Heart to Heart
         
パロディー編

        
「童話 シンデレラ」







 昔々のそのまた昔――

 とある貴族の屋敷に、一人のメイドがいました。

 名前を『シンデレラ』といい、
まるでフランス人形の様に可愛らしい美少女でした。

 健気で優しく、働き者のシンデレラは、
その屋敷に住まう全て人々に愛されていました。

 特に、その豪邸に住まう美人姉妹とは仲が良く、
その関係は、主従関係というよりは、家族のような関係でした。

 テラスで紅茶を飲みながら、仲睦まじくお話をする二人の姉妹――
 そのお世話をしつつ、姉妹のお話に参加するシンデレラ――

 そんな三人の姿は、まるで本当の家族のようで……、

 姉妹の両親も、そんな三人の仲の良い姿を微笑ましく眺めつつ、
この平和な日々がいつまでも続くと思っていました。
















 それから数日後――

 三姉妹の元に、一通の手紙が届きました。
 それは、三日後にお城で開かれる舞踏会の招待状でした。

 何でも、この舞踏会の出席者から王子様のお嫁さんを決めるつもりらしく、
この国で評判の美人姉妹である彼女達にもお声が掛かったのだそうだ。

 というわけで、姉妹は舞踏会の準備をするのだが……、

「ねえ? シンデレラは行かないの?」

 姿見の前で、自分の体にドレスを合わせながら、
姉妹の内の一人、空色の髪の少女がシンデレラに訊ねました。

「当たり前です。ワタシはただのメイドなのですから」

 隣の化粧台に座る姉妹の内のもう一人、
桜色の髪の少女の長く綺麗な髪を梳きながら、シンデレラはキッパリと言い切ります。

 これは、シンデレラにとっては当然のことです。
 例え、どんなに姉妹と仲が良くても、自分はこの家のメイドに過ぎません。

 だから、姉妹と一緒に舞踏会に参加するなどもってのほかなのです。

 でも、正直なところ、シンデレラも舞踏会に出てみたいと思っていました。
 王子様に会ってみたいと思っていました。

 二人には内緒で持っている王子様のブロマイド――
 それに描かれた、あの優しい微笑み――

 舞踏会に行けば、あの微笑みを直接拝見できるかもしれません。
 もしかしたら、あの微笑みを自分に向けてもらえるかもしれません。

 そんな事を考えると、今にも姉妹の言葉に甘えてしまいそうになります。

 しかし、そんな誘惑から、シンデレラは何とか絶えました。

 自分は、この姉妹に仕えるただのメイドなのだと……、
 メイドは自分の主人の幸せの為に尽くすものなのだと……、

 ……そして、それこそがメイドである自分の幸せなのだと。

 ――そう。
 シンデレラは、良くも悪くも、メイドの鏡のような少女なのです。

「うにゅ〜……シンデレラも一緒にまーくん……じゃなくて、王子様に会いに行こうよ〜」

「せっかく、シンデレラさんのドレスも用意したのに……」

「お嬢様、そのような我侭を仰らないでください。
さあ、どうやら、お城からのお迎えが来たようですよ」

 と、表から聞こえてきた馬車のと音を耳にしたシンデレラは、
自分を誘うのをなかなか諦めようとしない姉妹を、
半ば強引に玄関へと引っ張って行きました。

 そして、門の前に止まっている馬車の座席に二人を座らせると、
御者に馬車を出すように言いました。

「それでは、行ってらっしゃいませ。お嬢様」

「うにゅ〜っ! シンデレラの意地っ張り〜っ!」

「シンデレラさんが一緒じゃなきゃ意味無いですよ〜っ!」

 姉妹の悲鳴混じりの叫び声を残しながら、馬車はお城へと走っていきました。

 丁寧に頭を下げ、それを見送ったシンデレラは、
ちょっと強引過ぎたかも、と、反省しつつ、屋敷の中へと戻ります。

 そして、いつものように、竹ボウキを取り出すと、
玄関前の掃除を始めました。
















 それから、しばらくして――

「ごめんくださ〜い」

 シンデレラが姉妹の両親の夕食の準備をしていると、
突然、玄関から来客の声が聞こえてきました。

 玄関に行くと、そこには魔法の杖を持った金髪の小柄な美少女が立っていました。

「……どちら様でしょうか?」

 見覚えの無い来客に、シンデレラは訊ねます。
 すると、その少女はにっこりと微笑むと……、

「私はあなたに幸せを届に来た良い魔法使いです♪」

「間に合っています」(キッパリ)


 
ずるっ!!


 シンデレラのあまりに素っ気無い言葉に、魔法使いは思わずコケてしまいました。
 それでもなんとか立ち直り、魔法使いはシンデレラに訊ねます。

「あなたは舞踏会に行きたくないのですか?
王子様に会いたくないのですか?」

「もちろん、舞踏会には行きたいですし、王子様にも会いたいです。
でも、ワタシは一介のメイドでしかありませんから……」

「別にそんなことどうでも良いじゃないですか。
あんなに素敵な王子様に会う絶好のチャンスなんですよ?」

 そう言うと、魔法使いはポッと頬を赤らめました。

 どうやら、この魔法使いの少女も、王子様に憧れているようです。

 それを察した心優しいシンデレラは、
このお節介な魔法使いの願いをかなえてあげたいと思いました。

「ワタシなどには構わず、あなたも舞踏会に行かれてはどうですか?
そんなにお美しいのですから、王子様に見初めてもらえるかもしれませんよ?」

「え? そ、そんな……私が王子様に……」(ポッ☆)

 シンデレラのその言葉に、魔法使いは両手を頬に当てて恥ずかしがります。
 しかし、すぐに我に返ると、表情を暗くしてしまいました。

「で、ですが……私にはドレスが……」

「それでしたら、ワタシのドレスをお貸ししましょう。
どうせワタシは使いませんから……」

「ほ、本当ですかっ!?」

「はい。奥様にお願いして、馬車も用意していただきましょう」

「あ、ありがとうございますっ!」

 というわけで、シンデレラは、姉妹が自分の為に用意してくれたドレスを、
魔法使いに貸し与え、屋敷の馬車を用意しました。

「それでは、行ってらっしゃいませ」

 そして、全ての準備を整えた後、
魔法使いを乗せた馬車は、お城へと走って行きます。

 シンデレラはそれを見送ると、屋敷へと戻り、
夕食の準備に取りかかるのでした。

 ……どうでもいいですが、立場が逆になっていませんか?
















 そして――

「ただいま〜♪」

「ただいま帰りました〜♪」

「お邪魔しま〜す♪」

 そろそろ二人が舞踏会から帰ってくる頃かと思っていたところへ、
タイミング良く二人の姉妹と魔法使いが帰って来ました。

「お帰りなさいま……せ?」

 三人を出迎える為、シンデレラは玄関へと向かいます。

 そして、ちょっと首を傾げました。
 何故なら、帰って来た人が一人多かったからです。

「お客様……ですか?」

 三人の後ろに立つ男性を見て、シンデレラは姉妹に訊ねます。
 そんなシンデレラに、桜色の髪の少女はクスッと笑いました。

「ふふっ……もう、シンデレラさんったら、気付かないんですか?」

「――は?」

 彼女に言われ、注意深く男性を見るシンデレラ。
 そして、その男性の招待に気付いた瞬間、シンデレラは固まってしまいました。

 何故なら、そこにいたのは……、

「こんばんわ」

「お、王子様っ?!」

 その人物ににこやかに挨拶をされ、
シンデレラは驚きのあまり大声を上げてしまいます。

「な、ななな、何故、王子様がここにっ!?」

 未だしショックから立ち直れないシンデレラ。
 そんなシンデレラを落ち着かせようと、王子様はシンデレラの頭を撫でました。


 
なでなでなでなで……


「あ……」(ポッ☆)

 頭に感じる王子様の温かい手の感触の心地良さに、
シンデレラは恥ずかしそうに俯いてます。

 それでも、一応、シンデレラは落ち着いたようなので、王子様は話を続けました。

「実はさ、この三人にキミの事を聞いたんだよ。
『とっても優しくて可愛い子がいる』ってさ」

「お、王子様……」

 その言葉に、シンデレラは王子様を見上げました。
 シンデレラに潤んだ瞳で見つめられ、王子様は照れ臭そうに頬を掻きます。

「ま、まあ……なんだ……その話を聞いて、キミに会ってみたくなってな。
それで、こうして出向いてきたわけだ」

「あ、ありがとうこざいます……」

「で、だ……俺、彼女達を嫁さんにするつもりなんだけど、
もし良かったらキミも俺の……」

「そ、それはいけませんっ!!」

 王子様に会えたことで幸せいっぱいになっていたシンデレラ。

 しかし、王子様の口から求婚の言葉が出そうになった瞬間、
シンデレラは大声を上げて、それを遮りました。

「うみゅ〜……どうして〜?」

「シンデレラさんも、一緒に王子様のお嫁さんになりましょうよ」

「シンデレラさん……そんな意地を張らずに……」

 王子様の申し出を拒否したシンデレラに、
姉妹と魔法使いは残念そうな顔をします。

 そんな三人に、シンデレラは申し訳なさそうに頭を下げました。

「お嬢様……お心遣い、まことに感謝しております。
ですが、ワタシは一介のメイドでしかありません。
ワタシのような卑しい身分の者は、王子様に相応しくないのです」

「シンデレラさん、あなたはまだそんなことを……」

 あまりに意地っ張りなシンデレラの態度に、彼女に食って掛かろうとする魔法使い。
 しかし、それを王子様が黙って手で制止しました。

「シンデレラ……キミの気持ちは良く分かった。
よく考えたら、会っていきなりプロボーズするなんて変だからな。
俺も、ちょっと事を急ぎすぎた……許してくれ」

「王子様……申し訳ありません」

「そこで提案があるんだけど、もしシンデレラが良ければ、
俺と、そして妻達の専属のメイドとして城で働いてくれないか?」

「……え?」

「そして、お互いのことをもっと分かり合ってから……、
その時に、今、言えなかった言葉を言わせてもらうことにするよ。
もちろん、それを受け取るのも拒否するのもキミの自由だ」

「お、王子様……」

 一瞬、自分が何を言われたのか、シンデレラは理解できませんでした。

 ――ワタシがお城で働く?
 ――王子様や、お嬢様達のお側で?

 そんなに……、
 そんなに素晴らしいことはありません。

 シンデレラにとって、王子様の提案は、まさに夢のようなものでした。
 それを、断る理由など……ありません。

「……どうだ?
もし良かったら、俺達の側で働いてくれないかな?」

「はい……喜んで。
末永く、よろしくお願いします……ご主人様」
















 こうして、シンデレラは、王子様とその妻である姉妹と魔法使いの専属のメイドとして、
お城で働くこととなりました。

 そして、それから数年後――

 王子様の妻が三人から四人になったかどうかは、定かではありません。

 ただ、一つだけ言えること……、
 それは、シンデレラは王子様達の側にいられて、幸せだったということです。








 優しくて、健気で、そして、ちょっぴり意地っ張りなシンデレラ――

 そんな彼女に、これからも幸多からんことを……、








<おわり>
<戻る>