トゥルルルル――
トゥルルルル――
「……もしもし?」
『やっほ〜、誠君♪ こんばんは♪』
「あやめさん……?
こんな時間に、どうしたんですか?」
『ねえ、誠君は、今、暇かしら?
暇でしょ? 暇よね? 暇じゃないと怒っちゃうわよ?』
「まあ、明日は休みですし……」
『じゃあ、今すぐ、ウチに来て♪
徹夜で、お姉さんと『い・い・こ・と』しましょ♪』
「は、はあ……」
『待ってるからね〜♪』
「……酔ってるな、アレは」(嘆息)
第232話 「酔っ払いは怖い」
「いらっしゃい、誠く〜ん♪」
「……やっばり、酔ってるし」
ある日の夜――
突然、あやめさんに、
呼び出され、俺は、河合家へと向かった。
電話で話した様子からして、かなり、テンションが高くなっているようで……、
案の定、河合家の玄関で、
俺を出迎えたのは、完全に酔っ払った人妻だった。
「さあさあ、早速、楽しみましょ〜♪」
「はいはい……」
酔っ払いには、何を言っても無駄……、
と、妙に悟った心境で、俺は、
靴を脱ぎ、遠慮なく、家へと上がらせてもらう。
そして、促されるまま、
あやめさんに、居間へと連れ込まれ……、
「――えいっ♪」
「おわっ、と……」
まるで、投げられるように、強引に、ソファーに座らされてしまった。
「ふう、やれやれ……、
この調子だと、今回も徹夜っぽいな」
台所へと向かう、あやめさんの、
後姿を目で追いつつ、俺は、深く溜息をつく。
実は、今回みたいに、いきなり、
酔ったあやめさんに呼び出されるのは、初めてじゃない。
今までにも、あやめさんの酒宴に、付き合わされた事は、何度かあるのだ。
まあ、付き合う、言っても――
未成年である俺は、まだ、酒は飲んじゃダメなので――
「誠君は、ビールと酎杯、どっちが良い〜?」
「って、言ってる傍から……、
大人が、未成年に、酒飲ませて、どうするんですか?」
「固いこと言わないの〜♪」
「あやめさんが、柔らか過ぎるんですよ。
そんなに飲みたいなら、旦那さんと飲めば良いじゃないですか」
「旦那は仕事で留守だし〜、あかねは論外だし〜」
「…………」
あ〜、はいはい……、
それで、俺に白羽の矢が立ったわけね。
最初から判ってはいたものの、
あまりに、予想通りな、あやめさんの言葉に、俺は溜息を吐く。
ようするに、今夜は、俺一人で、
あやめさんの相手をしなきゃならないわけか。
「恨むぞ、あかね……」
俺は、今頃、自分の部屋で、
グッスリ寝ているであろう、あかねを想い、軽く毒付く。
もっとも、あかねに晩酌の相手が務まるわけがないのだが……、
とは言え、戦力は多いに越した事は無い。
何故なら、あやめさんとの晩酌は――
単に、一緒に酒を飲む、という意味だけではなく――
「んふふ〜♪ お・ま・た・せ♪」
一体、それは、何本目なのだろうか……、
酒瓶を抱えた、あやめさんは、
満面の笑みを浮かべ、俺の隣に陣取ると……、
おもむろに――
ビデオのリモコンを手に取り――
「さあ、今夜は徹夜でいくわよ〜♪」
「お〜……」
――そして、始まる。
河合あやめ主催による――
ジャッ○ー映画の徹夜鑑賞会が――
……。
…………。
………………。
「んふふ〜、誠く〜ん♪
水割りのおかわり、作って欲しいな〜♪」
「はいはい、水割りね……」
数時間後――
時計の日付が変わっても、
俺は、未だに、ホスト役を務めていた。
「早く、早くぅ〜ん」
「手元が狂うから、揺すらないでくださいよ」
しな垂れ掛かってくる酔っ払いを、
適当にあしらいつつ、望まれるままに、水割りを作る。
情けないかもしれないが……、
ヘタに逆らったりすると、
酔っ払いが、獣になる危険性があるのだ。
だから、俺は、過剰なスキンシップを、
回避する為、相手が酔い潰れるまで、彼女に従うしかない。
「次は、何を観ようか?」
「……まだ、続けるんですか?」
「当然よん♪ 徹夜、って言ったでしょ?」
お気に入りのシーンを、もう一度、観るつもりか……、
あやめさんは、俺の肩に頭を乗せ、
リモコンを操作しながら、次の映画を選び始める。
ちなみに、今、観ているのは――
あやめさんが、一番好きな『酔○2』――
お気に入りのシーンは、ラストで、
酔拳を使う主人公が、足癖の悪い相手を圧倒するシーンである。
「ねえ、誠君? 酔拳の基本って知ってる?」
「月牙叉手、でしたっけ?」
あやめさんに訊ねられ、
俺は、片手を盃を持つように構えて見せる。
この映画は、もう何度も見ているので、それくらいは分かるのだ。
だが、俺の答えを聞き……、
あやめさんは、ニンマリと笑みを浮かべると……、
「ブッブ〜、違うわよ〜♪
答えは“お酒は楽しんで飲む”よん♪」
「……だったら、あやめさんは、完璧ですね」
やや皮肉を込めて、俺は、苦笑して見せる。
しかし、あやめさんは、
そんな俺の言葉を、軽くスルーすると……、
「残念でした〜♪ 不正解なので、罰ゲーム〜♪」
「うあ……っ!?」
そう言って、トロンとした目つきで、
俺をソファーに押し倒すと、その勢いのまま、覆い被さってきた。
「んふふ〜♪ いただきま〜す♪」
「あわわわわわわ……っ!?」
――しまった!
充分、警戒していたのに、
質問に気を取られて、すっかり、油断したっ!
マズイ、マズイぞ……、
こんな真夜中じゃ、どんなに、
大声で叫んでも、あかねは起きて来ないだろうし……、
だいたい、叫ぼうにも……、
次の瞬間には、俺の唇は塞がれているかもしれない。
って、言ってるうちに――
「ん〜〜〜〜♪」
「あうあうあうあう……っ!」
両手で、俺の顔を拘束し、
あやめさんは、ゆっくりと、顔を近付けてくる。
逃げようにも、俺の両足には、あやめさんの両足が絡まり、身動きが取れず……、
両腕も、しっかりと、肘で、
押さえ込まれ、僅かな抵抗すらも出来ない。
え〜っと……、
こういう時って、何て言うんだっけ?
俎板の上の鯉――
人類に逃げ場無し――
――まあ、どっちも似たようなモンか?
と、俺は、無意味な事を考え、
現実逃避している間も、あやめさんの唇は迫ってくる。
ああ、せめて――
貞操だけは、無事でありますように――
逃れられないと悟った俺は、観念し、目を閉じる。
そして――
いつものように――
俺の唇は、キス魔の人妻に貪られ――
・
・
・
ヴォンヴォンヴォンヴォンッ!!
パラリラパラリラ〜ッ!!
ブロロロロロ〜ッ!!
「…………」
「…………」
「暴走族? 煩いわねぇ」
「ってゆ〜か、未だにいたんですね」
「興醒めしちゃった……、
折角、良いところだったのに……」
「は、はあ……」
「…………」
「…………」(汗)
「……誠君、ちょっと行ってくるわね」
「あ、あやめさん……?
酒瓶なんか持って、何処に行くんです?」
「――悪い子達に、お・し・お・き♪」
「…………」(滝汗)
……。
…………。
………………。
「うぃ〜、呂洞賓〜♪
千鳥足で相手を惑わす〜♪」
「うわっ!? 何だ、この酔っ払い?!」
「鉄拐李はね〜♪
片足一本の蹴り攻撃よ〜♪」
「ぐえっ! 何しやがる、ババア!!」
「そ〜れ、張果老〜♪
息も吐かせぬ、連続回転蹴り〜♪」
「ひ、ひい〜っ! バケモンだぁぁぁ〜っ!!」
「ほらほら、権鐘離〜♪
酒ガメを両手で抱えて防御の構え〜♪」
「ああっ! 俺のバイクが、バイクが〜!!」
「んふ〜、何仙姑〜♪
腰をくねらせ、肘鉄砲よ〜ん♪」
「やめて〜っ! もう止めて〜っ!」
「藍采和♪ 曹国舅♪
最後のトドメは、韓湘子〜♪」
「いやぁぁぁ〜〜〜っ!!
おまわりさ〜ん、助けてプリ〜ズ!!」
……。
…………。
………………。
しばらくして――
暴走族の騒音は消え……、
夜の商店街に、いつもの静寂が戻った。
……。
…………。
………………。
ちなみに――
暴走族が鎮圧された後も、
当然の如く、酒宴は続けられたのだが――
「――ただいま〜♪」
「お、おかえりなさい……」
「これで、やっと静かになったわ♪
酔いも冷めちゃったし、飲み直しましょ〜♪」
「そ、そうですね……」
「あっ、良いこと考えちゃった♪
誠君に、口移しで飲ませて貰っちゃおうかな〜♪」
「えっ? えっ? えっ?」
「それじゃあ……、
いっただっきま〜すっ!!」
「あ、あ……ああああ〜〜〜っ!!」
・
・
・
見様見真似、とはいえ――
酔拳の使い手に――
一介の高校生が抗える訳も無く――
「……きゅう〜」(バタッ)
「あらら、情けないわね〜……、
この程度で、もう酔い潰れちゃったの?」
またしても――
こんな、お約束なオチに――
トホホホホホ……、(泣)
<おわり>
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