奇跡の丘


ここは・・・どこ?
僕は・・・誰?
わからない。
何もわからない。
何でこんなところにいるんだろう?
何をしにきたのだろう?
僕は、何物なんだろう・・・?


商店街。
ここはそう呼ばれる場所だ。
それはわかる。
けど僕は自分のことを何一つ覚えていない。
いや、一つだけ。
僕は、誰かを探しているんだ。

誰も知っている人のいない人ごみ。
その中で僕は見つけた。
彼女だ。
彼女が僕の探していた人のはずだ。
そうだ。僕はずっと彼女に会いたかったんだ。

「ねえ」
彼女に声をかける。そして彼女は振り返る。
ああ、やっぱりだ。やっぱり彼女こそ僕の探してた人だ。
よかった・・・会えた・・・。
そう思ったとたん、僕の意識は途絶えた。


目を覚ますとそこは見知らぬ世界だった。
ここはどこだろう?
ふすまがあけられる。そこにいたのは彼女だった。
「気がつきました?」
「あっ、うん」
「そう、よかった」
彼女がため息混じりに言う。
「おきたばかりで悪いんですが、あなたは誰ですか?」
「・・・わからない?」
「はい。私はあなたと会ったことがありませんから」
「うそ、そんなはずないよ」
「本当です」
「そんな・・・」
「では、あなたの名前を教えてください。そうすれば思い出すかもしれません」
「わからない・・・」
「え!?」
「僕は、僕の名前がわからないんだ」
「記憶喪失、ですか?」
「多分・・・」
「では、なぜ私に声をかけてきたのですか?」
「僕は人を探してたんだ。誰だかわからなかったけど・・・あなたを見た瞬間、この人だって思った」
「でも私はあなたを知りません」
「うん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「仕方ないですね。とりあえず自己紹介をしましょう」
「うん」
「私は、天野美汐です」
「うん。美汐って呼んでいい?」
「かまいません」
「じゃあ、美汐。僕の名前はどうすれば良いのかな?」
「そうですね・・・とりあえず、義幸、というのはどうでしょう?」
「よしゆき?」
「はい、私のおじいさんの名前です」
「義幸・・・うん、僕は義幸」
「気に入ってくれました?」
「うん」
グゥゥ〜〜
ちょうどそのとき僕のおなかがなった。
「お腹がすいてるようですね」
「うん・・・」
「わかりました。何か作ってきてあげます」
「うん♪」

こうして僕は美汐と一緒に住み始めた。
美汐は母親と二人暮しで、美汐のお母さんも『息子が出来たみたいだ』といって喜んでくれた。

僕達三人は幸せな生活をしていた。
美汐が学校に行っているときには、僕はちゃんとお手伝いをした。
そしたらなでてくれた。
なんだかとっても暖かくて、幸せな気分になった。


僕はずっとここにいたかった。
けどそれはかなわない夢だった。
僕はもうここにいちゃいけないんだ。
だって、そうしないとお母さんも美汐も生活できないんだ。


ある夜のことだった。
僕はトイレにおきてその帰り、偶然お母さんと美汐が話しているのを聞いてしまった。
「今月も赤字になってしまいましたね・・・」
「もう、蓄えもほとんどないわよ」
「先月とどのくらい差があるんですか?」
「このくらいよ」
「・・・やっぱり義幸のせいですか?」
「ええ・・・」
「私が義幸を連れてきたのがいけなかったのでしょうか?」
「そんなことないわ。いけないことじゃない。あの子はかわいいし、働き者よ」
「はい・・・」
「あの子がいて嫌だなんて思ったことはないわ。けど、こればかりはどうしようもないの」
「わかってます」
「私の稼ぎだけじゃ、生活していくことなんか出来ないのよ」
「義幸をどこかにやるのですか?」
「そんなこと、できないわ」
「お母さん」
「なあに?」
「私、働きます」
「美汐・・・」
「だって他に方法がないでしょう?」
「それはそうだけど・・・でも、あなたにはちゃんとした学校生活を送ってもらいたいわ」
「お母さん・・・」
「私がもっと働くから、ね?」
「だめですっ!!」
「美汐・・・」
「そんなことしたら、お母さんの体が持ちません」
「大丈夫よ。それぐらい」
「大丈夫なわけないじゃないですか。お母さんに倒れられたら、私は・・・」
「・・・・・・」
「私は、この『家族』を守るためなら学校生活なんてどうでも良いんです」
「・・・・・・」
「ですから・・・」

僕のせいだ。
みんな僕が悪いんだ。
そう思った僕は自分の荷物をまとめこの家から出ていっていた。
ただ一枚の紙切れを残して。


『今までありがとうございました。さようなら。 天野 義幸』


僕はあの丘にいた。
僕が最初にいた場所。
ものみの丘。
美汐がそう教えてくれた場所。


おばあさんに教えてもらったことがあります。
ものみの丘には、不思議な獣が住んでいるのだそうです。
古くからそれは妖狐と呼ばれ、その姿は狐のそれと同じ。
多くの年を得た狐が、そのような物の怪となるのだそうです。
それが姿をあらわした村はことごとく災禍に見舞われることになり、
そのころより厄災の象徴とされてきました、現在に至るまでです。
そんな、どこにでもある昔話です。
けどおばあさんは言ってました。
あの子達は、そんな昔話に出てくるような忌むべき存在ではないと。
本当にいい子達だから、と。
だから・・・別れはあんなにもつらくて、悲しいと。
おばあさんはとても悲しそうでした。
そして今度は他の話をしてくれました。
昔、自分のもとに訪れた一人の少年の話。
その少年は記憶喪失で、だけど自分に会いたがっていたそうです。
楽しい日々だったそうです。とても。
そしてあるときその少年が熱を出して、そのまま消えたそうです。
そう、まるで最初からいなかったかのように。


この場所に来ても、僕がやることはなかった。
ただ吹いていく風に身を任せていた。
孤独感。
思えばそれはいつだって感じていたのかもしれない。
外へ出たとき、楽しそうな人たちを見るとうらやましかった。
けど僕がその中に入ることは出来なかった。
怖かったんだ。
僕は、自分の存在が否定されるのが怖かった。
他人に嫌われるのが怖かった。
それだったら一人ぼっちのほうが楽だった。
でもやっぱりさびしかった。
人に嫌われるのが怖くて人の中には入れないけど、一人はさびしい。
僕は矛盾した存在だった。
そしてそんな自分が嫌いだった。
唯一安らげる場所にとっても、僕は自分を出しているわけじゃなかった。
勇気がないんだ。
本当の僕を出してここにいられるかどうか。
僕はメッキみたいなものだ。


僕は読書が好きだった。
こんな僕でも、一緒に仲間になった気になれるから。
そのときだけは自由になれるから。
作られた世界で、僕は人とのつながりがあった。
でも世界はやがて終わりを告げる。
僕に残るのは、幻想とはぜんぜん違う自分だった。
そしてまた自分が嫌になる。
逃げている自分がどうしようもなく嫌になる。
情けない、本当に情けないやつだ。


「義幸」
振り返るとそこには美汐がいた。
「美汐・・・」
「帰りますよ」
「でも僕がいると・・・」
「いると、何?」
「生活できないんじゃないの?」
「義幸、よく聞いてください」
「・・・うん」
「たとえそうでも、家族を放り出すことなんて出来ません」
「かぞく・・・?」
「はい」
「こんな、記憶のない見ず知らずの僕でも?」
「見ず知らずじゃありません。あなたは天野義幸です」
「・・・うん」
「さ、帰りましょう」
「うん!!」
良かった・・・。
僕はここにいて良いんだ。
なら、僕は僕に出来ることをやろう。
僕の居場所をくれた人たちのためにも、自分自身のためにも。
くよくよしているひまなんてないから。


子供のころ、怪我をした狐を拾いました。
その子の怪我が治るまで、私達は一緒に暮らしました。
しかし、飼うことなど出来るはずもありません。
そして、その子はもとの場所に帰りました。
ものみの丘に。
思えば、おばあさんがあの話をしてくれたはそのころでした。
もちろん、ただの昔話を私は聞いていたのです。
そしてその昔話は、おとぎ話と同じ意味を持つはずでした・・・。


楽しい日々だった。
前よりももっと。
そこにはきっと本当の僕がいたんだ。
働きもした。
『家族』のために。
けれど、ある時から僕は退行していった。
今まで出来ていたことが出来なくなっていった。
はしを使えなくなり、漢字を読むことはむずしくなっていった。
まるで人間いがいの何かになるように、僕の変化はつづいていった。
ぼくはせいいっぱいあがらった。
何度も何度もはしのれんしゅうをしたし、かんじを読もうとした。
それがむだだったといわんばかりに、おわりはきた。
たかいねつがでた。


日に日に確信は強まっていきました。
だんだんと人から遠ざかっていく義幸。
それは宿命だと理解しました。
おばあさんが言ったこと。
きっとおばあさんはわかっていたのです。
だからあんなことを言ったのです。
別れを乗り越えられるように、と。
けど、残念ながら出来そうにありません。
義幸が高熱を出して、私の心はこんなにも苦しんでいるのですから。


ぼくはきえるんだ。
もうわかった。
ぼくはもうことばをいうことさえできないから。
そんなぼくと、みしおやおかあさんは、かぞくでいてくれた。
うれしかった。
そしてかなしかった。
ぼくがいなくなるせいで、かなしくなるのが。


「義幸」
「・・・・・・」
「義幸」
「・・・・・・」
「どうしたんですか?返事をしてください。義幸・・・」
「・・・・・・」
「美汐、義幸はもう・・・」
「義幸っ!!返事をしてくださいっ!!」
「・・・・・・」
義幸は何もしゃべりませんでした。
そして、そのまま消えていきました。
義幸が最後に連れていってくれと言った場所、ものみの丘で。


そして私は別れを超えることが出来ませんでした。
私は人とかかわらなくなりました。
あの人にあうまでは。
そしてあの人は私を救ってくれました。
義幸と同じ運命をたどろうとしていたあの子と一緒に。




一人の少年と八人の少女が歩いている。
少年とその中の一人の少女が遅れているのを見て、六人の少女たちは呼びかけていた。
「よし!行くぞ!」
「うん!」
少年の言葉に少女は頷き走り始める。
そんな幸せな光景を僕は見ていた。
少女たちの中には美汐もいる。
ちょっと無愛想だけど、楽しそうだ。
(良かった)
心からそう思う。
相沢祐一。
彼は逃れられない宿命を跳ね飛ばしただけでなく、美汐の心をも開いた。
(ありがとう)
その気持ちを伝えたくて、僕はあの子に起こった奇跡に手を貸した。
いや、貸すことが出来た。
僕は一度消えたにもかかわらず、再びこの世に来ることが出来た。
もっとも、今回は人間の姿になることなど出来ないただの狐だけど。
それでもあの子が人間になる手伝いが出来た。そのときだけ、妖狐としての力が蘇った。
(それも奇跡と言うのかもしれないな)




「あれ?」
「どうしたんですか?相沢さん」
「いや、なんか今狐がこっちを見てたようなきがしたんだが・・・」
「狐ですか?」
「ああ、もう行っちまったみたいだけどな」
「そうですか・・・」
「あ、そういえばさ、美汐が出会った真琴の仲間ってどんな奴だったんだ?」
「そうですね・・・いい子でしたよ。とても」
「そうか・・・。まったく、真琴も見習ってほしいもんだな」
「ふふふ」
美汐が楽しそうに笑う。
もっとも、わずかな表情の変化しかないからほとんどの奴は見分けがつかないだろうけどな。
「さて、さっさと行かねえとな」
「はい」
俺たちはこうして幸せな日々を歩いていく。
乗り越えた苦難と『奇跡』を胸に秘めながら・・・。






ものみの丘は、今日も静かにたたずんでいた。












  あとがき

 どうも、DILMです。
10万HIT記念SSなのにいいのか?この内容で?
でもまあ、一応ハッピーエンドということで(^^;
この作品、構想が長かったですよ。
しかも書き始めて90%完成ってところでとまってたし(−−;(最後のまとめが難しかったので)
感想とかもらえたら僕のやる気にもつながるんですが。
と、いう訳でどうか感想ください。お待ちしておりますm(_ _)m
ちなみにこの作品ですが、シリーズ化する気は特にありません。
だって、面倒くさいんで(;^_^A ネタもないですしね。(特に香里や名雪等)
まあ、それも要望があったら別かもしれませんが。(でもないだろーな)
ところで、この作品で僕のSS10作目です。(了承4、ONE3、Kanon2、その他1)
遅筆ながらも一応がんばってます。書きかけで放っておくことも結構ありますが(^^;
この話はもともと真琴用として考えたのですが、
『真琴の一人称って真琴じゃなかったっけ・・・』
と思いオリキャラの義幸を出すことになりました。
やっぱり男キャラの一人称のほうが書きやすいと思ったのもありますけどね。
名前を考え付くのにどうにも時間がかかって・・・
とりあえず名前は最後に変えればいいと思い適当につけたりしました。
真琴の鈴みたく何かのアイテムを、とか思ったり正体(?)はぴろだった、
とか色々考えましたがボツになりました。書けなくって。
・・・『奇跡の丘』とかいう割に、ものみの丘の出番がほとんどないな・・・。
無駄に長い後書きになってしまいました。それでは最後に、
STEVENさん、10万HITおめでとうございます。

       (^O^)/”       (紙ふぶき・・・かな?)                          
それでは。 
\□  ;;;        
          
;;;
        ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 


<コメント>

誠 「なあ、さくら、あかね……」
さくら 「なんですか?」
誠 「もし、俺が突然いなくなっちまったら、どうする?」
あかね 「絶対探すっ!!」
誠 「いや、そうじゃなくて、消えちまったら……」
さくら 「そんなのイヤですっ!!」
誠 「だから、もしもの話だよ。もしも、俺が消えちまったら、
   お前ら、美汐ちゃんみたいに哀しみを乗り越えられる自信あるか?」
あかね 「……無い」
さくら 「でも、美汐さんが哀しみを乗り越えて心を開く事ができたのは、
    祐一さんがいたからですよ」
誠 「……だったら、俺が消えちまったら、お前らにも祐一さんみたいな奴が現れるかな?」
さくら 「それは絶対に無いです」
あかね 「あたし達、まーくん以外の人、好きになったりしないモン」
誠 「はいはい、そーですか」


STEVEN 「真琴シナリオでもこう思ったんですけど、
       この内容って『アルジャーノンに花束を』みたいですよね?
       というわけで、DILMさん、ありがとうございましたっ!!」