放課後――
わたしはスケッチブックを持って中庭を歩いていました。
今日は気分を変えて外で絵を描こうと思ったんです。
だって、こんなにいいお天気なのに、
校舎の中にいるなんて勿体無いですからね。
というわけで、何か良いモデルはないかと中庭を歩き回っていると……、
「あら……」
わたしは木陰にたたずむ人影を見つけました。
あれは……、
「藤井さんに、さくらちゃん……」
『Hiroの部屋』50000HIT突破記念SS
たまにはこういうのも
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藤田家のたさいシリーズ >>
「こんにちは、さくらちゃん」
と、わたしが近寄っていくと……、
「琴音さん……」
さくらちゃんは慌てて人差し指を口に当てました。
「あ、ごめんなさい」
さくらちゃんの言いたい事を察して、わたしは声を小さくする。
何故なら、さくらちゃんの膝を枕にして、藤井さんが眠っているからです。
それに、たくさんの猫達も……。
何でこんなに猫がいっぱいいるんでしょう?
と、疑問に思いつつ、わたしは出来るだけ音をたてないように、
さくらちゃん達の隣りに腰を下ろしました。
さくらちゃんは、藤井さんの寝顔をジ〜ッと見つめています。
とりあえず、何も話さないのも何なので、
小さな声で、さくらちゃんに話しかけました。
「いい天気ですね」
「そうですねぇ」
「あったかいですね」
「そうですねぇ」
「……どうして、こんなにたくさん猫がいるんです?」
「そうですねぇ」
「…………わたしの話、聞いてます?」
「そうですねぇ」
……聞こえてないみたいですね。
藤井さんの寝顔を見ることに集中しちゃってます。
わたしは軽く肩を竦めると、
何も言わずに、二人の様子を見ていることにしました。
さくらちゃんは、幸せそうに眠る藤井さんを見つめ、
優しく、優しく、頭を撫でています。
そんなさくらちゃんの表情も、とっても幸せそうで……、
ふふふ……これじゃあ、わたしの声が聞こえないのも当然ですね。
と、わたしが納得していると……、
「……あら?」
何処からか騒がしい声が聞こえてきました。
そちらに目を向けると、数人の女生徒がこちらに向かってきます。
その内の一人の手にはバレーボールがあります。
どうやら、この辺りでボール遊びをするつもりのようです。
……どうしましょう?
せっかくの二人の静かな時間を邪魔させるわけにはいきません。
何とかして、あの人達には退散してもらわないと……。
……しょうがないですねぇ。
と、心の中で藤田さんの口癖をマネしつつ、
わたしは軽く念力を女生徒の持つボールに飛ばしました。
ぽてんぽてん……
わたしの念力によって、女生徒の手からボールが落ちる。
わたしは、さらに念力を使い、できるだけ自然に見えるように、
ボールをあさっての方角に転がしました。
ギュルルルルルルンッ!!
ロケットスタートによるブラックマークを地面に残しつつ、
あっという間に見えなくなるまで遠くに転がっていくボール。
それを見て、女生徒達は一瞬固まっていましたが、
すぐに我に返ると、慌ててボールを追い駆けていきました。
……ちょっと、スピードが早過ぎたみたいですね。
まあ、結果良ければ全て良しです。
わたしは、さくらちゃん達の方を見ました。
相変わらず、藤井さんは眠っていて、
さくらちゃんは藤井さんの頭を撫でています。
良かった。気付いてないみたいですね。
と、わたしが胸を撫で下ろすと、
また、こちらに近付いてくる気配がしました。
もう、またですか?
わたしは気配がした方に目を向ける。
「……あかねちゃん」
気配の正体、それはあかねちゃんでした。
あかねちゃんは何も言わずに、トコトコとこちらに近付いてくる。
そして、側にいるわたしに気付く素振りも見せずに、
藤井さんの隣りに腰を下ろすと……、
こてん……
と、そのまま藤井さんに寄り添うように横になり、
寝息をたて始めてしまいました。
すると、さくらちゃんはまるで当たり前の様に
空いた手をあかねちゃんの頭の上にのせて撫で始めます。
ふふふ……可愛い♪
そんな三人の微笑ましい姿を見て、
わたしの心はあたたかい気持ちになっていく。
木漏れ日の下で、ゆるやかな時間を過ごす恋人達。
そして、その周りで安心しきったように眠る猫達。
何だか……いいな、こういうの。
とっても、ステキです。
「…………」
三人の姿に見惚れるわたし。
わたしは、半ば無意識に
傍らに置いておいたスケッチブックを手に取る。
そして、新しいページを開き、鉛筆をはしらせました。
「……で? 出来た絵が、コレってわけか」
わたしの膝を枕にしながら、藤田さんはその絵を見てそう言いました。
その絵とは、さくらちゃん達の絵です。
あの時のさくらちゃん達の姿があまりにステキだったので、
ついつい描いちゃったんです。
わたしがそう言うと、藤田さんはウンウンと頷いてくれました。
「確かになぁ。これ、凄くいいと思うぜ。
もし俺に絵心があったら、絶対に俺も描いてたよ」
「そうですか」
藤田さんの言葉に頷きながら、わたしは藤田さんの頭を撫でてみました。
藤井さんを撫でていたあの時のさくらちゃんのように。
優しく……優しく……。
「……? 琴音ちゃん、どうしたんだ?」
「いえ……ちょっとさくらちゃんのマネをしてみたんです」
と、そんなことをしていると……、
「あれ? 先輩、琴音ちゃんも、何を見てるんですか?」
葵ちゃんがやって来て、藤田さんの側に腰を下ろすと、
その絵を覗き込みました。
「ああ、今日、琴音ちゃんが描いた絵だよ」
「これって……あかねちゃん達、ですよね?」
「ああ……で、葵ちゃん、コレ、どう思う?」
「そうですね……絵のことは良くわかりませんけど、
これを見てると、なんだか気持ちがあったかくなってきます」
「そうだろうそうだろう」
身を乗り出すように絵を覗き込む葵ちゃんの言葉に頷きながら、
藤田さんは何やらイタズラを思いついた笑みを浮かべました。
そして、葵ちゃんの腕を掴むと……、
「それっ!」
「きゃっ!?」
素早く抱き寄せてしまいました。
葵ちゃんは、藤田さんに寄り添うように床に倒れる。
その姿はまるであの時のあかねちゃんのようで……。
「というわけで、今日は三人でこの絵を再現してみよう」
と、藤田さんは目を閉じる。
「もう……何が『というわけ』なんですか」
そう言いつつも、葵ちゃんは藤田さんから離れようとはしない。
そして、ゆっくりと瞳を閉じる
「ふふふ……」
わたしは二人のそんな姿を見て、何だかおかしくなる。
それと同時に、胸がとってもあたたかくなった。
藤田さんの頭を撫でながら、空いた手で葵ちゃんの頭も撫でる。
そっか……さくらちゃんは、こんな気持ちだったんだ。
わたしは、あの時のさくらちゃんの様子を思い出す。
わたしは今、藤田さんを心から愛しく思っている。
そして、葵ちゃんのことも愛しく思っている。
まるで自分が二人の母親になったかような気持ち。
きっと、あの時のさくらちゃんも……、
「……すー……すー……」
「……くー……くー……」
いつの間にか、二人は静かに寝息をたてていました。
そして、そんな二人を、わたしはずっと撫で続けていました。
ねえ、さくらちゃん。
わたし達は、いつも好きな人に甘えていますね。
でも、こうして好きな人に甘えられるのもいいですね。
そう……たまには、こういうのも……。
ねっ、さくらちゃん。
<おわり>