触に、わたしの意志に反して、火照り続けていたわたしの体は反応してしまう。
秋子それを見て取り、わざとわたしに体を擦りつけてくる。
そして、二度目のディープキス――
「あ、うん……ふぁう♪」
「はぁ、はぁ……んっ、ぅん♪」
あまりにも濃厚な舌使い――
そして、女同士だからこそできる絶妙な愛撫――
それらが、わたしを……墜としていく。
「あ、秋子ぉ……♪」
「うふふ♪ ひかり、可愛いわよ♪」
ああ、あなた……許して。
わたしは、わたしは……もう我慢できません。
……ごめんなさい……わたしは、えっちな女ですぅ。
<おわり>